クラスに着けば、それはそれでまた多くの視線が突き刺さるけど、半分は何となく好意的に見てくれている気もして、少しだけほっとした。
私たちはそこそこ仲の良い友人、そんな立ち位置にはいたと思うから、間近で見てきたクラスメイトには、付き合うということにそれほど抵抗はなかったのかもしれない。勿論驚いてはいるようだったけど。
「おはよ」
席に着くなりかかった声に顔を上げれば、そこには鞠の笑顔。体育祭の振休だった昨日、彼女には既に電話で報告済みだ。
自分のことのように喜んでくれた鞠は、電話ではえらくはしゃいでいたけれども、学校でのこの騒ぎに少し同情しているのか、今はいつもと変わらないテンションで接してくれていた。
「おはよ」
見慣れた顔に安心して、漸く詰めていた息を吐き出す。
それに鞠は、お疲れさま、そんな苦笑で返してくれた。
そのとき突如、教室がざわめきに包まれる。みんなの視線を辿れば、教室の入り口に藤倉君が立っていた。
でも彼はその容姿のせいか、浴びせられる視線なんて慣れているようで、事もなげに私へと近付いてきて、挨拶をした。
「おはよ」
「お、おはよ」
付き合い始めた、その事実が、何てことない挨拶も特別にする。心って不思議だ。
「まさかこんな騒ぎになるなんて、思ってもみなかった」
なのに彼の表情は、一昨日とは違いとても硬い。
まさか、後悔してるの? 私は焦りと共に彼を見つめた。
「何かされたら、絶対に隠さず言って」
でも、続けられた言葉は予想とは全く異なっていて、そして思ったよりも大きかったその声に、クラスは俄かに静まり返った。
「自意識過剰だって笑ってくれても良い。だけど、嫌な思いをさせることがあるかもしれないと思ってる。だから先に言っておくよ。小さいことでも、必ず言って」
真剣な瞳が私を射抜く。
「藤倉、お前かっこつけすぎ」
息を呑んで固まっていると、静寂を破るように、クラスのお調子者として通っている折原君が藤倉君の肩に肘を乗せてきた。
「悪いかよ」
「悪いわよ。まるで見世物みたいじゃない。月島さん、困惑してるわよ」
今度は琴平さんから横槍が入る。
そこで漸くクラスにささやかなざわめきが広がった。
鞠は今朝の私と琴平さんのやり取りを見ていなかったからか、少し驚いたように彼女を見つめ、次いで私を心配そうに見やった。よもや彼女が人に嫌がらせをするとは思っていないだろうが、想いは誰よりも強そうに見えたから、恐らく心配してくれたのだ。だから私は笑顔で頷く。彼女は、大丈夫。
「ごめん」
琴平さんの言葉で漸く思い至ったのか、藤倉君は頭を掻きながら謝ってくる。
でも嬉しかった。だってきっと、牽制してくれたんだ。
抱き合っているところを目撃されただけでこれほどの騒ぎになるのだ。たくさんの生徒が見ている前で藤倉君の口からそう宣言されれば、私に手を出したら黙っていないと噂が広がることは、火を見るより明らかだった。
「ううん、ありがとう」
私は笑顔でお礼を言う。少し恥ずかしかったけど、それでも心は温かかったから。
「いやいや皆さん、新たなカップルの誕生に盛大な拍手ー!」
からかうように折原君は壇上に上がり手を叩く。良い意味でも悪い意味でもノリの良いクラスだったから、それはすぐに広がって、教室はたちまち大騒ぎ。
私はクラス中の女子から質問攻めに合い、藤倉君もどうやって告白したのかと、根掘り葉掘り訊かれているようだった。
告白したのは、私なんだけどね。
「どうでもいいだろ!」と若干キレ気味に返している藤倉君に、申し訳ないけど笑ってしまった。
ホームルームの時間になり、驚いた先生が何事かと顔を覗かせるまで結局それは続いて、それにも折原君は自分のことのように饒舌に答える。まるでその場で見ていたように、もう一人別の男子を引っ張ってきては、あのときの藤倉君と私を舞台のように熱演した。
流石にそれには、二人して目を合わせて苦笑してしまった。
そしてそのせいで先生から、学生の本分を忘れるな、という判で押したような台詞を、生暖かい視線と共にちょうだいする羽目になったのだった。
