異世界でもプログラム


 ここは?

 だるい。
 ん?草の匂い?

 あぁ・・・。
 眩しい。ダメだ。俺は、天を空を感じていいのか?

 俺は・・・。
 生き残ってしまったのか?

 手が動く、腕も動く・・・。

 天を・・・。”天”なぞいらない。俺を庇って死んだ・・・。アルバン、カルラ・・・。アーシャを・・・。

「アル!」

 誰だ?
 俺の手を握るのは?

「アル!?」

 また、違う奴か?

 頭が痛い。
 思考に靄がかかっているようだ。考えたくない。起きるのも・・・。

「アルノルト・フォン・ライムバッハ!」

 誰だ?
 そうだ。
 俺は、”アルノルト”。

 違う。
 俺は・・・。

「いい加減に起きろ!アル!」

 アル?
 アルバン?

「お前!勝手に死ぬのは許さん!俺との・・・」

 煩い。
 疲れた。黙れ!俺に命令をするな!

 煩い奴だ。お前、誰だよ?

 死ぬ?
 誰が?

 俺か?

 俺は、死なない。

 アーシャに言われた。
 俺の本懐を・・・。

 そうだ、俺は、やらなければ、ルグリダを、ラウラを、カウラを、アルバンを、アーシャを・・・。そして、父さん。母さん・・・。ユリアンネを!

 クラーラ!
 そうだ、クラーラを・・・。その為に、力を求めた。
 求めた結果・・・。アルバンを、アーシャを、俺は愚かだ。

 愚かだからこそ、止まることは許されない。誰が許しても、俺が許せない。

「アルノルト・フォン・ライムバッハ!いい加減にしろ!」

 煩い奴だ。
 起きているよ。

 少しは休ませろ。

 煩いのは一人ではないのか?
 俺を呼んでいるのか?

 叫ばなくても聞こえている。

 大丈夫だ。
 俺は、俺だ。

 わかっている。やるべきことはわかっている。

 疲れている。
 休息が必要だとはおもわないのか?

「アルノルト様。エヴァとの約束はどうするのですか?」

「アル!いい加減に起きろ!」

 エヴァ?
 エヴァンジェリーナ・スカットーラ

 そうだ。
 迎えに行くと・・・。

 眩しい。これは、俺を照らして・・・。皆を、照らしているのか?

 皆?
 俺は、アルノルト・フォン・ライムバッハ。

 皆?
 エヴァ?エヴァンジェリーナ・スカットーラ。エヴァは、元気にしているか?俺の・・・。俺が、愛した女性だ。俺を必要だと言ってくれた女性だ。待っていてくれると・・・。

 皆?
 ユリウス?リウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロート。皇太孫。ユリウス。クリス?
 クリス?クリスティーネ・フォン・フォイルゲン。ユリウスの婚約者で、フォイルゲン辺境伯の娘。

 皆?
 ギードとハンス?
 ユリウスの護衛でついてきたのか?
 ギルは?ギルベルトは?居るのか?

 皆。
 そんな顔をするなよ。
 俺は、生きる。生きている。生き残ってしまった。

「アル!アル!」

「ギル?煩い」

「アル!!」

 ギルベルトが俺に抱き着いてくる。
 煩いよ。
 生きているよ。

「アルノルト!」

「ギードとハンス?我儘な皇太孫の護衛か?」

 ハンスが、俺の手を握って身体を引っ張り上げる。
 立つのは無理だな。身体を起こすのがやっとだ。

「我儘を言い出した殿下についてきた」

「そうか、ご苦労なことだ。ギード。どうした?」

「ザシャに命令された」

 ザシャ?ザシャ・オストヴァルト
 エルフ族の女性だ。

「命令?」

「お前を連れてこいと言われた。連れてこなければ、別れると言われた。俺の為にも、お前を連れて帰る」

「ははは。それは、大変だな」

「あぁ大変だ。だから、協力しろ」

「わかった」

 ギードが差し出した手を握る。
 剣だこが出来ている素晴らしい手だ。ギードも修練を積んだのだろう。

「アル。イレーネが、エヴァを抑えている。俺の為に、早く帰るぞ」

 イレーネ?イレーネ・フォン・モルトケ。
 モルトケ男爵の娘だ。そつなくこなすバランサー的な女性だ。
 エヴァを抑えている?
 そうか、イレーネに迷惑をかけたのか?

「ハンス。悪いな。お礼は、精神的に返すことにするよ」

「わかった。今は、思いつかないから、貸しとく」

「そうか、取り立ては、手加減してくれ・・・。借りを返すのは、俺の目的を果たした後でいいか?」

「あぁ・・・。わかった。それでいい。いいか、俺の取り立ては激しいぞ!だから、一緒に帰るぞ」

 ハンスが手を出してきた。
 しっかりと握る。そのあとで、拳を合わせる。

 ハンスも、護衛として力をつけたのだろう。
 拳が硬くなっている。

「アル。ディアナが、アクセサリーの量産を希望している。頼めるか?」

 ディアナ?ディアナ・タールベルク。
 ドワーフ族の女性だ。魔法力がドワーフ族にしては高かった。
 アクセサリー?
 エヴァに渡した奴か?違うよな?

「量産?」

「そうだ。地金は用意する。ディアナが、叩いて不純物を取り除いた物だ。それで、チェーンを作って欲しい。らしい。俺には、解らない。だから、アル。お前をディアナの前に連れて行くのが俺にできる最善な方法だ」

「わかった。ディアナと会って話をする」

「作った物は、俺が扱うからな」

 ギルベルトが手を出してくる。
 しっかりと握る。慣れない剣でも握ったのか?やけに汚れている。

 手を広げる。
 俺の前に手をだしてきた。手のひらを勢いよく合わせる。

 乾燥した心に、心地よい音が響いてくる。

 俺は・・・。生きている。守られた。アルバンに、アーシャに・・・。皆に会う事が出来た。
 エヴァに会う事ができる。

「アル。随分、遅い目覚めだな」

 ユリウスが来ていたのか?
 ”来ない”という選択肢は無いのだろう。逆か?ユリウスが来たから、これだけ大げさな陣容になっているのだろう。

「あぁ。それよりも、ユリウス。カールは大丈夫なのか?」

「安心しろ。ヒルダが相手をしている」

 ヒルダ?ヒルデガルド・ローゼンハイム・フォン・アーベントロート。
 ユリウスの妹だったか?

「殿下。報告は正確に行いましょう。アルノルト様。ヒルデガルド様だけではなく、お屋敷の皆が、お帰りを待っております」

 クリスの言葉で納得した。
 カールは、家の者に預けてきたのだろう。イレーネとディアナが居るのなら安心できる。ザシャは、王都か?エヴァは、王都にいるはずだ。
 違うのか?ライムバッハの領都に来ているのか?

 エヴァが居るのなら、カールも安心だ。

「クリス。カルラは・・・」

「わかっている。あの子を褒めてあげて」

「褒める?」

「あの子は、貴方のアルノルト様の護衛になる為に、カルラ衆を私に預けてきたわ」

「え?」

「詳しい話は、領都で話しましょう」

「わかった」

「アル。立てるか?」

「大丈夫だ。魔力も回復している。もう・・・。大丈夫だ」

 立ち上がる。
 ふらつくが、ここで無様に倒れない。倒れたら、アルバンとアーシャに笑われてしまう。

 両足で踏ん張って、大地を掴む。
 もう大丈夫だ。

 立ち上がって、天を見る。

「(アーシャ。アルバン。見ていてくれ!無様な姿はこれで最後だ)」

 二人の声が聞こえた気がした。

「アルノルト様」

「事情の説明か?」

「はい。ある程度は、クォート殿から聞きましたが・・・」

「クォート。シャープ。ありがとう」

 二人が綺麗に頭を下げる。
 エイダが俺の所に何かを持ってきた。

『報告書です。襲撃者の記憶を再構築した物です。マスターの記憶を含めてあります』

 エイダから報告書を受け取って、読んでから、クリスティーネに渡す。

 クリスティーネは、報告書を読んでからユリウスに渡す。

「アル!」

 好戦的な視線で、ユリウスが襲撃者たちを睨みつける。

「・・・。アルノルト様」

「どうした?」

「この者たちは、アルノルト様を襲ったのでしょうか?それとも、王国のウーレンフートにあるマナベ商会を襲ったのでしょうか?」

「ウーレンフートのマナベ商会が襲われた。アルバンとアーシャ。カルラを襲った時には、俺は名乗りを挙げている。クラーラが居たからな」

「え?クラーラ?あの?」

「そうだ」

 クリスティーネがユリウスを制する。
 今は、クラーラを追うのは不可能だ。力が足りない。追跡も不可能だろう。帝国に行ければ足蹠程度はわかるかもしれないが・・・。

「アルノルト様。この件は、ライムバッハ領で預かっていいですか?」

「もちろんだ。ウーレンフートは、ライムバッハ領にある都市だ。そして、マナベ商会はウーレンフートに拠点を構える商会です。ライムバッハ辺境伯にお預けいたします」

 言葉遣いがごちゃごちゃになってしまった。
 クリスティーネは、”いい”笑顔で笑っている。

「アル。共和国に報復を行う。ライムバッハを一時的に預かっている身としては、ウーレンフートの商会に対する攻撃は看過できない。これより、少数による報告を開始する。アルトワと最初の宿場までは確保するぞ!」

