「エヴァ!」
「あ!ギルベルト様」
「辞めてくれよ。友達の嫁さんに、”様”付けされると、気持ちが落ち着かない。”ギル”で頼む」
一気に言い切るが、エヴァの顔色が赤くなっていくのがわかる。
アルノルトの”嫁”と言われるのは慣れないようだ。実感が無いだけかもしれないが、俺たちの中では既定路線だ。
「いえ・・・。そうですね。ギルさん」
「まだ、昔のクセが抜けないな。そうだ!エヴァ。奴から、手紙と贈り物を預かってきた」
「え?」
エヴァは、すでに”聖女”と呼ばれている。
回復だけではなく、アンデット系の魔物に対する優位な魔法を極めている。学校では、口にしていないようだが”アルノルト”のためだ。アルの情報は、エヴァに定期的に流している。ユリウス・・・。違うな、我らのトップからの命令で、アルの情報を届けている。知らなければいい情報もあるとは思うが、女性陣は違った解釈をしている。俺とユリウスは、アルが危ない目に有った情報は隠すべきだと思っていた・・・。
アルが作った腕輪を渡す。
シルバーに見えるが、総ミスリル製だ。アルの考えがわからないが、アルだから問題はないと考えた。アルの従者となった者から、依頼を受け取ったときには”バカ”なのかと思ったが、なぜかエヴァならアルの真意を見抜くのではないかと思ってしまった。
「あ・・・。ありがとうございます」
腕輪を受け取って、内側を指で触り始める。
気がついているのだろう?俺が説明をしたほうが良いのだろうか?
「ギルさん。少しだけ待っていただけますか?」
「どうした?大丈夫だぞ?この後は、ディアナに会って行くだけだからな」
「そうですか、それなら少しだけ急いで書きますので、アルノルト・・・。違った、マナベ様にお礼の手紙を渡してください」
「え?エヴァ?お礼?あっそうか、腕輪はそれだけの品物だな」
「そうですね。腕輪には・・・」
アルの奴!何か、仕掛けをしていると思っていたけど、エヴァにだけわかるようにしていたようだ。
魔石を組み込んでいたのは知っていたが、エヴァの魔力に反応してメッセージが念話で伝わるようにしていたとは、アルの奴に文句の1つや2つや3つや4つや5つくらい並べ立ててやりたい。たしかに、見た目は地味な腕輪だ。低い鑑定スキルでは、偽装された情報しか読み取れない。
それは、1万歩譲って・・・、納得しよう。宝石類を腕輪の中に仕込んだのにも理由があったのか・・・。魔法のトリガーにしているのか・・・。
国宝に指定されるような物を届けさせないで欲しい。それに、偽装を施して”銀製”の腕輪にしか見えない物にしないで欲しかった。アルの奴は、エヴァ以外にも女性陣にペンダントトップやイヤリングを作った。エヴァ用とは違って、ミスリル製に見える状態の物だ。俺たちから代金を徴収していたが、エヴァの腕輪の話を聞いた、女性陣からの視線が痛かった俺たちは、アルに頼んで作ってもらった。
エヴァの説明は、魔石と宝石を使った待機型の魔法の話だ。
「エヴァ?」
「はい。なんでしょうか?」
「奴から渡された宝石は、ダイヤモンド/エメラルド/アクアマリン/ルビー/ユークレース/サファイア/トパーズだ。サイズを調整して、順番まで指定してきた。奴にしては珍しく、細かく、間違えないように指示をしてきた。エヴァ。もう一度だけ聞く、奴から何か伝言はなかったのか?」
俺の言葉を聞いて、エヴァが一気に赤くなる。
やはり、アルからのメッセージなのだろう。深く聞くのは控えたほうがいいかもしれないが・・・。今日は、突っ込んで聞いておかないと・・・。女性陣からの質問に答えられない。
クリスだけではなく、ディアナやザシャやイレーネから、強く言われている。
学校で、エヴァをなんとか自分の陣営に取り込もうとする者たちが湧き出ているらしい。特に、男爵や豪商が強硬手段に出る可能性がある。それだけではなく、可愛くなっているエヴァを妾にしようと動いているバカどもがいると教えられた。
牽制の意味もあり、エヴァには”男”がいると印象づける必要がある。腕輪はいい贈り物だ。
俺が皇太孫派閥の人間だと周知されている。聞き耳を立てている連中も”マナベ”が誰なのかわからない可能性があるが、俺たちの派閥にいる人間だと思う可能性が高い。もしかしたら、”マナベ”は、ユリウスが市井にいるときの偽名だと思う可能性だって有る。
「ギルさん」
言い淀むエヴァを見て確信した。
「エヴァ。(いいか、本当のことを言う必要はない。ただ、周りで聞き耳を立てている連中に、教えてやればいい)わかったか?」
頭を縦に振るエヴァを見て、同じ質問を繰り返した。今度は、エヴァも解っていたのか、先程よりは顔を上げて応えてくれた。
しっかりと、マナベ様と口に出している。宝石の意味は教えてくれなかったが、高価な宝石が埋め込まれていること、それにより魔法の発動を助ける役割をもたせてあること、”銀”に見えるが実は”総ミスリル”であることを説明している。宝石と魔石をあしらった杖に匹敵する魔法発動媒体になっていると説明した。
聞き耳を立てている連中にはこれで十分だろう。
それに、俺の商会が、ウーレンフートに立ち上がったことも調べればすぐに判明するだろう。その上で、商会が”とある”ホームと親密になっていることも、ウーレンフートで少しでも聞き込みをすればわかってしまう。そのホームのオーナーの名前も・・・。
今は、これで十分だ。
俺は、暴力を使われると、アルとエヴァを守ることは不可能だ。なら、俺が得意とすることでアルとエヴァを守る。政治的な分野は、ユリウスとクリスに任せればいい。腐っても皇太孫だ。権力に近い奴らほど、ユリウスの言葉に従うだろう。アルノルトなら、ユリウスとクリスが守れば十分だが、マナベとなってしまうと話が変わってくる。冒険者マナベの後ろ盾が必要だ。ユリウスでは、マナベとアルノルトが結びついてしまう可能性がある。だから、俺が・・・。俺の商会が、冒険者マナベのスポンサーだと思わせればいい。
俺が、ウーレンフートで存在感を出せば、有象無象はどこにいるのかわからない冒険者マナベではなく、俺に集ってくる。
ユリウスたちが、アルノルトを守るのなら、俺はマナベを守る。
「ギルさん。ありがとうございます。それから、手紙をお願いします。マナベ様に届けてください。あと・・・。”お待ちしています”とお伝え下さい」
エヴァは、聖女らしからぬ、とろけた表情で腕輪を触りながら、”マナベ”とはっきりと聞こえるように、発言している。
俺にではなく、聞き耳をたてている連中に向けての発言なのだろう。”待っている”とエヴァに言わせる人物がいるのだと知らせることができれば十分な成果だろう。
「手紙は、ウーレンフート経由になるけどいいよな?」
「はい。任せします」
今のエヴァを見て、横槍を入れてくる無粋な奴が居るとは思えないが、世の中にはバカはどこにでも居る。
俺の役目は、そのバカたちをウーレンフートに釘付けにすることだ。エヴァには、クリスからアルの動向が伝えられている。アルが、ウーレンフートに居ないこともすでに伝わっているのだろう。
「エヴァ。他に、何か伝言はあるか?」
「いえ・・・。あっユリウス様への伝言でも大丈夫ですか?」
「あぁウーレンフートに寄ったら、領都に行く予定になっているから大丈夫だ」
「よかった・・・」
エヴァは、アルからの贈り物である腕輪を触りながら、ユリウスへの伝言を話し始める。
俺やクリスが掴んでいる情報の裏付けになるような物では無いが、確信に近づく情報だ。エヴァも、アルの為に戦っている。神殿勢力は、貴族に寄っている連中が多い。金払いがいいからだ。その中で、エヴァは数少ない庶民派に分類される。貴族派閥の中には、帝国に情報を流している者たちが居る。
その中で、エヴァは献身的に庶民を助けて、貧民を癒やしている。聖女と呼ばれる所以である。しかし、エヴァの行動はすべてアルの為だ。クリスと相談しながら、効率よくライムバッハ家の味方を増やしている。そうなると、自然と情報が流れてくるのだ。エヴァの歓心を買おうとして情報を持ってくる者。エヴァに下心丸出しで情報を売ろうとする者。動機は、いろいろだが、商人や貴族の中で流れる情報とは別に、神殿に流れる情報が集まってくる。
俺も、クリスも、ユリウスも、そして、エヴァも、一人の寂しがり屋で、強情者の男を助けるために動いている。
共和国の情報は、意外な所から入ってきた。
「え?ダーリオが?」
「はい。ダーリオ殿の知人が、共和国から逃げ帰ってきたそうです」
「そうか、カルラ。ダーリオは、他になにか言っていたか?」
「はい。共和国との国境は機能していないようです。確認は、出来ていませんが、人の流れから真実だと思われます。ダーリオ殿は、マナベ様が共和国に行くと知っているので積極的に知人から情報を聞き出してくれました。資料としてまとめてあります」
「わかった」
カルラが手にしている資料を受け取る。
スタンビートが発生したいのは、ほぼ間違いは無いようだ。近隣の村や街は大丈夫だけど、街道が封鎖されてしまっている。
「街道の封鎖の理由は?」
「はい。対外的には、『魔物の襲撃があるため』となっています」
「対外的?」
