俺は、電脳世界が好きなだけの一般人です


 昨晩、未来さんには提案書とモックを送った。
 朝の段階では、返事はなかった。美和さんにも同じ物を送付したが、返事はなかった。

 先輩たちは、朝ご飯を平らげてから、学校に行くようだ。
 俺は、昨日と同じように、4人分の朝食を作った。昨晩は、ユウキは離れから寝室に戻ってきた。梓さんが寝室に戻ったほうがいいと言ったようだ。俺とユウキに気を使ったと言うよりも、二人だけになりたかったのだろう。起きてきて、ユウキにシャワーだけでも借りられないかと話していた。

 学校には、先輩たちが送ってくれると言ったが、断った。帰りが困る。
 家を出るまで、未来さんからも、美和さんからも返事がなかったので、自転車で行く。寄り道しないで帰ってこよう。

 学校に着くと、戸松先生が昼休みに職員室に来るように伝言を残していた。
 ユウキに、今日の昼は職員室に行くと告げてから、1限目の実習室に移動した。

「先生」

 昼に、職員室に行くと、戸松先生が待っていた。

「おぉ篠崎。悪いな。昼は?」

「食べていません。面倒な用事を済ませてから食べようと思っていました」

「お前な・・・。本当に、そう思っていても口に出すなよ」

「すみません。根が素直なので、正直に言ってしまいました」

「はぁ・・・。そうか、昼がまだなら付き合え」

「はぁ?」

「昼をおごってやる」

「解りました。先生が、俺にル・セールのステーキランチをおごりたいのですね。あっユウキを呼びますね」

「まてまて、篠崎。安月給の教師に何を奢らせようとしている!それに、森下が来たら二人前くらいは平気で食べるだろう!」

「え?大丈夫ですよ。おまかせコースの一番高い奴にします。大丈夫ですよ。一人一万円で少しだけお釣りが来ます。あっ消費税とサービス料が入ると、一万じゃ足りませんが大丈夫です。先生ならカード決算も出来ます」

「おま・・・。北街道のカレー屋だ」

「ナン食べ放題の店?」

「そうだ。あの店なら、森下を連れて行っても大丈夫だ」

「うーん。あの店なら、俺でも連れていけるからな。今日は、辞めておきます」

 戸松先生が明らかにホッとした。
 そう言えば、あの店では、デザートは別料金だったな。失敗したな。

 先生と一緒なら、門から出るのもそれほど難しくない。
 昼に外に買いに出る生徒は居るが、理由がなければ許可されない。しかし、先生が一緒なら簡単に出られる。

 テーブルに座って注文をする。

「それで、先生。俺に、何をさせたいのですか?」

「あぁ・・・。篠崎。お前、リモート会議には詳しいか?」

「ZOOMとかですか?」

「そうだ。でも、ZOOMは、上からの指示で使うなと言われた」

「え?」

「セキュリティが不安だと・・・。はぁ・・・」

 確かに、サービスを始めたばかりのZOOMは、セキュリティのリスクが存在していた。しかし、そのリスクが存在していたという事実だけで、それ以降の調査をしていないのだろう。結局は、どんなサービスでもリスクは存在する。情報がもれた時の対応を考えればいいのに、それをやらないで情報リテラシーとか言い出す。
 便利な物は使う。使えなければどうする。自分たちで作るしかない。作れないのなら、リスクを飲み込んで使うか、諦めるしかない。
 そんな単純な理屈さえも許されない状況なのだろう。”上”と言ったが厳密には、上司ではないのだろう。

「それなら、Microsoft Teamでいいと思いますけど?面倒ですか?」

「マイクロソフト製品はダメだ・・・。奴らは、俺にどうしろと言うのだろうな」

「あぁ・・・。面倒な人たちからの指示なのですね」

「そうだな。面倒を通り越して、自分たちが無知だと喧伝しているのに気がついていない愚か者たちだ」

「それで、目的は?」

「しらん」

「え?」

「”リモート会議ができるようにしろ”だけだ」

「は?目的もなく?それで、ZOOMはダメで、Microsoft製はダメ?頭、大丈夫ですか?」

「そう思うよな?」

「えぇ目的が解らなければ、製品も絞り込めません」

「俺も同じ考えだが、上は違うらしい、導入したという実績がほしいのだろう」

「面倒です。Google Meet でも勧めておいて下さい」

「あ!そうだな。Googleなら文句を言われない」

「同時に何人までだ?」

「たしか、最大25人だったはずです。他にも何か条件があったと思いますが、Google で確認しないとわからないです」

「十分だ。いやぁ助かった。アイツら、”電脳倶楽部に作らせろ”とか言い出したからな。篠崎が居るならできるだろうだとさ」

「・・・。見積もりを作りますか?丁度、今、依頼で作っていますよ。サーバのライセンス料をいれると、300くらいで収まりますよ?月の運営費を貰えるのなら、安くしますよ。月の利用料が15くらいで面倒をみますよ?」

「篠崎・・・。そんな物を出せるわけが、無いだろう?」

 学校が、生徒にそこまでの金を積めるとは思っていない。
 俺が、把握しただけでも、不正ライセンスの製品を使っている科が存在していた。ライセンスを正規に購入させた。使えればいいと考えている連中が多い。特に、上の方に・・・。そして、そいつらが言うのは、決まっている。”一度作ったのなら、簡単だろう?”だ。
 部活で作らせるのなら金を払うつもりはないという事だ。そんな奴らの為に、指の一本も動かすつもりはない。

「だと思います。でも、この昼飯代くらいなら動きますよ?Google Meetなら、電脳倶楽部でも説明できるでしょ?」

「あぁ大丈夫だ。昼飯代には十分な情報だ。すごく助かる」

「それは良かったです。それにしても、本当に、何がしたいのかわからないで導入して、意味があるとは思えないのですが?」

「俺も、それは言ったけど、入れなければ駄目だの一点張りだからな。どうせ、上の上から言われたのだろう?アイツらが見ているのは、役人だけだからな」

「あぁ普通科の教員たちなのですね」

 戸松先生が頷いてくれた。
 俺の通っている高校には、厳密な意味で”普通科”は存在しない。各科別の教師たちと区別する為に、普通科と呼ばれているだけだ。詳しくは、知らないが、人事のラインが違うのだと教えられている。

「篠崎。助かった」

「いえ、資料はどうします?」

「電脳倶楽部にやってもらう。各部に配布したパソコンも落ち着いている」

「そうなのですね。それなら、電脳倶楽部にマニュアルを書かせるのですね」

「そうだな。報酬は、弁当とジュースだな」

「俺が口を挟む問題ではないので、彼らと交渉をして下さい」

「わかった」

 話しが終わったので、先生が会計をして店を出る。

 学校で必要になるリモート会議は、リモート会議という土台が必要になるだけで、実際に遠隔地との会議が必要になっているわけではない。工業が他の学校と足並みを揃えて何かを行うとは思えない。

「戸松先生。ごちそうさまでした。次の依頼は、ル・セールのディナーで受けます。そのつもりでお願いします。もちろん、ユウキと一緒に前日から飯を抜いてから行きます」

「お前な・・・。まぁいい。もうお前に頼らない・・・。ようにしないと駄目だな。でも、今回は助かった」

 校舎に入って、職員室まで一緒に行った。
 俺は、次の授業の自習室に向かう。先生は、職員室で資料をまとめると言っていた。

 戸松先生も大変なのだろうな。
 科ごとの確執もあるだろうし、普通科との確執も多いだろう。それだけじゃなくて、部活の顧問からの突き上げもありそうだ。

 放課後は、電脳倶楽部に顔を出して、簡単に説明した。
 戸松先生からも連絡が有ったようで落ち着いていた。Google Meetは、それほど難しくはないが設定を行うのに癖がある。そして、問題は、Googleという会社の性質だ。サービスを辞める可能性が高い。人気がなかったりするとすぐにサービスの継続を辞めてしまう。
 電脳倶楽部の面々には、情報収集を徹底するように伝えたが、彼らが卒業したあとの話しまでは責任が持てない。
 しっかりと、戸松先生には理解してもらう。その上で、電脳倶楽部も生徒会も、もちろん中に居る生徒たちには、責任が及ばないようにしてもらう。

 未来さんや美和さんの所の関係で、リモート会議を調べていたから良かったけど・・・。

 学校から帰ってきて、秘密基地でパソコンを確認すると、未来さんから返信が来ていた。

 概ね問題は無いようだ。スプラッシュは、美和さんが新しく作る事務所の名前にして欲しいと言われた。

 専用プログラムが一番イメージに近いらしい。細かい修正はあったが、開発の方向性は決まった。
 もう一度、返事の内容でモックを作り直して、OKが出たら中身の構築を始める。