 ユリウスの宣言で、侵攻が決定した。

「ユリウス!」

「アル。俺は、お前にも文句を言いたい。共和国に行くのは、お前の自由だ。だが、困ったことがあれば、なぜ俺を俺たちに連絡を入れない!」

「ん?なんの事を言っている?」

「お前!」

 ユリウスが、何故か怒り出した。
 昔から変わらない。何か、説明が抜けている。俺が持っている情報と、ユリウスが持っている情報に差異が生じているのだろう。

「ユリウス様。アルノルト様には、それでは伝わりません」

 頼りになるクリスティーネがユリウスの怒りを抑えるように嗜める。

「アルノルト様」

 クリスティーネは、ユリウスが落ち着いたのを確認して、俺の方を向いた。

「おぉ」

「アルノルト様は、アルトワ町でしたか?町の近くにあったダンジョンを攻略なさいました」

「あぁ」

「そのダンジョンの周りに集落を作って、実効支配を行っています。相違ないですか?」

「実効支配というか、まぁそうだな」

 言い訳は無駄だ。
 カルラから情報が渡っているのだろう。それと、ウーレンフートから大量の物資が移動していれば、クリスティーネが調べないわけがない。

 他の面子はニヤニヤしている。
 学校での様子を思い出しているのだろう。

「ユリウス様は、その事をおっしゃっているのです」

「え?実効支配した場所を、ユリウスに任せる?」

「違います。なぜ、そういう話になるのか・・・。ユリウス様は、アルノルト様が、ご自分の資産で実効支配する集落を作ったのを言っているのです」

「すまん。クリス。解りやすく説明してくれ」

「はぁ・・・。ユリウス様も悪いのですが・・・」

 ユリウスが、クリスティーネの言い方に文句を言っているが、無視して話を続けた。

 資材の提供や、人材をウーレンフートからではなく、ライムバッハ家からも出す準備をしていた。準備をしている最中に、ウーレンフートから大量の物資と人材がアルトワ町に移動を開始してしまった。
 ユリウスは領主代行の権限で、止めようと思ったが、周りから反対された。

 その為に、俺がユリウスを頼っていれば、違う形での支援が出来たと考えているようだ。

「それは悪かった。ライムバッハ家にも余裕があるとは考えていなかった」

「アル!」

「アルノルト様。勘違いされては困ります。ライムバッハ領は、ユリウス様がお預かりしていますが、領主は違います」

「そうだな」

「本来なら、アルノルト様」「クリス!」

 クリスティーネが口を抑えて自分の発言が失言だったと気が付いた。

「ユリウス。それに、クリスも、一つだけ俺の考えを聞いて欲しい」

「なんだ」「はい」

 クリスティーネは、俺が何を言いたいのか解っているのだろう。
 だから、ユリウスの後ろに下がった。

 あとは、ユリウスが納得してくれれば・・・。

「ユリウス。俺は、ライムバッハ領で療養をしている」

「・・・」

「その俺が、アルノルト・フォン・ライムバッハとして、ライムバッハ家に救援を出せるか?」

「・・・」

「その顔が答えだ。俺は、ライムバッハ家の人間ではない。だから、救援を出すのは、おかしいよな?マナベが行えるのは、ウーレンフートからの支援物資の輸送だ」

「しかし・・・」

「”しかし”はない。”マナベ”が物資の輸送を頼めるのは、ウーレンフートだ。それか、商会として付き合いがある。ギルだけだ」

「それなら、ギルを頼れば」

「ユリウス。解っているのだろう?」

「・・・」

「ユリウス様。完全に、アルノルト様が正しいです」

「・・・。だが、今回は、ダメだ」

「そうだな」

 収まりが付かない状況だというのは間違いない。
 それに、皇太孫が国境を越えたのは記憶されている。それも、ウーレンフートに属している商会が襲われたという情報と一緒に伝わってしまっている。

 実効支配は別にして、アルトワ町を陥落させなければ、体裁が整わない。

「アルノルト様。アルトワ町の近くにあったダンジョンの状況を教えてください」

「ん?状況?」

「はい。脅威度や、現在の状況です」

「あぁ」

 簡単に状況の説明を行った。
 エイダに任せようかと思ったが、エイダの説明をしていなかったことや、いきなり全部を説明するのも面倒に感じてしまった。

 特に、まだユリウスが怒りの感情が勝っている状況では、説明を聞かないで質問をしてくる可能性が高い。

「わかりました。順番を入れ替えましょう」

「ん?」

 クリスティーネの考えでは、このままアルトワ町や近隣の町を占拠しても、共和国は切り捨てる可能性が高い。

 ダンジョンが絡むと、資源の問題があるので、面倒な交渉になる可能性が高いようだ。

 俺たちを襲ってきた、アルトワ町の住人たちを、連れてアルトワ町を占拠する。そのあとで、アルトワ町の近くに野盗たちが集まる場所があり、その場所を占拠したらダンジョンが近くにあって、拠点の構築を行うことになる。

 同時に、近隣の町を占拠する。
 これは、ライムバッハ領から連れてきた兵を使う。

 正規軍による電撃のゲリラ戦だ。
 相手が攻められると解る前に、戦闘を終わらせる。

 それに、俺が行った共和国のダンジョンの調整が効いている。
 ライムバッハ領に訪れる共和国からの商隊が求める物が、食料が多くなっているようだ。

 それらを提供する代わりに、領土の割譲を求めるのは、無理な話ではないと考えているようだ。
 領土を貰っても、ライムバッハ領としては、メリットは少ない。デメリットの方が多いかもしれないが、国内へのプロパガンダの意味が強い作戦になっているようだ。

 皇太孫であるユリウスの実績に繋がる作戦だ。
 クリスティーネが多少の無理筋を通すのも、実績を重ねる意味が強い。皇太子が、そのまま即位して、ユリウスに王位が譲られるとは思うが、それでも煩い貴族は居る。そんな奴らを黙らせる必要がある。
 今回の電撃作戦は、そんな連中を黙らせるのに丁度いいのだろう。

「ユリウスは、アルトワ・ダンジョンに向かうのか?それとも、アルトワ町の占拠に向うのか?」

「俺たちは、アルトワ町に向う」

「わかった。捕虜の数名を・・・。前村長の妻が居たはずだ。そいつを連れて行ってくれ、他の連中は、アルトワ・ダンジョンで・・・。使いつぶす」

「他に、何人か連れて行きたい」

「わかった。適当に、選んでくれ、俺は、アルトワ・ダンジョンで指示を出してから、ライムバッハの領都に向う」

「そうだな。ギル!」

「わかった。俺は、アルに着いて行く」

「頼む。アル。アルトワ・ダンジョンから、アルトワ町に人を向わせてほしい」

「ん?」

「俺たちは、アルトワ・ダンジョンの場所を知らない。道案内を・・・。ちがった、野盗の野営地を落とすための道案内が欲しい」

「ははは。わかった。誰か向かわせる」

 この場所で、ギルと俺が残って、他のメンバーは、アルトワ町に向う。
 ユリウスが連れてきた兵から数名を借りて、アルバンとカルラの遺体を運んでもらう。どこで眠るのが適当なのか解らないが、共和国ではない。悪いけど、ライムバッハ家の墓で眠ってもらうことになると思う。アルバンは面白がるだろうが、カルラは恐縮するだろう。だが、俺を残して死んだ罰として受け入れてもらう。

「ギル!」

 ユリウスたちが、アルトワ町に向った。

「あぁ悪い。さて、アル。あの熊と執事とメイドと馬?はなんだ?」

 皆がチラチラ気にしていた。
 ユリウスは説明を求めようとしたが、クリスティーネに止められていた。ライムバッハの領都で合流した時に、説明を求められるだろう。
 クリスティーネは、報告を聞いているから知っていると思ったのだけど・・・。どうやら、カルラは、言葉を濁していたようだ。

 ギルベルトは、これから一緒に移動するので、質問してきたのだろう。

 隠すような事でもないので、正直に説明はするが、間違いなく欲しがるよな?
 欲しがっても、やらない。これは、俺以外が使ってはダメな技術にしておこうと思う。そうしないと、際限なく必要とされてしまう。

 そういえば、クラーラが傀儡とか言っていたのが気になる。帝国でも同じような技術を開発したのか?
 帝国の情報が欲しい。

 共和国に攻め込む者たちを含めて、アルトワ・ダンジョンに移動した。
 実効支配している場所を確認してから、落としどころを考える事になった。

 俺たちが見聞きしてきた情報を、皆に伝えたところ、今なら共和国の半分は無理でも、1/3くらいは取れると考えているようだ。
 経済戦争を行うのには、お互いに準備が足りていない。

「ユリウス。共和国への対応だが・・・。適当な落としどころを決めてくれ、王家に渡すにしても、飛び地では管理が難しいだろう?」

「それは・・・」

「アルノルト様。大丈夫です。考えがあります」

「え?」

 クリスティーネが、”大丈夫”だと言い切る。

「まず・・・」

 クリスティーネの計画が解った。
 ”ぶっ飛んでいる”計画だけど・・・。確かに、領土の割譲よりも、共和国としても飲みやすい上に、デメリットが少ない(ように見える)。俺たちのメリットは少ないように見えて、長期的に見れば大きなメリットに繋がる。それに、共和国には知られていない情報がある。クリスティーネの考えは、オープンになっていない情報を上手く使った”詐欺”のような行為だ。

 クリスティーネの考えでは、共和国にあるダンジョンで、俺が攻略したダンジョンを接収する。

 共和国からもぎ取るのは、ダンジョンの周辺の権利だけだ。近隣の村や街は、王国の領土にはしない。ダンジョンから産出する物の権利も主張しない。商取引の優先権は取得する予定だが、絶対に必要な権利ではない。

 共和国は寄り合い所帯なので、クリスティーネの提案も受け入れる土壌が出来上がっている。
 俺たちが攻略したダンジョンは、共和国内では力が弱い国の領土になっている。共和国は、その国を切り捨てる可能性もあるのだが、疲弊した国を貰っても、王国としては困る。ライムバッハとしても荷物が増えるだけでメリットがない。

 そこで、ダンジョンとダンジョンの周辺を割譲する。
 アルトワ・ダンジョンの様に、塀で囲んでしまう。

 ウーレンフートのノウハウということで、押し通すつもりのようだ。
 スタンピードに備えて、周辺の村や町に被害が行かないようにする為だと強弁するようだ。

「クリス。代官というか、ダンジョンを管理する者たちには、心当たりがあるのか?」

「それこそ、ウーレンフートにいる者たちや、辺境伯領にいる者たちを派遣すればいい。」.

