菓子先輩のおいしいレシピ

みくりちゃんはバーガーを持ち上げたまま、緊張した面持ちで固まっている。ここは私が先に勇気を出さなければ……!

 軽く手でつぶしたバーガーに、意を決してかぶりついた。思いっきりあけた口の中に、ソースの甘み、アボカドのコク、パティの肉汁がいっぱいに広がる。

「……おいしい! ハンバーガーって、こんなにジューシーだったんだ!」

 上手には食べられなくて、手や口のまわりがべたべただったけれど、そんなことは気にならなかった。

「野菜もしゃきしゃきでおいしい! 厚く切ったたまねぎも、火を入れたから甘くてとろっとしてる」

 私の様子を見て、みくりちゃんも大口をあけてハンバーガーにかぶりついた。

「おいしい……」

 みくりちゃんが感極まった様子でぽつりとつぶやく。その後、私たちは一言も話さずに夢中で食べ続け、大きなハンバーガーをぺろりと完食してしまった。

「私……間違ってたんだね。ハンバーガーって、お上品に食べるものじゃなかったんだ」

 ひと息ついて食後のアイスティーを飲みながら、みくりちゃんが静かに話し出した。

「あのとき食べたハンバーガーは味がしなかった。今日はこんなにお行儀悪く食べていたのに、すごくおいしい」

 そう言ってうつむき、自分の手のひらをじっと見つめる。指先がソースでべたべたになってしまい、思わずぺろっとなめてしまった私を見て、みくりちゃんも笑いながら指をなめていた。

「ハンバーガーがきれいに食べられるようになったら、彼氏の前でも失敗しないで食事ができると思ったんだ。
でも……私、失敗してもいいや。いつも通り、大口をあけてハンバーガーを食べてみる。だって、おいしいものをおいしく食べられない相手なんて、付き合っていても楽しくないもの。
……そうですよね? 百瀬先輩」

 菓子先輩は、それがいちばん大切なことよ、と言って朗らかに微笑んだ。

* * *

「それで、御厨さんは彼氏さんの前でちゃんとごはんが食べられたのかしら?」

 数日後の調理室で、菓子先輩が料理をしながら私に尋ねる。初回がむずかしいメニューだったため、今日は私のレベルに合わせてもらってクッキーだ。
 私が簡単なドロップクッキーでも苦戦しているのをよそに菓子先輩は、チェリーを乗せた絞り出しクッキー、ココナッツの入ったココアクッキー、アイシングを施したレモンクッキーなどを次々に完成させていた。菓子先輩の今日のクッキーだけで、缶に入った詰め合わせが作れるのでは……。

「この前食べられなかった駅前のファストフード店にリベンジしたらしいです。みくりちゃんは因縁のテリヤキチキンセットを頼んで、彼も同じものを注文したって。」

「食べものの好みが合うって素敵なことよね。恋人同士ならなおさら」

「そうですよね。それでみくりちゃんも安心して、いつも通りハンバーガーを食べられたらしいんです。でも――」

「でも?」

「油断していたら、口の周りにソースがべったりついていたそうです」

「あらまあ。それで彼氏さんは?」

「それがですね……」

 私はこの話を聞いたときのことを思い出し、顔が赤くなってしまった。

「そんなみくりちゃんを見て、可愛いな――って言ったんですって!」

 この話をした時のみくりちゃんの顔が忘れられない。ほほを桜色に染めて、本当に幸せそうに微笑んでいた。透明なまなざしは、きっと恋をしているから。今までで一番、みくりちゃんが綺麗に見えた。

 私は甘い台詞を自分で言いながら興奮していたのに、菓子先輩はやっぱりね、といった顔だ。
「……もしかして菓子先輩、こうなることが分かっていたんですか?」

「ふふ。御厨さんの中学時代の話を聞いたときからね」

「どういうことですか?」

「御厨さんのした失敗はもともと、恋人に振られるほどの大きな失敗じゃないのよ。相手が自分を好きなら微笑ましいと思えるし、逆にそうじゃないなら――うんざりした態度をとる人もいるかもしれないわね」

