しかし、中学2年になってからは阪南の事もあり、ずっと行っていなかったのだ。今回、ここに来るのは実に3か月ぶりになる。

 気づくと俺は目的の本屋の前に立っていた。本屋には特に変わった様子も無く、何もかもが普通であった。

 中に入ってみる。中も1か月前と何ら変わりなく、静かな空間が広がっていた。少し、本棚にある本を見て回ってみる事にする。

 小説、雑誌、エッセイ本に漫画など様々な本がそれぞれ分けられて置いてあってとても分かりやすかった。

 俺は様々な本が置かれた本棚を見ているのがとても楽しかった。その中で俺は、『想い』が付いた題名の本に良く反応した。

 この単語を見ると興味が惹かれていたのだ。ただ、中を見ようとか買ってみようとか思う事は無かった。

 ただ、見ているだけ。中身は良く知ろうとはしなかった。

 すると、後ろから突然背中に強い衝撃を受けた。

 後ろを向くと、そこには阪南が居た。

「あ~、やっと気づいた。 ここまで来るの結構大変だったんだよ?」

 阪南の腕には、紙製の買い物袋が一つかけられていた。買い物は終わったようだった。

「もう昼だからどこかでご飯食べちゃお!」

 もちろんという様に首を縦に振った。今日は、午後の5時までに帰るという事だったので、昼食はお店食べる事になっていたのだ。

 そして、何を食べたかというと。



「いやあ、やっぱりおいしいよね!」

 彼女はそう言いながらハンバーガーを食べる。食べ方は下品とは言えないが、上品とも言えなかった。

 ……この様にハンバーガーショップで食べる事になったのだ。かなり無難な選択ではあった。

 ちなみに、俺は普通のハンバーガーと炭酸ではない飲み物だけで済ませたが、阪南の方はメニューで見た感じ、割と高めのハンバーガーの他にコーラとポテトを頼んでいた。

 阪南は、俺が頼んだものを見て食べる量が少なすぎると突っ込んでいた。俺にとってはこれが一番いい食事だとは思ったがために阪南は逆に食べる量が多すぎると思った。

 しかし、その事は女子にはタブーな話題であるため、あえてその事は言わなかった。もちろん彼女は量が多い事を気にせずにおいしそうにほおばっている。

 ただ、改めて確認すると、気になった事があった。

『……あんなに見て回っていた様子なのに、何で洋服じゃないんだ?』

 これを手帳サイズのノートに書いてスッと阪南の前に差し出す。ちなみに手帳サイズなのは前に意志疎通するために使ったノートが大きかったからである。

「これねぇ~……。ちょっといい感じなの、これぐらいしかなかったんだ~……あはは」

 と彼女は答えた。だが、俺は阪南があんなに服を見回っていたというのに何故、本なのかと突っ込みたい。

「……そうか」

 俺は納得したという風に相槌を打つ。心の中ではまだ疑問が残っているのだが……。

「そういうこと! ささ、食べた!」

 彼女は笑顔でそう言って、話を終わらせた。まあ、彼女がそう言っているのでこれ以上その事に話していても仕方がないのでハンバーガーにありつく。

 しかし、今日は何かがおかしい。あくまで気のせいなのかもしれないが、阪南が俺に対して少し挙動不審な気がする。


 そもそも何故服を見ているときに本屋に行くように促していたのか?それが一番の謎だった。


 昼食を食べ終わった俺は、先に食べ終わっていた阪南に次はどうするかを聞くことにした。しかし、あれだけの量を俺より先に食べるとは……。まあ、それは置いておいて、ノートに書きこんで阪南に見せる。

