とある日の夜、いつも通り私は父親と母親の3人で夕食を食べていた。いつものように他愛のない会話をしながら夕食を食べていた私であったが、夕食終わりに唐突に告げられた両親からの言葉に私は耳を疑った。

「今、何て言いましたか?」
「イレーネ、近々、貴方にお見合いを取り付けようと思っているの」
「お相手の方は私の仕事の取引相手の息子さんだ」
「え、ちょっと待ってよ、急にそんなこと言われても……」

 唐突な父親であるアルフと母親のカルラからの言葉にイレーネは困惑する。困惑しているイレーネを見つめて両親は話しを再開する。

「イレーネ、貴方はこのエルディア伯爵家の唯一の跡取りなの。貴方が結婚をせず、子供を産まなかったらエルディア家の血筋は絶えてしまうのよ」
「早い段階から結婚を前提に付き合っていける者がいた方が未来のことを考えて安心だと私も母さんも思ったんだ」
「でも、私、ちゃんと恋愛して結婚したいわ」

 お見合い相手を好きになれるかなんてわからないし、結婚を前提に付き合うのは何か重たく感じると思っているイレーネは何とか拒否をしようと試みる。

「なるほど。イレーネ、お前にはもうそういう相手がいるのか?」
「え、いないけど……」
「それならお見合いを受けてちょうだい」

 アルフとカルラから交互に責められ、イレーネは渋々に頷いてしまう。

「わかったわよ」

 イレーネの返事に両親はほっとしたような顔をする。イレーネは気が重くなるのを感じながら心の中でため息をついたのであった。



 その日の夜、私は小さい頃から私のお世話を任されている侍女のエリザ・ラディスを呼び出した。

「イレーネ様、聞いてほしい話しとは何でしょうか?」

 侍女のエルザは私の部屋に入るなり、早々に
そう問い掛けてくる。
 私はベットに腰を下ろしてから、エルザを見て話し始める。

「今日、お父様とお母様からお見合いを取り付けると言われたの。私はお見合いなんてしたくないし、結婚したくない訳ではないけれど、私はちゃんと相手のことを好きになって恋愛をしてから結婚したいのよ」
「なるほど。そんなことがあったんですね」

 イレーネの話しを聞き終えたエルザは何やら少し考え込む。数分後、エルザは何かを思いついたのか、にこやかにイレーネを見て口を開く。

「イレーネ様、とても良い提案がございます」
「良い提案? 教えてちょうだい」
「わかりました」

 エルザからの提案はまず闇市場で売られている奴隷を買い。買った奴隷を恋人役にして好きであるからお見合いは出来ない。という断る理由を本当のことのように言い、お見合いを回避するという提案であった。

「なるほど。確かにそれならお父様もお母様も納得してお見合いはなしにしてくれそうだわ」
「はい。ですが、イレーネ様が奴隷を買うことに抵抗があるようでしたらこの案は使えませんが……」

 闇市場で売られている奴隷はある程度の礼儀作法を備えており、買ってくれた主人にしっかりと尽くすことを商人から徹底的に叩き込まれている。だから勝手なことはしないとは思うが。奴隷であっても自分と同じ人間だ。買うのは少し気が引ける。と思ったイレーネであったが、お見合いをするのは絶対に嫌であるイレーネは奴隷を買うことを決める。

「明日、ランドルと一緒に闇市場に行ってくるわ」
「わかりました」



 フィアルゼ王国の南に位置する闇市場《ルディス》では奴隷や闇商品が売られていたり、闇取引が行われている場所だ。
 イレーネは闇市場に着くなり、側近のランドルと共に奴隷が売買されている場所へと向かい歩き始める。

「初めて来たけれど闇市場ってこんな感じなのね」
「そうですね。俺も初めて来ましたよ」

 イレーネとランドルは歩きながら両道に立ち会話をしている柄の悪そうな人達を横目に見つめる。
 大分歩いて細い路地の通りまで来たイレーネとランドルは奴隷売買と書かれている看板がある建物の中へと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ〜!」

