今日予定していた王都近隣の森の浄化作業が中止になったので、一日フリーになりました。
とはいえドラちゃんが完調じゃないので、気にして過ごすことにします。
「ハグハグハグ」
「おー、たべてる!」
今日もドラちゃんは食欲旺盛で、お皿の上に置かれたお肉を美味しそうに食べています。
この分なら、直ぐに力を取り戻せそうですね。
「ほら、セードルフもドラちゃんに負けないように食べないとね」
「はーい」
セードルフちゃんも、イザベルさんに指摘されて一生懸命にご飯を食べています。
因みに、スラちゃんとリーフちゃんは一足先に食事を終えています。
そんな食事風景を見て、ナンシーさんが気になった事を話しました。
「ナオ君、ドラちゃんの従魔登録だけどもう少し待ってだって。例の馬鹿の件が落ち着いてから、冒険者ギルドに連れて行った方が良いそうよ」
「確かに、ドラちゃんはスラちゃんが保護した状態ですもんね」
「そういう事よ。判決はそう時間かからずに出ると思うから、直ぐに一緒に冒険に行けるわ」
ハイラーン伯爵家が起こしたのは、王太后のシャーロットさんの殺人未遂です。
王国でも過去に例がない大罪で、既に関係者はあっさりと自供したそうです。
詳しい自供した内容は、後日教えて貰うことになっています。
そして、ナンシーさんは別の事も教えてくれました。
「それから、シャーロット様を治療した報酬が確定したから冒険者ギルドに取りに来てって聞いたわ。ハイラーン伯爵が関与した分については、後日報奨金として渡すことになったそうよ」
「えっ、報酬じゃなくて報奨金ですか?」
「そうよ。既に勲章を貰うことは確定しているから、その場で渡すんだって」
な、何だかどんどんと話が大きくなってきて、ちょっと不安になってきちゃった。
ただ、レガリアさんもイザベルさんも何も問題ないって言っているから大丈夫ですね。
ということで、僕はナンシーさんと一緒に冒険者ギルドに行くことになりました。
「行ってくるね」
「いってらっしゃーい!」
「キュー!」
冒険者ギルドに向かう僕たちを、セードルフちゃんとリーフちゃん、そしてドラちゃんと背中に乗っているスラちゃんが見送っています。
実は最初はスラちゃんも僕と一緒に行こうとしたんだけど、ドラちゃんが不安そうにキューキューと鳴いたのでスラちゃんは屋敷に残る事になりました。
ドラちゃんも、まだ心が不安定なんだね。
スラちゃんは、当面ドラちゃんに付きっきりで面倒をみるそうです。
「ドラちゃんもあいつに随分と酷い扱いを受けていたから、当分は気をつけて見てあげないと。それにしても、ムーランドは本当に最低な男ね」
馬車の中でも、ナンシーさんはぷりぷりとしていました。
ムーランドはエミリーさんにもしつこく言いよっていたし、更にシャーロットさんの件もあるので僕もぷんぷんです。
でも、もうムーランドは捕まってるし、後は偉い人にお任せですね。
そして、冒険者ギルドに着くとギルドマスターが僕達に会いたいって事で個室に呼ばれました。
「今まで忙しくて中々会えなかったが、改めてナオに謝罪しないとならない。三人の対応が後手にまわって済まなかった」
個室に入ると既にギルドマスターが待っていて、僕に頭を下げてきました。
いきなりのことで僕はわたわたしちゃったけど、何とかギルドマスターに頭を上げて貰いました。
「冒険者ギルドも中々お固い組織になってな、今回の件を受けて初動をもっと迅速にできるようにと組織と制度改正をしている」
「上に立つ人って、本当に大変なんですね」
「まあ、これが仕事だからな。因みに、あの三人は永久追放だ。たとえ刑期を終えたとしても、冒険者ギルドに関することは一切関わることができない」
ギルドマスターは淡々と僕に話したけど、今回の事件を受けて色々と大変なことがあったんだ。
王家主催の炊き出しでの事件だから、多方面に影響が出ていますね。
コンコン。
「失礼します。報酬のご用意ができました」
ここで、受付のお姉さんが僕の報酬を持ってきたけど、かなり重そうな革袋の気がしているよ。
わお、テーブルに置かれたらドサッって音がしたよ。
しかも、スラちゃんの分と二つに分かれているのにだよ。
ギルドマスターが良いよって言ったので恐る恐る革袋の中を覗いたら、見たことのない量のお金が入っていた。
「えっと、この金額は合っていますか?」
「間違いないだろう。宮廷医でも治せなかった王太后殿下を完治させたんだ、このくらいは当たり前だな」
「私も妥当だと思うよ。陛下のお小遣いからだと思うけど、自分の母親の治療をしたのだから相当の金額は出すわ。要は、王太后殿下と平民では同じ治療をしても報酬は違うのよ」
あっさりと二人に肯定されちゃったので、僕は何も言い返せません。
とりあえず受け取りのサインをしたけど、これだけの金額は僕には大きすぎるよ。
あっ、そうだ。
この方法は駄目かな?
