「大丈夫か?」
いつになく深刻な様子で問い掛ける一慶に、ボクは無理に笑顔を返す。
「あは…コケちゃった。安心したら気が抜けちゃって。」
「薙、無理は」
「してないしてない!全然平気!!斬られたのはTシャツだけだし。」
「当たり前だ。《燕空剣》は、浄魂《じょうこん》の太刀だからな。相手の肉を斬らない様、正確な間合いを取るのが基本だ。」
「うん、知っていたけど…本物は想像以上だった。正直、驚いたよ。」
支えられた手をそっと離れると、ボクは改めて瑠威を眺めた。蒼白な顔が、鏡の様に磨かれた霧風の刀身に映り込んでいる。
あんな儚げな子が…先程は、まるで鬼神の様だった。
「──確かに。瑠威が、これ程腕が立つとは思わなかったな。」
ボクの心理を穿《うが》つ様に、一慶は呟いた。
「僕も驚いたよ。まさか、あれ程の器量の持ち主だったとは…。流石は、《風の星》の当主。血は争えないね。」
祐介が、然り気無く会話に割って入った。
「あれは、独学のレベルじゃない。天才だからこそ、成せる技だよ。」
「あぁ。右京さんと同じだな。」
「右京さん?」
思わず問い返すと、一慶は僅かに双眸を細めて言った。
「お前は知らないだろうが…あの人の剣技は、一座でも抜きん出ている。何しろ、一座でも数少ない剣聖だからな。」
「剣聖!右京さんが!?」
驚いてばかりのボクを見て、祐介がクスリと笑う。
「そうだよ。伸之さんから、六星剣術の達人の噂を聞いていないかい?」
…聞いていない。
全くの初耳だ。
首を横に振って答えるボクに、祐介は言った。
「剣聖の位を冠する当主は、ここ数百年と現れていない。右京さんは、稀有な資質の持ち主なんだ。そのDNAは見事に、瑠威に受け継がれたようだね。」
その言葉を、一慶が引き継ぐ。
「瑠威はガキの頃から、ずっと右京さんの稽古を見て育ってきた。剣も法術も…全て、見よう見真似で覚えたんだろう。太刀筋が、右京さんとソックリだった。『門前の小僧、倣(ナラ)わぬ経を読む』と言うが…普通は、そう簡単にはいかない。瑠威だからこそ出来たんだ。恐ろしく感性の鋭いヤツだよ。」
「大丈夫か?」
いつになく深刻な様子で問い掛ける一慶に、ボクは無理に笑顔を返す。
「あは…コケちゃった。安心したら気が抜けちゃって。」
「薙、無理は」
「してないしてない!全然平気!!斬られたのはTシャツだけだし。」
「当たり前だ。《燕空剣》は、浄魂|《じょうこん》の太刀だからな。相手の肉を斬らない様、正確な間合いを取るのが基本だ。」
「うん、知っていたけど…本物は想像以上だった。正直、驚いたよ。」
支えられた手をそっと離れると、ボクは改めて瑠威を眺めた。蒼白な顔が、鏡の様に磨かれた霧風の刀身に映り込んでいる。
あんな儚げな子が…先程は、まるで鬼神の様だった。
「──確かに。瑠威が、これ程腕が立つとは思わなかったな。」
ボクの心理を穿|《うが》つ様に、一慶は呟いた。
「僕も驚いたよ。まさか、あれ程の器量の持ち主だったとは…。流石は、《風の星》の当主。血は争えないね。」
祐介が、然り気無く会話に割って入った。
「あれは、独学のレベルじゃない。天才だからこそ、成せる技だよ。」
「あぁ。右京さんと同じだな。」
「右京さん?」
思わず問い返すと、一慶は僅かに双眸を細めて言った。
「お前は知らないだろうが…あの人の剣技は、一座でも抜きん出ている。何しろ、一座でも数少ない剣聖だからな。」
「剣聖!右京さんが!?」
驚いてばかりのボクを見て、祐介がクスリと笑う。
「そうだよ。伸之さんから、六星剣術の達人の噂を聞いていないかい?」
…聞いていない。
全くの初耳だ。
首を横に振って答えるボクに、祐介は言った。
「剣聖の位を冠する当主は、ここ数百年と現れていない。右京さんは、稀有な資質の持ち主なんだ。そのDNAは見事に、瑠威に受け継がれたようだね。」
その言葉を、一慶が引き継ぐ。