 店の中へ入るなり店員らしき黒髪の男から明るい声で出迎えられる。

「あの、男性の奴隷が欲しいのだけれど、年齢は20代くらいでお願いしたいわ」
「承知致しました。では、ご案内させて頂きますね」
「ええ、」

店員の男はイレーネ達に着いてくるように促して歩き出す。 
 店員の男はイレーネ達を引き連れて白い扉を開け、階段を下りる。
階段を降りるとひんやりとした空気を肌に感じイレーネは少し身震いする。そんなイレーネは通路を歩きながら、広い牢屋の中にいる複数人の奴隷を鉄格子越しに見ながら口を開く。

「ここにいる奴隷って孤児である人もいるんですか?」
「ええ、おりますよ」
「そうなんですね」

 両親に捨てられたり、死んでしまっていたりして、育てる親がいない孤児は高値の価値がある為、奴隷売買する商人達にとってはとても貴重な存在であった。
 イレーネは店員の男に説明されながら、鉄格子越しにいる者達を見てどの者を買うか考えていた。

「気に入った者はおりましたでしょうか?」

 歩きながら店員である男に問われたイレーネは首を横に振れば、店員である男は苦笑してから話し始める。

「まあ、人によってはお気に召す者がいないこともありますしね。あと2人おりますので、どちらか気に入って下さると嬉しいです」
「ええ、」

 イレーネの横を歩くランドルは何も言わず黙ってイレーネと店員の男のやり取りを聞いていたが、ランドルが何か言いたそうな顔をしていることに気付きランドルを見る。

「どうかしたの?」
「イレーネ様が気に入る者がおりませんでしたら、もう諦めて帰りましょうね」
「ええ、そうね」

 いくら偽りの恋人関係を任せる相手であるからと言って誰でもいいとイレーネは思っていなかった。
 偽りの関係であったとしても自分が好きと思えそうな相手が良いと思っていたイレーネは自身の好みで選定していた。

「最後はこちらです。つい最近売られたばかりの新入りです~」

店員の男はそう言い、薄暗い牢屋の中にいる人物を紹介し始める。

「こちらの者はルックスが売りとなってます~
容姿は此処に売られている奴隷の中で断トツであると思いますよ」
「綺麗な顔……」

 イレーネは店員の男が紹介した鉄格子の中にいる男の容姿があまりにも自分好みであった為見惚れてしまう。

「おや、お気に召されましたか?」
「ええ、気に入ったわ! この方を買います」
「おお、お買い上げありがとうございます~! 気に入って頂けて何よりです」

店員の男は弾んだ声でそう言ってから、イレーネが選んだ奴隷である者がいる鉄格子の鍵を開けて、男に鉄格子から出るよう促す。

「では、お会計は受付で行いますので、戻りましょうか」
「ええ、」

 イレーネは店員の男の言葉に頷き返事をしてから、店員の男の隣に立つ金髪に青い瞳をした青年に目を向ける。
 青年は顔色一つ変えずに無言のまま、店員の男に背を押されて歩き始めた。



 帰り道、イレーネは闇市場で買った奴隷であった青年に質問を投げかけながら会話をしていた。

「貴方、名前は何て言うの?」
「名前はラディだよ」
「ラディっていうのね。良い名前ね!」
「あ、ありがとう……」

ランドルはそんなイレーネとラディの会話を聞きながら、2人を見守るように後ろから歩いていた。イレーネはそんなランドルのことなど気にもせず話しを続ける。

「ラディは何歳なの?」
「21だよ」
「そうなのね、私は19よ!」
「そうなんだ、年下か」
「ええ、あ、私のことはイレーネって呼んでくれていいわよ!」

 ラディはイレーネの人柄に困惑しながら、こくこくと頷き返す。

「イレーネ、えっと、俺は買われた身だから、言ってくれれば何でもするよ……!」

 ラディはイレーネが奴隷として自分のことをこれから使おうとしているのだと思っていた。
 しかし、イレーネはラディのことを奴隷としてではなく対等な人として接するつもりであった為、ラディの言葉に頷くことはせず、首を横に振る。

「ラディ、私は貴方のことを奴隷としてではなく、対等な人として接するつもりよ。貴方には私の偽の恋人になって欲しいの」
「え……? 今なんて?」
「貴方には私の偽の恋人になってほしいのって言ったわ」

 イレーネの言葉にラディは目を見開き驚いた後、動揺し始める。

「え、え、イレーネの恋人……!?」
「ええ、そうよ。私が婚約者と婚約するかしないかは貴方の演技力にかかっているわ。頼んだわよ、ラディ」
「え、ちょ、ちょっと待って……!? そんなの、俺には無理だよ……!!」