 阪南は俺がノートに書いたものを良く凝視する。そして、姿勢を戻すと、

「そっか、じゃあ私ちょっと公園行くから好きにどっか見てきてね!」

 そう言って阪南は荷物を持って席を立ち、店の自動ドアを開けて颯爽と歩き去っていく。俺はその後を慌てて追いかけて行く。

 ちなみに、話に出た公園は今いたハンバーガーショップからわりと近い場所にある。しかし、公園に行ってもあまりする事は無いのではないかとは思う。

 彼女は急ぎ足で街中を駆けていった。まるで、俺から逃げようとしてる様な行動に戸惑うが、俺は急いで彼女の後をついていく。

 阪南はこちらに気づいたのか、もう走っているというレベルでスピードを上げていく。彼女は俺に見られたくない事があるのだと確信する。

 俺は走りはじめて阪南に追いつこうとするが、ここは街中だ。速く走るのは危険だった。だから、走り始めたといってもジョギングの様に一定の速さで走るのが限界だった。

 すると阪南は突然人ごみの集まっている方へ突撃していく。

 阪南はここなら俺を撒けると思ったのだろう。彼女の姿はどこにも見当たらない。見事にやられたと思う。しかし、彼女はハンバーガーショップを出る時に言っていた事がある。

 恐らく、このまま行けばたどり着けるだろう。そう思ってスマートフォンを取り出し、地図のアプリを開く。

 ビンゴだった。彼女が行ったと思わしき所は間違いなくそこだった。

 俺はそのまま彼女が去っていった方へ走る。彼女があの場所に行った理由もそこでわかるのかもしれない。

 間違いない。彼女は俺に何かを隠している。

 *

「……あれ~? 何で昌弘くんがここにいるのかな~?」

 そして、その場所に行くと彼女はそこに居た。しかしそこにはもう一人いた。

「あの……どういう事ですか?」

 阪南と一緒にいた少女が口を開く。彼女はとても清楚な見た目をしていて、穏やかそうな印象を与える。

「……えっと、俺はこいつと……ちょっと街に出か……けてたんです」

 少し言葉を詰まらせるが、なんとか彼女に言いたい事は伝えられた。すると、彼女は驚いた素振りをする。

「え、神子ちゃん一人じゃなかったの?」

「え、え~と……それは……」

 俺は心底呆れる。知らない所で彼女は俺に必死に隠して色々していたことにだ。

 そこから、沈黙が少しの間始まった。気まずさが先行していて、誰も何も言えないのだと思っていたら、あの女子が口を開き始める。

「あの……私、御崎夢って言います。 あなたは……?」

 突然の自己紹介だったので戸惑った。しかし、答えないのも失礼ではあったのでノートに自分の名前を書き出して、紙を破り、彼女に手渡した。

「……あ、えっと……。 江口さん、ですね」

 彼女の顔には少し笑みが入っていた。何故だろうと疑問に思ったが、そんな事よりも重要な事があった。

 俺は、阪南の方を睨み付けるように視線を動かす。

「……あ、その……えっとねこれはちょっとこの間ねちょっと何してるのかな~とか思って」

 話している内容は支離滅裂そのものだった。俺は阪南の肩に手を置く。

 阪南は俺の意図に気づいたようで、ゆっくりと呼吸をして、そして息を吐く。

「……先週、夢ちゃんが2―2の教室をこっそり見てて、何してるのかな~って思って話しかけたら、とても驚いてね。 それで何してたのって言ったんだけど、内緒と誤魔化されたの。 それでそのまま教室に入ろうとしたら、突然手伝ってと言われて……今こうなってるの」

 それは説明になっているのだろうか。俺は説明になっていないと思っていた。しかも最後の方は明らかに端折られだ。



 その後、御崎さん本人に話を聞いたのだが、2―2の教室をこっそりと覗いていた所、突然阪南が話しかけたらしい。御崎さんは阪南がこの教室に入った事で彼女がこのクラスだと知ったのでこれはチャンスだと思って手伝ってほしいと話をしたらしい。


 それは、生徒会長である田月豊との仲を取り持ってほしいという話だった。


 夕方の帰りの電車の中、俺は今日の事を思い返す。あの後、阪南の行動によって俺がいつの間にか彼女の手助けをする事になってしまったのだ。流れから考えると頭が痛くなる。

 一方、彼女はぐっすりと寝ていたのだ。疲れたのかもしれないが、呆れてしまう。

 その場の流れで田月と御崎さんの仲を取り持つ事になってしまい、これは面倒な事になったのを実感する。

 あの時電車の中で

『それなら、いいんだけど』

 と言った理由も御崎さんから聞いた事で納得がいった。服屋に行ったのはもしものためにおしゃれ慣れしておいた方が良いという阪南の考えで決まった事。そして、彼女の独断で俺に手伝いのために服を買おうとしていた事を内緒にして一緒に行ったのだ。

