和気藹々な空間

和咲が倒れてから3日――、悠晴は悩みに悩んでいる。


雨島の言葉が頭の中でループしているからだ。



丁度今日から月が変わって終業式まで短縮、授業は午前で終わる。



「見ているだけじゃ始まらない、か…。」



和咲の言葉に少し引っ掛かった事もあり、雨島に言われたからではないと言い聞かせ、勇気を出して誘ってみることにした。




「雪ちゃんありがとうございました。さようなら。」


「さようなら、また明日ね。気を付けて帰ってね。」


「はい、失礼します。」



悠晴は、倒れてからは帰りも雪ちゃんに見てもらっている和咲を待ち伏せていた。



「は、萩野!」


「?なに?」



「あのさ…俺と…、俺と一緒に………俺と一緒に帰って欲しいんだけど!」

「あー萩野さん!今帰り?あたし達帰りにクレープ食べに行くんだけど行く☆?」



「(も、森崎!)」




全く空気の読んでいない楓が、勇気を振り絞った悠晴を華麗にスルーして和咲に話しかける。


「……。ありがと、でも今日は先約があるから。ごめん。」


「そっかー。じゃあしょうがないね。また食べに行こ☆」


「うん。また明日。」


「また明日ー☆」


「(先約があるのか…。)」



楓は嵐の様な騒がしさで去って行った。

「木山、帰ろ。」


「え!?先約があるんじゃ…」


先約と聞いて落胆していた悠晴は自分に帰ろうと言われて驚く。



「うん。木山の方が先に誘ってくれたでしょ。だから先約。」

「!」



和咲の先約とは悠晴と帰ることだった。



「なんだ、そっか…」



沈んでいた気持ちが浮き上がる。


「?なに?」


「え?ああ、何でもない。か、帰ろ。」



そして2人は一緒に帰っているのだが…



悠晴は緊張しすぎて何を話して良いのか分からない。


和咲は和咲で自分からは喋ろうとはしない。



だから必然的に2人とも無言。


なのに歩くスピードは不思議と同じである。

「あ、和咲!お帰り。」


「藍姉!」



突然後ろから話しかけられたと思ったら、買い物袋を提げた藍だった。



「買い物?」


「そう、卵が足りなくて。あら、そちらはお友達?」


「うん。同じクラスの木山。」


「は、初めまして。木山悠晴です。」


「私は和咲と一緒に住んでいる泉藍といいます。よろしくね。あ、そうだわ!今帰りってことはお昼まだでしょう?うちで一緒に食べない?皆で食べた方が楽しいし。ねっ和咲良いでしょ?」



