「Aに?その男、何を考えてるのか。さっぱり理解が出来ないわね。その指輪のブランド、雑誌で見た事あるけど……結構高いわよ」

「……やっぱり、高いですか?」

「それがBにだったら、本命から奪いにいけーって言うんだけど、Aにとなると……」


河原さんの瞳が、斟酌を量りかねたようで、困った私は曖昧な笑みしか返せなかった。

社内では傲慢な態度しかとられなかった河原さんに慰められるとは、何か変な気持ちだわ。

颯ちゃんとは終わってしまったけど、失うばかりじゃないのね。

今まで苦手だった河原さんとこんなに打ち解けられると思わなかったし。

まだ心は痛みを訴えてくるけど、こうして時間を重ねて、いつか颯ちゃんとの事を良い思い出として振り返る日が来るといいな。


「ところで、黒川さんの変装メイクってどんなの?そんなに変わるのって気になる。ちょっとやって見せてよ」

「……嫌です」

「明日会社にしてくるとか」

「嫌ですっ」

「見たーい」

「嫌ですってば」

「減るもんじゃあるまいし」


怪訝に顰められたけど、苦手意識はだいぶ薄らいだので、強気に聞き流す。

まさか、あの河原さんにこんなふうに言い返す日が来るとは……。

人生、いつどこで何がある解らないものだわ。

ジュースの入ったグラスに手を伸ばした時、妙に胃がムカムカしてきた。


「すみません、ちょっとお手洗いに……」


何とか平然とした声を振り絞って席を立つと、口元をおさえてトイレに駆け込んだ。

最近あまり食べてなかったから、急にいっぱい食べて胃が吃驚したのかもしれない。

気持ち悪い……。


「うっ……」


しゃがみ込み、こみ上げてくるものを開放する。

一通り終えると、深い溜め息を吐いた。

落ち着いてから、化粧室から出ると、従業員らしき女性に「大丈夫ですか」と声を掛けられてしまった。

トイレを占拠してしまったから、酔っ払いと間違えられたのかな?

完全素面なのに恥ずかしい……。

謝罪しながら、河原さんの待つ個室に戻るとそのまま会計を終えて外に出た。

小林さんには「もっとゆっくりしていけばいいのに~」と言われたけど、長居する程、颯ちゃんとの遭遇率が上がりそうで恐い。

河原さんは得意のスマイルで挨拶をし、私も俯きながら御馳走さまでしたと頭を下げた。

無事帰宅に着けそうで心底安堵する。

それから2人で適当に会社の話をしながら駅に向かう。