「これも、ダーリオ殿からの情報なのですが、どうやら街道に”盗賊”が大量に発生しているようです」
「盗賊?カルラ。おかしくないか?共和国には、”盗賊”は居ないよな?」
「はい。”いない”ことになっています」
それぐらいのことは理解している。
盗賊に身を落とす者たちが存在している。その場合には、近隣の街に常駐している”軍”が対処を行う。
「そうか、盗賊の対処が難しい状態になっているのだな?」
「はい。魔物のスタンピードが発生して、魔物に対応している最中に、魔物に襲われた村や冒険者たちが、盗賊や山賊になってしまったようです」
「そうか・・・。カルラ。その盗賊や山賊を俺たちが倒しても問題はないよな?」
「はい」
エイダを戦力として加えて考えれば、村人から盗賊や山賊になってしまった者たちなら、討伐はできるだろう。
問題は、冒険者崩れや軍から流れ出た者たちへの対応だろう。1人や2人なら、俺たちの戦力なら対処はできるだろうが、統率された動きをされていたり、数の暴力に襲われたり、集団になってしまった場合には、対処が難しくなる。集団の中に、”アイツら”に匹敵する者たちが居た場合には・・・。カルラやアルバンを守りながら・・・。
「もっと・・・。違うな。このくらいの障害を喰い破らないと、やつらには届かない。カルラ!共和国に向かう。ダンジョンには潜ることは可能か?」
「はい。すでに準備は終わっています。ダンジョンには、調査した段階では制限はされておりません」
「そうか・・・。制限が発動したら、盗賊や山賊を討伐すれば・・・」
「わかりました。アルバンを呼び戻します」
「ん?アルは、ウーレンフートに居ないのか?」
「いえ、ウーレンフートには戻ってきますが・・・」
「あぁ馬車を乗り回しているのか?耐久テストにはなっているだろうが・・・」
「もうしわけありません」
「いいよ。カルラ。先に、地上に出て、アルを捕まえておいてくれ、それから、馬車の確認を頼む」
「わかりました。マナベ様は?」
「ヒューマノイドユニコーンとバイコーンを作ろうと思っている。馬車を牽かせるのに丁度いいだろう?」
「目立ちませんか?」
「目立つのが目的だからな」
「え?」
「盗賊や山賊が、ユニコーンとバイコーンに牽かれた、紋章がない馬車を見たらどう思うだろうな。あっマナベ商会の紋を作ってもいいけど、すぐには登録出来ないよな?」
「すぐの登録は出来ないですし・・・。危険では?」
「御者も、用意したほうがいいな」
「御者?」
「アルとエイダでは、見た目が悪いだろう?盗賊や山賊を誘い出すのには丁度いいが、村に入るときに体裁が悪い」
「あっ・・・。それなら」
「俺やカルラが御者をやって、アルが馬車の中に居たら、今度はアルが落ち着かないぞ?」
「そうですね」
カルラが、地上に戻ってから、執事とメイドも追加で作ることにした。
カルラは、俺が承認した書類を持って地上に戻る。他にも、委任状を書いて持たせた。俺が居ないことで、ホームの運営が止まるのは不本意だ。かなりの黒字になっているので、その資金を使えるようにしておく、その他にも受け入れ体制に関する委任状だ。
カルラが戻ったので、ユニコーンとバイコーンのヒューマノイドを作成する。馬の動きに関するデータは、十分なデータが揃っている。ユニコーンもバイコーンは、属性攻撃ができるように設定しておく、違う属性にした。30階層のボス程度の強さだ。アイツらには抵抗出来ないが、一般の冒険者なら対応は可能だろう。エイダへのリンク設定は必須になる。
エイダを上位者に設定して、人格を設定する。人格は、標準的なヒューマノイドにする。エイダとのリンクがあれば、サポートが受けられるだろう。執事とメイドは、20階層のボスに設定するような戦闘力を持たせる。学習の余地を残しておけば、人とのふれあいで違った学習データが得られるかもしれない。
ユニコーンとバイコーンと執事とメイドが2名。エイダの負荷が上がりすぎる可能性があるな。
通常時は、ダンジョンとのリンクが行われるから、処理は大丈夫だとは思うけど、高性能なノートパソコンを一つ予備に持っていくか?
『はい。マスター』
手伝いをしてくれているヒューマノイドを手招きする。
「高機能の棚から、ノートパソコンを持ってきてくれ、台数は、4台だ」
『かしこまりました』
リンクを切り替えるスクリプトを書いていると、命令を出したヒューマノイドが先頭に2体のヒューマノイドがノートパソコンを持ってきた。
『マスター。どこに置きますか?』
「そうだな。棚に置いておいてくれ」
『かしこまりました』
お!こんな端末が流れていたのか?
ヒューマノイドたちが持ってきた端末の中に、UMPCのサイズながらi7-8500Yを積んだ変態機種だ。これなら、リンク切れ時のエイダのバックアップに使えるだろう。あと、ゲーミングUMPCでi5を積んだ物を持っていこう。俺が使う端末にできるだろう。あとは、ポケコンを魔法の発動用に馬車に組み込もう。
手で、ヒューマノイドに下がってくれと命令を出す。
一礼して部屋から1体を残して出ていく、VX-4に発動できる魔法を組み込んでファンクションに設定していく、基本言語がBASICかCASLだ。BASICからCASL部分の隠し機能を使えばコールができる。優秀なポケコンだ。RS-232Cが使えるのも嬉しい。外部デバイスの利用ができる、実験は必要だが、魔石で代用が可能だろう。
ケーブルの取り回しを考えなくていいのはありがたいが、プログラムからの接続ができるのか確認が必要になる。実際に作ってみなければわからない。
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TRON
---
デバッグのために、トレースを有効にしてから、プログラムを書き始める。
外部に接続した魔石は、アクセス方法で性質が変わるようだ。”0:ファイル名”や”CAS0(F):ファイル名”では、フロッピーやカセットテープだと認識してプログラムがロードされる。ロード時間は、早くはない。詠唱するよりは高速なので、数節の簡単な魔法なら問題にはなりそうにないが、条件を含めた詠唱だと遅く感じてしまう。
RS-232Cでの接続は直接メモリマップに接続できるようだ。接続速度も、9600bpsで問題はない。マシン語での保存が必須になってしまうので、プログラムに慣れは必要だけど、馬車に実装するための物だと割り切れば十分だろう。耐久性を含めてチェックは、出国までに終わらせれば十分だろう。最悪の場合は、俺が結界を展開すればいいだけだ。
移動中にプログラムを修正するための端末の準備も終わった。
予備のVX-4も用意できた。予備の予備として、3台を同じ設定にした。
エイダのバックアップとスクリプトも準備できた。スクリプトはエイダに設定してから試せばいいだろう。
ヒューマノイドたちの接続は、今はダンジョンになっているが、それをエイダにしてから人格を設定すればいい。インストール用のスクリプトも作った。
スクリプトとプログラムの確認をしていると、ヒューマノイドが近づいてきた。
『マスター。準備が出来たそうです』
「わかった。俺が地上に戻ってからの指示は端末を通して行う」
『かしこまりました』
ヒューマノイドたちが俺に頭を下げる。
しばらくは、戻ってこられない。そのために、外部から指示を送れるようなUIを作成した。
さて、最後の仕組みを起動する。
「パスカル!」
「パスカル!」
眠っていたヒューマノイドを起動する。
エイダのAIを解析して俺が作り直した、ヒューマノイドだ。異世界に転生する前の自分に似せたヒューマノイドだ。ダンジョンにいる全てのヒューマノイドの上位者になるように設定している。
『はい。マスター』
「パスカル。念話ではなく、声が出せるだろう?」
「はい。マスター」
「よし、皆」
近くに居たヒューマノイドやオペレーションを行っていたヒューマノイドが、俺とパスカルの前に集まってくる。
「パスカルだ。俺が居ない時に、指示を出す」
パスカルが、一歩前に出て、ヒューマノイドたちを見回してから、頭を下げる。
「パスカルです。皆さんのことは、マスターから情報を頂いています。マスターの大事な場所です。しっかりと守ります」
パスカルが、ヒューマノイドたちに向って宣言をしてから、俺を見て頭を下げる。
AIの初期設定は上手くできたようだな。流石に、Pascal でAIの構築は行わなかったけど、Pascalは、PascalでPascalコンパイラが書けるだけあって自由度が高い。ALGOLの良いところを継承しているのが、今更ながら感心させられる。パスカルのUI部分は、Pascalを使って書けるDelphiを使ったが、IDEもしっかりしているし良い言語だけど・・・。
「どうかされましたか?」
「いや、大丈夫だ。パスカル。ダンジョンを頼む。無駄にダンジョンアタックを難しくする必要はないが、守ってやる必要もない」
「心得ております」
「任せた」
パスカルと、ヒューマノイドたちが片膝をついて俺に忠誠を示す。忠誠云々はよくわからないが、俺に従ってくれているのは素直に嬉しい。家族とは少しだけ違うが、仲間ができたように思えてくる。
