疑わしきは罰せず

「その後どうです?」



静音が重要参考人になった事を玲斗達4人に告げてから2週間が経った。



「蒜崖雅と伽虐琅提はかなり動揺していますね。大きなものはありませんが、小さいミスは多々あります。」


「時々2人で話し込んでるし、ものすご―く怪しいです。」



偽情報とは露知らず、都澄の囮作戦に過敏に反応した雅と琅提。


椎名と橘から報告を聞いた仁科は笑顔で頷き満足気だ。



「千影鏡鵺の方は、…正直よく分からない。」


「珍しいー。来栖さんがハッキリしないなんて。」



「悪かったな。だが、生活リズムに特に変わった様子はないんだ。ただ何故か、以前にも増して仕事熱心になった。」



一方鏡鵺は、2人とは違いミスも無く支店長として仕事をこなしている。


取引先に行く以外は部屋にいることが多かったのに、副支店長や部下の指導に熱が入る程に。



「怪しいといえば怪しいが……」


「仕事に熱心なのは良いことですよね。」



変化があったことは事実だが、それが静音が重要参考人になったと聞いたことと関係があるとは言い切れない。


因果関係が不明過ぎると、頭を掻く厄塒と、同時に卍擽は感心する。

「織端玲斗の方は?柊からは連絡、入ってますか?」


「ああ。業務連絡だけだがな。ただ、織端玲斗からは何も聞かれないみたいだ。」



篠宮や要が電話に出ても、静音は必要最小限のことしか話さない。


篠宮は話の流れから推察して仁科に報告する。



「4人共怪しさは増してますが、決め手に欠けますね。」


「そうだね。静音が話してくれたら一番良いんだけど。」



報告してもらった事をメモった手帳とにらめっこする仁科に、同調する要も困り顔だ。



「ちょっと!男前がそんなに辛気臭い顔しない!」


「そうですよ!ここでブレイクタイムといきましょう。」



澱んだ空気を一掃したのは、幡牛と遁苺の元気な声とコーヒーの良い香りだ。



「男前って俺のことっスか?」


「安心しなさい。絶対違うわ。」



ふざける羮芻に、轢夲は意地悪い顔をして一刀両断した。



「うぅ~ん!おいひ~」



橘の口の中でトリュフがとろける。



「うまっ!君が作ったの?」


「いえ、それは幡牛さんが。私は料理苦手なので。」


「そう…なのか?人は見かけによらないな。」



羮芻と同じことを卍擽も思ったらしい。

「だけど椎名さん、積極的ですよね。」


「何がですか?」



コーヒーを口にしながら、呆れたように厄塒は切り出す。



「柊のことです。俺と同い年なのに、よくあそこまで出来るものだと思いまして。」


「え?ああ…。惚れた弱味、ですかね。」



「今回は辛抱強いというか、諦めが悪いというか。」


「柊さんいつも容赦無いですもんね。」



静音を思い出したのか、はにかむ様に笑いながら頬をかく。


そんな椎名をからかう様に幡牛と遁苺は言う。



「最初は一目惚れだったんです。でも、何だか放っておけなくて。あしらわれても、話せただけで良いかなって。」


「(中学生かっ!)」



椎名ののろけに、卍擽は何とか口に出すのは抑えたが、コーヒーを危うく吹きこぼしそうになった。



「でも今回のことで、僕は柊のこと何も知らなかったんだって分かりました。」



「昔から隠し事だけは上手かったからな。」


「自分と関わりのある人に関しては特に、ですよね。」



出会った頃からそうだった。



母親の為に、莉央と深緒の為に、静音は篠宮や要に対して必死に隠し通した。


自分以外の大切な誰かの為に。

「柊から連絡があった。織端玲斗に呼び出されたそうだ。」


「呼び出されたって、一緒に働いてるんじゃないんですか?」



静音は玲斗と共に診療所に勤めている。


橘の言う通り、呼び出されたは可笑しな表現だ。



「ああ、すまんすまん。話があると言われたようでな。時間は明日、診療が終わってからの20時ぐらい。診療所からの行き場所は不明、移動手段も不明だが、準備を頼む。」



「どんな手段で移動しても良いようにGPSと盗聴機を用意するっス。」


「バッチリ拾えるやつよ。」



轢本はやる気満々に背中をバシバシ叩くが、やられた羮芻は涙目で痛そうだ。



「重要参考人の話を流してから初めてのことですね。」


「係長の策、はまりましたね。」



「油断は出来んがな。篠宮と椎名、来栖と橘の2班で柊と織端玲斗を追尾。仁科は蒜崖雅、厄塒は伽虐琅提、卍擽は千影鏡鵺、それぞれを尾行し動向を監視だ。幡牛と遁苺、用意を頼む。」