 こういう風に言われるであろうことはイレーネの想定の範囲内だった為、イレーネは満面の笑顔でラディに告げる。

「ラディ、私は貴方に恋人となってほしいと思ったの。例え偽の恋人関係であったとしても、私は貴方がいいと思ったのよ」
「イレーネ……」
「ラディ様、イレーネ様は一度決めたことは曲げない性格なので諦めた方がよろしいかと思いますよ」

 そう言ったランドルはいつの間にかラディの隣におり、ラディの耳打ちする。
 ランドルからの言葉にラディは心を決めたのか、隣を歩くイレーネを見て言葉にする。

「わかった、イレーネ。俺、やるよ。偽の恋人役」
「ありがとう、ラディ。じゃあ、これからよろしくね」
「ああ、よろしく」
 私がラディを買い、家に連れて来たその日の夜。私は両親にラディが私の恋人であることを伝える為、ラディと共に両親がいるであろうリビングへと訪れた。

「お父様、お母様、大切なお話があるの」
「イレーネ、ちょうど良い所に。私もお前に話さなければならないことがあったんだ」

 イレーネの父親であるアルフはそう言い、イレーネがいるリビングのドア付近に顔を向けると、そこには自分の娘であるイレーネと見知らぬ男が立っていて。

「だ……誰だ!? か、カルラ、見知らぬ男がいる!」
「あら、イレーネ、そのお方は!?」

 案の定、カルラとアルフはイレーネの隣に立っているラディを見て驚いた顔をしていた。

「お父様、驚かせてしまってごめんなさい。この方は私の恋人のラディよ。私、ラディと付き合っているの。だから、お見合いは出来ないわ」
「イレーネ、お前、いつの間に恋人が出来たんだ」

 アルフやカルラが驚くのも無理もない。なんせ、お見合いの話しを両親から持ちかけられた時は恋人などいないと答えていたのだから。
 それにお見合いの話しを両親からされてから、まだ3日しか経っていない。
 勿論、たったの3日間で恋人が出来たなどと、言えるはずもなかったイレーネはあたかも本当かのような声色で両親に話し始める。

「私、お父様とお母様からお見合いのお話しを持ちかけられた時、恋人がいることを伝える勇気がなくて、本当はいるのにいないと言ってしまいましたの」

 イレーネが目の前にいるカルラとアルフにそう伝えると、2人は優しい笑みを浮かべながら口を開く。

「そうだったのね。それならそうと言ってくれればよかったのに」
「そうか、じゃあ、仕方ないな。お見合いの方は丁重に説明してお断りしておくから安心しろ」
「ありがとう、お父様、お母様。あと、ラディは今日からこの家に住むことになったから」

 イレーネがラディがこの家に住む。という爆弾発言をしても、カルラとアルフは全く驚くこともなく、にこやかにラディに歓迎の気持ちを伝える。

「あらあら、そうなのね。 全然構わないわよ」
「ラディさん、これからイレーネのことをよろしく頼んだよ」

 あまりにもすんなりと受け入れる両親にイレーネは拍子抜けしながら、両親におやすみと告げてリビングを後にした。



 イレーネはラディと共に自室へ戻ってくるなり、ふかふかの白いベットに腰を掛けて話し始める。

「お父様もお母様もすんなりと受け入れるんだもの。いくら恋人と言えど、いきなり同じ家で暮らすなんてびっくりする物ではないのかしら?」
「まあ、そうだね。多分だけど、イレーネの親は早くイレーネに結婚してほしいって思っているから許容したんじゃないかな」

 ラディはそう言いながら、イレーネが腰を掛ける白いベットの前にある机と共に置かれている木製の椅子に腰を掛ける。

「まあ、そうね。それはあると思うわ」
「うん、俺、頑張るよ。イレーネの両親に疑われることがないように。イレーネの恋人を完璧に演じ切るから」
「ええ、頼んだわよ」
「うん」

 ラディとの偽りの恋人歓迎はまだ始まったばかり。果たして上手くいくのか、少しばかりの不安を感じながらイレーネは部屋の窓越しに見える夜の空を見つめた。
 翌日の午後。
 イレーネは側近のランドル、ラディと共にラディの洋服、靴、その他の生活に必要な物を買い揃える為、王都へと訪れていた。