 最悪は、ヒューマノイドに管理を行わせればいいだけか・・・。

「ん?素材の買い取りはするのか?」

「それこそ、商人が来ているわよね?」

 ギルベルトがいい笑顔で頷いている。
 どうやら、既に手配をしているのだろう。ギルベルトの商会なのか、親の商会なのか、マナベ商会なのか解らないが、既に入り込んでいるのだろう。マナベ商会でダンジョンの素材を買い取るのは・・・。あまりメリットに感じない。
 そうか、値段調整を行う役割を持たせたいのだな。
 共和国内に安い採取品が回るのを防ぐのだな。それなら、マナベ商会でも大丈夫だ。話が決まったあとで考えればいい。

「あぁ」

「別に、王国としては、元々無いダンジョンだから、そこで儲けようと考えなければいいのよ。もし、王国の商人が商売をしたいと言えば、許可を出してあげる程度でいいと思うわよ」

 戦略拠点としての意味と、共和国との緩衝地帯を作るのが目的だ。
 共和国が一致団結して、王国に攻め入ることは考えにくい。共和国がこのまま進むと暴動が発生する可能性がある。その時に、王国にまで飛び火しないようにしたいのだろう。

「そうか・・・」

 そうなると、メリットは、ダンジョンを自由にできることと、リソース稼ぎになることか?
 共和国には知らせていないけど、ダンジョンの採取を絞っているから、以前と同じように採取を行おうと思ったら、4-5倍の人間が必要になる。

「クリス。ダンジョンへのアタックには、奴隷を禁止したいけどできるか?」

「どうして?」

「共和国のダンジョンにアタックしている時に、奴隷を壁の様に運用している者たちが多かった」

「・・・」

「奴隷を否定するつもりはないが、使いつぶす前提の奴隷運用は認められない」

「アル。奴隷の解放条件に繋がるから・・・。ダンジョンへの入場を禁止するのは・・・。難しい」

 ユリウスの言葉は正しいのだろう。
 王国では、ダンジョンの中で得たものを主人に渡すことで、奴隷から解放される場合がある。その為に、ウーレンフートでは、奴隷だけでダンジョンにアタックしている者たちも存在している。

 しかし、奴隷を使いつぶす輩が、共和国のダンジョンでは多い。ウーレンフートとは比較にならない。ウーレンフートと同じではどこかで破綻してしまう。

「アルノルト様。ダンジョンにアタックする時に、ウーレンフートの様に、メンバーの登録は可能ですか?」

 メンバー?
 ダンジョンに潜る前に登録するようにしている帰還予定を記入して、それまでに帰還しなければ、捜索隊を派遣する場合もある。

「ん?ウーレンフートで運用している仕組みなら組み込めるぞ?」

 あの仕組みは、ホームでカードを発行しているから、似たような仕組みなら運用が可能だ。

「それなら、奴隷以外には、ダンジョンのアタック前に、アタック料を取りましょう。ダンジョンの保護を理由にすればいいでしょう」

「あぁ。それで奴隷は?」

「奴隷は、無料にします。その代わりに、奴隷の”価値”を提示してもらいます」

「ん?”価値”」

「そうです。ロストした時には、提示された”価値”分の支払いを命じます。従わなければ、王国が管理するダンジョンへの入場を禁止して、王国への入国を禁止します」

「ほぉ・・・」

「クリス。それでは、奴隷の価値を低く提示するのではないのか?アルが求めているのは、奴隷のロストを防ぐことだ」

「ユリウス。クリスの案で大丈夫だ」

「なに?」

「ユリウス。愚かな奴が、奴隷を銅貨1枚の価値と提示した場合。ダンジョンにいる管理人や人手が欲しい者が、奴隷を銅貨1枚で買い取ることができる。それに、提示された価値が低ければ、奴隷はその場で自分を買い取ることもできるだろう?ダンジョンの管理所から、奴隷に銅貨1枚を貸し出してもいい」

「・・・。クリス?」

 クリスティーネが頷いている。
 俺の推測で大丈夫なようだ。

 ユリウスも納得していることから、基本方針をクリスティーネがまとめることに決まった。

「アルノルト様。是非、教えていただきたいことがあります」

「なんだ?」

「ダンジョンのコアを攻略したら”何が”出来るようになるのですか?」

 やはり聞いてきたのか?
 報告は受けているのだろう。

 エヴァンジェリーナの名前を出して、まだ教えていないから、先に”エヴァンジェリーナに教えてから”と言えば引いてくれるだろう。

 周りを見ると、話を聞きたいと思っている顔が揃っている。
 クリスティーネやユリウスは報告を呼んでいるから知っていることも多いだろう。アルバンやカルラから話を聞いている人も居るだろう。いろいろ不可解な事が多いけど、報告とすり合わせれば結論には達しているのだろう。

 隠してもメリットには繋がらない。説明しても、デメリットにはならない。

 アルトワ・ダンジョンからウーレンフートに移動してもいい。
 共和国への強襲が終了したら、アルトワ・ダンジョンに戻ってきてもらって、実際に見てもらったほうがいいかもしれない。

 エヴァンジェリーナの約束を考えれば、アルトワ・ダンジョンからウーレンフートに移動して、王都に向かったほうが早いかもしれない。
 新しく作った馬車が使える。
 それに、ユニコーンとバイコーンが使えるのも大きい。国境で問題は発生するとは思えないが、電撃的な作戦でも難民が発生する可能性はある。難民が国境に押しかけたら・・・。

 ダンジョンの説明と一緒に、現状の説明をした方が・・・。俺も楽だ、効率もよさそうだ。

 ユリウスはまだ何か言っているが、クリスティーネが納得したので、ダンジョン・コアの説明は、共和国を落としてからに決まった。

 俺が攻略したダンジョン以外にも、共和国内にはダンジョンが存在している。現在は緩やかにだが、俺が攻略したダンジョン以外のダンジョンで共和国の屋台骨を支えている。共和国の弱体を狙うのなら・・・。ダンジョンは攻略しておいた方がいいかもしれない。

 クォートとシャープがヒューマノイドタイプの戦闘員を連れて戻ってきた。

 共和国への侵攻計画を共和国の領土で練っている。
 すでに進入を果たしているので、どうやって動くのか?

 戦力は、ヒューマノイドタイプを貸し出す。ヒューマノイドなら、コアに繋がる人格を守っていれば・・・。

 共和国内にある国で近いのは、デュ・コロワ国だが、アルトワ・ダンジョンのこともある。確実に落とす。

「アル!」

 ユリウスとクリスティーナには、デュ・コロワ国を落とすのは、違う意味があるようだ。

「ん?」

「いいのか?」

「あぁ俺は・・・。クォートとシャープを連れて、ダンジョンを回る。一度、王国に帰ってからにするけど、大丈夫だよな?」

「エヴァか?」

「そうだ。約束の期日まで、まだあるけど、攻略を行っていたら間に合わない」

「そうだな。しかし・・・」「アルノルト様。エヴァを国境に呼びましょうか?」

「できるのか?」

「はい。王都には、手の者がいます。エヴァンジェリーナ様も動けるようになっていると聞いています」

「わかった。国境ではなく、ウーレンフートの方が嬉しい。エヴァを、ウーレンフート経由で連れて来る」

「わかりました。確かに、時間的にも無駄がなくてよいと思います」

「悪いな。クリス。頼めるか?」

「承りました」

 クリスティーネは、俺とユリウスに軽く頭を下げて、この場を離れた。
 王都にいる者に伝令を出すのだろう。距離から考えれば、数日の猶予が出来た。

 共和国の・・・。デュ・コロワ国の近くの街を落とすまでは一緒に居られそうだ。

「アル!」

「どうした?準備はいいのか?」

「俺たちは、デュ・コロワ国の首都を急襲する。お前の用意した兵士たちには負担を掛けるが、指揮権を俺たちに渡して欲しい」

「それは・・・。いいが?」

「お前は、すぐに準備をして、ウーレンフートに向かえ!」

「ん?移動は・・・」

「アルノルト様?確かに、少しは余裕が出来ましたが、アルノルト様には、やるべき事があります」

 ”やるべき”こと?