”びぃーびぃー”
ちょっと間抜けなBEEP音がした。ディスプレイには、カルラが映し出される。
地上での調整が終わって戻ってきたのだろう。
出発には、まだ数日は必要になるだろう。パスカルに、数日で運営に問題が出ないか確認してもらう。問題が出た時の連絡方法も合わせて確認する。パスカルに、命令として伝えるのを忘れない。管制室から出て、カルラが待っている部屋に移動する。
「マナベ様」
「待たせた」
「いえ・・・。しかし・・・」
「あぁパスカルだ。ウーレンーフートのダンジョンを担当するヒューマノイドだ。エイダを連れ出すから、変わりが必要だろう」
「あっ」
カルラも、俺の意図を汲み取ってくれたようだ。
「マスター」
「あぁパスカルは、戻ってくれ」
「はい」
パスカルが、俺とカルラに頭を下げてから、管制室に戻る。
「カルラ。執事とメイドのヒューマノイドだ。あと、馬としてユニコーンとバイコーンを用意した。念話が使えるはずだから、細かい指示が伝えられる」
「え?」
「なにか、問題になりそうか?」
「あっいえ・・・。ただ」
「あぁクリスや皇太孫か?」
「はい。欲しがると思うか?」
「ユニコーンとバイコーンは確実に所望すると思います。あと・・・」
カルラが言いかけたが、貴族や豪商の連中だろう。俺の設計した馬車でさえ欲しがったようだ。確実にユニコーンとバイコーンを欲しがるだろう。
「うーん。面倒だな。そうだ!」
「・・・」
「ダンジョン内でテイムをしたことに、しようと思っている。確か、ユニコーンとバイコーンは、50階層くらいで出てきたよな?ボスを倒したら、テイムができたことにしよう」
「ふぅ・・・。そうですね。しかし、ボスを倒したら、テイムができるのですか?」
「ん?無理だぞ?でも、『パスカル!』」
『はい。マスター』
『25階層に、隠しボスの部屋を作って、ユニコーンとバイコーンを待機させろ』
『はっ。しかし、25階層は、草原ではありませんが?』
『今は、森だったか?』
『はい。昆魔虫たちの楽園です』
『そうか、いいよ。隠し部屋を作って、草原フィールドを設置しろ』
『かしこまりました』
念話を切って、カルラに流れを伝えた。
「マナベ様。なぜ、25階層なのですか?」
「ん?馬鹿な貴族や、強欲な商人とかが、アタックをしてくれるだろう?」
「は?」
「パスカルたちのいい訓練になると思わないか?」
「・・・」
「カルラ。ホームと協力的な者たちには、”非推奨”を徹底するように伝えてくれ、25階層だが50階層相当の実力がないと突破は難しいとだけ伝えればいい」
「かしこまりました。マナベ様。準備がよろしければ、地上に戻りますか?」
「そうだな。カルラが迎えに来てくれたことだし、久しぶりに地上に戻るか」
「はい!」
カルラが先を歩いて、俺が続く、執事とメイドが俺の後ろに続いている。
地上に戻ると、アルバンとエイダが待っていた。
「兄ちゃん!」
「アル。馬車はどうだ?」
「うん。すごくいいよ。あっ!今は、車輪が壊れたから、修理を頼んでいる」
「そうか、車輪が壊れた?」
「うーん。おっちゃんは、”車軸が歪んでいる”とか言っていた」
「そうか、ホーム内か?それとも」
「鍛冶の村!」
「わかった。アル。案内を頼む」
「うん!」
アルに案内されて、鍛冶の村に向かった。
以前は、抜け穴を使って、村に向っていた。だが、今ではしっかりとした門が作られている。
鍛冶の村に入ると、熱気と一緒に鍛冶仕事の音が聞こえてくる。入り口には遮音の結界を展開している。
「兄ちゃん。ここだよ」
「おぉ」
村で一番と言っていいほどの大きさの鍛冶場だ。
「おっちゃん!馬車は直った?」
「おぉアル防。直っているぞ・・・」
「おっちゃん。兄ちゃんは、マナベ様だよ?」
「え・・・。えぇぇぇ。マナベ様?本当なのか?」
おっちゃんと呼ばれた男性は、持っていた槌を落として驚いていた。設計図を書いたのが俺だとは知っていても、若いとは思っていなかったようだ。ホームの主だとは聞いていたが、俺には会っていなかった。
馬車を設計通りに製作した親方は、アルが乗り回して破損した修理箇所や内容の説明を丁寧にしてくれた。
破損箇所の話を聞いて、親方や職人たちと、負荷がかかった場所を特定した。特定ができたら、改良方法を考えることになった。この馬車は一点物になるのが確定しているので、素材に妥協する必要がない。ダンジョンの下層でのみ、入手が可能な素材を使うことにした。特に、負荷がかかる車輪や車軸を強化した。他にも、馬を繋ぐ部分を強化する。アルが繋いだ馬は、ホームが保持していた一般的な馬だったが、実際にはユニコーンとバイコーンになる。親方の提案を受けて、力がかかる部分の補強を行う。
「マナベ様。すべての補修と改良を行うには、4日・・・。いや、3日程度の時間を頂きたい」
「5日の時間と、素材を預けます。いいものをお願いします」
「もちろんです。3日で直して、試運転を行って、調整を行います」
「それでは、5日後にまた来ます」
親方に素材を預けた。
「兄ちゃん?」
「アル。先に、ホームに戻って、今から5日間の寝床の確保を頼む。カルラ」
「わかった」「はい」
アルは、命令を聞いてホームに向って駆け出した。
「悪いけど、アイツらに、書状を頼む」
「かしこまりました。3日で届けてきます。それで書状は?」
「ホームで書く」
「?」
「辺境伯領から、共和国に抜けることになるだろう?」
「わかりました。ですが、すでに手配は終わっています」
「ん?」
「共和国との国境には話が通っています。並ぶ必要はありますが、マナベ商会の名前で通過できます」
「お!ありがとう。それなら、久しぶりに、ホームでゆっくりとするか?」
「はい。・・・。しかし、ゆっくりは難しいと、愚考します」
「難しい?」
「はい。アルバンが、ホームに戻って、マナベ様が5日間といえ、ホームに居ると解ると・・・」
しまった!
忘れていた。いろいろな奴らが、手薬練を引いて待っている可能性まで考えなかった。
「・・・。もう、ダメだよな?」
「はい。諦めてください」
ホームに戻ると、カルラの予想が当たっていた。書類仕事がなかっただけは良かったが、慰めにもならなかった。模擬戦と、ホームに関しての会議を交互に繰り返した。これなら、黙って最下層に戻ればよかった。
皆が俺を頼りにしてくれると考えて、5日間を過ごした。
馬車は、試運転のときにカルラとアルとエイダにユニコーンとバイコーンを渡した。サイズは伝えてあったが、調整が必要になってしまった。引っ張る力が親方たちの想像を遥かに超えていたこともあり、更に強化をしなければならなかった。
結局、馬車を受け取ったのは、更に10日の時間が必要だった。
10日の間に、共和国の情勢も解ってきた。情勢は、悪い方向に傾いているようだ。
地球に居た時になら、渡航禁止命令が出るくらいになっている。実際に、単独の行商などは、共和国を避けて、辺境伯領に留まる選択をする者も増えてきているようだ。
「兄ちゃん!」
御者台に座っているアルが、中につながる窓を開けて、俺を呼んでいる。
結局、人が居ない場所では、アルとエイダが御者台に座っている。執事とメイドは、---それぞれ”クォート”と”シャープ”と名前を与えた---俺の世話をすることになった。特に、クォートは執事なので、俺が”成そうとしている”内容を説明した。基礎知識は十分ある上に、ダンジョンと繋がっているために、情報の集約をしながら日々”感情”を学んでいる。学んでいるのは、”シャープ”も同じなのだが、シャープはカルラからメイドの振る舞いを学んでから、感情を学ぶことに決まった。
「どうした?」
アルの慌てた声だったが、移動している時に何度も聞いてしまって、俺もカルラもクォートもシャープも慣れてしまっている。
緊急事態の時だけ呼びかけろと言っていたけど・・・。道中で自分が知りたいことがあると、俺を呼び出す状況を変えられなかった。別に、困らないから放置したのが悪かったかもしれないが、俺も変わった物が見られるので面白かった。問題は・・・。カルラの機嫌が少しだけ悪くなって、アルだけではなく俺にも辛辣なセリフをぶつける頻度が上がることが問題と言えば問題かもしれない。
「国境が見えてきた」
今回は、重大な内容だ。
アルが御者台に座るのは、国境が見えるまでと約束している。ユニコーンやバイコーンとの連携なら、エイダが居れば困らないが、それでもクォートが担当した方が自然に見える。
「そうか、クォート。アルと変わってくれ、アル!」
「わかった!」
馬車を止めて、アルが御者台から馬車の中に入ってくる。変わりに、執事のクォートが御者台に座る。
「旦那様」
「出してくれ」
「かしこまりました」
エイダも、アルに抱きかかえられて、馬車の中に入ってきた。
『マスター』
「どうした?」
念話に、普通に言葉で返す。
『このまま進むと、国境近くで暗くなってしまいます』
「そうだな」
『よろしいのですか?』
「クォートとユニコーンとバイコーンには、暗い場所でもよく見えるような仕組みを組み込んである」
『夜の移動を?』