「此処が王都ですか、凄い、色々なお店がありますね」
「ラディ様は王都に来るのは初めてなんですよね?」

 イレーネの左隣を歩くランドルがイレーネを挟んだ右隣にいるラディにそう問い掛ければラディはランドルを見て頷き返す。

「はい、初めてですよ」
「そうなんですね」
「じゃあ、今日はラディの生活必需品を買い揃えながらラディが気になったお店も見て周りましょうか?」

 イレーネの言葉にラディは弾んだ声で『いいの?』と問い掛けてくる。

「ええ、いいわよ~!」
「ありがとう」

 幼い頃両親に捨てられた後、奴隷商人に捕まり、闇市場に連れて行かれ、奴隷売買をする店で奴隷として売られたラディ。長い年月、店の牢屋で過ごしたラディにとって、外の世界で見る景色は何もかも新鮮であった。

「それにしても桜が綺麗ね」

 イレーネは両道にある満開の桜が咲いている桜の木を見上げてそう呟けば、イレーネの左隣を歩くランドルは頷いてから口を開く。

「そうですね、ラディ様、これは桜並木と言うんですよ」
「桜並木、綺麗だな」

 満開の桜が咲き誇る桜並木を見つめているラディを横目に見ながらイレーネは優しい声色で話し始める。

「この場所はフィアルゼ王国の春のおすすめ観光スポットとしても有名な場所なのよ」
「そうなんだ」
「ええ、だから、初春は他国からの観光客が結構訪れるのよ」

イレーネは行き交う人々の中にいるちらほらいる観光客らしき人達を見つめてから、ラディの方を見る。

「ラディ、これからは行きたい時に王都へ行けるわ。私は貴方の自由を奪うことはしないから」
「うん、ありがとう。イレーネ」

 ラディはイレーネにお礼の言葉を伝えてから、王都の景色をまた瞳に映したのであった。



 王都の店々を周り終え、ラディの生活必需品を買い揃えたイレーネ達は空が茜色に染まり始めた夕方頃、エルディア伯爵家の屋敷に帰って来た。

「ただいま、帰ったわよ」

 イレーネが家の中へと入るなり、目と鼻の先にあるリビングのドアが勢いよく開かれ、青い髪をしたランドルと同じくらいの高身長であろう男が帰ってきたばかりのイレーネの元へと駆け寄ってくる。

「イレーネ!! 元気にしてたか〜? 俺がいない間に恋人が出来たそうだな? 何処の誰だ? お兄ちゃんにも会わせろ!」

 相変わらずである兄《クリス》のシスコン振りにイレーネは少しばかり引きながらも口を開く。

「お兄様、お久しぶりですわね。恋人は私の隣にいる方よ」
「初めまして、イレーネと付き合っています。ラディと言います。よろしくお願いします」

 礼儀よく挨拶したラディのことをクリスはじーっと見つめてから、にこやかな笑みを浮かべて挨拶の言葉を述べる。

「初めまして、イレーネの兄のクリスです。こちらこそよろしく」

 クリスの礼儀正しい挨拶にイレーネは少しばかりの嫌な予感を感じ始めていた。
 そして、イレーネのその予感は見事に的中してしまう。

「イレーネには勿体無いくらいの美形だな。俺の恋人にしたいくらいだ!! どうだ? ラディ、イレーネではなく俺と付き合わないか?」

 クリスの言葉にラディは困惑しつつも首を横に振り丁重なお断りを告げる。

「すいません、俺はイレーネと付き合っているので、お兄様とは付き合えません」
「そうか、それは残念だなぁ」
「ちょっと、お兄様、ラディは私のなの!! 他の男にしてくださる?」

 ラディとイレーネの言葉にイレーネの目の前にいるクリスは何故かニヤニヤし始める。

「ほう、そうなんだな。大丈夫だ、安心しろ。イレーネ、お前の彼氏を取るつもりはないからな。冗談だよ」
「それならいいのだけど」

 兄妹の再会は感動的な物にはならず、いつも通りの賑やかな会話で終わり。イレーネとラディはその場を後にした。



 自室へと戻って来たイレーネは白いふかふかのベットに腰を下ろしてから、向かいの茶色の机と共に置かれている椅子に座るラディを見て話しかける。

「ねえ、ラディ、凄い気になってたことがあるのだけれど聞いてもいいかしら?」
「うん、いいよ、何?」
「ラディは誕生日いつなのかしら?」
「誕生日? 7月10日だよ」
「夏生まれなのね」
 
