ご懐妊!!2~俺様上司は育メン愛妻家になりました~

しかし、美保子さんはアハハと大きく笑った。
上品な彼女にしては豪快な笑い方だった。


「私もよ。あんなに欲しかった赤ちゃんなのに、最近は『少し離れたいなぁ』なんて思っちゃう。ダメだなぁって思いつつ、疲れちゃって」


意外な答えに驚く私。
年上で綺麗で何でも完璧そうな美保子さんが?


「え?美保子さんもなの?……でも、純誠くん、とってもイイ子で育てやすそうな感じだけど……」


「見てればわかるわよ、うちのぼっちゃんの面倒なところ」


美保子さんが新しいお茶を注いでくれ、お茶うけの最中を出してくる。
すると、ちょうどよく純誠くんがグズグズし始める。
そして、あっという間に大声で泣き出した。

その声が……。


「きぃぃぃぃあぁぁぁぁっ!」


みなみは横で円形のガラガラをぶんぶん振って遊んでいたけれど、目を見開いてそっちを見る。

聞いたことのない音だったのだろう。驚いているみたい。
「うるさいでしょ?超音波みたいな泣き声なの」


美保子さんは苦笑しながら、純誠くんを抱き上げた。
超音波……言い得て妙。


「もとから泣き声は甲高かったけど、最近は自己主張なのかすごい高い音で泣くのよ。慣れてはきたんだけど、やっぱり余裕のない時はイラッとしちゃう」


みなみとは全くタイプの違う泣き声だ。
みなみはどちらかというとドスが聞いた声で泣く。
それだって充分イラッとさせられるのに。


「この前なんか夜泣き止まなくて外に出たんだけど、あんまりキイキイ泣くから、近所のマンションの窓から『うるさーい』なんて怒鳴られて。悲しかったわ。泣き止ませられない自分が悔しくてね」


「ひどいね、そんなの。私たちだって、泣き止ませたいのにね」


「でも、仕方ないわ。子どもの声を不快に思う人だって多いと思うもの」

美保子さんの気持ちが痛いほどわかる。
泣き止まないのは母親の責任。
誰も口にしないけど、外で泣けば、暗黙の了解のような視線を感じることはある。


「育児って憧れや理想通りにはいかないわね。自分がこんなにイライラ鬱々しちゃうとは思わなかったもの」


「ホントだよ。赤ちゃん抱いてるママって幸せそうに見えてたけど、ホントはこんなに大変だったんだね」


私たちは顔を見合わせふーっとため息。


「外に出られる旦那サンが羨ましいなぁ」


「ああ、私もよく思うわ、それ」


美保子さんと私は、妊娠中もママになっても、やっぱり同志だ。


私ひとりじゃない。


今はこの想いが私を支えている。






12月のなかば、土曜日のことだ。

天気はグズグズとした曇天で、湿っぽいので洗濯もよく乾かなさそう。
私はベランダで乾きを確かめて、残念な気持ちで室内に戻った。

自分の腰をとんとんと叩く。


「ゼンさーん、ちょっとお願いがあるんだけどー」


みなみの遊ぶ横に座り、雑誌を読んでいたゼンさんが顔をあげた。


「どうした?」


「悪いんだけど、腰をちょいと押してくれない?」


「腰痛か?久しぶりだな。ほら、こっち来て横になれ」


なんだか、今朝から腰が重い。生理ではないと思う。

妊娠後期も腰痛に悩まされた私だけど、その時もゼンさんがマッサージしてくれた。
妊娠中は横向きでソファの上に転がって押してもらったなぁ。

産後の現在、もうお腹を下にしてもいいので、私はみなみの遊ぶプレイマット横の毛足の長いラグに寝そべった。
「よろしくお願いしまーす」


ゼンさんが私のおしりの上にまたがり、上からぎゅうぎゅう腰を押す。


「アタタ、ちょっと力強いですよ!」


「軟弱者め」


ゼンさんのマッサージは効かないわけじゃないけど、とにかく痛い。
やってもらって偉そうだけど、力加減がわかんないんだよ、この人。


「ううーっ、うーん!痛いよう!」


しばしうめいていた私は、やがて背中全体にズシッと重みを感じた。
後頭部に吐息がかかる。

首を捻ってみれば、私の背中にゼンさんの身体が乗っかっているではないか。
背中とお腹がくっついた状態だ。

何事ですか!?旦那さん!!


