【3−5 五反田(ごたんだ)蜜果(みつか)の証言】


 水向晴のことが、殺したいほど大嫌いでした。

 もしかして皆さん綺麗なことばかり仰ってたんでしょうか。いい人だった、惜しい人を失くした、とか。考えただけで鳥肌が立ちます。どうして彼に対してそんなことを思うのか、不思議でなりません。皆でまかせを言ってるんですよ。ホントのところは死んでほしくてたまらなかった。少なくとも、あたしはね――死んでくれて、せいせいしました。

 人格者って、ムカつきません?そういう人って大抵なりすましですよね。本当はいっちばん腹の底が真っ黒。人間たるものが生来持ってる筈の汚らしいものを、持ってないフリをするんです。そうして装った美しい自分を見せびらかして、それに気づかない人たちによって称賛される。化けの皮を剥がしたらどんなものが見えるんでしょうね。

 彼は所謂エセ人格者だったと思うんです。あたしが教室で見る限り、いつでもヘラヘラ笑っていました。渡り鳥のようにグループを行き来し、どこからも認められる。一見素晴らしい人のように見えるかも知れませんが。彼が内心あたしたちを馬鹿にしてるような気がしてならないんです。お前らは誰かと固まって内輪だけで仲良し小好ししてるんだろ、俺はどこにでも認められてるってのに、みたいな。スカしてる感じっていうか。

 僻みだって?そんなの百も承知ですよ。えぇ、あたしは彼に嫉妬してた。何でも卒なくこなす八方美人野郎にね。どこにでもいい顔して、裏ではどう思ってるのか分からない。あたしたちを馬鹿にしてる、蔑んでるような気がして。気味の悪い笑顔を貼り付けちゃってさ。あーキモい。


……ごめんなさい。慎みます。兎に角、彼はあたしにとって苦手な人種だったんです。もう、彼との関係についてはいいでしょう。

 Tシャツのこと?あぁ、毎年文化祭の度に発注するやつですね。たった一日の為に買うんだから勿体ないって思うんですけど。普段使いは流石にできないです。袖の辺りに鳥肌級のスローガンがプリントされてるんです。今年は確かね……

「ウチらのアオハル 心はひとつ! ズッ友だよ♡」

あぁ、思い出しただけでも寒気がしてきた。きっしょ。幼稚なデザインにも反吐が出そう。考えた人の顔が見てみたいです。何がアオハルだ。ふざけんなって話です。文化祭なんて、楽しんでるのは一部だけですよ。まぁ、あたしは授業が減るから好きだったけど。

シャツは全校皆同じ青色です。薄ら寒いスローガンともお似合いの色じゃないですか。文化祭が終わった後?あたしは着ませんよ、あんなもの。我が家では母の部屋着になってます。

当日、水向を見なかったか?さぁ……。


 あ。

 あの人、女といるのを見ました。

 2時前です。校舎の方に向かって歩いてました。シフト表見たら、2時からの枠にも彼の名前があって、次シフトなのに何悠長なことしてんだろって苛つきながら見てました。さしずめ彼女か何かじゃないですか?あたしその日メガネ忘れちゃって、誰だったかははっきり見えなかったです。じゃあ、何で男が水向だと分かったのか?それは……センサーみたいなものでしょうか。嫌いなやつの行動が目についちゃうことってありません?シルエットだけでも分かってしまうんですよね。あぁ、やだやだ。それって一周回って好きなんじゃないか?ないない。彼が死んでなかったら、危うくあたしが手を下すところでしたから。それぐらい、大っ嫌いでした。

 どうしてそんなに彼のことを毛嫌いするのかって?それ、さっき言いませんでしたっけ。あなたも言いましたよね、それはただの嫉妬だって。嫉妬ですけど、何か?