「ギルドマスター、その、実家に仕送りすることは可能ですか?」
「送金金額の上限は決まっているが、仕送りは可能だ。ナオの両親は冒険者だし、手続きも通常より簡単だ」
送金先の情報が直ぐに分かるから、手続きをしてくれました。
うーん、お父さんに送るよりもお母さんに送った方が確実かも。
あと、実家に手紙は送れるかな?
すると、ギルドマスターが止めたほうがいいと言ってきた。
「あの三人の件がある。ナオからじゃなくて、俺から手紙を出そう。取り急ぎ、元気でやっていると伝えよう」
「あっ、そっか。実家の情報も聞くって、ヘンリーさんが言っていました」
「その件は俺も聞いているし、何よりも大逆罪案件だ。普通は、実家の情報も集める」
ここは、ギルドマスターに色々とお願いする事になりました。
そして、送金は分けたほうが良いと言ったので、お父さんに四割でお母さんに六割送ります。
毎月送る事になったので、当分の仕送り代金を冒険者ギルドに預けました。
「しかし、八歳なのに実家に仕送りとは。ナオもやるなあ」
「ナオ君はとても優しいし、実家の事を常に気にしていたもんね。良いことだと思うわ」
何故か二人に滅茶苦茶褒められたけど、お金の件は無事に解決しました。
これからもお金が貯まるかと思うけど、貯金して無駄遣いしないようにしないと。
もちろん、スラちゃんの分は屋敷に戻って渡してあげました。
スラちゃんも沢山のお金が手元に集まったので、どうしようかと悩んでいました。
当分は、アイテムボックスに貯めておくしかないですね。
数日はハイラーン伯爵への捜査が忙しくて、ヘンリーさんたちは王城に缶詰でした。
その代わりにドラちゃんの体調は良くなり、リハビリ代わりのセードルフちゃんとの追いかけっこも元気よく行っています。
そのおかげで、ドラちゃんの精神面もかなり良くなりました。
相変わらず、スラちゃんと一緒だけどね。
そして、ドラちゃんは正式にハイラーン伯爵から軍が押収して、スラちゃんが保護したことになりました。
なので、僕たちはナンシーさんとエミリーさんと一緒に、ドラちゃんを連れて薬草採取に向かいました。
「はあ、久々にストレス発散できる……捜査の間、ちょうど良いとずっと勉強を入れられていたんだよね……」
「あはは……」
馬車内で、エミリーさんが僕に抱きつきながら愚痴をこぼしていました。
僕も、勉強ばっかりだったらとっても疲れちゃうよ。
ナンシーさんも仕方ないって表情で僕のことを見ているけど、エミリーさんを引き離してはくれませんでした。
そして、いつもの王都郊外の薬草採取ポイントに到着です。
ガチャ。
「キュー」
馬車のドアが開くと、ドラちゃんが勢いよく空に飛び出しました。
木々の間を飛んだり空をアクロバティックな飛び方をしたりと、とても楽しそうにしていますね。
スラちゃんがドラちゃんに木にぶつからないようにと注意しているけど、気持ちよさそうにしているから暫くはそのままにしてあげます。
その間に、僕たちは交代で監視をしつつ薬草採取を始めました。
ごそごそ、ごそごそ。
「やっぱりスラちゃんとシアちゃんがいると、凄い量が集まるわね」
「毒消し草もこんなに沢山集まるなんて、本当に凄いわ」
僕が近衛騎士と一緒に周囲を警戒していると、森の方から楽しそうな声が聞こえてきました。
僕も、さっきスラちゃんと一緒に薬草を集めていたら沢山採れたんだよね。
やっぱりスライムの能力は凄いです。
シュッ。
「キュ」
ガッ。
「おお、ドラちゃん凄いよ!」
「キュー!」
ドラちゃんは木の枝から飛び降りて、見事にうさぎを捕まえていました。
得意げにひと鳴きしているドラちゃんは、何だか誇らしげですね。
こうして、午前中いっぱいで薬草を集め終え、僕たちは冒険者ギルドに戻りました。
買い取りブースのおじさんがギルドマスターが呼んでいると言ったので、僕たちは個室に向かうことに。
すると、ギルドマスターがとんでもない事を伝えてきました。
「信頼できる冒険者から聞いた話だが、どうもスラム街の一角で違和感を感じたという。魔力が高い奴だから、もしかしてと思ってな」
ギルドマスターは勇者パーティが謎の黒い霧を追いかけているのを知っていて、これは怪しいと思ったのだろう。
地図を出して、王都のどのあたりかを確認しました。
「王都南側にあるスラム街だ。確か、この教会の周辺って言っていたぞ」