 それまでは、サーバ周りの設定を行おう。
 接続の確認も行っていけば、開発時に迷わないだろう。

「タクミ!」

 ユウキが秘密基地に入ってきた。

「どうした?」

「うん。僕・・・」

「そうだ。ユウキ。手伝ってくれないか?」

「え?僕?いいの?」

「ちょうど良かった。準備が終わったら頼みたいから、少しだけ待っていてくれないか?」

「うん!わかった」

 ユウキは、おとなしくソファーに座って、持ってきたタブレットでマンガを読んでいる。課金はしていないので、無料で公開されている(マンガ)だけだ。

 ユウキにやってもらうのは、簡単だ。
 確認中の機能にアクセスして貰って、本当に通話ができるのか確認する。その時のトラフィックを記録しておけば、実運用の時に、回線の品質やトラフィックの振り分けが考慮できる。

 ひとまず、ユウキに操作してもらう。テストプログラムだけ仕上げてしまおう。
 設定は、ファイルを直接編集すればいい。画質の調整なんかも必要ない。最高画質で行えばいい。

 動作の確認が出来たから、バイナリをタブレットに移動する。
 OSを綺麗にしたタブレットで、最新のパッチまで当てた状態にしてある。その状態で、バックアップを作成してあるので、まっさらな環境が必要な場合に、重宝する。スペックは、それほど良いものではないが、このタブレットで動かなければ、実運用で問題が出てきてしまう。実際には、もっと低スペックのパソコンを利用している場合だって想定できる。Windows10の最低スペックで動かしているパソコンも家庭では多いのだ。

 モジュールだけを移動したが、動かない。
 コンパイル時に必要になっているアセンブリを一緒に入れる。起動はできるが、その先に進まない。やはり、Skype が必要になってくるのだろう。何か、抜け道がありそうだけど、抜け道を考えるのは、開発を行いながらでもできるだろう。

 ユウキにタブレットを渡して、リビングに移動してもらう。
 まずは、ユウキから接続して、俺が許可する。今度は、接続方法を逆にして、接続が”出来ない”ことを確認する。

 他にも、ユウキと通話をしながら確認する。開発の方向性は間違っていないようだ。

 ユウキに、戻ってきてもらって、また少しだけ待ってもらう。

 今度は、エラー系を調べる。
 エラーのフックがうまくできるのか確認していく。

 Windows が出すシステムエラーは、評判が悪い。クライアントからの報告が、意味がわからない状況になってしまう。
 オヤジの会社で推奨している方法だが、エラーはエラーログに吐き出すようにして、システムエラーをできるだけ抑止する。オヤジからは、ライブラリを貰っているので、組み込みはそれほど難しくない。
 起動時に、正常方法での終了でなかった場合に、エラーログを送付するように設定する。
 美和さんか未来さん宛てにしておいて、俺に転送してもらえばいいだろう。直接貰うのは、いろいろと問題がありそうだ。

「ユウキ。助かった」

「本当?」

「あぁ」

「今日は、もう終わり?」

「そうだな。もう少しだけ作ったら終わりにする」

「うん。僕、待っている!」

「わかった」

 ユウキは、ソファーに座って作業が終わるのを待つようだ。

 それから、学校が終わったら、秘密基地で開発を行う毎日を過ごした。
 週末に回線工事が入って、新しい回線が開通した。IPアドレスは一つだけだが問題はないのだろう。

 ルータの設定やサーバの設定を行う。
 ユウキに手伝ってもらって接続の確認を行う。プログラムにも問題は出ていない。エラー系の確認でも問題は出なかった。

 プログラムも大丈夫そうだ。
 あとは、接続のマニュアルを作成して、確認してもらって、試用に移行すれば大きな問題が発生しない限りは終わりだろう。

 引き渡しは、オヤジたちが行ってくれることになった。
 ソースコードとマニュアルを渡して、俺の作業は終わりだ。サーバに関する資料も渡した。

 オヤジの会社でテストをして、フィードバックをくれるらしい。

 美和さんと未来さんからも、試用を開始すると連絡が入った。
 リモート会議は、追加の依頼が来たので、対応したサーバでログを残すようにすればできる物だ。

 不正アクセス関連は、考えられる対策はしたが、駄目なら対処療法で考えるしかない。
 未来さんと美和さんからは、補助的なツールだから、1週間程度で復旧してくれれば十分だと言われた。落とされた場合でも、3営業日での復旧を目指す。

 森下家に、人の出入りが増えてきた。
 どうやら、美和さんが行っている事業が軌道に乗っているのだろう。

 それに比例して、Skype サーバへのアクセスも増えている。
 トラフィックは計算通りだ。画質を落とせば気にするほどのトラフィックにはならない。受け側が2箇所だけだというのもトラフィックが増えない理由なのだろう。

 週末になると、ユウキが美和さんの手伝いを行う場面が増えてきた。

 運用段階に入ってから、数回プログラムの修正を行った。
 使いにくいという声や、もう少しだけわかりやすくして欲しいという声がクライアントから来たからだ。

 美和さんからは、ユウキも参加させたいと言われたが、ユウキが拒否したので断った。ユウキは、美和さんの仕事を手伝うのは、問題ではないが、自分から動くのは違うと思っているようだ。その代わり、未来さんの所に来ていた事務員(だと思ったが、未来さんの後輩だった)が、参加することになった。パソコンの用意と設定を、俺が受け持った。

 1.5ヶ月間の試用が終わって、本格的にサービスを運用するのが決まった。
 この時点で、俺に作業費が支払われる。未来さんが気を使ってくれて、末締め翌5日払いだ。

 月額のサポートに関する取り決めも行った。
 サポート料には、ソフトウェアのメンテナンスが含まれるが、改良が伴う変更は相談すると記載された。メンテンナスは、OSのパッチやソフトウェアのパッチに対応する物で、大きく変更が必要な場合には、費用が発生する場合があると記載されていた。問題はないと判断して、月額でサポート料を貰う事になった。
 偶然ではないだろうが、今から1年半で貯めたサポート料が、ユウキが行きたいと言っていた、専門学校の学費と同じ金額なのだ。入試や入学金は、足りないのだが、合格して通う段階になれば、サポート料で賄えるのだ。

 美和さんに掌で踊らされた感じがするが、開発は楽しいし、運用の勉強にもなる案件なので、良かったと思っておく。

 学校で、戸松先生から受けた相談の後日談として、電脳倶楽部の面々が教えてくれた話によると、やはり普通科の教諭が、上(校長ではない)から言われて、導入しなければならない状況になっていたらしい。上から言われた予算は、すでに食いつぶしていた。自分たちでやろうとして、ソフトを購入したり、ハードウェアを購入したり、天才の北山に言われて月額サービス料がかかる物を導入したことでほぼ無くなっていた。
 焦って、戸松先生に上からの命令だと言って、用意させようとした。
 Google Meetを使う提案に飛びついた。リモート会議が学校でも導入されたと宣伝したのだが、Google Meet は基本無料で使える。
 そのために、上から降りてきた金の使いみちが問題になったが、調査費という名目で学校としては問題がなかったと報告したようだ。

 その話を聞いたあとで、戸松先生に真相を聞いたら、”貸し”を作ったと笑っていた。

 オヤジから、未来さんと美和さんからの依頼は問題なく達成されたと言われた。
 金銭的な報酬とは別に森下家から、報酬が届けられた。俺が欲しかった物だ。すでに殆どが記入されている。

 桜さんからの伝言は付箋で書かれている。

”真一と万人には、タクミから礼をしておけ”

 と、だけ書かれていた。
 礼の内容は書かれていないから、あとで調べて置けばいいだろう。まーさんに聞いてもいいかもしれない。
 実際に使うのは、まだ先の話だ。

 桜さんからは別の報酬も届けられた。ユウキが美和さんの作業を手伝った分だと書かれていて、ユウキが行きたがっている専門学校の入学金と同じ額が振り込まれた通帳を渡された。ユウキが管理するのではなく、俺に渡してくる辺りが、桜さんらしい。いろいろな意味が込められているのだろう。
 オヤジとオフクロも反対はしていない。

 ユウキとの生活も落ち着きを取り戻した。
 仕事を受ける度に、あたふたするのは間違っている。ユウキと話をして決めなければならないと思うが、ユウキも仕事を始めれば状況が変わるかもしれない。

 放課後には、生徒会の作業を中心に行っている。
 急な変革は、作業の集中を招いた。俺の所だけではなく、生徒会のメンバーに作業が集中したのだ。十倉さんも頑張っているが、生徒会のやり方に慣れていない部分も多かった。二重行政ではないが、部活連と生徒会で似たような申請を受けていたのが、この一件からでも伺えた。

 部活連の解体から、各部にパソコンの配布は、思わぬ副産物を産んだ。
 文化部から、少なくない人数が電脳倶楽部に入ったのだ。掛け持ちでの入部も多かったが、それでも増員になったのは間違いない。作業の手が増えて、俺が担当していた管理業務も引き継げた。
 そして、電脳倶楽部は生徒会の下部組織に組み替えられた。独立した部が、全体の管理業務を行うのは良くないと言われたのだ。

 電脳倶楽部の部室も、生徒会室の近くに移動した。
 下部組織なので、部費の割当からも外された。今期に作られた部なので、部費の割当は来期からだったのだが、それが外された形になる。電脳倶楽部は、部費の代わりに、各部や学校から依頼を受けて部費となるお金を貰う形に落ち着いた。
 俺が方法を立案して、戸松先生が少しだけ強引に押し込んで成立した。