「じゃあ、もしかしてみくりちゃんと元彼は」

「その時にはもう、お互いの気持ちが離れてしまっていたんじゃないかしら。御厨さんはそれに気付かず、そのことが原因だと思い込んでしまったのね」

「じゃあ、今の彼氏はみくりちゃんのことを――」

 相手によって変わる失敗なら、みくりちゃんに可愛い、と言った彼氏は。

「もちろん、こむぎちゃんの思っている通りよ」

 その時の菓子先輩の笑顔は、満点をもらったときにほめてくれた、小さい頃のお母さんみたいだった。

 そういえばみくりちゃんに、料理に興味が出たなら部活に入ってみない、と誘ったのだけど、

「うーん、お料理は思ったより楽しかったし、高校では文化部に入るのもいいなあと思ってたんだけど……。やっぱり私は遠慮しておくね。菓子先輩のそばにはこむぎちゃんだけがいたほうがいい気がする。……なんとなくだけどね」

 と断られてしまった。

 どういう意味なんだろう、と菓子先輩の後ろ姿を見つめる。相変わらずお母さんみたいにてきぱきと動く割烹着の背中。つやつやの長い髪は、おそろいのシュシュで束ねている。

「こむぎちゃん」

 くるりと振り返った先輩と、急に目が合って心臓が跳ねる。

「は、はいっ?」

「なんだか香ばしすぎる匂いがするんだけど……」

 菓子先輩が不安そうな顔でオーブンを見つめる。

 そうだった。クッキーが思ったより大きくなってしまったから、ちょっと長めに焼き時間を設定していて。途中で確認しながら調整しようと思っていたんだけれど……。

「あーっ! 焦げてるぅ……!」

 慌てる私を見て、菓子先輩が笑う。

 エプロンと割烹着、おそろいのシュシュ。春の光が射しこむ明るい調理室、シャボン玉みたいな笑い声。

 菓子先輩の謎はいろいろあるけれど。今はまだ、この幸せなおいしい日々に、ひたっていたい。

六月の雨が、コンクリートを鈍色に濡らしていた。半袖のブラウスから出た腕に、湿度の高いひんやりした空気が絡みついてくる。

 非常階段に腰かけたお尻も冷えてきて、スカートの下に掌を押し込んだ。

「う~……寒い」

 膝に乗せたお弁当もすっかり湿っぽくなってしまって、なかなか口に運べない。

「明日からは、おにぎりにしてもらおうかなぁ……。そしたらお昼休みでも、人気のない場所でささっと食べられるかも……」

 なんだか前にも同じような光景を見たような気がする。以前は入学直後の四月で、まだ真新しい制服に着られてしまっていた頃。
 今は少し女子高生らしさも出てきて、衣替えした夏服にもなじんできたけれど、なんだか以前よりもずっと寂しくて、切ない。

 きっと、一度友達ができた幸せを味わってしまったからなんだろうなあ……。数日前までの、なんの不安もなく希望に満ち溢れていた私を思い出す。
 たった数日前なのに、ちがう私みたい。あんな幸せな、普通の女子高生みたいな生活が夢だったように思える。

「もうあの頃には戻れないのかな。そもそも、ここ一か月の生活が、私には不相応な幸せすぎたのかも。だからきっと、バチが当たったんだ……」

 四月とひとつだけ違うのは、私が料理部に入っていることと、菓子先輩がいること。放課後の部活の時間を思うと、一日が耐えられる。

 でも、前みたいに菓子先輩に助けてもらえることを期待しちゃいけない。本当は気付いてもらいたいのかもしれない。でも、こんなみじめな自分を知られたくない、菓子先輩に幻滅されたくない。
 菓子先輩の前では、いい後輩でいたい。あの、ふんわりした甘いお菓子みたいな先輩には、いつだって何も心配せず笑っていて欲しい――。

