さよならさえ、嘘だというのなら


「あと須田海斗は、妹をどんな感じで言ってた?」

「そのまんま。常に見張ってないと、何をするかわからないから……って言ってたから、私は精神を病んでるのかなって思った」

松本の想像とわかり
改めて安心する俺。

「颯大はどう思うの?ウサギ殺しの犯人」

「松本はどう思う?」

「ずるいよ。私が先に聞いてるんだから、颯大が先に言って」

可愛い顔でも女子は強し

「俺は……」

俺の考えは……

「須田凪子は犯人じゃないと思う」

ありえないって信じたい。

「松本はどーだ?」

「私は……わかんない」

「お前それはズルいわ」

「だってわからないんだもん」

でた
女子の開き直り。

「カッターナイフが須田さんのポケットから落ちた時は、心臓が停まるくらいの衝撃だったけど、同じ年頃の女の子として言えば……犯人であってほしくない」

だろうね。

「今までこんな残酷で悲しい事件はなかったから、誰も犯人であってほしくない」

「うん」

俺も同じ意見。

そして
きっと
みんな同じ意見だと思う。



「松本は須田海斗が好きなの?」

俺も負けずにそう聞くと
松本は恥ずかしそうに笑って

素直にうなずいた。

「たぶん……好きだよ。これも内緒だからね!」

照れながら怒る顔が
松本の表情の中で一番魅力的だった。

森ちゃん
この顔を雑誌に送りゃーいかったのに。
一発本選合格だ。

「言わないから」

「返事が軽いよ」

「だから他の男子の夢を壊す話はしないって」

「約束ね」

「りょーかい」

告白してスッキリしたのか
松本の笑顔は幸せに満ちていた。

「参考に聞くけど、やっぱ顔か?」

って聞いたら
松本は吹き出して笑う。

「顔なら颯大も負けないよ。柚木君も中田君もイケメンだし」

「頭か?」

それとも
あの隙のない
欠点のない
完璧なうさんくささが……って、まだ本気で信じられないのか俺は。

「賢いのもあるけど、なんてゆーか。都会的なんだよね」

「そこか。それは俺達には欠けてるわ」
うなりながらも正直に認めよう。

「話が楽しくて、女の子に魔法をかけたような、フワフワといい気持ちにさせてくれる」
うっとりとする松本

悪い薬でも飲ませれてないか?……って悪く言いたくなるのは、田舎の男子だから許して欲しい。


「優しくて妹さん想いの人」

「ふーん」

「『ふーん』だけ?」

「だけ」
きっぱり言い切ると「もうっ!」と、小さな手が俺の背中を叩く。

「夢があるっていいよな」

「夢で終わるかもしれないけどね」

いや松本なら
実現できるだろう。

夢か……凪子の夢は

なんだろう……。

「頑張るよ私」

「おお」

そんな会話をしていると

どこからか視線が刺さる。

認めたくないけど
赤いジャガーが路肩に停まり
俺の顔を凄い顔で見つめていた。

「颯大!毎日毎日可愛い子引っかけてんじゃねーよ!おじさんはグレるぞ!」

イケメン医師が叫んでる。

どうして
いつも智和おじさんに見つかるんだろ。

俺のガッカリ顔を見て
松本は楽しそうに本気で笑う。

かなり可愛いから
この町初のモデルになれるかも。

久し振りに
温かい期待を胸に込めた。







家に帰ると
玄関先で赤いジャガーのお出迎え。

カンベンしてくれ。

「日替わりで彼女作ってんのか?」

ダブレットをいじりながら俺にツッコむ中年医師。

「えーっ颯大モテモテー」
台所から顔を出す母親の目が輝いてる。

マジやめて……って母さん、仕事は?

「パートは?」

「今日は午後から休み。6時から学校で臨時保護者会あるって上から聞いたからね。あんた紙を出しなさいよ!」

上からって……さすが小さな町。
学校からプルミル工場にも連絡行ってんのか?

