いや、くっ付いていた、は少し語弊がある。くっ付く、なんてそんな軽いものじゃなくて。さっきの俺みたいに食いつく勢い。

だけどここはやっぱりな蜜。俺のにがぶりと噛みついたはいいけど、そこからベロチューが始まることはない。


「(あーもー…、バッカー…)」


不意打ちにとことん弱い俺は生まれてきてから17年、ここ一番に赤面しているだろう。

それこそ蜜のタコ顔負けに赤くなったときの顔に負けないぐらいに。


誰だよ殴るとか言ったやつ。嘘つきはお前の方じゃねぇか。ふっざけんなバカ。こんなん反則、だろ…。


予想もしなかった出来事に、湯気が出そうなほど熱い頬、ドキドキなんか通り越してバクバク騒ぐ胸。突飛に塞がれた唇が嬉しくて愛しくて、でも悔しくて――。

なんだよ、ムカつく。いつもは頼んでも恥ずかしがってしてくれないくせに。こんなときに、今してくるとか言語道断なんですけど。


てか、お仕置きは本気でぶん殴るじゃなかったの?なんっで、キス、かなぁ…。

ああ、もう、愛しくてたまんねぇわ。


「…んっ、ふうっ、」


俺の腕の中で背伸びをする蜜の背中をトントン、と先を促すように軽く叩いてやる。

それがなにを意味するか――ちゃんと悟ったらしい蜜はじわじわと溢れてきていた涙を零しながら俺の中にたどたどしく舌を入れてきた。


「(…やっぱ下手くそ)」


舌を入れてきたのはいいけど、そこから蜜はどうしていいのかわからないのか動こうとしない。

つん、と自分ので蜜のをつついてみると、ビクッと面白いぐらいに身体が跳ねて、舌も引っ込んでしまう。


5ヶ月も付き合って、キスなんか数えきれないほどしてきたのに、蜜は慣れというものを知らないらしい。


「(しょうがないなぁ…)」


なんて思いながらも、未だに顔は熱いし胸は煩いんだけど。でも我慢とかもう無理。


引っ込んでしまった舌を追いかけて、今度は俺が蜜の中に入ってそこを犯す。

こんな展開になるとは思ってなかったのか、後ろに下がった蜜の腰を腕でしっかり抱いて、逃げられないように閉じ込める。


仕掛けてきたのは蜜だ。俺を煽ったのも、誘ったのも、全部全部俺じゃなくて蜜。

絶対切れる理性に文句言うなよ?

もう離してやんねぇから。


「っ、はっ、」


好き放題蜜の口内で暴れまくって、そろそろと思った俺はチュ…ッと唇を離す。

名残惜しいように俺と蜜のを繋ぐ銀糸をプツリと千切って舌なめずりした俺は、すぐにキスだけでヘロヘロの蜜の膝裏に手を差し込んで持ち上げた。


「っ、え、」


俺に横抱き――いわゆるお姫様抱っこというものをされている蜜は、はぁはぁと肩で息をしながら揺れる潤んだ瞳で俺を見つめる。

酸欠に近い状態であまり思考回路が上手く回っていないのか、揺れる瞳には俺が映るだけで。


少ししたら今の状況をちょっとは理解した蜜は、

「…え!?と、飛也!?」

お姫様抱っこされていることに恥ずかしさを感じたらしい。でも、ダメ。もう離さねぇって決めたから。


「――シてもいいんだろ?」

「え…、な、なに、」

「抱かせて」

「っ、!」


カッと開く蜜の瞳。次いでもとから熱を持っていた頬はさらに赤みを帯びて、トマトのパッケージ写真に抜擢されたいのかと思うぐらい真っ赤っか。

表情にも出ちゃってるけど、心の中じゃもっと焦ってるんだろうな、なんて思ったら熟したトマト色の蜜に笑みが零れて。

マジで、可愛い。


「俺の愛受け取って?」


全力であげるから。だから、ね?俺に蜜のこともっともっと愛させて。俺の世界の中心は、いつだって最愛のハチミツ彼女。


チュッと悪戯に唇を奪ったら、りんごの方が表現が可愛いけど、今は完璧トマトな耳まで真っ赤にした蜜はこくん、と小さく頷いた。


 ハチミツ彼女

 (本当はね、俺だって緊張してる。)