「国境を越えてからは、なるべく暗い間に、国境から離れておこうと考えている」
「マナベ様。夜に移動するのは・・・」
カルラが、俺とエイダの話に割り込んできた。カルラが言っているのは正しいだろう。夜に移動する物好きは少ない。
「カルラ。気がついているのだろう?」
「はい。しかし、国境を越えれば、諦めるのではないでしょうか?」
「そうか?俺は、国境を越えたら襲ってくると思っている」
「え?」
「アイツら、俺のことが解っている様子だからな」
「・・・。はい」
「だよな・・・。どっから漏れたのかは、クリスに調べてもらうとして・・・」
「それなら、国境を越えてから、始末しますか?」
「できそうか?」
「素人とは言いませんが、訓練を受けた者ではないと思います」
カルラの言葉だと余裕だと受け取れる。
クォートとシャープの能力を把握する上でも、ちょうどいい相手かもしれない。
「クリスに渡すのなら、国境を超える前に捕らえたいな」
「それなら、国境前で野営をして、襲ってもらいましょうか?」
「襲ってくるか?」
「わかりませんが、国境前で捉えるのなら、襲わせた方が”楽”だと思います」
「そうだな。戦闘力で言うと、アルとエイダが、馬車の中に残っていれば大丈夫だろう?」
「そこは、旦那様も残るべきかと・・・」
「素人に毛が生えた程度の奴らを送り出す程度だぞ?俺の戦闘力を知らないと考えてもいいと思うぞ?」
エイダを交えて、打ち合わせをした結果。
俺は馬車の中で休んでいる”風”にする。外には、カルラとシャープが出て、火の見張りをすることに決まった。相手の様子から、カルラだけでも無力化できるとは思うが、シャープの戦闘力を確認するために、盗賊もどきを捉える役目はシャープが行うことになった。
馬車を止める場所は、不自然な場所では、こちらの意図を見抜く可能性があるために、国境からは距離があり、休んでも不自然に思われない場所にする。注文が難しいが、一箇所だけふさわしい場所がある。
国境までの道から少しだけ外れるが、野営に適した場所があった。川の近くで、周りに木々もなく見晴らしが良くなっている場所だ。
「旦那様」
「クォート。ありがとう。今日は、もう休んでくれ、俺も休む。最初の見張りは、カルラとシャープに頼む」
芝居がかった、大きめの声で指示を出す。
馬車をしっかりと停留した。ユニコーンとバイコーンは、川の近くに簡易的な柵を作って、休ませている。水と餌を与えて、寝るように指示を出している。ヒューマノイドタイプと同じなので、食事や水分補給は必要ないが、カモフラージュのためだ。
「アル」
「なに?兄ちゃん?」
「アルは、俺と最後の見張りだから、先に寝てくれ」
「兄ちゃんは?」
「俺は、日課の訓練をしてから寝る」
「わかった。カルラ姉ちゃん。シャープさん。先に寝るね」
アルも芝居だと解っていて、わざと普段以上の声を出しているが、少しだけ棒読みに聞こえてしまうのはしょうがないのかも知れない。カルラからの説明で、襲ってくる連中の力量は共有している。アル1人でも過剰な戦力かもしれない。エイダでは無理だけど、ユニコーンかバイコーンに相手をさせても、”殺す”前提なら対処は可能だろう。今回は、背後関係を調べる必要があるために、シャープに対処を行わせる。殺してしまいそうなら、カルラが参戦する。
カルラの探知では、全部で9人だと言われた。俺の結果と同じなので、9人で間違いは無いだろう。
俺たちが、休憩するために脇道に入ったら、慌てて後を追ってきたので、狙いは俺たちで間違いは無いだろう。
賊は、左右に4人ずつに分かれて、中央に1人が残っている。
『カルラ。どうする?』
スキルで、カルラに話しかける。所謂、念話だ。
『マナベ様。全員を捕らえる必要はないと思います』
『旦那様。私も、カルラ様と同意見です』
クォートが話に加わる。クォートは、ノートパソコンをプロキシにして、ダンジョンに繋がっている。パスカルに権限を渡しているので、パスカルが調整を行っている。与えた情報から、最適解を導き出すだけなら、クォートたちに任せたほうが良いかも知れない。
『そうだな。中央の1人は確保したい。左右に展開しているのは、どちらか一方だけは必ず確保してくれ』
俺の判断を聞いて皆が了承を伝えてくる。
作戦は簡単にした。野営地の火を故意に消したのを合図に作戦を開始する。
ユニコーンとバイコーンで、近くに居る4人を捕縛してみる。無理そうなら、殺してしまえばいい。特に、ユニコーンとバイコーンが居る方に居る4人は、力量が1段落ちる。もしかしたら、ユニコーンとバイコーンを狙っているのかも知れない。
カルラが、中央に居る人物を捕らえる。力量を考えても難しくはない。
残りの4人を、シャープが捕らえる。シャープだけで難しい場合は、カルラが援護をするが、タイミングが難しい場合には、クォートがシャープを手伝うことが決定した。
俺とアルとエイダは、馬車の中だが9人以外にも襲撃者が居た場合には対処を行う。馬車の周りに開発した結界を張って、賊の侵入を防ぐ役割もある。襲撃をされている最中に、ダンジョンとの接続が可能なのか、実地でのデータ取りが主な役目だ。エイダに助手を頼みながら、シャープとユニコーンとバイコーンの戦闘データをダンジョンにリアルタイムで送って、パスカルに解析させるつもりだ。
『準備はいいか?』
皆が返事をする。少しだけ遅れて、パスカルからも返事があった。
パスカルの戦闘データ解析の準備ができたら、確保を開始する。
俺が、皆に念話で伝えて、パスカルからの”OK”を受けて、俺が信号弾を展開する。
『GO。賊を確保しろ!』
俺の合図で、シャープが賊に向かう。カルラは、距離を考えて、一拍の空白を入れてから、指揮官らしき者に向かう。
ユニコーンとバイコーンは、柵を乗り越えて、賊を挟むような位置に移動していた。
戦闘が始まると思ったが・・・。
確かに、戦闘が始まったが、すぐに終わった。
シャープは、4人を瞬殺している。命令通りに、殺してはいない。ユニコーンとパイコーンも、左右からスキルを発動して無力化に成功している。
カルラは、正面から近づいていきなり加速して、背後に回って、首筋を痛打して終わりだ。
戦力的に、過剰だったようだ。シャープだけでも大丈夫だったかもしれないが、逃げられたり、誰かが傷ついたり、賊たちを殺してしまうよりはいいだろう。3箇所を同時に攻略しなければならなかったのだが、しょうがないと考えておこう。
「カルラ!」
「旦那様。尋問をされますか?」
俺が尋問をしても、情報をうまく抜き出せる気がしない。
「カルラに任せる」
「かしこまりました」
カルラは、少しだけ口の端を上げて、頭を下げる。
諜報活動の部隊に属していて、情報の扱いには慣れているだろう。
「旦那様」
「クォートか?どうした?」
執事のクォートが俺の前に出てきて頭を下げる。
「私に、カルラ様の尋問を見学する機会をください」
クォートからの提案は、学習の機会を得るだけではなく、ダンジョンに残っている者たちが”尋問”の内容を把握できる。学習よりも、情報が共有される状況にメリットを感じる。ダンジョンの管理をしているパスカルが、尋問の内容を把握して、類似した情報を検索できる可能性が出てくる。ビッグデータの処理は、ダンジョンが最も得意とする分野だ。
「カルラ。クォートと一緒に尋問して問題はないか?」
「ありません」
「そうか、カルラ。クォート。捕虜の尋問を頼む。もし・・・。いや、いい」
尋問で、”あの方”に関する情報が出てきたら?俺は、我慢できるのか不安になる。エヴァとの約束がある・・・。
「マナベ様?」
「すまん。カルラ。解ったことを、報告してくれ、取捨選択も任せる」
「よろしいのですか?」
「あぁ」
俺が情報に直接触れるのは避けよう。まだ、その時ではない。俺が、戦って”勝てる”ようにならなければ、奴らと・・・。あいつと対峙してはダメだ。俺だけなら、天秤の反対側に乗っても問題はない・・・。俺の命だけなら・・・。今、俺がやられると、奴らは・・・。エヴァを、ユリウスを、カールを狙う可能性がある。あいつの目的がわからないが、奴らは俺の敵だ。俺が確実に仕留められるまで・・・。それまでは・・・。
「旦那様」
「・・・。なんだ?」
「情報は、パスカルと共有してよろしいのでしょうか?」
「尋問した内容や、尋問の方法は、パスカルたちと共有してくれ、エイダやシャープとの共有も許可する」
「はっ」
カウラが先に歩きだして、クォートが後に続いた。
襲撃者は、ユニコーンとパイコーンが見張っている。
「兄ちゃん!」「マスター」
アルバンとエイダが、戦闘が終わったと判断して、馬車から降りてきた。
「どうした?」
「今度は、オイラも!」
「うーん」
多分、捕らえた連中なら、アルバンでも相手にできた可能性がある。殺さずに捕らえられたのかは微妙なラインだが、十分に対応はできただろう。次も、同じだとは・・・。
「兄ちゃん!おいらも戦える!」
「そうだな。俺の指示に従う。そして、ユニコーンかバイコーンに乗って戦闘に参加するのなら・・・」
「うん!うん!」
アルバンが納得しているけど、いいのか?
