◆
十人十色なクラス
◆
衣替えも終わり、梅雨の半ば。
湿気と暑さが増し、蝉もそろそろ出てくる頃。
都会の喧騒から少し離れた
私立 天桜(テンオウ)高校 2年A組の日常はどんなものだろうか?
彼らは今日も騒がしい…………いや、元気一杯のようだ。
覗いてみるとしよう。
◆
「おはよー!」
「あ、楓おはよう。」
「あんた、また遅刻ギリギリ。まったくいつまでたっても進歩しないわね。」
「あは、葵厳しいー☆ねぇそれより、昨日のドラマ見た?主役の俳優カッコよかったよね!」
「うん見た見た。でも桃歌は、その弟の方が好みかな。」
「はぁ?何言ってんの。一番は主役の親友よ。」
なんて朝から下らない議論で、女子3人組は盛り上がっている。
背が高く第一印象はクールなお姉様、だけど本当は優しい
香月葵(コウヅキ アオイ)
可愛い小悪魔系なのに男子には毒舌
海波桃歌(ミナミ トウカ)
学年一番ハイテンションでお調子者
森崎楓(モリサキ カエデ)
三者三様にも関わらず、不思議と仲が良い。
◆
「はぁ~あいつらまじ煩い。」
「まったく、レディに向かって煩いは駄目だよ。お喋りは女の子の特権だからね。それくらい許してあげないから僕みたいにモテないんだよ。」
「あーあー聞こえない聞こえないっ。」
「って陽、口より手動かせ。また赤点取る気かよ。」
「げ。それだけは勘弁。」
馬鹿で能天気、赤点常習者
藤松陽(フジマツ アキラ)
ナルシストでフェミニスト
霧谷風馬(キリタニ フウマ)
二人の会話に呆れながらも話を戻す常識人、つまり目立った個性がないともいえる
木山悠晴(キヤマ ユウセイ)
期末テストを一週間後に控え泣きついてきた陽に悠晴と風馬は勉強を教えている。
進級は追試でギリギリ、中間テストの時も赤点取って担任にこっぴどく絞られたのに陽は全く懲りてはいなかったらしい。
◆
♪~キーンコーン
カーンコーン~♪
「ほら、みんなーチャイム鳴ったわよ。席につ…きゃっ!?」
バサバサバサッッ―――
「…ったく、朝からプリントぶちまけてんじゃねーよ。」
「あわわわっ!す、すみません!!!」
教室に入った途端、教壇の横で一昔前のコントの様な事を繰り広げているのは
このクラスの担任で数学担当、強面だが面倒見が良い1児の父
雨島椿樹(サメジマ ツバキ)
副担任で教師2年目国語担当、超が付く程のドジ
蓮見なずな(ハスミ ナズナ)
「先生お怪我はありませんか?お手をどうぞ。」
「毎朝毎朝、飽きずによく同じ事を…。はい、プリント。」
「あ、ありがとう、霧谷くん、香月さん。」
「先生、ドンマイ☆」
このやり取りを誰も驚きはしない。
何もない所でなずなが転んで持っている物をぶちまけるのは、このクラスでは日常と化しているからだ。
◆
「あっ!萩野さん、雪ちゃんおはよう☆」
「おはよう。」
「あら、おはよう。森崎さん今日も朝から元気いっぱいね。」
「えへへ、それほどでも~。」
褒められている訳ではないのに、楓は照れている。
そして、雪ちゃんはそんな楓を気にしない。
「うふふ。じゃ、萩野さん何かあったらいつでも言ってね。」
「ありがとうございます。」
「……!」
雪ちゃんとは、保健室の養護教諭
雪丘茜(ユキオカ アカネ)のこと。
小柄で白衣がよく似合い、皆から慕われている。
生徒の相談にもよくのっているので、学校では唯一あだ名で呼ばれている先生である。
そして雪ちゃんに連れられて入ってきたのは萩野和咲(ハギノ カズサ)
喘息持ちで、今は日常生活には問題は無いものの、通学中の車の排気ガスなどは要注意。
だから、朝は雪ちゃんに診てもらう為に保健室に寄っている。
◆
無口で女子達の輪に自分からは加わらない、読書好きの典型的な優等生タイプ。
なのにクラスで浮いていないのは、人当たりが良くて面倒見も良い性格のおかげ。
楓のマシンガントークに長々と付き合えるのは和咲ぐらいだとも言われている。