 (……なんて、)
 (かっこ悪ぃから言わないけど。)


 今日の俺は、きっと誰よりも幸せな男。


 -END-


「――蜜」

「…っ、」

「蜜、いい?」

「…っっ、」

「蜜――、」

「…~っや、やっぱやだぁ!!」

「!!」


さらば甘いムード。

グサリといただきました〝やっぱやだ〟。


今日こそはいけるかと期待した俺はかなりのダメージ。

俺の胸に〝やだ〟を突き刺した俺の真下にいる蜜は、そう叫ぶと真っ赤になった顔を手で覆い隠し、うわーんと子供みたいに泣き出した。

HEYハニー、泣きたいのは俺の方だ。


ピンク色に溢れた蜜らしい部屋のベッドの上で蜜に覆い被さっていた俺は嫌でも出るため息をはぁ、と零し、静かに哀愁漂わせながら蜜から退いてベッドに腰かける。


蜜にキスを拒否られて俺のヘタレ具合がフル稼働したあの事件から月日は流れ、新しい年がはじまり季節は春。

あのとき、蜜が俺のキスを拒否した理由はただ俺とスることに恥じらいを持って意識しすぎていたからで。

ちゃんとその理由を蜜から聞いて、聞いたときはもうそりゃやばかったさ。理由そのものも可愛いけど、それ以上に可愛かったのは蜜自身。

日数が経った今でもそのときが頭の中にばっちりくっきり、そんでもってはっきり残っていて、思い出すだけでうん、あれだよね。オトコノコの部分が大変なことになるよね。下ネタごめんなさい。


まあでも思い出して大変なことになる今よりも俄然、そのときの俺の方が相当やばかったに違いないわけで。

我慢が利かなくなるぐらい可愛くって愛しすぎる蜜に煽られた俺は、甘い雰囲気が漂う中で蜜と一つになろうとした。

愛を深めて、俺の念願も叶うはずだった。


だけど。だけどさ?


ベッドに優しく寝かせて上から見下ろし、胸焼けするぐらいの甘ったるいキスをして。

真っ赤に染まる頬、目、鼻にも口づけて、首筋に舌を這わせながら部屋着に着替えていた蜜の服に手をかけ、さあ脱がそうかとグッと上げようとした瞬間。


[おい蜜!!昨日の続きすんぞ。今日は負けねぇかんな――って、へ…]


バンッ!と荒々しく扉が開いたと思ったら、間髪入れず無駄にでけぇ声で言ってそこから姿を現したのは蜜と双子で弟の律(りつ)。

ストレートの蜜とは違い癖っ毛の髪を相変わらずぴょんぴょん跳ねさせて登場した律は、自分の片割れの姉がその彼氏にベッドの上で押し倒されているという状況に目が点。というか酷い間抜け面。

扉を開けたときの勢いは瞬間でサヨウナラ。


チ、チ、チ、とそれから流れた沈黙も三を数える程度で――もう無理。それ以上は黙っていられなかった。

顔を顰めて、チッ!と盛大に恨みを込めて舌を鳴らした俺。

と、律も俺と同じで黙っていられなかったらしく、離れていてもわかるぐらい急速に顔を赤らめ、それと口を開いたのはほぼ同時だった。


[っと、とと、飛也君ごめんっ!!]


彼女なし、好きな奴もいないらしいゲームに愛情を注ぎまくるむしろゲームが恋人みたいになってるかなりのゲームオタクである律も、さすがに俺たちが今からナニしようとしていたか理解できたらしい。