俺のカバンを奪おうとするので、阻止して保護者宛の用紙を提出。

母さんは「よしよし。颯大はいっつも終わってから出すから油断ならない」と、ブツクサ。

うん。何も言えねー。

今日の帰り
学校から渡された紙。

「ウサギ事件か?」
智和おじさんが口を挟む。
もう町中に広がってんだろう。

「めんどうな事件だな」

智和おじさんの手元を覗くと
タブレットには例のドロン山のサイト。

おどろおどろしい山が暗く冷たく写ってる。

公園から見える山は
青い空もオレンジ色の黄昏も良く似合う
綺麗な山なのに

こんなサイト作りやがって

「山の画像がまた変わって、閲覧数も増えてるようだ」

「管理人はまだ捕まらないの?」

「逃げ足が速いんだろねー」

「どんな顔でサイト開いてんだろ」

「ただ楽しいだけ」

サイテーなヤツだな。

俺は溜め息をして二階に上がり
自分の部屋のベッドに沈み込む。





凪子にメールしよう。

返事がなくても
メールしよう

【体調はどう?】とか【元気になったら自転車乗ろう】でもいいし

ポケットから落ちたカッターナイフとウサギ事件の事は、今は触れずに接したい。

もし
凪子が犯人なら
許されない話で
きっと自分の中で混乱すると思うけど

まだ決まったわけじゃない。

だから
はっきりするまで
心の支えになりたかった。

スマホを手にしたとたん
LINEの音が響き
驚いて見ると

『須田君から告られた』

松本からだった。

えーっ!マジかよ
さっき話を聞いたばかりなのに

スゲー。

『まだ誰にも秘密ね』

ハートのスタンプ飛びまくる。

『おめでとー』

『信じられないよ。ありがとう』

『平岡と吉田が泣くわ』

『私は笑顔全開だよ』

ハートが飛行機乗ってるスタンプ。
空も飛べるか。

『おめでとう』

『ありがと。颯大も頑張れ』

『うん』






がんばるっさ。





夜になり
食事を終わらせてから

深呼吸して凪子に
【身体の調子はどう?】ってメールしたけど

返事はない。

やっぱ
ダメか……。

「颯大ー。明日から一週間放課後居残り禁止だからー。部活も停止だってー」

高校の保護者会から戻った母さんが、二階に向かって下から叫ぶ。

学校も事態を重く見ている。

ほら
キツネの仕業じゃなかったろ。

変な違和感が身体から抜けない。

「ぐわーっ」
変に叫ぶと「お兄ちゃんうるさい」って妹が隣の部屋から叫ぶ。

もっと叫びたい気分だ。

松本結衣も叫んでるかな

あいつの場合は嬉しくて叫んでるか。

彼氏もデキて
モデルの夢に向かって一直線

そんなヤツもいれば

自分の殻に閉じこもるヤツもいる


思春期人生イロイロ。












学校へ行くと

丁度凪子がいて
生徒玄関で立ちすくんでいた。

「おはよう」

さりげなく声をかけると

「おはよう」って返事をする。

今日も長袖のブラウスを着て
困った顔で笑い俺を見る。

笑ってるじゃん。
調子いいの?

その笑顔を見て
昨日のメールの返事を無視されたのも忘れる俺。

やっぱ男子って単純……声が聞こえそう。

「どうしたの?」
ずっと立ってる凪子に言うと

「上靴がないの」
サラッと答える。

上靴がない?

意味不明な感じ。
はぁ?

「大丈夫。前の学校じゃ机のない日もあったから」

「え?」

「雨でずぶ濡れの校庭に捨てられていて、頑張って運んだの」

「は?」

「エレベーター無しで、三階まで運んだんだよ凄いでしょ」

「いやそれって」

その自慢は違う気がするぞ。
学校でいじめ?
上靴隠された?

今の今まで
そんな事件はこの田舎でなかったんだけど

あぁ?
呆然としていると

「西久保君おはよう」
須田海斗が小走りでスリッパ持ってやってきた。

「これで我慢して。今日買ってくる」
須田海斗は膝を下ろし
凪子にスリッパを履かせる。

「休み時間ごとに行くから」
須田海斗は凪子に言い
凪子は返事もしないで先にスリッパを履いて歩き出す。

「前にもあったの?」

須田海斗に聞くと

「慣れたもんさ」苦笑いで答えてくれた。



不思議そうな顔をしてると

「それより、凪子が学校で笑ってるの初めて見た」

「俺も」

日曜日は沢山笑ってくれたけど。

「凪子は西久保君と仲がいいんだね」

「仲がいいってほどでも」

懐っこい爽やかな笑顔で俺の隣に並び、教室まで歩く。

「嬉しいけど、あいつちょっと普通と違うから、親密にならない方がいい」

『おはよー』って俺達に声がかかり、須田海斗は笑顔で返事をする。

俺にそんな事をサラッと言いながら。

「凪子は僕の手元に置かないとダメなんだ」

「それって過保護すぎない?」

「……かもね」

シスコンか?

立ち止まって須田海斗を見上げる。

いつものように
端整な顔立ち
あの松本もすぐ落ちた王子様。

都会から来た王子様。

女って
王子様に弱い。

「須田君おはよう」

松本結衣が後ろから来て嬉しそうに声をかけた。

「俺もいるけど」
松本に冷たく言葉にすると

「颯大は見えなかった」
コロコロと笑い
松本は須田海斗と一緒に教室に入る。

お似合いのツーショットにクラスが揺れる。

「えーっ?そうなの?」

「やられたー」

あちこちから聴こえる声に、松本の白い耳が赤くなる。

こんな時に
白い耳と赤というキーワードにウサギを想像する俺


不吉な想像だな。



松本は告られた話は広げていない。

ただ
仲良くツーショットが多いふたりだけど

休み時間と登下校は
海斗は凪子と一緒だから

そんな
付き合ってるって雰囲気は皆に伝わらない。

須田海斗が大きな声で言えば違うけど。

「結衣ちゃんは須田が好きなのかな?」
不安そうに俺に聞く平岡

「わからんなー」
大ウソつきの俺。

「須田に取られるかも」

「わからんなー」

もう須田海斗は告ってるぞ!
松本は須田海斗が好きなんだぞ!

校内放送で言いたい。

王様の耳はロバの耳……リアル。



時間は流れ

凪子へのいじめがヒートアップする。

須田海斗がガードしてるので
あからさまないじめはないけど

上靴と外靴は何度無くなっただろう。

体操着もなくなり

教科書もノートもなくなる。

それでも凪子は学校へやってくる

俺なら来ないけど
凪子は必ずやってきて
涼しい顔で一日を過ごしていた。


たまに夜メールをするけれど
返事があるのは3割確率
バカな俺は
それだけで舞い上がる。