「・・・。ん?あぁ・・・。そうか、国境を越えた証拠を残す必要があるのだな」

「はい。あと、カルラとアルバンの移送も、アルノルト様の役割です。ライムバッハ領の領邸に届けてください」

 俺は、俺の役割か・・・。
 確かに、ユリウスたちは信頼している。しかし、カルラとアルバンを運ぶのは、俺の役割だ。他の誰にも渡したくない。

「わかった。クォートとシャープは、俺に着いて来てくれ、他はユリウスの指示に従ってくれ」

 これで大丈夫だろう。

「アル。人の欠員も作らないことを誓おう」

「ユリウス。違う。違う。お前たちの誰かが犠牲になるのを、俺は望まない。それに、ヒューマノイドタイプは、魔物でも人でもない。俺の為に、俺の目的のために動く者たちだ。乱暴に扱っていいとは言わないが、お前たちが犠牲になって助ける存在ではない。この者たちも、解っている。それに、お前たちに奉仕することを望んでいる。俺が言えたセリフではないが、ユリウス。頼む。無茶をしないでくれ、共和国は、放置で構わない。共和国は・・・。弱体化が始まる。いいか、絶対に無理するな」

「アルノルト様?」

「クリス。お前はどうする?」

「私は、丁度いいことに、アルトワ・ダンジョンに拠点として使える施設があります。アルノルト様のご許可が頂けるのなら、この場所を拠点として、活動を考えております」

「わかった。皆に紹介して、アルトワ・ダンジョンにいるメンバーを使ってくれ、無茶だけはさせるなよ?」

「わかっております」

 行動方針が決まった。
 全体の指揮は、ユリウスが行う。当然と言えば、当然な処置だ。

 ギルベルトは、アルトワ・ダンジョンに残って、周辺の地図や交通網の構築を行う。主に、国境からの整備を優先する。配下は大量のヒューマノイドタイプだ。力技で解決を行う。まっすぐに、アルトワ・ダンジョンに来られるように道を作るようだ。最初は、反対意見も出たのだが・・・。
 ギルベルトが行商人をむざむざ共和国に渡すのは愚かな事だから、まずはアルトワ・ダンジョンに拠点を作らせて、そこから共和国に商いを行わせて、アルトワ・ダンジョンを戻ってくる場所として認知させるようだ。
 共和国のデュ・コロワ国以外との経済戦争の拠点にするようだ。

 クリスティーナは、アルトワ・ダンジョンに残って、諜報活動を行うようだ。内容は教えてくれなかったが、”笑顔”で説明を拒んだので、大丈夫だろう。
 諜報戦だけでは崩壊しないと思うが、やりすぎないように釘をさしておく必要はあるだろう。クリスティーナは、諜報活動と同時に欺瞞情報を流すようだ。
 俺の情報は、既に流れてしまっている。国境を越えた情報は消せない。ダンジョンを攻略して回ったのも周知な情報だ。

 そして、今回の侵攻を正当化する情報は隠せない。
 俺が共和国の一つ”デュ・コロワ国”の者に、”襲われた”のは事実だ。

 話を聞いていると、隠せないのではなく、隠す必要がない情報だ。クリスティーネは、報復を正当化する情報を流すようだ。

 ユリウスが率いるのは全体の1/2だ。
 他は、ギードとハンスがそれぞれ1/4を率いて、王都の周りにある村や町を侵攻する。他の町や村は無視することに決めた。補給の必要がないヒューマノイドタイプが居て、ユリウスとギードとハンスは、アイテム袋を持っている。もちろん、それぞれのパートナー向けに作られた袋も持っている。これが、周りを無視して王都を直撃する理由だ。補給が伸びても、ある程度なら耐えられる。
 そして、アルトワ・ダンジョンからの補給は実質的に”無制限”だ。
 ユリウスたちに問題が発生した時には、俺に連絡が来る。その為に、エイダをクリスティーナに預けておくことに決めた。

「アルノルト様。本当なのですか?」

「あぁ攻略したダンジョンなら、ドロップの調整が可能だ。ダンジョンの力・・・。まぁ魔力だと思ってくれ、魔力は必要だが、ドロップをある程度なら弄れる」

「攻略とは?」

「最終層のボスを倒して、その先にあるコアに触れる。アルトワ・ダンジョンも、ウーレンフートのダンジョンも、あと共和国にあったダンジョンの多くは、コアルームに入るために、”なぞかけ”が設置されていた。正解を答えると、扉が開かれる。場所によっては、数回の”なぞかけ”が設置されている」

「”なぞかけ”とは?」

「・・・。説明は、難しい。特殊な知識が必要だ。俺は、偶然・・・。その辺りの知識があったから答えられた。アーティファクトや関連の知識が必要だ」

「わかりました。私たちでは、突破ができないのですね?」

「そうだな。簡単に言えば、イヴァンタール博士と同じような知識が必要だ」

「え?アルノルト様は?」

「似たような系統だが、俺は魔法の力を上げた先に得られた知識で代替えが出来た」

「・・・。わかりました。それと、ドロップの調整を行う場合には、どうしたらいいのですか?」

「試したけど、クリスに権限の委譲は無理だった。補助権限でも無理だ。エイダを置いていく、エイダに頼んでくれ」

「わかりました。エイダ様。お願いいたします」

「エイダ。ドロップの調整は、アルトワ・ダンジョンだけだ。他は、必要ない」

”了”

「ドロップを変えてしまうと、ダンジョンの魔力が減るのですよね?」

 その疑問は、クリスティーネからだされたが大丈夫だ。

「大丈夫だ。俺が攻略したダンジョンは繋がっていて、ウーレンフートで余っている魔力をアルトワ・ダンジョンに回せる」

「そうなのですね。詳しい話は、教えてもらえるのですか?」

「全部の説明を始めたら、時間が必要だから、簡単に説明をするぞ?」

「はい」

 クリスティーネに、ネットワークの概念をのぞいて、簡単に説明を行った。
 理解は出来たが、納得が出来ない事が多いとの話だったが、今の所は、アルトワ・ダンジョンの設定を変更しても、全体では大きな問題にならないとだけ理解をしてもらった。実際に数値を示して見てもらわないと解らないだろう。理論を説明するのにも、実際に見てもらう必要がある。

 ライムバッハ領の領都には、私たちが執務を行っている邸がある。ライムバッハ辺境伯の邸とは別に用意された場所で、私たちが生活する場所が一緒になっている。

 私の執務室は、邸の入口に近いが場所にある。
 客人対応が多いのが私だ。ユリウス様に客人対応を任せられない。当代のライムバッハ辺境伯はカール様だ。私たちが支えるべき人物だ。しかし、ユリウス様の現在の肩書は別にして”皇太孫”という立場があり、権限を持っていると思われてしまう。他の者たちでは、客人が爵位を持っている場合に、”軽く見られた”と言い出す者が居る(可能性が高い)。その為に、私が客人への対応を引き受けている。
 お父様から、正式にカルラ衆を貰い受けた。お父様からは、カルラ衆は好きにしてよいと言われている。私が良ければ、解散しても良いと言われている。お父様は、お父様で別の情報網を作られているのだろう。武闘に寄っているカルラ衆は使いにくくなっているのかもしれない。

 そんなカルラ衆の次期カルラに、執務室で報告を受けている。
 人払いと遮音の魔道具の起動をお願いされた。カルラ衆が私を害するメリットはない。信頼ではなく、”利”を見せている限りは大丈夫だ。

 そして、報告を聞いた。
 想定していた最悪を簡単に越えてしまった。

「・・・」

 声が出ない。
 私は、どこで間違えた?

「クリスティーネ様」

 そうだ。
 まだ、報告の途中だ。

「大丈夫。聞こえているわ。その報告に間違いは?」

 テーブルに置いた手が信じられないくらいに震えている。
 自分でも制御が出来ない。手の感覚が無くなっていくのが解る。冷たい。足下で何かが崩れている。

「・・・。ありません。”目”が確認を致しました」

「・・・。そう。指や耳は無事?」

 報告では、告げられなかった事だ。

「はい。欠損は・・・。頭のみ。他は、重傷者もなく離脱しております」

 命令には従ってくれている。
 辛い命令を出している自覚はある。でも・・・。

「今は?」

「指が周辺を探っています」

「もう一度だけ、聞きます」

 間違いであって欲しい。
 嘘だと言って欲しい。

 叶わないことだと解っている。

「はい」

「アルノルト様が襲われた。襲われる前に、カルラ衆に攻撃を仕掛けてきた者が居た」

「・・・。はい。頭の指示があり、カルラ衆は離脱を優先しました」

 頭。頭はカルラの名を持つ。
 カルラ衆の名を持つ者は一人だけ・・・。

「そう・・・。それで、離脱を始めたら、襲ってこなかった?」

 先の報告は、アルノルト様とカルラとアルバンに関する報告が主体になっていた。
 カルラ衆を襲ってきた者が居た?

 確かに、命令は守った。しかし、頭を失っている。
 カルラ衆としては、失態と言われる覚悟なのだろう。
 そして、自分たちで報復を行いのだろう。次期カルラも堅く握られている拳が語っている。

 失態だとは思わない。
 私は、カルラ衆に”死ぬな”と命令を出している。命令を守れなかったのは、一人だ。

「耳と目には、攻撃を仕掛けてきませんでした」

「貴方の見解は?想像でもいいわ?」

 目と耳を先に潰すのなら理解ができる。
 指や腕は、ウーレンフートのダンジョンで、中層を越えられる者が揃っている。

「はい。戦闘を得意とした者が狙われたと考えております」

 見解は正しい。
 しかし、指と腕は、目と耳と行動を共にしていた。その中から、指と腕だけを狙った?
 違和感を覚える。しかし、確証がない。

「戦闘は、カルラ衆が圧倒したのよね?」

「はい。目と耳では対処は不可能だと判断して離脱。指と腕は、敵の攻撃に対処しました」

「共和国の者?」

「いえ、目からの報告では、”帝国の剣術に似ている”との話です」

 目が見ていたのなら、帝国なのだろう。

「・・・。また、帝国なの?」

「はい」

 帝国の中には入り込んでいない。
 お父様なら何か情報を持っている可能性がある。

 帝国内部で何かが変わろうとしているのか?
 国境に兵を出して、牽制してくるのなら、今までの帝国と同じで、対処は難しくない。

 しかし搦め手を使いだしたのか?
 それとも・・・。

 情報が少ない時に、想像で思考を加速させてはダメ。情報が出てきたときに、間違った方向に進んでしまう。

 帝国だとしても、今までの帝国だと考えない方がいい。間違いなく、何かが変わろうとしている。

「ふぅ・・・。わかったわ。ユリウス様に・・・。いえ、私が、ユリウス様にお伝えします」

「わかりました」

 カルラの・・・。妹が頭を下げて部屋から出ていく、後ろ姿を見送る事しか出来ない。
 慰めの言葉を投げかけることは出来ない。彼らは、彼女は・・・。こうなる事を・・・。違う。私が、”なんと”声を掛けていいのか解らない。ただ、それだけだ。アルノルト様の時にも、今回も、私は何も出来ない。カルラ衆を任されて、情報を把握して・・・。

 それで何が変わったの?