ダメなら、カルラが止めるか?
カルラたちが向かった場所から、剣呑な声が聞こえるが、気にしないことにする。
「旦那様。お食事の準備をいたしましょうか?」
「そうだな。カルラたちは、少しだけ時間が必要だろうから、軽く食べられる物を頼む。アル!」
「何?」
「エイダと協力して、湯浴みができる場所の確保を頼む。川の水を使ってもいいし、魔道具を使ってもいいぞ」
「わかった!」
アルバンが、エイダを連れて、河原に向かった。
「良かったのですか?」
シャープが俺の意図を把握してなのか、疑問を呈した。
「そうだな。大丈夫だろう。このまま、この場所に留まるよりはいいだろう。エイダは、クォートと繋がって情報共有をしているだろうから、解っているのだろうけど、アルに聞かせる必要はない」
「出過ぎた真似を、お許しください」
シャープは、俺がアルバンに尋問を探らせないようにしたと理解したのだ。アルバンの情報は共有されて知っているのだろう。アルバンは、カルラと同じだから、尋問の心得があるかもしれない。でも、無理にやる必要は無いだろう。
シャープは、俺に向って頭をさげるが、謝罪されるようなことではない。
「いいよ。それよりも、食事の準備を頼む」
「かしこまりました。ホットサンドでよろしいでしょうか?」
「あぁそうか、情報が共有されているのだな」
「はい。旦那様がよく食べていらっしゃったものです」
「本格的な食事は、後になりそうだからな。ホットサンドを、2つ作ってくれ、一つはアルに持っていってくれ」
「かしこまりました」
シャープが馬車に向かった。
俺は、一人になって、腰を降ろした。
空には、星空が・・・。そうか、夜目が効くから気にしなかったけど、これほど暗くなっていたのか・・・。空を見上げても、知っている星座はない。もう、何度も、何度も、探してきた。星空は、よく見ていた。しかし、よく見ていた星空ではない。
「旦那様」
シャープが、近くに来て居た。
ホットサンドを持ってきてくれたようだ。
「アルには?」
「エイダが取りに来ましたので、持たせました」
「ありがとう」
立ち上がると、シャープが俺に魔法を発動した。汚れを落としてくれるようだ。自分でやろうかと思ったが、シャープに任せるほうがいいだろう。経験を積ませないと、これからのメイドとしての役割に支障が出てしまう。時期が来たら、エヴァだけではなく、他の者にも、ヒューマノイド・メイドを紹介して連れて行ってもらおう。情報共有が楽にできるようになる。そのためには、いろいろと説明しなければならないこともあるが、ユリウスたちから説明してもらえばいいだろう。問題になりそうな者には、すでに情報は渡している。
シャープが持ってきたホットサンドをかじると、チーズが出てくる。
チーズをもっと簡単に食べられるようにしたい。そのためには、畜産は必須だ。ユリウスが治世を担うまでに、もっともっと楽ができるようにしたい。面白い施設が手に入ったからには、あの施設に籠もって・・・。いろいろと作っていたい。魔法のプログラムも面白い。新しい魔法を開発できて、魔道具に落とし込めれば、もっと豊かになる。
そのためにも、あいつらを・・・。
「マスター」
エイダが、俺の足元に来てきた。
「どうした?アルに何かあったのか?」
辺りを見ると、シャープも居ない。
「いえ、湯浴みの場所ですが、お湯が湧いている場所が見つかりまして・・・」
「温泉か?」
「はい。シャープが、泉質を確認しております」
「そうか・・・。温泉か・・・」
「どうされますか?」
「問題がなければ、入るぞ」
「そう言われると思いまして、”湯浴み”ではなく、湯につかれる場所を作成しました」
「それは重畳」
「はっ。目隠しなどは、ありませんが・・・」
「カルラが入るのなら、馬車で目隠しをすればいいだろう?」
「はい」
エイダが、ちょこんと頭を下げて、馬車の方に向かっていく、尋問を行っていた場所から帰ってきた、ユニコーンとバイコーンになにやら指示を出している。エイダに全権を与えているから、ヒューマノイドタイプの制御は任せて大丈夫だろう。
気配を探ってみると、尋問はまだ続いている。
死んでいる者はいないようだ。俺たちを狙っていたのは間違いないが、どこから俺たちの情報が流れて、どういった情報だったのか気になる。
うまく、情報を抜き出してくれるだろう。パスカルたちからの情報も俺が見られるようにしておいたほうが良いかも知れない。膨大なログを見る気はないが、検索ができる状態にはしておこう・・・。
泉質の調査が終わったシャープが俺を迎えに来ている。
いろいろ考えなければならないが・・・。今は、アルとエイダが見つけてくれた、温泉を堪能しよう。
「マナベ様」
「カルラ。これからは、”旦那様”と呼んでくれ、共和国では、ライムバッハ家は名乗らない。商家の人間だと振る舞う。マナベ商会の旦那として活動する。お前は、商会の人間として振る舞ってくれ」
「・・・。かしこまりました。旦那様」
共和国に入る前に、確認しなければならないこともあるし、さっさと襲撃者の情報を共有しておくか・・・。
「襲撃者は?」
「尋問をしましたが・・・」
「どうした?」
カルラが、拷問(尋問)して聞き出した情報は、俺たちが考えた想定とは大きく食い違っていた。
「それじゃ、襲撃者たちは、公爵領の村々から逃げ出してきた者たちなのか?」
「はい」
「どこの公爵か聞かないけど・・・」
「旦那様の想像している公爵で間違いないです」
「はぁ・・・。それで?なんで、その公爵とは敵対している領で”賊”なんてやっている」
「それが・・・」
頭が痛くなった。
最初は、公爵領や公爵に関係する貴族だと思われていた者たちを襲っていたのだが、規模が大きくなり、公爵や公爵に関係するものだけでは、逃げ出した者たちを養えなくなった。その時点で、”賊”を解散して各地に散らばればよかったのだが、”賊”で楽に稼げると考えた一部の者たちが、暴走して、一緒に逃げ出した者たちを襲った。
襲って逃げ出してきた者たちが、俺たちを襲った一部だ。
「奴らが根城にしているのは?」
「街道から少しだけ離れた場所にある洞窟のようです」
「どうしたらいいと思う?」
「殲滅は簡単だとは思いますが、旦那様が行う必要はないと考えます」
「そうか?」
「はい。目立ちますし・・・」
「そうだな。クォート!」
「はっ」
「カルラと二人で、近くの町まで、そこで唸っている奴らを連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
「カルラ。クリスの手の者が居るのだろう?引き渡せばいいよな?」
「・・・。はい。しかし・・・」
「なんだ?」
「いえ、旦那様のご指示に従います」
「悪いな。クリスとユリウスには、俺のわがままだと伝えてくれ」
「はい。かしこまりました」
カルラが、クォートを連れて、尋問していた者たちを放置している場所に移動した。
これで、後ろから来ている者たちに、野盗たちの討伐を頼むことができる。放置は愚策だ。クリスとユリウスなら、公爵領から来ている奴らを利用するか、何らかの妥協点を見つけてくれるだろう。
「エイダ!」
馬車に残っているエイダを呼び出す。エイダを呼んだはずなのに、アルバンも一緒に着いてきた。正確に言うと、アルバンがエイダを抱えて走ってきた。
「兄ちゃん!」
「アル。今は、エイダに話しをしておきたい」
「うん!」
どうやら、アルバンはエイダと一心同体のつもりのようだ。離すつもりがない。
「はぁ・・・。まぁいいか、エイダ。カルラたちが、賊を引き渡しに行った。多分、半日か1日くらいで戻ってくるとは思うけど、その間はこの場所で野営をする」
『かしこまりました』
「その間に、結界の維持してほしい。処理が追い付かなければ、パスカルに繋いで、ダンジョンに処理の一部を委託してくれ」
『わかりました。結界は、どのような物にしますか?』
「認識阻害は必要ない。物理と魔法攻撃の排除。それから、俺たちと、カルラとクォート以外の排除で頼む」
『認証の処理を、パスカルに任せます』
「わかった。接続の許可を出しておく」
『ありがとうございます。範囲は?』
「そうだな。処理の負担にならない程度で、馬車を覆うくらいで大丈夫だ」
『かしこまりました』
「アル。エイダと一緒に馬車に戻っていてくれ、俺も辺りを見回ったら一眠りする」
「わかった!」
結界の範囲を決めたが、周りに何があるのかは把握しておきたい。
シャープを連れて、100メートル程度の距離を探索した。魔法で探索して、気になった物があれば、確認をした。2時間くらいで辺りの探索が終わった。
「シャープ。俺は、休ませてもらう」
「かしこまりました」
「シャープも適当なタイミングで休んでくれ」
「はい」
ヒューマノイドなので、睡眠は必要ない。夜目も利くので、見張りとしては最高なのだが、メイド姿の女性が一人で見張りをしているのはシュールに見えてしまう。それなら、誰も見張りが居ない状況の方が見栄えがいい。理由は、それだけではないが、シャープにも早々に引っ込んでもらう。どうせ、異常な物が近づいたら、ユニコーンとバイコーンの警戒網に引っかかるし、賊を倒した手際から、二頭で見張りをしていれば、この辺りで確認されている魔物や獣なら対応は可能だ。結界もあるし、安心して寝られる。
惰眠を貪るように寝てしまった。
「旦那様」
「ん?シャープか?」
「はい。朝のご用意ができています」
「あぁありがとう」
馬車から降りると、そこに・・・。
「なぁアル。俺の目がおかしいのか?」
「兄ちゃん。おいらは、きっと幻覚のスキルを使われたと・・・」
エイダとシャープは、何事もないように振る舞っているが、明らかに異物が馬車の横に積み上がっている。
「なぁアル。俺たちが見ているのは、幻なのか?」
「兄ちゃん。諦めて確認しよう」
そうだな。現実逃避をしていても意味がない。
「シャープ!」
「はい。旦那様」
「馬車の横に積み上がっている、魔物や獣はなんだ?襲ってきたのか?」
「いえ・・・。ユニコーンとバイコーンが競って・・・」
よく見ると、魔物や獣には、何かで刺したような後がある。魔法を使わずに、身体能力だけで倒してきたのか?
