ご懐妊!!2~俺様上司は育メン愛妻家になりました~

みなみは最初はやはり私からミルクをもらうのを渋った。

しかし、しつこく繰り返すうち、根負けしたのか飲んでくれるようになった。

考えてみたら、大雑把で適当に定評のある私が、この5ヶ月間、超緊張状態で過ごしたのだ。
大事な我が子に何かあったら大変と、どうでもいいことまで気を張り続けてきたんじゃなかろうか。

そりゃ、心もギリギリになる。


思考を変える努力をしよう。


寝ない?
泣き止まない?


もういいや。どうにもなんないもん。


割り切れず、つらい時はゼンさんにしがみついて泣いた。
泣くみなみを抱き、泣く私はゼンさんに抱き締めてもらった。


やがて、5ヶ月目が終わろうとする頃、
みなみが授乳後のミルクを拒否するようになった。

なんで飲まないんじゃいと思いつつ、乳首を押してみる。
乳頭からぶわっと母乳が溢れた。

母乳量が戻っていた。

最近、肩こり防止のため、肩甲骨トレーニングをスタジオで習ってきたけど、
それも効果あり?

いや、一番はストレスの軽減かもしれない。
1月の終わり、私とゼンさんはみなみを連れて夜の散歩に出かけた。

夜泣きがひどい夜中に散歩に出ることは何度かあったけれど、
今日は夕飯がてらイルミネーションを見に、新宿まで出ていた。

仕事をしていた頃は、新宿の灯りも喧騒も面倒でうるさいものでしかなかった。
今は懐かしい。

ほんの数ヶ月前までここで働いていたのに。


「個室なら赤ん坊連れでも割とイケたな」


「気を使わず授乳できてよかったかな。でも、こんな張り込んだ夕食、当分いいからね」


今日はゼンさんのサービスで都庁近くの高層ビルで個室ディナーだった。

鉄板焼きのお店で、みなみがいるので料理はすべて焼いて持ってきてもらった。
目の前の焼いてもらえないのは残念だけど、すごく美味しかったから充分堪能できた。


「最近、少し表情が明るい」


ゼンさんがふっと微笑んでいった。

そうかもしれない。
自分でもそう思う。
母乳の出が戻り、私の気持ちは少し軽くなった。

みなみも母乳が足りない素振りはもう見せない。
ひとりできちんとげっぷして、満足そうにしてくれる。

お座りが頼りないながらも完成に近付き、いっそうコロコロ丸く太ったみなみは、
栄養が足りない様子は微塵もない。


夜泣きはある。

やっぱり、なかなか寝付かない。

授乳も日中は2時間~3時間空くようになったけれど、夜はまだくっつきっぱなし。


でも、私の心は暗いトンネルを抜けたような感覚だった。

頑張り過ぎない。

そう唱えるだけで、ラクになれる。
まだ、泣きたくなることはたくさんだけど……。


どうやら、一番苦しいところは脱したようだった。


「イルミネーション見てるとウキウキしてくるなぁ。ねえ、みなみ」


私は抱っこひもの中のみなみに声をかけた。
みなみはすでに眠っていた。

そのふくふくの頬はやわらかく、あたたかく、とても可愛かった。







生後6ヶ月のこの日、みなみはとうとう偉業に成功した。

目撃者はゼンさんだ。


「佐波!みなみが!寝返りしたっ!!」


お風呂を洗って戻ってきた私に、ゼンさんが叫ぶ。
見れば、プレイマットにうつぶせに転がるみなみ。


「なになに?これ、自分でこうなったの?」


「おまえ、呑気だな!みなみがどれほど頑張ってひっくり返ったか!俺は全部見てたぞ!」


ゼンさんが言うには、みなみはいつもどおり下半身を捻っていたらしい。重心が変わったと思ったときには、自分でうつぶせになっていたとか。


「割とゆっくりだったねぇ。4ヶ月くらいから、期待してたんだけど」


私は呑気にみなみの後頭部をテンテンつつく。

みなみはそこから戻れないらしく、首を横っちょにして

「うーっ!」

と唸った。
ゼンさんがみなみを抱き上げ、膝の上でお座りさせた。


「みなみ、大きめなんだろ?それも寝返りに時間がかかるポイントじゃないか?」


「そうかも。美保子さんちの純誠くんなんか、5ヶ月の頭くらいからコロコロ寝返りしてたもん」


純誠くんはみなみより半月月齢が上だけど、小柄だ。


「みなみ、すごいね。えらいね。今度ママにも見せてよ」


ゼンさんの上に前屈みで座るみなみはお相撲さんか、はたまた鏡餅みたいだ。
ムチムチまるまるといった雰囲気で鎮座している。

お座りももうじき完成かな?