「べ、別に木山が良いなら。」


捲し立てる様に、そして何故か嬉しそうに話す藍の勢いに圧倒されながらも、同意を求められた和咲は悠晴を見ながら言った。

悠晴は初対面の藍に誘われたことに戸惑う。

しかし、和咲の家で一緒にご飯を食べれるという喜ばしい展開に内心を悟られない様にしながら答える。



「お、俺でよければ…」

グゥ~


「!!」



「あらあら。良いタイミングみたいね。」


「す、すみません…。」


「気にしないで。さっ、行きましょ。」



悠晴のお腹の虫が返事をしたので、決まったとばかりに藍は2人を促した。

和咲の暮らしている施設 なでしこ園 はその名を表す様に、入り口には色とりどりの花が花壇に植えられている。



「あ、藍姉、和咲姉お帰り~」

「二人ともお帰り。」


「ただいま七穂、四朗。」



「卵はあったかい?」


「ええ、ほらたくさん。三夜と二葉は台所?」


「ああ、じゃあ早速作ろうか。」


「私も手伝うわ。」



読んでいた本をしまった七穂と藍から卵を受け取った四朗は、帰ってきた藍と一緒に三夜と二葉のいる台所へと向かう。



「和咲姉、こいつ誰?」



和咲達のすぐ後に帰ってきた一護は悠晴にいち早く気付いた。


「和咲姉の彼氏だ~」
「彼氏だ~」


「こら、一護失礼でしょ。ただいまくらい言いなさい。八雲も九雲も走り回らない!」



「十環ちゃんが怒った~」
「怒った~」



一護のせいで八雲と九雲も悠晴の存在に気付き、おませな2人は彼氏彼氏と大はしゃぎ。十環来の注意すら楽しんでいる。


因みに、大部屋の床はフローリングで埃は立たないから、八雲と九雲が走り回っても大丈夫なのである。

大部屋に入った途端、悠晴は固まってしまっていた。



「ごめん、煩くて。」


「いや、別にいいんだけど。…なんかイメージがさ。」


「イメージ?」


「施設ってもっと静かな感じだと思ってたから。」


「施設にもよると思うけど、私はここしか知らないから。ここは常にこんな感じ。」



大部屋は大きな窓もあり、明るく開放的な造りをしている。



「とりあえず皆のこと説明しとく。」



ご飯が出来る間の今のうち、と和咲。



「藍姉から卵を受け取ったのが四朗(シロウ)兄。ここの施設出身で、施設の子供の面倒をみる児童指導員。藍姉の旦那さん。


藍姉達の会話に出てきた三夜(サヨ)姉もここの施設出身で保育士。


二葉(フタバ)は三夜姉の親戚の子で小学2年の女の子。


そこで本を読んでいた女の子は七穂(ナホ)。中学1年生。」

「木山に気付いた男の子は一護(イチゴ)。中学2年生。


走り回ってる男の子2人は八雲(ヤクモ)と九雲(ツクモ)。今年で5歳になる双子。


その3人を注意したのが十環来(トワコ)姉。十環姉もここの施設出身で児童指導員。

それから…」



「とわちゃん…ごはん…」


「ただいまー腹減った~藍姉ー昼飯まだ?」


「りっちゃんお腹空いたね、もう少しで出来るからね。五楼!腹減ったじゃなくてお腹空いたでしょ!もう、言葉使いをちゃんとしなさいって何度言ったら分かるの!」



「げっ、十環姉!お、俺着替えてくる!」



「………。今走り去っていった男の子が五楼(イツキ)。小学5年生。


十環姉に抱っこされてる女の子が六香(リッカ)。3歳。


あと、今は出掛けてるみたいだけど藍姉の両親で施設長の雷(アズマ)さんと霞(カスミ)さん。これで全員。」



和咲を含めて14人家族。



「皆、萩野みたいに親が亡くなってるの?」


「ううん違う。施設にくるのは家庭の事情だけど。私みたいに親と死別したり、ネグレクトだったり、虐待だったり…。」


「………色々あるんだな。」

「みんなお待たせ~!今日はチャーハンよ。八雲、九雲スプーン並べてくれる?」


「「は~い!」」



話しているうちにだいぶ時間が経っていたらしい。

藍と四朗と七穂がチャーハンを、三夜と二葉がお茶とコップを、それぞれ人数分運んできた。

大部屋には横に長いテーブルが2台あり、それぞれそこに並べ始める。



「ねぇ一護兄、和咲姉の隣の奴誰?」


「さぁ?帰ってきたらいた。八雲と九雲は彼氏だって騒いでたけど。」


「彼氏!?ありえねーだろ。和咲姉の性格からして。」


「だよな、俺もそう思う。多分買い物袋提げてた藍姉あたりが誘ったんだろ、皆で食べた方が楽しいとか言って。」


「あ~それはありえる。」

「(…イラッ…)」



藍の掛け声で大部屋に来た一護と五楼は、悠晴を見て何やらコソコソと話始めた。



悠晴には丸聞こえだったが、小中学生相手にムキになるのも大人げないし、しかも内容がその通りなのでカチンときたものの何も言わないことにした。



和咲にも一護と五楼の会話は聞こえていて、(木山が来たのは藍姉が言ったからだけど、そういえば何で木山に帰ろうってあんなにすんなり言えたんだろう?)と不思議に思っていた。