「あら?」

「えっ」

 ガチャ、という音が聞こえて振り返ると、鞄を抱えた菓子先輩がドアの前に立っていた。
「ちょうど今から部活に行くところだったの。会えて良かったわ、一緒に行きましょ?」

 偶然通りかかった、みたいな雰囲気で話しているけれど、この非常階段は調理室とはまったく逆方向だ。

「どうして……」

 私はまったく手をつけていないお弁当箱を見られたくなくて、さっと蓋をしめた。

 かわいがっている後輩がまた一人ぼっちになっているなんて、菓子先輩はきっと幻滅しただろうな。

「なんだか前にも同じようなことがあったわね、こむぎちゃん」

 しゃがみこんで目線を合わせてくれた菓子先輩に目をやると、いつも通りのほほんとした笑顔で、ドキドキしていた胸が少しだけ落ち着いた。

「なんで菓子先輩はこんなところに?」

「こむぎちゃん、部活の時はいつも私より先に調理室に着いて準備してくれていたでしょう? でもここ数日間、私よりも遅れて来ていたから、どうしたのかなと思って」

「それだけでここが分かったんですか?」

「猫が隠れるならどこかしらって探してみたんだけど、ビンゴだったわぁ」

 菓子先輩には内緒にしておくつもりだったのに、そもそもこの人に隠し事をするなんて無理だったのかもしれない。猫がイタズラを隠しても飼い主にはバレているみたいに、菓子先輩のあったかい眼差しは、どこまで見通しているのか見当もつかないのだから。

「日直とか、掃除当番だとは思わなかったんですか?」

「うん。こむぎちゃんは、すごく分かりやすいから」

「えっ、私親には昔から、表情が乏しくて分かりづらいって言われてたんですけど」

「それは犬的な感情表現を期待しているからじゃないかしら。猫って一見分かりづらいけれど、耳とかしっぽとか瞳とか、よ~く見ているとすごく感情豊かなのよ~」

「私には、猫耳もしっぽもないですけど」

「あら、そう思っているのはこむぎちゃんだけよぉ。今度御厨さんにも聞いてみて、きっと同じことを言うと思うわ」

「みくりちゃん……は……」

 放課後、何か言いたそうにしているみくりちゃんを無視して出て来てしまった。ショックをこらえているような顔が忘れられない。

「何かあったのね?」

「……」

「話してみて? その前に調理室に行きましょ。あったかいミルクティー、淹れてあげる」

 知られたくない、心配かけたくないと思っていたのに。
 繋いだその手はやっぱりあったかくて、ほっとしたら少しだけ涙腺がゆるんでしまい、私は菓子先輩に見えないようにこっそり涙をぬぐった。

* * *

 菓子先輩が淹れてくれたミルクティーは、身体があったまるようにショウガ入りだった。シナモンも入っているのかな? 一口飲むとチャイっぽい味がして、胃の中がぽかぽかしてきた。

「実は、みくりちゃん以外の同じグループの子とうまくいかなくなってしまって。……というか、他の子たちは最初から迷惑していたのかも」

 数日前、私がトイレに入っているとき、グループの子たちが洗面台で話しているのが聞こえてきてしまったのだ。

「小鳥遊さんってさ、なんか一緒にいると気を遣っちゃわない?」

 自分の名前が耳に飛び込んできて、心臓が大きく跳ねる。私が個室に入っているのには気付いていないみたいだ。どうか心臓の音が聴こえませんように、と息を潜めながら会話に耳をすませた。

