私は、早く颯ちゃんから離れなきゃいけない。
でも……まだ離れたくないよ……。
相対する想いが、心を渦巻いていると、
「ゆなっ!」
ゆなちゃんを呼ぶ声がして、シルバーのカクテルドレスに、ピンクのストールを纏った30代後半くらいの女性が姿を現した。
口元を両手で覆い、大判のタオルに身を包むゆなちゃんに困惑し、青褪めていた。
「ママぁ!」
ゆなちゃんが叫びながら、ママと呼んだ女性に身を乗り出して両手を伸ばす。
抱えられた腕から落ちそうになるゆなちゃんを支えながら、颯ちゃんがゆなちゃんのお母さんに近寄ると、母子はきつく抱擁を交わした。
颯ちゃんが事の経緯を説明すると、表情がほぐれて安堵の色を見せる。
ゆなちゃんのお母さんが私に視線を移すと、駆け寄ってきて、頭を下げて来た。
「ゆなが大変お世話になりました。大人しくしていたので、少し外に電話をしに行ってて……。本当に申し訳ございませんっ」
震える声で、深く深く頭を下げられる。
「いいえ、そんな……」
そこまで言うと、言葉に詰まってしまった。
今の自分の心は、香織さんの存在が大半を占めていて、今にもこの場から逃げ出したい気持ちを抑えるので精一杯だった。
これ以上言葉を発すると、もう泣き出しそうで。
唇を噛みしめ、俯く私の代わりに颯ちゃんがこたえてくれた。
「すみません。私達はそろそろお暇しなくてはいけなくて、もし何かあれば、そこに居る高坂院長の子息にお願いできますか?」
一斉にウサギの着ぐるみの方をみる。
ウサギは一瞬戸惑ったようだったけど、すぐ「私がお伺いします」と胸を張った。
申し訳なさそうに項垂れお礼を言うゆなちゃんママを端目にとらえ、その場を辞しようとした時。
「颯吾~」
颯ちゃんを呼びながら近づく女性の声がした。
それは千尋さんでもなく、ウサギの着ぐるみと同じような友達のような部類の性質の声音でもはなくて。
鼻にかかるような甘さを含んだ声質だった。