 いつだって、水向が一番だった。勉強も、人望も、何もかも。あたしは万年2番でした。定期考査だってどれだけ頑張ったって、彼には及ばなかった。いつも彼はオール満点に近い点数を出して、それを皆に見せ回っていたんです。凄いだろ、とは言ってなかったけど、それに近い思いはひしひしと感じた。周りのヤンチャな子が彼のテストを奪い取って、それを皆に大声で伝えるのがいつもの流れ。それに対してやめろよーって全く止める気のない、あの間の抜けた声。反吐が出そう。ホントはやってほしくって仕方ないんじゃないのって思ってました。

 クラス委員長を決めるときだってそうですよ。あたしは1年、2年とその役目を果たしてきました。毎年立候補制だったのに、今年はどっかの輩が水向がいいんじゃないって推薦したせいで散々なことになった。水向は謙遜して、いいよいいよって言っておいてちゃっかり前に出てきた。あたしも負けられない、と思って前に出たんです。そうしたら、水向が前に出てきた時は皆囃し立ててたくせにあたしの時は、しーん。痛いくらいの静寂でした。それで、多数決で表が多かった方にしようって案が出て、採決を取ったら満場一致で水向がクラス委員長に決まった。悔しかった。何でこいつなんかがそんなに支持を集めるのよ。偽善者の分際で!って思いながら、席に帰ろうとした時。彼があたしを呼び止めたの。

どうしてだと思う?

「やっぱり、重役は僕には向いてないよ」

彼はそう言って、笑顔で私に委員長の座を譲ったんです。ブーイングが起こりました。どうしてだよ、って。いやいや、一番キレたいのはあたしですよ。どうしてだよ!って胸ぐらを掴んで問いたかった。あたしは、皆の前で恥をかかされたんですよ。人望が圧倒的にないというのを見せつけられ、その上決まったかと思えば、役を譲るだなんて。ふざけてるんですか。善意のつもり?あたしがどれだけプライドを傷つけられたか分かってるの!しかも、あの人は、あいつは、それを満面の笑みで言いやがったんです!

 そうして彼は善人として一層崇められ、あたしは彼から役を奪った悪人のレッテルを貼られた。

 ねぇ、何なんですか?どうしてあたしが悪いことになるんですか?あたしがいけないんですか?

 ねえ!

 全部、全部、あいつが悪いのに!

 死ねよカス!


 ……あ、そうだった。もう死んじゃったんでしたね。


 あーあ。どうせなら、あたしが殺してやりたかった。

 あたしが彼を殺したんじゃないかって?残念、あたしには不可能。あたし、2時からのシフトだったんだけど、暇だったから1時半過ぎには来て手伝ってたので。彼が死んだ時は丁度仕事中。彼は殺せません。少し抜けて、階段に行くことができたか?繁盛してなかったし、できたと言えばできたかもしれないけど。持ち場で他の子と話してたから。その子に聞いてみたらアリバイは確実ですよ。

 ところで、今思い出したことなんだけど。あの人、水向に関する噂ですよ。

 他の人から聞きませんでした?結構有名ですけど。


 保健室の先生とできてるんじゃないかっていう。

 そう言えば、あたしが見た、彼と一緒にいた女。生徒ってのは先入観で、先生だったのかも。当日はどの先生もあの青いTシャツ着てたわけだし。痴情の縺れ、とか?ミステリーでありそうなお話よねー。

 まぁ、恨まれていてもおかしくないような人だったし。

 もし、誰かが彼を殺したと言うなら、あたし、その人に会ってお伝えしたいんです。

 水向晴を殺してくれてありがとう、って。



【養護教諭 緒賀沢(おがさわ)真唯(まゆい)の証言】


 水向晴は、弱い子でした。

 こんな証言は、恐らくどなたも仰っていなかったでしょう?

 やっぱり。あの弱さは、私だけに見せていたんですね。あたしは、彼のSOSに気づけなかった。養護教諭失格です。

 彼が保健室に顔を出すようになったのは、2年になってからです。彼、一度熱中症で運ばれてきたことがあって。症状が軽度だったので、保健室で処置ができたんですが。ほら、この記録帳に書いてある。体育祭のリレー競技の練習で、代走として5周走った後、ふらりと倒れたって。代走で5周って、イジメなんじゃないかってその時思ったんです。それで、処置をしている際にそれとなく聞いてみたんです。そしたら、自分で引き受けたんだって。どれだけお人好しなんだって驚いちゃいました。ぶっちぎり1位で勝ったって自慢していたんですが、流石に笑えませんでした。熱中症を馬鹿にしちゃいけません、毎年500人以上が亡くなってるんですよ、っていつも以上に厳しく叱ったのを覚えています。それでも彼、懲りてなくって。仕方なく弟の話をしたんです。

 私の弟は高校生、丁度彼と同じ年に亡くなりました。えぇ、熱中症で。部活で外周をやっていたそうなんですが、その時に倒れたみたいで。しかも運悪く、人気のない場所で倒れてしまったものですから。発見が遅くなってしまって。その日のうちに……。 