 学校も落ち着きを取り戻した。

 津川先生が、生徒会室に現れた。

「篠崎。少し、相談がある」

「パソコン周りの話なら、電脳倶楽部が受けますよ?」

「学校内の話なら、そうだろうけど、学校外の話で・・・」

「俺に依頼ですと、高いですよ?」

「それは・・・。話だけでも聞いて欲しい。ヒントだけでも貰えると助かる。報酬の話は、現地でしたい」

「わかりました。どうしたら良いですか?」

「明日の放課後、時間を貰えるか?場所が、離れているから、車で移動する」

「わかりました。明日の放課後ですね。帰りは、学校まで戻してくれますか?」

「家まで送るぞ?」

「いえ、学校まででお願いします。自転車を置いていくのは、次の登校が不便です」

「そうか、わかった。明日、頼むな」

「はい」

 翌日、授業が終わって生徒会室に移動すると、津川先生が待っていた。ユウキには、家を出るときに今日は先に帰っているように伝えてある。

「篠崎。準備はいいのか?」

「何か、持っていったほうが良いですか?」

「必要ないな。名刺なんてないよな?」

「え?ありますよ?学校にも届けを出していますが、俺は会社を持っています」

 生徒会のメンバーには話してあるが、十倉さんには話していなかった。
 驚いた顔で俺を見て、”篠崎。社長だったのか?”というので、肯定しておいた。詳しくは、明日にでも説明すると言っておいた。

 津川先生の車に乗り込んで、15分くらい街とは反対方向に走る。
 県立病院を越えた場所にある。児童養護施設だ。

「ここは?」

「児童養護施設だ」

「え?」

「俺は、休みの時に、ここで勉強を見ている」

「先生が?」

「そうだが?意外か?」

「そうですね。正直、意外です」

「素直だな。それで、篠崎に頼みたいのは、ここで使っているパソコンにウィルスが侵入したみたいなのだけど、俺には、さっぱり見当がつかない。お前に見てもらって駄目なら、買い替えも考えなきゃならないが・・・」

「そこまでの予算がないという事ですね」

「そうだな。それで、お前への報酬だけど、この院で作っている野菜を定期的に渡すのでは駄目か?」

「いいですよ。野菜は、俺も嬉しいです」

「よし、院長先生には話を通してある。早速、中に入るぞ」

 院長先生だけではなく、施設の職員さんたちからも話を聞いたのですが、よくわからない状況になっている。

 ネットワークから切り離して、パソコンを起動してもらう。
 パソコンの機種や状態から、覚悟していたが、OSはWindows10が入っていた。元々は、Windows7が入っていたが、Windows7のサポートが切れると言われて、県からWindowsのバージョンアップを行うように言われた。県から紹介された業者がWindows10にしていったようだ。説明書類や設定に関する書類が残されているので、持ってきてもらった。依頼を受ける事にしたが、状況がわからないので対処が可能なのか判断出来ないと正直に話しをした。

 そして、最初の疑問点で、県から紹介された業者に見てもらえなかったのと聞いたら、院長先生は顔を曇らせて、説明をしてくれた。
 業者に連絡をとると、問題はないとサインを貰っている。これ以上は、有料でのサポートになる。月額10万のホームページ付きサポートに入っていただくか、1回の出張料30万で作業を請け負うと言われて、少ない予算では無理だと断るしかなかった。

 絵に書いたような悪徳業者だな。

 津川先生に聞くと、この児童養護施設だけではなく、似たような施設で同様の問題が出ているようだ。
 県に問い合わせても、個別の業者まで管理していないと言われてしまっている状態だ。

 パソコンが起動したが、確かにウィルス対策が行えるソフトは入っている。適用されているパッチが最新かは判断出来ないが、更新日付から見て最新に近いようだ。

 それでは、どうして、職員がウィルスだと思ったのか?
 動作が重くなったのは、WindowsのOSが新しい物になったからだと説明されたようだ。間違った説明ではないが、正しくもない。Windows7からWindows10に上げた場合には、ドライバやサービスを、適切に処理をしないと遅くなってしまう。特に、Windows7の時に32Bit版が使われている市販モデルをWindows10の64Bit版に考えもしないで、アップグレードをした場合には酷い状態になる。OSのバージョンを上げるのなら、モデルは合わせるべきなのだ。
 多分だが、業者はMicrosoftが出している診断ツールを使ってアップグレードをしたのだろう。64BitでOSが動くのなら、64Bit版を勧めてくる。
 だが、ドライバの互換性やサービス全部を調べてくれるわけではない。そして、アプリケーションの全部を診断ツールが調べてくれるわけではない。

 そして、殆どの場合、アプリケーションは動いてしまうのだ。
 これが問題で、動かなければ対策が必要になるが、動いていれば問題はないと判断されてしまう。

 まず、知っているサービスで停止していい物を停止していく、どこに問題があるのかわからないので、解っている部分から手を付けるのだ。

 案の定、いくつかのドライバが動いていなかった。Windowsの標準のドライバを動かしていた。
 同じように、アプリケーションも日常的に使っていない場合には、動かない機能が有っても気が付かない。

 サービスもいくつか、自動起動になっていながら開始状態になっていない。見たことがないサービスも存在していた。説明がないサービスも多いが、全部が不正なサービスだとは言いにくい。メーカのパソコンだと、独自サービスのために組み込まれている場合も多い。

 そして、パソコンを調査し始めて、30分が経過したときに、エラー画面が表示された。

 表示されたエラーメッセージを見る。
 ”頭痛が”痛い状態だ。

 職員は、このエラーメッセージが定期的に出ていると言っている。
 だから、ウィルスが紛れ込んでいるのだと思ったようだ。

 津川先生を手招きする。

 津川先生が、院長先生との話を中断してこっちにやってきた。

「篠崎。もう解ったのか?」

「はい。最悪です」

「どうした、やっぱりウィルスか?」

「それよりも、たちが悪いかもしれません。津川先生。このエラーを見るのは初めてですか?」

 津川先生に、スクリーンショットで保存したエラーメッセージを見せる。

「ん?」

「おかしいと思いませんか?」

「篠崎?」

「津川先生。これは、システムエラーです」

「そうだな」

「問題は、内容です。SSLの接続エラーを出しています」

 詳細が表示できるので、詳細をスクリーンショットで保存した画像を見せる。

「ん?どういうことだ?」

「全部の説明は省きますが、ウィルスではないです。正常に動作する予定のプログラムが、定期的にエラーを吐き出しているのです」

「は?」

「正確には、パケットを見る必要はありますが、どうしますか?駆除するだけなら簡単だと思います。エラーが発生しているモジュールが解るので、そこからプログラムを探してサービスを削除すれば駆除できます。でも、他にどんな仕掛けがあるのか調べないと、安全になったとは断言できません」

「そうだな。篠崎。どの程度の時間が必要だ?」

 調べるだけなら、数時間だけど、あまり長居するのは悪そうだ。

「調べるのなら、必要な物が足りないので、出直したいですね。エラーを抑止するだけ、抑止しておいて、後日に調べる、でもいいですよ?」

 津川先生が、院長を見る。
 院長も頷いてくれたので、方向性を先に決める。報酬は、院で作っている野菜をお裾分けしてもらうことで決着した。

 今日は、エラーを吐き出しているサービスを特定して、停止した。自動起動になっていたのを、起動しないようにした。数回、再起動してもサービスが起動していない状況を確認した。ネットワークに接続して、タスクの機動を見ているが、起動してくるプログラムはなさそうだ。動的に、DLLを呼び出されていると、この方法では見つけられないが、すぐに実行することができる調査と対応としては、この辺りが限界だ。
 応急処置を行ったと説明をして、後日、しっかりと調査すると告げて、今日は帰ることになった。

 帰りの車の中で、津川先生に確認しなければならない事があった。

「津川先生」

「なんだ」

「まだ想像ですが、あのパソコンには盗聴に近いプログラムが仕込まれています」

「は?」

「先生でないのは、解っています。院の人たちでもないでしょう。もしかしたら、子供たちに詳しい者が居てとも考えられますが、可能性は低いと考えています」

「なぜだ?」

「もし、子供たちなら、エラーになった状態で放置されていた説明ができません」

「あぁそうだな・・・。ん?おい!篠崎」

「はい。今、可能性が高いのは、Windows10を入れた業者です」

「・・・。それで、お前は、業者の名前や連絡先を聞いたのだな」

「はい。これから先は、先生や院長の判断に任せますが、俺としては、告発して欲しいと考えています。最低でも、県に訴え出る位はして欲しいです。俺が考える最悪の自体だった場合にはですけど・・・」