 イレーネはまだあまりラディのことを知らない。偽であっても恋人としてこれから知っていく必要があるだろうとイレーネは思っていた。
 ラディはイレーネの思いなど知るはずもなく
優しい笑みを浮かべて問いかけてくる。

「イレーネは誕生日いつなの?」
「私は5月20日よ」
「え、もうすぐじゃん!?」
「ええ、そうね」
「じゃあ、お祝いしなきゃね!」

 イレーネは優しく笑いそう言ったラディを見て微笑み返す。

「ありがとう、ラディ」
「うん!」
 翌日。
 ラディはイレーネの側近であるランドルに『イレーネの誕生日にプレゼントを渡したいから一緒に選びに行きませんか?』と誘い。
 ランドルはラディの誘いを受けて、ラディとランドルは王都へと訪れていた。

「ランドルさんはイレーネが何を上げたら喜ぶか知っているんですか?」
「イレーネ様が貰ったら喜ぶ物は知ってますが、今も変わらずそれを上げたら喜ぶのかは微妙な所ですね」
「なるほど、因みに何ですか?」
「クマのぬいぐるみです」
「え……?」
 
 あまりにも予想外な物すぎた為、ラディは思わず聞き返してしまった。
 ランドルはそんなラディを見て可笑しそうに笑う。

「はは、予想外な物すぎましたか?」
「はい、俺、洋服とか、髪飾りとかそっち系だと思ってました」
「あー、なるほど。思い返してみれば、今までイレーネ様の誕生日プレゼントはずっとぬいぐるみでした」

 今に至るまでのイレーネの誕生日の日に両親と兄から渡されていたプレゼントは全てクマのぬいぐるみであった。 
 毎回、誕生日のプレゼントがクマのぬいぐるみであった為、そんなにクマが好きなのかとランドルは思っていたのだ。 

「そうなんですね、じゃあ、クマのぬいぐるみは貰い飽きてるかもしれないか……」
「まあ、それはあるかもですね」
「んー、上げるなら使ってくれる物がいいしな」
「それなら髪飾りとかどうですか?」

 イレーネは髪が腰辺りまであるから、髪飾りは実用性があるだろうと判断したラディはランドルの提案に頷く。

「いいですね、そうしましょう」
「はい、では、お店に行きましょうか」
「ですね!」

 ラディとランドルは髪飾りやイヤリング、洋服などが売られている、イレーネ行きつけのブランド店へと向かい始めた。  
 そんなラディとランドルの姿を春の暖かな日の光が照らしていた。



「イレーネ、喜んでくれるといいんだけど……」

 イレーネへの誕生日プレゼントを選び終えたラディはランドルと共に帰り道を歩きながら自信なさげに呟く。ランドルはそんなラディの肩を優しくポンポンと叩いてから言葉にする。

「ラディ様、大丈夫ですよ。イレーネ様はきっと喜んで下さります」
「それなら良いんだけど」



「ただいま~」
「イレーネ様、おりますか?」

 家へと帰ってきたラディとランドルの声に気付いたイレーネはリビングから出て来て、玄関へとやって来る。

「ラディ、ランドル、おかえりなさい。王都に行くと言っていたけれど、何処かのお店に行っていたの?」
「まあ、そんな感じですね」
「そうなのね」 

 ランドルとイレーネの会話をランドルの真横で聞いていたラディは少し焦りながらもイレーネが深く詮索してこなかったことに安堵する。

「ラディ、もうそろそろしたら夕飯だから、部屋で一緒に食べましょう」
「うん、わかったよ」
「ええ、ランドル、貴方もゆっくり休みなさいね」
「はい、イレーネ様もゆっくり休んで下さい。では、俺はこれで失礼します」

