何十年何百年が過ぎようと、僕はあの湖畔で、永遠に君を想い続けるだろう。
そして夏がくるたびに、僕らは終わらない恋のはじまりを繰り返す――。
タイヤが大きめの石を踏んだのか、車がガタンと揺れた。
山奥の田舎町のことだから、道路の舗装が行き届いていないのだろう。
林道を抜ければ、そこは懐かしい湖だった。
エメラルドグリーンの湖は、日の光を受けて宝石のように輝いている。
水面にはまるで鏡のように、夏の空と白い入道雲が映っていた。
澄んだ空気と夏の風、全てを吸い込む青い空。
きっとこの時期のここは、世界で一番美しい場所だと思う。
「よかった。去年と、ちっとも変わってないな」
運転席にいる響が、嬉しそうに言った。
大学進学のために春から東京に出て来た響は、服装が前よりちょっとあか抜けた。
もともと背が高く顔も整っているのもあって、大学ではわりとモテてるみたい。
「そういえば、響って彼女できた?」
「いないから、こうやって幼なじみと寂しく里帰りしてるんだろ」
ふてくされたように響は答えると「あ」と声を上げた。
湖を過ぎれば、竹林に囲まれた道に入る。
神社へと続く階段のふもとに、小さな祠がある。
その手前に人影が見えた。
「あれ、皐月じゃね?」
ダークグレーのTシャツに黒のハーフパンツという出で立ち。
風に揺れる黒髪と、猫の目に似た切れ長の瞳。
皐月の見た目は、去年とあまり変わっていない。
「本当だ、皐月だ」
私は急いで助手席の窓を開けると、皐月に向けて大きく手を振った。
「ただいま、皐月」
「おかえり、優芽」
綺麗な瞳を細めて、皐月が嬉しそうに微笑む。
そんな皐月に笑顔を返すと、私は窓を閉めた。
振り返れば皐月はまだ祠の前にいて、過ぎ去る私たちの車をじっと見つめていた。
頬が、熱い。
そんな私を響はちらりと横目で見て、「皐月、全然変わってなかったな」と言う。
「うん……」
「優芽は、皐月が好きだもんな」
私は、慌てて伏せていた顔を上げた。
「どうして、それを知ってるのよ」
「見てたら分かるよ」
ははっ、と爽快に笑い飛ばしたあとで、響はどこか寂しげに「日方と彼方は元気かなあ」と呟いた。
「釣りして、ボート小屋で遊んで、祭りに行って。今年の夏も、忙しくなりそうだな」
「そうだね」
林道が終われば、もうすぐ私の夏の家に辿り着く。
今年の夏も、たくさんいい思い出が出来そうだ。
そんなことを考えながら自然と頬を緩めた私は、いつしかまた、今見たばかりの皐月の顔を思い出して赤くなっていた。
<完>
一年ぶりに、湖のある田舎町に帰省した高三の優芽。その町には、湖の守り神である龍神信仰が密かに根づいていた。
幼馴染たちと夏の日々を過ごすうちに、優芽は初恋の相手である皐月への想いを募らせていく。
夏祭りの夜、優芽と皐月は両想いに。だが「明日、もしも何か辛いことがあっても慌てないで」と皐月は意味深な台詞を言い残す。
翌日、皐月の存在はこの世から消えていた。子供の頃余命いくばくもないと言われていた皐月は、龍神と入れ替わり新たな龍神となることで、永遠に湖を見守る存在となっていたのだった。龍神は、夏の間だけ人の前に姿を現すことが出来る。
夏祭りの数日後、優芽は皐月のことを忘れてしまう。そして一年後、優芽は皐月と再会し、再び恋が動き出したのだった。
皐月の回想で、かつての龍神の正体は優芽だったことが明らかになる。小五の夏、優芽に恋をした皐月は、人間になりたがっていた優芽と自分の立場を交換した。優芽を幸せにし永遠に見守ることが、皐月の望みだったのだ。