ご懐妊!!2~俺様上司は育メン愛妻家になりました~

「よし、メシ食いに行こう」


ゼンさんが気持ちを切り替えるように、カラッとした声で言った。


「え、外食なんか、みなみがうるさくてできないよ……」


私は惨めに鼻をすすりながら答える。

ゼンさんは平気そうに笑い、みなみを抱いたまま立ち上がった。


「ま、どうにかなる。おまえは授乳ケープとガーゼのハンカチだけ持って行けよ」




ゼンさんはみなみに防寒のポンチョを着せると、そのまま自分で抱き、玄関に向かう。
私を伴い外に出ると、彼が連れてきてくれたのは、近所のファミレスだった。

今の部屋に引っ越してきた日に来たファミレスだ。


平日のファミレスは19時過ぎでも開いた席があり、私たち家族もすぐに席につけた。

とてもうるさい。
大学生グループや高校生のはしゃぐ声が店内に響いている。

「普段なら『落ち着かない』って感じだけど、これならこっちが騒がしくても文句でないだろ」


ゼンさんはみなみを膝にのせ、身体に寄りかからせると、片手でグランドメニューを開く。

確かに。

色んな人が来るファミレスだもんね。
いいのか、赤ちゃんがいても。

まだ涙の後で熱い目をしょぼつかせながら、私も食べたいものを選ぶ。


結局、ファミレスで夕食を摂る間、みなみは多少グズったけれど、目立った騒ぎにはならずに済んだ。

万が一の授乳ケープも使わずに済み、私たちは並んで帰宅。

みなみはようやくお腹が空いた様子で、家に着くなりおっぱいをたくさん飲んで寝てしまった。

あ、お風呂入れてない……。
起こそうかな。

明日にしちゃおうかな。

私が迷っていると、横からゼンさんが言った。


「今日はもう寝かせてやれよ」
そうだよね、みなみも騒ぎ疲れたよね。

私はようやくソファに全身を投げ出した。


「ちょっと、疲れたかな……」


「そうだろ、おまえも休め、休め」


ゼンさんが横に座る。
考えてみたら、彼も帰ってから私とみなみのことしかしていないじゃないか。

一息つく間もなく、みなみを抱っこして。
ファミレスだって、ほとんどゼンさんがみなみをあやしていた。


もうしわけない。
私、全然『ママ』ができてない。

その負担がゼンさんに行っている。


ごめんね、ゼンさん。
ごめんね。


「ほら、また泣きそうな顔するな」


ゼンさんが私の頭を撫でる。

私は情けない胸のうちを口にする間もなく、ゼンさんにもたれ眠りに落ちていった。







生後3ヶ月の健診は区の健診センターで行われる。

私は通知に従い、ベビーカーを押してみなみの健診に出掛けた。

1ヶ月健診がはるか昔のことのようだ。
もう何年もみなみと暮らしている気がする。

濃密な日々。
苦しいほどに。

ベビーカーを押して歩くと、営業に出掛けるのだろうスーツ姿の男女が歩いている。
男性は中年で上司、女性は若く新人といった雰囲気だ。

私もちょっと前までは会社員だったのにな。
今は昼夜問わず、娘の育児にかかりっきりの疲れたママですわ。

仕事は、自分の努力次第である程度どうにかなる。どうにかならないこともあるけど、まあ努力はそこそこ反映される。

でも、育児は違う。
赤ん坊という言葉の通じない生き物を大きくしてあげなければいけない。
努力したって……泣き止んでくんないもん。

あー、まずい。
思考が暗いぞ。

まずは今日の健診を乗りきらなきゃ。


健診センターに集められたのは同じ月齢のたくさんの赤ちゃんとママ。おそらくは、これでも一部だ。
都心部にほど近いこの住宅地には、多くの同級生がいるだろう。

たくさんのママたちを見回す。

色んなママがいる。

セレブ感たっぷりのママ。
若い金髪のママ。
独身時代と変わらないような甘めスタイルなママ。

かと思えば、自分の着るものには一切気を使っていませんというママもいる。
もっと言えば、自分の体型もメイクもヘアスタイルも、どうでもよくなっちゃったというようなママも何割かいる。