「二頭は、”なんで”こんなことをしたのだ?」
「はい。旦那様がお休みになっているときに、狼の遠吠えが聞こえて、旦那様の睡眠を邪魔されると考えて、討伐しました」
「ん?狼?それだけではないよな?」
「すでに、解体処理を行って保管庫に入れてあります。肉は、食用になりませんでしたので、焼却処分にしました」
「そうか・・・。狼以外の物は?」
「狼を討伐したことで、血の匂いに誘われて、やってきた魔物たちです。その魔物たちに追われるように、猪や鹿なども現れました」
よくわからないが、ユニコーンとバイコーンが、俺たちのために討伐してきたようだ。
結果はともかく、指示されないことでも、俺たちのことを考えて行動を開始したのは嬉しい。
「シャープ。エイダ」
「はい」『はい』
「これから、野営するときに、二頭には結界を攻撃されたときにだけ反撃するようにさせてくれ」
「かしこまりました」『わかりました』
今後の対応は、クォートが帰ってきてから考えればいい。
「アル」
「えぇ・・・。解体するの?」
「そうだな。どうせ、カルラとクォートが帰ってくるまで暇だからな。食料も手に入るし、交易品も手に入るし、丁度いいだろう?」
「わかった」
俺とアルバンで魔物を解体して、シャープに食肉の加工を頼んだ。
川遊びなどの休憩を挟みながら、山と積まれていた、魔物と獣を解体していった。
夕方になって、日が傾き始めた時間になって、カルラとクォートが戻ってきた。
二人は、それほど疲労はしていなかったが、俺とアルバンの疲労がマックスな状態だった。
ここで夜を明かして、翌日に報告を聞きながら、国境を目指すことに決まった。
その前に、カルラとクォートには、昨晩のユニコーンとバイコーンの活躍をシャープから説明させた。次からの対応を説明して、皆が納得した所で、俺とアルバンは先に休むことになった。
「旦那様。朝のご用意ができています」
「ありがとう。荷物の整理は終わった?」
魔物の素材や加工した食肉は、クォートとシャープで整理してもらった。数が多いこともあり、売るものでも小出しにしたほうが良いだろうとカルラが判断した。そこで、箱詰めして、馬車内に置いておくものと、隠しておくものに分けることに決まった。
仕分けを、行ってもらっていた。
「終了しております。隠しておくものは、馬車の格納ボックスに入れてあります」
「わかった」
「旦那様」
馬車から降りると、カルラが俺の所に来て跪く。
「報告は、出発してからでいいよな?」
「はい。緊急の事案はありません」
「ありがとう。食事して、身綺麗にしたら出発しよう」
皆(アルバンを除く)の返事が綺麗に揃う。ユニコーンとバイコーンの鳴き声までも揃っているのは出来すぎだと思う。
馬車は、クォートが御者台に座って、アルバンとエイダが座る。
実質的には、エイダが御者台から、ユニコーンとバイコーンに指示を出している。
御者台から、俺に声がかかる。
「旦那様」
「何かあったのか?」
「いえ、ユニコーンとバイコーンに、幻惑のスキルを使用させてよろしいでしょうか?」
「え?いつ、そんなスキルを?」
「先程、確認いたしました」
「ほぉ・・・」
ユニコーンとバイコーンを見ると、スキルが増えている。
ヒューマノイドタイプでも戦闘を行うと、スキルが芽生えるのは大きな収穫だな。エイダは特殊な産まれだから、スキルが増えると思っていたけど、ヒューマノイドタイプでもスキルが芽生えるのは、戦力を考えれば有意義なことだ。
「わかった。クォート。ユニコーンとバイコーンを竜馬に見えるようにしろ」
「竜馬ですか?一般的ではないと思いますが?」
「バトルホースくらいだと、餌にならないだろう?竜馬なら、豪商が使っている馬車だと勘違いさせられるだろう?ユニコーンやバイコーンには劣るが、珍しい部類だろう?」
「かしこまりました」
クォートやシャープたちもスキルが芽生える可能性がある。パスカルも、ダンジョンに残っている者達も、戦闘訓練を行わせたほうが良いかも知れない。最下層まで降りてくる者が居るとは思えないが、無駄にはならないだろう。
「エイダ」
『はい』
「ダンジョンに残っている者たちに、戦闘訓練を行わせてくれ、内容は、パスカルと相談。スキルが芽生えたら同じようにやってみて、同じスキルが芽生えるか、確認して欲しい」
『かしこまりました』
クォートもシャープも、今の話を聞いているだろう。
馬車の中に居るシャープを見ると、頷いているので、戦闘訓練を行うのには承諾してくれているのだろう。エイダに指示を出しておけばいいだろう。シャープだけが戦闘訓練を行うとは思えない。クォートも一緒に行うだろう。
「さて、カルラ。報告を聞こう」
「はい。旦那様。生きていた賊たちを、渡して来ました。」
”生きていた”は、気になるけど、スルーしておいたほうがいいだろう。
「それで?」
「賊たちが根城にしている場所が、3箇所確認されましたので、3箇所の殲滅を行うように指示を出しました」
「3箇所?捕らえた者たちは、3箇所も言っていなかったな?」
「はい。賊の搬送中に、別の賊に襲われまして、事情を聞いた所・・・」
拷問でもしたのだろう。そうか、新しく襲ってきた者たちは、カルラとクォートだけだと、殺さないのは難しかったのだな。
事情を聞いたなんて優しい方法で、隠していた本拠地を話すはずがない。
「そうか、人数は?」
「多くても、50名程度だと予測しています」
「はっきりしないのだな?」
「もうしわけありません。賊も人数を把握していませんでした」
「そうか・・・。ん?それなら、襲撃方法は、どうやって決めていた?」
「それは・・・」
「どうした?」
「リーダーが居たようです」
「”居た”?」
「はい。数日前に、共和国に行って戻ってきていないようです」
「そうか・・・。まぁ一人では何も出来ないだろう」
「はい。サポート役、二人を連れているようですが、3名だけが残っても意味はあまり無いと考えます」
「わかった。それで?クリスは、殲滅を考えているのか?」
「わかりません」
「・・・」
「殲滅するように、進言しました」
「わかった。カルラ。ありがとう」
「捕らえた者は、ライムバッハ領で使うと思われますが、良いのでしょうか?」
「クリスとユリウスが使うと言うのなら、いいと思うぞ?奴隷にでもするのか?」
「奴隷にはするようですが、借金奴隷で、村を作るようです。実験的に、ダンジョンで採取された作物を作るようです」
「そうか、二人ならうまく使うだろう」
カルラは、承諾するように頷くに止めた。
今は、俺が直接的な雇い主になるのだが、クリスに恩義を感じているのだろう。王家への忠誠心も高く保たれている。俺が、二人に敵対しないことを確認しているように感じる。
俺は、二人に探られて痛い腹はない。ダンジョンの話も、魔法プログラムの話もして良いと思っている。教えて欲しいと言われたら(面倒なので)拒否するが、覚えたいのなら、イヴァンタール博士が残した書籍を渡すくらいのことはする。わからない所を、質問してくる位なら答えるが、”全部を教えて欲しい”や”部下を使えるようにして欲しい”なら断るだろう。俺がやるべきことを終えて、暇を持て余していたら考えるかもしれない程度だ。
「旦那様。街道に出ます。馬車の速度を落とします」
御者台に座っているクォートからの報告だ。
思った以上に早かった。
「街道に出たら、一度、停めてくれ」
「かしこまりました」
街道に出たようだ。
