「美麗がデートだなんてねぇ」

 藤とあやめが描かれた、紫と黒のグラデーションが美しい浴衣を私に着付けながら、お母さんはしみじみと零す。

 天気にも恵まれ、今日は雲一つない晴天。もっとも、涼しくなってからにしようと藤倉君が提案してくれたので、今はもう太陽の姿はどこにも見当たらないけれども。
 鏡に映る自分を眺める。
 鞠が、背が高く、切れ長でクールな瞳(これに関しては、物凄く好意的に見てくれたとしか言いようがない)の私には可愛い系よりも綺麗系だと言って勧めてくれたこの浴衣。例の噂もあって藤倉君の好みは可愛い系じゃないかと言ったんだけど、美麗を選んだ時点でそれはないと豪語され、結局はこれに決まった。
 人の好みに合わせて着る物を選ぼうなんて考えたこともなかったから、凄く新鮮な買い物だった。
 帯は紫のシャーベットカラー。それを結びながら、お母さんも感慨深そうに私を見つめていた。
 鞠の言う通り、自分の姿を見て思う。確かに私に可愛い系は、果てしなく似合わなかったことだろう、と。言う通りにして正解だった。

「私だって驚いてるよ」

 何たって彼氏が、学校一の憧れ男子だもんね。

「今度聞かせてよね、馴れ初め」

 できたわよ、そう言って後ろから覗くお母さんは、とても嬉しそうに笑っていた。
 高校に合格したときもそうだったけど、私に嬉しいことがあると、お母さんは自分のことのように嬉しそうに笑ってくれる。
 だからきっと、哀しいことがあれば、同じように哀しんでくれるんだ。戻る前の私は、それに気付く心の余裕がなかったけれども。日に日に落ち込んでいく私を、凄く心配してくれていたんだと今なら分かる。

「うん、聞いてね。ありがとう」
「凄く可愛いわよ」

 親バカ。そんな台詞が頭をよぎる。でも悪い気は全然しなかった。私の肩に手を置いて、お母さんはにっこり。私も鏡に映るそんなお母さんに、同じように微笑み返した。

 結ってもらった髪をもう一度整え、軽くお化粧をする。今日はお母さんが使っている化粧品を特別に借りた。
 必要な小物を入れ巾着を持ったところで、ちょうど私のスマホが震えた。

『着いたよ』

 それは藤倉君からで、私は急いで階段を下りると、草履に足を突っ込む。

「そんなに慌てると、履き慣れてないんだから転ぶわよ」

 後ろから追いかけてきたお母さんが、苦笑しながら声をかけてきた。

「もう着いたって」
「そう、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
「絆創膏持った? 鼻緒で靴擦れするかもしれないわよ」
「持った持った」

 心配性なお母さん。もう私は高校生なのに。思わず笑って、じゃあね、扉に手を掛けた。