 私と弟は年子で、とても仲が良かったんです。だから尚更弟の死は堪えました。弟のような死者を学校で出さないようにしよう、というのも養護教諭を志した理由のひとつです。兎に角、私はあなた達のことを自分の弟のように思っているのだから、と真剣に諭しました。彼はその時ばかりは熱心に話を聞いてくれました。そしてその日を皮切りに彼は保健室によく訪れるようになりました。

 怪我とかじゃなく、普通に友達のところを訪れる感覚で来るんです。前任校でもいたんです、そういう子。女子に多かったんですけど。何もないけど話し相手を求めてって感じなんでしょうか。友達だと上手く話せないようなことでも、少し距離の離れた人とだったら話しやすいってこと、あるじゃないですか。そういう目的で保健室を訪れる子も多いんです。彼の場合も、そうだったと思うんです。

 保健室にはベッドが二つ設置されてるんですけど。目眩がするとか頭が痛いとか先程のような軽度の熱中症とか、用途は様々です。実際サボりに使うような人も多かったのですが。それは大丈夫なのかって?私は黙認してました。保健室は、憩いの場ですから。生徒たちだって疲れてるんです。気詰まりだって起こしますよ。そうした時にちょっとでも寄り添えたら、という所存です。彼もよく来てました。別に何か辛いことを話す、というわけでもなく、私が事務作業をする傍ら、ベッドに寝転んでるっていう。時たま、友達の話をしていました。いや、そんなに大勢の名前は出てきませんでしたよ。いつも、話に上がるのは2人だけでした。その話をする時、水向くんは何だか嬉しそうだったんです。私も、その純粋な笑顔を見ることができて、嬉しかった。でも、他にも話したいことは、沢山あったんだと思います。言葉に出来ないだけで。

 いるんです。一人で抱え込んじゃう人。何が嫌なのか教えて、って言っても言えない。それは自分の問題だから、自分で解決しなきゃいけないからって思い込んでしまって、なかなか周りに助けを求められない。彼も、そうだったんじゃないかな。私が見る彼はいつも何だか弱々しかった。

 彼が3年生になって、彼の担任の先生とお話する機会があったんです。私、驚いてしまって。

だって、先生が私に意気揚々と伝える彼の勇姿と、私が見てきた彼の姿が全く重ならないんですから。

あいつはクラス委員長に推薦されたんですが、謙虚なことに自分から蹴りましてね、と先生は誇らしげに彼のことを語ってくださいましたが、私はどうも納得いきませんでした。推薦って、それって面白半分に押し付けられただけでは、と思ってしまったんです。直接言ってしまっては失礼かと思ったので、その場では触れませんでしたが。

 学生の頃、いたでしょう。所謂、いじられキャラ、みたいな人が。彼はそのキャラなんじゃないかって思ってしまったんです。そう考えると、何だかこれまでのことに納得がいくと言うか。彼が5周走る羽目になったのも、クラス委員長に推薦されたのも、全部そのせいなんじゃないかって。彼はそのキャラでいることが辛くて保健室に来ているんじゃないか、私に助けを求めるために。そう考えたんです。

 いじられキャラって何かとスポットが当たるじゃないですか、あまり良くない意味ですけど。最初は、こういうのも悪くないと思ってたのかもしれません。だけど、そのイジりはエスカレートしていった。イジりが、ただのイジりじゃなくなっていたとしたら。それが当たり前になっていたら、どうでしょう。彼にとっては迷惑な話ですよね。彼はそうやって注目を浴びることが虚しくなってきたんじゃないでしょうか。イジられてもヘラヘラと明るく取り繕っていなきゃならない。そうしていなくては雰囲気が悪くなってしまう。その様子を楽しんでいるのだと解釈した愚かな人達がイジり続ける。最悪の循環です。彼はこの循環から抜け出したい、そう思っていたのではないでしょうか。