「・・・。わかった、相談してみなきゃわからないが、俺も県には通達しておくべきだろうな。篠崎。証拠を固められるか?」

「必ずとは言いませんが、全力を尽くしますよ。どんなデータを送付しているのか、それがわからないとなんとも言えません」

「そうだな。面倒な事に巻き込んでしまって悪いな」

「報酬を貰う仕事ですから、大丈夫です。気にしないで下さい。気になるのなら、報酬を上乗せして下さい」

「そうだな。何か考えておく」

「ありがとうございます」

 学校に到着した。
 俺は、そのまま自転車に乗って、大将の店に向かった。ユウキから連絡が入っていて、大将の店で待っていると書かれていた。

 夕飯は、大将の店で済ませた。

「タクミ。津川先生の用事は?」

「あぁ仕事の依頼だった」

「そう。僕にできる事はある?」

「うーん。今の所はないかな。もしかしたら、未来さんや美和さんに頼む場面が出てくるかもしれないから、そのときには、ユウキに頼む」

「うん。わかった」

 家に帰ってから、風呂に入って、秘密基地に籠もる宣言をする。
 ユウキは、先に寝ると言ったが、離れでDVDを見たいと言うので、設定をした。先輩たちが泊まってから、離れにはセミダブルの布団を置くようにした。ロフトがあるので、置き場所にも困らない。

 まずは、小型パソコンをルータにして、パケットの記憶するように設定を行う。
 一応、ファイルを検索する方法も用意しておこう。どこに隠されているのかわからない。サービスの削除は、コマンドラインから行えばできる。

 翌日、放課後に、津川先生と一緒に児童養護施設に向かった。

 車の中で、津川先生から、他の施設でも同じ様な症状になっているパソコンがあると聞かされた。

「それで、どうします?」

「うーん。面倒を見てほしいけどな」

「先方に連絡して貰って、俺が対処して問題がなければ、面倒を見ますよ」

「本当か?」

「えぇ乗りかかった船ですし、報酬は、個別に相談でいいですよね?」

「あぁ。でも、いいのか?野菜だけ増えていくぞ?それも同じ様な種類の野菜だぞ?」

「大丈夫です。考えがあります」

「そうか・・・」

 津川先生の運転する車は、児童養護施設に到着した。
 調査を始める前に、対策後に同じ様なエラーメッセージが表示されたかのを聞いた。昨日は、エラー画面が表示しないで使えたらしい。しかし、根本の解決が出来ていない。それに、エラーを吐き出しているプログラムが何を目的としたものなのかわからないのが気持ち悪い。

 この施設には、パソコンは2台あり、両方とも同じ業者がアップグレードを行った。エラー表示が出ていないパソコンがあると聞いたので、そっちのほうが問題だと思って、ハブを一個取り付けて、持ってきた小型パソコンを設定する。ノートパソコンで、パケットを見ていると、ブラウザも起動していないのに、とあるサイトにポストでデータを送っている。内容は、SSLで暗号化されているので見られないが、URLは解るのでメモしておく、転送量を見てみると、それほど大きくはない2キロ程度の大きさだ。
 エラーを吐き出していないパソコンからのアクセスだ。

 ドメインを調べると、レンタルサーバで動作しているサイトのようだ。
 アクセスしてみると、リダイレクトされてしまう。”ポスト”でデータを送付しているサイトを開くが同じ現象だ。エージェントでも見ているのかもしれない。パケットのログから、エージェントを調べる。エージェントだけではなく、ヘッダー情報を偽装して、アクセスを行うと、入力フォームがあるページが表示された。丁寧に作り込まれていて、内容が読み取れた。確かに、サポートで必要になるかもしれないが・・・。

 気になって、職員を呼んだ。わからない可能性もあるが、業者が当日に行ったことを聞いた。
 やはりルータのパスワードが書かれた資料を要求していた。

「篠崎?」

「解りましたよ」

「何をしているのだ?」

「このサイトにデータを送っています。さて、職員や院長に、説明があったのか確認しましょう。スパイウェアでは無いようですので、ひとまずは安心です」

 サイトを見て、状況を把握したようで、津川先生も”ホッ”とした表情を見せる。
 だが、問題なのは間違いない。

 遅くなるのは当然だ。両方のパソコンを見ると、リモートで操作を行うためのプログラムが入っていて、動作状態になっている。

 ルータには、ログを保存する機能は積まれていない。数日間のログは記憶している。
 記憶されているログを見ると、外部から空いているポートに入ってきている情報は記憶されていない。何かを行うためではなく、何かを行う事になったときの為の処置だと考えるのが妥当だろう。
 気持ちは理解することはできるが、やってはダメだろう・・・。

 機材を片付けて、津川先生と一緒に院長先生のところに行く。
 データ収集をおこなっていたサイトには、適当なデータをPOSTで送信をしておいた。ルータに空けられた穴を塞いで、作られていたユーザを削除した。ルータには、他にもVPNの機能やNAT設定やルーティング設定とかやりたい放題だ。メモだけして、話し合いのネタに使う。証拠に使えるように、設定はデータとしてダウンロードしてある。
 まだ遠隔操作のプログラムも削除していない。クライアント側のプログラムを俺のノートパソコンにダウンロードして設定をした。接続の確認も終わっている。ルータのIPも調べてある。

 会議ができる部屋に通されて、待っていると、院長先生とスーツ姿の神経質そうな一人の男性が入ってきた。
 渡された名刺を見ると、県の関係者のようだ。”海野(うんの)吉永(よしなが)”と書かれていた。

「津川先生。篠崎さん。海野さんは、この施設を管轄する人で、今回の件をご報告したら、お話を聞きたいという事でこられました」

 院長先生の話から、県の職員ではなく、厚労省の出向組のようだ。
 津川先生と俺も簡単な自己紹介をする。

「篠崎巧さん。そんなに警戒しないで下さい」

「え?」

「克己先輩。それと、桜先輩と美和先輩の事は知っています。私は、2期後輩になるのです」

「・・・。えぇ・・・、と・・・」

「私は、美和先輩が直接の先輩です。私が、中央で問題に巻き込まれた時に、助けてくれたのが桜先輩と克己先輩でした。今度は、お子さんに助けられるとは思いませんでしたが・・・」

「え?どういうことですか?」

「過去の話は、今は必要ないでしょう。現在の話として、パソコンの問題点を指摘してくれています。行政のミスではなく、問題の特定をしてくれました」

「それが?」

「複雑な理由があるのですが、この施設や問題が出ている施設を担当した業者は、中央から推薦された業者なのです」

「・・・。中央と地方で主導権の争いをしているのですね」

「簡単に言えばそうですね。今日、様子を見に来てよかったです。状況がはっきりとするまで、私が話を止められるのは僥倖なことです」

「わかりました。説明を始めたいと思いますが・・・」

「お願いします」

 院長先生は、海野さんに全部を任せるようだ。
 津川先生も俺に任せると宣言したので、俺と海野さんで話を進める。

 ルータの設定を変更している事や、パソコンに遠隔操作できるプログラムをセットアップしている事、ルータのIP情報を外部のサーバに登録するプログラムがサービスを使って定期的に起動している状況を説明した。

「篠崎さん。それは、どういった意味を持ちますか?もちろん、推測で構いません」

「まず、考えられるのは、遠隔地からのメンテナンスです」

「そうですか、しかし、今回の契約にはメンテナンスは入っていません」

「はい。そうお聞きしました。それで、もう一つの可能性ですが・・・」

「それは?」

「死活管理をしている可能性を考えましたが、ルータの設定まで変えている説明が出来ません」

「そうですか、”業者の悪意”だと考えて解釈をすると?」

「踏み台に使おうと思っていると考えられます」

「踏み台?」

「はい。サーバを攻撃したり、ハッキングしたり、小さいところですと、ランキングなどの不正操作に使えます。しかし、今回は踏み台である可能性は小さいと思います」

「なぜですか?」

「まず、この施設もですが、他の施設も、パソコンの利用が不定期です」

 院長先生を見ると頷いている。起動のログを見ても、不定期になっているので、間違いはないだろう。

「わかります。実体調査を行っています。その結果、新品のパソコンを配布するのは、不適切だと判断されてしまいました」

 海野さんは少しだけ残念そうな雰囲気を出している。
 正直な感想を言えば、やっていることを考えると、最低スペックでもそれほど問題にはならない。業者に依頼してアップグレードを行うとの、施設辺りの予算は大きく違わない可能性だってある。

「え?どうりで・・・」

「どうしたのですか?」

「ちなみに、業者に支払ったお金とか、俺が見ても問題はありませんか?」

「問題はありませんよ。県の予算なので、公表されます。少し、待って下さい。資料が有ったはずです」

 ファイルを確認し始めた海野さんだったが、すぐに一枚の見積書を探し当てた。

「コピーですが、業者から出された見積もりです。ほぼ、そのまま予算がついています」

「拝見します」

 見積書を受け取って、唖然とした。
 オヤジが行政の仕事を嫌がる意味もなんとなく解った。俺も無理だ。

「どうですか?」

「海野さんは、この見積もりは、おかしいと思わないのですね」

 俺が見て居た見積書は、そのまま津川先生に渡った。
 どうやら、津川先生も院長先生も不思議には思わなかったようだ。

「えぇ問題はないと思います」

「そうですか・・・。院長先生。ここに来られた方が置いていった名刺と連絡先のメモを、もう一度見せてほしいのですが?」

 やはり・・・。

「篠崎さん?」

「海野さん。これを見て下さい。名刺は、確かに見積もりを出した業者と同じ名前になっています」

「はい」

「問題は、メールアドレスです」

「え?」

「ドメインが違います。そして、メモに書かれた連絡先には、違う会社名が記載されています」

「・・・。再委託ですか?」

「そう考えるのが妥当だと思います」

「わかりました。これは、私の方で対処します」

「中抜きがどの程度かわかりませんが、オヤジ・・・。父から聞いた話では、行政の仕事では、2-3割が中抜きされるそうです。2割として考えると、この金額では、再委託された会社の旨味は殆どありません」

