ご懐妊!!2~俺様上司は育メン愛妻家になりました~

夜、ゼンさんが帰ってきてから、早速本件を問いただす私。
みなみが寝てしまった僅かな自由時間。
夫婦の話し合いにはちょうどいい。

はあ、昨日はラブラブタイムに使ったのになぁ。


「俺はおまえの復帰は了承してない。不動産からは人を割けないから、マスコミはデザイナーが見つかるまで全部外注に回せって言った」


ゼンさんは不満そうにネクタイを緩める。


「コストがかかり過ぎるってことなんだろ?だから社員で賄いたいんだよ」


「ゼンさんはどう思う?」


職場が変わることも引っかかるけれど、それより不安なのはみなみのこと。
てっきり、みなみが一歳まで一緒にいられると思っていた。

4月から保育園に預けるとしたらみなみはようやく8ヶ月だ。大丈夫だろうか。離乳食はまだ中期だし、母乳はどうしたらいいのだろう。


「夫としては、おまえの希望に添いたい。みなみと急に離れるのは不安だろうし、夜泣きや寝不足に耐えながら仕事に復帰させるのに抵抗もある」

私と向かい合い、ゼンさんが真面目な顔で言った。


「でも、会社の立場からしたら、おまえが出てくれたら助かるという頭はある」


言いたくないことを言ったせいか、ゼンさんは苦々しく表情を歪ませた。

そっか、ゼンさんは私以上に板ばさみな気分だよね。
若くして役職付きの彼は、私の夫である前に職場に責任がある。

私は少し考えてから、ふーっとため息をついた。


「ひとまず、保育園を探してみる」


「佐波、俺はおまえの上司にあたるけど、おまえの夫でもある。おまえの希望があるなら、それを会社に通すぞ。おまえとみなみを守るのが俺の一番の仕事だからな」


私は苦笑して見せた。そんな優しい人だから好きなんだ。


「ありがとう、ゼンさん。でも、会社的に大変なのもわかる」


私は社長が立ち上げた会社が好き。仕事も楽しいし、ゼンさんにも出会えた。
私は苦笑をずるいニヤニヤ笑いに変えて言った。


「二人目、三人目をこの会社に勤めながら産ませてもらおうって考えてる私としては、ここは恩を売っておこうかなって思うんだ。みなみと離れることに不安はある。でも、私にとってもみなみにとってもいい経験になると思う。
あ、でも保育園が見つからなかったら、ダメだけどね」


「ありがとう、佐波。無理させてすまない」


「大丈夫!」


私はゼンさんが「守る」って言ってくれたことが嬉しかったよ。けして、会社優先なんかじゃなかった。
私はみなみの母親だけど、ゼンさんの役にもたちたい。


「よし!早速、明日から保育園活動、略して保活を開始します!」


私は宣言し、ゼンさんに向かってびしっと敬礼してみせた。









2月末、みなみは順調に生後7ヶ月を迎えた。

この一週間と少し、みなみの『お尻ぴょこん』運動は進化し、ついに昨日から腕を使って這うような素振りを見せだした。
正直、あんまり進んでないけど、これってハイハイだよね。
育児本を見ると「ズリバイ」というものらしい。お腹をつけてほふく前進のように移動するハイハイだ。

本人はこのたいして進まない移動手段がとても嬉しいらしく、暇さえあればうつ伏せになり、ズズッズズッと床を這っている。


離乳食スタートからも1ヶ月経ったので、二回食といって午前と午後それぞれ離乳食タイムを設ける。
食欲は旺盛で、今のところ、アレルギーらしきものも起きていない。

みなみの成長は順調そのもの。


私の目下の問題はひとつ。


保育園が見つからないということだ。
出産前にママの先輩にして上司の和泉さんに保育園の話はちらっと聞いていた。
いわゆる認可園の申し込みは年末に行われる。私の住む区は2月に結果が出る。

現在2月末……完全に出遅れてしまった。


勿論、この保活にあたり、駄目モトで区役所には問い合わせてみた。


「一次も二次も、随分前に終わってますよ」


窓口で向かい合った区役所の若い男性担当者は、冷たく言った。

冷たくというより『こいつ、今更何言っちゃってんの?』という態度に見えたのは、私のひがみ根性のせいだけじゃない。

うう、募集締め切りなのはわかってるよ。
でも、こっちだって急な要請なんだから、しょうがないじゃん!


