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小学生

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─── 6歳 春 ───

母たちがおしゃべりだったおかげで、俺たちは毎週、1時間程、レッスン後に遊んで帰るようになった。

初めは恥ずかしそうにしていた奏だったが、慣れて来ると、とてもおしゃべりで楽しい女の子だと分かった。

だけど、俺にとって奏は、やっぱりお姫様で特別だった。

鬼ごっこをしても、足の速い俺が奏から離れすぎると、つい奏の所に駆け寄って近付きたくなってしまい、捕まってしまうというマヌケな事を繰り返した。


そうこうするうちに、季節は巡り、出会って1年、6歳の春に、俺たちは同じ小学校に入学した。

入学式の日、俺は初めての小学校、初めての教室に多少の緊張感と共に入ると、同じ教室に奏がいた。

何故だろう?
奏の周りだけ、輝いて見える。
他にも大勢いたはずなのに、奏だけはすぐに見つけられた。

俺は、吸い寄せられるように、奏の側に立った。

すると、奏の隣の席に、『たさき ゆうと』と書いてあるのを見つけた。

神様、ありがとう。
これは、もしかして、運命?



俺が椅子に手を掛けると、ようやく奏も俺の存在に気がついた。

「おはよう! 奏ちゃん!」

「ゆうくん! おはよう!
ゆうくんの席、ここ?」

「うん。」

「お隣だね。やったぁ!」

それまで不安そうだった奏の表情が一気にほころんだ。

入学式の帰り、校門前の
『○○年度 第○回 ○○小学校 入学式』
という看板を背に俺たちは仲良く写真を撮った。

母たちに無理矢理撮らされた写真だが、これは近い将来、俺たちの披露宴で是非使わねばなるまい。



「ゆうちゃん、昼休み、鬼ごっこしようぜ。」

俺は、昔から友達はそれなりに多かった。

だから、俺の席の周りには、こうやって俺を誘いに来る友達が群がってくる。

それはとてもありがたい事だが、唯一の難点は、群がってきた奴らが、奏の存在に気づいてしまう事だった。

奏はかなりの人見知りだが、俺というフィルターを通す事で、早くみんなに打ち解ける事が出来た。


「奏ちゃんもやる?」

佐藤 康太(さとう こうた)が、にこっと奏に目をやって誘う。

おいおい、お前はいつも女子とは一緒に遊ばねぇだろ!?

「ううん、やめとく。ありがと。」

奏が断ってくれて、ほっとしてるなんて、俺はなんて心が狭い男なんだ。



こうして、俺の小学校生活は、奏と共に始まった。



男子の中で、奏は、密かに人気があり、どう接していいか分からないアホな男子が奏をいじめるなんて事は日常茶飯事だった。

その度に、俺は、奏をかばって戦い、正義のヒーローを勝手に気取っていた。


そうこうしているうちに、あっという間に夏休みになった。

休みになると、その頃、既に親友と化していた母たちが、互いの家を行き来するのに連れられて、俺と奏もお互いの家を行ったり来たりするようになっていた。

学校では、周りの目を気にしてあまり奏を誘えなかったが、こうして2人きりだと何をしても楽しくて嬉しくて仕方ない。

お絵かきをしたり、ゲームをしたり、奏にピアノを教えてもらったり、逆に奏にバイオリンを教えてやったり…。


そんなある日、母が奏の発表会を見に行くと言い出した。

俺は母に連れられて、地元の市民会館にやってきた。

まだ小学生の俺には、ピアノの発表会がどんなものなのか、想像もつかなかった。

単純にステージでピアノを弾く…としか思ってなかったのだ。

だから、奏が、淡いピンクのふわふわのドレスでステージに登場した時、とても驚いた。

やっぱり奏はお姫様だった!

それはもう、絵本から抜け出したようで、俺は口をあんぐり開けて、奏に見とれていた。


発表会終了後、母と一緒に奏の所に行くと、母が、

「奏ちゃん、上手だった〜!」

と褒めていた。

「ね? 優音?」

「うん。」

母に同意を求められて頷いたが、正直、俺は、奏に見とれ過ぎて、演奏は全く頭に入って来なかった。

「ドレスもかわいいし〜。
あぁ、うちにも女の子が欲しかった〜。
奏ちゃん、将来、優音のお嫁さんになって、
うちの子になってね。」

俺は聞いてないふりをしたが、母のその意見には激しく同意していた。

だけど、奏は、曖昧に微笑んだだけだった。

もしかしたら、突然のお嫁さん発言に苦笑してたのかもしれない。

残念………




─── 4年生 秋 ───

俺たちは4年生になった。

運動会も終わったある日、俺は初めて女の子から告白された。

青木里奈(あおき りな)

