さよならさえ、嘘だというのなら


「私……ウサギ殺して……ない」

俺の腕の中で凪子は言う。

「ウサギがいるって颯大君に聞いて、家からエサを持ってきて……あげたけど……殺してない」

「信じる」

「……ありがとう」

そのまま凪子は泣き続け

俺はずっと
小さな子供をあやすように
彼女の気が済むまで
ずっと彼女を胸に抱きしめる。

凪子の全ての不安を解消したい。

いや
俺が全て解消しようって

絶対できる。





って

思った俺はバカだった。




彼女の深い罪と哀しみは


そんなに


簡単じゃなかった。









ぽつりぽつりとした
にわか雨が俺から彼女を引き離す。

「……ありがとう」

カバンを持ち
凪子は恥ずかしそうに笑う。

「今日はありがとう」

「いいよ。じゃ……」
急に俺も恥ずかしくなり
チャリに乗ってから、ふと思い凪子に声をかけた。

「須田。カッターナイフちょうだい」

そう言うと
凪子はスカートのポケットからカッターナイフを取り出し俺に渡す。

教室で注目したカッターナイフ。

ウサギ殺しの凶器ではない
きっとこれは
自分を傷付けていた凶器。

ひとり自分の部屋で
どんな気持ちでこれを握っていたのだろう。

「没収する」
明るく言い自分のジャージのポケットに入れた。

「気をつけてね」

「ダッシュする」

雨が強くなってきた。

「須田も早く家に帰れよ」

「うん」

「またな」

「またね」

名残惜しく別れ
俺は戻りたくない学校へ戻る。

柔らかな細い身体を思い出し
強くなる雨にも負けないくらい身体が熱い。


キスぐらいすればよかった



いや

無理だな。

へタレた自分に笑いながら
足に力を入れて学校へ向かった。



学校へ戻り
体育館に入ると

卓球部は誰も居ない

でも卓球台は全て出ていて
ネットも貼ってる。

人だけいない?

ん?

そして一枚の紙が卓球台にあり

【サボりの罰!ひとりで片付けるように。
みんなは武村先輩の家で
クーラーとスイーツ付のミーティング。
颯大は来なくてよし!】



 頑張って



 
 片付けよう。











家に帰ったのは
いつもより遅かった。

必死で片付ける俺に先輩から電話が入り

『颯大。校庭20周走ってから帰ってよし』

地獄のお告げ。

こうなりゃヤケだと思い
一生懸命走って
ひとり部活終了。

ヘロヘロになってから
またチャリでカンスケさんの前を挨拶し、家までの道を飛ばす。

疲れた。

もうメシいらない
ひたすらベッドが恋しい
倒れて寝たい。

自分の部屋に入り
そのままドサリとベッドに沈む。

凪子の柔らかい身体を思い出しながら、うとうとしていると

「颯大ー!」

まどろみの中で母さんの声がする。

もう動けない。

返事もしないでいると

「颯大!」

下に行くまで声が止まらないのか
あきらめてくれ母さん。

「颯大。七瀬ちゃんが来てる」


七瀬?なんでまた……説教か?

いや
もう今日は許して欲しい。

「早く降りて来なさい!」
怒り声に負け
俺は身体にムチ打って起き、階段を降りる。

今日の説教は明日にしてほしい。

ふらつきながら玄関に行くと
青ざめた顔で七瀬が立っていた。

「颯大」

「ごめん許せ。ちゃんと後片付けして校庭走って帰ったから。サボってごめん。お前は先輩の家でクーラーとスイーツ……」

「結衣がいないの」

「あ?」

「結衣が行方不明なの」

こらえきれない涙が七瀬の頬を伝う。

ポロポロと大きな涙が七瀬の頬を伝う

「結衣がいない」

「いやちょっと待って」

「結衣がいないの!」

叫ぶような大きな声を出すので
家の中から驚いて妹が出てきたから、母さんが出て来ないように妹の元に走る。

「外に出よう」

俺はサンダルを履き
七瀬の背中を押して外に出る。

いつの間にか空はうっすら暗くなり
星が輝く。

寝てる間に夜になったんだ。

今、何時だろう。

「松本がどうした?」

七瀬の肩を優しく撫でてゆっくり聞くと
七瀬はやっと安心したのか俺に涙声を出す。

「結衣が家に帰ってない」

「森ちゃんか江崎の家とか?」

「違う。森ちゃんから電話きたんだもん」

「松本は須田海斗と帰ったぞ」

「海斗君は『家まで送った』って言ってた」

「その後、どこかに出かけた?」

夕方振った雨がまた繰り返すのか
ジメジメとした雨の香りがする。

「結衣に連絡しても誰も繋がらないし、結衣のお母さんに聞いたら制服がないって。学校のカバンもないから着替えずにそのままどこかに行ったか、よその街から来た変なのに拉致されたかもしれない」

「おい……」
それは大げさだって言いたかったけど、真剣な七瀬の顔を見ると言えなかった。

「須田海斗は家まで送ったんだろ」

「うん」

じゃぁ
なんで制服で
カバン持ったまま

どこへ行く?

