その頃柊二は幾つかの債権の取立てを終え、
 ファイナンス部門での本日最後の仕事を片付け、
 渋谷に構える本社へ戻る途中の公用車の中にいた。

 椎名悠里に出逢ってからというもの、
 街で同年代の娘を見かけただけで
 無意識にその姿を目で追ってしまう。


「―― 社長、予定通りこのまま社の方で
 宜しいですね?」


 運転中の部下・浜尾が聞いてきた。


「あぁ ―― イヤ、いつものカフェに
 寄ってもらおうか。ひと休みして来る。
 お前は予定通り上がっていいからな」

「はい、畏まりました」


 ★★★  ★★★  ★★★


 浜尾運転の柊二を乗せた車が路肩へ寄って
 ゆっくり停止した。

 その車内から「お疲れさん」と、声がして
 後部座席の開いたドアから
 柊二が降り立った。

 そこは、原宿・表参道・青山通にも接している
 分岐点のすぐ近くで、
 辺りには若者向けのカフェ・ブティック・
 美容サロン・レストラン等の洒落た店が
 ひしめき合うよう建ち並んでいる。

 柊二が先ほど車内で浜尾に言っていた 
 ” いつもの店 ” とは、
 カフェの事で、挽きたての芳ばしいコーヒー豆から
 サイフォン式でドリップした、
 この店のスペシャルブレンドが今イチバンの
 お気に入りなのだ。

 そして、最近になってこの店へ足を運ぶ回数が
 増えた理由はもうひとつ ――
 
 
「―― いらっしゃいませぇ」 

「やぁ、ユーリちゃん。今日も精が出るね」

「こんばんは、各務さん。空いているお席へどうぞ」


 平日の夕方から閉店までという勤務シフトで
 悠里がアルバイトをしているって知ったから。
 
 ドリップコーヒー+彼女との他愛のない話しが
 ちょっとした息抜きと癒やしになったのだが、
 今日も店内は大盛況で悠里は柊二のすぐ後に
 入ってきたお客の対応に行ってしまった。
 
 だけど、何となく様子が可怪しい……。
 
 

「なぁにその顔は? せっかく来てあげたのに」 

「愛実 ……」

「ちょっとさ、何ボ~っとしてんの? 私一応お客
 なんだけど」

「す ―― すいません。こちらへどうぞ」


 2人掛けのテーブル席に案内した。
 小声で問いかける。

  
「急にどうしたの?」

「その質問の主旨は?」

「新しいドラマの主演が決まったって聞いたけど、
 仕事、忙しいんじゃないの?」

「たった1人の妹が貴重な休日潰して会いに来て
 あげたのに、そこまで迷惑そうにしなくても」

「べ、別にそんなつもりじゃ……」

「ま、いいや、注文はオムライスね。アフターで
 アイスティーと小倉抹茶パフェもお願い」

「畏まりました」


 今日は昼過ぎから突然雷雨に見舞われ、
 いつもの観光客達に加え雨宿りのお客さんも
 大挙してやって来た。
 それに、この時間帯はフロアチーフの左門さんを
 入れた5人体制で切り盛りしているのに、
 頼みの琉奈とバイト1名が季節外れのインフルで
 ダウンし。

 もう、盆と正月が一緒に来たくらいの忙しさ
 なんだ。