全てを並び終えみんなが席に着いたところで、藍が話始める。



「皆気づいてると思うけど、和咲の隣にいるのは和咲と同じクラスの木山悠晴君です。買い物の帰りに偶然会ったので誘いました。」



「…は、初めまして…。」



「な?俺の言った通りだろ。」


「だな。…じゃあ和咲姉と一緒に帰ってたってことかよ?!」


一護はやっぱりとしたり顔で、五楼は和咲が異性と一緒に帰っていた事に驚く。

「「和咲姉の彼氏~」」


「こら、静かにしなさい。」


「へぇ~和咲姉と、ねぇ~」



紹介により八雲と九雲は再び騒ぎ出して十環来が止めに入るが2人は聞く耳を持たない。


七穂に至っては何を考えたのか含み笑いである。



「和咲が友達連れてくるなんて珍しいね。今までは女の子だけだったし。」


「でしょ!私も見た時驚いて。それで思わず誘ってしまったのよ。」



藍が悠晴を連れてきた理由は、まさかの興味本位であった…。


「ねぇねぇ。お兄ちゃんは、和咲姉のこと好きなの?和咲姉の彼氏なの?」


「え!?」



二葉がキラキラした目で悠晴聞く。



「二葉、そういうことを聞かなくても分かってあげるのが大人の女性ってものよ。」


「三夜姉かっこいい~!」



しかし、悠晴が驚いている間にすかさず三夜が言うと、二葉は更にキラキラした目になる。



「あ、あの…。(俺はどうすればいいんだ…?)」



聞かれたのに勝手に話を進められてしまったので、悠晴は口を挟む隙が無く反応に困ってしまう。

藍が悠晴を紹介した途端、和咲と悠晴そっちのけで話始めてしまった。



「………ねぇ。」



キリが無さそうなので和咲は静かに声をかける。



「「「なに?」」」



「りっちゃん食べたそうだし、ご飯冷めると思うけど。早く食べない?」



「そ、そうね。はい、それではみなさん手をあわせて…」




「「「いただきます!」」」



和咲の言葉に、慌てて藍は同意し皆もそれに従った。


きっと、和咲の声色が怖かったからに違いない。



「ごめん、静かなの寝てる時ぐらいで。皆好き勝手言うけど、気にしなくていいから。」


「あぁ、大丈夫。学校以外で、こういう大人数初めてでビックリしただけだから。」


「そう。ならいいけど。」


「このチャーハンうまいね。」


自分の家とはもちろん違う味だが、とても美味しい。



「口に合って良かった。」



和咲が自分を気にしてくれてたこと、そして口々に言うもののあたたかい雰囲気に、悠晴は嬉しさを感じていた。

「チャーハン美味かったです。ご馳走さまでした。」


「いーえ。お口に合って良かったわ。」



「大人数で食べることもあんまり無いんで楽しかったです。」


「そう、良かった。またいつでも遊びに来てね!」


「ありがとうございます。失礼します。」



藍に玄関先まで見送ってもらった悠晴は、最初は成り行きだったけど、和咲の家族と会えたし来て良かったと思った。



「もうここでいいから。」



外門まで来たところで悠晴は声をかける。



「そう。木山…、今日はありがと。」



「え?」



「みんな何だかんだ言っても嬉しかったみたいだから。私が友達連れてきたこと。」



「(友達、か…)そっか、それは良かった。じゃまた明日。」


「うん。また明日。」



和咲に友達と言われて一瞬ショックを受けるものの、初めて一緒に帰ることが出来た上に、家にまで誘われたことは、自分にしては凄くいい日になったと思うのだった。

試験返戻に一考する

期末テストから数日後、テストが次々と返されていく。






おや?
また彼らが1教科に付き1人づつ感想を言ってくれるみたいだ。



果たして、彼らの結果はどうなったのだろうか。



覗いてみるとしよう。

《数学》

「後1点で赤点!良かった~!」




《世界史》

「う~ん。やっぱり人の名前とかは難しかったなぁ。カタカナばっかりだもん。」




《英語》

「文法間違えた。やっぱり書くのは苦手。」




《化学》

「化学式はダメダメだけど、元素記号はバッチリだったよ☆」



《美術》

「まっ平均的より上ならまずまずだね。過去を語るより現在の僕が一番芸術的だけどね。」

《地理》

「まさか天気の問題もでるなんてな。助かったぜ。」




《生物》

「勉強出来た経緯が入院生活じゃ満点でも嬉しくないかな。」




《家庭科》

「実技は微妙だったけど、筆記はまぁまぁってとこ。腕が伴わないのよね。」




《体育》

「よし!今回も満点。テストが体育だけだったらなー。」




《国語》

「書き手の心を読み解くのは難しい。」




《パソコン》

「実技のスピードはともかく筆記は完璧。」

「萩野、テストどうだった?」


「まあまあ。でも英語は他のより点数が低かった。」