 私の予想は、恐らく当たっていたようでした。当日、彼はかき氷を持って保健室に遊びに来たんです。昼前、11時過ぎです。えぇ、保健室は勿論解放してます。私にとっては文化祭は楽しいお祭りじゃないんですよ。彼はため息を吐いて入ってきました。どうしたの、と聞くと、シフトを沢山押し付けられたって。やっぱり、って思ったんです。皆彼をぞんざいに扱うようになってるんだって。彼はベッドに座ってかき氷を独りで食べてました。こんな肌寒い日によく食べるなって思って。これも押し付けられたのかと思ったのですが、クラスの人は1人1個強制だからと苦笑いしながら言っていたので、少し安堵しました。寒いから2個目は無理って食べながらぼやいてました。

 え?彼が何味を食べていたのか?えぇっと、確か……メロン、だった気がします。

 彼の恋人なんか知りませんよ、そんなの。亡くなった人のそういう事情に口を挟むのってナンセンスだと思いますよ、私。

 まさか、私が彼の、それだと?

 馬鹿も休み休み言ってください。

 彼は私の大切な生徒です。そんな大事に思っている生徒を傷つけるようなことはしません。第一、私には夫がいるんです。今更若い子に目移りするほど尻軽な女じゃありません。

 いくら何でもあなた、失礼ですよ。

 彼は事故か、自殺か?それはあなた方がお調べになることじゃないでしょうか

 私の見解、ですか。

 彼は、自ら命を絶ったんだと思います。なぜ文化祭の日にそのような行為に及んだのか。それが、彼にできる最大の復讐だったから、ではないでしょうか。行き過ぎたイジりが辛くなって、文化祭という一番楽しい思い出を最悪の思い出にしてやろう、そしてイジりをしてきた奴らに一生消えない罪悪感を植え付けてやろう、とか。彼がそんな捻くれた発想に至るとは思えないのですが、あくまで素人の推理ですので。

 ふと思うんです。私は彼を見殺しにしてしまったんじゃないかって。私がもっと早く彼の痛みに気づけていたら彼は死を選ばなかったかも知れない。私は養護教諭として、この十字架を背負って誠心誠意生徒たちと向き合っていくつもりです。



【3−1 陸本(りくもと)瑠々子(るるこ)の証言】


 水向晴くんはどことなく翳りのある人でした。

 彼のことが話題に上がると友達と意見が食い違うんです。

 いつも明るくってヘラヘラしてるって彼女は言うんですけど、私はそんなところを見たことがなかった。会う度にいつも陰鬱そうな顔をしていました。

 彼とは1年の頃からずっと面識だけはありました。私は図書委員で放課後はカウンター当番をしていました。彼はほぼ毎日通い続けていた図書館ヘビーユーザーです。彼が読んでるのは小難しそうな小説ばかりで、私とは趣味が合わなさそうだから、声をかけるまでには至りませんでした。私はただ彼の借りる本のバーコードを読み取る、それだけの関係。見る度に彼は無表情、というか感情を読み取れない表情をしているんです。

 それで、一度彼と同じクラスの女子に聞いたんですけど。そんなことないよってめちゃくちゃ否定されました。なんか変だ、そう思って彼の教室を覗きに行ったんです。変態だなんて言わないでくださいよ。友達に会うって体でチラ見するだけです。そうしたら、驚いたことに彼が満面の笑みを浮かべて笑っているんです。正直なところ、不気味だと思っちゃいました。引き攣ったような笑い方というか。本心では絶対笑ってないってことが分かるような――。でも、私の友達は、別に普通の顔じゃんって言うんです。明らかに異様なのに。彼の周りにとっては、それが普通だったんです。それに、彼女はこうも言ってました。彼はとってもいい人だから。裏表があるような人じゃないよって。私はいい人っていう言葉が引っかかって離れませんでした。絶対何かある、そう思って彼に話しかけようとしたのですが、ビビりな性格のせいでなかなか言えませんでした。

 やっとのことで話しかけるタイミングが来たのは、2年生になってからでした。彼がようやく、私の知ってる作家の本を借りたんです。それ好きなんだって聞いたら、タイトルが斬新だったからって。それで選んだんだってちょっぴり落胆しましたが。私は本を通して、彼に近づこうとしました。当番が終わった後彼の座ってる席の隣に座って、話しかけてみました。結果は酷い塩対応でした。読書中にちょっかいかけられるのは好きじゃないって気持ちはわかるけど、少しくらい優しくしてくれてもって思いました。だから、せめてもの抵抗として彼が小説を読み終わるまで待ってみることにしたんです。そうしたら、とうとう彼も観念してくれました。変わった人だって彼に言われたんです。そっくりそのままお返ししてやるって言ってやりました。その後、二人で一緒にカフェに寄ってお話をしました。どんなって、高校生のお喋りなんて実りのないことが9割ですよ。ほとんど忘れちゃいました。

