「安心してよ。
変なことしないからさ。」
まるで男が言うセリフだな。
俺はちょっとおかしくなって、
不覚にもふっと笑ってしまった。
「笑った…」
「…っ、とにかく、
協力はする。
けど、こっちからも条件がある。」
慌ててごまかすと、
高山は何事もなかったかのように真顔に戻った。
変なやつ…。
「何?」
「俺のこと、絶対好きになるな。」
「は?」
「迷惑だから。」
「ならないよ。」
「あっそ。
あと、俺の友達の徹にはこの話するからな。
お前は他のやつに誰にも言うな。」
「徹って、平塚くん?」
「そ。」
高山は少し考えるポーズをすると、
「わかった」
と呟いた。
「じゃ、契約成立だな。」
「うん、ありがとう…。」
「お前に礼言われる筋合いなんてないんだけど。」
「あ、そうか…。」
高山はまた目を伏せた。
それにしても、ホントひどいくま。
1年の時より、ずいぶん痩せた身体。
寝癖もひどいままだし、5月だと言うのに、
暑苦しいブレザーを着ている。
高山は1年生の時、かわいいと学年で有名だった。
別のクラスだったが、
実際見かけるたびに可愛いとは思っていたし、
明るい笑顔で悪印象はなかった。
スタイルもよかったし。
2年生になって同じクラスになり、いきなり4月
身内の不幸で不登校になったかと思えば、帰って
きたらこんな暗くて不健康な女になっていた。
正直関わるのは面倒だと思った。
でも、こんなことになって…
というか俺は一体何にビビってるんだ?
こんな弱々しい、なんなら何もしなくても
倒れそうな女に、威嚇する必要なんてない。
俺はスッと息を吸い込み、
高山を見下した。
「まぁこんなことになったのも、
なんかの縁だよな。」
高山は表情を変えず、
俺をにらみ続けている。
いやいや。
目付きが悪いだけかもしれないじゃん?
こんなときこそ、俺の処世術が役立つんじゃないの?
「お前…下の名前なんて言うんだっけ?」
「クラスメイトの名前も覚えてないの?」
っ…
言い方…っ
まぁ落ち着け。
きっと友達いなくて寂しいやつなんだ、こいつも。
「えっと~、高山…」
『高山 円』
って書くことだけは知ってるんだけど…
何て読むんだ…?
こいつが女友達に呼ばれてるところなんか見たことないし…
「高山 まどか?」
「よく間違えられるけど、違う。」
「えっと…じゃあ、まさか"まる"?」
その瞬間、
高山は俺のすねを思いっきり蹴っ飛ばした。
「っっ!!いって!!!
おま、何して…」
「クラスメイトの名前も覚えられない間抜けなら痛覚もバカだと思ったけど、
違ったか。ごめんなさい。」
「くそっ…お前…っ」
「"たかやま えん"だよ。
覚えておいてね。宮 恭介くん。」
この女…!
弱々しくなんてねぇ…!
痛むすねを両手で押さえ、
見下してくる高山を睨んだ。
「わかったよ、"円"!
とっととお前の不眠症とやら、治してやるよ。」
「頼もしい。
よろしくね、"宮"。」
「…俺名前呼びなのに、
お前は名字呼び捨てかよ。」
「悪い?」
「いや、いいけど。」
円は落ち着いた笑顔を浮かべると、
「帰ろ。」
と、置いてあった荷物を持ち上げた。
その笑顔はやはり整っていて、
美人の名残を感じた。
明日からのこいつとの契約関係。
いろいろ不安要素はあるけど、
俺の穏やかな高校生活のためにも
とっととこいつとの関わりを切る。
俺は決意を固め、
夕日の伸びる帰り道を円から随分離れた位置を歩いた。
別れ際、
「私は宮の爽やか王子様キャラより、
今の腹黒い方が好きだな。」
と、円が呟いた。
「あっそ」と俺は素っ気ない返事をし、
自分の電車に乗り込んだ。
そんなセリフで喜んだりしない。
顔が熱を持ってるのも、5月だから。
暑くなってきたから。
そう言い聞かせる俺の鼓動は、
何かの始まりを告げるように俺の中で響いていた。
翌日ーー
私はまた一睡もできなかった重い頭を持ち上げ、
横たわっていただけの身体をベッドから起こした。
リビングに行き、棚の上の写真を横目に見る。
「お母さん、おはよ。」
今日から私の『宮療法』が始まる。
なんとしてでも不眠を治したい!
