この世界で君と恋の続きを始める

やっぱり、小野寺啓哉という人物は夢の中で私が作り出したイマジナリー的存在だったんだ。

もう二度と会うことができない…。


「そろそろお母さん戻ってくるだろうし、私はもう行くね。また学校で」

「あ、うん…!来てくれてありがとう」


泣きそうになるのを必死に堪えながら、なんでもないように凛々ちゃんに手を振り返す。


初めからわかっていたことだけど、小野寺くんがいないこの世界で生きていくなんて苦しい。

忘れていなかっただけまだマシだけど、たとえ夢の中だったとしても私の支えだった存在であることに代わりはない。

小野寺くんはどうして無理矢理幸せだった私の夢を壊してしまったんだろう…?

この世界で昏睡状態の娘に目を覚ましてほしいと願っていた私のお母さんとお父さんのため?

まだ一回も行けていない学校で待ってくれている優しいクラスメイトたちのため?


理由はなんにしても、小野寺くんは誰よりも優しいから、甘い夢の中に堕ちて二度と戻ってこれなくなりそうだった私をきっと苦しみながらも助けてくれたんだ。

幸せなことにも私を待ってくれていた人たちがこの世界にはたくさんいたから。

君だけがいないこの世界に…。


「そんなの意味がないじゃん…っ」
無邪気に笑う顔、なんでも真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれるところ、私を引っ張って連れ出してくれる強くて逞しい性格、私を見つめる優しい眼差し。

こんなにも愛おしい気持ちを知ってしまって、私はこれからどう生きていけばいいの…?

小野寺くんという存在を失った私にとってこの世界は残酷だ。


「…あ、目が覚めたっていうの本当だったんだ」


懐かしい大好きな声に、ハッと顔を上げる。


「…泣いてるの?」


涙で歪む視界の中、確かに君が…小野寺くんが私の目の前に立っていた。


「…小野寺くん?」

「え?俺の名前知ってるの?…もしかして、話しかけてたの聞こえてた?」


どうして。どうして小野寺くんがこの世界にいるの?


「最近この病院に病気の母さんが移ってきて、よくお見舞いに来ていたから俺と同い年くらいの女の子が入院してるって聞いたんだ。誰でも面会はしていいことになっていたから、母さんの見舞いついでに君に会いに来てた。一方的にずっと話しかけていたんだけど、届いてたのかもな。ずっと直接話したいと思ってたんだ」


そっと涙を拭ってくれた小野寺くんが、優しく笑った。
小野寺くんはちゃんとこの世界にいたんだ…。

私のそばにいてくれたんだ…。

この世界で私が起きるのを待ってくれていたのは、小野寺くんだったんだね。


「…あのね、小野寺くんに聞いてほしい話があるの」


私が見た長い夢を君に話そう。

この世界の小野寺くんと、もう一度本当の恋を始めるために…。
母さんの見舞いで病院に訪れていたある日のことだった。


「…え?俺と同い年の子も入院してるんですか?」

「ええそうなのよ。この前大きな手術が成功したんだけどねずっと起きなくて、ご家族も大変心配されてるのよ」


母さんの熱を測りに来てくれたフレンドリーな看護師の人が、世間話のつもりでそんなことを教えてくれた。


そりゃ病院なんだから老若男女たくさんの人がそれぞれの事情で入院していることはわかるけど、それでもいざ本当に同い年の子がいるという話を聞くと胸が痛くなる。

俺は風邪も滅多に引かないような頑丈な体に生まれたため健康に暮らしてきたけど、俺が呑気に友達と遊んでいる間その子はどんな苦しい思いを抱えて生きていたのだろう。

同情も少しはあったけど、それよりもどんな子なのか会ってみたいという好奇心の方が強かった。


「お見舞いに行くことってできるんですか?」

「え?そうね、眠っているだけだから面会は誰でもできると思うけど…」


看護師の人に教えてもらった病室に行くと、ドアの横には“桂木莉奈”と書かれたプレートが貼られていた。

なぜか緊張してきて、ふぅと小さく深呼吸してから扉をノックする。

中から返事が聞こえてくることはなく、しばらく迷ってからそっと扉をスライドさせて開ける。


「…っ」
思わず息を呑むほど、ベッドに横たわる女の子は綺麗な寝顔をしてスヤスヤと眠っていた。

換気のためか少し開けられている窓から入り込んだ風が、女の子の髪の毛をさらって踊っている。

その窓から入ってきたのであろう桜の花びらが枕元に散っていて、この空間だけどこか別のようなそんな儚げな雰囲気を纏っていた。


恐る恐るベッド脇まで近づいていき、そっと女の子の顔を覗き込む。

あまりにも穏やかで綺麗な寝顔は、まるで童話に出てくる眠り姫のようだと感じた。


「初めまして。俺は君と同い年の小野寺啓哉です」


その日から、桂木さんの病室に通うようになり、一方的に話しかけるようになった。


「新しい高校が決まったんだ。母さんの容態も落ち着いてきて、本格的に東京で住むことになったから。君はどこの高校なの?同じだといいな…」


今日も綺麗な寝顔の眠り姫は、俺の声かけに反応することなく穏やかに眠っていた。

早く君と直接話したい。

俺はきっと初めて君の寝顔を見た時から、恋に落ちていたんだ。

君はどんな声をしているのかな。どんな風に笑うのかな。

どのくらい時間がかかったとしても、俺は君が起きるその時までずっと待ち続けるよ。


「担当医はどこ!?桂木さんが目を覚ましたって…!」
いつも通り母さんの見舞いを終わらせて、桂木さんの病室に向かっていると忙しない看護師たちとすれ違った。

…今、桂木さんが目を覚ましたって言わなかった?


病院は走ってはいけないとわかっていながら、小走りで桂木さんの病室に急ぐ。


「…泣いてるの?」


勢いよく顔を上げた桂木さんと目が合う。

ずっと閉じられていた瞳が真っ直ぐ俺を見つめている。


「…小野寺くん?」


少し控えめな透き通った綺麗な声だった。

ずっと聞きたかった声で俺の名前を呼ばれるのはなんだかくすぐったくて、でも嬉しかった。


「…あのね、小野寺くんに聞いてほしい話があるの」


俺も君と話したいことがたくさんあるんだよ。

この世界の君は、そんな風に笑うんだね。

どこか懐かしくて、泣いてしまいそうになるほど美しい。

世界で一番綺麗な眠り姫に恋をしてしまった俺の話も、いつか君に聞かせるよ。

この世界で君と過ごす時間はまだまだ続いていくから…。

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