 ランドルはイレーネにそう告げて会釈をしてから玄関のドアを上げて立ち去って行く。
 イレーネとラディはランドルの姿を見送ってから再び会話を再開する。

「ラディ、手を洗って部屋に来なさいね。待ってるから」
「うん、わかったよ」



 手洗いを済ませたラディがイレーネの部屋へと入るとイレーネは優しい笑みを浮かべてラディを見てから、イレーネが座る椅子の向かい側に置かれている椅子に座るようラディに促す。
 イレーネに座るよう促されたラディは椅子に腰を下ろしてからイレーネを見て口を開く。

「お待たせ、イレーネ」
「ええ、じゃあ、食べましょうか」
「うん、そうだね」

 今まで誰かと一緒に食事をすることがなかったラディにとって、イレーネと一緒に他愛のない会話をしながら、こうして食事をするこの時間はとても幸せに感じる瞬間であった。

「イレーネ、俺、イレーネに買われてよかったよ」
「ふふ、いきなりどうしたのよ」
「いや、何か言いたくなっちゃって」
「そうなのね、私もラディ、貴方と出会えてよかったと思っているわ」

 ラディは優しく笑いそう言ったイレーネの顔を見て気付いてしまった。
 イレーネのことを好きになりかけていると。

「うん、ありがとう。イレーネ」
「ええ、」
 自室のカーテンから差し込む穏やかな日の光でイレーネは重たい瞼を開けて、白いふかふかのベットから身体を起こした。

「今日は誕生日ね」

 イレーネは独り言のようにそう呟き、ネグリジェから緑色のワンピースに着替え始める。
その後、一通りの身支度を済ませたイレーネはリビングへと向かう為、自室を後にした。



 イレーネがリビングへと入るなり、両親のカルラとアルフ。兄のクリス。側近のランドル、侍女のエリザ。ラディに迎えられる。

「イレーネ、18歳のお誕生日おめでとう!」
「ありがとう、ラディ」
「うん、イレーネ、これ誕生日プレゼント。受け取ってくれる?」
「ええ、あれ、この紙袋って……」

 ラディから手渡された紙袋は先週、ラディがランドルと共に王都に行って帰ってきた時に手に持っていた紙袋と同じであった。
 紙袋が同じであることに気付いたイレーネを見てラディは柔らかい笑みを浮かべながら説明する。

「実はランドルと王都に行った日。ランドルと一緒にイレーネの誕生日プレゼントを選んでいたんだ」
「イレーネ様、中を開けてみてください」

 ラディとランドルにそう言われ、イレーネは頷き、紙袋の中に入っているそれほど大きくない四角い黒色の箱を取り出し、箱に付いた白いリボンを解いて箱を開ける。

「これは……!?」
「イレーネ様、良くこのお店の髪飾りを買っておられるので。ラディ様と二人で選びました」
「気に入ってくれたかな……?」
「綺麗な青色の蝶のバレッタ。これ、結構前から私が欲しかった物よ! 結構前にこのバレッタ目当てでお店に行った時、売り切れてしまっていて買えなかったのよ……」

 イレーネは青色の蝶のバレッタを大切そうに両手に持ちながら嬉しそうにラディとランドルを見る。

「ありがとう…… ! ラディ、ランドル。大切にするわ」
「喜んで貰えて何よりです」
「そうだね、よかった」

 そんなラディ、ランドル、イレーネの3人の会話が一区切りついた所で兄のクリスが口を開く。

「よし、じゃあ、朝食にしようか」
「そうね、エリザ、お皿の準備してお願い」
「はい、わかりました」

 イレーネの侍女エリザはカルラから頼みに頷き、お皿を出す為、食器棚へと足を運んで行った。
 イレーネは両親のカルラ、アルフ。兄のクリス。側近のランドルに侍女のエルザの姿を見つめてからぽつりと独り言のように呟く。

「ありがとう、皆んな」

 こうして、イレーネの18歳を迎えた1日が始まったのであった。
 
 ラディがイレーネの家へとやって来て、同じ家で暮らす様になってから5ヶ月が経ち、季節は春から夏に移り変わり、蒸し暑さを感じさせる日々が続いていた。

「あー、暑いわね……」
「そうだね、あ、イレーネ、明日の夏祭りどうするの?」
「夏祭り……? あー、そういえば明日は王都で行われるaqua carnival《アクアカーニバル》祭だったわね」

 aqua carnival《アクアカーニバル》祭は年に一度、フィアルゼ国の王都で8月14日に行われる祭りである。
 イレーネは毎年、側近のランドルと共に行っていたのだが、今年はラディがいる為、ランドルと3人で行くことになりそうだ。などと思いながらイレーネは自分と同じように向かいの椅子に座っているラディに目を向ける。