「「了解。」」



「ヘマするなよ。」


「分かってますー」



橘は唇を尖らせるが、来栖の目は信用しているように見えなかった。



静音にも機材を渡し、全員準備を整えた。

「どこに行くの?」


「静かに話せる場所。着いてからのお楽しみ。」



静音は玲斗の車の中にいた。


先回り出来るように行き先を聞こうとしたのだが、はぐらかされてしまった。



「ここは…」


「大丈夫だから入って。」



玲斗が静音を連れて来た場所。


懐かしい、けれど因縁の場所。



都立詠継祇ヶ丘小学校だった。



「屋上、入っていいの?」


「医院長の知り合いが、今の校長と知り合いでさ。見たいって行ったら話つけてくれた。」



中学校は5年前建て替えられたが、小学校は16年前。


だから、見渡す校庭、上がる階段、覗く教室、少し寂れたかもしれないが、そのどれも変わらないように感じた。



「学校って、見たいって言って見れるもんなんですか?しかも夜。」


「さあな。親交度によるだろ。」



「ですが、話をするのにわざわざ学校の屋上というのは…」


「確かに大袈裟だな。」



橘の疑問は最もだが、来栖には答えようがない。


ただ、話をしに来たにしてはと思う椎名と篠宮の見解は一致した。



会話から屋上に向かっていることは確かなので、篠宮達は校内を見回りながら進んだ。

「綺麗…、初めて見たけど。」


「だね。僕も初めて見たよ。」



屋上から見える住宅街の明かりは、夜景スポットとは違う優しい灯りだ。



「…話って何?ここに連れて来たのにも何か意味があるんでしょ。まさか、夜景を見せる為になんて言わないよね?」


「うん、言わない。」



悲しげに微笑む中に、強さがあった。



「ここで出会ったんだよね、僕達。」


「お父さんの仕事の都合で転校して来たのが、確か小3だっけ。」


「うん。そして、ここから始まった。」



小学校からの持ち上がり生徒がほとんどの詠継祇ヶ丘中学校。



静音、岨聚、鏡鵺、雅、琅提。


小学校の入学式から同じメンバーに玲斗が加わったことで、様々なことに変化が生じた。



ただ、良いことなんて一つも無い。


悪いことだけが集まり続けた。



「僕達は間違ってたんだ。ずっと分かってたのに。自分可愛さで逃げて、見ないふりして。静音が傷付いてたこと、知ってたのに。」


「玲斗………」



幼過ぎた、あの時の何もかも。


そのすべてが。



「もう逃げない。ここで終わらせる。」



そう言うと、玲斗は静音へと近付いた。

「「あ。」」



19時30分。


仁科と厄塒は別行動のはずが出会い、顔を見合わせ声をあげた。


何故なら雅と琅提の行き先が同じ、そして見慣れた建物だったから。


そう、ここは警視庁。



「あ、仁科さん。こちらの方達が氷室岨聚さんの事件のことでお話があるそうです。」



尾行しているなどとは露知らず、受付が出入口にいた仁科に話し掛けた。



「どうぞ。」



「ありがとうございます。」


「いただきます。」



2係の隣にある会議室に雅と琅提を案内する。


お茶を運んだ遁苺と入れ代わりに、仁科の要請で要が加わった。



「で、話というのは?」



「静音は悪くないです。」


「私達が原因なんです。悪いのは私達なんです。」



「それはどういう意味ですか?」



悪くないと訴える2人の目には、涙が滲んでいる。


感情的になりそうなのを、要は努めて冷静に質問をした。



「静音は私達を恨んでる。でも静音は優しいから、今まで何も無かった。」


「だけど再会してしまったから。3ヶ月前の同窓会で。だからきっと…」