 そこで、俺に悟られたらまずいと思った阪南はとにかく別の場所でじっくり見てくれる様にどこか良いかを聞いた。それで本屋を選んだ時に彼女はあまり好意的ではなくあの言葉を発した事、服屋にいた時に何故彼女が一人で自由に見る事を促したこと、そしてハンバーガーショップで俺から逃げる様に後をし、俺に気づかれない様に御崎さんと合流しようとしたという事。

 こんなに回りくどい事をしなくてもいいのでは……と思うかもしれないが、彼女の性質上あり得た事ではある。

 入学式のようになるのが余計に納得いく程であった。


「じゃあね~!」

 電車から降り、駅から出た後に阪南は手を振って歩いていく。俺は阪南が手を振らなくなるまで手を振り続け、そしてそれが終わった後、俺も帰路についた。

 しかし、これはどうするべきか。断るという選択は阪南が居る以上難しい。しかし、協力するとなると、ひとつ問題があった。

田月豊とはクラスが同じなのだが、接点が一つも無く彼が一体どういう人物かイマイチ良く分からない。下手に接すれば避けられる可能性がある。

 突然目の前に突き付けられた難題に、頭を悩ませる。いくら考えても答えは結局家に帰った後も出る事は無かった。

  *

「よ~、昌弘。最近どうだ?」

 拓海が声をかけてくる。月曜の朝からとても元気が良いなと思う。

『どうもこうも、妙な事に巻き込まれた』

「……ほぉ?」

 やけに興味津々な反応である。それを見て気が重くなる。

「何があったんだ? 答えてくれよ」

 面倒だ。何があったか話す気になりにくい。

「ど・う・な・ん・だ?」

 そんな俺のマイナスな感情を他所に、この男は実にノリノリである。俺が阪南とよくいるようになってから完全に興味本位で話しかける事が増えてきた。

 俺と阪南の関係の進展など気にしても仕方ないのではあるのだが……。

「……お~い、江口昌弘さ~ん。聞こえてますか~?」

 この反応から見るに、しばらく無反応だったようだ。俺は聞こえてたというようにジェスチャーを取る。

「おおそうか~……んで、どんな事に巻き込まれたんだ?」

 ……どうやら拓海の興味はどんな騒動に巻き込まれたどうか。この一点に集中しているようだった。


「ふむ……なるほど、協力か」

 俺は事情をノートに全部書き込み、拓海に渡した。拓海は興味深そうにその内容を熟読しているようだった。ちなみに御崎さんの名前は出していない。

「これを見る限り、夢ちゃんの恋を応援するという感じかな?」

 のだが、何故拓海は御崎さんの名前を出しているのか。それを聞いた時、顔が拓海の方に自然と向いた。

「……まあ、あいつの事が好きだって聞くの夢ちゃんぐらいだしな~」

 まるでそれが常識かの様に拓海は言う。そういえば拓海の情報網の広さはかなりのものであった。

 欲に言う情報通という事だ。そこで、俺は気づく。俺は、拓海に言う。

「……それ……なら一つ、……ある」

「ん?」

 自分でも話し方がぎこちないと感じる。長い内容だと余計ぎこちなさが目立つ。そこから湧き出るものを無理やり抑え込み、口に出す。

「田月豊……の事……を知りたい……んだが」

 たった今、天野拓海の情報網の広さが俺にとって意義のあるものになった。


 情報通な拓海曰く、田月豊はすなおじゃないという評判らしい。その理由は、口や態度では嫌味な事ばかりしてくるが、実際は実直的な一面も持ち合わされており、割と信頼されているという事。

 拓海から聞いたのをざっとまとめたらこんな感じではあった。他にあった事と言えば、友達はいないらしい。それは、田月が友達を作りたがらないのであるかららしい。ただ、阿須和ゆいという少女とだけはとても仲が良いらしい。