私たちはそこそこ仲の良い友人、そんな立ち位置にはいたと思うから、間近で見てきたクラスメイトには、付き合うということにそれほど抵抗はなかったのかもしれない。勿論驚いてはいるようだったけど。
「おはよ」
席に着くなりかかった声に顔を上げれば、そこには鞠の笑顔。体育祭の振休だった昨日、彼女には既に電話で報告済みだ。
自分のことのように喜んでくれた鞠は、電話ではえらくはしゃいでいたけれども、学校でのこの騒ぎに少し同情しているのか、今はいつもと変わらないテンションで接してくれていた。
「おはよ」
見慣れた顔に安心して、漸く詰めていた息を吐き出す。
それに鞠は、お疲れさま、そんな苦笑で返してくれた。
そのとき突如、教室がざわめきに包まれる。みんなの視線を辿れば、教室の入り口に藤倉君が立っていた。
でも彼はその容姿のせいか、浴びせられる視線なんて慣れているようで、事もなげに私へと近付いてきて、挨拶をした。
「おはよ」
「お、おはよ」
付き合い始めた、その事実が、何てことない挨拶も特別にする。心って不思議だ。
「まさかこんな騒ぎになるなんて、思ってもみなかった」
なのに彼の表情は、一昨日とは違いとても硬い。
まさか、後悔してるの? 私は焦りと共に彼を見つめた。
「何かされたら、絶対に隠さず言って」
でも、続けられた言葉は予想とは全く異なっていて、そして思ったよりも大きかったその声に、クラスは俄かに静まり返った。
「自意識過剰だって笑ってくれても良い。だけど、嫌な思いをさせることがあるかもしれないと思ってる。だから先に言っておくよ。小さいことでも、必ず言って」
真剣な瞳が私を射抜く。
「藤倉、お前かっこつけすぎ」
息を呑んで固まっていると、静寂を破るように、クラスのお調子者として通っている折原君が藤倉君の肩に肘を乗せてきた。
「悪いかよ」
「悪いわよ。まるで見世物みたいじゃない。月島さん、困惑してるわよ」
今度は琴平さんから横槍が入る。
そこで漸くクラスにささやかなざわめきが広がった。
鞠は今朝の私と琴平さんのやり取りを見ていなかったからか、少し驚いたように彼女を見つめ、次いで私を心配そうに見やった。よもや彼女が人に嫌がらせをするとは思っていないだろうが、想いは誰よりも強そうに見えたから、恐らく心配してくれたのだ。だから私は笑顔で頷く。彼女は、大丈夫。
「ごめん」
琴平さんの言葉で漸く思い至ったのか、藤倉君は頭を掻きながら謝ってくる。
でも嬉しかった。だってきっと、牽制してくれたんだ。
抱き合っているところを目撃されただけでこれほどの騒ぎになるのだ。たくさんの生徒が見ている前で藤倉君の口からそう宣言されれば、私に手を出したら黙っていないと噂が広がることは、火を見るより明らかだった。
「ううん、ありがとう」
私は笑顔でお礼を言う。少し恥ずかしかったけど、それでも心は温かかったから。
「いやいや皆さん、新たなカップルの誕生に盛大な拍手ー!」
からかうように折原君は壇上に上がり手を叩く。良い意味でも悪い意味でもノリの良いクラスだったから、それはすぐに広がって、教室はたちまち大騒ぎ。
私はクラス中の女子から質問攻めに合い、藤倉君もどうやって告白したのかと、根掘り葉掘り訊かれているようだった。
告白したのは、私なんだけどね。
「どうでもいいだろ!」と若干キレ気味に返している藤倉君に、申し訳ないけど笑ってしまった。
ホームルームの時間になり、驚いた先生が何事かと顔を覗かせるまで結局それは続いて、それにも折原君は自分のことのように饒舌に答える。まるでその場で見ていたように、もう一人別の男子を引っ張ってきては、あのときの藤倉君と私を舞台のように熱演した。
流石にそれには、二人して目を合わせて苦笑してしまった。
そしてそのせいで先生から、学生の本分を忘れるな、という判で押したような台詞を、生暖かい視線と共にちょうだいする羽目になったのだった。