 出張費と書かれた項目が1万/日となっている。
 それに作業費とOS代金が書かれている。
 旨味どころか、足が出ていると考えられる金額だ。

「え?」

「おそらく、半日仕事でしょ。移動を考えれば、1日で1件回れれば合格でしょう。人件費だけの金額です。OSの代金が入っていません。元請けが払ってくれているとは思えませんので、再委託した会社が出していると思います。院には請求されていないですよね?」

 院長先生がうなずく。
 請求は発生していないと聞いたので、間違い無いようだ。

「中抜きがなければ・・・」

「ありますよ。確実に・・・。でも、それは俺が調べるような問題ではないと思います」

「そうですね。それで?」

「業者は、赤字覚悟でやっているのは、旨味が提供されたのではないでしょうか?」

「・・・。メンテナンス費用ですか?」

「はい。院長先生のところに来た見積もりを見れば、そう考えるのが妥当です」

「篠崎さん。ありがとうございます。流れは把握しました。推測を交えて構いませんので、文章にしていただけますか?」

「私は、行政が必要としている文章がかけません。それでもよろしいですか?」

「大丈夫です。清書は、私が行います」

「私が受けた依頼外の話ですので、報酬を頂きたいのですが、いくつか質問と提案をさせて下さい」

「・・・。わかりました。私の権限の範疇なら質問に答えます」

「ありがとうございます。私は、今回の依頼で、院が作っている野菜を貰う契約をしました。これは問題になりませんか?」

「・・・。自主的に作っている物ですので、問題はありません。備品ではないのですよね?」

 院長先生がうなずく。
 畑の位置も、近くの農家から、休耕地となっているところを無償で貸して貰っているらしい。

 海野さんは、話を聞いて問題はないと判断した。

「よかったです。施設が、それらの野菜を販売しても問題はないのですよね?」

「ありません。篠崎さんへの報酬に宛てられるのですから、対価として支払っているのと同じです」

「施設が、無料のショッピングカートを契約して、野菜を販売するのは”あり”ですか?」

「少しだけ検討が必要ですが、問題はないと思います。販売がメインだとダメですが、児童たちの学習のためなら問題はないと思います」

「ありがとうございます。それで、提案なのですが」

「今の、話の流れですと、篠崎さんは、施設にショッピングカートを運用させるおつもりですか?」

「正確には、ウェッブサイトを作って貰って、そこでショッピングカートを組み込んで見ようと思っています。サイトやカートの準備は俺がします」

「私たちに出来ますか?」

 今まで黙っていた院長先生が口を挟んできた。

「わかりません。それほど難しい事では有りませんが、慣れてもらうしかありません。それに、俺も慈善事業ではないので、手数料を頂きます」

「はい」

「売上の5%でどうでしょう?」

「え?固定ではなく?」

「はい。計算は、こちらでします。問題があれば、都度、協議をしましょう。カード決済が組み込めるのかはわかりませんが、できるだけ行えるように手配します。どうですか?海野さん」

 話を振られた海野さんは、少しだけ考えてから、問題は無いです。施設側で決めてくれれば大丈夫という結論になった。


 海野さんが、問題が発生している施設の情報をまとめてくれると言ってくれた。俺は、中央が紹介した業者が担当した施設をまとめて貰って、紹介して貰えるように頼んだ。
 資料は、明日には準備して送ってくれると言われた。

 まずは、空いている場所にサーバを固定してサーバをセットアップしよう。サーバの玉もまだ残っているな。アクセス数もそれほど無いだろうから、サーバを共有させればいいかな。一応、バックアップはミラーリングでいいか・・・。DBだけは、バッチで別にデータを保存するように設定しておこう。

 Apache と MySQL と PHP を動くようにして、あとは必要そうなライブラリを入れておけばいいかな。
 メールサーバは、別に用意したほうが良いだろうな。postfix で構築しておけばいいな。Docecot との組み合わせで十分実用に耐えられる。ウィルス対策のソフトを入れて、監視させた上で、SPAM対策のソフトも入れておこう。

 両方とも、これでパッケージにしておこう。
 これからもサーバは必要になるだろう。パッチの問題があるけど、なんとかなるだろう。

 設定が終わってリビングに戻る。
 洗い物が終わっている。ユウキは、離れに行くと言っていた。

 俺も離れに行くと、ユウキはDVDを見ながら寝てしまっていた。
 布団を掛け直して、横になる。

 翌日の学校は、何もなく終わった。
 家に帰ってきて、メールを確認すると、海野さんからメールが来ていた。

 中央の業者が担当したのは、全部で13の施設だと書かれている。全部の施設の住所と連絡先が書かれている。対応した、日付と台数も書かれている。その中で、3つの施設がエラーを出しているらしい。同じように、業者に問い合わせをしたら、児童養護施設と同じように、高額のレンタルサーバ契約とメンテナンス契約の締結が必要だと言われたようだ。金額は、施設で違っていたが、どうやら台数で金額を変えているようだ。当然だが、月のメンテナンス料で30万は、とりすぎだと思う。これは、300台とかならまぁ解るけど、たった3台だ。毎月、新品のパソコンが3台買えてしまう。田舎だと思って、甘く見ているのだろうか?

 海野さんから資料とは別にメモのような言付けが書かれていた。
 3つの施設だけではなく、半数の施設にメンテンスに関する見積書が送られてきたようだ。それだけではなく、コピー複合機のレンタルの話やネットワーク回線の斡旋まで含まれているようだ。全部を纏めると、値引きが行われるような書き方をしているが、見積り金額を見れば、適正価格の倍程度になっている。

 お礼のメールを書いておく、ついでに残りの12施設を見に行くのなら日程の調整をお願いした。
 報酬は、児童養護施設と同じにした。野菜を作っている施設は少ないので、その場合には、施設で作った物を通販ができるようなサイトにしたいと返事が帰ってきた。もちろん、問題はないと返事を出した。

 ドメインは、shizuoka.jp を考えている。サブドメインで運用を考えよう。

 設定は出来たので、報告書をまとめる。
 津川先生にも出す予定だったので、概略はまとめてある。推測部分を少しだけ膨らめれば、提出できる状態にはなるのだろう。

 次は、Webサイトとショッピングカートの準備だけど、どっちを親にするのか悩んだ。
 2種類を作るのは楽だけど、選択はしてくれないだろう。選択を迫ったところで、面倒に感じてしまうのは目に見えている。

 EC-CUBEを親にして、商品の登録をルーチンワークと考えてもらえばいい。デジカメがあったから、画像の取り込みとかは大丈夫だと思う。裏側で、WordPressを動かして、NEWS や管理者のつぶやきでも書いてもらえばいいだろう。あとは、当日に無料のテンプレートを使いながら説明すれば、あとは施設側の運用に任せればいい。
 子供たちが興味を持ってくれたら嬉しいけど、俺が考えることでは無いだろう。

 各所にメールを送信した。

 翌日の放課後に、津川先生が生徒会室にやってきた。
 俺に話があるようだ。

「篠崎。相談がある」

 別室に移動した。
 今、津川先生からの相談と言うと、児童養護施設関連になる。

「なんでしょう?」

「お前が、やろうとしているショッピングサイトを、俺たちも参加させてくれ」

「え?学校が?」

「正確にいうと、各、文化部の制作物を売りたい」

「学校のサイトでは・・・。ダメですね」

「あぁ学校のサイトは、学校行事に関する事となっている、あと管理が、俺たちじゃない」

 管理は、普通科の先生方が業者に依頼しているらしい。
 ”らしい”というのも、よくわからないからだ。

「そういうことですか・・・。大丈夫ですよ。あっそうだ。戸松先生と絡みますが、俺がサーバの面倒を見ますから、電脳倶楽部の面々にサイト管理をさせてみるのはダメですか?」

「それができれば、いろいろ融通がきく」

「はい。サーバの維持費は、売上の5%で良いですよ。ドメイン代金を、学校が持って下さい。生徒会でも、電脳倶楽部でも構いません」

「ドメイン料金は?」

「今、考えているのは、shizuoka.jp ですので、一年間で3-4千円です」

「そのくらいなら、俺が払ってもいいな。それで?」

「今、EC-CUBEとWordPressをセットアップしたサーバを作りました。これを、サブドメインで振り分けて使えるようにしようと思っています」

「都度、篠崎が設定するのは手間じゃないのか?」

「大丈夫ですよ。1-3日程度は時間を貰いますが、標準設定で作るだけならそれほど手間じゃありません。DNSの設定とかは、先生に任せます。サイトに飛ばしてくれれば、大丈夫なようにします。サブドメインだけで使えるSFTPも用意します」

