「今日の診察はこれで終わりだけれど…何か質問はある?」

質問…?

「何でも良いの?」

『どうぞ』と言われて、ふと思い当たった事を口にしてみる。

「何故、眼鏡を掛けているの?」
「薙、それは…」

「だって、何を訊いても良いんでしょう?どうして、病院では眼鏡を掛けるの?? 家では、掛けないのに。」

「………。」

 ──幾ばくかの沈黙の後。
祐介は、疲れた様に嘆息して答えた。

「この眼鏡をしていないと『見えてはいけないモノ達』が視えてしまうからだよ。こういう場所は、特にね。」

…『見えてはいけないモノ』?

その語彙を想像した途端、背筋が寒くなった。不意に今朝ほどの事件を思い出す。

『紅い蛇』の群れ──。

あれも恐らくは『見えてはいけないモノ』の一つなのだろう。

 祐介は神妙な面持ちで言う。

「病院にはね。朝から晩まで大勢の患者が出入りしている。皆、病や怪我と一緒に、様々なモノを持ち込んで来るんだよ。」

「様々な…『何』を?」
「因縁霊。」
「いんねんれい?」

「病気や怪我をする人の過去には、『そうならなければならない原因』が必ず在るんだ。例えば、先祖の中に、自分と同じ病や怪我で苦しんだ者がいたり…前世に『同じ境遇』で亡くなっていた血縁者がいたりとかね。その《因縁》が解消されないまま転生した結果、現世でも同じ苦しみを繰り返しているんだ。そういう人達の背後には、やはり『同じ因縁』を持つ因縁霊が憑いている。そうして、僕に救いを求めてくるんだ。」

「祐介には、それが視える?」

 ボクが尋ねると、彼は無言で頷いた。

「彼等の声や姿に、いちいち反応していたら診察にならないからね。眼鏡に祈念を込めて、それ等を『見えなくして』あるんだよ。」

 事も無げに言う祐介──だが。
ボクには、それが実感出来なかった。

『見えない世界』の住人達が、現実世界にも大きく関与しながら存在しているという真実を、まだ素直に受け入れられない。

 何度となく見せ付けられる怪異の中に在(ア)って…それでも、疑念が払拭出来なかった。