 その阿須和は2―1にいるという事らしく、俺は協力してほしいという趣旨の話をするために昼休み、2―1に行くことになった。

「……んで、ゆいちゃんって子に話しかけるのね!」

 無論、阪南も一緒である。俺はこくりと頷いた。

「じゃあ、さっそく2―1行こっか~!」

 そう言って廊下の方へ駆け出していく。俺はそのまま阪南の後を付いていく。まあ、2―1は2―2の隣なので、あっという間ではあった。

 ものの数秒で2―1の教室の前に着いた。しかし、どうやって自然に入るべきか。地味な所とはいえ、難題は難題ではあった。すると、

「……もう、何で立ち止まっちゃうの? 私、先に入っちゃうからね」

 と言い、阪南が2―1の教室に入っていった。俺は慌てて追いかける。そして、ノートに殴り書きして阪南に渡す。

「んえぇ~……まずは最初に『失礼します、○○年○○組、自分の名前です』と言って、『阿須和さんいますか?』と聞け!……って?」

 ……いや、その前にまず入る時の挨拶も言わずに教室に入り込もうとしてる時点で少し失礼な気もする……。


『とりあえず、これは常識だからちゃんとやっとけ』

「……わかりましたわかりました、ちゃんと言うから~……」

 ちょっとおどけている様子ではあったが、阪南は教室のドアの前でちゃんと俺が行った通り、「2年2組の阪南神子です」と言った。音のトーンが少し、わざとらしかったが。

「えっ……と……阿須和ゆいさんっていますか?」

 必至に頭から捻り出し、出てきた会う人物の名前をすぐに出した。しかし、反応はない。

「どうしよっ! なんかみんな気づいてないよ~!」

 ……そういえば、阪南はみんなが避けたがっている存在だという事に気づいた。誰も反応してくれない事に納得がいく。……となると、俺が行くしかないのか?

「……あれ? 阪南さんと、江口さん?」

 そこに、誰かが声を掛けてくる。

「あれ? 夢ちゃんって神子ちゃんと昌弘くんと知り合いかなにか?」

 聞き慣れない声だが、妙に馴れ馴れしい。というより今、夢と聞こえてきた。まさかと思い、振り向くと。

 そこには、御崎さんと……もう一人、名前の知らない女子が居た。

「あ、夢ちゃん! ここのクラスの阿須和ゆいっていう人がいないか聞いたんだけど、誰も気づいてないの~!」

「ん? 私の事探してたの?」

「……は?」

 さりげなく、女子が発した事に驚く。そこに、御崎さんが説明をする。

「……あっ、この子が阿須和ゆいなんです。あの、私たち同じクラスで……その、仲がいいんです」

 ……なっ⁉

「……えええっっっ⁉」


 話を聞くと、御崎さんと阿須和さんはたまに話し合う仲だった。阿須和さんは御崎さんに好きな人がいる事を知っていたらしいが、それが田月だとは知らなかったらしい。

「も~、教えてくれたら協力してたのに~」

「だって、ゆいちゃん田月君と仲がいいなんて一言も言ってなかったもん……」

「ありゃ? そうだっけ」

「そうだよ~!」

 ……正直な所、これはかなりいい展開に向いている。まさか阿須和さんと御崎さんが友達同士だったとは。だが、このまま良い調子で物事が進むわけではないとは思うが、それでもいい方向に行きそうだ、とは思う。

「まあ、ここで話すのも難だし、放課後にしない? その方が、他の人に聞かれる事も無いだろうし……」

 亜須和さんは、そう提案した。まあ、そんな恋話を廊下で堂々と話していたら変な噂にんsるだろう。

「そう、ですね。でも、話せる場所ってどこがあるんでしょう……?」

 確かにどこでやればいいのかと悩む亜須和さん。まあ、そうなるとは思っていた。

「どういうとこがいいかな?」

「そうねぇ〜……カフェとかがいいんじゃない?」

「それですね! でも、学校の人でも知らない所の方がいいのかもしれないけど、どこかあるかな?」

 それを聞いて、俺は一つ思い出す。そういえば4月の最初の頃に阪南にバレない様に帰っていた時、あの商店街の隅に喫茶店があった事だ。


 これなら行けるかもしれない。
「そういえば、昌弘くんってどっかいいとこ知ってる?」
そう思い俺はいい場所がある、……と提案する事にする。

「……すみま……せん」
 3人は俺の声に反応する。声を出すのは少ししんどいが、仕方がない。

「俺……良いとこ、知ってます」

  *

「ねぇ〜昌宏く〜ん、その多分喫茶店らしきお店ってこの辺りなの?」

 確かこの辺りだと。そうノートに書いて渡す。


 俺が商店街に喫茶店があったはずだという話を出した時、その場に居た俺以外全員がそこだ!と言った。そして、一旦家に帰ってから商店街の入り口に集合という形で、そのお店に行くことになった。