「分かる。悪い人じゃないんだけど……。ノリが違うよね」

「みくりちゃんと仲がいいから一緒のグループにいるけど、正直、小鳥遊さんはもっと大人しい子のグループの方が合う気がする」

「でもさ、それみくりちゃんに言える?」

「言えないよー……。みくりちゃんは怒るだろうし、さすがに仲間はずれみたいなことはできないし」

 予鈴の音が鳴る。グループの子たちは身だしなみを整え終わると、「この話はここだけの秘密にしておこうね」と言いながらさっさと教室に戻って行ってしまった。

 みんなの足音を見送ったあと、全身の血の気が引いて、貧血を起こしたみたいに個室の中でうずくまってしまった。

 目の前がぐるぐるする。気持ち悪い。なんだか呼吸も苦しい。

 今の会話はなんだったのだろう。

 グループの他の子たちも、普通にいい子たちだった。後からグループに入ってきた私のことも受け入れてくれて、みんなと同じように接してくれた。
 確かに、少し気を遣われているというか壁があるような気はしていたけれど、それも優しさのうちなのだと思っていた。

「本当は最初からずっと、迷惑だったんだ……。でもずっと我慢してくれていたんだ……」

 “普通”で“いい子”だったからこそ、今まで優しくしてくれたし、だんだん窮屈になって愚痴も言いたくなったのだろう。そんな彼女たちを責めるなんてできない。


「一度聞いてしまったら、そのあと普通にしているなんて私にはできなくて。その日から一人で行動することにしました。お弁当の時間は、何か言われる前に教室を出るようにして」

「御厨さんは心配しているんじゃないの?」

「みくりちゃんにとっては彼女たちのほうが付き合いの長い友達なんです。板挟みになって困らせたくないから……」

「何も打ち明けていないのね?」

「はい……。でもきっと他の子たちは、自分たちの会話が聞かれていたことにうすうす気付いているかも」

「こむぎちゃんは、その子たちのことを悪くは言わないのね」

「だって、よく考えたら私……、みくりちゃんとは打ち解けて話せるようになったけれど、他の子たちには自分から話しかけたりできていなかったんです。話を振ってもらっても、緊張しちゃって少ししか返事できていなかったり。
そんなんじゃ、気を遣って疲れるって言われてもしょうがないです……。もともと人に好かれる性格じゃないから、私。仕方ないです」

「こむぎちゃんはいい子よ。ただちょっと警戒心が強くて不器用なだけ。今だって、自分のことよりも御厨さんに迷惑をかけないように、って考えているでしょう? こむぎちゃんはお友達を思いやれる優しい子よ。自分で気付いていないだけ」

 そんなふうに思ってくれるのは、菓子先輩が優しいからだよ、って言いたかったのに。

「……うっ……ふうぅ……っ」

 嗚咽と一緒に涙があとからあとからこぼれてきて、息もできなくなってしまった。

 仕方ないって諦めていても、やっぱりつらかった。みんなと仲良くなってから、ちゃんとグループに溶け込めるように、空気を読むように、自分なりに頑張ってきた。
 でもそれも全部無駄だったのかな。ううん、それがきっとみんなにも伝わっていたんだ――。

「こむぎちゃん、だいじょうぶよ。だいじょうぶ。我慢しないで泣いちゃいなさい。我慢すると余計苦しくなるわ」

 ひっ、ひっ、としゃっくりみたいな呼吸を繰り返す私の背中を、菓子先輩のあったかい手がなでてくれる。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。だれも見ていないわ……」

 菓子先輩の手が、言葉が、あたたかさが、毛布にくるまれた揺りかごみたいに思えて。
 私は子どもみたいに大声をあげて泣いてしまったのだった。

* * *

「私ね、こういう時は他の友達に目を向けるチャンスだと思うの」

 ひとしきり泣いて落ち着いた私に、菓子先輩はとても意外な言葉をくれた。

「他の友達?」

 なんとなく恥ずかしくて、菓子先輩の顔がまっすぐ見られない。

「こむぎちゃんのいいところを分かってくれる人は、きっと他にもいるはずよ。今までお話ししたことのなかったクラスメイトにも話しかけてみて、お友達を増やしたらどうかしら」