因みに大抵一緒にいる葵と桃歌は、大体が内容の薄い話なので大半聞いていない。
話が噛み合わない事もしばしばだが、そんなことさえ気にしないのが今の女子高生である。
◆
合縁奇縁の追憶
◆
そしてこのクラスには、和咲に片思いしている人物がいる。
和咲が教室に入ってきてからずっと視線を外さず見ている男子…悠晴である。
きっかけは、ほんの些細なことだった。
遡る事、約1年前
入学式も終わり、桜が新緑に変わり始めた初夏のある日の出来事である。
◆
「まったく陽のやつ、放課後まで俺をこき使いやがって。家庭教師じゃねぇつーの。」
入学してから知り合った陽に悠晴は、今日の授業さっぱり分かんなかったから教えて。と頼み込まれ教えていた。
だが陽の理解力が悪く、休み時間だけでは足らず放課後までかかってしまった。
(あれでよく入試受かったもんだな…謎すぎる、学校の七不思議に加えてもいいレベルじゃないか)と悠晴は思う。
タタタッッ――ドサッ――……
「うわぁぁぁぁぁんっ!!」
「!なんだ?」
歩いていたすぐ横の公園で、小学校1年生くらいの男の子が勢い余って転けたらしく泣いている。
その泣き声に気付いて向こうから近づいてきたのは、悠晴と同じ学校の制服を着た同い年くらいの女の子。
◆
「あー転んじゃったね。立てるかな?お姉ちゃん、お薬持ってるからお薬塗ろうか。」
男の子を近くのベンチに座らせると、鞄から救急セットを出して、手際よく手当てをしていく。
「はい、よく頑張ったね。もう大丈夫だから泣き止みな。」
手当てが終わっても泣き顔の男の子に、頭を撫でながら優しく話しかける。
「…うん。ありがとお姉ちゃん。」
「よしよし良い子。じゃあ遊んでおいで。」
「うん!バイバイお姉ちゃん!」
男の子は手を振りながら、元気よく駆けていく。
その光景を見た。
たったそれだけ、それだけだった。
次の日、同学年でしかも陽と同じクラスと知った悠晴は、それを口実にクラスに入り浸って気付けば陽の話そっちのけで目で追っていた。
学校では見たことがない、公園で男の子に見せた和咲の笑顔が焼き付いて離れなかった。
◆
悠晴は、顔はまあまあイケメンの部類で、性格も至って普通。
今まで何度か告白されたことはあったが、自分から誰かを好きになったことはなかった。
和咲が好きだと自覚したのも風馬に言われたからだ。
態度が物凄く分かりやすかったらしく、それは好きってこと。なんてため息混じりに呆れられた程の鈍感ぶり。
それに片思いといっても悠晴の場合、自分から話しかけたのは挨拶か必要事項ぐらい。
アプローチなんてもってのほかで、悠晴が和咲に関して知っているのはクラスで見聞きした程度。
そんな感じで接していたものだから、風馬と陽にはヘタレと言われてしまう始末。
(まったく俺はヘタレじゃねぇ!…と思う。つーかそれが出来たら1年も片思いしてねぇよ!……ってやっぱりヘタレか…?!)
などと、強気なのか弱気なのか分からない言い訳を、心の中で一人押し問答をする悠晴だった。
◆
「………い……せい、悠晴!」
「……あ?何?」
少し焦った様子の陽に揺さぶられる。
「ホームルーム終わったぞ?次移動だろ?行くぜ。」
「あ、あぁ…。」
見回してみると、移動の為に教室に残っているのは数人。
どうやら和咲を見てから悠晴は10分以上も物思いに耽ってたらしい。
(最近萩野のことを考えてたら30分とかあっという間に過ぎる。恋は盲目とか馬鹿にしてたけど、馬鹿にできねー。)
なんて完璧に恋する乙女状態の悠晴であった。
◆
精励恪勤で尽き果てる
◆
あれから一週間経ち、ついに期末テストが始まった。
ここからは、彼らの期末テストの模様をお送りするとしよう。
おや?
彼らが1教科に付き1人づつ感想を言ってくれるみたいだ。
果たして彼らは真面目にテストを受けているのだろうかね?
