子宮の戻りも切開の傷ももう大丈夫。
体型はまだ戻っていないけど、産後から比べてだいぶお腹が引っ込んだ。
胸は授乳しているから、普段の倍以上大きくなってるけど、なんかメロンみたいに張っていて、エッチな柔らかさはない。
ゼンさん、こんな微妙なバディでその気になってくれるかな。
がっかりされないかな。
不安とドキドキ全開でお風呂に入る。
私も1ヶ月経ったから湯船に浸かるのがOKになった。
みなみはゼンさんが見てくれている。早くお風呂から上がらなきゃと思いつつ、胸の高鳴りでいつまで立っても湯船から立ち上がれない。
うーん、私って小心者。
でも、ある意味、好きな人との初エッチだもんね。
緊張したって、普通だもんね。
小心者っていうか、女子なだけだもんね!
……しかし、私の不安は杞憂で終わった。
その晩、私たちには何も起こらなかったからだ。
厳密に言えば、違う。
私たちが暗黙の了解といったドキドキを抱えながら、寝室に向かったその時、みなみがギャン泣きを始めたのだ。
まるで、寝るのが嫌だと言わんばかりに。
私はもう一度授乳をして、歌を歌いながら寝室をぐるぐる歩きまわり、みなみを寝かしつけた。
そーっとベビーベッドに置くと、置かれたかすかな衝撃で、再びみなみが目覚める。
なんてこったい。
寝かしつけはやり直し。
ゼンさんも変わってくれ、みなみを揺すりながら歩いたりしてくれたんだけど……。
結局、みなみは私が添い寝した形で授乳する『添い乳』の状態でないと寝てくれなかった。
シングルベッドをふたつくっつけて作った私たちのベッド。
真ん中にみなみが私のおっぱいにしがみついて寝ている形。
彼女を退けて、私たちだけ盛り上がることはどうしてもできなかった。
ベッドが揺れたら起きそうだし、そもそもこの添い乳を解除したら、みなみはまた泣きだすだろう。
私たちは苦笑いをして、已む無く就寝となった。
私は夜中も1~2時間おきにやってくる授乳のため、ゼンさんは明日の仕事のため、お互い無理はできなかった。
正直言いまして、期待していた分、拍子抜け感が半端ない!
たぶん、私以上にゼンさんの方が!
ま、明日も明後日もあるしね。
急がなくても……いいか、うん。
そこから一週間以上、私たちのラブラブな夜が毎度妨害され続けるとは、その時は思わなかったのだ。
あれから10日。私はみなみをお風呂に入れながら考える。
私とゼンさんはさっぱりラブラブできていない。
そもそも毎夜チャンスが巡ってくるわけではない。
ゼンさんは基本忙しい。終電やタクシーで帰ってくることだって多い。
そんな遅くだと私も授乳に疲れ果て、「お帰り」すら言えず、ベッドに沈んでいることもしばしば。
そして、二人がいーいムードになったとすると、決まってみなみ嬢が騒ぎだす。
もう、示し合わせたかのように。
今現在のみなみ嬢は、私が猛スピードで身体を洗うのをバスチェアに転がって見ている。
バスチェアというのは、お風呂の中で赤ちゃんの身体を洗ったり、当座寝かせておける椅子のこと。みなみが使っているのはメッシュタイプで二段階のリクライニングがついたもので椅子というよりはベッドみたい。
我が家はパパの帰宅が遅いため、ほとんど私がひとりで入浴をこなさなきゃいけない。
便利そうで購入したんだけど……、想像以上に役に立つこのお方。
ちょっとみなみを置いておきたい時に大活躍だもん。
うーん、買って正解。
でも、もう少し寒くなったら、みなみを待たせる時間はもっと少なくしなければならない。
私の身体や髪を洗うのは一緒じゃ無理かなぁ……。
と、お風呂事情はともかく、目下の検討事案はゼンさんとの甘い夜だ。
私はみなみを抱き上げ、湯船に入る。
みなみはふひーとかすかな吐息をもらし、心地よさそう。
いい気なもんですな。
ママはここまできみに邪魔されると、どうしたらいいのかわからないよ。
正直に言えば、私はそこまで『エッチしたい!』というモードにはなっていない。
私自身が淡白だからという理由ではなく、産後のホルモンのせいかも。
今のモードは『みなみのお世話マシン』という感じ。『みなみの食料供給マシン』かもしれない。
みなみに与えることがメイン機能で、自分の身体が女としての快楽を味わうことに消極的というか……。
つまりは、その気にならないという状況。
そして、不思議なことにみなみを産んで、毎日彼女を抱っこし続けていると、スキンシップへの欲求がものすごく低下する。