「わかった。戸松先生と話を詰めるけど、基本路線は、電脳倶楽部が管理で問題はないと思う」

「そのときに、児童養護施設や、他の施設の管理もお願い出来ますか?俺が出向くよりも、学校からのボランティアのほうが、受け入れはしやすいでしょ?」

「・・・。そうだな。篠崎が全部の施設を回るのは現実的じゃないな。解った、海野さんには、俺から連絡して、提案する」

「お願いします」

 運用方針も決定した。
 俺は、サーバの面倒を見ていて、売上の5%が手に入る。決済は、おいおい導入して、導入できたら、電脳倶楽部に告知をお願いすればいい。

 後日、津川先生と戸松先生と海野さんを交えて話し合いを行って、海野さんとしても学校が動いてくれる方がありがたいという事だったので、電脳倶楽部の面々が残りの施設に赴いて、設定を修正したり、サービスを削除したり、ウィルスではないスパイウェアもどきを削除して回ることになった。
 そのときに、何か問題があったら、電脳倶楽部に連絡をくれるように頼んだのだ。すべての施設に回って削除と設定の修正を行ってから、ショッピングサイトの説明を行った。どこの施設でも、定期的に、バザーを開いたりしていたらしいので、商品は数の違いはあるが、持っていた。在庫になっている施設も有ったようだ。
 電脳倶楽部の面々が、施設からの質問に答えたり、修正を手伝ったり、対応を行っているので、少ないが売上が発生し始めた施設もある。

 運用から手を引けたのは嬉しかったが、最後に大きな問題が残っていた。

 最初に設定を行った業者への対応が残っている。
 海野さんは、何かしらのペナルティーを考えているようだが、俺としては無視して良いのではと考えている。

 中間業者がいて、丸投げされているのが解っている状態で、最初に受注した会社の営業を呼び出して、質問を行う事になっているらしい。
 流石に、俺に出てくれとは言われなかったが、近くに控えていて欲しいと言われた。会議の様子は議事録に取るので、録画するのは当然で、最近ではリモート会議のようにするのも当たり前になっていると言われた。
 俺は、隣室でその様子を見て居て、質問やツッコミがあれば、海野さんに知らせる役目を担うのだ。
 オヤジに連絡したら、”お前の仕事だろう?だから、行政に関わるなと言った。面倒を味わえば解る”というありがたい返事が帰ってきた。

 悪いタイミングでテスト休みにはいる為に、学校を理由に断れなくなっていた。
 週明けの火曜日に、県庁に行くことが決定した。

 電脳倶楽部への依頼と指導を終えた。
 文化部の一部が、早速サイトに成果物を載せ始めた。サイトのデザインも、電脳倶楽部の面々が調整をしてくれる。

 週末はユウキと過ごした。
 ユウキが、参考書を買いに行きたいと言うので、街の本屋に向かった。

「ユウキ。参考書は見つかったのか?」

「うーん。良いのがなかった」

「他の本屋に行くか?」

「いいよ。ネットで噂を聞きながら探してみる」

「ユウキが、それでいいのなら、良いけど・・・。本は、実物を見ないと、わからないと思うぞ?」

「そうだけど、参考書だから、大丈夫だと思うよ」

「わかった。無いのなら・・・」

 時計を見ると、1時を少しだけ過ぎていた。

「昼を食べてから帰るか?」

「うん!僕、ハンバーグがいい」

 チラと”さわやか”の前を見ると、数名しか並んでいない。奥にも並んでいるだろうけど、1時間くらいで順番になるだろう。

「いいけど、並ぶのか?」

「ううん。タクミ。北街道のお店・・・。ほら・・・。太い道の方の!」

「あぁ”でみぐら亭”か?」

「うん!」

「混んでいるかもしれないから、その時は、”一休”でいいか?」

「お好み焼き?いいよ!」

 昼飯を決めてから、停めていたバイクに戻ってから走り出す。でみぐら亭は予想通りに混んでいた。一休も混んでいたが、ちょうど入れ替え時になっていて、手前のテーブルに座れた。お好み焼きをそれぞれ注文して、ヤキソバの大盛りを二人でシェアするために注文する。

 家に帰ってから確認したら、海野さんからメールが入っていた。

 時間と場所が決定したようだ。
 後出しジャンケンのようで心苦しかったが、俺の主張が認められた。

 施設や文化部のショッピングカートの諸問題が発生した時に、対応してもらう窓口を未来さんが担当してくれることになった。正確には、未来さんのところに入ったばかりの弁護士だ。

 会議に弁護士の同席が認められたのだ。そのために、俺も学生であるとは言わないで、オヤジに騙されて作った会社の名刺を出せば大丈夫だろうと言われた。そのために、スーツを新調した。ユウキは、褒めてくれたが、車を出した梓さんが”馬子にも衣装”と言っていたのが気になるが、似合っているとは思えない。

 当日になって、未来さんと合流して、県庁に向かう。
 ロビーで待っていると、海野さんが迎えに来てくれた。未来さんとは面識があるようだ。簡単に事前の打ち合わせを行って、会議室で待っていると、いかにも営業だと思われる人が入ってきた。

 挨拶をして、渡された名刺を見ると、部署が違っている。
 海野さんも気がついたようで、早速、理由を訪ねる。どうやら、メンテナンスや地方の施設を担当する部署の営業だと言っているが、要するに”ババを引いた”部署の人間なのだろう。

 話の始まりは、海野さんだ。
 俺が作成した資料を、営業に見せる。もちろん、海野さんが清書している物だ。俺と未来さんにも、同じ物が渡される。俺の立場は、施設から業者が来てOSを替えてからエラーが出ると、苦情が寄せられた。業者に質問して修正を依頼すると、契約外だと言われたので、近隣で対応が可能なシステム屋を探して対応してもらった。その対応したシステム屋の人間だと紹介された。未来さんは、施設の担当弁護士と紹介された。弁護士まで来ていると思っていなかったのか、業者の営業は焦り始めた。自分たちが行っている内容を把握しているのだろう。

 海野さんは、資料の説明の前に、契約に関しての確認を始めた。
 県と締結した契約書には、再委託は禁止とされている。問題や不具合も、3営業日以内で、対応するとなっている費用に関しては言及していないが、交通費など”県が定める費用”となっている。

「まず、確認ですが、13施設を担当していただきましたが、御社が作業をされたのですよね?」

「え?あっはい」

 いきなり直球を相手に投げる。
 契約の確認をしているので、違うとは言えない状況を作っておいて、確認する。常套手段だ。

「わかりました。それで、この作業は、御社が考えて実行したのですね」

「・・・」

 違うとは言えないし、認めるわけにも行かない。不正行為ではないが、問題がある行為だ。
 未来さんに契約書を読んでもらって、問題になる行為を説明してもらった。問題があるのは、各クライアントに遠隔操作が可能なアプリケーションを入れてセットアップを行っていることと、サーバにデータを送信していると思われる部分らしい。ルータの設定変更は、OSを変更したことで変更が必要になったと強弁が出来てしまうらしい。だが、クライアントにソフトをセットアップするには、各施設の責任者に承諾をもらわなければならない。各施設は、そんな説明を受けていないと言っている。作業書や、納品書にも、遠隔操作が可能なアプリケーションの名前は書かれていない。納品書に書かれていたら、”説明はした”と言い訳をされてしまった可能性が有った。

「篠崎さん」

「はい」

 海野さんが俺に話を振ってくる。事前の打ち合わせ通りの流れだ。

「篠崎さん。この作業は間違い有りませんか?」

「はい。ルータの設定が改悪されていて、外部からの侵入が可能な状態になっていました」

「それは、Windows10の設定を」「あっ大丈夫です。俺は、プログラマですが、OSの設定でルータをいじる必要がない程度の話は知っています」

 営業が何か言いかけたのを、打ち合わせ通りにぶった切った。

「他にも、サービスでプログラムが起動するようになっていました。それと、遠隔操作を行うためのプログラムが入っていました。ユーザ名は、施設の人たちが知らない名前でした。それから、サービスで起動するプログラムは、外部のサーバに用意されていた、WebサイトにPOSTでデータを送信していました。パケットを見ると、SSLで暗号化されていたので、内容までは追えていませんが、サイトではIPアドレスと識別番号が入力されるフォームがありました」

「篠崎さん。間違いはありませんか?」

「ありません。裁判でも、どこででも宣言しますし、説明します」

 俺が、裁判という言葉を口にしたので、営業は顔色を悪くする。

「そうですか。篠崎さん。私は、システムに関して、詳しくないのですが、設定変更と、セットアップされたアプリケーションで何ができるのですか?」

「そうですね。遠隔地からのメンテナンスが出来ます」

「しかし、それは契約に入っていません。他には?」

 営業が口を出そうとしたが、海野さんはが先に俺におかわりを求める。
 はじめから決められている流れだが、逆転の目は無いのだろう。

「ほかですか?」

「えぇ情報流失や、ハッキングなどの心配は無いのですか?」

「情報流失の可能性は否定出来ないです。内部のパソコンに侵入できる経路が設定されていました。それに、怖いのは踏み台にされる事ですね。被害者なのに、加害者になってしまいます」