 頭を振っても、罪悪感だけが残されてしまう。
 アルノルト様は、また心を寄せていた者を失った。きっかけを作ったのは、私だ。私が、アルノルト様を・・・。

 ノックの音で、現実に引き戻された。

「クリス!」

 部屋に入ってきたのは、先ほどまで報告をしていたカルラ衆の・・・。
 それと、ユリウス様だ。

「え?ユリウス様?」

「クリス。共和国に行くぞ!」

「え?ユリウス様?アルノルト様を救出に?」

「違う。話は、カルラ衆から聞いた。アルが、やられるわけがない。今、アルは迷っているだけだ。アルなら自分で立ち上がる」

「え?それでは?」

「共和国を攻める」

 意味が・・・。
 そうか、アルノルト様は、シンイチ・マナベとして共和国に入国しているけど、王国の貴族家の者だ。
 それも、ライムバッハの現当主であるカール様のお兄様だ。そして何よりも、私たちの大切な仲間だ。

 国内では、邸に居る事にはなっているが・・・。

 共和国は、知らなかったことだとは思うが、アルノルト様を”殺そう”とした。

「わかりました」

「カール様とザシャとディアナとイレーネへの説明は任せる」

「はい。ユリウス様は?」

「俺は・・・。エヴァに会ってくる。アルの事情を説明する。その後で、ウーレンフートで兵を集める」

「え?あっ・・・。はい。お願いします」

 本当に・・・。
 一番、嫌な役割を自ら・・・。
 エヴァンジェリーナ様への説明は考えていた。私の役割だと・・・。でも、どう説明していいのか解らなかった。

「エヴァは、連れて行かない。エヴァも付いてくるとは言わないだろう」

 ユリウス様を見ると、エヴァンジェリーナを連れて行きたい気持ちが溢れている。
 でも、連れて行かないのは、私も賛成だ。私たちが国境を越えるだけでも、大事(おおごと)なのに”聖女”という名声が付き始めている、エヴァンジェリーナ様を連れて国境を越えるのは・・・。共和国に行くのは難しい。
 それに、エヴァンジェリーナ様はアルノルト様が迎えに来ると信じている。自ら動かない。あの人は、そういう人だ。アルノルト様との約束を守る為だけに頑張っている。そして、”聖女”と呼ばれるまでになった人だ。

「・・・。はい」

「クリス。カルラ衆を借りたい。エヴァに付けたい」

 そうだ。
 帝国の狙いが、”アルノルト様”にあるのなら、エヴァンジェリーナ様が狙われる可能性がある。

「わかりました」

 ユリウス様は、ギルベルト様も連れて行くようです。
 ギルベルト様はウーレンフートで、アルノルト様の代わりにホームを取り仕切っている。確かに、ギルベルト様が今回の話を聞いたら、飛び出してくるでしょう。制御を行う意味でも、ユリウス様がウーレンフートに行くのがベストなのでしょう。

 私は、こちらに残ることになる。
 ザシャとディアナとイレーネに説明をしなければ・・・。

 私は、もちろんカルラ衆の管理者として、ユリウス様と一緒にアルノルト様に会いに行きます。
 帝国が仕組んだ可能性が高いのは解っています。しかし、ユリウス様がおっしゃっている通り、アルノルト様に攻撃を仕掛けて、大切な仲間を殺したのは、共和国の者です。報復をしなければ、私たちが舐められてしまいます。カール様の為にも、きっちりとしなければなりません。共和国には、私たちの為に踊ってもらいます。国内にも、帝国にも・・・。必要な事です。アルノルト様は望まないでしょう。

 アルノルト様が、共和国で何をしていたのか・・・。
 そして、何を得ているのか?
 今から、話をするのが楽しみです。

「クリス!邸は任せる!」

「はい。お気をつけて」

「解っている。行ってくる!ギードとハンスを連れて行く」

「はい」

 次のカルラを、ユリウス様に預けます。そのまま、エヴァンジェリーナの護衛についてもらいます。

 状況の説明と今後の方針を決定した。
 共和国の相手は、ユリウスに任せる事に決まった。

 俺は、王国に帰還して、エヴァを迎えに行く。

『エイダ。集まったか?』

『十分な量の確保に成功しました。馬車に積んであります』

『わかった。ありがとう』

 ユリウスたちとは、アルトワ・ダンジョンで別れた。アルトワ・ダンジョンには、クリスティーネが残る。

 俺よりも先に、ユリウスたちが出立した。
 共和国を攻め落とすのには、情報が伝わる前に重要拠点を攻略しておく必要がある。
 ダンジョンの確保は必須だ。実効支配は完了しているが、村や町には手を出していない。俺が確保しているダンジョンが属している町や村を確保するのが最初の狙いだ。
 そのうえで、ユリウスたちは共和国の一つであるデュ・コロワ国の首都を急襲する。

 今までは、時間が味方していたが、これからは時間との勝負だ。
 ダンジョンがある町や村の確保は重要だ。首都に情報が伝わる前に首都近郊を固める必要がある。矛盾する二つの作戦を同時に遂行しなければならない。ユリウスは自信を見せていたが、少しでもタイミングがずれたら作戦が失敗するだけではなく、ユリウスたちにも被害が出る可能性がある。

 俺がアルトワ・ダンジョンの出立を遅らせたのにも情報の拡散を防ぐ狙いがあった。

「アルノルト様」

「クリス。俺は、ウーレンフートに戻る。アルトワ・ダンジョンは任せる。エヴァと合流して、王都での用事を済ませたら戻ってくる」

「はい。でも、アルノルト様が戻られる前に、デュ・コロワ国が国としての体裁を持っているとは・・・」

「そうだな。ユリウスの態度を見たら・・・」

「はい。なので、急がなくても大丈夫です。それに、エヴァンジェリーナ様がすぐに動けるとは思えません」

「それは大丈夫だ」

「え?」

「俺に考えがある。普段のエヴァを知っている人が殆どいないというから・・・。多分、成功すると思う」

「そう・・・。アルノルト様に、何か考えがあるのね」

「そうだ。最終的には、エヴァとお義母さんの協力が必要になる」

「”お義母さん”・・・。そうね。でも、大丈夫だと思うわ」

「あぁ」

 クリスティーネが、奥歯に物が挟まった感じの物言いだが気にしてもしょうがない。どうせ、問いただしても答えないだろう。

「そうだ。クリス。アルゴルとのコミュニケーションは大丈夫か?」

「えぇ大丈夫ですわ」

 アルゴルは、エイダの代わりにクリスに従者?として付けた、ヒューマノイド・キャットだ。クリスティーネが・・・。猫タイプがいいと強硬に主張したので、ネコ型になったヒューマノイドだ。権限は、エイダよりも劣るが、アルトワ・ダンジョンを制御するのには十分なスペックを持っている。
 内部のプログラムは、クォートとシャープを中心に強化した物だ。人型ではないので、従者としての補助機能は眠らせてある。クラスとしては実装してあるので、アルゴルを人型に拡張することも可能だが、クリスティーネがネコ型を気に入っているので、クラスがアクティブにはならないだろう。

 足下にアルゴルがいる。
 クリスティーネを守るような対乳だが、ネコの為に”守る”というよりも”守られている”感じだ。

 丁度、エイダとクォートとシャープがヒューマノイド・ホースを繋いだ馬車を持ってきた。
 ユニコーンとバイコーンは、クリスティーネに預けることにした。アルトワ・ダンジョンから動かないと言っても、連絡は必要になる。カルラ衆がいると言っても、通常の連絡も必要だ。その為に、”足”は必要だ。通常の馬を置いておくことも考えたが維持費や速度を考えて、ユニコーンとバイコーンを使うことになった。
 俺は、記憶するだけなのに、馬に似せたヒューマノイド・ホースで十分だ。戦闘力は必要ない。
 護衛としては、クォートとシャープがいる。威嚇の意味も込めて、騎士風のヒューマノイドも連れている。クォートとシャープが操れるようになっているので、十分な抑止力になるだろう。

 クリスティーネとは、エイダを通して連絡ができる。
 アルトワ・ダンジョンから離れる前に、確認を行った。

 エイダとアルゴルがダンジョン経由で繋がっている。

 馬車に乗り込んで、エイダが準備をしてくれた物で、アイテムを作る。
 必要なことだと理解している。

「アルノルト様。国境です」

 クォートとシャープも、俺を”アルノルト様”と呼ぶように言っている。
 シンイチ・マナベの身分は、今後も必要になってくるが、今回は”アルノルト・フォン・ライムバッハ”の身分が必要だ。