 それから、着実に私達は仲を深めていきました。と言っても放課後図書館に残ってしこたま生産性のない会話をしてただけですが。そんな中で、彼が無理をしてるという事に気づきました。彼は優し過ぎるんです。全部を自分一人で受け入れようとしちゃう。嫌なことを嫌と拒絶できない。そうやって自分を傷つけて苦しめる。彼は口には出さなかったけれど、言葉の端々から彼の痛みが感じ取れました。

 保健室に行ってみるよう提案したのは私です。もしかして、私のような中途半端に仲の良い関係だと言い辛いことがあるのかも知れない。大人の方が心を開けるのかも、とそう考えたからです。彼はそれを承諾してくれました。けれども、いつになっても彼の問題が解決する兆しは見えませんでした。やっぱり、緒賀沢先生にも言えてなかったんですね。そうだろうとは思ってました。

 でも、少しだけ良い変化は起きてたんです。彼は、クラスに1人だけ本当の友達がいるんだとある時教えてくれました。大人しいし静かだから、一緒にいると落ち着く、俺のことをちゃんと友達として見てくれてる、優しい子なんだって。その友達のことを彼はレイちゃんって呼んでました。嬉しかったのと同時に、その本当の友達のうちに、私は入れてるんだろうか、と複雑な気持ちになりました。そうしたら彼は言ってくれたんです。瑠々子も大切な友達だよって。彼は……とっても優しい、温かい人でした。

……ごめんなさい。……まだ、整理がついていなくって。ごめんなさい。


 *
 すみません。もう落ち着いたので、大丈夫です。

 事件当日のことですよね。1組は焼きそばを売ったんです。焼きそばって熱くても寒くても売れる鉄板メニューなので。焼きそばの屋台はかき氷の真正面にあって、中の様子もよく見えました。あの日、彼は朝から1時間以上屋台の中にいました。多分他の人達にシフトを押し付けられて、断れなかったのかな―って。

 友達と色々な劇や展示とかを回ってきて、1時半前に模擬店のテントに戻ってきたんです。そしたら、案の定彼がいて。受付をやっていたんです。かき氷を買うついでに彼にそれとなく聞いてみたんです。今日は遊べたのって。彼は悲しげに首を振りました。レイちゃんと回りたかったけれど、3人にシフトを頼まれてしまったって嘆いていました。5組の人って最低だって、心底軽蔑しました。普通、同じ人に何人も頼みます?それほど彼は都合良く扱われていたってことでしょう。聞いててこっちがイライラしました。断ればよかったのにって言ってしまいました、私。そうしたら、彼が断るのも悪いかと思って、とか弱気なことを言うもんだから。ガツンと言っちゃいました。本当の友達なんだから、この際良くないところはちゃんと指摘してあげないと、ってそう思ったんです。

「いい人って言葉に惑わされちゃ駄目。皆あなたのことを都合よく使っているだけなんだから。あなたはあなたの意志で動かないと。本当は友達と回りたかったんじゃないの」

 結構強めな口調で言いました。そしたら、でも約束したからってもぞもぞ言うもんだから、

「シフトを断るのが悪いと思うんなら、親友の誘いを断るのも悪いと思いなさいよ!」

 って大声で言っちゃったんです。周りの騒音も静かになるくらい声を張り上げちゃいました。それが彼に火を点けたみたいで、彼は真剣な顔で分かったと頷いて、テントから出てきました。あんたもアオハル楽しみなさいよっておどけて言ってみたら彼は嬉しそうに笑いました。嘘偽りのない、本当の笑顔でした。それから彼は人混みに溶けていきました。それが、私が最後に見た彼の姿です。

 私はその後、シフトが1人抜けて狼狽える5組の屋台をざまぁって思って見てました。あんたらが彼の友達なんて金輪際名乗るなって心のなかで毒吐きながら。マンゴー味のかき氷を受け取って、それからまた1組の友達と展示を回りました。

