授業が終わると、愛梨は学校を飛び出して、いつものように白露庵へと急いだ。

 白露庵には、普通に電車やバスに乗ってもたどり着けない。


 愛梨は白露にもらった指輪をネックレスに通し、首から常に下げている。

 別に指輪でなくても何でもいいらしいのだが、あの店に行くためには、白露と繋がりがある物が必要らしい。それを持たずにあの店に向かおうとすれば、現実と幻の狭間に置き去りにされてしまい、恐ろしいことになる、らしい。実際にやったことがないので、どうなってしまうのかは知らない。


 竹林の道を抜けた先にある白露の店を想像しながら目を閉じると、愛梨はいつものように白露庵に到着していた。


 ここの景色はあまり代わり映えがしない。

 店の表にある長椅子には、背の高い男が退屈そうな様子で座っていた。


 白露は客がいない時は、人間の変身を解いてあやかしの姿に戻り、ぼんやりと日向に当たっている。


 今も店内に客がいないのをいいことに、真っ白な耳とふさふさの尻尾を出して、のんびりとくつろいでいた。

 おまけに大きな欠伸まで。

 愛梨はそのやわらかそうな尻尾を、思い切りもふもふと抱きしめたい気持ちをぐっと堪える。


 頼めば触らせてくれるけれど、その代わりにと無理難題を要求されるので、心を鬼にして尻尾には触らないようにしているのだ。

 そんな決意も露知らず、白露は毛並みのよい尻尾をふさふささせながら、もう一度大きな欠伸をする。


 愛梨が到着したのに気付くと、白露は眠そうな声で言った。


「はあー、暇ですねぇ。退屈ですねぇ。愛梨、面白い話でもしてみてくださいよ」

「何なんですかその唐突な無茶ぶりは」

「ただし話がつまらなかったら罰ゲームです」

「あまりにも理不尽!」


 付き合いきれないと思った愛梨は仕事用の制服に着替えると、掃除を始めた。

 まず店内の床の掃き掃除をしてから掃除機をかけ、モップで床を磨く。机と椅子を布巾で丁寧に拭き、最後に窓を磨く。これが一連の流れだ。

 今日も心を込めて掃除をしようと決意して、愛梨は腕まくりをする。


 この店に訪れることが出来るのは、一人につき一度だけだ。二回目はない。

 だからせめてここに来た客がいいお店だったと思えるように、ピカピカにしておきたい。律儀な性格の愛梨は、そう考えていた。

 しばらくの間無心で掃除に没頭していると、白露がぽつりと呟いた。