「瑠威はガキの頃から、ずっと右京さんの稽古を見て育ってきた。剣も法術も…全て、見よう見真似で覚えたんだろう。太刀筋|《たちすじ》が、右京さんとソックリだった。『門前の小僧、倣|《なら》わぬ経を読む』と言うが…普通は、そう簡単にはいかない。瑠威だからこそ出来たんだ。恐ろしく感性の鋭いヤツだよ。」
成程、そういう事か…。
道理で、瑠威の剣には一片の迷いも見られなかった訳だ。
「《風の星》は代々、天賦の才に恵まれる血筋だ。その中でも、瑠威は特筆すべき才能を持っている。本来の『力』が戻ったら、一体、何|《ど》れ程の者になるのか…想像も付かないよ。何しろ、あの宗吉翁|《そうきちおう》が、『力』を分散させる程だからね。」
細い指を顎|《おとがい》に当てて、祐介は言う。
「その天才当主が、今また、至高の銘刀 《霧風》を手に入れたんだ…最強だね。僕らも、ウカウカしてはいられないな。」
剣術の師範である祐介にとっても、瑠威の持つ可能性|《ポテンシャル》は脅威の様だった。東吾も又、真摯な眼差しを向けている。
伝説の剣と、天才剣士の出逢い──。
そうして。この時のエピソードが、後に、《風の星》当主・神崎瑠威の、鮮烈なデビュー秘話として語られる事になるのだった。
穏やかな笑顔と、ほんの少しの涙が混在する神崎家の道場。皆が各々の想いを抱いて佇む中、ボクは、ゆっくりと瑠威の元に歩み寄った。
囲んでいた人垣が自然に解けて、輪の中心にペタリと座り込む瑠威が、ゆっくりと此方を見上げる。
その手には、鞘に納められた宝剣 《霧風》が、大切に握られていた。
「瑠威。」
声を掛ければ、虚ろだった瞳が、みるみる大きく見開かれる。
「薙…。」
「約束だ。お前を《六星》としてボクの配下に置く。」
「解っている。オレの完敗だ。アンタの言うことは、何でも聞くよ。」
「……。」
「約束は約束だ。二言は無い。」
真っ直ぐな眼差しで言い放つ少年に、ボクは、堪らなく哀しくなった。込み上げる想いに突き動かされる様に、膝を着いて瑠威を見据える。
「瑠威。本当言うとボクは、こんな強引な方法で、君を従えるのは嫌だった。君とは、解り合えると思っていたから。」
「知ってる。」
「えっ?」
「知ってるよ。この立ち合いも、オレが一番納得する方法を、アンタなりに考えた結果なんだろう?」
「どうして解ったの?」
「アンタの考えそうな事だ。バレバレなんだよ。」
「バレバレ──」
がくりと肩を落とすと、瑠威は意地悪な笑みを口元に履いて言った。
「まぁ、そう落ち込まないでよ。多分だけど…アンタとは、感性が近いんだ。何の根拠も無いのに、アンタならオレの事を解って貰えると思った。それは本当だよ?…だけど。」
そこまで言うと、瑠威は、不貞腐|《ふてくさ》れた様に視線を外して呟いた。
「…そんな事、面と向かって言える訳ないじゃない。恥ずかしい。」
「恥ずかしい??どうして?」
「だって…オレの勝手な思い込みかも知れないし。もし勘違いだったら、それこそ馬鹿みたいじゃないか!」
言い捨てるなり、プイと横を向く瑠威。
その頬は、ほんのり紅く染まっていた。
「オレ…別に、アンタが嫌いな訳じゃない。」
耳を真っ赤にしながら、瑠威は言う。
「第一印象は最悪だったけどね。初対面の俺にズケズケ物を言うし。年上風吹かせて、やたらと偉そうだし。だけど、アンタの言葉には嘘が無い。正論だから、反論も出来ない。そういうのが、一番質が悪いんだ。調子が狂っちゃうんだよ!」
印象が悪かったと言われて、妙に納得してしまう。
瑠威の言い分は、もっともだ。
確かにボクは、初めから彼にズケズケ物を言い過ぎていたかも知れない。
彼と会う時──。
ボクは大抵、金目になっていた。
『神子』の人格に支配されていた所為|《せい》で、命令口調になっていた…気がする。
それだけじゃない。
彼を見ていると、自然に昔の自分の姿が重なって、もどかしい気分になるのだ。
拗ねて強がって、精一杯虚勢を張っている姿を見ると、つい叱り飛ばしたくなる。どうしてもっと素直になれないんだと、手を差し延べたくなる──。