 その後は、海野さんと未来さんが、俺に質問する形で話を進んだ。
 所々、営業に質問という確認をしているが、殆ど期待している返事ではない。”システムに詳しくないので”が枕詞で、”私にはわかりません”が続くだけだ。中に質問内容が入るだけで、返事は変わらない。

 いつまでも、これでは時間の無駄になるので、海野さんが締めに入る。

「貴殿では、”わからない”のなら、誰なら解るのですか?今日は、メンテナンスの話だと言っておいたのに、システムが解る人はどうしてご同席していただけなかったのですか?それに、私たちは、中央から推薦があった御社を信頼して13施設を担当していただいたのです。後ほど、担当部署を通して抗議させていただきます。今後の対応は、御社から、誠意のある返答を待ちたいと思いますが、いつまでに今後の対応をまとめていただけますか?」

 机を指で弾きながら、海野さんは営業に最終通告に近い話をする。
 その上で、別の紙を取り出した。質問事項が書かれた紙だ。

・施設に来た者の連絡先が御社になっていない理由
・ルータの設定変更の理由
・サービスで起動したプログラムの概要説明
・サービスで起動したプログラムが必要な物なら、ソースコードの開示
・遠隔操作プログラムを入れた根拠と理由

 営業は、すごい顔で、俺と未来さんと海野さんを睨んでから、紙をひったくるようにして席を立った。営業として考えても最低な対応だ。

「篠崎さん。未来先生。今日は、ありがとうございました。あとは、こちらでまとめます」

「わかりました。海野さん。可能な範囲で構いません。顛末をお聞かせ下さい」

「当然の権利ですね。解りました。手配いたします」

 会議は、それで終わった。
 俺も、あとは未来さんに任せることになった。

 未来さんから打ち合わせがしたいと連絡が入った。美和さん経由でも、オヤジ経由でも、俺に直接でもなく、ユウキ経由だ。
 例の件が片付いたという事だ。場所をどうするのかと聞いたら、”子供部屋”に行くと言われた。

 なんとなく、事情を察して、ユウキに日程の調整を頼んだ。放課後や土日なら俺は、いつでも大丈夫だが、未来さんは違うだろうと考えた。

 ユウキは、喜んで引き受けてくれた。

 そして、明日の19時に未来さんが、家にやってくる。迎えは、珍しくユウキがやると言っているので任せる。話を聞いたら、梓さんが車を出してくれるのだと教えてくれた。足は確保されたので、俺は話をする場所を確保する。ユウキから聞いた話では、込み入った話になるだろうと言われた。声が他に漏れない場所で話をしたいと言われたので、リビングではなく音響の設備が整っている”離れ”で話を聞くことになる。
 ユウキの口ぶりだけだけど、未来さんも、この家の実情を知っているようだ。

 約束の時間よりも、30分ほど早く3人は到着した。美優さんは、用事があってこられないと言われた。

「流石は、”ダメな大人”たちが作っただけはあるわね」

 未来さんは、離れに案内して最初に言ったセリフだ。
 俺も、ユウキも苦笑するしかなかった。

 離れには、テーブルを持ち込んでいる。ローテーブルだ。椅子まで用意するのが面倒だった。

 話は長くならないと言われた。なので、食事前に話を終わらせてしまう。

 未来さんが、資料を見せてくれた。

「ふぅーん」

 ななめ読みで資料を把握する。

 施設に来た人たちは、業者の関連会社で契約違反をしたわけではない。一部、関連会社で人手が足りなくて、関連会社の協力会社に作業をお願いした部分があり、管理が出来ていなくて申し訳ないと”遺憾の意”を表明していた。簡単に言えば、謝っていない。
 ルータの設定変更は、問題が発生したときに速やかに対応を行うために必要だった。説明不足だったのは認めるが、セキュリティを考慮して設定をおこなったポートも通常ポートと違う設定にしているとハッキングの危険性は少ないと判断した。と言い訳が書かれている。
 サービスで起動していたプログラムは言い訳が出来ないようだ、ソースコードの開示は出来ない。内容は、メンテナンス時に必要な物だとしか書かれていない。
 遠隔操作ができるプログラムも同じようにメンテナンスで必要になる物で、円滑に業務を推敲するために必要になっている物だと書かれていた。

 メンテナンスを考えてのサービスだったが、認識違いと説明不足と確認不足だったのを認めて、OSの代金を含めて、費用は一切に必要ないと言い出している。
 海野さんと未来さんは、契約違反を全面に対決姿勢を打ち出していた。業者は、俺たちが行ったサポート料を施設毎に5万円支払うと打診してきた。中央からも、訴え出るようなことはしないほうがいいというありがたいお言葉を貰った。海野さんは、県から依頼が無い限り中央からの業者の依頼は必要ないと突っぱねる事に成功したようだ。他にも、何か交渉で手に入れたようで、業者からの詫び料は、俺たちへの報酬に回す事に決まった。ちょうど、ショッピングカートが動き出していたので、施設のホームページ作成料として随意契約を結ぶ形となった。俺の会社が、電脳倶楽部に報酬を流す事になりそうだ。

 未来さんは、俺の会社の顧問弁護士の肩書を持っているので、津川先生との交渉もお願いした。1割が会社の取り分となって、1割の半分が弁護士の報酬と決まった。俺が持っている会社は、俺が学生の間は、損金がでなければいいと言われているので、問題はない。

 未来さんから、説明を受けて、全てを承認した。

 その後、俺がリビングで食事を用意して、ユウキが離れに運んでいる。梓さんが、未来さんに相談したい内容があるとのことだ。
 食事の後に二人だけで話をしたいと言われた。俺は、やることがあったので、秘密基地に籠もって、ユウキはリビングで二人の話が終わるのを待っていた。1時間くらい経過してから、話が終わったようだ。未来さんは、森下家に顔を出して帰るのだと言っていた。梓さんも、未来さんを送っていって、そのまま帰っていった。

 久しぶりに、落ち着いたので、ユウキと一緒に風呂に入って、寝室でゆっくりと寝た。

 翌日の学校も放課後まで無事に過ごした。
 放課後に、津川先生が生徒会室に来てくれたので、顛末を説明した。

「そうか、助かったよ」

「いえ、未来さんからも連絡が来ると思いますが、電脳倶楽部に後払いですが報酬が出せます」

「それは、戸松先生に言ってくれ、俺は俺で報酬を用意する」

「わかりました」

 その足で、戸松先生に面会を申し込んだ。都合がいいことに、時間が空いていると言うので、戸松先生の研究室に移動して、顛末の説明を行った。

「ん?篠崎。それだと、電脳倶楽部は、50万を超える収入になるのか?」

「そうですね」

「うーん。篠崎。少し、保留にさせてもらえるか?」

「かまいませんが?報酬が少ないですか?」

「逆だ。逆!多すぎる。外部からの、入金で一度に50万だと上に報告をする必要がある。面倒だし、説明しなければならない」

「はぁ」

「戸松先生。寄付にしてしまえば良いのでは?」

「寄付?あぁそうだな。篠崎の会社から、電脳倶楽部に寄付の形にすれば、上に報告する必要はないな」

「寄付で良ければ、それで対応します。経理上の問題が発生するようなら、そのときに相談します」

 打ち合わせが終わってから、オヤジに連絡をいれる。税理士は、オヤジの紹介だからだ。寄付で大丈夫だと言われた。むしろ、寄付のほうが良いらしい。

 後日、学校に地元のテレビ局から打診が有った。
 施設のネットワークやパソコンのメンテナンスを、高校生が行っているというのは、かなり、レアな状態らしい。学校は、美優さんや梓さんの事があったので、断ろうとしたら、学校名と倶楽部の紹介だけで、生徒は作業風景を撮影するだけで、個々の名前は出さない取り決めになった。
 地方ローカルのニュース番組で取り上げるだけのようだ。
 タウン誌の取材も受けた。セキュリティ・キャンプでの活躍と今回の問題を紐付けた記事になっていた。

 TVの放送とタウン誌の発売の時期が重なった。
 それから、小規模な施設や商店からの問い合わせが学校に届くようになった。

 3ヶ月もすると状況は落ち着いた。電脳倶楽部が担当する施設が増えたのだ。部活動の一環として、作業料は取らない方針に決まった。ただし、適正価格の提示は行う。学校で開催する行事の時に、人手を出してもらったり、資材を提供してもらったり、手伝いをお願いすることになった。ショッピングカートは継続する。馬鹿にできない売上になっている。施設が増えて、商品が増えたこともあるが、タウン誌で紹介された事で、アクセス数が増えたのだ。
 システム開発の話が転がり込んでくる事がある。俺が対応出来そうな話なら、対応するが、無理そうならオヤジの会社に流した。

 充実した日々だったが、問題は発生していた。
 今日は、問題を聞くために、電脳倶楽部に来ている。

「篠崎先輩」

「それで?」

「はい。僕たちが管理している表のサイトに大量のアクセスがあり、どうやらハッキングのようなのです」

「その結論を導いた理由は?」

「はい。まず、僕たちが管理している表に出しているサーバは、表からのアクセスは殆どありません」

「そうだな。決められた端末のアクセスできない仕様になっている」

「はい。それなのに、このログを見て下さい」

 見せられたログは、確かにハッキングを試みている状況のようだ。

「ふーん。アドレスが違うのだな」

「はい。なので、対応に苦慮しています。除外しても、すぐに次のIPでアクセスがあります」

「ポートもめちゃくちゃだな。もう少し詳しいログが欲しいな」

「はい。僕たちも、そう考えて、今、間にルータを挟んで、パケットも記憶するようにしました」

「わかった。ハッキングの予兆だと思うから、暫くは除外する方法で対処しよう。それでも、止まらない場合はカウンターアタックを考えよう」

『はい!』

 ハッキングにしてはツールだよりになっている気がする。偶然なのか?それとも、電脳倶楽部(学校)が管理していると知っての攻撃なのか?