だからきっと。


岨聚を突き落としたのは静音なんです。

18年前、静音は詠継祇ヶ丘小学校へ入学した。



新1年生、同じクラスには、



「私は何でも出来るのよ。少しは頼りなさい。」


お嬢様気質だが人を気遣うことが出来る、岨聚



「バッカじゃねーの!ほら、いくぜ!」


口は悪いけどとても明るい、鏡鵺



「あんたって…、本当にどんくさいわね。こっちだから。」


ハッキリ言う割に面倒見が良い、雅



「あのね…、一緒に行こう?」


大人しいのに世話好きな、琅提



良いとこも悪いとこもある、けれど優しいそんな人達。



静音は4人とすぐに友達になった。



「岨聚、折り紙しよう?」


「良いよ、凄いの知ってるから教えてあげる。」



「鏡鵺は走るの速いね。」


「おう、サンキュー!」



「雅、勉強教えて?」


「もー仕方がないなぁ。」



「琅提の作ったお菓子美味しいね。」


「ありがと。今度一緒に作ろ。」



2年生に上がるとグループも出来上がり、学校も放課後でも、静音は4人と共に行動することが多くなった。


親同士の付き合いも順調で、文字通り5人は親友となっていった。



3年生になり、玲斗が転校してくるまでは。

「今日からこのクラスの仲間になる織端玲斗君です。」



3年生の春、玲斗が転校して来た。



「よろしくね!」



「私は岨聚。仲良くしてあげても良いわよ。」


「岨聚は金持ちで、家もでっけーんだぜ。」



真っ先に自己紹介をした岨聚は、少し顔を赤らめながら手を差し出した。


鏡鵺は両手をめいいっぱい使ってジェスチャーをし伝えようとする。



「鏡鵺うるさい!岨聚は岨聚だもん。」


「静音の言う通りよ、黙りなさい。」



「でた~静音と雅のイイコちゃん~」



お金持ちを強調し、からかう鏡鵺。


怒った静音と雅は注意するが、鏡鵺は更にふざけ面白がっている。



「玲斗君…、私は琅提。こっちが静音であっちが雅。」


「え~俺は?」



「これからよろしくね。」



鏡鵺を注意するのに忙しいからと、琅提は自分と2人の代わりに自己紹介をした。



「ちょ、琅提までヒドくね~」



「ほんと、うるさいわ。」


「「「ねー」」」



地団駄を踏みながら声をあげる子供の鏡鵺に、女子4人は同意見、さながら井戸端会議主婦だ。


玲斗は5人のやりとりに圧倒されながらも笑って聞いていた。

「静音、一緒に行こう?」



「見て見て静音!」


「聞いて静音!昨日ね…」



「ねぇ静音、」



玲斗が転校してきて、半年が経った頃。



玲斗は優しく時にはしゃぐ、女子からも男子からも大人気だった。



しかし、静音の隣にいつもいて、ニ言目には、静音と発するほど玲斗はべったり。


周りのクラスメイトは、呆れながらも仲良しだね。と済ましていたのだが、それを面白く思わないのが一人。



…そう、岨聚だ。


なにせ岨聚は転校初日に、玲斗に一目惚れ。



だから玲斗の気を引こうと、人気の玩具の話をしたり男子が夢中の戦隊ものを一生懸命勉強したりしていた。


恥ずかしいけど勇気を出して自己紹介を一番最初にしたのも、覚えてもらいたい一心だったから。



しかし、玲斗はその場では楽しく会話するものの気が逸れたり楽し過ぎて静音を呼んだり。


あまり2人きりの会話が続かなかったが、呼ばれた当の静音は全く気にせず岨聚とも会話をしていた。


玲斗に嫌われたくなくて、岨聚は必死に我慢していたのだが、日に日に溜まっていく静音への嫉妬についに限界が来る。



それが起きたのは、冬休みが明けてすぐのこと。

「貴女とは今から絶交よ。柊さんって呼ぶから岨聚様って呼びなさい。皆もそうして。」