馬車が停まったことを確認して、外に出る。周りを調べるが、追っている者や監視している者は、確認出来ない。
「クォート。速度は、落とし気味で走る必要はない。見られても、”竜馬が牽いている”と思わせる程度なら問題はないだろう」
「かしこまりました」
「頼む。アル!」
「何?兄ちゃん?」
御者台から、エイダを連れて降りてきた。
「アル。馬車の中に入ってくれ、代わりにカルラが御者台に座ってくれ」
「わかった」「かしこまりました」
「カルラ。索敵を頼む。大丈夫だとは思うが、獣や魔物が居る可能性もある」
「はい。見つけた時には、どういたしましょうか?」
「判断は、カルラに任せる。ユニコーンとバイコーンを使ってもいいし、馬車を停めて対応してもいい」
「かしこまりました。極力、無視する方向で考えます」
「わかった」
短い打ち合わせをしてから、関所に向かう。
セク所までは、半日程度で到着できそうだ。夕方には、共和国に出られるだろう。
馬車は順調に、関所に近づいた。
関所では、ちょっとした行列が出来ているが、それほど待たなくても通過はできそうだ。
「旦那様」
「どうした?」
カルラが、御者台に居て何かに気がついたようだ。
「前方で何やら揉めています」
「うーん。無視でいいよ。急いでいるわけじゃないから、逃げ出すような素振りを見せたら、制圧を考えよう」
「かしこまりました」
それから、行列の進みは”ピタッ”と止まった。
1時間が経過したけど、進んでいない。
「兄ちゃん。オイラが見てこようか?」
「うーん。アルじゃ話を聞いてもらえないだろう。クォート!」
「はい。進みそうにはありません」
「旦那様」
カルラが何か気がついたようだ。
「ん?」
「アルバンとクォートに関所まで歩いてもらいましょう」
「?」
「そのときに、シャープがついていけば、食料を運んでいる商人が居たら、食料の購入を持ちかけましょう」
カルラの意図は、2つだな。
商品が腐りやすい物だった場合には、ここで、商品を売っても同じことだ。ここで、腐らせるより、(時間的には余裕があるとはいえ)売りさばいて、戻ったほうが効率的だと思わせる。あとは、”今回”のようなことが頻繁に発生しているのか情報が仕入れられる可能性がある。
食品を運んでいる商人なら、頻繁に関所を超えている可能性がある。
そして、シャープを連れていけば、口が軽くなる奴らが居るかもしれない。
「そうだな。予算は、カルラに任せるがいいか?」
「はい。クォートとシャープと相談します」
「わかった。クォート。シャープ。食品を中心に買い取ってきてくれ、後方の馬車を見る必要はない。前方の馬車だけでいい」
「「かしこまりました」」
「アル」
「何?」
「アルは、商人に着いている丁稚に話をして、この関所では喧騒や封鎖がよくあるのか聞いてくれ、それから何か、面白い情報はないか、雑談してきてくれ、飴をカルラからもらって、話をしてくれた丁稚に渡せ」
「わかった!話は、面白い話だけ?」
「共和国の話題でもいい」
「わかった!」
関所の検閲が止まって、2時間近くが経過して、皆が痺れを切らし始めることだろう。
行動を移すのには丁度良い時間だな。
御者台に座っていたクォートが、俺の所まで来た。
「旦那様。本日は、このまま野営になると思います」
他の馬車も、野営の準備を始めている。馬車の前後に空間があるが、馬車を道と垂直になるように移動するのが、この辺りのマナーのようだ。
「シャープ」
「はい」
「数名で動いている行商人に、野営時のマナーを聞いてきてくれ、付け届けにホワイトベアーの牙を渡してみてくれ、あと、行商人と交渉して、荷物を売ってくれるのなら、買い取ってきてくれ」
「かしこまりました」
シャープが、ホワイトベアーの牙を持って、野営の準備を始めている行商人に近づいて、挨拶をしている。
「クォート。ひとまず、馬車を周りに合わせて、移動してくれ、シャープが聞き出してきたマナーに合わせて、野営をしよう」
「かしこまりました」
俺が作った馬車は、他の馬車と違って、回頭性もしっかりと考えている。
馬車を動かすだけでも、周りの者たちは、大変な様子だ。
垂直にする理由がわからないが、マナーだと言われたら、従っておくのがいいだろう。面倒な対応を考える時間が減らせる。
それにしても、道に対して垂直に変更して、元々の馬車の幅が、俺たちが利用できる幅になっているようだ。
長い馬車は、道に垂直にしてしまうと、道を塞いでしまう。
そうか、野営しているときに、後から来た者たちが、先に行かないようにするための処置になっているのか?
俺の作った馬車のサイズは一般的な物になっている。そのために、馬車がギリギリ通られる程度には、道には隙間があるが、商品を積んでいる馬車は、荷物を広げて商売をしている。
通れそうで通られない状況を作り出している。
考えられている。
誰がやり始めたことなのか、わからないけど、意味は存在している。
「旦那様」
シャープが戻ってきた。
「どうだった?」
シャープが、行商人に聞いてきた話を総合すると・・・。
「そうか、”よくある”話なのだな」
「はい。最近になって増えてきた印象があるらしいのです」
「どういうことだ?」
「はい。どこかのダンジョンが攻略されて、一つのホームに支配されたらしく、その攻略されたダンジョンがある街と貴族家が潤っているのを見て、共和国にあるダンジョンに視察に赴いて・・・」
「はぁ・・・。カルラ」
「はい」
「シャープの話は知っていたのか?」
「いえ、とある公爵家の派閥の方々が、共和国にあるダンジョンに興味を持っているのは掴んでおりましたが、まさか・・・」
「そうだよな。そんな、くだらない理由だとは思わないよな?」
愚かな貴族の一部は、ウーレンフートの発展と、ウーレンフートに引っ張られるように経済が回りだしているライムバッハ家の躍進は、ダンジョンからの資源だと考えていて、国内のダンジョンはすでに貴族家が管理していて、手出しが出来る場所は存在しない。
そのために、共和国に存在するダンジョンを武力で制圧して、専有しようと考えたようだ。
確かに、共和国は中央の政治基盤が弱く、地方で勝手にやっている者たちが多い。
しかし、王国の貴族を受け入れてかつ、ダンジョンを明け渡すような者がいるとは思えない。出来たとしても、実質的な支配が限界だろう。
そして、関所で揉めているのは、そんな貴族が派遣した部隊への支援物資を送る馬車たちなのだ。
行商人からの情報では、軍事物資の持ち出しに相当する”やばい”物を積んでいる場合が多く、それらを指摘されると、逆ギレする。そして、上の者が対応して、さらに上の者と対応するようにと、先送りされる。
国直轄の関所で、前までは、公爵派閥の力が強く影響しているのだが、どこかの貴族家の殺害で評判を落とした、公爵家の派閥は力を落とした。国境の関所は、通常の、まともな警備兵が検査を行っている。そのために、”やばい”ものが持ち出せなくなっている。
以前は出来ていた力技での通過が不可能になり、ごね始める貴族や貴族の関係者が増えている。
行商人たちは、”しょうがない”と思っているようだ。
「それで、旦那様。物資を買い占めた行商人から感謝の言葉を頂きました」
「どうした。彼らも商売なのだろう?お土産がよかったからと言うわけではないのだな?」
「はい。共和国に行かないと、売れない物を多く取り扱っている行商でした」
「ん?」
今度の説明は短い。
簡単に説明を終えて、俺の表情を伺っている。そりゃぁ行商人だから、売れる物を持っていくのは当然だろう?
