「ペーストにしやすいし、甘い味が嬉しいみたいで、よく食べてくれました。あとは、このレトルトのコーンペースト。これもよく食べました。味がうっすらついてるのが不安なら、こっちのフリーズドライのとかイイですよ」
彼女に教えてもらったコーンペーストを手に取る。
なるほど、コーンかぁ。自分じゃペーストにするのは厳しそうだよね。
うちミキサーとかないし。
「あと、苦手な味の野菜はおかゆに混ぜちゃってました」
「え?混ぜちゃうんですか?」
本には最初のうちは別々に与えるって書いてあったような……。
「大丈夫、大丈夫。混ぜた方がごまかされて食べてくれるし、そのうち慣れてフツーに食べるようになるから」
といっても上の子は葉物野菜がまだ苦手なんですけどねぇ。
なんて彼女は笑っていた。
私はそのママさんに習ったコーンペーストを、フリーズドライと瓶詰めの両方とも買って帰った。
みなみを降ろすと、早速明日用にサツマイモを蒸し器に入れる。
ほくほくに蒸しあがったサツマイモをつぶして裏ごし。
少し固いのでお湯を足し、サツマイモペースト完成。
たくさんできたので、明日の分以外は冷凍した。
翌日、ドキドキしながらみなみにサツマイモを与えてみる。
スプーンを待ち構えるみなみが、食通のオッサンに見えてきた。
渋い顔と前屈みの座り方がいっそう威圧感を出す。
ゴゴゴゴ……。
漫画ならこんな効果音がついてるはず。
私はみなみの口にサツマイモを入れる。
どうだ!?
みなみは眉を上げた。そして、んむんむと口を動かすとニカッと笑ったのだ。
いただきました、星三つ!!
みなみはサツマイモをたいそう気に入った様子で、
『新しい食材は初日は一口だけ』というルールを破り、用意した小さじニ杯分をぺろっとたいらげた。
なくなると「うーうー」と抗議し、おかゆも食べきってから、おっぱいで残りの食欲を満たした。
サツマイモ大好評。
先輩ママに感謝!!
おっぱいやおかゆ以外にも、こうやって好きな味が増えていくといい。
明日はコーンペーストを試してみよう。
その次はダメだったニンジンとほうれん草をおかゆに混ぜて再挑戦だ。
私はほっとし、だいぶ気楽になった。
みなみが食べてくれることが、嬉しいし、安心する。
どうにか、離乳食も頑張れそう。
みなみの離乳食が始まって10日。
私は美保子さんと東横線の某駅にやってきていた。
勿論、みなみと純誠くんも一緒だ。
二人はベビーカーでお座りしている。ごろんと転がされているだけだったのに、今はそのお座り姿勢が意思的に見える。
大きくなったなぁ。
今日私たちが来ているのは産院併設のマタニティフィットネススタジオ。
妊娠中も散々お世話になり、ベビーマッサージ教室も受けたところだ。
私と美保子さんは、このスタジオに産後プログラムを受けに通っている。
「一週空いちゃったね」
私が言うと、美保子さんが首を振る。
「仕方ないわ、みなみちゃんの都合もあるもの」
先週はみなみが午前のお昼寝を拒否し、始めたばかりの離乳食も食べず、ずっとグズグズ言っていたので諦めたのだ。
ラッシュ時ではないといえ、電車で泣き続けるみなみを連れてくるのは、結構厳しい。
「私に遠慮せず、美保子さんと純誠くんだけで来てくれていいんだよ」
「できる時はそうしてるわ。でも、先週は純誠も不機嫌だったから、ちょうどよかった。佐波さんと会う大事な機会でもあるし、できれば二人で来たいわよね」
だよねぇ。
私はしみじみ頷く。
こうした産後クラスは、出産でゆるんだ体型の戻しや、産後出歩く機会が減るママの体力の向上に効果的なのだ。
週2回は通いたいねと二人で決めたけれど、実際は週1回参加できればいい方になってきている。
いけなくなる理由はたいてい子どもたち。
妊娠中は身ひとつだったから、自分の都合だけでビクスもヨガも参加できていたけれど、今は何をするにもこのベビーズの状態を優先しなければならない。
体調に周囲の環境と状況。
彼らが駄目なら、参加はできない。
はー、今思えば妊娠期間中って、身体は重いけど身軽だったんだなぁ。
そんなことを考えているうち、駅から5分のスタジオに到着。
「さぁ、今日も頑張って運動しましょう」
美保子さんが自分に気合を入れるように言って、純誠くんのシートベルトを外した。
*
5階のスタジオで行われる今日のプログラムは産後のエアロビクス。
いわゆるアフタービクスだ。
このスタジオでは別な名前で呼ばれているけれど、実際のところ意味は同じ。
私たちは端のマットにみなみと純誠くんを転がした。
その横で運動できるウェアに着替える。
みなみは本日ご機嫌だ。
まだ左側しかできない寝返りを頑張っている。
頼むぞ~、最後までその機嫌でいてくれよ~。
育児が……というより、みなみというお嬢さんがどうにもままならないヤツなのは、もう重々承知している。
だけど、ママは運動したいです。
体重、まだ戻りきってないし、リフレッシュしたいし。
「一色さん、おっぱいの出はどうですか?」
話かけてきたのは、アフタービクス担当の大岡先生だ。
ちなみに、マタニティビクスも担当しているので、妊婦時代からよく知っている先生。
「よく出てます。肩こりも楽になってきたし、先生に教えてもらった肩甲骨ストレッチがだいぶ効きましたよ~」
先月、母乳がすっかり出なくなってしまった私は、ここで大岡先生に肩甲骨周りをほぐすストレッチを習ったのだ。
肩をまわしたり、肩甲骨同士を後ろで寄せたりするものなんだけど、最初はびくともしなかった肩甲骨が少しずつ動くようになってきた頃、母乳量が戻ったのだ。
不思議だね~。
「産後は赤ちゃんの抱っこで、肩関節が前に入り気味になって背中が丸くなるんですよ。この姿勢は肩甲帯の血流も悪くなります。動かしてあげることで、乳汁分泌アップに繋がるんです。効果が出たみたいで嬉しい」
「先生、私も伺いたいことが。手首が最近変なんです。痛いっていうか、動きが悪くて」
美保子さんも隣から相談する。
大岡先生は美保子さんの右手首を取った。
「妊娠中は関節を柔軟にするホルモンが出るんですが、その影響が残って産後も関節に不安定感を覚える方っているんです。抱っこ動作での手首の向きに気をつけていただいて、今日の運動も手首を使う動作は痛ければお休みしましょう」
産後クラスのいいところは、こうしたちょっとした悩みを相談しやすいってことだ。
餅は餅屋。
運動関係の相談はここ、医学的な相談は産院と使い分けている私。
「さあ、お時間です。赤ちゃんたちには待っていてもらって、ママたちは運動を始めましょう」
大岡先生の掛け声でママたちが立ち上がる。
半数のママたちは赤ちゃんを抱っこしたまんま。『ママに抱っこされていないと騒いじゃうぞ』というベビーは多い。
かく言うみなみさんも、しょっちゅう抱っこなんですけどね。
今日は純誠くんのお隣でいい子にオーボールをかじっている。
「途中で赤ちゃんが泣いてしまってもOKですよ。寂しがる赤ちゃんには、ママの顔を見せに行ってあげましょうね」