「待機児童の申し込みはできますので、こちらに指示された書類を揃えて、またお越しください」


封筒に入れて渡された資料を受け取り、男性職員のぞんざいな態度にキレないように、精一杯にこっと笑う私。
「えーと、それじゃ空きが出るまで待つんですね。ちなみに、どのくらいのお子さんが待ってるんですか?」


「はあ、保育の切迫度によって優先点数が変わるので、お子さんが何番目とは言えませんが、ゼロ歳児さんですと現時点で75名の待機児童がいます」


「75名!」


私はみなみを抱く手に力をこめて、叫んでしまった。
ゼロ歳児だけで75名?全体ならどのくらいになるだろう。

自分の優先点数なるものがどのくらいかはわからないけれど、最悪の場合は75人待ちってことだ。しかも、いつ空くかわからないのに。


「区立、私立ともに認可園の抽選に落ちてしまった方へ、保育室の案内を差し上げています。こちらに問い合わせてみるのはいかがでしょう」


男性職員は何度もこの言葉を口にしているのだろう。
熱意のない、決まりきった文言として言う。

そして、その言葉の裏にあるこんな感情すら透けてしまいそうだ。

『どうせ、そっちももういっぱいだろうけどー』

ああー、ムッカつくなぁ、こいつ!!

こっちが困ってるのに、その態度!
せめて振りでもいいから、親身そうな顔をしてみせろよう!

私はぷりぷり怒りながら区役所から帰宅。
早速、集めるべき資料をチェックした。

うわ、会社にお願いしなきゃいけないものばかりだ。
ひとまず待機申し込みはしたいから、吉田課長に連絡せねば。

吉田課長にパソコンからメールを打つと、同時に案内された保育室についてネットで検索。
ふむふむ、認可園ではないけれど小規模保育施設なのね。

よくわからないけれど、保育室に電話で問い合わせてみた。
案の定、ゼロ歳児クラスは定員とのこと。


参った。
詰み一歩手前。



いやいや、もしかしたら職場の新宿でも預けられる保育施設があるかも。
無認可園なら、区外でもOKって聞いたことあるし。


……そんなわけで、この一週間と少し、私は預けられそうな保育施設を調べまくり、電話をかけまくり、空き状況をこまめに聞きまくった。


結果は現時点では全滅。

唯一「一時預かりなら空きアリ」と言われたところも、ゼロ歳児は駄目だそうだ。1歳を超え、多少なりとも自分で食事をできないと預かれないという。


ああー、詰んだ。
今度こそ、完全に詰んだ。
やっぱり、4月復帰は無理かぁ。
でも、この状態だと来年度いっぱいいつ入れるかわからないんだよね。

入れてもうんと遠い園の可能性もあり……下手したら、来年も抽選に落ちるなんてことも……。
それじゃ流浪の民だ。

あとは、芸能人みたいにベビーシッターさんにお願いする?
それは、経済的に厳しそうだな。
破産しちゃうよ、我が家の家計。


「困ったねぇ、みなみや」


私はみなみをベビーカーに乗せ、ママ友・美保子さんの家へ。

どうも、保活を真剣にやりすぎて久しぶりに「煮詰まった感」がある。
今日は美保子さんとお茶でもしながら、この愚痴を聞いてもらおうかと思うのだ。

美保子さんと純誠くんは二回食を食べながら待っていてくれた。


「おー、純誠くん美味しそうなの食べてるねぇ」


純誠くんがあむあむ食べているのは、いい匂いのおかゆ。


「今日はミルクパンがゆなの」


美保子さんがエプロンをはずしながら答える。
「へー、パンがゆかぁ。試したことなかった」


「おかゆを作る時間が無かった時なんか便利よ。普通の食パンを粉ミルクでひたひたにして潰すだけだから」


大人からしてもいい匂い。これはきっと、うちのみなみさんも大喜びだ。

すでに立派なハイハイをこなす純誠くんと、重そうなズリバイを練習中のみなみ。二人は絨毯の上に転がしておき、私と美保子さんはティータイムにする。


「保育園かぁ。うちの区も激戦区らしいのよね」


美保子さんがしみじみ言う。


「美保子さんは預けるつもりはないんでしょう?」


「そうね、私は出産でパート会社員はやめちゃったし。今のところは。でも、幼稚園生のママになるイメージもないのよね」


美保子さんは答える。

地方出身の私は子どもを持って初めて知ったのだけど、都内の多くの専業主婦ママは三歳までは自分で保育し、年少さんから幼稚園に入れる。
私の生まれた地域なんかは、誰もが保育園に通っていた。働いているママは、子どもの入園が早く預け時間が長い。それだけの差だ。

だから、この首都圏のシステムにイマイチ馴れないというか違和感を覚えてしまう。
細分化しないと子どもも預けられないのかと。