「何だか、如何にもって感じの怪しい場所ね」
「シンシアお義姉様に頼んで、怪しまれずにこの教会で活動できるように頼みましょう」
エミリーさんの提案に、ギルドマスターとナンシーさんも頷きました。
急ぎの案件なので、屋敷に帰る前に王城に向かうことになりました。
「急ぎ、お父様に連絡を取りましょう。明日は駄目だけど、明後日なら動けるわ」
王城に行くと、ちょうど昼食のタイミングだったヘンリーさんとシンシアさんと落ち合いました。
直ぐにシンシアさんが動いてくれたけど、明日二人が動けない理由はヘンリーさんが教えてくれました。
「ハイラーン伯爵の裁判が、明日行われる事になった。動機の解明、供述内容、物的証拠、全てが整った。大逆罪だからエミリーも裁判に参加するのと、捜査に携わったということでナンシーとナオ君にも王城に来てほしい」
「もちろん王城に行きますけど、何だか随分と裁判を行うのが早いですね」
「言い逃れのできない証拠も押さえてるし、私への殺人未遂もある。無駄に裁判の日にちを延ばしても、何も意味はない」
どうも全員が吹っ切れてベラベラと喋ったらしく、裏付けも行われたという。
なぜ証拠を破棄しなかったのか全くもって意味不明だけど、屋敷の中で捕まえた執事や関係者の証言や証拠も整っていました。
詳しいことは明日教えて貰える事になり、明後日の対応もその時に伝えるそうです。
エミリーさんとはここで別れ、僕とナンシーさんはオラクル公爵家に帰りました。
「今回は王太后殿下殺人未遂という重罪だから、午後に緊急で謁見が行われるそうよ。主人はもちろん参加するし、ナオ君もキチンとした服を着ていった方が良いわね」
屋敷に着くと、昼食を食べながらレガリアさんが明日の事の補足をしてくれました。
全ての貴族家に召集がかかったらしく、地方の領地を持っている貴族は王都屋敷の執事などが代理で出るそうです。
それだけシャーロットさん毒殺未遂事件は、大きなインパクトがあるんですね。
「元々ヘンリーさんにも王城に来るようにと呼ばれていますけど、沢山の貴族が来るとなるとキチンとした服を着ないと駄目ですよね」
「ふふ、そうね。そうとらえてくれて構わないわ。他にも色々とあるけどね」
おや?
レガリアさんが、何だか含み笑いをしていたよ。
イザベルさんとナンシーさんも何かに気がついたみたいで、僕を見て苦笑していました。
うーん、いったい何だろうか。
「ドラちゃん、おいしい?」
「ガブガブ、キュー!」
うん、良く分からないので美味しそうに昼食を食べているちびっ子たちと一緒にいよう。
因みに、スラちゃんはレガリアさんの含み笑いの意味に気がついたみたいです。
でも、僕には教えてくれませんでした。
翌朝、僕は朝食後にキチンとした服に着替えてランディさんとナンシーさんと共に王城に向かいます。
ランディさんも裁判に参加する予定だけど、そこまで緊張していません。
「判決は決まっているものだ。弁護役の貴族もいるが、ほぼ弁護するだけの材料はないだろう。それに、大逆罪は通常の裁判とは別の仕組みで行われる。それだけ、統治者とその一家への犯罪は重いのだよ」
馬車内でランディさんが真剣な表情で話をしたけど、ハイラーン伯爵一家には厳しい判決が下される可能性が高いですね。
大逆罪ってことは、ってとあることに気付きました。
「ランディさん、僕の元パーティメンバーも大逆罪が適用されていますよね。ということは、三人も特別な裁判を受けるんですか?」
「三人とも、特別な裁判を受けることになる。ただ、今回みたいに大勢の貴族を集めて報告することはないだろう。それに、家族の情報も集めているが、判決には大した影響はでないだろう」
いずれにせよ、三人の裁判が行われるのはもう少し先だそうです。
そして、僕たちの乗った馬車はあっという間に王城に到着しました。
ランディさんとは玄関で別れ、僕たちは王族のスペースに向かいました。
案内されたのは、シャーロットさんの部屋でした。
「シャーロットさん、アーサーちゃん、エドガーちゃん、おはようございます」
「皆さんおはようございます」
「おはよう、ナオくん、ナンシー」
「おはよー!」
「あー!」
シャーロットさんだけでなく、アーサーちゃんとエドガーちゃんもお世話係の侍従と一緒に部屋にいました。
マリアさんは裁判に参加するからなのだろうけど、シャーロットさんは何で裁判に参加しないのだろうか?