こんな田舎で。



ふと思うのは
ドロン山。

自殺の名所。
子供の頃から絶対中には入ってはいけないと、町から親から言われている場所。

違う
松本は自殺はしない。

夢を持ってる彼女にはドロン山は無関係だろ。

「今から中西と森ちゃんと一緒に探す。颯大も探して」

「わかった」

「ありがとう」

「みんなで探そう」

「うん」

「松本は天然入ってるから、どっかで寝てるかも」

「うん」

「絶対見つかる。見つけたら連絡しろよ」

「うん。私は他の子達にも知らせるね」
七瀬はゴシゴシと涙を拭き
そのままクルッと背中を向けて自分の家に走って行った。

どこへ行った松本
こんな小さな田舎の町で

何があった?

最高に嫌な予感を背中に感じ
俺は自分の部屋に戻り
1分でスェットとTシャツに着替えスマホを持ち


また

チャリを飛ばす。




いつもと同じ夜なのに
空気が濁り不吉な夜だ。

小さな田舎町の平和な夜が崩れ
あちこちで大人の影が動く

消防とかも出て来る?
万が一という可能性もあるから
山狩りになるかもしれない。

山に捜索隊が入るのは久し振りだ

もう自殺の名所になってるから
余所の街から死にに来ても
うちの町の警察や消防は動かない

キリがないから。

行方不明になった家族の人は
だいたい民間の捜索隊に依頼する。

うちの町は動かないけど
もし
松本結衣がドロン山に入ったのなら話は別だ。

松本結衣は
この町の人間だから
全力で町は動くだろう。

大人達の動きを見ながら
俺は学校へと向かう。

どうして学校なのか
自分でもわからないけど

うん

わからない。
俺は魔術師でも占い師でもないけれど、うちの昔々の母方の先祖がそうだったらしい。

その血が
何代目かの血に蘇り
俺の元に流れている話だ。

昔から

変な勘は当たる。

それも
不吉な予感ばかりだけど的中している。


今回は

当たらないで欲しかった


松本

絶対無事でいろよ。

「松本。いるのか?」

夜の学校は
みんなと一緒だと最高に楽しいけど
ひとりだと
こんな怖い場所はない。

そして確認したい目的の場所は例のウサギ小屋。

正面の門は閉まっているから
テニスコートに抜ける裏側のフェンスを飛び越え侵入。

誰もいない学校は暗く静かで不気味。

早く確認して出よう。

まとわりつく夏の湿度が息苦しい。

足早にテニスコートを突っ切り
奥まってるウサギ小屋に向かう。

暗がりにある正方形の小屋。

白いウサギが6匹
愛らしい姿で俺達を癒してくれた。

この小屋も来週には壊すけど
中にはまだ
こんもりとしたワラの山が残されていた。

「まつもとー!」
一度声を出すけど
返事はない。

いないか

やっぱり俺の気のせいか。

よかった……。

ホッとして戻ろうと思った時

ウサギ小屋の中で

何かが動く。

えっ?

身体が凍りつき
身動きでない。





大きな小屋だった。

ウサギ6匹にはもったいないくらいの大きさで

そう
人が入っていても不思議じゃない大きさ。

大きな犬かと思った。
寝る場所が無くて
ここに入り込んだのかと思ったけど
犬が勝手にフックを開けて入るわけがない。

それはゆっくりと起き上がろうとするけれど、人間がまっすぐ立つには足りない。

俺は逃げる事も叫ぶ事もできなくて
ただ
その動きを見ている。

黒い塊がワラの山を乗り越えて檻の扉に向かう

そして俺は見た

月明かりに照らされた
松本の姿を。

「そうた……たすけて」

苦しそうな細い声を出し
松本は俺に訴える。

意識はある。

俺はウサギ小屋のフックを開き、グッタリした松本の身体を引っ張りウサギ小屋から脱出させた。

どうしてこんな場所に……。

松本は自分の顔を両手で押さえ
苦しそうにうなっていた。

ワラの付いた制服を払い、俺は松本を横抱きにして応援を呼ぼうとしていたら

ぬるりとしたものが
俺の身体にまとう。

自分のTシャツがまだらになっている。
赤黒いシミが沢山ついていて

それは顔を覆う松本の手にも身体にもベッタリ付いていた。

「顔が……熱い」

松本はそう言ってから俺に会って安心したように、力を抜き気を失う。

ダラリと下がった彼女の手は血まみれで

彼女の綺麗な顔の左頬には

目じりから唇の端まで

一直線の深い傷跡が付いていて

肉が開き
脂肪が割れ

白い骨まで見えていた。