◆
・1日目
《1限 数学》
「初日の始まりが数学ってテンション下がりまくりだぜ。」
《2限 世界史》
「桃歌、世界の歴史とか興味ないんだけど。」
《3限 英語》
「書くよりは話す方が好き。」
◆
・2日目
《1限 化学》
「スイヘイリーベボクノフネ☆」
《2限 選択科目4:美術》
「画家や作品の事じゃなくて、自画像なら得意なのに。」
◆
・3日目
《1限 地理》
「地表より空の方がよく見てるけど、必修科目だから仕方がないか。」
《2限 生物》
「得意というより必然的に学習した感じ。」
《3限 選択科目1:家庭科》
「選択科目の中では(将来的な意味で)一番マシよね。私は結婚してもバリバリ働きたいけど。」
◆
・4日目
《1限 選択科目3:体育》
「テンション上がりまくり。俺の時代がキター!!」
◆
・5日目
《1限 国語》
「本を読んでるからって訳じゃないけど、活字は得意。」
《2限 選択科目5:パソコン》
「情報化社会だからな。」
◆
「あー終わったー!!!」
「おい、俺の机に倒れこむな!プリントが皺になるだろ!」
「これで安心して夏休みを迎えられるね。」
「まっ、赤点取ったら夏休み補習で潰れるけどな。」
「悠晴、それを言っちゃぁおしまいだぜ…。でも、今回は中間テストから学んで前もってちゃんと勉強したから大丈夫だ!」
勉強したことで、陽には変な自信が付いてしまったらしい。
「一週間前からだけどね。」
「微妙な学習の仕方だよな。」
そんな男子達に女子達は冷めた目を向ける。
「どうして男子の会話ってあぁも低レベルなの?」
「同感ね。」
「ねぇねぇっ、萩野さんテストどうだった☆?」
「まあまあ。でも数学は少し難しかったかな。」
「だよねー!応用ムズすぎ。もう少し基本問題出して欲しいよね☆」
◆
「桃歌達これからファミレスにご飯行くんだけど、萩野さんも行こうよ。」
「うん。」
「そんじゃ、レッツらゴー☆」
教室を出ていく和咲達を目で追う悠晴に、風馬は呆れ顔。
「いい加減告白したら?」
「!うるせーよ。何の脈絡もなくできっか。」
「きっかけがあればするの?」
「………。」
「なぁ~俺らも昼飯行こうぜ?腹へった!」
「……。はぁ、陽は本当にデリカシーというものが無いね。」
「あんだとー!!」
「あーもういいから行くぞ!」
陽のあげた大声に、クラスメイトの注目を多少浴びてしまったので、とりあえず教室から出ようと悠晴は2人を押したのだった。
◆
一喜一憂の出来事
◆
期末テストの数日後、和咲は次の授業に使う資料をなずなと共に図書室で探していた。
「ごめんねー、手伝ってもらっちゃって。」
「いえ、資料探しなら私にも出来ますから。それに、いつもリクエスト聞いてもらっているので。」
なずなは探し物が下手らしく、探していると物が散乱し同じ場所を何度も探す為、一向に見付からない。
なので、図書室で本を読んでいた和咲は見兼ねて手伝うと申し出たのだ。
図書室に置く本の希望を司書にプッシュしてくれているお礼も兼ねて。
20分程経った頃、それらしき冊子を和咲は見つけた。
「先生?もしかして、これじゃないですか?」
「え?あーそれそれ!ありがとう!」
「先生、気を付けてください。その辺はまだ片付けて…」
「へっ?きゃっ!!」
ドサッ、バサバサバサッ……
「――――っっ!!」
床に物が散乱した状態で移動しようとしたなずなは案の定躓き、持っていた古い資料をばらまいてしまった。
大量に積もった埃も一緒に。
◆
「ゴホ、ゴホゴホ、ゴホゴホゴホ、ゴホゴホゴホ………」
和咲は舞い上がった埃を思いっきり吸い込んでしまい咳き込む。
「…っ痛ーい…。萩野さん大丈夫?」
「ゴホゴホゴホ、ゴホゴホ、…ゴッホ……………」
「!」
「萩野さん、ねぇ萩野さん返事して?!萩野さん!」
床に置いた本にダイブしたなずなが、咳き込んでしまった和咲に気付くも遅く、和咲は気を失ってしまう。
和咲を保健室に運んだなずなは、雪ちゃんに診てもらった。
「少し落ち着いたわね。…蓮見先生、そんなに落ち込まないで?今のところ命に別状はないのだから。」
「でも、私のせいなんです。手伝うって言ってくれた萩野さんに甘えなければこんなことには…。」
「まぁ、起きてしまった事を後悔しても仕方がないし…。教頭先生に呼ばれてるのでしょう?ここは大丈夫だから。」
「…はい、ありがとうございます。お願いします。」
◆
なずなが保健室を出て行ってから数分後、和咲が目を覚ました。
「……――っ………」
「!萩野さん、気が付いた?」
「――っ、はい。私……」
「図書室で倒れたのよ。覚えてる?」
「……あぁ、そういえば…。すみません。」
「それは別に良いのだけれど。もう、苦しくない?」
「はい、大丈夫です。あの、蓮見先生は…」
「蓮見先生ならさっき…」
この場に居ないなずなが気になって雪ちゃんに行方を尋ねたその時、保健室のドアが開いた。