2人はなでしこ園に行ってから、誘ったり誘われたりで毎日一緒に帰っている。



「英語苦手?」

「文法が特に。日本語と順番違うから迷う。」


「確かに。」

「木山は?」


「俺は結構出来てた。いつもは点が悪い地理で天気の問題が出たからさ。」



悠晴は大分緊張がとれたのか積極的に話し掛け、和咲も返事や相槌だけでなく質問したりして、会話が続く様になっていた。

この日は、今日返ってきた期末テストのことを話していた。



「天気、得意なの?」


「天気というか、天候?俺昔から空見るの好きでさ、星とか雲とか。で、どうして晴れるのかとか気になって調べ始めたのがきっかけ。」



「そうなんだ。私も調べるまではいかなかったけど、病院で景色が変わっていくのを見てた。飽きないからそれこそ一日中。」



「そうそう!ずっと見てられるんだよな。」



テストから空の話になって2人は共通の話題に気付き盛りあがる。

そして、星の話になり…


「萩野はプラネタリウム行ったことある?」


「…無いけど、院内学級で星座の勉強はした。」




「じゃあ、七夕伝説知ってる?ガキの頃本で読んで、それから夏の大三角が特に気に入ってるんだ。織姫と彦星のモデルはベガとアルタイルだし。天の川も綺麗だしさ。」



電気が明るすぎて、肉眼では見辛くなった幻想的な星空。



「あ、そうだ!今年の七夕雨だったし、行ったことないならさ……今度の休みに一緒に行こうぜ?」



今年は見れなかった星空を一緒に見たいと思い、少々早口になりながらも言った。



「……。ごめん、私だけ行くのは気が引けるから。」


「でも、みんな分かって」


「それに休みはチビ達の面倒見るから。」



「……そっか。それなら仕方がないか。」


「うん、ごめん。」



それまでとは違い和咲の口調が強かったので、悠晴はそれ以上は言えなかった。

恬淡寡欲の深意

「あ~後もうちょっとで夏休みだ~☆」


「今年もお祭り行くでしょ?」

「もっちのろん☆」



毎年この時期に夏祭りを開催している栗花落(ツユリ)神社は小さいながらも歴史のある古い神社。


学校の近くにあるので来るのは天桜高校の学生が最も多い。


その為、見回り要員がほぼ天桜高校の教師達で構成される。



今年の開催日は終業式前日と終業式の日、前祭・本祭の2日間ある。



「今年は花火の種類も増えるってポスターに書いてあったし、期待大ね。」



花火は2日目・本祭の一番の見所で、本祭は毎年大体終業式の日に当たるので、学生が特に集中し人数も多く賑わう。



大きい神社や河川敷で開催される凝った花火大会ブームに、運営側も負けてられないと思ったようだ。



「じゃあ今日早速浴衣買いに行く?」


「オッケー☆」



お祭りまでまだ2週間もあるというのに、なんとも気の早いことである。

「なぁ、俺達も行くよな?」



楓達の会話が聞こえたのか陽も行く気満々だ。



「僕は遠慮するよ。陽と一緒に行くと食べ物ばかりで懲りたからね。」


「それが祭りの醍醐味ってもんだろ!好物が纏めて食べられるんだぞ!こんな夢みたいなの、祭り以外ねーだろ!」



規模が小さいので毎年ほぼ同じ露店の種類なのだが、陽は飽きないみたいだ。



「僕はお祭りに来た女の子達と楽しむ予定だから。」



「んだよーつれねーな~。悠晴は行くよな?」



「あー…、俺他の奴と行く予定だから無理。」


「はぁ?!まじかよ~。もうこうなったら全部の露店制覇してやる!!」



頼みの綱の悠晴にも断られた陽は一瞬落ち込むも、能天気の本領発揮とばかりにすぐに露店の制覇に意気込む。

「他って、萩野さん?オッケー貰ったんだ?」


「ま、まだ話してねぇ…」



「この頃一緒に帰ってるよね?言ってないの?」



悠晴は和咲を誘いたいのだが、なかなか言い出せないでいる。



「簡単に言うなよ…。一緒に帰るって言った時だってものすごーぐ勇気いったんだからな。それに、園の皆がどうしてるか分かんねーし。」



悠晴が言い出せない理由はもう一つある。
この間、プラネタリウムに誘った時の和咲の態度が気になるからだ。



自分だけ行くのは気が引ける、と言うわりには女子達とは放課後連れ立って遊びに行っている。


だから、出掛けるのが嫌いな訳ではないようだが、あの口調からは遊びに行くのを拒絶しているように悠晴にはみえたのだ。

「じゃあ、聞いてみれば?お祭りは毎年あるんだし。萩野さんの園は小さい子もいたはずだからお祭りには興味あると思うよ。」



「相変わらずの情報通だな。…でも、とりあえずそうしてみるわ。」



風馬の言葉に、誘う前にあくまで然り気無く聞いてみようと思う。


因みに、風馬の情報源は勿論噂好きの女子達からである。




そして、帰り道を半分ほど来たところで悠晴は実行する。



「な、なあ萩野…」


「なに?」



(然り気無く、然り気無く……)