「ラディはaqua carnival《アクアカーニバル》祭に行きたい?」
「勿論、俺、行ったことないから行ってみたい!」
「じゃあ、行きましょうか。ランドルも一緒に来ることになるかもしれないけれど」
「うん、全然構わないよ! 楽しみだなぁ」

 嬉しそうに弾んだ声でそう返答してきたラディを見てイレーネは優しい笑みを溢しながら、『明日が楽しみね』と心の中で呟いた。



 翌日。
 イレーネとラディと共にaqua carnival《アクアカーニバル》祭に行くはずだったランドルは急遽予定が入ってしまいイレーネとラディの2人でaqua carnival《アクアカーニバル》祭が行われているフィアルゼ国の王都へとやって来た。

「うわ〜! 凄い人が沢山いるね!」
「そうね、他国からの観光客も結構いるわね」

 イレーネとラディはいつもよりも倍の人々で賑わう王都の街並みを見つめながら歩いていた。
 今日がお祭りの日であるせいか、他国からの観光客も沢山訪れていた。観光客をガイドする
女性の声が賑やかな人々の声に混ざってイレーネの耳にも届いていた。

「時間も沢山あるし、ゆっくり見て周りましょう」
「そうだね!」

 ラディとイレーネは賑やかな王都の街に溶け込みながら、人混みの中へと消えていった。



 イレーネとラディが王都の街並みを周っている途中、イレーネの侍女であるエリザを見掛けたイレーネはエリザの元へと駆け寄り声を掛ける。

「あら、エリザじゃない」
「イレーネ様、こんばんは。あら、ラディ様も」

 エリザはイレーネとラディを見てにこやかにそう言えば、エリザの隣にいた茶髪の青年はラディとイレーネを見てからエリザに問い掛ける。

「エリザ、この方々は?」
「私が侍女として働いているエルディア伯爵家のご令嬢のイレーネ様と、イレーネ様の恋人のラディ様よ」
「おお、この方達がよく話しに聞く。いつもエリザがお世話ななってます。俺はエリザの婚約者のディリックといいます」

 爽やかな笑顔でそう挨拶した青年の言葉にイレーネは驚きの声を上げてしまう。

「エリザ、貴方、婚約者いたのね!?」
「はい、あら、言ってませんでしたっけ?」
「言ってないと思うわよ」
「そうでしたか。まあ、そういうことなので。イレーネ様もラディ様、私達はこれで失礼致します」

 エリザはラディとイレーネを見て優しく微笑み、軽く会釈をしてから婚約者のディリックと共に立ち去って行く。
 イレーネとラディはそんな2人の姿を見送ってから再び歩き始めた。

「驚いたわ、まさかエリザに婚約者がいたなんて……」
「婚約者の方、優しいそうでしたね」
「ええ、そうね。爽やか好青年って感じだったわ」



 空が茜色に染まり始めた夕方頃。
 イレーネとラディは賑わう王都の街を後にして家へと帰って来た。

「ただいま帰りました。お母様、お父様」

 イレーネはラディと共にリビングに入るなり、夕食の最中の父《アルフ》と母《カルラ》に声を掛けるとアルフとカルラはイレーネとラディを見て口を開く。

「おかえりなさい、イレーネ、ラディ」
「aqua carnival《アクアカーニバル》祭に行っていたそうだな。どうだった?」
「ええ、今年も凄い賑わいだったわ。楽しかったわよね、ラディ」
「うん、初めて行ったけど、凄かったし、楽しかったよ!」

 初めてお祭りという行事に行ったラディは終始とてもはしゃいでいた。
 そんなラディのことを側で見ていたイレーネは自分より年上であり、普段はしっかりしているラディの子供のような無邪気な一面を知れてとても満足していた。

「そうか、それならよかった」
「ほら、2人とも、手を洗ってきなさい! 2人の分の夕飯用意しておくから」
「ありがとう、お母様」
「カルラさん、ありがとうございます」

 ラディとイレーネの2人はカルラにそう言ってから手を洗う為、リビングを後にしたのであった。