「和咲!!」
「藍姉……。」
「貴女、大丈夫なの?倒れたって聞いて私……」
「藍姉、落ち着いて。大丈夫だから。」
慌てた様子で保健室に入って来たのは和咲が暮らしている施設の経営者の娘、泉藍(イズミ ラン)だった。
「泉さん、心配ありませんよ。こちらにお座り下さい。」
「すみません、ありがとうございます。」
◆
和咲は施設で暮らしている。
小児喘息を患っていた和咲は長い間入院していたが、症状が落ち着いたので退院し通院していた。
しかし3年前、交通事故で両親が亡くなった為施設に引き取られたのだ。
中学は義務教育ということもあり病院の紹介で入学出来たものの、時々発作が起きてしまう和咲を受け入れてくれる高校は簡単には見付からなかった。
通信教育でも学べればいいからと和咲は言ったのだが、施設長や藍の強い勧めもあって、天桜高校に進学した。
因みに、天桜高校の校長は和咲の事を他の学校の関係者から聞いて、私の学校で良ければ…と申し出た懐の広い人物である。
◆
藍が保健室に着いた頃、職員室では謝罪と怒号が響いていた。
「申し訳ありませんっっ!!」
「貴女、何をしたのか分かっているのですか!?」
「まぁまぁ教頭、落ち着いて下さい。今回は大事無かったんですから。」
「雨島先生、そういう問題ではありません!それにこれは貴方の監督責任も問われますよ!」
「いえ、雨島先生には…。私の責任です!」
雨島が落ち着かせようとするも火に油だ。
「教頭先生、蓮見先生は関係ありません。手伝うと言ったのは私ですから。」
「!萩野さん。」
教頭の怒号が廊下にまで聞こえてたらしく、和咲が止めに入る。
◆
「萩野、大丈夫か?」
「はい、問題ありません。教頭先生、発作が起きただけなので大丈夫です。私は、学校に通えているだけで十分ですから。」
「萩野さん…。」
「本人もこう言ってますし、今回は厳重注意ということで終わりにしましょう、教頭先生?」
「!校長!……ですが…」
出掛けていて、今しがた帰ってきたらしい校長が教頭を諭す。
「あまり大事にしては萩野さんが学校に居づらくなってしまいますよ。」
「……分かりました。」
校長の一言で渋々ながら教頭も納得し騒ぎも収まったので、校長に連れられて和咲と藍は正門へと向かう。
「校長先生、さっきはありがとうございました。」
「いやいや、良いんだよ。でも教頭先生もああ見えて凄く心配していたんだよ。」
「…はい、分かってます。先生もクラスの皆も凄く優しいですし、発作が起きない様に色々気を使ってくれています。私は幸せ者です。」
◆
「………。萩野さん。学校に通えている事は確かに幸せなことですが、幸せはそれだけではありませんよ?」
「分かってます。でも、私にとって学校に通うというのは夢でしたから。それだけで十分なんです。」
「そうですか。したい事があればどんどん希望を出して下さい。勿論、図書室に置く本の希望もね。生徒が楽しく学べる環境を作るのも私達教師の役目ですから。」
校長はニッコリと優しく笑う。
「…はい、ありがとうございます。」
「泉さんもご心配をお掛けしましたね。」
「いえ、とんでもありません。和咲の事気にかけて下さってありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。」
「こちらこそ。では萩野さん、また明日。」
「はい。失礼します。」
◆
帰ろうとして職員室での一部始終を聞いてしまった悠晴は、正門からは死角になる廊下で和咲達のやり取りを見ていた。
「……………。」
「木山、盗み聞きか?」
「!!!ビックリしたー。雨島、脅かすなよ。」
「先生を付けろ、先生を。それと学校内でストーカーするんじゃねぇよ。」
「し、してねーから!」
察しの良い雨島は、悠晴の目線の先にいる人物に気付いていた。
「何、萩野の事気になる訳?」
「……。別に。」
「(何だその間は。)萩野は利口過ぎるんだよな。もっと年相応になってもいいんだがなぁ、森崎みたいに。あーでも、あいつはお子様過ぎるか。」
「…俺に言うなよ。」
「あ~まぁそうだな、すまんすまん。俺の独り言だ、気にするな。」
「(独り言かよ!)」
◆
「まぁ~なんだ、遠くから見てるだけじゃ何も始まらん。手始めに、一緒に帰ってみるとかしたらどうだ?…うん、そうだ、それがいい、そうしろ!恋の先輩からの有難い言葉だ、よく覚えておけ!じゃまた明日な。きーつけて帰れよ!」
一人納得して、更に変な格言を残して雨島は去っていった。
「……。んなこと、言われなくても分かってるつーの!」
分かっていてもなかなか実行に移せない悠晴の叫びであった。
十人十色なクラス
◆
衣替えも終わり、梅雨の半ば。
湿気と暑さが増し、蝉もそろそろ出てくる頃。
都会の喧騒から少し離れた
私立 天桜(テンオウ)高校 2年A組の日常はどんなものだろうか?