「そ、岨聚?なんでそんなこと言うの?」



無表情に命令口調で言った岨聚に、静音は何が何だか分からない。



「そーだぜ、岨聚。意味わかんねーよ!」



「なんで静音だけなのよ?」


「静音のこと嫌いになっちゃったの…?」



「み、皆仲良くしよ。ね、岨聚?」



鏡鵺は叫び、雅は怒り、琅提は泣きそうになり、玲斗は何とかしようとする。


しかし。



「私のパパは偉いの。だから私の言うことは絶対なの。私の言う通りにしなかったらパパに言って皆のパパとママ、クビにするから。」



これにはクラスメイト全員が驚いた。


このクラス、いやこの学校に通うほとんどの児童の両親が、氷室財閥の経営する企業に勤めている。



だから、子供の言うこととはいえ、本当にそうなることはあり得ないことではない。


何故なら、総帥は岨聚を溺愛しているから。



両親の仕事が無くなることがどういうことか、分からない歳でもない。



誰も反論しないまま、岨聚は静音に言い放つ。



「大っ嫌い。」



そして地獄が始まった。

「そこからはもう…、静音はいないも同然でした。岨聚の機嫌だけ伺って、静音との会話は必要最小限でした。」


「静音は何をされても何も言わなくて。静音が転校するまで私達は何も出来なかった。いいえ…、しなかったんです。岨聚が………岨聚が怖かったから。」



雅と琅提が涙ながらに語ったのは、単なる子供が言った、子供同士の、大人には他愛ないイザコザだ。


同級生達は、岨聚の言葉に対しとても素直に気持ちを表し行動しただけ。



悪気はない。


ただ、逃げただけ。



「…そう、でしたか……」



絞り出す様に言う要の手は、2人からは見えないが机の下で強く握り締められていた。



「氷室さんは織端さんが好きで、織端さんは柊さんが好きだった。では柊さんは?織端さんのことが好きだったのですか?」


「分かりません。友達としては仲良くしてましたけど…。静音は好きとか何も。玲斗も積極的でしたけど、告白してるところは見たことなかったです。」



仁科の問いに思い当たる節がないのだろう、雅は首を傾げる。


岨聚が嫌いと言ってそれまでの雰囲気とは一変したいじめられる現状を、静音は何の抵抗もせず黙って受け入れていた。

「でも、鏡鵺は岨聚のこと、好きだったと思います。ずっと岨聚のそばにいたから。私と雅が玲斗と鏡鵺に恋愛感情が無いの、岨聚は分かってたみたいで、玲斗と一緒にいても私達には何も言いませんでした。」



岨聚の嫉妬の矛先は真っ直ぐ、静音にしか向いていなかった。



「…静音と同窓会で会うなんて思わなかったんです。中学は持ち上がりなんですけど、入って1年もしないうちに転校してしまって。」


「静音がいなくても以前のようにはなれなくて。表面上は仲が良いですけど、岨聚に対する恐怖心は今も心のどこかにあり続けてる。」




2人は自虐的な笑みを浮かべた。


しかし要達が冷静に話をしたおかげか、幾分か落ち着きを取り戻している。



「だから私達にとって岨聚は親友であり、支配者だった…」


「学校の先生も逆らえないほどでした。」



都立とはいえ、地元の有力者。学校の職員ぐらいなんとでも出来る力を持っていた。



「(だからか。)」



厄塒は納得した。



聞き込みの時の同級生達の態度。


たった一人のたった一言、一つの感情が起こしたこと。

しかし、その影響は15年以上経っても朽ちずに続いているのだ。

「柊さんは氷室さんが嫌いかもしれない。同窓会で会ったことがきっかけで、あの頃を思い出し気持ちが暴走してしまった。だから、柊さんが氷室さんを突き落としてしまったのではないか。そういうことですね?」