その理由は、シャーロットさん自身が教えてくれました。
「被告が、私の姿を見て興奮しないようにとの配慮なのよ。私自身、彼らの姿を見たくないのものあるの」
「自分を殺そうとした人たちと再び会うのは、うーん、僕も嫌です」
「ナオ君もあの三人に襲われたのよね。ナオ君も、三人の裁判に参加することはないわ」
僕が三人の裁判に参加する場面を想像すると、何となくシャーロットさんの気持ちが分かりました。
ついでということで、ひ孫の面倒を見ることになったんですね。
「キュー!」
「待てー」
「あー」
当のひ孫二人は、スラちゃんとドラちゃんと一緒に部屋の中で追いかけっこを始めていました。
元気にはしゃぐみんなのことを、シャーロットさんはにこやかに見つめていました。
ナンシーさんはシャーロットさんと一緒に二人の面倒を見ることになっているみたいだけど、いつの間にかスラちゃんが二人の面倒を見ていますね。
追いかけっこの後は、絵本を読んだりアーサーちゃんは文字を書く勉強をします。
ドラちゃんも、みんなと一緒になって絵本を読んでいますね。
三時間ほど経ったところで、シャーロットさんの部屋にヘンリーさんとマリアさんが入ってきました。
「あっ、おかーさまだ!」
「あー!」
二人は元気よく駆け出して、笑顔でマリアさんに抱きつきました。
マリアさんも、そんな二人の頭を優しく撫でています。
「二人とも、ちゃんとお留守番できたかな?」
「うん!」
「あー!」
二人ともキチンとお勉強もしたし、僕から見ても問題ないと思いました。
というか、結局スラちゃんがずっと二人の面倒を見ていたんだよね。
因みに、遊び疲れたドラちゃんはシャーロットさんのベッドでスヤスヤと眠っていました。
「じゃあ、スラちゃんにお礼を言って部屋に戻りましょうね」
「スラちゃん、ありがとう!」
「あう!」
二人の可愛らしいお辞儀に、スラちゃんも触手をフリフリしてこたえていました。
そしてマリアさんが二人を連れて部屋を出たところで、本題に入ります。
ヘンリーさんが、裁判結果を伝えました。
「あまり長く話してもしょうがないので、簡潔に話します。ハイラーン伯爵夫妻並びにムーランドは死刑、ハンカチにクリームを塗っていた使用人は無期の強制労働刑だ。後はそれぞれの罪に応じて判決が下される。そして、ハイラーン伯爵家は爵位剥奪の上でお家取り潰しだ」
厳しい刑罰は予想されていたけど、やっぱり死刑になったと実際に聞くと僕も緊張しちゃいます。
因みにハンカチにクリームを塗るようにと指示をしていた侍従はムーランドから金品を貰っていて、そのうち愛人にすると言われていたそうです。
クリームに毒が入っているとは全く知らなかったそうですが、ムーランドにそそのかされて間違った方法を他の侍従に指導したのも大きな罪の一つです。
「犯行理由ですが、やはり王家から王女を迎えて権力を得ようとしたからです。しかし、エミリーを手にするのにお祖母様が反対して邪魔だったと言っていました。更にムーランドは、気の強いエミリーを屈服させて意のままに操ろうとも考えていたそうです」
「ドラちゃんを檻の中に入れていたのも、あの馬鹿が強いものを屈服させようとする性格が現れているのね。権力欲というのは、本当に怖いわね」
「ムーランド自身は大した能力もないのにと、付け加えておこう」
貴族として発展する為なら何をしても良いという、誤った考え方がハイラーン伯爵の根底にありました。
ヘンリーさん曰く、そういう貴族にとって権力というのは何よりもの美酒だそうです。
ハイラーン伯爵家は、その美酒に溺れてしまったのですね。
昼食は、前にも行ったことのある大食堂に向かいます。
残念ながら、マリアさん、アーサーちゃん、エドガーちゃん、それにスラちゃんとドラちゃんは、シャーロットさんとナンシーさんと一緒に王族用の食堂で食事をします。
でも、大食堂に着いて僕も王族用の食堂の方が良かったと後悔しました。
というのも、前回と違って沢山の貴族と官僚が食事をしていたからです。
ヘンリーさんと共に食堂に入ったら、「誰だこの子どもは?」って視線を浴びちゃいました。
そんな中、ランディさんと何とか落ち合いました。
「ナオ君、どうした? 何だか緊張しているぞ」
「その、沢山の視線が僕に集まっていて……」
「そういうことか。前回は人も少なかったからな」
ランディさんも僕の態度に納得して貰ったけど、お腹は空いちゃいました。
早速昼食を注文して、ヘンリーさんと話し始めます。
「ナオ君、明日は今日の裁判の事後処理があるから同行はできないけど、融通はきくと思うよ。何かあったら、遠慮なく連絡してくれ」
「何もないのが一番ですけどね」
「私もそう思う。しかし、ギルドマスターの勘はとても良いから、何かあるのは間違いないだろう」
ヘンリーが、定食を食べながらあまり良くない予想を口にした。
実は、僕も何かあるのではと思っていた。
そもそも、スラム街の中に怪しいところがあるってだけで緊張しちゃうんだよね。
「私もスラム街を何回か視察をしたけど、不審者もいるから十分に気をつけることだ。ナオ君の魔法なら大丈夫かもしれないが、容姿が良いから誘拐される可能性もある」
あの、ランディさんも不安をあおるような発言は止めて貰えると助かります。
部下の人も、うんうんと頷かないでくださいよ。
昼食は終わったけど、確かこの後は謁見だったよね。
僕は関係ないから、シャーロットさんのところに戻ろうとした時でした。
「では、ナオ君を頼みます」
「殿下、お任せ下さい」
あれ?