彼らは今日も騒がしい…………いや、元気一杯のようだ。
覗いてみるとしよう。
◆
「おはよー!」
「あ、楓おはよう。」
「あんた、また遅刻ギリギリ。まったくいつまでたっても進歩しないわね。」
「あは、葵厳しいー☆ねぇそれより、昨日のドラマ見た?主役の俳優カッコよかったよね!」
「うん見た見た。でも桃歌は、その弟の方が好みかな。」
「はぁ?何言ってんの。一番は主役の親友よ。」
なんて朝から下らない議論で、女子3人組は盛り上がっている。
背が高く第一印象はクールなお姉様、だけど本当は優しい
香月葵(コウヅキ アオイ)
可愛い小悪魔系なのに男子には毒舌
海波桃歌(ミナミ トウカ)
学年一番ハイテンションでお調子者
森崎楓(モリサキ カエデ)
三者三様にも関わらず、不思議と仲が良い。
◆
「はぁ~あいつらまじ煩い。」
「まったく、レディに向かって煩いは駄目だよ。お喋りは女の子の特権だからね。それくらい許してあげないから僕みたいにモテないんだよ。」
「あーあー聞こえない聞こえないっ。」
「って陽、口より手動かせ。また赤点取る気かよ。」
「げ。それだけは勘弁。」
馬鹿で能天気、赤点常習者
藤松陽(フジマツ アキラ)
ナルシストでフェミニスト
霧谷風馬(キリタニ フウマ)
二人の会話に呆れながらも話を戻す常識人、つまり目立った個性がないともいえる
木山悠晴(キヤマ ユウセイ)
期末テストを一週間後に控え泣きついてきた陽に悠晴と風馬は勉強を教えている。
進級は追試でギリギリ、中間テストの時も赤点取って担任にこっぴどく絞られたのに陽は全く懲りてはいなかったらしい。
◆
♪~キーンコーン
カーンコーン~♪
「ほら、みんなーチャイム鳴ったわよ。席につ…きゃっ!?」
バサバサバサッッ―――
「…ったく、朝からプリントぶちまけてんじゃねーよ。」
「あわわわっ!す、すみません!!!」
教室に入った途端、教壇の横で一昔前のコントの様な事を繰り広げているのは
このクラスの担任で数学担当、強面だが面倒見が良い1児の父
雨島椿樹(サメジマ ツバキ)
副担任で教師2年目国語担当、超が付く程のドジ
蓮見なずな(ハスミ ナズナ)
「先生お怪我はありませんか?お手をどうぞ。」
「毎朝毎朝、飽きずによく同じ事を…。はい、プリント。」
「あ、ありがとう、霧谷くん、香月さん。」
「先生、ドンマイ☆」
このやり取りを誰も驚きはしない。
何もない所でなずなが転んで持っている物をぶちまけるのは、このクラスでは日常と化しているからだ。
◆
「あっ!萩野さん、雪ちゃんおはよう☆」
「おはよう。」
「あら、おはよう。森崎さん今日も朝から元気いっぱいね。」
「えへへ、それほどでも~。」
褒められている訳ではないのに、楓は照れている。
そして、雪ちゃんはそんな楓を気にしない。
「うふふ。じゃ、萩野さん何かあったらいつでも言ってね。」
「ありがとうございます。」
「……!」
雪ちゃんとは、保健室の養護教諭
雪丘茜(ユキオカ アカネ)のこと。
小柄で白衣がよく似合い、皆から慕われている。
生徒の相談にもよくのっているので、学校では唯一あだ名で呼ばれている先生である。
そして雪ちゃんに連れられて入ってきたのは萩野和咲(ハギノ カズサ)
喘息持ちで、今は日常生活には問題は無いものの、通学中の車の排気ガスなどは要注意。
だから、朝は雪ちゃんに診てもらう為に保健室に寄っている。
◆
無口で女子達の輪に自分からは加わらない、読書好きの典型的な優等生タイプ。
なのにクラスで浮いていないのは、人当たりが良くて面倒見も良い性格のおかげ。
楓のマシンガントークに長々と付き合えるのは和咲ぐらいだとも言われている。
因みに大抵一緒にいる葵と桃歌は、大体が内容の薄い話なので大半聞いていない。