「「はい……」」



仁科の確認に頷く2人。


しかし、厄塒はそれに同意が出来なかった。



3年前のことがあるからか、部下だったから信じたくないのか。


そのどちらかは分からないが。



「話をしていただきありがとうございました。また何かあればお願いします。」


「はい…」



静音の不可解な言動の理由が分かり要はホッとする。


気持ちが顔に出ているようで、琅提はどこかスッキリとした表情だ。



「遅くにすみませんでした。」


「いえいえ。こちらこそこんな時間にご足労いただきまして。」



雅がチラッと、つられて仁科も見た時計はもう20時20分を指していた。



「はぁ?見失った?!バカヤロウ!すぐ探せ!」


「どうかしました?」



2人の見送ろうとした直後、厄塒の怒号が響く。


通話を乱暴に切った携帯を恨めしそうに睨み付けた。



「卍擽からです。千影鏡鵺が消えました。」

「玲斗…、終わらせるってどういう」


「「静音っ!!」」



意味が分からず尋ねようとしたら、自分を呼ぶ声が2人分聞こえた。


もちろん1人は玲斗だが、もう1人は…



「鏡鵺……?」



この場にいるはずのない鏡鵺だった。



「ぃっ……」


「玲斗っ!」



片膝をついた玲斗に駆け寄る静音が見たのは、押さえる左腕から滲む血と、刃先から血が落ちるナイフだった。


どうやら、襲おうとした鏡鵺から玲斗が静音を庇ったようだ。



「(どうなってるんですか、これ?!)」


「(千影鏡鵺は、卍擽さんが尾行していたはずでは?)」



橘と椎名はパニックに陥っていた。


屋上へのドアの隙間から静音と玲斗の様子を窺っていたのだが、突然死角から鏡鵺が現れたのだ。



「(分からない。だが、この状況は…)」


「(まずいな。どうする?)」



来栖と篠宮は、なんとか冷静に考えようとする。


しかし、追尾の為に防具や武器の類いを所持してはいない。



「(とにかく、要に…)」


『(こちら羮芻。千影鏡鵺が行方をくらましたっス。)』



篠宮が連絡を入れようとした矢先、羮芻から一報が入る。

「鏡鵺!どうして…」



静音は訳が分からなかった。


この場に鏡鵺がいることも。

握られているナイフの意味も。

何故自分が襲われたのかも。



「どうしてって……もう後戻り出来ないんだ。だから、全部終わらせるんだ。」


「終わらせるって……玲斗も同じこと言ったけど、終わらせるって何を終わらせるの?分からないよ。分からないけど、とにかくそのナイフ放して?」



「静音!近付くな!鏡鵺の目的は君を殺すことだ!」


「え?玲斗…何を言ってるの?鏡鵺が私を殺す?」



ナイフを取り上げる為に差し出した手は、理解不能な言葉によって行き場を失う。



「だよな、鏡鵺。そしてお前が岨聚を突き落としたんだ。」



確信を持って断定する玲斗。



「鏡鵺が岨聚を?何の為に?」



やっぱり静音は訳が分からない。


しかし、それは篠宮達も同じ。



「(なんか凄い展開になってますけど、どうしたらいいんですか?)」


「(仁科さん達が来るまで待機だ。ナイフ振り回されたら敵わない。)」



「(だが織端玲斗は何か知っているようだな。)」



応援の仁科が到着するまで、3人の動向を見守るしかない。

「静音の為……だよな?同窓会で岨聚がしたこと、我慢出来なかった。だから。」


「……ああ。ああ、そうだ!俺が岨聚を突き落としたんだ!同窓会でのこと、やり過ぎだって、俺達ももうガキじゃないんだからってな。でも、岨聚は聞く耳を持たなかった。」



3ヶ月前の同窓会後、21時5分。


岨聚のプライドを考え、誰にも聞かれない、しかも防犯カメラも壊れている銀行の非常階段へと呼び出した。



「何?同窓会のことで話って。警備を撒かせてこんなとこまで呼び出して。」


「静音のことだ。もう止めにしないか?俺達はもうガキじゃねぇんだ。」



「なにそれ。私があの子になにしようと、あんたに関係ないじゃない。」



同窓会での出来事は昔とまるで変わっていなかった。


だけど、鏡鵺はもう終わらせたかった。



いまだに続くこの地獄を。



「関係ある!俺はずっと静音のこと」


「あらそうなの。じゃなんで今まで私の傍にいたのかしら?口先だけの男は嫌いよ。話それだけなら帰るわ。」



興味なさげに言い放ち、岨聚はその場を去ろうと階段を降りようとした。