そのために利用できるものはとことん利用してやる。
宮もその手段。
いつものように朝御飯を作り、
軽い掃除をして、朝食を摂り、
私は学校へ向かった。
さて、契約1日目、
どうやって協力してもらおうかな…。
『寝る私のそばにいてほしい。』なんて、
昨日は言ったけど、学校の中でそんなことができる都合のいい場所あるかな…
保健室…
は、先生がいるし…
教室…
は、生徒が頻繁に出入りするし…
屋上…
も、寝るには心地悪そうだな…
やっぱり人が来ない空き教室か、
先生がいないときの保健室。
時間も、昼休みより放課後の方がゆっくりできそうだ。
早速私はスマホを取り出し、
ラインを開いた。
昨日、帰り際に交換した連絡先。
早速今日のミッションを送るか…。
『放課後、自習室2に来て。』
宮は返事も返してこなかった。
まぁ、無視したらどうなるかあいつ自身が一番分かってるだろうし。
私は直接宮に接触することもせず、
放課後を主にうたた寝しながら待った。
***
放課後ーー
自習室2の扉を開けると、そこには既に宮がいた。
「おせぇ。」
「ごめん。
3階だと階段上るのに時間がかかるの。」
上がった息をふーっと落ち着かせる。
「ハァ…いいから。さっさとやるぞ。」
「うん。」
宮はやっぱり私の前だと、王子様はやらないみたい。
昨日の別れ際に言った言葉が効いてたりして…
いや、ありえないか。
私は自習室の椅子を何個かくっつけ、
簡易式のベッドを作った。
そこに家から持参したクッションとタオルケットを置く。
「こんなんで本当に寝れんのかよ…」
「宮が眠る引き金になってるなら、
睡眠不足だしどんなところでも寝れるよ。」
「で?
俺はどうしたらいいわけ?」
私は簡易ベッドに寝転がり、
タオルケットをかけた。
「そばにいて欲しい。」
「へぇ~、大胆だな。」
何を今さら…。
宮はちょっとふざけているようにも見えた。
「うるさい。
私が寝るまで…、できれば寝てからも一緒にいて。」
「はいはい。
わかりましたよ、お姫様。」
宮は私のそばに椅子を持ってきて、
そこにどっかりと座った。
そっと目を閉じる。
『寝るな。』
『寝るな。』
『寝るな。』
うるさい、黙れ。
こっちはストレスで死にそうなんだ。
防衛本能なんかに邪魔されてる場合じゃない!
私は歯を食い縛った。
怖い
怖くない!
眠りたくない
眠りたい!
死ぬかも
死んだりしない!
「おい、円。」
「っっっ…!!!」
ハッとなり、目を開けると、
眉間にシワを寄せた宮の顔があった。
「はぁ…はぁ…わた、私…」
「大丈夫かよ…」
「はぁ…はぁ…」
ダメだ。
結局いつもと一緒。
一昨日の体育で眠れたのは、
やっぱり気絶していたからなんだ。
「ごめん。やっぱり違ったみたい…」
「は?諦めんの早いだろ。」
宮は当たり前のようにそう言った。
私の頭を押さえつけると、
汗で張り付いた前髪を左右に掻き分けた。
「お前、寝るってだけで固くなりすぎ。
もっとリラックスっつーかさ、
何も考えずにいろよ。」
「そんなことできたらとっくにやってる…」
「不器用な女だな。」
宮はシャツの袖を挟んで、
私の目を手のひらで覆った。
「いいから、黙ってなんも考えんな。」
「だから、そんなこと…!」
「黙れ。」
「……。」
シャツ越しに、宮の手の体温が眼球に染みていく。
あったかいな…。
それに、なんかいい匂い。
あ、これこの間も感じたんだ。
体育の時。
いい匂いがして、ふわふわ安心して眠れた。
これってなんの匂いなのかな…。
香水っぽくもないけど、
柔軟剤?
宮が柔軟剤の香りのするシャツ着てるって、
ちょっと面白いね。
それにしても安心する匂いだな。
あとで、柔軟剤買ってる店の名前教えてもらお。
あ、
これ…
この感覚、知ってる…
手で顔を覆う円から、規則正しい寝息が聞こえてきた。
そっと手を離すと、
さっきより何倍も柔らかい表情で眠る円の顔が現れた。
よかった…
これ、寝てるよな…?
やっぱ不眠症っつっても、
結構早く治るもんなのかも。
俺はすかさずそばに置いてあった円のカバンを漁る。
こいつ、スマホどこに隠してやがる…!
こんなめんどくせぇこと
やっぱり続けるのは御免だ。
とっととスマホ見つけて、データ消す…!
カバンを漁るも、
出てくるのは教科書やらノートばかりで、
一向にスマホが出てこない。
こんな風に脅されてるんだ。
カバンを漁るくらいなら抵抗もなかったけど…
チラッとすやすや眠る円を見る。
まさかポケットとかに入れてんのかな…。
いくらこいつがクズでも、
ポケットに手を突っ込んでる時に起きたり、
誰かに見られたらな…。
でも…
数分間、悶々と葛藤し、
気合いを入れて、腕まくりをした。
もともと悪いのはお前だからな、円。
そっとタオルケットを剥がそうとしたその時、
円はいきなりパチリと目を覚ました。
俺は声にならないほど驚き、
数秒間固まった。