 電脳倶楽部には、3日後に顔を出すと伝えた。
 同じ(攻撃者)なのかわからないが、攻撃に連続性があるように思える。踏み台を使って、執拗に攻撃を繰り出しているようだ。

 手元にあるログからは、判断は難しいが、ハッキングの兆候だと考えて良いだろう。
 詳しくパケットを解析してみないとわからないけど、狙っているようにしか思えない。どうして、サイトに直結している場所ではない。ドメインを割り振っていない。積極的に使っているいない場所を攻撃してくるのか?偶然見つけたのかもしれないが、それでは連続で狙ってくる意味がわからない。

 IPを総当りで来ているのなら、最初のアタック時に除外されたら、アタックを中断するのが一般的だ。
 何か欲しい物が有って狙っているのか?でも、それなら、”なぜ”狙われたのかがわからない。一般的に、企業など特定のターゲットがある場合を除いて、流しのハッキングでは、ここまで何度もアタックはしてこない。俺の経験では、多くても2-3回だ。
 何度も、同じ流れでアタックをしてきている。手口が似ているとしか言えないが、同じ流れでの攻撃はツールを使っている時の特徴だ。

 さて、これ以上は情報が不足しているので、考えるだけ無駄だな。

 ユウキは、先に帰ると言っていた。病院に行くのだと言っていた。いつもの定期検診だから大丈夫だと言っていた。詳しい話はまだ聞いていないが、美和さんも桜さんも気にするなと言っている。時期が来たら説明してくれるだろう。

 秘密基地に行くと、ユウキからのメッセージが入っていた。
 美和さんと夕飯を食べてくるという連絡だ。

 学校を出る時に解っていたら、どこかで食べてきたのに・・・。着替えて、バイクにまたがる。
 久しぶりに”おでん”でも食べに行こう。天神屋(テンジンヤ)でいいかな。面倒だから、セントラルスクエアに行こう。買い物は、帰りにイオンによればいいけど、何か変わった食べ物が売っているかもしれない。

 まずは、久しぶりの”おでん”を選ぶ。
 フードコートで食べる。ついでに、ヤキソバも買う。ヤキソバを買ったので、白飯も買う。
 ”おでん”とヤキソバと白飯。”おでん”は、”じゃがいも”と”こんにゃく”と”白焼き”と”はんぺん(黒はんぺん)”と”たまご”と”ガツ串”と”なると”と”ウインナー”に味噌をかけて、青のりだし粉をふりかける。
 ヤキソバを温める。飲み物は、マクドナルドでジュースだけ買ってくればいいかな。確か、クーポンが有ったはずだ。

 テーブルに座っていると、どこからか視線を感じる。
 ユウキと居る時ならよくあるのだが、一人で視線を感じるのは珍しい。誰なのかわからないが、俺をどこからか見ているようだ。

 気にしてもしょうがないので、食事を続ける。

 食事を終えて、ゴミを片付けて、水を一杯だけ飲む。
 店舗で売っている物でユウキが欲しがりそうな物はなかった。視線を感じない。フードコートの中では感じていたから、フードコートの中か、近くに居る奴なのだろう。

 土産が何もないと、ユウキが拗ねるだろうからな。
 ドーナッツでも買っていけばいいかな。ユウキが好きなポンデリング系の物を3-4個とあとは適当に買っていこう。

 バイクに戻ると、俺のバイクに誰かが近づいていた。マクドナルドの制服を着ている男だ。
 遠隔で、バイクのエンジンをスタートさせる。ハザードを点灯させる。そして、警告音を鳴らす。全部、未来さんが言っている”ダメな大人”たちの改造だ。他にも、音声認識も付けられている。今日のヘルメットは違うが、ヘッドマウントディスプレイが付いているヘルメットまで作っている。停止している時にしか使えないが、目の前に地図を表示させる事もできる。他にも、運転の邪魔にならない位置に情報の表示ができるようになっている。技術の無駄遣いとはよく言ったものだ。

 男は、何か工具の様な物を落として逃げていった。
 うーん。俺のバイクだと知っていて狙ったのか?それとも、偶然見かけて狙ったのか?

 ひとまず、施設の警備員に来てもらおう。
 そう思ったら、音を聞いて駆けつけてくれた。バイクには、もちろんカメラが取り付けられている。警報音を鳴らし始めてから録画されている内容を、コピーして警備員に渡す。男の顔は映っていないが、制服が間違いなくマクドナルドだったので、警備員は今から”工具を落とした”者を探しに行くと言っていた。俺は、面倒事の匂いがしたので、早々にその場から逃げ出した。警備員も、別に何かされたわけでもないし、俺が訴えるような事はしないと明言したので、注意だけで、犯人を探し出してペナルティを科さないらしい。あとは、施設とマクドナルドに任せる。

 一応、連絡先の確認の為に、免許書のコピーを取らせて欲しいと言われたので承諾した。電話番号も伝えておいた。

 まだ、ユウキは帰ってきていなかった。
 ドーナッツをリビングのテーブルの上に置いて、秘密基地に移動する。

 ユウキは、遅い時間に帰ってきて、そのまま着ていた服を脱ぎ捨てて、ベッドに潜り込んだ。

 3日後に、学校に行くと、放課後に電脳倶楽部に来て欲しいと伝言があった。
 放課後に、電脳倶楽部に移動すると、戸松先生が待っていた。

「戸松先生?」

「おぉ篠崎。悪いな」

「えぇーと。どの件ですか?」

「まずは、ハッキングの件で動いてくれただろう」

「えぇまぁ電脳倶楽部に関わっていますからね」

「あっそうだ。篠崎。お前、先月末で、電脳倶楽部を辞めているからな」

「え?あっ!寄付金ですか?」

「そうだ。見え透いた話だけど、ツッコミを挿れる輩は居るからな。特に・・・」

 戸松先生は、下を指差す。それを意味するのは、普通科の教諭たちだろう。確かに、自分の会社から、自分が属している場所に寄付金を出しては意味が無いな。

「わかりました。それで、寄付金は大丈夫ですか?」

「問題はない。校長も喜んでいた。寄付金もだけど、電脳倶楽部が地域の役に立ったと校長会で自慢できたとか言っていたからな」

「そうなのですね。それで、戸松先生」

「おっそうだった。これが、4日間のログだ。電脳倶楽部で、ハッキングだと思われる部分を抜粋した。生ログは後で送る」

「ありがとうございます」

 渡されたデータを読み込ませて表示させる。
 ポートアタック?違うな。パスワードアタック?

「狙ってきていますね」

 連続性が感じられる攻撃だ。
 同じパターンで微細な変更を加えて、攻撃を繰り返している。調査や流しのハッキングではない。

「そうだな」

「対処が厄介ですね。ツールを使っている上に、踏み台も使っています。ん?」

 昼夜での差がなく、攻撃の間隔も短い。人がコマンドを叩いているとは思えない。何かしらのハッキングツールを使っているのだろう。
 ツールがわかれば、対処も判明するのだけどな。難しいだろうな。

 生ログが届いた。
 接続前後の情報がまだ存在していた。

「どうした?」

「戸松先生。これ、ターゲットは、俺とか戸松先生とか電脳倶楽部の面々ですよ?」

「どういうことだ?」

「送られてきた生ログを見てみると、ポートでユーザ名が、通常のこの手の攻撃の時は、rootやadminとかを使いますよね?」

「そうだな」

「この攻撃は、俺とか戸松先生の名前や、電脳倶楽部のアカウントを探ろうとしています」

 ポートに接続を行って、ユーザ名を入力してパスワードを要求する。
 パスワードだけではなく、ユーザ名も文字列の組み合わせや、辞書を使って存在していそうなアカント名を使うのが一般的な攻撃だ。しかし、攻撃を見てみると、ユーザ名は、あるのが当然と攻撃者が考えているようで、関係者の名前が並ぶ。それに、パスワードが組み合わせてアクセスを試行している。
 ポートを閉じている上に、接続拒否を行っている。侵入に成功していない。
 何が目的なのかわからないのが気持ち悪い。

「暫く放置するしか対処が無いですね。踏み台のストックが切れる事を期待しましょう」

「そうだな。篠崎。俺は、別の角度から考えてみる」

「わかりました」

 俺は、帰ってから生ログの解析を進めてみる。
 電脳倶楽部がまとめてくれた情報は、ハッキングが行われている事と、ターゲット認定されている事と、犯人はツールを使っている事だけが判明している。