 まさか、彼があんなことになるなんて、思ってもいませんでした。ですが、生前の彼は希望を持っていました。彼は変わろうとしていたんです。友達と呼べる人に会いに行った、そんな人が自殺なんてするでしょうか。私は自殺説を否定します。もうひとつ。どうして彼は北校舎の階段に登ったのか。普通、あんなところに独りで登りますか?考えにくいでしょう。彼は恐らく第三者と階段を登ったのです。では第三者は何故名乗り出ないのか。彼が事故だとしたらそう伝えたらいいだけでしょう。そこから導き出される答えはひとつです。

その人物が晴くんを突き落とした、つまり――


晴くんを殺したんです。


二人が階段に上がったのは、多分話をするためです。中庭はうるさくってまともに会話ができません。特に彼の声は低いから雑音と混じって話が聞こえない。だから中庭から離れて、階段の方に行った。そこで口論になって揉み合いに発展し……

 彼は墜落した。

 私はそう考えています。

 犯人は誰か。もしかすると、もう既に会っているんじゃないですか?


 水向晴は、私の良き友人でした。「良い」という言葉に、打算的な意味合いは全くありません。私は、彼を都合よく利用した5組の「自称」友達の方々とは違います。私は、晴くんの親友でした。私は、晴くんを利用した人たちを、そして彼を突き落とした犯人を絶対に赦しません。



 先輩はブルーハワイみたいだって。

 そう言われたんです。


 去年、地元の夏祭りに二人で行った時のことです。二人で行ったって言うと語弊があるかも。部活のメンバーで遊びに行ったんです。その時、折角なら男女に分かれてお祭りデートみたいなことをしてみようってなって、彼とペアになったんです。彼は私に、ベンチで待ってて、と言って何かを買いに行きました。屋台から戻ってきた彼の手にあったのが、青いかき氷。正直、拍子抜けしました。それから、笑っちゃいました。なんてチョイスなんだって。青色って見るからに人工物っぽいじゃないですか。だから私、ブルーハワイが好きじゃなかったんです。あの得体の知れない味が何だか苦手でした。

どうしてこの色にしたのかって聞いてみたんです。そしたら彼が言ったんです、先輩に似てるからって。私が青いってこと?って聞いてみたら、そうじゃないって。

「ブルーハワイってミステリアスでしょう。綺麗な青は一体どんな味をしてるんだろうか。イチゴとかレモンは大体その果物自体の味を知ってるから、錯覚が働いた時その味を組み立てることができる。でも、ブルーハワイに錯覚って効かないでしょう。もととなる味が分からないんだから。だから、食べるまで全く予想がつかない」

 私にはよく分からなくて混乱しました。彼は続けて言いました。舞台上で先輩の姿を見る度、毎度新しい人格が憑依しているようで、でもどんな役でも魅力的に見えるんだ、と。貴女はミステリアスなんだと。

それから、こう言ったんです。


 オレ、先輩が好きです、って。

 気づけば、役を演じる先輩に虜になっていた。

 役を通して見る貴女も綺麗だけど、部室で練習してる時の、何気ない貴女の仕草を見る度、胸の高鳴りを感じたんです。

 先輩は、オレのことをどう思ってますか。

 オレは、先輩の、ブルーハワイの本当の味を、知りたい。


両片想いだった私達は、その日ようやく互いの味を確かめ合いました。


ブルーハワイは、私達にとって思い出の味です。あの日以来、私はブルーハワイが大好きになりました。そして、その色、青も私にとってはお気に入りの色になりました。

まさかその青が私を追い詰めるなんて、皮肉な話ですよね。


 告白します。

 水向晴を殺したのは私です。


 彼の名を出すと迷惑がかかってしまうかも知れないので、後輩くん、と呼ばせてください。実際からかい交じりにそう呼んでいましたし。

 あの日、後輩くんが朝一で私の教室にやってきました。何があったのかと聞くと、今日の文化祭の劇は自分が主演をやってるから見に来てほしい、とのことでした。どうして、そんな重要な情報をもっと早く教えてくれないのって、焦りました。私が忙しそうにしていたので邪魔したら悪いと思って、とのことでした。そう言えばここのところ文化委員の仕事が立て込んでいて、校舎を走り回っていました。彼も遠慮して、落ち着いた頃に言おうと思って今日になってしまったのだろう、と予想はつきました。