話が噛み合わない事もしばしばだが、そんなことさえ気にしないのが今の女子高生である。
◆
合縁奇縁の追憶
◆
そしてこのクラスには、和咲に片思いしている人物がいる。
和咲が教室に入ってきてからずっと視線を外さず見ている男子…悠晴である。
きっかけは、ほんの些細なことだった。
遡る事、約1年前
入学式も終わり、桜が新緑に変わり始めた初夏のある日の出来事である。
◆
「まったく陽のやつ、放課後まで俺をこき使いやがって。家庭教師じゃねぇつーの。」
入学してから知り合った陽に悠晴は、今日の授業さっぱり分かんなかったから教えて。と頼み込まれ教えていた。
だが陽の理解力が悪く、休み時間だけでは足らず放課後までかかってしまった。
(あれでよく入試受かったもんだな…謎すぎる、学校の七不思議に加えてもいいレベルじゃないか)と悠晴は思う。
タタタッッ――ドサッ――……
「うわぁぁぁぁぁんっ!!」
「!なんだ?」
歩いていたすぐ横の公園で、小学校1年生くらいの男の子が勢い余って転けたらしく泣いている。
その泣き声に気付いて向こうから近づいてきたのは、悠晴と同じ学校の制服を着た同い年くらいの女の子。
◆
「あー転んじゃったね。立てるかな?お姉ちゃん、お薬持ってるからお薬塗ろうか。」
男の子を近くのベンチに座らせると、鞄から救急セットを出して、手際よく手当てをしていく。
「はい、よく頑張ったね。もう大丈夫だから泣き止みな。」
手当てが終わっても泣き顔の男の子に、頭を撫でながら優しく話しかける。
「…うん。ありがとお姉ちゃん。」
「よしよし良い子。じゃあ遊んでおいで。」
「うん!バイバイお姉ちゃん!」
男の子は手を振りながら、元気よく駆けていく。
その光景を見た。
たったそれだけ、それだけだった。
次の日、同学年でしかも陽と同じクラスと知った悠晴は、それを口実にクラスに入り浸って気付けば陽の話そっちのけで目で追っていた。
学校では見たことがない、公園で男の子に見せた和咲の笑顔が焼き付いて離れなかった。
◆
悠晴は、顔はまあまあイケメンの部類で、性格も至って普通。
今まで何度か告白されたことはあったが、自分から誰かを好きになったことはなかった。
和咲が好きだと自覚したのも風馬に言われたからだ。
態度が物凄く分かりやすかったらしく、それは好きってこと。なんてため息混じりに呆れられた程の鈍感ぶり。
それに片思いといっても悠晴の場合、自分から話しかけたのは挨拶か必要事項ぐらい。
アプローチなんてもってのほかで、悠晴が和咲に関して知っているのはクラスで見聞きした程度。
そんな感じで接していたものだから、風馬と陽にはヘタレと言われてしまう始末。
(まったく俺はヘタレじゃねぇ!…と思う。つーかそれが出来たら1年も片思いしてねぇよ!……ってやっぱりヘタレか…?!)
などと、強気なのか弱気なのか分からない言い訳を、心の中で一人押し問答をする悠晴だった。
◆
「………い……せい、悠晴!」
「……あ?何?」
少し焦った様子の陽に揺さぶられる。
「ホームルーム終わったぞ?次移動だろ?行くぜ。」
「あ、あぁ…。」
見回してみると、移動の為に教室に残っているのは数人。
どうやら和咲を見てから悠晴は10分以上も物思いに耽ってたらしい。
(最近萩野のことを考えてたら30分とかあっという間に過ぎる。恋は盲目とか馬鹿にしてたけど、馬鹿にできねー。)
なんて完璧に恋する乙女状態の悠晴であった。
◆
精励恪勤で尽き果てる
◆
あれから一週間経ち、ついに期末テストが始まった。
ここからは、彼らの期末テストの模様をお送りするとしよう。
おや?
彼らが1教科に付き1人づつ感想を言ってくれるみたいだ。
果たして彼らは真面目にテストを受けているのだろうかね?
