彼女は上体を倒してずいと僕に顔を近づけた。

昔もこういうことがあった気がする。


なんだか僕たちは会えなかった時間を埋めるために、昔に戻っているみたいだった。


「じゃあ、二回目の約束は?

合宿、どうだった?」


僕が一呼吸おいて、華乃の目を見てゆっくり頷くと、彼女はまた、背筋を伸ばす。


「試合で初めてシュートを決めたんだ」

「すごい!」

彼女は胸の前で手を握って喜んでくれた。

「相良が僕の力になってくれたんだ。
もう大丈夫だよ。方向性が見えた気がするんだ」


相良のことを華乃に話した覚えはないけど、とにかくいろいろなことを伝えたくて思ったことがそのまま口をついて出てしまった。


「そっか。

本当によかったね。

あ、あと怪我はしてない?」

「うん、大丈夫」


 よかったと笑う彼女を見ながら、どうしよう、と思った。

……話したいことが、

伝えたいことが、

ありすぎる。


僕は、目の前に華乃がいることに、この上ない幸せを感じていた。


こういう気持ちは、伝えなきゃ。


ほら、イメージしただろう。


こういうときは、

素直に言うって決めてただろうーー。


「また、会えたね」


「うん、会えて本当によかった」


男の子は、また夢の中で女の子と再会することができました。


それはつまり、彼女の手術が成功したということ。


そして男の子は、大なわとび大会で勇気を出してがんばりきったということ。


その結果、男の子のクラスは優勝したのでした。


そこは、

海でも、

空でも、

森でもなく、

教室でした。


「勇気を出したね、たつきくん」


 女の子は言いました。


「お互いにね」


 男の子もつづけて言います。


「今日はどうして教室なの?」


「ここには、見覚えがあるでしょ?」

「うん、ここはぼくの学校だ。

でもぼくの教室じゃない。

ひとつ上の六年生のだ」


男の子は、教室の一番後ろの席にすわり、女の子は黒板の前に立っていました。

「今日はね、お別れを言いにきたの」


 男の子は、あまり驚きませんでした。

これが、最後の夢になるような気がなんとなくしていたからです。


「そうだろうと思っていたよ」


「それなら話は早いわね。

でも、これからする話はちょっとふくざつよ?」


「ぼくはきみと夢の中で海を泳いだり空を飛んだりしたんだ。

もう、なんだって受け入れられるよ」


女の子は、笑顔になり、じゃあ、と言って話しはじめました。


「わたしは、あなたに助けられたことがあるって言ったでしょう?」


「うん。

だから、きみはぼくのいいところを知ってて、教えてくれた。

でも、ぼくは結局、きみのことを思い出すことはできなかったよ」


「それが、思い出すのは不可能だったの。


なぜなら…


わたしを助けてくれたのは、あなたにとっては未来のことだから」


男の子は、その言葉にこんどは驚いてしまいました。

女の子は、未来から来たのだといっているのです。


でも、自分が言ったとおり、その言葉を受け入れました。


男の子には彼女がうそを言うとは思えなかったのです。


「……信じるよ。きみの言葉にうそはないと思う」


「ありがとう。すなおなところも、あなたのいいところよ」


「じゃあ、ひとつ聞かせて。

きみは、いつぼくに会うことになるの?」



「一年後よ。

あなたが六年生のとき。

場所は……」


そう言って女の子は、机を指さしました。


つまり、ここ。


この六年生の教室で、ふたりは会うというのでした。


「わたしは転校生としてこの学校にやってくるわ。

でも、そのときわたしもあなたもこの夢のことは忘れているの」


女の子の言葉の意味がわからなくて、男の子は少し混乱してしまいます。



「混乱させてごめんなさい。

でも、むずかしく考えることはないわ。


あなたは、あなたのままでいてくれたらそれでいいの。

それだけでわたしはきっと、救われる」


「ぼくは、ぼくのまま……」


「あなたは、

私という誰かのために、

自分の可能性を見い出して、

さいごには勇気を出して私を助けてくれたわ。


あなたが大なわとび大会をのりこえた、その三つの力で」


「それは、きみが教えてくれたおかげだよ。

本当にありがとう。

君がそう言ってくれるなら、ぼくは未来できみのことをかならず助けるって、約束する」

男の子は立ち上がり、女の子の目の前へと進みました。

そして、小指を立てて手をさし出します。

すると女の子はちょっとこまった顔をして、
「やくそくしても、わたしのことを忘れちゃうのよ?」と言い、

それから、

笑顔で、

小指をそれにからませました。



ゆびきり、げんまん。






そのときでした。


まどのすき間からたくさんの桜の花びらが風にのって入りこみ、ふたりを包みました。


ふたりは指をつないだまま、笑顔で見つめあっています。



「またね」


ふたりの声が、かさなりました。


お互いの姿がたくさんの花びらで一瞬見えなくなったと思うと、そこにはもうふたりはいませんでした。



男の子は、目を覚ましました。

そして、女の子も。



ふたりは、見ていた夢のことはなにもかも忘れていました。


でも、たしかにふたりは同じ世界に生きています。



そして……。




ふたりは、出会うことになります。



桜が咲きほこる季節に、あの教室で─。
ーーすごく、きれい!このびじゅつかん。
なんか『ゆーふぉー』みたい!


ーーとってもひろーいおにわだね、おとうさん、おかあさん。


ーーねえねえ、あれみて!
あのこのえ、とってもじょうず!


ーーじょうずだね!
わたし、えがへたっぴだからうらやましいなあー。


ーーみせてくれてありがとう。
またあおうね。ゆびきりげんまんーー


小さい頃の、夢を見た。



私は重い病をかかえて生まれてきた。

赤ん坊の頃にした手術で一命は取り留めたものの、呼吸器系にさまざまな後遺症が残ってしまった。


それにより私は激しい運動はできなくなり、ちょっと早歩きをしただけでも息が切れたり、咳が止まらなかったりした。


肺に穴が空いてしまう『気胸』を発症することが時々あり、呼吸器系の感染症にも人一倍かかりやすいので、いつでも入院できるように私たちは大きな病院のある町に住んでいた。



夢は、私が四歳だった頃、お父さんとお母さんと初めて旅行をしたときのものだと思う。

あまり覚えてはいないのだけど、病状が少しよくなったため、遠出が許されたらしい。


見るものすべてが新鮮で、とても楽しかった記憶がある。

旅の終わりに、ふと見つけた公園に寄った。

そこにいたのは、絵がとっても上手な男の子だった。

それから小学六年生になるまでは、ずっと同じ町にいて、入退院を繰り返していた。


小学五年生になる頃からお父さんは単身赴任で家を空けた。


場所は四歳の頃に旅行で訪れた町だ。

美術館や日本庭園など、美しいものがたくさんある。

私は、そんな町で働けるお父さんを羨ましいと思っていた。