割とハキハキ自分の意見を言う目立つ子で、クラスのリーダー的存在の子だった。

「優音くん、好きです。
私と付き合ってください。」

昼休み、校舎の影に連れて行かれて、そう言われた。

「ごめん。
里奈さんの事、そういう風に考えた事ない。」

俺は即座に断った。

「他に好きな子、いるの?」

「うん。」

「誰?」

「奏ちゃん。」

まだ幼稚だった俺は、聞かれるままにバカ正直に答えた。

それが、この先、どんな結果をもたらすかも考えずに…。


翌日から、奏は、休み時間に1人でいる事が多くなった。

里奈が女子を煽動して、奏と遊ばせないようにしているのは、すぐに分かった。

だから、俺は、昼休みに外へ行くのをやめた。

奏が1人で教室にいるのに、俺だけ呑気にドッヂボールとかできなかったんだ。


奏は、教室で電子ピアノを弾いていた。

「奏ちゃん、俺も弾いていい?」

「いいよ。」

奏は、にこっと笑って、席を譲ってくれた。

俺が、今、バイオリンで習ってる曲を弾くと、奏は、

「もう1回弾いて。」

と言った。

俺がもう一度弾くと、奏は即興で伴奏をつけて一緒に弾いた。

2人で弾く連弾は、とても楽しかった。


それをテストの採点をしながら、担任の先生が見ていた。

それがきっかけだったんだろう。

それから、合唱や校歌の伴奏には、毎回、奏が選ばれるようになった。



俺が、外に行かなくなって3日程経つと、康太(こうた)が、聞いてきた。

「ゆうちゃん、最近、昼休み、何してんの?
お前いないと、ドッヂボール、
盛り上がんないんだけど。」

「教室にいるよ。
まぁ、俺の事は気にしないで遊んでてくれよ。」

その日から、教室で遊ぶ男子が増え始めた。

全く弾けもしないピアノを奏に習う奴もいた。

そんな奴、放っておけばいいのに、奏はニコニコ教えてた。

指をバラバラに動かせない不器用な奴の手を取って教えるのを横で見てる俺は、内心、腹わたが煮えくり返ってた。


だけど、そんな状況に女子が全く気付かないわけもなく、更にいじめが加速するかに思えた。

ところが、女子の中に賢い奴がいて、里奈に言ったらしい。

「奏を1人にすると、男子がチヤホヤするから、
今まで通り女子が一緒に遊んだ方が
得じゃない?」

それから、奏は、手のひらを返したように女子から遊びに誘われるようになり、俺と昼休みを過ごす事はなくなった。



そして、俺は心に決めたんだ。

誰に聞かれても、奏が好きな事は、言わないでおこうと。



─── 5年生 春 ───

新学年になり、俺は奏の斜め後ろの席になった。

俺の前の席に座る佐藤康太(さとう こうた)は、俺の親友だ。

とても気さくで人懐っこくて、いい奴だ。


だけど、今回ばかりは、めっちゃムカつく。

康太は、運動が得意だが、勉強もそこそこできる。

なのに、毎日、毎時間、

「かなで〜、算数のノート貸して。
まとめのとこ、書ききれなかったぁ。」

「かなで〜、赤鉛筆、貸して。
俺の折れちゃった。」

と言って、奏にまとわりつくんだ。


俺が、『奏ちゃん』って言ってるのに、なんでお前が『かなで』って呼び捨てにしてるんだよ。

ああ!! もう、めっちゃ、ムカつく。


ある時、俺は、突然切れた。

「康太!
お前、かなで、かなで、うるさい!!
ノートなら、俺が貸す!」


俺のくだらないヤキモチだって事は、分かってる。

だけど、抑えられなかったんだ。

なのに、康太はきょとんとした顔をして、その後平然と、

「えぇ〜!? いいよ〜。
優音のより、かなでのノートの方が字が綺麗で
見やすいし。」

と言ってのけた。

俺はもう、二の句が継げなくて、口をパクパクするしかなかった。


俺は、その時のドサクサで『かなで』って呼び捨てにしたのを機に、『奏ちゃん』を卒業して『奏』って呼ぶようになった。


奏にまとわりついてた康太だったが、ひと月後、ゴールデンウィーク明けにあっけなく席替えされて、奏から遠く離れた。

ざまぁ見ろ!




─── 6年生 3月 ───

俺たちは、卒業した。

卒業式では、奏のピアノに合わせてみんなで合唱した。

出席番号順に並んだ俺は、奏の隣の席だった。

卒業式も間も無く終わる頃、隣の奏の頬をひと雫の涙がこぼれ落ちるのを見た。

正面を見据えたまま背筋を伸ばして凛として泣く姿は、とても美しかった。