過去に戻れる思い出の料理を出す、不思議なお店で働いています。店長は狐のあやかしです。

 うん、やっぱり言えるわけがない。信じるわけないしね。

 二人に嘘をつくのは申し訳ないし、元々隠し事が苦手なので、なるべくバイトの話には触れたくない。


「飲食店?」

「あ、うんそう。飲食店だよ」

「ファミレス? 駅前にもたくさんあるよね」

「ファミレスとは違うかな。個人でやってる、もうちょっと小さな料理屋さんなんだ」

「へー、アットホームな感じ?」

「う……ん、そう、かなぁ」


 思わず疑問系になってしまう。

 白露さんとアットホームという単語は、まったくもって結びつかない。

 南極とハワイ、みたいな。むしろアットホームから一番遠い場所にいるのが白露さんという感じさえする。 


「店、どこらへんにあるの?」

「えっとぉ……」


 実はあの店がどこに存在しているのか、私自身もよく分かっていない。

 少なくとも、行こうと思って普通の人間が気軽に行ける場所ではないことは確かだ。


「いつからバイトしてるの?」

「一年の時かな。入学した年の夏ぐらいに通い出したから」


 そう答えると、りっちゃんが声を弾ませた。


「そうなんだ。じゃあ今度、私達も連れて行ってよ!」

「うん、機会があったら。といっても、基本的に予約でいっぱいになっちゃうんだ」

「えー、残念。今度はバイトのない日、一緒に遊ぼうね!」

「うん、ごめんね。また明日」


 やっと会話が終わったので、私はほっとして教室を出る。

 二人に嘘は吐きたくないのに、言えないことばかりが増えていくのは少し後ろめたい。



 学校から駅までの道は、なだらかな坂になっている。

天気のよい空を見上げながら、目を細めて考える。

 改めて考えると、不思議な話だ。

 どうして自分のような何の特別な特技もない人間が、白露さんのようなイレギュラーさしかない人の店で働いているのだろう。


 私はいつも、白露さんに貰った指輪をネックレスに通し、首からかけている。

 これがないと、あの店に辿り着くことが出来ない。


 私は白露さんのことを考えながら、手のひらでぎゅっと指輪を握って目を閉じる。

 するとさっきまでの街の喧噪が、一瞬にして消え去った。


 再び目を開いた時、私は青々とした竹林の中にいた。太陽にはまだ昼の明るさが残っている。

 どこまでも背を伸ばす竹を見上げながら、ほぅっと息をつく。

 この場所は綺麗だけど、何度来ても少しだけ怖い。

 ちょっとでも気を抜くと、まるで自分の存在すらあやふやになって、霧に交じって消えてしまいそうな感じがする。


 歩く度にチリン、チリンと鈴の音が追いかけて来る。

 この竹林の道、そしてその向こう側にある朱塗りの橋は、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐ境目らしい。

 こちらの世界というのが私が普段暮らしている世界だとして、あちらの世界というのは一体どんな場所なのか。私もハッキリ理解しているわけではない。

 それでも自分が住んでいる場所と、確かに違う場所だということは知っている。

 もし白露さんに貰った指輪をなくしてしまうと、私は元の世界に戻れなくなり、一生二つの世界の狭間をさまようことになってしまうらしい。

 それを想像すると、背中がぶるっと寒くなった。


 首からかけた指輪をぎゅっと強く握りしめながら、朱塗りの橋を渡る。

 実際に迷子になったことはないけど、こんな何一つ分からない場所で迷ってしまったら、すごく怖いと思う。


 それなのに、どうして私はここに来てしまうんだろう。

 考えながら歩いているといつものように白露庵の店の明かりが見えて、自然と駆け足になった。