「……うん」
台所に戻っていく松岡くんのあとをセバスチャンがついていく。
「にゃー」
「おやつですか?
もうすぐ夕食だからダメですよ」
いつもながらセバスチャン相手でも執事モードで敬語なのがおかしい。
ゆっくりとカップを傾けてお茶を堪能する。
今日のお茶はオレンジの香りがした。
「お待たせいたしました」
ぼーっとテレビを眺めていたところへドン!とカセットコンロにのせた土鍋が置かれた。
「鍋?」
「はい」
てきぱきとお皿にのせた具材が並べられていく。
「ひとりでの鍋は味気ないですが、ふたりだと違いますから」
「……確かに」
家で鍋なんていつ以来だろう?
少なくともこの家でひとり暮らしをはじめてからはない。
当然、この家にはカセットコンロも土鍋もない。
今日の大荷物の理由を、はじめて理解した。
「……ありがとう」
なんだかまともに松岡くんの顔見られなくて、俯いて袖を引く。
「別に、紅夏のためとかじゃねーし。
俺も食いたかっただけだから」
少しだけ、松岡くん早口になっている。
顔を上げると真っ赤になっている耳が見えた。
いつもの俺様と、そういう可愛いところのギャップがやっぱり好きだな。
……なんて考えて、慌てて否定した。
いやいやいや、好きとかそんな。
うん、これは恋愛感情じゃない方の好きだから。
てきぱきと鍋奉行よろしく松岡くんは土鍋に具材を入れていく。
今日のお鍋は昆布だしで、たれにつけて食べていくスタイル。
たれも手作りでポン酢とごまだれの二種類を用意してくれた。
「ほら食え。
ほら、ほら」
どんどん松岡くんは私のお皿にお肉やら野菜やら入れてくる。
「そんなに一気に入れられても困る」
「なに言ってる、昨日も一昨日もまともにメシ、食ってねーだろうが。
だからどんどん食え」
なんで松岡くんが知っているんだろう?
言われたとおり、昨日も一昨日も仕事に集中していてついごはんを食べるタイミングを逃し、冷凍してくれているおにぎりをチンして食べただけだった。
「ロールキャベツ、まるまる残ってた。
他の総菜も減ってない。
冷蔵庫の中を見たら紅夏の食生活なんてすぐにわかる」
うん、それは申し訳ない。
というかさっきから完全にオフモードなんですが?
「心配になるだろ。
仕事が忙しいのはわかるが、ちゃんとメシは食え」
心配そうに、眼鏡の下の眉が寄る。
「……うん」
なんだろう、松岡くんが心配してくれるのが嬉しい。
「……おかわり。
つみれ多めで」
「おう、食え食え」
にかっと嬉しそうに松岡くんが笑い、お皿にどんどんつみれを入れていく。
どうしてかそれが、幸せだな、なんて思っていた。
【確かにちょうだいいたしました。
では、よいお年を】
「はぁーっ」
届いたメールを確認して安堵の息を吐く。
これで年末締め切りの原稿は全部送ったはずだ。
あれから、がんがんキーを叩き続けた。
うん、なんだかいつもよりやる気に満ちあふれているっていうか。
おかげで集中して書きすぎて食事を忘れ、また松岡くんに怒られた。
そういうのに幸せを感じている私は……どこかおかしいんだろうか。
とにかく、自分でも頑張ればこんなにできる子だったんだって驚く早さで仕事は片付いた。
「あとは明日、立川さんに会って今年の仕事は終わり!」
これでクリスマスは松岡くんとゆっくり過ごせるー!
……って!
「クリスマスプレゼント、用意してない……」
肝心なものを用意していなかったうかつさに、自分を呪ってしまう。
もう今日は夜になっているので、買いに行けるのは明日のみ。
「なにがいいんだろう……」
二十代前半の男性が欲しいものなんてわからない。
いやそもそも男性が喜ぶものなんて知らない。
【二十代 男性 クリスマスプレゼント】
検索窓に打ち込んで勢いよくEnterキーを叩く。
大学生、社会人別にランキング形式だったりでいろいろあるけれど、……困った。
松岡くんは大学生ではない。
社会人だ。
でも、普通のビジネスマンとは違うので、この社会人枠で載っている、ビジネスバッグやネクタイなんてものは必要ない。
「全くわかんない……」
手袋とかマフラーとかが無難かなとも思ったけど、松岡くんは手袋もマフラーも持っていたし。
「かといってあんまり高いのは……」
プレゼント的に見栄えがいいのは時計だけど、ちょっとよさそうなのだと値段が跳ね上がって重そうだ。
それに、〝同じ時を刻ませてほしい〟だの〝ずっと一緒に過ごしたい〟などの意味があるなんて書いてあって、さすがにそれは……。
「なにがいいんだろう……」
松岡くんには絶対に喜んでほしいから、失敗は許されない。
でも、私のあたまで考えたって答えは出ない。
「……そうだ」
明日は立川さんに会うのだ。
同じ男性なんだから意見を聞いてみればいい。
我ながらいい考えだ。
翌日はまた、ランチを兼ねて立川さんと会っていた。
「ずいぶんよくなってきたと思います。
もう一押し、ってとこですかね」
「ほんとですか!?」
立川さんの、眼鏡の奥の目が緩いアーチを描き、嬉しくなった。
「はい。
さらなる進化が楽しみです」
熱くなった顔でカップを口に運ぶ。
紅茶はいまいちなことが多いから、今日はコーヒーにした。
「そういえば明日はクリスマスイブですね。
例の執事彼氏と過ごされるんですか」
ブッとコーヒーを吹きそうになって慌てて堪える。
おかげで。
「ごほっ、ごほっごほっ」
――咽せた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、いえ、すみません……」
少しだけ出た涙を指先で拭う。
いくら図星を指されたからって、これはない。
「あの、それで……立川さんにちょっと、相談したいことがあって」
「僕にですか?
光栄だな」
お願いですからそんな、目を細めて嬉しそうに笑わないでください!
眩しすぎて目が潰れちゃいそうですから!
「その、……若い男性が喜ぶプレゼントって、なんですか?」
「ああ、彼氏へのプレゼントですか」
だから、胸の前でパン!と両手を叩いてにこにこ笑ったりしないでください……。
可愛すぎて困るから!
「ええ、はい、そうなんですけど……」
さっきから立川さんは無邪気の塊みたいで、なぜか恥ずかしくて汗が出る。
「彼氏っていくつくらいですか?」
「二十三歳です」
「仕事は?」
「家政夫です」
立川さんはそのまま、考え込んでしまった。
やっぱり、難しいですか?
「そうですね、マフラーとか手袋あたりが無難じゃないですか」
「ですよねー。
でもすでに持っているみたいだから……」
そこは一度私も考えて却下した案だ。
「だったら……財布、とかどうですか」
「財布、ですか」