「進んでくれ」

「はい」

 クォートに指示を出す。
 国境なので、並んでいるが、無視して進む。

 その為の身分だ。身分を保証する書類もクォートに預けている。

 そして、俺の後ろには二つの棺がある。
 カルラとアルバンをウーレンフートに連れて帰る。

 エヴァンジェリーナに弔ってもらう。俺が二人をウーレンフートに連れて帰る理由だ。カルラは違うが、アルバンの故郷はウーレンフートだ。カルラも一番長く過ごしたのがウーレンフートだと言っていた。だから、二人に休んでもらうのはウーレンフートが良いと考えた。

 今からの行動は共和国に対する楔になる。

 もちろん、馬車は止められる。
 しかし、共和国側の国境警備兵を無視して馬車を進める。

 剣呑な雰囲気が出たところで、王国側にいる国境警備兵が駆け寄る。

 茶番だが必要な茶番だ。
 共和国側にも既に通達を行っている。

 ライムバッハ家の者が、共和国側から王国に帰国するという通達は済ませてある。
 俺たちが静止を無視して、王国側に急ぐのも伝えてある。静止された所に、王国側から兵士が出てきて、俺たちを保護する。

 共和国側の国境警備兵は、王国側から賠償を貰う。
 しかし、共和国内で発生した”王国貴族の暗殺未遂事件”を告げられて、賠償ではなく、通達を共和国内の各国に行うことになる。ここからは、時間との勝負だが、俺が国境に到達するころには、ユリウスがデュ・コロワ国の首都に迫っている。

 今から急いでも、国境からの移動を考えれば手遅れになる。
 しかし、デュ・コロワ国以外の国には、必要な情報だ。王国は、正当性を主張できる。警備兵は、自分たちの仕事をしたが、遅かったと言い訳ができる。他の国への伝達を急ぐ理由も、俺がこの場で、ライムバッハ家の者であることや、暗殺はデュ・コロワ国の者が主導していたと宣言を行ったことで、デュ・コロワ国以外の国への報告を優先したと各国に説明ができる。

 馬車は、最初の約束通りに、抵抗らしい抵抗もなく、王国に入った。
 これで、共和国側に並んでいた者にも、王国側に並んでいた者にも、王国と共和国で何かあったのだと考えるだろう。そして、噂が千里を走るだろう。

「アルノルト様」

 見覚えがある騎士が俺の前で跪いた。

「あぁ」

「カール様にお会いしますか?」

「辺境伯は、元気にしていますか?」

「はい。殿下たちが居なくなって最初は寂しそうにしておいででしたが、邸の者たちや、領民との交流で、優しい笑顔を・・・」

「そうか・・・。すぐにウーレンフートに行かなければならない。カールに会ってやりたいが・・・。俺のやるべきことが終わってから会いに行く」

「残念ですが、わかりました。ライムバッハ家の家臣一同。アルノルト様のおかえりをお待ちしております」

「ありがとう」

 ライムバッハ家に古くからつかえてくれている兵士が俺の前で頭を下げてくれる。
 そして、”待っている”と言ってくれた。

 カールが辺境伯の地位を継ぐのは、陛下に寄って定められたことだ。
 俺がサポートに戻ることは可能だが、俺にはまだしなければならないことがある。

 馬車に積まれている棺を思い出す。
 無言の帰国になってしまった二人を連れてウーレンフートに戻る。

 やることが増えた。
 でも、対象が増えなかった。

 約束ではない。俺が俺である為に必要なことだ。

 帝国が後ろに居るのなら、帝国を潰す。
 組織だけが単独で動いているのなら、組織を潰す。

 アルノルトが、カルラとアルバンを連れてウーレンフートに向かっている頃。
 アルトワダンジョンを出たローザスたちは、アルノルトから提供された地図を使って進軍していた。

「殿下!」

「どうした?」

「αダンジョンの周辺を抑えました」

「わかった。最低限の人数を残して、δダンジョンに迎え」

「はっ」

 ダンジョンの名前は、デュ・コロワ国が名付けているが、ユリウスたちは、アルノルトが使っていたαβγという呼称で呼ぶことにした。攻略しているダンジョンの確保が最優先された結果だ。
 攻略順ではないが、攻略ダンジョンを遡っていく事で、王都への道が簡単に繋がっていった。

 奇襲が成功した形になる。
 当初の予定通りに、ローザスたちは、デュ・コロワ国の王都を包囲した状態で、共和国に属している他の国に、デュ・コロワの王都を包囲するに至った経緯を説明する書簡を出した。

 包囲して、7日が過ぎた。
 デュ・コロワ国は、何度もユリウスの所に使者を出しているが、講和条件に折り合いがつかない状況が続いている。

「殿下?」

「ダメだ」

 使者が持ってきた書簡を読んで、首を横に振る。
 時間稼ぎをしているのは誰の目にも明らかだ。

 ユリウスたちも時間が必要な状況になっている。実効支配しているダンジョンからの輸送物資が届き始めている。そして、それに合わせて人員も集結し始めている。

 当初・・・。時間は、デュ・コロワ国に味方するかと思われたが、ユリウスたちにも時間が微笑み始めた。
 王都を包囲して、主要街道を封鎖している。

 物資は、王都に入る前にユリウスたちが買い取っている。それでも、半分程度は王都に流れているが、王都の物資は半分以下に落ち込んでしまっている。ダンジョンに依存していた地域では、物資が足りなくなっている為に、王都に回す余裕が無くなってきている。
 ダンジョンからの採取が少なく絞られている状態では、今までの7-8割程度の物資になっている。王都では、最盛期の3割程度まで落ち込んでいる。それでも、最低限の食料は運び込まれている。しかし、その最小限の食料は、王侯貴族が独占している。

「ユリウス殿下」

「・・・。ギル。殿下は必要ない。何度も言わせるな」

「・・・。しかし・・・」

 ギルベルトは、周りを見回すが、ギードとハンスも何も言わない。

「わかった。ユリウス。公式の場所では、流石に”殿下”を付けるぞ?」

「それは、しょうがない。それで?」

「あぁ物資があまり始めているから、食料を使った炊き出しを行おうと思うが、許可を貰えるか?」

「炊き出し?」

「そうだ。昨日、王都から脱出してきた商人が言うには、王都では食料不足で、王都民が飢え始めているようだ」

「ん?食料は、多くはないが、通しているよな?」

「十分とは言わないが、流している。その十分ではない食料を、王族と門閥貴族が独占している」

「はぁ?デュ・コロワ国王は何を考えている」

「ん?何も考えていないと思うぞ?」

「・・・。ギル。炊き出しを頼む」

「御意」

「ユリウス殿下。ギルベルト殿。一つ、試したい事があるのですが、よろしいですか?」

「ハンス。珍しいな。なんだ?」

「はい。アルノルト様がデュ・コロワ国の者に襲われた事や、共和国に非があることを流したいと思います」

「・・・。そうだな。炊き出しの時に、噂話として流しても面白いかもしれない。ギル。頼めるか?」

「わかりました。文面は・・・」

 ギルベルトの問いかけに、ハンスもギードもユリウスも顔をそむける。

「わかった。ヒルダに問い合わせる」

「頼む」

 ユリウスたちも攻め手にかけている。
 強行突入を行えば、王都を落とせるのは解っているのだが、味方の被害も大きくなる。それだけではなく、王都民の被害も大きくなることが考えられる。そして、ユリウスたちが懸念しているのは、デュ・コロワ国の王侯貴族たちが、自らの安全を確保する為に、王都民を盾にすることが考えられたことだ。
 実際に、ユリウスたちが一つの門を破壊した時に、門を守っていた貴族が、王都民を盾にして自らは安全に逃げようとした。

 炊き出しが行われた。
 門から離れた場所から、王都に呼びかけるようにした。

 炊き出しに王都民が群がることはなかった。
 門の外側に居た者たちが、炊き出しに集まっただけだ。それでも、堅く閉ざされた門を揺るがすには十分な成果が得られた。

 炊き出しは、数日に渡って行われた。
 門から離れた場所で、同じ門ではなく、複数の門で行われた。

 その時に、王国が攻め込んできた理由を合わせて宣伝している。王都内には、十分な食料があることも合わせて知られている。


 共和国は、デュ・コロワ国をのぞいて、緊急会議を行った。ユリウスを呼び出す書状が届いたが、ユリウスたちは代官を送った。

 数日に渡る会議の結果が、王都を包囲しているユリウスの下に届いた。

「殿下」

「ご苦労。問題は?」

「ありません」

 送り出した代官と一緒に、共和国からの使者がユリウスの前で跪いている。

「それで、使者殿。共和国は、ライムバッハ家に連なる。アルノルトが害された件は、どうするつもりですか?」

「ユリウス殿下。共和国としては、預かり知らぬことで、ございまして・・・」

「解りました。ギード。ハンス。使者殿は、お帰りになるそうだ」

「お待ちください!殿下」

「何を待つ?貴殿は、共和国の使者として、私の前に居るのだろう?その使者が、”知らぬこと”だとおっしゃっている。私たちとしては、知る者として、デュ。コロワ国の国王に問いたださなければならない」

「そ、それで、関与がないとわかれば・・・」

「面白い事をおっしゃる。関与がない?それでも、今まで申し開きのチャンスは何度もあった。それを無視してきたのは、共和国に属する。デュ・コロワ国だ。ライムバッハ辺境伯軍ではない」

「それは」

「アルノルトは、怪我をした。二人の従者は、主人を庇って殺された。殺したのは、アルトワ町の長代行だ。共和国では、町の長は、国王に任命責任があると聞いた。違うのか?」