「ち、ちょっと待て!」


「なにするのよ!離して!」

「押し問答して揉み合ってるうちに岨聚は…。だけど、俺は後悔なんてしてない。当然の報いだ。岨聚も俺も。」


「なんでそこまで…岨聚とのことは自業自得のことなのに。玲斗もそうだけど、鏡鵺だって気にすることじゃ……」



意識不明の重体になることも、殺人未遂犯になることも、鏡鵺にとっては当然らしい。


ただ静音は、岨聚がしたことを受け入れてきた自分の責任だと思っている。


だから何も言わなかったのに。



「気にするよ。だって好きな女の子のことだよ。気になるでしょ。」


「好きって……まさか。」



「ああ。俺はお前が好きだ。昔からずっと。こいつが転校してくる前からな。」



観念したようにナイフをポケットに突っ込んで、ハンカチを差し出した。



「(これはいわゆる)」


「(三角関係だな。)」


「(モテるっていうのも大変ですね。)」



俗に言う、痴情の縺れというやつだ。


しかもかなり複雑な。



「(羮芻から聞いた、小中学校でのことを合わせると……)」



岨聚は玲斗が好き


玲斗と鏡鵺は静音が好き



正確にいえば四角関係だが、こんな感じだろうと、篠宮は頭の中に描く。

いつも積極的で告白もされたから、玲斗の想いに気付くことが出来た。


ただ、鏡鵺の想いには気付けなかった。


無理もない、鏡鵺はずっと岨聚の傍にいたのだから。



「ごめん、全く気付かなかった…」


「いや。言わなかったの俺だし、玲斗みたいにも出来なかったしな。」



鏡鵺は手すりに背を預け空を見上げる。



「岨聚がお前をハブるって言い出した時、親のこと持ち出しただろ。俺の両親、あいつの系列グループ子会社の役員でさ。逆らう勇気無くて。」


「僕も同じだ。今は引退してるけど、系列の大学病院の医者だったからね。天秤にかけたって言われても仕方がない。」



「そんなこと……」



静音は言いかけて止めた。


実際に天秤にかけたのだ。

玲斗達も、自分も。



「…けど玲斗。鏡鵺だってよく分かったね。」



私はてっきり、とは静音は言わなかった。



ただ、何故鏡鵺が犯人だと玲斗は分かったのか。

それが聞きたかった。



自分でさえ勘違いしていたのだから。



「ほんとだぜ。目的も、理由まで当てやがってよ。探偵かっつーの。」



鏡鵺も驚き過ぎて、我を忘れ叫んでしまったぐらいだ。

「それは分かるよ。鏡鵺は僕より長く静音と居たから、取られないように必死だったんだ。同じ立場だったからこそ分かったんだよ。」



玲斗はずっと静音を見てきた。


そして同時に静音を見ている鏡鵺も。



だから、同窓会での岨聚の変わらぬ傍若無人な言動に気持ちが動いたのは自分だけじゃないと、その考えに辿り着けたのだ。



「警察から聞いた岨聚に届いた脅迫状、あれも鏡鵺だろ?」


「え、まじ……?それも分かってたのかよ。」



「あんな支離滅裂な文章は鏡鵺しかいないよ。」



確かに玲斗の言う通り、脅迫状は鏡鵺が作ったもの。



言いたいことは分かるが、纏まりが無い。


それが鏡鵺の昔から変わらない文章だった。



「同窓会の度に思い出してさ。よくよく考えたらさ、中学卒業して丁度10年だったし。なんか余計に、な。」


「余計にって…。というか本当にあの文章、意味不明。何を伝えたかったの?」



年の節目だったから思い立ったらしいが、脅すのが目的ならばあんなにストーカーチックではなくていいはずだ。



「ああ…。岨聚さ、愛されたい病だろ、ちやほやっていうか、自分が一番っていうか。だから。」

だから、の意味が分からない。


鏡鵺は岨聚に、そんなに愛されたいなら愛してやる、みたいな歪んだ愛があることを伝えたかったらしいが、静音と玲斗、そして岨聚本人にもその意図はまったくもって伝わっていなかった。



「それにしても、殺すってとこまで見抜くなんてね。でも、私の為とか、終わらせるとか。2人共、よっぽど私を殺したかったみたいね。」



むくれながら少し強い口調で言う静音に、鏡鵺と玲斗は狼狽える。



「し、静音を殺したかった訳じゃない!だけど、岨聚は目を覚まさないし、警察には疑われるし、俺達のこと言ったって信じてもらえないだろうし。だから後々迷惑にならないように、仕事の引き継ぎも済ませたし、今日、いっそのこと…何もかもって……」