◆
・1日目
《1限 数学》
「初日の始まりが数学ってテンション下がりまくりだぜ。」
《2限 世界史》
「桃歌、世界の歴史とか興味ないんだけど。」
《3限 英語》
「書くよりは話す方が好き。」
◆
・2日目
《1限 化学》
「スイヘイリーベボクノフネ☆」
《2限 選択科目4:美術》
「画家や作品の事じゃなくて、自画像なら得意なのに。」
◆
・3日目
《1限 地理》
「地表より空の方がよく見てるけど、必修科目だから仕方がないか。」
《2限 生物》
「得意というより必然的に学習した感じ。」
《3限 選択科目1:家庭科》
「選択科目の中では(将来的な意味で)一番マシよね。私は結婚してもバリバリ働きたいけど。」
◆
・4日目
《1限 選択科目3:体育》
「テンション上がりまくり。俺の時代がキター!!」
◆
・5日目
《1限 国語》
「本を読んでるからって訳じゃないけど、活字は得意。」
《2限 選択科目5:パソコン》
「情報化社会だからな。」
◆
「あー終わったー!!!」
「おい、俺の机に倒れこむな!プリントが皺になるだろ!」
「これで安心して夏休みを迎えられるね。」
「まっ、赤点取ったら夏休み補習で潰れるけどな。」
「悠晴、それを言っちゃぁおしまいだぜ…。でも、今回は中間テストから学んで前もってちゃんと勉強したから大丈夫だ!」
勉強したことで、陽には変な自信が付いてしまったらしい。
「一週間前からだけどね。」
「微妙な学習の仕方だよな。」
そんな男子達に女子達は冷めた目を向ける。
「どうして男子の会話ってあぁも低レベルなの?」
「同感ね。」
「ねぇねぇっ、萩野さんテストどうだった☆?」
「まあまあ。でも数学は少し難しかったかな。」
「だよねー!応用ムズすぎ。もう少し基本問題出して欲しいよね☆」
◆
「桃歌達これからファミレスにご飯行くんだけど、萩野さんも行こうよ。」
「うん。」
「そんじゃ、レッツらゴー☆」
教室を出ていく和咲達を目で追う悠晴に、風馬は呆れ顔。
「いい加減告白したら?」
「!うるせーよ。何の脈絡もなくできっか。」
「きっかけがあればするの?」
「………。」
「なぁ~俺らも昼飯行こうぜ?腹へった!」
「……。はぁ、陽は本当にデリカシーというものが無いね。」
「あんだとー!!」
「あーもういいから行くぞ!」
陽のあげた大声に、クラスメイトの注目を多少浴びてしまったので、とりあえず教室から出ようと悠晴は2人を押したのだった。
◆
一喜一憂の出来事
◆
期末テストの数日後、和咲は次の授業に使う資料をなずなと共に図書室で探していた。
「ごめんねー、手伝ってもらっちゃって。」
「いえ、資料探しなら私にも出来ますから。それに、いつもリクエスト聞いてもらっているので。」
なずなは探し物が下手らしく、探していると物が散乱し同じ場所を何度も探す為、一向に見付からない。
なので、図書室で本を読んでいた和咲は見兼ねて手伝うと申し出たのだ。
図書室に置く本の希望を司書にプッシュしてくれているお礼も兼ねて。
20分程経った頃、それらしき冊子を和咲は見つけた。
「先生?もしかして、これじゃないですか?」
「え?あーそれそれ!ありがとう!」
「先生、気を付けてください。その辺はまだ片付けて…」
「へっ?きゃっ!!」
ドサッ、バサバサバサッ……
「――――っっ!!」
床に物が散乱した状態で移動しようとしたなずなは案の定躓き、持っていた古い資料をばらまいてしまった。
大量に積もった埃も一緒に。
◆
「ゴホ、ゴホゴホ、ゴホゴホゴホ、ゴホゴホゴホ………」
和咲は舞い上がった埃を思いっきり吸い込んでしまい咳き込む。
「…っ痛ーい…。萩野さん大丈夫?」
「ゴホゴホゴホ、ゴホゴホ、…ゴッホ……………」
「!」
「萩野さん、ねぇ萩野さん返事して?!萩野さん!」
床に置いた本にダイブしたなずなが、咳き込んでしまった和咲に気付くも遅く、和咲は気を失ってしまう。
和咲を保健室に運んだなずなは、雪ちゃんに診てもらった。
「少し落ち着いたわね。…蓮見先生、そんなに落ち込まないで?今のところ命に別状はないのだから。」
「でも、私のせいなんです。手伝うって言ってくれた萩野さんに甘えなければこんなことには…。」
「まぁ、起きてしまった事を後悔しても仕方がないし…。教頭先生に呼ばれてるのでしょう?ここは大丈夫だから。」
「…はい、ありがとうございます。お願いします。」
◆
なずなが保健室を出て行ってから数分後、和咲が目を覚ました。
「……――っ………」
「!萩野さん、気が付いた?」
「――っ、はい。私……」
「図書室で倒れたのよ。覚えてる?」
「……あぁ、そういえば…。すみません。」
「それは別に良いのだけれど。もう、苦しくない?」
「はい、大丈夫です。あの、蓮見先生は…」
