課長に呼び止められて、振り返ると、改めて。


「くろ……篠田君、結婚と妊娠おめでとう」

「あ、ありがとう、ございます」


テレくさいけど、嬉しくて笑顔になってしまう。

その様子を見ていた社員達から感嘆の溜め息がもれたのには気づかなかった。

颯ちゃんと、お祖父ちゃんに後でお詫びと結婚のご挨拶に伺わなくっちゃ。

私は、指輪輝く左手でお腹に手を添えた。

自分のデスクに着席すると、隣の野村さんと向かいの三沢が身を乗り出して来た。


「あ~、やっぱり思った通り可愛い」

「俺達は最初から気づいてたよな?」

「そうそう。眼鏡如きで騙されなかった」


会話を切ると、私をじっと見つめる。

何がしたいのか解らず『?』を携えて小首を傾げると、


「あ~可愛い。相手が篠田颯吾とかって……」

「諦めろ、野村」

「解ってるよ……。くろ……梨々子ちゃんおめでとう」

「アリガトウゴザイマス」


もう黒川じゃないけど、篠田と呼びたくないのか、急に下の名前で呼ばれるとテレてしまう。

『篠田』てのはまだ慣れないけど、下の名前で呼ばれるってのも恥ずかしいものだ。

この日の午前中は、何故か経理課への訪問者が多く、好奇な無遠慮な視線にさらされ、話した事のない社員にまで「おめでとう」と声を投げられた。

昼休憩は、河原さんと早苗さんと田所さん、今井さんと社食に行くと、女子社員に囲まれて颯ちゃんとの関係を質問攻めされてゆっくりできず。

勤務中の出来事なのに、既に多くの社員達が私と颯ちゃんの事を知っているのには瞠目してしまう。

確かに、私みたいな地味な女のところに、男問題で美女が乗り込んできただけでも話題性は十分だったかもしれない。

しかも、会社のエントランスで引っ叩かれたり馬乗りになられたり、派手に言い合ってしまったし。

そこにこの喧嘩の原因である雑誌に出ちゃうくらい有名な颯ちゃんが登場したとなると、女子が黙っているわけがないのだ。

更に、今まで顔を隠してきた私が、急にメイクをしてきたのも注視される事由の1つなんだろうけど。