 強弁なのは、ユリウスも自覚している。
 しかし、アルノルトが害された事実を黙って見過ごすのは、いろいろな意味で許容できない。

「ユリウス殿下。王国は、ライムバッハ家は、何をお望みですか?」

「犯人の捕縛と、引き渡し、及び、背後関係の公表だ」

「なっ・・・。それは・・・。既に、害した者たちは処罰を与えたとお聞きしましたが?」

「ん?あぁそうか、貴殿たち、共和国は、人を傷つけた場合に、実際に切りつけたナイフや剣を罰すれば終わりなのか?それなら、ここで使者殿を害しても、共和国には害した武器を犯人だと引き渡しをすればいいのだな?」

「・・・。それは・・・。しかし・・・」

 ユリウスも無理なのは解っている。
 背後関係は帝国に繋がっている線があるだけだ。アルノルトから、帝国にある組織が関係していると教えられている。

「わかった。使者殿にも、立場があるのだろう。デュ・コロワ国でも、共和国でも好きになさればいいだろう」

「・・・。殿下は?ライムバッハ軍は?」

「我らも、好きにする。まずは、デュ・コロワ国の王侯貴族を始末する。そこに、アルノルトを襲った犯人が居なければ、近い国から順番に攻め落とす」

「そんなことが」

「できるわけがない?」

 使者は、ユリウスの顔を正面から見られない。
 それだけ、ユリウスの声は自信に溢れている。

「”出来ない”と考えるのは貴殿の自由だ。我たちは、貴殿の自由意志を尊重する。だから、我たちの自由を貴殿たちが阻害しないようにして欲しい。ただそれだけだ」

「待ってください。ユリウス殿下」

 ユリウスは天幕から出ていく歩みを止めて振り返る。

「20日。いえ、15日だけ待ってください。デュ・コロワ国からの謝罪と、共和国からの賠償を・・・」

「わかった。10日だけ攻撃を待つ。10日だ。それ以上は、待てない。各地に居るライムバッハ軍が、共和国の各地に無差別攻撃を行う」

 ユリウスは、振り返り本当に天幕から出た。
 残された使者は、呆然としながらも、自らが行うべき事が解ったのか、慌てて立ち上がって、天幕から出た。そして、護衛たちに声を賭けて、共和国の首都に向けて早馬の伝令を向かわせた。自分は、日数を計算して、すぐにでもデュ・コロワ国の王都に入りたかったが、門が閉ざされているために、無理だと悟った。使者の頭の中では、デュ・コロワ国を見捨ててでも、自らが属する国が生き残る道を考え始めていた。

 ユリウスたちは、使者との約束を守っている。約束の期間は、戦闘行為を行っていない。城門近くでの炊き出しを行うだけに留めている。
 使者の言葉を、そのまま情報として民衆に流した。民衆は、得る事ができなかった情報に喰い付いた。王国を非難する者も居たが、それ以上に共和国のやり方に憤慨する者が多かった。そして、自分たちの国の上層部なら”やりそう”だと考えている。

 共和国は、建前として多数派による政治だと宣伝をしている。
 ユリウスも、共和国の政治体制は、認めている。しっかりと運営が出来ていれば、政治が機能していれば有効だと考えている。

 ユリウスの使っている天幕に入室を求める声が届いた。
 報告書の束を持ってきた従者が、ユリウスの前で頭を下げた。

 ユリウスの許可に合わせて頭を上げる。

「殿下?」

 神妙な表情をユリウスに向ける従者だが、憧れの表情の中にも困惑が混じっている。
 幼年学校の頃のユリウスなら、激怒した可能性がある表情だが、今ではこの表情の奥に隠れている気持ちを推しはかることができるようになっている。

 ライムバッハ領で(押し付けられたような感じではあるが)代官の立場で領民と接する事で、自分の背景に畏怖している者が、自分に対しての意見を述べる時の表情だと理解している。

 ユリウス自身は気にしていないが、周りから見て、”皇太孫”として相応しいと思えない行動の時に多く見られる表情だ。

「どうした?」

 場数をこなしたことで得られた知見がある。
 質問があるのだろうと考えて、言葉を選ぶ余裕が産まれている。

「殿下は、共和国の政治体制を”是”とするのですか?」

 従者は、ユリウスの言葉を受けて、少しだけ躊躇してから自分が聞きたい事を告げる。
 これは、ユリウスが従者に命じた”共和国の政治体制と民衆の様子”をまとめた資料を作らせた。自ら作った資料と、約束の停戦期間に発生した事柄をまとめた資料を渡した。従者は、共和国の政治体制を調べる必要などないと考えていた。
 実際に調べれば調べるほどに、聞けば聞くほどに、意味がない建前だけの政治体制だと思えてしまっていた。

「ん?民衆による。政治か?」

「はい」

 従者は、”民衆による政治”が建前だと考えている。そして、その建前を守る為に、無駄な”血”が流れているのだと考えた。
 この紛争も、王国なら・・・。自分たちの領主ならどうするのだろうと考えた。

 目の前に居るユリウスなら、一軍を率いて民衆を逃がすだろう。
 しかし、一部の腐った門閥貴族に操られている貴族連中は、民衆を逃がすような事をしないだろう。それこそ、目の前で行われている状況と同じかより酷い状況になるだろう。

 ”民衆による政治”だというのなら、民衆を守る為の政治を行うはずであり、一部の高官や軍部が私腹を肥やして、奴隷商や豪商から金品を貰って優遇するような政治ではない。
 共和国の・・・。デュ・コロワ国の上層部と自分が見てきた腐った貴族の違いが解らない。その為に、尊敬するユリウスが何を考えて、共和国の政治を調べて、何か得られないか考えている様子が信じられなかった。裏切られた気持ちになっていると言ってもいいくらいだ。

「そうだな。実際に、民衆の意見が、政治に反映されているのなら、素晴らしいだろう」

「え?」

 肯定でも否定でもなく、皮肉が効いた言葉を返されるとは考えていなかった。

「なんだ。意外か?」

 ユリウスは、従者の反応が少しだけ嬉しかった。
 普段は、自分が驚かされる側で、人を驚かすような行動も言動も起こせていない。

「はい。殿下は、共和主義を否定されているから、共和国を許さないのだと思っていました」

「ははは。それは、違う・・・。そうか、違う考えを持つようになったのだ」

 ユリウスは従者の言葉を聞いて、以前の自分なら”共和国”の上層部を見て、話を聞いて憤慨して、攻め滅ぼそうとした可能性が高い。自分でも解っている。アルノルト・フォン・ライムバッハとの出会いで変わった。

「・・・。はぁ」

「一人の、そうだな。一人の愚か者を見ていて、考えが変わった。変えられた?」

「そうなのですか?愚か者ですか?」

「あぁ民衆による政治を否定するつもりはない。ただ、今の共和国。特に、目の前で右往左往している連中が、本当に”民衆による政治”を行っているのか?情報は得ているのだろう?」

 ユリウスの本心だ。
 共和国の根幹は、”民衆による政治”だと自分たちで言っておきながら、実際に行われているのは、少数による多数からの搾取政治だ。支配と言い換えてもいい。
 ユリウスは、多数決が正しいとは思っていない。多くの意見を集約して、一つの結論を導き出す。正しいやり方の様にも思える。しかし、意見を集約した者が、責任をとらない状況が正しいとは思えない。
 目の前で右往左往している共和国の上層部の連中は、権力を求めるあまりに大事な事を見失ってしまっている。
 自分たちの足下を支えている者たちの存在を忘れてしまっている。

 そして、そんな上層部たちよりも酷いと思われるのが、知者と呼ばれる者たちだ。
 自分たちは、安全な(搾取されな)場所にいて、共和国の上層部に意見する。そして、政策を実行させる。政策の為の資料を作って、上層部を説得する。上層部・・・。民衆によって選ばれた者たちを動かして、自分たちの組織に都合がいい状況を作り出している。

「はい」

「俺は・・・」

 ユリウスは、そこで従者から渡された資料から目を離して、デュ・コロワ国の首都ではなく、自分たちが帰る場所を見る。
 自分の隣に居て欲しいと思う人物は、いまだに彷徨っている。

 ”やるべきこと”を達成しない限りは、自分の所に来てくれないことは理解している。それでも、自分の側に居て欲しいと思う人物だ。

 ユリウスは、大きく頭を振ってから、従者に出ていくように指示をする。従者は、頭を深く下げてから天幕から出て行った。従者が天幕から出て行ってから、
沈黙が天幕を支配した。

 ユリウスは、この場に居ない者に話しかけるように、資料を読み込む。話し合えたら、どれだけ幸せなのか・・・。

 捕えた奴隷商や豪商の話や、逃げ出したところを捕えた高官の話が書かれている。
 三分の二ほどの資料を読み終えた所で、天幕の外から声を掛けられた。

「いいぞ」

「殿下」

「辞めてくれ、いつも通りでいい」

「そうか?」

「あぁアイツが置いていった、遮音カーテンを発動した。ギル」

「そうか・・・。それで、ユリウス。報告だ」

「どうだ?」

「味方にしないほうがいい者たちが多い」

「ん?多い?」

「あぁ中堅以下で燻っている様な連中の中に、光る奴が居る。こいつらに、デュ・コロワを任せればいいと思う。しかし・・・」

「なんだ?」

「資金がない!」

「それは大丈夫だ。上層部の奴らに戦争責任を押し付けて、賠償金を得る。その賠償金を、デュ・コロワの再建に使う」

「いいのか?」

「大丈夫だ。このくらいの戦費で、ライムバッハ領は・・・。少しだけ緊縮しないとダメだけど、アルも帰ってきたのだろう。なんとかなる。それに、ダンジョンを手中に治めている。試算を行っているが見るか?」