 分かったと返事をしたものの彼のクラスの劇は2時からで、丁度私のシフトと時間が被っていました。どうしよう、と思った時に通りがかったのが、水向くんです。彼は皆がいやがるような役割を率先して引き受けてくれるような優しい人でした。だから、彼ならシフトに入ってくれるんじゃないか、そう期待したのです。彼は少し迷ったような表情を浮かべましたが、すぐにいつもの笑顔に切り替わって、いいよって言ってくれました。折角の高校最後の文化祭なのに彼の勇姿を見られないようではずっと後悔が残るでしょう。あっさり引き受けてくれたので安心しました。彼のシフトと交代しようと思ったのですが、いいよいいよ、と彼が言ってくれたので、ラッキーでした。

 午前中は後輩くんと屋台や展示を巡りました。昼を過ぎると、彼は劇の準備があるからと控室の方に入っていきました。一人になってから、彼の劇を見る前に何か食べるものを買って行こう、そんな時、一番最初に思い浮かべたのがかき氷です。勿論、味はブルーハワイ。流石に当日一度も顔を出してない自分が買いに行くというのは気が引けましたが、別にいいじゃないか、と開き直って買いました。

 それから、彼の劇が始まるのを体育館の前で待ってたんです。その時、ふと肩を叩かれ、振り返ると水向くんがいました。何か言いたそうにしていたのですが、お祭り騒ぎで声が全然聞こえなくって。少し人混みから離れたところに行こうということになって。北校舎の方に行きました。それでもうるさくって。階段で4階くらいまで行けば聞こえるだろうって踊り場まで移動したんです。

 踊り場のところまで行っても彼はなかなか本題に入りませんでした。後輩くんの劇の席を取っておかないといけないと思っていたので、私は少し焦っていました。そして凄く苛ついていました。文化祭の支度が忙しかったからでしょうか、最近ストレスを感じることが多くて。そのせいでもあったと思います。何が言いたいの?ってちょっとキレ気味に言いました。そしたら彼が、やっぱりシフトを代わることはできないって言い出したんです。今更言われても困りますよ。私だって予定があるのに。舞台上で輝いている彼の姿を見たいのに。だから、一度オッケーって言ったのに、そんなの無しだよって突き放しました。すると彼は、じゃあ僕じゃなくて他の人に頼んだら、と冷たい声で言いました。ただでさえ開演が迫ってるのに、もう遅いじゃないですか。私も我慢ならなくってつい言っちゃったんです。どうしていっつも優しいのに今日はそんなに酷いことするのって。彼はその瞬間急に怒ったような表情になりました。あんな顔、初めて見ました。いつも笑っている彼が別人に変わってしまったような、そんな感じがしました。彼は言ったんです。


 もう俺はおまえらにとって都合がいいだけの人間にはならないから。


 そう言って私に背を向けて階段を降りようとしました。待ってよ、って腕を掴んだんです。彼はそれを無情にも勢いよく振り払った。その弾みで、私はかき氷のカップを落としました。ブルーハワイが踊り場に散じてしまいました。彼は自分がやったことに気づいたのか、大丈夫って私に近づいてきたんです。ふつふつと形容し難い怒りが込み上げてきました。

 大丈夫なわけないでしょ。何なのよ、皆して、皆して、私にばっかり責任を押し付けるんだから。どうして私だけがこんなこと言われなきゃいけないわけ?皆やってたことでしょう。私だけじゃない!それに、あんただって頼りにされて調子に乗ってたでしょ。満更でもなさそうな顔してたじゃない!あー、そっか。全部好感度のためだったんだ。シフトを変わってあげるいいヤツを演じるために、皆の前で協力する形だけ取ったんだ。そっちこそ、都合よく私を利用しようとしないでよ!

 彼をありったけの力を込めて押しました。彼はよろめき、フェンスに寄りかかろうとしたんです。でも、不幸なことに足元は溶けたかき氷の水で濡れていた。彼はバランスを崩しました。そして頭からのけぞるように、後ろに倒れていきました。

気づいた時には、遅かった。水風船が潰れた音がして、階段の下を覗くと頭の潰れた彼が倒れていました。夥しいほどの血が流れていて、こちらを見上げている目は酷く虚ろで、もう生きていない、ということが一目で分かりました。真っ先に後悔したのは、床に落ちたブルーハワイのことでした。愛しき人との思い出の味。汚してしまって、ごめんなさい。

 どうして自首してきたのか?