「栗花落神社のお祭り、萩野はどうしてる?」


…………全く然り気無くなかった。



心の中で唱えていた、然り気無く、というのは和咲を前にした悠晴には無意味だったようだ。

「チビ達が行きたがるから、毎年人が比較的少ない前祭に行ってる。去年までは雷さんか霞さんのどちらかと、りっちゃんと私はお留守番。多分今年はりっちゃんも行くと思うけど。」




「え?萩野は前祭でも行かないの?本祭よりは人少ないのに。」



花火が上がるのは本祭なので、前祭は本祭よりも人は少ない。学生軍団がほぼ居ないのも理由の一つ。



「人混みもそうだけど、露店の煙も駄目だから。風向きによっては集中してきちゃうし。」



「そっか。でも風上とかでも駄目なの?」



神社の境内は、露店も無く風上でもある。



「多分大丈夫だと思うけど、人混み好きじゃないし。それに、色々買って帰ってきてくれるから十分楽しめる。」



「あ、でも花火は?花火なら遠くからでも……」




「小さい頃から見れないものだと言われてるし特に見たいとは思わない。それにチビ達が楽しんでるの見てるだけでいい。」

「……萩野はさ、したいこととかねぇの?祭りに限らず。」



あまりにも欲がなさすぎないか、と悠晴は疑問に思う。





「したいことは今してる。一番したかったことは学校に通うことだったから。院内学級が悪い訳じゃないけど、今学校楽しいしとっても幸せだから。それに校長先生には本当に感謝してる。どの学校も受け入れてくれなかった私を受け入れてくれたから。」