ヘンリーさんが席を立って、どこかに行っちゃったよ。
思わず横に座るランディさんの方を向いたら、ニコリとするだけでした。
あの、僕はこれからどうなっちゃうのでしょうか。
「ナオ君は何も心配する必要はないよ。私と一緒に、あるところに行って貰うだけだよ」
「ランディさん、そのあるところって何処ですか?」
「それは、着いてからのお楽しみだ」
もう不安でしかなくなっちゃいました。
でもランディさんの後をついていくしかないので、僕は部下の人と共に席を立ちました。
ぞろぞろぞろ。
「あの、ランディさん。大食堂にいた他の貴族の人も、僕たちと一緒に来ているのですけど」
「目的地が同じだからね」
この時点で、僕はやられたと思いました。
午後いちにあるのは、陛下の謁見です。
というのは、僕たちは謁見の間に向かっていることになります。
「もしかして、僕も何かあるんですか?」
「正解だ。前に言っていた勲章を貰うだけだから、特に気にしなくて良いよ」
いやいやいや。
大勢の人の前で勲章を貰うなんて、ドキドキものじゃないですか。
というか、既にドキドキが止まらなくなっちゃったよ。
そのまま人の波に乗ったまま歩いていき、遂に豪華な扉のある部屋の前まで来てしまった。
「うわあ、凄い彫刻があるよ」
「威厳を保つ必要があるからな。では、中に入ろう」
ギギギギと重そうな音を鳴らしながら扉が開き、僕とランディさんは謁見の間に入りました。
中は想像以上に広いスペースが取られていて、真ん中に赤い絨毯が敷かれていた。
二段高くなったところに豪華な椅子が置かれていたけど、あれが玉座っていうものだね。
周囲を近衛騎士が警備していて、中には何回か一緒になった人もいます。
そして、マリアさんやシンシアさんのお父さんも近くに来ていて、ニコリとしていました。
対して、絨毯を挟んで反対側には少し太っていて、何とランディさんよりも豪華な服を着ている数人が僕の事を睨みつけていました。
えっ、えっ、僕何かしたのかな?
