先週の花見デートの約束が仕事の都合で飛んでしまい、仕切り直しで臨んだその夜。

 僕はもともと地味に咲く菜の花派で、桜は派手すぎて、それが白々しくもあり、多くの人々にやたらともてはやされるところが、どうも好きになれなかった。
 よって、もしデートという名目がなければ、あえて花見をすることもなかったはずだった。


 アサミを家のそばまで車で迎えに行き、桜祭りがあるという比較的近所の桜の名所を訪れた。

 丘の上にある神社に至る坂道の脇に、ライトアップされた桜がたくさん咲いているという。
 例年4月中旬がピークで多くの地元客でにぎわうらしい。

 なぜかそばに専用駐車場がないので、僕らは互いに仕事上がりで疲れているのに、けっこうな道のりを歩くはめになった。

 それでも道中、神社のものに違いない燈籠がいくつも並んでいたためか、歩を進めれば進めるほどに、ふくらむ期待に僕もアサミも満面の笑みを浮かべ息を弾ませた。


 いよいよ丘のふもとまで来て、坂道になった。
 ネットのガイドでは燈籠に火が灯り、提灯もぶら下がる幻想的な桜並木を眺めて登るはずだったが、明かりは一切なく、真っ暗闇が大きな口を開けているきりだった。
 少し先に行ったら、そういう景色が広がるのかと思い、僕は暗いコンクリートの坂道を駆け上がった。

 が、カーブを曲がっても同じような漆黒の闇夜に溶けた空間がそこにあるだけであった。

 僕は坂を駆け下りて、下で待っていたアサミに言った。

「ボクら、どこかで道を間違えたかな?」
 どおりで人通りがないわけだ、と僕は独りごちながら、一旦入口の外の道へ出た。

 もう一度ケータイを出して調べる。
 彼女は、僕のそばで少し寒そうにしながら黙って立っていた。

 僕は画面の地図と、歩いてきた道、神社へ登る道を交互に見た。

 思わず、うめいた。
「……合ってるよ」
 僕はもう一度、坂道を踏みしめ中ほどまで登った。
 そして上を向く。
 木々の枝が風で揺れる音がした。

 それらが桜だとしたら、すべてが符号する。

 そう思った瞬間、僕はすっかり力が抜けてしまった。

(そういうことか……)

 桜が散ってしまったあとらしい。
 それで桜祭りも終了したのだろう。
 今年は例年より桜の開花が早かったのかもしれない。

 先週来られたら、こんなことにはならなかっただろう。
 残業代も出さないのに、あの夜残業を命じた上司を、今さらながら恨めしく思った。
 それでもアサミは涼しい顔して言った。
「また来年見に来たらいいよ」

 僕は頷き、しばらくしてから、思わず目を見張った。
 来年も彼女が僕のそばにいてくれるという意味だったから。

 失望が一転して希望に変わったのだった。
 僕はその夜、しみじみ思った。

(桜が咲いてなくてよかった……)

 おかげで、僕はアサミの本当の気持ちを測ることができたのだから。
 そうして、僕らはその後、夏を迎え、秋を共に過ごし、自然と付き合う方向へ進んでいった。

 少なくとも僕は、そう思っていた。
 年が明けたころ、僕は相も変わらず、仕事上がりの彼女を車で拾って近くのインドカレーの店に行った。

 彼女は、自分が食べたいものを言わず僕に合わせてばかりだから、もう割り切って僕が行きたい気分の店を選んだ結果、その夜はそれだった。

 店に入って、彼女は過去に来たことがあるのを打ち明けた。
「でも、ここのお店、おいしいよ」

 何ということもない会話だったが、今思えば、彼女はひどく退屈そうに見えた。
 さすがに一緒に食べていても、僕の話に上の空である彼女は、単にたまたま疲れているのかどうか気になってきた。
 それで僕も新しい話題を振る気力も萎えてしまい、ついには黙り込んでしまった。

 たまたまそうなら今夜は仕方がない、で済む話だが、その希望は次に誘ったときに失望となった。