恥ずかしがって顔を赤くしたときの蜜に負けないぐらい顔を真っ赤にして早口でそう言うと、猛スピードで開けた扉を閉めて姿を消していった。


――という、あの死ぬほど蜜が可愛くて愛しすぎた仲直りのあとにこうした予期せぬ邪魔が入って……ああそうだ。

あんだけ甘い雰囲気ムンムンで、恥ずかしがり屋の蜜もせっかくヤる気満々っつーまたとない夢のような最高のシチュエーションだったのにできなかった。


言っておくけど断じて!俺がヘタレだからとかそんなんじゃない。

蜜と一つになれることをできるなら一日でも早く…!と切に願っている俺がそんなチャンス逃すわけねぇだろ。

悪いのは全部あの四六時中ゲームのことしか頭にないゲーマー野郎のバカ律だ。


俺と蜜が今からすることに気づいた途端、ちゃんと扉を閉めて去っていったのは合格点。だけどそれ以外は何一つ許せねぇ処刑もの。

現れるタイミング、色気の欠片もない登場したときのゲーマー臭漂うセリフ。

いや、むしろそれよりもなんでまっすぐ家帰って来たの寄り道しろよ友達と遊んでこいよってまずこっからね。

家の住人にそんな理不尽なことを思った俺は相当キていた。


だって律の邪魔が入ったとはいえ、その前に今までにないぐらい甘い雰囲気が流れていたんだから、気を取り直して続きができると思うじゃん。

だけどそれは不可能で、俺と一つになることを覚悟してくれてもやっぱり蜜は変わらず蜜で。


自分が今から俺としようとしていることを人に、それも身内――自分の片割れに、まだ始まってないとはいえ見られて気づかれたことがかなり恥ずかしかったらしい。

邪魔が入ったことには舌を鳴らしたけど、見られたことに関しては俺的には全然許容範囲内。

チラリ、とほんの少し捲り上げてしまっている服からは腹が僅かに見えてしまっているが……まあそこは相手が弟ということで100歩譲って目を瞑り、腹以外は完全に服を纏った状態。

聞くだけで理性ぶち切れ寸前もんの言葉にできないほど可愛すぎる喘ぎ声もたぶん聞かれてないだろうということから、そこには怒りを覚えず気にしない(それが全部逆の状態だったらたとえ弟でも律のこと半殺しにしてた)俺とは真逆。


今しがたの律と同じ、ううん、それ以上にいつもみたく顔を熟したトマトの赤にも勝りそうなぐらい真っ赤っかにして、こんもりと今にも落ちそうに下瞼に溜まる涙。

それを見て、え、嘘でしょ…。と、一気に不安が溢れた俺のそれは大的中。

俺が声をかけようとする前に溜まっていた涙はぼろぼろ零れ、しゃくりながら〝やだ〟とか、〝恥ずかしい〟とか、さらには〝やっぱり無理〟とか、とどめは〝律に見られたからもうシたくない〟って。

グサグサと胸を刺す言葉をマジ泣きされながら言われた俺。


そこまで言われたらもう〝ヤらない〟の一択しかない。

律に見られる前までヤる気満々だっただろうが今更シたくないとか無理――なーんて、そんな無理矢理は死んでもしない。


一番に優先すべきは自分の感情や意思よりも蜜のそれら。自分自身は後回し。

俺の中じゃそれは当たり前のことで、ていうか蜜より優先することとかありません。

だからしょうがないな、って、たとえもったいないことしてんな、とか、俺ってバカだよな、とか、あーヤりてぇー…とか、本音が募るほどあったとしてもっ!蜜のために折れてやるのが愛。


好きより愛してんだから、それぐらいどうってことねぇよ。

拒否られるのはまあ、…うん。かっこ悪ぃから心の中でだけど、泣けるぐらいにはかなりへこむけどね。ベリーベリーベリーショック!!


泣く蜜を慰めながら、俺もほろりと内心で(相当)へこんで。

そのあとに蜜の部屋を出て行ったリビングで気まずそうに顔を赤らめながら律にもう一回謝られたけど、蜜とゲームを始めたらなんか楽しそうに盛り上がりだしたから蜜には内緒でシメてやった。

お前の所為で蜜とヤれねぇしブラジャーどころかまともに腹も見れなくてこっちはモヤモヤしてんのに楽しそうにしてんじゃねぇよこのゲーマー。と、華麗なプロレス技で。

へっ、ざまぁ。


それから今まで甘い雰囲気になることは一度もなかった――わけではなくて。何度かその雰囲気になってスるチャンスはあった。

だけどやっぱり俺の意思だけで事に及ぶのは最低だと思う俺はキスだけで止まっていて。

さっきも言ったように俺が最優先すべきは自分より蜜。