暗い想いに囚われていた頃の自分を、反芻してしまうのだ。
「嫌じゃなかった…」
「えっ?」
あまりに唐突に、瑠威は言った。
「嫌じゃなかったんだ、不思議と。歯に衣着せないアンタの言い方とか…突き放した態度とか、それが寧|《むし》ろ心地好く思えた。」
「え──ど、どうして?」
「オレは、いつも『特別扱い』だったからね。周りの連中は、オレに気を遣って、誰も本気で叱ってくれない。『あの事件』の後は尚更だ。皆、腫れ物を触るみたいにオレを遠巻きにする。」
「瑠威…」
「ずっと思っていた。生まれて来なければ良かったのに──って。」
瑠威の言葉は、ボクの胸を深く抉|《えぐ》った。堪えていた痛みを吐き出すかの様に、尚も彼は続ける。
「変な気を回される度に、却|《かえ》ってあの事件を思い出す。『あれは夢じゃなかったんだ』って、何度も思い知らされる。忘れたいのに、なかなか忘れさせて貰えない。辛いんだよ、もう終わった事なのに、いつまでも忘れられないのは!」
そう言って、少年当主は、真正面からボクを見詰めた。
「事件を知った後でも、態度が変わらなかったのは、アンタだけだ。それが嬉しかった。」
思い掛けない言葉だった。
それでは、ボクは──ボクのした事は、間違っていなかったのか?そう信じて、良いのだろうか??
混乱するボクを見て、ふと瑠威が笑う。
「本気で向き合ってくれる奴が、やっと現れた。薙は、オレの特別だ。だから、従う。オレは、アンタに帰依《きえ》するよ。」
柔らかい眼差し。綻|《ほころ》ぶ口元。
初めて見る…彼の、こんな笑顔は。
互いの視線が絡み合った、その刹那。
「ありがとう、薙。」
不意に、瑠威の唇がボクの頬に触れた。
ほんの束の間の出来事だった。
帰り際…。
神崎家の玄関先で、祐介が一慶に話し掛けた。
「薙を宜しく頼むよ、カズ。遥もね。」
祐介は、瑠威の治療計画を立てる為、暫し神崎邸に残る事になった。一慶が、親指でボクを示しながら答える。
「こいつの心配は無用だ。不屈のマングースだからな。それより、お前こそ諸々頼んだぜ。瑠威の『医者嫌い』が治るかどうかの瀬戸際だからな。」
「解っている。気を付けるよ。」
一足先に帰途に着くボク等を、何処か気遣わしげに見送る祐介。そんな彼に、遥はご機嫌な調子で言う。
「大丈夫、大丈夫!祐ちゃんは、心置き無く瑠威の治療に専念してあげて。薙の面倒は、俺に任せて良いからね!」
「…それが一番心配なんだけどね。」
苦笑を浮かべる祐介。
はしゃぐ遥の後ろ姿を、溜め息混じりに見詰めている。
「薙。」
踵|《きびす》を返したところで、不意に、祐介に呼び止められた。『おいで』とヒラヒラ手招きされて、ボクは思わず首を傾げる。
「何?」
小走りで駆け寄ると、祐介がグイと顔を近付けて来た。綺麗な顔が間近に迫り、思わず息を飲む。
「あの…何か用??」
「ん、ちょっとね。気になって。」
…そう言うと。
スイと右手を掲げて、ボクの額に翳す。
その指先に、ポゥッと蒼い光が灯った。
「癒霊するの?」
「そうだよ。今日は長丁場だったし、キミは酷く疲れている。体は平気そうだけど、魂魄は擦り傷だらけだ。」
気遣わしげな表情は、ボクに向き合った瞬間、一層深く悩ましくなった。祐介が、ボクを心配している。
「さっきも、倒れそうになっていたよね?? カズに支えられただろう?」
「見ていたの?」
「見えたの。あんなに仲睦まじい姿を見せ付けられたら、僕も冷静じゃいられない。この僕を嫉妬させる女性なんて、キミくらいだよ。」
…そう来たか。
そんな恥ずかしい台詞を、よく臆面も無く云えるものだと感心する。ボクは、顔を火照らせたまま、必死に反論の言葉を捻り出した。
「勘繰り過ぎだよ。ボクは、そんな…一慶と、特別に仲睦まじいって訳じゃ…」
「それなら、僕にも、あんな風に甘えてみせて?」
「いや、だから!別に甘えてなんか…っ」