でも、さりげなくランディさんが小声でフォローしてくれた。
「ナオ君、睨んでいる連中は気にしなくて良いよ。ハイラーン伯爵と近い貴族で、ナオ君のせいでハイラーン伯爵家が潰れたと思っているんだよ」
「それって、思いっきり逆恨みじゃないですか」
「本人としては、大真面目だよ。まあハイラーン伯爵の捜査をしていたら、彼らにも別の犯罪の疑いが見つかったから、ナオ君は彼らとはもう会わないと思うけどね」
ランディさん、さりげなく怖いことを言わないで下さい。
そんな話を聞くと、僕を睨んでいる人たちが可哀想に思えちゃいますよ。
でも、それも自業自得だから仕方ないですね。
「静粛に、陛下がご入場されます」
急に謁見の間に近衛騎士の声が響き渡り、周りにいる人が一斉に臣下の礼を取り始めました。
僕もランディさんの真似をして、何とか形を整えます。
すると、袖口から王族と共に陛下が入場してきました。
シャーロットさんも、車椅子に乗って入ってきました。
シャーロットさんの姿を見て一瞬ざわめきが起きたけど、直ぐに静まり返りました。
陛下も、いつもの親しみやすさと違って威厳たっぷりです。
「皆のもの、面をあげよ」
陛下の声で、全員が顔を上げました。
陛下の表情はとても険しく、まるでこの場にいる全員を睨んでいるようにも感じました。
それほどの気迫を感じます。
「今日は残念な知らせをしなくてはならない。ハイラーン伯爵を、反逆罪ではなく国家反逆罪で裁かなければならなかったのだから」
陛下の言葉に、大きなどよめきが起きました。
僕も午前中聞いた話では、反逆罪って聞いていたからです。
でも、ちらりと見たランディさんは、僕に向かって頷いていました。
「直接の容疑は、余の母上であるシャーロット王太后の殺人未遂だ。これだけでも、反逆罪に値する罪状だ。逃れない証拠も掴んでいる」
ここまでは、僕も聞いた話だった。
そして、陛下は一度僕を睨みつけてきた貴族を一瞥してから話を続けた。
気のせいか、僕を睨みつけてきた貴族は顔が真っ青でダラダラと汗をかいていた。
「屋敷の捜索をした結果、犯罪組織と手を組んで複数の王族を殺害しようと計画していた事が判明した。例として、炊き出しの際に襲撃をかける、ヘンリーを中心としたパーティを王都郊外で襲う、更には毒物を手にして余を殺害するなどだ。エミリーに嫡男を婿入りさせ、次代の王の親戚となる壮大な計画だ」
この話は、僕も初めてだった。
しかも、とんでもない話なので再び大きくざわめき出した。
普通にあってはならない話だし、考えることがおかしすぎます。
でも、襲撃方法があまりにも具体的だよね。
「ヘンリーを中心とした軍が、分析した情報を元に犯罪組織を壊滅させた。そして、さらなる情報を手にした」
ここで、陛下が右手をさっと高々とあげました。
すると、近衛騎士が一斉に動き出し、僕を睨みつけていた貴族を縄で拘束しました。
拘束された貴族は、既に観念している表情です。
「奸臣の途方もない計画だが、準備段階にあったのは間違いない。きっかけは、ヘンリーのパーティに新たに加入した優秀な魔法使いが母上を治療したことによる」
一瞬陛下が視線を僕に合わせて、直ぐに捕まえた貴族を睨みつけていた。
まさに凍るような冷たい視線とはこのことでしょう。
そして、捕まった貴族が近衛騎士によって連行される際、僕の事を睨みつけた。
「このちびが! 余計な事をしやがって!」
「完治させやがって! 老いぼれは、そのまま死ねば良かったんだ!」
「お前を、さっさと殺せば良かったんだ!」
僕への罵倒、そしてシャーロットさんへの罵倒を聞いた瞬間、僕は我慢できなくなりました。
絨毯のところまで歩いていき、僕は叫びました。
「僕は、目の前で苦しんでいる人を治療しただけです。シャーロットさんはとても優しくて、素晴らしい人です。欲に駆られて、人の痛みも分からなくなったあなたたちに言われたくないです!」
「「「なっ……」」」
三人は、僕が言い返すとは思ってなかったみたいで、驚愕の表情に変わりました。
しかし、それも僅かで、あっという間に近衛騎士に連行されました。
僕は、陛下に頭を下げました。
「陛下、勝手なことをして申し訳ありません」
「ナオ、何を謝っている。そなたは、私の思いを代弁しただけだ。まさに、奴らは欲にかられ飲み込まれ、そして人ではなくなってしまったのだ」
僕は陛下に一礼して、ランディさんの隣に戻りました。
ランディさんが小声で涙を拭いたほうが良いと言って、初めて涙を零していたのに気が付きました。
僕は、慌ててハンカチで涙を拭きました。
陛下は目をつぶり、そして何か考える素振りをしてからもう一度話し始めました。
「余も含め、王族貴族もただの人だ。人は欲を持っている。それは、余とて同じだ。その欲をコントロールしてこそ、人である。欲をコントロールできなくなり、欲望のままに動けば人でなくなる。まさに、今回の事件はそうであった。権力欲に溺れた愚か者による犯行だ。皆も、自分は大丈夫だと思わず、常に自問自答を繰り返すのだ」
「「「畏まりました」」」
陛下の言葉に僕も含めて頭を下げたけど、僕は心の中であることを思ってしまった。
もしかしたら、僕の元パーティメンバーの三人も、欲が抑えきれなくなっていたのかもしれない。
だから、お金のことしか考えなかったり僕を見て暴走していたんだ。
もう話を聞くことはないけど、僕は少し確信めいていた。
そして、ある意味緊張する場面が訪れました。
「それでは、ナオは前に」
「はい」
ドキドキしながら、僕はランディさんの隣から絨毯の切れ目まで移動して膝をつきました。
頭は上げていて良いそうなので、そのまま陛下を見ています。
おや?