 しかし、その肝心の喫茶店が見つからない。全員がこの商店街を通る事がほとんど無かったのが原因であった。

「んも~! 探すのにこんなに手間取るなんて~!」

 阪南は怒りの言葉をそのまま口にする。探すのにこんなに手間取るのはよくある事のような気がするのだが、ツッコまずにそのままその話は放っておいた。


 そんな事はあったが、結果としてはあの時見た喫茶店を見つける事は出来た。阪南が真っすぐに突入していったので、俺達も阪南の後を付いていく。

 中に入ると、優しく、温かみがあると思わせる木の壁、中のイメージとぴったりな木製のテーブルが4台、そしてある程度の長さを持つカウンター席があった。

「いらっしゃいませ~」

 とても優しい声音で女の人が言う。この人がこのお店を切り盛りしている人なのだろう。彼女に案内されるまま、俺達は4人座れるテーブルの席に座った。

「それじゃあ、夢ちゃんが豊くんと結ばれる様に色々計画たてちゃお~!」

「お~!」

 阪南と阿須和さんは結構楽しそうな様子で、御崎さんは少し困惑してる。

「あの……これお遊びじゃないので……」

「わかってるよ~、ちょっと気分盛り上げさせて絶対うまく行く‼ ……っていう雰囲気にしちゃおうよ! そうすればうまく行くよ!」

「おお! ゆいちゃん良い事言う!」

「ふふっ、でしょぉ~?」

「んもお……!」

 初っ端から大盛り上がりだった。少し、うるさいが俺達以外に人はいないので、特に何も言われることは無かった。……ちなみにお店のお姉さんは少し微笑んでいる様子であった。更に俺に対しては青春してるな~、と言うようなとびっきりの笑顔で。

 それを見た瞬間、俺はハッとした。よく考えたら俺以外は全員女子だという事に。

 そんな顔をされる理由に納得いった所で、お姉さんが注文を確認しに来た。俺は、ホットのココアを頼んだ。




「……ん~、どうしたらうまく出来る?」

 阪南は頭を悩ませながら、御崎さんに問いかけている。

「わかんないです。……でも、ハードルは低い方が助かるんですが……」

「夢ちゃんがハードル低いって思うの何だろうね~……?」

 御崎さんの問いに、2人は更に悩まされる様子で居た。ちなみに、俺にはノータッチだ。何でも、『女子の気持ちは、女子にしかわからないんですー‼』……らしい。

 それで、3人がアレコレ策を粘って約20分程だろう。阿須和さんが、どれも厳しそうと答えてしまい、3人のアイディアはほとんど尽きてしまった様だ。

「う~ん、どうしたらいいんだろう……」

 ……俺は、ずっと一人で女子の会議を見ていなければいけないのだろうか。

 そんな心配がよぎった時、阪南はある事を口にした。

「そういえばさ、」

 阪南が切り出す。

「夢ちゃんってどうして田月くんの事、好きになったの?」

 俺はすぐに「何聞いてるんだよ……」と突っ込んだ。すると、他の3人が驚いた表情でこちらを見てくる。これは、どう考えても俺の存在忘れている。ため息が出てきた。

「……ま、まあそんな事より、夢ちゃんが田月くんの事好きになったきっかけはちょっと気になるよね~……」

「ちょ、ちょっと……ゆいちゃんまで何言ってるの?」

 御崎さんは少し困惑している様子だった。そりゃあ、そんな反応になるよなと傍らから見て思う。内心、何故御崎さんが田月の事を好きになったのかは気になってはいるのだが……。

「ん~……でも、そのきっかけの事話す時に、相手も覚えてくれてたら結構良いんじゃないかな?」

 多分、それを言ったら失敗しかしない気がする。阪南の一言で余計に御崎さんが困った顔をする。これは、止めた方が良いと思った。

「そうしたら~……どしたの?」

 俺はこれ以上何も言うなと伝えたい……が、どうしても口に出す事ができない。阪南の顔には、わけがわらない。そう言いたげな顔だった。

「……ま、まあそれは今度にしとかない? 夢ちゃん困ってるし……さっさとどうやって接触するか決めちゃおっ」

 そこに阿須和さんが話を終わらせる様に言う。どうやら、俺の言いたい事をなんとなく察したようだった。

「ご、……ごめんね、ゆいちゃん」

「いいのいいの!」

 阪南は納得いっていない様子ではあったが、この話を一旦終わらせる事は出来た。しかし、肝心の田月に御崎さんが接触する方法は未だに出ていない。

阿須和さんによると、田月に昼食を一緒に食べる時は他人を呼ばないで欲しいと言われているために、昼食で会わせる事は難しいという事。そして、何よりも田月は自分以外にあまり寄りたがらないという事だった。