「旦那様」
「カルラ?」
「旦那様。共和国でしか売れない物資を持った行商人が恐れるのは?」
「恐れる?まずは、共和国に入られないことだろう?でも、シャープが買ってきた物は、日持ちはするし、数日程度の足止めは問題にはならない」
「はい。行商人も、2-3個や一種類だけの買い占めなら、それほど感謝をしなかったと思います」
「だよな?全部買ってくれたから感謝したのか?」
「それも当然あると思います。根本の気持ちは、違います」
「うーん。あぁ・・・」
シャープもカルラも言ってくれればいいのに、やっと気がついた。
共和国の治安が悪くなっていると聞いていた。
そうだよな。共和国でしか売れない物は、共和国では”必要とされている”物だ。たしかに、高く売れるが、野盗たちもそれは同じで、狙われる可能性が1段も2段も上がってしまう。
在庫だけでも処分したいけど、売れるのは共和国だけだとしたら、行商人としては損切りを考えて、売るのを諦めるか、同業者に買い叩かれるしか方法は無いわけだ。治安が通常に戻るまで持っていられるほど、行商人に資金力があるとは思えない。
「そうか、そこまで治安が悪化しているのだな」
今度は、行商人たちに話を聞いてきたシャープが答えてくれる。
「はい。2年前から、治安の悪化が始まったようです」
「カルラ。何か、聞いていない?」
「治安の悪化が始まったと言われていますが、主な原因が存在しないので、小さな原因が積み重なった結果だと考えられています」
「そうか・・・。わかった。貴族の話は、クリスに対処してもらおう」
「旦那様」
カルラだけではなく、シャープも悲しそうな表情をする。
「どうした?」
「そこは、嘘でも・・・」
カルラも”嘘でも”とか使っているから、俺の考えていることは理解しているのだろう。
確かに、”ユリウスに動いてもらおう”が正しい言い方だろうけど、実際に頼りになるのは、”クリス”だ。
「そうだな。でも、ここで、あいつらの名前を出して、誰かに聞かれるのは危険だと思わないか?」
「・・・」
カルラが、俺が本心から言っているのか疑っているのだろう。
実際に、心にも思っていない出任せを言っている。
でも、この場所で俺たちと、ユリウスやクリスの繋がりを聞かれるのは、よろしくない。
それなら、名前をはじめから出さなければいい。
「はぁ・・・。わかりました。すぐに動いて、改善するような事ではありません」
「そうだな。クリスの耳に入れておけばいいだろう」
「かしこまりました。次の報告書にしたためます」
話の切れ目を待っていたのだろう、クォートが呼びに来た。
野営の準備が出来て、食事の準備ができたようだ。アルバンとエイダが手伝いをしていた。
治安の悪化は、聞いていた。
王国内の治安もお世辞にもいいとは思えないが、俺は舐めていたのかもしれない。どこか、俺たちなら大丈夫だと安心していた。どこに、安心出来る材料があるのかわからない状態で、漠然と大丈夫だと思ってしまっていた。
準備をしてきた。
出国前に停滞したのは、考えをしっかりとリセットするのに丁度良かった。俺たちは、強者ではない。弱くもないが、治安が悪い場所を笑って通れるような強さはない。もっと精進しないと・・・。
そのために、共和国に行くのだ。目的を履き違えない。物見遊山の気分が心に生まれていたかもしれない。注意しよう。
「旦那様。お休みください」
クォートが、食事の後片付けをしながら、俺に馬車の中に入っていて欲しいようだ。
「後は任せる」
「はい。シャープは、旦那様のお手伝いをお願いします」
「かしこまりました」
俺が立ち上がると同時に、シャープも立ち上がる。
カルラは、クォートの近くに移動して、何やら話し始める。
馬車に戻ると、シャープが話しかけてきた。
「旦那様。騒がしくして、もうしわけありません」
「襲撃か?」
「おそらく」
俺たちの周りの馬車が片付けをして、国境から遠ざかるように離れた。それでも、気にしないで、野営の準備をしていると、離れた場所から、俺たちを監視している奴らが居た。俺が感知したのは、10名ほどだが、入れ替わっている可能性があり、もう少しだけ多い可能性がある。
「この前の奴らの仲間か?」
「いえ、別口だと思われます」
「そうか・・・。昼間の聞き込みで派手にやりすぎたか?」
「はい。もうしわけありません」
「シャープが謝るようなことではない。俺の判断が甘かっただけだ」
「いえ」「それで、奴らは?」
「捕らえてみないと、目的は不明です。この後、クォートが捕らえるために動きます」
「わかった。それにしても、俺たちは狙われすぎていないか?」
「それは・・・」
「マナベ様。その説明は、私からいたします」
カルラが馬車に入ってきた。旦那様ではなく、マナベと呼んだことから、今回だけのことでは無いのだろう。
クォートと話していたから、二人で捕縛に行くのかと思ったけど、違うようだ。
「カルラ。どういうことだ?」
「はい。マナベ様。私たちの認識不足でした。もうしわけありません」
「謝罪の必要はない。今後のためにも、理由を知りたい」
「はい」
カルラの説明は、憶測が含まれるという前提で始まった。
まずは、馬車が目立っている。最初から解っていたことだが、自分たちが考えていた以上に注目を集めてしまった。その上で、馬車に”商会”の紋章しか掲げていない。したがって、どこかの貴族の紐付きではない。
共和国に行くようだが、馬車にはそれほど多くの荷物を積んでいない。買付に行くに違いない。それなら、馬車の中に買付に必要な資金があるはずだ。資金は潤沢に持っているのだろう、だから、買っても、それほど意味がない食料品を買い漁っている。心付けで、高価なアイテムを渡したのも、わる目立ちした原因だ。
従者は子供一人で、執事を連れているが、メイドが二人という、”襲ってください”と宣言をしているような感じに見える。
「そうか、振る舞いの全てがダメだったのだな」
「そうなります」
これが普通だったからな。しょうがない部分もある。俺も、見た目は成人したばかりに・・・。ギリギリ見える見た目だし、アルバンは成人前だ。カルラは、微妙だけど、俺とそれほど変わらないはずだ。クォートは年長者にしたけど、年長者すぎて戦闘力が怪しく見える。シャープは見た目が整っている。メイドだけの役割に見られないだろうけど、戦闘要員には見えないだろう。ユニコーンとバイコーンも偽装しているから、余計に護衛を連れていないお気楽な集団に見えてしまっていたのだろう。
外の気配が変わった。カルラの反応から、クォートが帰ってきたのだろう。
早いな。
10名くらいと思っていたから、もう少しだけ時間がかかるかと思っていた。
「旦那様。終わりました」
やはり、クォートが戻ってきた。
馬車に乗ってきた。汚れが付いていない。楽勝だったのか?カルラが、クォートの単独を許した事から、それほど強い者たちでは無かったのだろう。
「そうか、それで?」
「盗賊でした。武装していたので、一人を除いて始末しました。残り一人は、情報を抜き取ったあとで、砦の警備隊に突き出しました。根城は持っていないようで、流しの盗賊です」
流しの盗賊って不思議な言い方だが、意味合いは解る。
「わかった。ひとまずは、これで安心か?」
「はい。共和国に入るまでは安心できると思います」
クォートが言い切らなかったのが少しだけ気になってしまった。
「カルラ!」
「はい。クォートと情報の擦り寄せを行って、報告を行います」
「たのむ。そうだ。聞かれるかもしれないから、砦の警備隊に渡せるようにしておいてくれ、俺の身分はウーレンフートのホームマスターでいいだろう」
「かしこまりました」
カルラとクォートが馬車から降りて、報告書をまとめるようだ。
俺は、このまま寝ても問題がないのだろう。
シャープが準備をしている。
本当に、いろいろ有りすぎた。
まだ、王国はこれでも治安がいいほうだと言うのが信じられない。確かに、狙われるような状況で移動していた俺にも問題はあるが、クリスたちに頑張ってもらわないとダメだな。交易路としての安全は、必須だろう。
共和国との交易は、それほど多くはないが、少ないわけではない。
状況を考えると、共和国に接しているライムバッハ領が治安維持を怠っているように見えてしまう。実際には、近隣の敵対している派閥の領から流れてきている領民が原因なのだけど、アイツらは、それが解った状況でもライムバッハ領の責任に仕立て上げる可能性だってある。
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「旦那様」
「ん?動き出す?」
「はい。馬車の向きを戻します」
「頼む」
「旦那様」
今度は、カルラが話しかけてきた。
「どうした?」
「旦那様は、なるべく馬車の中に居てください」
「もとより、そのつもりだ」
「私とクォートで、検閲を抜けられると思います」
「わかった。シャープもアルも、そのつもりで馬車の中に移動してくれ、ロルフは、手遅れだと思うけど、人形のフリをしていろ」
「かしこまりました」「はい」『了解しました』
結界を解除して、旧式の端末などは、ステータス袋にしまい込んだ。馬車の中を見られても、袋が吊るされているだけだ。中身を確認しても、権限を持っていない者では何も入っていない状態になる。
今日は、馬車の進みがスムーズだ。
それはそうだよな。貴族が関所の前で、野営しなければならないような状況を我慢するわけがない。無理やり通ろうとするか、引き返すだろう。引き返して、親に泣きつくか、関所を管理している部署に無理を通そうとすることだろう。特権は、自ら得たものでなければ、無理を通す権利だと誤解する。
貴族や貴族に関係する馬車が居なくなって、関所の検閲もスムーズに進む。
もともと、野営までして共和国に行こうと思っている者たちだ。行商人でも、無理をしようとは思っていない。なるべく穏便に通過できるように考えている。そのために、ご禁制品や持ち込みが禁止されている物は、最初から除外している。共和国側のルールが変わって、以前は大丈夫だった物でも、現在はダメになっている場合も、自分の情報収集がおろそかになっていたと諦める傾向にある。ごねて、全部が没収になるよりは、一つの商品を諦めるだけで関所を通過出来るのなら、そのほうがいいと考えるのだ。
「旦那様。順番が来ました」
「わかった。クォート。頼む」
馬車の中では、アルだけが緊張している。
俺も、国境を越えたことはないが、アルも初めての事で、ロルフが捕まったら死刑とか言い出した。俺も、カルラも否定しなかったので、アルだけが緊張している。シャープは、ロルフを抱きかかえている。実際に、触っているとリンクが繋がりやすいのだと言っていた。
外のやり取りが聞こえてくる。
共和国に向かう目的と、滞在予定を話している。ギルの所の商会からの取引の書類もあるために、信用度が違う。ウーレンフートのホームから発行している証明書も、信用を高めるのに役立っている。
最後に、馬車の中を確認して、終わりとなる所で、アルの緊張が尋常じゃない状況になったので、睡眠の魔法を発動して強制的に眠らせる。
丁度、兵士が中を確認したときには、アルが眠った後だった。
簡単に中を見られただけで、検閲は終わった。
共和国に入る前に、兵士がクォートとカルラに野営中に発生した盗賊に関する情報を聞き取りたいと言ってきたので、カルラが作成した報告書を提出した。口頭でも簡単に説明して、終わりになった。
これで・・・。
共和国に入られる。