赤ん坊と触れ合うことで、肌と温度への渇望が満たされてしまうみたい。
これも、旦那さんと触れ合わなくて済んでしまう理由のひとつかも。
でもですよ。
そんな私の理由はゼンさんには関係ない。
悪い意味ではない。
私の身体が勝手にモードチェンジしちゃってるだけだもん。
それは、ゼンさんには関係ない。
ゼンさんは、妊娠中も産後も、私と触れ合いたい気持ちをぐっとこらえて、紳士な旦那様を貫いてくれた。
ようやく許される状況になって、私を求めてくれているんだもん。
私だって、それに応えたい。
だから、あんましその気にはならなくとも、彼が触れてきてくれることに喜びは感じる。
あー、早いとこ、ラブラブな夜を過ごしたいなぁ。
そしたら、私も夫婦として一安心なんだけど。
お風呂をあがると、ゼンさんからメールが来ていた。
『悪い、今夜も遅くなる。明日は大丈夫だ』
はいはーい。了解ですよー。
なんて呟きながら、今夜もチャンスは巡ってこない様子。
明日はみなみのお宮参り。
今は、そっちを優先で考えるかぁ……。
*****
翌日土曜日。みなみのお宮参りがこの日だった。
生後1ヶ月の赤ちゃんが神社でご祈祷してもらうこの行事。
女子は生後33日にやるのが本当らしいんだけど、出産が7月末だったこともあり8月中は避け、9月半ばのこの日程にした。
ものすごく張り切っているのは我が社の社長だったりする。
広告代理店・アプローズ(株)の社長、外丸了司(とまるりょうじ)はゼンさんの親代わり。
つまりはみなみにとってはおじいちゃんも同然の人だ。
独身で家族もいないこの人、もうとにかくみなみにメロメロで、産まれてから何度も会いに来てくれている。
ゼンさんが言うには、社長デスクにはみなみの数々の写真がデジタルフォトフレームで延々リピートされているらしい。
今回のお宮参りは社長と私たち親子だけ。
実家の両親は、うちの母が体調を崩して来られないのだ。
父ははっきり言わなかったけど、どうも母は私たちのお世話を頑張り過ぎて、帰ったら風邪をひいてバタンと寝込んでしまった様子だ。
日程を変更しようかとも言ったけど、またいつでも会えるからと遠慮されてしまった。
たぶん、社長も参加すると聞いていたから、花を持たせてあげたかったんだと思う。
予約したのは近所の神社。
少し行けば大きくて有名な神社もあるけれど、近さと静かな方を優先した。大きな神社は観光地でもあるもん。
私とゼンさんはかっちりスーツで正装。みなみは退院の時に着たぴらっぴらの白いセレモニードレスを着せられている。
何度見ても、みなみの一重の和顔と似合わなくて吹き出しそうになってしまう。
うちのみなみ選手は度胸と愛嬌で勝負しなければならない女子だろう。
待ち合わせは神社にしたけど、私たちがタクシーで到着するとすでにワクワク全開の社長が待っていた。
「おはよう!」
「早ぇーよ、おっさん」
ゼンさんが冷淡な声で答えた。ゼンさんは社長に対して常日頃こういう態度だ。
「早くない!15分前だ」
社長はゼンさんに何を言われてもどうでもいいらしい。
さかさかと私に寄ってきて、腕の中のみなみを見つめる。
「みなたん、おはよう!じーじですよ」
とろけそうな瞳。ホント、この人もう結婚する気ないと思う。
息子代わりのゼンさんと、孫代わりのみなみがいれば、それでOKってね。
私たちは神社の社務所で初穂料を納め受付をした。
そのまま本殿でご祈祷を受ける。
普段は寝ない子みなみなんだけど、今回はずーっと寝ていた。
どうも神主さんのお声が好みだったみたい。こんなに寝るなら録音させてもらおうかと本気で考える。
……でも、マンションの一室から祝詞が聞こえてきたら怖いよね。
ご祈祷が済んだら、4人で新宿のホテルに移動した。
ホテル内の写真スタジオでみなみのお宮参り写真を撮影!
これが結構大変だった。
みなみは全然いい子にしていなくて、途中からは泣き通し。
仕方なく授乳タイムをはさみ、どうにか黙らせてから写真撮影となった。
それでも衣装や小物に母乳を吐き戻してみたり、ぐりぐり首を動かしシャッターチャンスを台無しにしたり。
やりたい放題ですわ、この女子。
「お嬢様、お首が強いですね」
慣れているのか写真スタジオの年配の女性スタッフは笑顔だ。
私は恐縮しながら、頷いた。
「最近かなり動かすようになってきまして……スミマセン」