私はというと、

病室で絵本を読んだり物語を書いてばかりいたせいか、視力が落ちてゆき、眼鏡をかけるようになった。



眼鏡をかけてから初めて鏡を見たとき、

私は自分の目を疑った。







「え……」



トイレの鏡に映る自分の顔には見覚えがあった。






彼女だ。



私が夢の中で会っていた女の子に、そっくりだった。




というより、彼女そのものだった。




改めて自分の身体をよく見ると、さらに似ていると思った。


そういえば夢の中の彼女は、

いわゆる『女性的な身体つき』をしていなかった。


そして私も、高校二年生になっている年齢だったけれど、身長以外は成長する気配がない。



だんだんと、私はある考えに確信を持っていった。




ーー私が夢の中で会っていた女の子は、未来の私だったんだ。



未来の私が、男子高校生となっていた私にあの物語を教えてくれた。


今の私なら、その物語を知っているからそれは可能だ。




そうすると、そもそも物語を最初に作ったのは誰かという疑問は残るけれど……。



ーーじゃあ、私だった、あの男子高校生は、誰?




私は一度パンクしそうになった頭を休ませようと、病室に戻ってテレビをつけた。



やっていたのは、高校サッカーの中継だった。



全国大会へ行くための県予選の決勝。



両チーム合わせて二十二名の選手が、
必死にボールを追いかけ、身体をぶつけあっていた。



私は、サッカーの詳しいルールを知っている。



病弱な私がやったことがあるわけじゃない。



夢の中で私は、いや、彼はサッカーをしていた。


悩みながらも彼女、すなわち私が教えてくれる物語に勇気付けられながら一緒に成長していた。



試合が途切れる合間には、観客席や放送席、両チームの監督が映されることがある。


……不意に見たことのある顔が私の目に入る。





その姿を視界にとらえたとき、心臓が大きく鳴った。



 ベンチの様子が映されたとき、負けているほうのチーム、その中に彼がいた。



あの、男子高校生。



夢の中の私だった彼と、まったく同じだった。



夢の中で私は、彼になっていたのか……





つまり私は、いずれ彼に会うということなの?



そんなことを考えている間に、試合はハーフタイムになっていた。


両チームの控えも含んだメンバー紹介が始まる。


名前を確認しようと私は食い入るように画面を見つめた。



彼の背番号は、二十二番だった。



その番号を探す。



番号と名前を照らし合わせた瞬間、


私は頭に雷を受けたような衝撃を感じ、


息が止まりそうになった。


それほど、
その名前には私をびっくりさせる力があった。





心臓がいくつあっても足りない。

ドキドキが、止まらない。




でも、この驚きは嬉しい驚きだった。





私の心臓が、


身体中に血液を勢いよく送り出しているのを感じた。



細胞単位で、私は喜びを感じていたのだ。
やっぱり、病は気からなんだと思う。



それから私の病気は、少しずつよくなっていった。


生きる希望を、病気を回復させるモチベーションを得たからだろう。


そしてついに、高校三年生になる春、待ちに待った日がやってきた。


彼のいる学校に転入することになったのだ。


先生に促されて教室に入ったとき、すぐに彼を見つけた。



その瞬間、心が躍った。


黒板の前で挨拶をする前、彼と目が合った気がする。


そのあとも私は、視界の右端で彼の姿をずっと見ていた。



私たちは、隣の席になった。


そのことは、夢で見たからもう知っていた。


彼が右手にギプスを巻いていることも、席に着くとき、私たちが交わすのは軽い会釈だけだっ
たことも。


立樹くん、久しぶり。やっと、会えたね。


私はそう言いたかったけど、ぐっとその言葉を飲み込んだ。


夢のとおりなのであれば、彼は私のことを忘れている。


事故で両親も亡くしているはずだ。


その事故はきっと、私が入院し始めた頃に起こってしまったんだろう。



あの日、サッカー中継で彼を見つけて夢の謎が解けたとき、私はすべてを理解した。



ーー彼は、約束を破ったわけじゃなかった。


私は、ひとり病室で、泣いた。


そしてひとしきり泣いたあと、前を向いた。









ーー大丈夫。





あなたの大切な記憶は、きっと戻るからね。






私が、協力するから。

右隣に座る彼に、私は心の中で語りかけた。



「あの……それ、やろうか?」


新学期が始まってから二週間ほどたったある日、転校生の私が彼に向けて初めて発した言葉だった。


正確に言えば、初めてではないけれど。



「え……! あ、いや、大丈夫! ……です」



彼は、私の申し出を断った。



夢でもそうだったから、わかってはいた。




なにが大丈夫なの、立樹くん。


彼は右手にギプスをはめている状態で、
模試の申込み用紙を切り離そうと苦心している。


涼しい表情をしているつもりだろうけど、私に
は彼が痛みとかやりにくさを我慢していることがわかった。


そんな姿を微笑ましく思ったけれど、そんな思いで彼を見ていることを悟られないように努めた。



彼は右手で紙を押さえ、左手で切り取った。


その間彼は、私の顔を見ることはなかった。





そういえば彼は、シャイなんだった。これは大変だと思った。


私のことを忘れてしまったなら、

また知ってもらえばいい。


約束も、もう一度すればいい。


そう思っていた。


けれどそれには、彼の同意が必要だ。


このシャイな彼とどやって距離を縮めるか、私は頭を悩ませた。



私はずっとタイミングをうかがっていた。


なんにせよ、右手の骨折が治らなければ絵も描けない。


美術の時間に彼が左手で描いていた絵を見たけど、それでも人並み以上にうまかった。




私にとってのヒントは、あの夢だけだ。



彼の視点で見ていた夢。


一緒に公園で絵を描いていた男の子は、やはりかおるくんで正解のようだった。




お姉ちゃんは立樹くんの家の近くに住んでいるし、あの公園も徒歩圏内だ。