「あぁ」

 ユリウスは、従者が持ってきた資料の中にあった試算した結果が書かれた物を、何枚か抜き出して、ギルベルトに渡した。

 目を通しながら、ギルベルトは座った椅子の背もたれに身体を深く預けた。

「なぁユリウス。アイツは、何をした?」

「ダンジョンの攻略だ」

「それは解っている。解っているが・・・。この試算は、最大か?」

「いや、ウーレンフートの2割程度の産出で試算したらしい」

「おかしくないか?ウーレンフートだけで、5か国・・・。共和国が賄える計算になるぞ?」

「そうだな。ギル。簡単に言えば、上納がなくなる。特権を持って素材を買っていた豪商が潰れる。怪我をした者たちを奴隷として使いつぶしていた奴隷商がいなくなる。そんな者たちから賄賂を受け取っていた知者が居なくなる。その知者の言いなりになっていた高官たちが居なくなる」

「ん?寄生虫が居なくなるのか?」

「そうだ。寄生木の栄養分を吸いつくすように寄生していた者たちを排除した結果、健全な状況になってしまう。この状況になるのなら、ライムバッハ家の属国にしてしまうのも一つの方法だが・・・」

 二人はお互いを見てから、この場に居ない。二人が居て欲しいと思う人物が居るべき場所を見ながら、大きく息を吐き出した。

 議会は荒れていた。
 食料の問題で招集されて開催された議会だが、今は違う話が主軸になっている。

 もともと共和国は、いくつかの王家が帝国や王国に対抗するために集まった小国家群と言い換えてもいいのかもしれない。
 最初は、軍事力で他国を圧迫していた国の意見が通っているような状態だったが、国家間の調整となによりも帝国と王国の圧力に屈する形で、小国家群は一つの国にまとまる選択をとった。
 その時に採用された方式が、共和国制だ。
 小国家は、そのままにして発言力を強めようとした。

 小競り合いは発生したが、そのたびに、王国か帝国が手を出してきて、小国家群は共和国としてまとまることが出来た。

 その時と同じ・・・。いや、制度が確立してから初めてと呼べるくらいの窮地に立たされている。

 議会も最初は王家や王家に連なる者が選出されていたのだが、徐々に主役は金銭を多く持っている者たちに移動した。現在では、王家は数えるほどしかいなくなり、ほとんどがダンジョン関係で商売をしている豪商が議会を牛耳っている。
 共和国の設立には、ダンジョンが大きく影響していた。

 王国と帝国に睨まれながら、共和国として設立できたのは、商人たちがダンジョンから出た食料を安く各地に運んだことが大きかった。その時に、成功した商人たちは、得た利益で議員にすり寄って、ダンジョンの権利を独占した。
 ダンジョンから出る食料を優先することで、商人たちは力を得た。
 農家からの買い取りは、元貴族が独占していたのだが、貴族は周りの状況が見えなかった。商人たちが安いダンジョン産の食料を広めたことで、農家から買い取り、自分たちの利益を乗せた農作物は徐々に衰退した。

 現在では、共和国の食料自給率の6割以上をダンジョン産の食料に置き換わってしまっている。
 そして、この割合は増えることはあっても減ることはない。物流を担当していた者たちが、商人たちに飲み込まれてしまったからだ。

 農作物は地産地消するだけに留める状況になっている。
 寒村や都市から離れた村が、自分たちが食べるためと納税のためにほそぼそと続けられているだけになっている。

 農民が持っていた鍬を剣や盾に持ち替えてダンジョンに挑むのに時間は必要なかった。
 多くの農民がダンジョンに潜った。

 商人が議会を牛耳るようになって農民よりの政策の多くが撤廃されて、ダンジョンに潜っている者たちが優遇される制度が増えて行った。

 議会の招集が発令されたのは、デュ・コロワ国にあるダンジョンから食料がドロップしなくなったからだ。
 報告を聞いた議員たちは、即座に動かなかった。
 デュ・コロワ国の全てのダンジョンではなく、数カ所のダンジョンだけで発生した事象で、しばらくしたら元に戻ると考えた。いままでもダンジョンが成長するときに一時的にドロップしなくなったり、魔物が減ったり、状況に変化が咥えられた。そして、自分が所有しているダンジョンは、食料品をドロップし続けると知って、”商機”だと考えて、自らのダンジョンから産出した食料を、デュ・コロワ国に輸送し始めた。出なくなったダンジョン付近では、食料が高騰しはじめている。商人としては、先の利益も必要だが、目の前にぶら下がっている商機を見逃すのは愚かだと考えた。

 議会が掴んだ情報は、確かに正しかった。
 しかし、その時点での情報だと付け加える必要がある。

 議会がある場所では、離れたダンジョンの情報が手元に届くのにタイムラグが発生した。

 半数のダンジョンから、食料だけではなく、共和国が戦略物資と考えていた物までもドロップしなくなった。

 食料だけでも問題があるのだが、共和国が外貨を得るために必要としていた物資までドロップしなくなった。

 議会では、残されたダンジョンの状況を確認して、再分配という困難なミッションをおこなっていた。

 そこに、王国の貴族をデュ・コロワ国のアルトワ町の町長と近隣の有力者が共謀して襲撃を行ったという一報が入った。
 貴族の身元は秘匿されていたが、皇太孫からの親書が届けられたことで、深刻な状態だと判断された。

 普段なら、議会に顔を出さない長老や王家まで集められた。

 議会は、決められた議長は居ない。以前は、決められていたのだが、ダンジョンの支配をもくろんだ者たちが蠢動したために、議長は持ち回りで行うことに決めた。
 そして、最初に議題を投じるためには、議会に出席する権利を持つ者の5名以上の承認が必要になる。

 ダンジョンのドロップ問題から、後手に回っているのは、共和国内の権力闘争が原因だと考えられる。

 5名の議員が連名で議題を提出して、集められた時には、既に多くのダンジョンでドロップしなくなっている。
 ダンジョンの魔物は減っていない。増えているダンジョンもある。そのために、魔物を狩る必要がある。狩らなければ、スタンピードの発生を誘発してしまう可能性がある。魔物を狩る者たちは、魔物を狩って、ドロップを金に変えて、日々の生活を行っている。
 ダンジョンからの産出が減っているのは、食料や戦略物資だけで、素材は通常通りにドロップしている。また、ダンジョンの運営を考えた時には、ドロップ品を買い取らなくなれば、魔物を狩る者たちがダンジョンを離れてしまう。農民に戻ればいいが、他のダンジョンに行くのは目に見えている。共和国としては、共和国の他のダンジョンに向かってくれればいいが、王国や帝国にあるダンジョン街に移動されたら、戦力低下にもつながってしまう。

 情報が遅れて、議会に到着した。
 ダンジョンを持たない議員たちは、ダンジョンを所有する議員たちが困っているのを感じて、自分たちに取り込もうと活動を開始する。

 そんな状況の中で、デュ・コロワ国の王都を皇太孫が率いている軍に包囲されたと連絡が入った。それも、包囲している皇太孫からの親書で知らされた。

 皇太孫の親書から3日遅れて、デュ・コロワ国の王都に居る議員からの救援要請が届けられた。

 右往左往という言葉が正しい状況だ。
 自分が所有しているダンジョンも心配だが、王国がこのままデュ・コロワ国だけではなく、他の国に侵攻を開始したら、防ぐことが出来るのか?
 皆が”自分の身の安全”を考え始めている。
 そこには、民衆の安全は含まれていない。自らの財産と命が助かる方法を考えている。

「デュ・コロワ国の民衆が犯した罪を、共和国全体で受けるのは間違っていないか?」

 デュ・コロワ国と境界を接していない議員が口火を切る形で、議論という名前で罵りあいが始まった。

 議長は選出されているのだが、議長権限で話をまとめて、王国の剣先が自分の喉元に来るのを恐れている。
 誰も、矢面に立ちたくない。

「誰か、デュ・コロワ国からの連絡を受けたのか?」

 奥に座っていた王族の発言を聞いた議員が、首をかしげてから、意味がわかったのだろう。首を動かして、周りを見る。周りの議員も、何を言っているのかわかるのだろう。口々に、デュ・コロワ国からの使者が来ない事には判断ができないと言い始める。

 顔色を変えたのは、デュ・コロワ国の近くに領地を持つ議員だ。
 そして、今にも倒れそうな雰囲気を出しているのは、デュ・コロワ国からやってきた使者からの伝言を議会に持ってきた者だ。

「使者が来ていなければ、王国の皇太孫からの話だけだ。少ない情報と相手方からの情報だけでは、判断ができない。デュ・コロワ国からの連絡を待つことにしましょう」

 議長が、場の流れを汲んで話をまとめる。

「そうだ。この建物は安全なのですよね?」

 議長は、議会が行われている会場の所有者に向けて質問をおこなった。

「議員の皆さまに安全に過ごしていただくための準備をおこなっております」

「そうですか・・・。それなら、招かれざる者が入るのは不可能ですよね?」

「もちろんです」

 所有者は立ち上がって、伝言を持ってきた者に近づいて、自分の護衛が持っていた剣を渡した。

「もし、不審者が居ましたら、この者が処分いたします」

「そうですか、それは素晴らしい。私たちは議論を続けることにしましょう。大切な話はまだ他にもあるでしょう」

 議長は、皆を見回した。
 剣を受け取った伝令係は、皆からの視線を受けた。頭を深々と下げてから、議場から姿を消した。