「それはめちゃくちゃハードルが高いです……」

「難しく考えなくていいのよ。ちょっとしたきっかけがあったら、それを逃さないこと。勇気を出してみること」

「はい……」

 どうせこれ以上悪くなることなんてないんだ。もう一人ぼっちなんだし。勇気を出すことくらい、怖くない……はず。


 とは言ったものの。

 そもそも、休み時間は机につっぷして寝たふりをしているし、放課後はすぐに教室を飛び出してしまうし、私にはちょっとしたきっかけさえない。

 気分転換に立ち寄ったピーチ通りの本屋さんで、新刊を物色しながら考える。

 本を読むのはけっこう好き。読んでいる間は、自分の悲惨な状況も忘れて物語に没頭できるから。現実では友達のいない女の子でも、本の中でだったらお姫さまにも名探偵にもなれる。

 恋愛小説も好きだけど、ハラハラわくわくするミステリーも好き。現実にはありえないようなファンタジーよりも、現実味のある、少し手を伸ばせば届きそうな世界観が好き。そのほうが希望が持てるからなのかな。

「あ……」

 好きな作家さんの新刊が平積みになっているのを見つける。これ、ずっと文庫になるのを待っていたやつだ。お小遣いじゃハードカバーなんて買えないし、図書館で借りるより手元に置いておきたい派だ。

「あっ」

 本に手を伸ばすと、隣の人と指が触れあった。きれいにネイルアートされた指と子どもっぽい私の指が、本の表紙を左右から取り合っている。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて手を離して頭を下げる。ぼうっとしていて、まわりを見ていなかった。

「いや……こっちこそ」

 小説や少女漫画だと恋でも始まりそうなシチュエーションだけど、聞こえてきたのは若い女の子の声で、

「ん……?」

 よくよく見ると同じ制服を着ていて、その顔には見覚えがあった。



「もしかして小鳥遊さん? 同じクラスの」

「えーっと、柚木(ゆずき)さん?」

「あー、あたしの名前、ちゃんと覚えててくれたんだ」

「さ、さすがに覚えているよ。もう入学して二か月以上たつんだし」

「ジョーダンだって」

 柚木さんはからからと快活に笑う。なんだか教室でのイメージとは違う人だ。きっかけと、勇気。菓子先輩の言葉を思い出して、思い切って話を繋げてみた。

「あの……この本、柚木さんも買うつもりだったの?」

「ああ、うん。この作家が好きで。前から気になってたんだけど、文庫になるの待ってたんだよねー」

「そうそう、私も! 文庫しか買えないけど、この作家さんの全部集めているの」

「えっ本当? あたしまだ全部は読めてないんだよね。……ていうか小鳥遊さんさ、あたしみたいなタイプが本読むのって意外だと思わないの?」

 柚木さんは、髪もばっちり巻いてメイクも強めで、迫力のある美人という感じ。佇まいになんとなく威圧感があるので、不良なのかと思っていた。進学系女子高にはあまりいないタイプ。そういえば柚木さんも周りから遠巻きにされていて、特に親しい友達はいないようだった。

「ああー……。言われてみれば、ちょっと意外かも」

「小鳥遊さん、正直すぎ!」

「ご、ごめん」

「いいよ、面白いから。あたし嘘つかれたり気を遣われるの嫌いだからさ」

 柚木さんの言葉に胸がチクッと痛む。

「今まであんまり本の話できる人いなかったんだよねー。今日が雨じゃなかったら、そのへんのベンチでゆっくり話したかったんだけどな」

 柚木さんの言葉で、落ち着いて話のできる場所がひとつ思い浮かんだ。
 しかし、今日初めて話した人を自分から誘うなんて、私にできるのだろうか。
 いやいや、今日は人前で思いっきり泣いてしまったし、それ以上に恥ずかしいことはもうないだろう。

「あの……っ!」

 新刊を持ってレジに向かおうとする柚木さんの鞄を掴んだ。
 ん? と振り返ったきれいな顔を見て生唾を飲みこむ。これでは片思いの相手に告白しようとする男子中学生ではないか。

 ――きっかけを逃さないで。こむぎちゃん、勇気を出して。

 菓子先輩の言葉が、私の背中を押してくれる。

「柚木さん、それなら私、いいところ知ってるんだけど……」