今は愛人だけど、一瞬でも恋人として同じ時間をすごせる事は、何よりも代えがたい思い出になるはず。

婚約者に対して罪悪感がないわけじゃない。

ただ、大好きな人と付き合えるなんて奇跡を噛み締めていたかっただけ。

この夢のような奇跡が長く続かない事も、知っている。

私達に残された時間は、そう多くはないだろう。

嘘でもいい。

少しの間だけ。

神様がくれたほんの僅かな時間を、私のすべてで精一杯、颯ちゃんを愛そう。

そう心の中で誓った。




終業の音楽が流れて、皆切りのいいところで終了させて、次々と席を立ち挨拶をして退出して行く。

私も時間を遅らせて更衣室に入ると、ロッカーから袋を取り出してりこ用に新調した服を取り出した。

今日はレモンイエローのミニスカートと、白地にネイビーのストライプの入ったカットソー。

まず、リリーなら絶対にセレクトしないカラーと柄物。

これに着替えてる時の私の姿なんて、きっとホラーだ。

顔と服がアンバランスなまま、誰もいないトイレの洗面台でメイクを開始。

何度メイクしても、やっぱり自分の素顔を見る勇気がなくて、下地とファンデを感覚で施す。

アイシャドー等のパーツは、兎に角小さな手鏡を片手に。

和歌ちゃんにご教示いただいた事を頭の中でリピートさせてながら、りこメイクを完成させ、顔全体のチェックをする。

最初はてこずっていたメイクも、回数を重ねるうち大分上達したな。

髪型も雑誌や動画サイトを観覧しては、何度も練習したし。

壁の備えられた姿見髪で後ろを向いたり横を向いたり。

おかしいところないよね?

大丈夫だよね?

鏡に映るりこにリリーの片鱗は見当たらなくて、自分で仕上げたにしても未だに夢の魔法にかかっているんじゃないかって思ってしまう程だ。

洗面台に置いていたスマホを見ると、約束の時間が迫っていて、急いで荷物をまとめた。

1階でエレベーターを降りて、エントランスに差し掛かると、


「黒川!?」


裏返りそうな声で名前を呼ばれ、振り返ると3人の男性の姿を視界にとらえた。

その内の1人が、茫然とした様子で、口を半開きにしたまま固まっている。