「……何がいいと思う?」

「う~ん……きっかけ?」
 それだけでは解決にならないだろう。そもそもきっかけってどんなきっかけを求めているのかが良く分からない。

「計画練るのって想像以上に難しい」

 阪南がぽつりと呟く。もうどうしようかわからない、どうしたらいいのだろうという。遠まわしにそう言っているような気もした。

 その後、阿須和さんがまた今度どうするか話し合おうという事で、喫茶店での会議は終了する事になった。

 4人で頼んだメニューの支払いは全員での割り勘という事になった。そして、俺が払ってくるよう、阪南が促したのだ。

彼女は、『昌弘くん、何も言わなかったからこれぐらいはしてくれないと』と理由を述べる。お前が俺に介入するな、という趣旨の発言をした事をとっくに忘れて……。

 阿須和さんも『そうだそうだー!』と阪南を支持する。御崎さんの方はというと、少し困惑気味であった。阿須和さんの方は多分、わかっていて阪南に乗ったのだと思う。

 ここまで言われたら仕方がないので、俺が代表で払う事にした。ほかの3人はお店の外に出て行った。その際にお店の人が、

「……君、あの子に振り回されちゃってるね」
 突然のそう指摘してきたので、少しビクッとなる。すると、お店の人は少し笑った顔になり、

「ごめんね、突然。でもあの様子だと、あの子結構君と一緒に居たいんだろうね」

 そう言って指を指す。俺はお店の人が指を指した方を見ると、そこには阪南が居た。俺が顔を戻すと、お店の人はまた少し笑った顔になって、

「何かあったら、いつでもこのお店に来てね。相談には乗れると思うよ」

 そして、「相談事なら、ちょっとサービスするわね」と言って合計額を言う。俺は、4人で出したお金で払う。

 そして、お店の人は「ありがとうございましたー」と笑顔で俺を送る。


「昌弘く~ん、ちょっと遅いよ~」

 お店から出た途端に、阪南がそう言う。俺はそこまで遅くねえよと突っ込んだが。

「じゃ、また今度ね」

 阿須和さんがそういう。御崎さんもその流れで礼をして、そのままその場を去っていく。俺達は二人の後ろ姿を見送る。

「それじゃ、私も帰っちゃうね~」

 俺は首を縦に振る。阪南は笑顔で「またね~」と言って駆け出して行った。

 ……さて、結局は決まる事は無かったがまた次があったらいいなと思いつつ、その日はまっすぐ家に帰った。


  *

 「……しかし、豊くんは本当に気難しいから、うまく行く方法がちっとも思いつかないな~」

 私の親友である、ゆいちゃんはそう言った。彼女が田月くんと仲が良いという事を聞いた事が無くて、正直驚いてる。

「あ、でももしかしたら偶然が重なったら豊くんと夢ちゃん、くっつくチャンスあるかもよ⁉」

 ゆいちゃんは私にフォローを入れてくれる。そこまで繊細だと思われても仕方ないのは自分でもわかっている。ゆいちゃんに気を遣わせてるって思っている。でも、やっぱり自分からは踏み出せなかった。

 
 私には今、好きな人がいる。田月豊くんっていう男の子なんだけど、みんな彼の事が苦手なようで、彼に関して聞くのは、

 何か、不機嫌で怖い。

 今では素直じゃないと言われている事もあるけど、未だに仲のいい女子のメンバーも、周りで騒いでいる男子も、みんな田月くんの話になると、そう言う。でも、私はわかっている。彼は、怖くない人間だって事を。

 あの時、神子ちゃんが言ってた。

『夢ちゃんって、どうして田月くんの事好きになったの?』

 私、それを言うのが恥ずかしくて言えずに終わってしまった。でも、言うのはやっぱり恥ずかしいし、それを聞いた誰かがその話を広げられたらって考えたら……怖くて言えなかった。