「ゼンさん!重いよ!」


ゼンさんは文句を言う私の耳にキスをして笑った。


「密着してたら変な気になってきた」


はー!?

思春期の男子じゃないんだから!!
「ちょっとゼンさん!ふざけるのなし!!」


「いや、俺もふざける気はなかったんだけどな」


ゼンさんが私のうなじに唇を落として言う。
こらこらこら!


「真っ昼間!みなみ見てる!腰痛いの!胸も圧迫されて痛い!」


「それはわかってるんだが、……あ!!」


みなみの方に顔を向け、ゼンさんが小さく叫んだ。

興味が明らかにそれたので、ホッとしつつ、ゼンさんに習って私もみなみに視線を持っていく。


ん?
なんか、みなみの顔が違う。


「佐波!見ろ、みなみの目が二重になりかかってるぞ!」


二重?

ああ、なるほど!顔の違和感はこれだ。

みなみの厚ぼったい一重の目の上にラインが入っている。
右側はくっきりとしていて、今にも本物の二重になりそう。左は失敗したアイプチみたいな不十分な感じだ。

「なんだろ、これ。このまんま二重になるのかなぁ」


「そうなんじゃないか!?だって、俺もおまえも二重だし」


私はゼンさんみたいなくっきり目力二重じゃないけどね。薄めの奥二重だけどね。

ゼンさんはすっかりその気だ。


「大変だ……ただでさえ可愛いみなみが、二重になったら可愛すぎてしまうだろ!?」


「いやいや、まだお鼻はぺちゃんこよ?ブタさんみたいよ?」


「とんでもない美人になってしまったらどうしよう!やっぱり早いうちから女子校に通わせて、男から遠ざけた方がいいんじゃないか?」


ダメだ。みなみのこととなると、期待がトップギアのゼンさん。

立派なモンスターパパになりそうで怖いよ。


「よし、今日はみなみの二重記念日だ!」


ゼンさんがわけのわからない記念日を作り、張りきりだした。
「外食でもするか!」


「みなみを連れていけるお店は限られてるからなぁ。私が作るから、買い物行きましょ」


ゼンさんの車で少し離れたスーパーに向かうことにする。

私が腰痛なので、みなみの抱っこはゼンさんが引き受けてくれた。
助かる……けど、スーパーって冷えるから、みなみの温度がないと寒い。

厚手のコートを着てくればよかったなぁ。

買い物を終え、自宅に帰りつく。
みなみに授乳するため、胸をはだけさせると、寒さに背筋か震えた。


「今日って寒いねぇ。もうクリスマス間近だから当たり前かぁ」


ゼンさんが変な顔をする。


「そうか?今日は曇ってるけど、気温は低くないって朝の天気予報で言ってたぞ」


え?そうかな、私は結構寒いけど。

冷えのせいか、腰というか骨盤というか、このあたりがガンガン痛い。
授乳を終えると余計寒くなった。

ゼンさんは
「風呂にでも浸かってくれば?」
なんて言うけれど、
お風呂まで行って服を脱ぐのすら寒そうだ。

夕食作りまで間があるので、私はみなみが遊んでいるプレイマットの近くに毛布にくるまって転がる。

なんだか、おかしい。

異常に寒い。

冬ってこんなもんだっけ?
去年の今頃はつわりで死んでたから、記憶が定かじゃない。

時間を追うごとに腰痛はひどくなり、今や脚や肩まで痛い。
そこで気付く。

あ、これは腰痛じゃない。
全身の関節痛だ。

ってことは?


「ゼンさーん、申し訳ない!そこの棚から体温計をとってくれない?」


ソファにいたゼンさんが怪訝な顔でこちらを向く。
その時まで、ゼンさんも私の寒さをたいしたこととして考えていなかったようだ。
しかし、私の顔色を見て、様子が変わった。


「佐波、おまえ顔が真っ赤だ」