陛下が、一瞬僕にニヤッとしたような……
「王太后殿下を二度にわたり治療し、更にハイラーン伯爵捕縛時にはナイフを手にした奸臣からヘンリー殿下をお救いした。軍に限らず数多くの者を癒し、王都の状況改善に尽くしたのも大きな功績である」
近衛騎士が僕が何をしたかを説明すると、おおーって声が上がりました。
うう、何だか照れくさいです。
それに、治療に関しては僕だけでなくシンシアさんたちのお陰もあるんだよね。
そんな事を思っていたら、とんでもない事が発表された。
「以上の功績により、ナオに勲章を授与し、騎士爵を叙爵する」
パチパチと大きな拍手が送られたけど、僕は騎士爵って何ですかって状態です。
訳が分からない内に、勲章を胸に付けられて、豪華な短剣を頂きました。
えーっと、この後はどうすればいいんだろうか?
すると、陛下がおもむろに玉座から立ち上がりました。
「優秀な人材を見出すことができ、王国としても有益であった。本日の謁見は以上とする。皆も、自己の利益に走らずに民を思う政治を行うように」
「「「畏まりました」」」
こうして、後半は訳が分からないうちに謁見が終わりました。
王族が袖口へと向かい、後方の扉が開いて貴族が出始めました。
とりあえず短剣をアイテムボックスにしまい、僕はランディさんの側に行きました。
「ランディさん、その、騎士爵って何ですか?」
「一代限りで贈られる貴族の爵位だ。一番下にあたるよ」
わお、貴族の爵位なんですか?!
僕の頭の中が、色々と追いつきません。
「確かにシャーロット殿下を治療してヘンリー殿下を救ったくらいだと、与えられるのは勲章だけになる。しかし、結果的に国家反逆罪を防ぐ糸口を見つけた事にも繋がった。こっちの功績の方が大きい」
「さっき連行された三人も絡んでいた件ですね」
「だから、さっき奴らとは今後会うことはないと言ったんだよ。国家に敵対する四つの貴族を潰したんだ、これは大きな功績だよ」
廊下を歩きながらランディさんに説明を聞いたけど、結果的に僕とスラちゃんがシャーロットさんを治療したのが全ての始まりだったという。
僕とスラちゃんが全力でシャーロットさんを治療したのも、とっても評価が高いそうです。
何だか凄いことになっちゃったけど、王城にある応接室でもう少し詳しく話を聞くことになりました。
応接室にはランディさんを始めとする大物貴族と王族が揃っていて、シャーロットさんも部屋の中にいました。
「私は、ナオ君を爵位で縛るのはどうかと思ったのよ。それに、途中までは勲章だけの方向だったのよ。でも、まさかの事が発覚したのよ」
「それが、国家反逆罪の件ですね」
「ええ、そうよ。計画云々というのは過去にもあったけど、犯罪組織と手を組んでいるのはなかったわ」
シャーロットさんも、びっくり仰天の事件になったんだ。
とはいっても、僕はまだ八歳なのに爵位を貰っても良いのかな?
その疑問に、陛下が答えてくれた。
「爵位を与えるのに、年齢制限はない。それに、ナオは人として立派な心を持っている。だからこそ、謁見の際に堂々と反論したのだ」
「あれは立派だったわ。私もナオ君を褒めてあげたいわね」
王妃様も僕のことを褒めていたけど、あの時は涙をこぼすほど少し興奮していて何を言ったのか思い出せないんだよね。
でも、他の人も褒めているから大丈夫だよね。
そして、ここで元パーティメンバーの三人の話となった。
「国家反逆罪の捜査が優先されるから、三人の裁判はまた延期だ。聴取や留置所でも大人しくしていないという報告があったから、もう少し牢獄での生活を送らないとならない」
「うう、その……」
「あの三人の問題だ、ナオが謝ることはない。さっきも言ったが、三人は既に理性を失って欲で動いている。もう、何をしても駄目だと言うことだ」
陛下もなすすべなしと匙を投げているけど、そこまで酷いことになっているとは。
止められたけど、流石に申し訳なく思っています。
ともあれ、今日はこれで終わりとなり、お昼寝をしているアーサーちゃん、エドガーちゃん、ドラちゃんの見守りをしていたナンシーさんとスラちゃんと共に帰ります。
因みに、ナンシーさんは既に殆どの話を聞いていて、スラちゃんも何となく察していたそうです。
「それでは、ナオ君の騎士爵叙爵を祝って乾杯する。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
その夜、僕の騎士爵叙爵のお祝いで、ちょっと豪華な料理が出てきました。
