椎名くんお勧めのおでん屋さんは
結構夜が更けても賑わっていた。
椎名くんとカウンターに並んで座った。
「う~ん……お出汁のいい匂い……」
「どれも絶品だぞ ―― まず、何を食う?」
「大根と玉子、牛スジそれと……」
「こんにゃく、がんも ―― 全部食うだろ?」
「食う」
今、目の前のおでん鍋の中で、くつくつと
温まっている全種類のおでんをとにかく
食べまくった。
「―― 美味いー!」
「だろ?」
椎名くんは熱燗を飲んでいる。
私はこのお店の女将さん手作りの梅酒を
チビチビ……。
「ここには ―― 嫌な事なんかがあると
必ず来るんだ。来てとにかく食う。
それでスッキリする」
「……」
「最近は楽しい事が多くて来なかったけどな」
何気に私を見る視線が熱い。
「……楽しい事?」
「悠里と会うこと」
私を見つめたまま笑った。
また、妙な事を言い出した……
「《何言ってんだ》 って、顔してる」
「当たり」
私は笑った。
「やっと笑ったな……うん。断然、笑ったほうが良い、
やっぱ女の子は笑顔がキホンな」
椎名くんは笑いながら私を見る。
「クサすぎ」
私はまた笑った。
椎名くんには ”これでお終い” って、
言われたけど”あと、もう1杯”って
しつこく食い下がって ――
結局、特製完熟梅酒を3杯飲んで、
ほろ酔い気分で店を出た。
「満足か?」
店を出て歩きながら椎名くんが聞いてきた。
「うん、満足。どーもごちそうさまでした」
笑いながらお辞儀をした。
「いいえ、どういたしまして」
椎名くんも笑いながら私を見た。
そしたら、頬に、冷たい何かが当たって……
あ ――。
「雪……?」
季節外れの雪……私は空を見上げた。
火照った顔に落ちる雪の冷たさが気持ち良い。
「……ゆーり……」
椎名くんが私の名前を呼んだ。
酔っ払ってるのか?
横に立つ彼を見ると至近距離で立っていた。
「酔って ――」
いるの? と、聞こうとした時、
椎名くんは私の腕を掴んで歩き出し、
人陰に隠れるように小さな公園へ入る。
結構飲んでたし……急に気持ちが悪くなったかな?
それなら……
「ねぇ、大丈 ――」
私はいきなり、椎名くんに公園のフェンスへ
押し付けられた。
「ど……」
―― うしたの? と、聞こうとする私に……
いきなりのキス!
酔った勢いでこんな事するなんて最低!
私は椎名くんを引き離そうとするが、
両腕を掴まれて身動きが取れなくなった。
「ちょ……っ!やめ ――」
言いかけたその口に舌を入れてきた!
「やだ……って!」
抵抗しようとする私をフェンスに強く押し付けて
強く舌を吸われる。
「やめっ ―― ん……っ」
私の顔を両手で包むと、深く舌を入れてくる。
引き離そうと椎名くんの腕を掴むが力が入らない。
「は……っ……あっ……や」
ここまで激しい、映画で外人さんが
するようなキスはした事がなかった!
耳が熱くなる。
恥ずかしさと舌を吸われた時に、腰が痙攣する事
への戸惑いが身体を火照らせる。
「し……いな……っく!」
椎名くんの力が強くて抵抗できない……
が! しかし!
人間、死に物狂いで何とかすれば
渾身(こんしん)の力で椎名くんを押しのけて、
身体を放し、手で唇を拭いて彼を睨んだ。
さっきまでその瞳の奥に野獣の険しさを宿らせて
いた彼だけど、今は、さっきまでの勢いが嘘の
ように自信なげで不安そうな目をしていた。
なんだかこっちが弱い者いじめでもしてるような
心境になって……いたたまれず、
踵を返して私は駆け出した。