私は自分の格好を見直した。

ジーンズにチュニック型の授乳服。
格別可愛い格好ではない。

メイクだって、最低限しかしてない。
寝不足のクマはどうやったって隠れなかったし。
私がキラキラ綺麗なママになれるのはいつだろう。

いや、もともとキャラ的にあんまりそっち系じゃないんだよね。

……でも、あんまり見苦しいママにならないようにしよう。
みなみが参観日で恥ずかしい想いをしないような。


健診はまず集団で説明を受け、そこから順番に呼ばれ助産師さんと話す。
身長や体重の測定があり、最後に小児科の先生が見て終わり。

良くも悪くもたらい回しといった雰囲気。


「赤ちゃんはおっぱいをたくさん飲んでくれますか?」


「はあ、しょっちゅう授乳してます。昼夜問わず」


「それはお母さんつらいですねぇ」


私と向かい合った助産師さんは笑顔で言う。
ホントにつらいってわかってるのかな、この人。
「どこのおうちもこんなもんなんですか?寝ないとか、泣き止まないとか」


「赤ちゃんによっても違いますけど、一色さんはお一人目だから。少し肩に力が入っちゃってるのかもしれませんね」


肩の力なんて抜くよ!
抜いてみなみが育てやすい子になるならいくらでも抜くよ!

もー、本質的な解決じゃなくない?

寝不足と疲労で、だんだん苛々してきた。
でも、それを表に出せるほど、気が大きくない私。

そこからは、助産師さんの質問を軽く流して面談終了。
測定の列に着く。

全身の測定があるので、順番が近付いてくるとみなみの服を脱がせなければならない。
新しいオムツをはかせ、まずは体重計の上へ、みなみを降ろす。


「はい、みなみちゃーん、いい子にしてようねー」


みなみを見下ろすのは測定担当の助産師さんや看護師さん。

私はその後ろ。

みなみは珍しく
「ふぇっふぇっ」
とベソをかきだした。

いつもは間を置かず「ぎゃあああ!」なのに。

体重のあとは頭囲や腹囲を計り、身長測定。

みなみは私の手に戻ってくることなく、次々にこれらの種目をこなす。
大泣きする赤ちゃんが続出する中、みなみはずっと目に涙をためて、小さなべそをかき続けていた。

測定が終わり、私の腕の中にみなみが戻ってきた。
私は縦抱っこで、背中をよしよしとさする。


「みなみ、お疲れ様」


みなみは私の匂いに安心したのか、あごを肩にのせて、ふーっとため息をついていた。

こんな小さいうちからわかるんだ。

ママは安心って。

常日頃、みなみの泣きわめく姿にやられている私には新鮮だった。
幼い愛情を確かに感じる。

みなみには私が必要。


頑張らなきゃ。
私がみなみを守って育てるんだから。
測定が終わると、今度は診察。

診察の待ち合い室はママと赤ちゃんでいっぱい。ちょっと時間がかかりそうだった。

並ばなくても順番がくれば呼ばれる。
私はパーテーションで区切られた授乳スペースで、みなみにおっぱいをあげることにした。

授乳スペースでは、みんな遠慮なくおっぱいを丸出しで授乳中。
ホント、ママになるまでこんなこと考えられなかったよ。

今、私が自分のバストにある印象は『みなみのごはん』。
それ以上でも以下でもない。

もうちょっと大きければセクシーなんだよなとか。ツンと上向きで形がよければとか。
そんなこと考えませんよ。

だって、みなみの飲む分が出ればいいんだもん。


ベンチの片隅に座り、私も他のママにならって授乳。


「ねえ、あのママもおっぱいあげてるよ」


幼い声に横を向くと、隣に座って授乳中のママと赤ちゃん、その足元に3歳か4歳くらいの女の子が座っている。
床に直座りだけど、ママも本人もあまり気にしてないみたい。