そうやって饒舌に話す和咲は、とても懐かしそうで楽しそうだった。


だけど、悠晴には少し寂しそうにも見えていた。

初志貫徹の行方

一週間後に夏祭り&終業式が迫ってきて、学校内はその話題で持ちきりだった。




授業そっちのけの生徒に教師陣は、テストも終わっているし毎年のことなので放置である。





そして、なでしこ園の面々もお祭りに向けて準備中。




浴衣のサイズのチェックをしているようだ。

「一護兄~俺の帯知らねぇ?」


「知るか。自分で探せよ。つーか俺のベッドまで侵食すんじゃねーよ。」



浴衣は見つかったものの帯が見つからず手当たり次第に探した五楼のせいで、男子部屋の中は散らかり放題である。



「探すよりまず片付けなきゃね。僕も手伝うから。」


「へ~い。」



散らかり具合を見て、探すより元の状態に戻す事が先決だと、様子を見に来た四朗は苦笑いで促した。



一方、女子部屋では七穂の着付けを和咲がしてサイズを確かめていた。



「サイズがピッタリだから、来年は買わなきゃね。まだまだ伸びるから。」



「これ以上伸びなくていいんだけどなぁー。」


「身長があると模様が綺麗に見えるから良いんだよ。」



「そういうもの?」


「そういうもの。」



理由にはなっていない気がする七穂だが、和咲は力強く頷く。

「切り捨てごめん!」

「うわ~や・ら・れ・た~」



着物に似ている浴衣を着たからか、八雲と九雲は侍ごっこを始めてしまう。



「あんた達、なにやってるのよ。大体切り捨てごめん、の使い方間違ってるし。着れるなら買う必要ないから脱ぎなさい。」


「「嫌だ~」」


「あ、こら待ちなさい!」



「きゃーお代官様、お許しを~」
「お許しを~」



「誰がお代官様よ!まるっきり悪役じゃない!」




結局何でも遊びにしてしまう2人に十環来は付き合わされ、大部屋はたちまち鬼ごっこの場所と化す。

「見て見て、小夜姉!似合う?」


「ええ、とっても似合ってるわよ。」



クルリと一回転してはしゃぐ二葉に六香を着付けながら答える。



「うん、りっちゃんもこのサイズで大丈夫ね。」



「あれ?和咲姉は?」



七穂は、先に部屋を出たはずの和咲がいないので尋ねる。



「こっちには来てないけど。2人で部屋に居たんじゃないの?」


「私の終わったからこっち手伝うって言ってたんだけど。」



和咲の行方を小夜に聞くが分からず、トイレにでも行ったんだろうと自己解決。



「ねぇ七穂、藍達呼んできてくれない?浴衣干すから。」


「分かった。」



八雲と九雲のせいで汗だくな十環来の頼みで藍を探しに行く。

その頃、和咲は園長室にいた。



大部屋に向かう途中、話があると藍に呼び止められたのだ。


中に入ると雷と霞もいた。



「話ってなに?」



呼ばれた意味が分からず尋ねる。




「和咲は今幸せ?」


「いきなりなに?」



藍に聞かれるが、ますます意味が分からない。



「悠晴君にね、言われたの。」




事は、一週間前に遡る。


和咲がお祭りの事を話した次の日。

悠晴は、和咲と帰った後、和咲に見つからないように藍に会っていた。

―――萩野は欲が無さすぎると思うんです。



生きているだけでいいとか、学校に通えているだけで十分とか、皆が楽しんでる姿を見ているだけで楽しいとか。



はっきり言って、萩野の事も病気の事もまだよく知らないです。


俺は、両親もいて何不自由なく暮らしていて、施設で暮らしてる人達がどんな暮らししてるかなんて、ここに来て初めて知りました。



でも、生きて学校に通ってるだけでいいなんて、それで幸せなんて…………



俺は違うと思うんです。


そこに、萩野の思いが無いと思うんです。



いつも周りの事気にかけて、自分の事は後回しで。



学校に通うのが夢だって言ってました。



嬉しそうに話てたけど、俺には少し寂しそうにも見えたんです。

花火も見たことないって言ってました。



祭りの会場じゃなくていいんです。せめて、花火の見える場所まで連れて行って欲しいんです。



皆さんがここを離れられないなら俺に行かせてください。


俺毎年行ってますし、露店の場所とか風向きとか分かりますから、萩野が大丈夫な道調べます。



他人の俺が口を挟むことじゃないのは分かってます。


でも、萩野に知って欲しいんです。


萩野が思ってる幸せよりも、もっとたくさんあるってことを。


萩野も楽しんだっていいってことを。



お願いします!


俺から言っても、萩野はきっと遠慮するから。


だから藍さんから言ってくれませんか?



お願いします!!―――

「木山がどうして……」




まさか悠晴が自分に対してそこまで思ってくれているとは和咲は知らなかった。


でも和咲には理由が分からない。



「大切に思ってくれているんじゃないの?それに和咲も。貴女が男の子と帰るなんてこと無かったし。」



藍は悠晴が和咲を好きだってことはすぐに分かった。


しかし、そういうことは本人が言うべきだと思って藍は言葉を濁す。


まぁ、ここまで言われて気付かないのは、自分には縁のないことだと思っている和咲本人ぐらいであるが。



「私達も驚いたのよ。でも嬉しかったわ。貴女は一歩引いている時が多いから。」



「私達もねぇ、悠晴君の話を聞いて思ったんだよ。確かにって。甘えていたかもしれないね、和咲が私達に心配かけないようにしてくれていたから。」



「それは当然だと思っていたから……」



雷と霞に言われるが、和咲にとって心配をかけないようにするのは当たり前のことだった。


倒れれば、その介抱をするのは園か学校の人ということになるのだから。

「最初言われた時ね、和咲のことこれだけ考えてくれているんだと思って嬉しかったの。でもこの間のこともあるしお祭りは…って断ったの。」



だが悠晴は、何度断られても藍に頼み込んでいた。



「でも、それから毎日来てくれてね。どうしてもって。」



そして昨日、藍は一度本人に聞いてみるわ。と承諾し、雷と霞に相談するとやはり本人にということになって今に至る。




「ねぇ和咲。私達は家族なの。血の繋がりが無くても家族なの。言わなくたって皆そう思ってるけど、言わなくちゃ分からないこともある。したいことがあるなら言って欲しい。」



目線を合わせて、途中涙声になりながら藍は言う。



「まず始めにお祭り行こ?花火見よ?あ、でも悠晴君誘ってくれてるんだし、一緒に行ってきたらどう?」




「か、考えてみる……」



たくさんの感情が渦巻いて、和咲はそう言うのが精一杯だった。