「さあ、今日はもう一個はじめてのことがあるんだよー。ゼンさん、仕度するからみなみを見ててね」


私はみなみを預けて、お昼ごはんの準備にキッチンへ向かう。
私とゼンさんのお昼は簡単にあんかけ焼きそば。

今日はみなみの分もある。
私は食卓に大人のお箸とみなみ用のプラスチックの丸みを帯びたスプーンをセット。

小さな器に準備したのは……


「おかゆか、これは」


ゼンさんが覗き込んで言った。

私が用意したのはみなみ用のおかゆ。


「五分がゆをさらにすりつぶしてみました。みなみさん、離乳食スタートですよ」


買っておいたベビーチェアにみなみを座らせ、私たちも席につく。


「いただきます」


挨拶を済ませてから、スプーンでおかゆを掬う。
ふうふう吹いて温度を確認。
よし、熱過ぎないぞ。

チェアにやや前屈みに座るみなみにスプーンを近づけた。


「みなみ~、あーんだよ」


みなみの下唇にスプーンを押し当てた。
みなみは下唇に何か当てられた反射で、上唇を持ち上げた。
その隙にスプーンを口の中へ。

ぱくっと口が閉まる。

みなみは変な顔をした。
そりゃ、そうだ。

おっぱいとミルクしか口にしてこなかったみなみ。
初めてのお米の味だもん。


「どう?みなみ」


私とゼンさんが固唾を飲んで見守る中、みなみは変な顔のまま、唇をんむんむ動かした。

どうやら味わっている様子。


「おお~」


思わず、私たち夫婦は拍手でみなみの頑張りを称えた。


「エライな、みなみ。ちゃんと食べられたじゃないか」


「ね。初日としては上出来」


みなみの初ごはんのために、ちょっとお高いお米を買っておかゆ作った甲斐があるよ。

「あれ?今日はこの一口で終わりか?」


おかゆを片付ける私を見て、ゼンさんが残念そうに言う。


「初日は一口だけ。毎日少しずつ増やしていくんだって」


ゼンさんはもっとみなみが食べるところを見たいようだ。

本当は平日の午前中に始めるのがいいらしい離乳食。
もし、食物アレルギーが起こっても、平日午前中なら小児科に連れて行けるからというのが大きな理由みたい。

でも、せっかくだから、ゼンさんのお休みの今日からスタートしたかったんだよね。
実際、みなみの初めての離乳食に、ゼンさんは感動してるみたい。


「しばらくは米のおかゆだけでいいのか」


「一週間経ったら、ペースト状の野菜なんかをプラスしていくんだって。スタートから1ヶ月経ったら、二回食って言って、ごはんも二度になるんだ」


私はみなみに授乳の準備をしながら答えた。
「そっか、まだまだ栄養のほとんどは母乳から摂るってわけだ」


「うん、そうみたい」


私はみなみを抱き上げ、授乳スタート。

焼きそば、先に食べちゃえばよかったなぁ。


「離乳食と授乳がセットなら、おまえの昼飯とはズラした方がいいかもな」


ゼンさんも私と同じことを考えていたみたいだ。


「うん、今度から午前中にあげちゃうよ」


そのうち、みなみはおっぱいじゃなくて、食事から栄養のほとんどを摂る日がくるんだ。

なんだかそれは感慨深いというか……。
ちょっと、寂しいような。

離乳食スタート。
つまりはみなみのおっぱい卒業、いわゆる卒乳が見えてきたってこと。

毎日は大変で遅々として時が進まないように思えるけれど、みなみはちゃんと成長している。