「蓮見先生ならさっき…」
この場に居ないなずなが気になって雪ちゃんに行方を尋ねたその時、保健室のドアが開いた。
「和咲!!」
「藍姉……。」
「貴女、大丈夫なの?倒れたって聞いて私……」
「藍姉、落ち着いて。大丈夫だから。」
慌てた様子で保健室に入って来たのは和咲が暮らしている施設の経営者の娘、泉藍(イズミ ラン)だった。
「泉さん、心配ありませんよ。こちらにお座り下さい。」
「すみません、ありがとうございます。」
◆
和咲は施設で暮らしている。
小児喘息を患っていた和咲は長い間入院していたが、症状が落ち着いたので退院し通院していた。
しかし3年前、交通事故で両親が亡くなった為施設に引き取られたのだ。
中学は義務教育ということもあり病院の紹介で入学出来たものの、時々発作が起きてしまう和咲を受け入れてくれる高校は簡単には見付からなかった。
通信教育でも学べればいいからと和咲は言ったのだが、施設長や藍の強い勧めもあって、天桜高校に進学した。
因みに、天桜高校の校長は和咲の事を他の学校の関係者から聞いて、私の学校で良ければ…と申し出た懐の広い人物である。
◆
藍が保健室に着いた頃、職員室では謝罪と怒号が響いていた。
「申し訳ありませんっっ!!」
「貴女、何をしたのか分かっているのですか!?」
「まぁまぁ教頭、落ち着いて下さい。今回は大事無かったんですから。」
「雨島先生、そういう問題ではありません!それにこれは貴方の監督責任も問われますよ!」
「いえ、雨島先生には…。私の責任です!」
雨島が落ち着かせようとするも火に油だ。
「教頭先生、蓮見先生は関係ありません。手伝うと言ったのは私ですから。」
「!萩野さん。」
教頭の怒号が廊下にまで聞こえてたらしく、和咲が止めに入る。
◆
「萩野、大丈夫か?」
「はい、問題ありません。教頭先生、発作が起きただけなので大丈夫です。私は、学校に通えているだけで十分ですから。」
「萩野さん…。」
「本人もこう言ってますし、今回は厳重注意ということで終わりにしましょう、教頭先生?」
「!校長!……ですが…」
出掛けていて、今しがた帰ってきたらしい校長が教頭を諭す。
「あまり大事にしては萩野さんが学校に居づらくなってしまいますよ。」
「……分かりました。」
校長の一言で渋々ながら教頭も納得し騒ぎも収まったので、校長に連れられて和咲と藍は正門へと向かう。
「校長先生、さっきはありがとうございました。」
「いやいや、良いんだよ。でも教頭先生もああ見えて凄く心配していたんだよ。」
「…はい、分かってます。先生もクラスの皆も凄く優しいですし、発作が起きない様に色々気を使ってくれています。私は幸せ者です。」
◆
「………。萩野さん。学校に通えている事は確かに幸せなことですが、幸せはそれだけではありませんよ?」
「分かってます。でも、私にとって学校に通うというのは夢でしたから。それだけで十分なんです。」
「そうですか。したい事があればどんどん希望を出して下さい。勿論、図書室に置く本の希望もね。生徒が楽しく学べる環境を作るのも私達教師の役目ですから。」
校長はニッコリと優しく笑う。
「…はい、ありがとうございます。」
「泉さんもご心配をお掛けしましたね。」
「いえ、とんでもありません。和咲の事気にかけて下さってありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。」
「こちらこそ。では萩野さん、また明日。」
「はい。失礼します。」
◆
帰ろうとして職員室での一部始終を聞いてしまった悠晴は、正門からは死角になる廊下で和咲達のやり取りを見ていた。
「……………。」
「木山、盗み聞きか?」
「!!!ビックリしたー。雨島、脅かすなよ。」
「先生を付けろ、先生を。それと学校内でストーカーするんじゃねぇよ。」
「し、してねーから!」
察しの良い雨島は、悠晴の目線の先にいる人物に気付いていた。
「何、萩野の事気になる訳?」
「……。別に。」
「(何だその間は。)萩野は利口過ぎるんだよな。もっと年相応になってもいいんだがなぁ、森崎みたいに。あーでも、あいつはお子様過ぎるか。」
「…俺に言うなよ。」
「あ~まぁそうだな、すまんすまん。俺の独り言だ、気にするな。」
「(独り言かよ!)」
◆
「まぁ~なんだ、遠くから見てるだけじゃ何も始まらん。手始めに、一緒に帰ってみるとかしたらどうだ?…うん、そうだ、それがいい、そうしろ!恋の先輩からの有難い言葉だ、よく覚えておけ!じゃまた明日な。きーつけて帰れよ!」
一人納得して、更に変な格言を残して雨島は去っていった。
「……。んなこと、言われなくても分かってるつーの!」
分かっていてもなかなか実行に移せない悠晴の叫びであった。