 あの日、彼の劇を見終えた後、控室に会いに行ったんです。そうしたら、彼、驚いた顔をして、どうしたんだって。私の足元を見ていたんです。私の真っ白なソックスには青い水玉模様が無数にできていました。多分、かき氷を落とした時に飛び散ったのでしょう。その場は、屋台で仕事してた時にシロップを落としちゃって、と誤魔化して話は終わりました。それからすぐにソックスを履き替えたので、恐らく彼の他には誰もバレていなかったでしょう。それから程なくして、水向くんの遺体が発見されました。

 最初は誰にもバレなかったら、隠し通すつもりでいました。警察の方が彼の人物像について教えてほしいと言われたときも積極的に協力する姿勢を見せ、他殺が疑われないように仕向けました。総てがうまくいく、そう思ってたんです。そう安堵していた時、彼から会いたい、という連絡を貰いました。

 先輩が、水向さんを殺したんですか。

 ファミレスでそう聞かれました。驚きましたよ。まさか彼から、そんなことを言われるなんて。私を疑ったきっかけは、ソックスだったそうです。そう、ブルーハワイが飛び散ったソックス。彼は5組の他の生徒に、私のシフトを尋ねたそうです。そしたら私はどこのシフトにも入ってないって。嘘がバレてしまったんです。では、どこで青い飛沫が付いたのか。そこで彼は私と水向くんの事件を結びつけたのだそうです。あのかき氷は水向くんが買ったものではなく、私が買ったものではないか。そして、揉み合いの末、私がそのカップを落としてしまったのではないか。彼の見当はかなり核心を突いていました。でも私は、違うよと否定しました。シフトをサボったのは君の劇を見るため、ソックスの汚れは自分が買ったやつを中庭で落とした時に付いたのかも、とデタラメを言いました。いくら彼氏とは言っても、殺人を告白することはできなかった。彼はホッとした顔で、それなら良かったと言いました。

 帰ってから、ゴミ袋に入れておいたソックスを取り出してみたんです。一応、洗ってはみたんですが、着色料って全然取れないんですね。これだから人工物はって思っちゃいました。擦り洗いを繰り返しても、色素の跡は全く消えませんでした。拭っても、拭っても、ダメだった。次第に私は、彼の血痕がついたものを洗っているかのような感覚に囚われました。あぁ、私が彼を殺したんだ、とぼんやりとあの時のことを思い起こしていました。私はなんてことをしてしまったんだって。そして、ふと彼の言葉を思い出したんです。

 先輩はブルーハワイみたいだって。

 あぁ、違う。

 これは彼の血じゃなくって、私の血なんだって、その時気づいたんです。

あの時カップを落としたのは、彼ではなく私です。張り詰めていた糸がぷつんと切れたような気がしたんです。衝動に任せて私は、私を殺してしまった。

あれは、私が壊れた時の血痕なんだって、分かってしまったんです。

今の私は、ミステリアスでも何でもない。真っ黒な感情を制御することができずにぶち撒けてしまった、ただの醜い殺人犯です。

私は、私は――貴方が言ってくれた美しい青には、もう二度となれない――。

こんな私は、彼には相応しくない。

だから、総てに幕を下ろすことにしたんです。



 私が、水向晴を突き落としました。



 空を覆い尽くす灰色の雲の隙間から太陽の光が差し込み始めた。雲は次第に掃けていき、青い空が見えてくる。

 俺は、彼女の姿を探す。


 俺は変わる、そう決めた。

 都合のいい奴にも、遊び道具にもなってやらない。

 自分の意思で、したいことをする。


 だから、今日こそは断る。

 瑠々子が背中を押してくれた。

 いっつも、助けられてばっかりだな、俺。


 最後の文化祭、俺だって自分の思うように楽しみたいんだ。

 誰とかって?そんなの決まってる。

 多分今頃、教室で独り本を読んでいるであろう、親友のアイツ。

 今年こそは、一緒がいい。

 待ってろよ、零ちゃん、すぐ行くから。


 中庭を走り抜けると、体育館の近くに彼女の姿が見えた。

 彼女の名前を呼ぶ。

 彼女がこちらを見た。

 手にはブルーハワイ味のかき氷。

 ふと見上げると、真っ青な空。

 どこもかしこも青ばかりの人の群れ。

 痛いほどの青。

 これがアオハルってやつか、と頬の筋肉が緩む。

 これが終わったら、俺も、アイツと――。


【了】



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