 私が彼を好きになったきっかけは、去年の11月だった。私が、ゆいちゃんと出かけた際にペンダントを失くした事があった。

 ペンダントはいつも家に大切に置いている。去年の様にまた失くしたらと考えたら、怖くて外に持っていけない。

 そんなことよりも、彼が好きになった時の事だ。ペンダントを失くした時は、とても焦ったのだ。ペンダントは私が大好きだったお婆ちゃんから小学4年生の時に貰った大事なペンダントだったからだ。

 お婆ちゃんは、私が小学5年生の時に亡くなってしまった。私はお婆ちゃんの形見であるペンダントをとても大事にしていた。

 あの頃は、たまにペンダントを着けていたりしていた。その時も、ペンダントを着けて外出していったのだ。そして、帰る時に気づいたら無くなっていた。


 その時、私はパニックになった。折角お婆ちゃんが私にくれたのに、何故失くしてしまったんだって自分を責めた。その時、ゆいちゃんが出かけてから行った場所を探せば見つかるから頑張って探そうって励ました。

 私は、ゆいちゃんの言う通りに探した。でも、見つからなかった。その日はゆいちゃん、帰った後に用事があるって言ってたのに気づいた。ゆいちゃん、私のためにその用事を遅らせようとした。

 ゆいちゃんの厚意はありがたかった。けど、その用事はとても大切な事だったから、私は一人でも大丈夫だから、ゆいちゃんはそっちの方に行って、と言った。ゆいちゃんはそんな事はできないと、なかなか譲らなかった。

 それでも、私はゆいちゃんに大切な用事をやってきてほしいって思った。私がペンダントを失くしたせいで行けなかったなんてゆいちゃんが可哀想で、私はとても嫌だった。


 なんとか、ゆいちゃんが用事を優先させてくれたので、私は少し安心した。だからと言って、ペンダントは見つかったわけではない。

 私は一人、途方に暮れていた。

 何で、あの時ペンダントを着けていこうって思ったのか。

 そればかり、ずっと思っていた。こんなことになるなら着けない方が良かった。そう思った。

 その時だったと思う。

「……さん、御……く……、……御崎くん‼」

 私は顔を上げる。そこには、田月くんが居た。私たちは去年の1学期に学校外で、一度だけ話したことがあった。でも、その時は少し怖そうな人だなぁ……って思ったのだ。

 少し息切れしている様子だった田月くん。何か言われるかも、と思い怖気ついてる私を他所に田月くんは突然私に何かを差し出した。

「……これ、御崎くんのでしょう? 君をショッピングモールのイートインエリアで見かけた時に、これ忘れて置いて行って……」

 彼は丁寧な言葉遣いで、私のペンダントを差し出して言った。そういえば、昼食を食べるために行ったショッピングモールのイートインスペース。あの時、ペンダント着けたままだと危なかったから、外して置いてたんだっけ。なんで、忘れてしまったのだろう。

 しかし、それを考えた後一つ疑問が浮かび上がった。

「……な、何でこれが私のだと思ったんですか?」

 それが一番の疑問だった。何で、彼がこのペンダントを私のものだと思ったのか。すると、彼から予想外の返答が来た。

「……それは、1学期に一度話した時、君が大事そうに持ってたあのペンダントとなんとなく似てると思ったからです」

 ああ、そういえば。

 1学期の時、彼にペンダントの事を言われた事があった。その時、彼は学校ではあまりペンダントを着けない方がいいと言っていたんだ。その後、私が大事そうにこのペンダントを持っていたのを見たのだろう。

 彼は忘れる様な、あの出来事を何で覚えていたの?

「それじゃあ、用事はこれだけです。では」

 そう言って、彼はどこかに消えて行った。それ以来だろう、私が彼の事を気になって気になって仕方なくなったのは。


「……どうしたの~?」

 私はゆいちゃんの声で、回想の中から引き戻される。私はなんでもないという様に首を振った。

「……そっか、んじゃ帰ろ‼」

「そ、そうですね」

 だから、私は彼ともっと話がしたい。

 あの時、手伝うって言ってくれた神子ちゃんが頑張ろうとしているから。


  *