「ぼ、僕が終わらせると言ったのは、あの時からのギクシャクした関係だよ。みんなあの時から上辺っていうか表面的っていうか。僕が転校してすぐみたいな、楽しかった感じに戻りたくて。だから、始まったこの場所で、また始めたかったんだ。鏡鵺のことも話したかったから、誰にも聞かれない屋上はぴったりだと思って。静音が警察から疑われて捜されてるって知ったから、まず静音と話そうと……」

慌て過ぎて、弁解というより捲し立てる様に一気に言ってしまったので、2人共息が切れている。



「そんなに必死に否定しなくても…大体殺す気無いとか、ナイフ持ってた鏡鵺には説得力無いし……まぁ私達にはお似合いの結末かもね。」


「そう…だな。」


「…だね。」



それなりのことをしてきた。


だから今の状況も当然なのだと。



そう、3人は思う。



「それは違う!!」



「「………!!!」」


「(椎名さんっ!?)」



しんみりした空気を一変させたのは、鏡鵺がナイフをしまい3人が落ち着いて過去に想いを馳せていた時から一言も篠宮達の会話に加わっていなかった椎名だった。



追尾されているから傍にいるのも、盗聴機を携帯しているから会話を聞かれているのも分かっていたが、まさか鏡鵺がいるのにも関わらず姿を見せるとは思わなかった。


なので静音はとても驚いたが、2人がいるので何とか声に出すのは抑えた。



「誰?」


「あんた確か…窓口にいた…」



玲斗はもちろん椎名に会ったことがないので不思議な顔をするが、鏡鵺は覚えがあるのか思いだそうとする。


さすが支店長といったところか。

「君達は間違ってる。自分のせいだとか、当然の報いだとか。自分の為と言いつつ、結局は周りを気遣ってるじゃないか。どうして君達は自分自身を大事にしない?見ないふりして逃げてたのは、自分自身を大切にしないことだ。」



「そうだよ!大丈夫とか言って全然大丈夫そうに見えないし。私、鈍いから言ってくれないと分かんないし。まぁ、柊にとっちゃ私は頼りないかもだけど…」



椎名に続いて橘まで出てきてしまう。


飛び出した椎名に気がいっていて、篠宮も来栖も橘を止められなかった。



「終わらせるとか、いっそのこととか、何でそんなこと言える?好きだったら尚更一緒に生きようと思わない?好きな人には生きていて欲しい、少なくとも僕はそう思う。」



訴えかけるように、特に鏡鵺に向かって椎名は言った。



「あんたに俺達の何が分かるんだよ。俺達の過ごしてきた、味わってきた苦しみや悲しみが分かるって言うのかよ!?」


「鏡鵺!やめろ。」



椎名の言っていることは正しい。


ただそれが当事者ではない者の理想論でしかないことを、鏡鵺は身に染みて分かっている。



だから正し過ぎてヘドが出た。



この偽善者が、と。

「あの……あなた方は一体?柊のことを知ってるみたいですけど、どういう関係で?というか、どうやってここに?」



鏡鵺より冷静な玲斗が疑問を投げかけた。



「「あ……」」



椎名と橘はやってしまったと顔を見合わせるが、時すでに遅し。



「…もういいですよね?こうなった以上隠せませんよー」



ドア付近にいるであろう篠宮と来栖に向かって、静音は呆れた様に言った。



「隠すってお前…」


「ごめん、この人達知り合い。ついでに言うと、フリーターって言うのも嘘。私、警察官なの。」


「「…え?」」



潜入捜査のこと、ペテン師夜鷹と呼ばれた出来事についても、かいつまんで話した。



当然、玲斗と鏡鵺は終始驚きっぱなしだ。



「ま、じ、かよ……」


「静音が……まさか…」



「ごめん。でも、そこの男が言ったこと、納得出来ちゃったから。私は周りの人達に大切にされてきた。だけど、自分を大事にしてないことは分かってた。分かってたけど、そういう方法しか思い付かなかったから。」



椎名が言ったことは、ちゃんと静音に届いていた。


だから、もう終わりにしようと思った。


本当の全てを。