純粋にお祝いをしてくれたので、僕もとっても嬉しくなりました。
流石に、セードルフちゃんとドラちゃんは、おめでとうは言ってくれたけど詳細までは分からなかった。
それでも、一生懸命お祝いしてくれました。
翌日は、予定通りスラム街の教会付近で報告された怪しい魔力反応を調べます。
昨日謁見の最中に捕まった三人の貴族家の捜索は軍が主導で行っていて、ヘンリーさんはどちらかというと昨日の裁判の後処理をしています。
刑罰は、速やかに執行されるとだけ聞いています。
この件は、軍にお任せですね。
僕とナンシーさんは、スラちゃんとドラちゃんと共に王城から来た馬車に乗り込みました。
「何だか、最近は色々あったので久々の冒険者活動の気がします」
「本当よね。ドタバタが続いたから、私も久々の活動よ」
「キュー」
馬車内でシンシアさんがドラちゃんを膝に乗せながら答えていたけど、シンシアさんは久々の冒険者活動ですね。
ヘンリーさんは、明日からなら動けると言っていました。
それにしても、ドラちゃんはシンシアさんに背中を撫でられてご機嫌ですね。
馬車はスラム街に入っていくけど、汚れとかも目立つようになり、何だか薄暗い気がします。
それに、道にいる人が僕たちの乗っている馬車をじっと見ていますね。
「何かを恵んでくれるのかと思っている人と、犯罪を犯して捕まらないかと思っている人に分かれるわ。今日は教会での奉仕作業だけど、いずれ時間を見て炊き出しと無料治療を行う予定よ」
シンシアさんが色々と教えてくれたけど、炊き出しをするにもしっかりと準備をしないと駄目だから直ぐにはできないそうです。
そして、今日奉仕作業する教会に到着しました。
大教会と比較してもかなり小さい教会だけど、それでもしっかりとした教会です。
僕たちは馬車から降りて、教会の中に入りました。
「じゃあ、ナオ君やっていいわよ」
「はい、いきまーす」
シュイン、ぴかー!
僕は、ナンシーさんの声を元に広範囲探索魔法を使います。
というのも、教会の外で魔法を使えば不審に思われるかもしれなかったからだ。
なので、念には念を入れて対応します。
「うーん、周囲には人の反応があるだけです。ただ、うまく探索魔法が効かない所があります」
「ナオ君レベルの探索魔法が効かないなんて、ちょっとおかしいわね。奉仕作業をしつつ、重点的に確認した方が良いわね」
なんというか、何かの力で隠されている場所があります。
そこだけ、ぽっかりと穴が空いているというか、そんな感じがします。
大体の方角は分かっているので、今は近衛騎士に調べてもらいます。
僕たちは、目の前のお仕事をキチンとやらないと。
ということで、最初にお掃除を始めます。
魔力を残す為に、ほうきとか雑巾を使っての掃除です。
「キュー、キュー」
「とても可愛らしいですわ。楽しそうに雑巾をかけていますね」
ドラちゃんも、壁にへばりついているスラちゃんと共に飛びながら窓拭きをしています。
二匹のほっこりする光景に、教会のシスターも思わずニンマリしています。
僕も長椅子を雑巾掛けして、綺麗にしていきます。
トントントン、トントントン。
「こんな感じで良いかしら?」
「すきま風は吹き込まないから大丈夫よ」
そして、エミリーさんはトンカチを持って教会の壁の穴を塞いでいます。
ナンシーさんも近くでトンカチを持って作業しているけど、ある意味凄いことをしているなあ。
シンシアさんは、シアちゃんと共に丁寧に女神様の像を拭いていました。
こうして、二時間ほどで教会内がピッカピカになりました。
でも、お手伝いはまだまだ続きます。
今度は、礼拝に訪れた人たちの補助をします。
順番に長椅子に誘導したり、シスターさんの補助をしたりします。
「クァー」
ドラちゃんはスラちゃんとシアちゃんと共に教会の隅に移動して、邪魔にならないようにしています。
お掃除を一生懸命頑張ったので、少しお休みタイムですね。
こうして、無事に礼拝のお手伝いも終わりました。
そして、町の人が教会から出て少しした時でした。
「皆さま、本日は色々手伝って頂きありがとうございます」
「いいえ、こちらこ……」
ドクン!
突然とんでもない魔力を感じ、僕たちは一斉に教会の外に出ました。
魔力の発生源を探すために周囲をキョロキョロとすると、教会の直ぐ側の建物から魔力を感じました。
あの建物はと思い探索魔法をかけると、その建物が探索魔法に引っかかりません。
「シンシアさん、あの二階建ての建物がおかしいです」
「私も魔力を感じたわ。みんな、行くわよ」
僕たちは、武装した上でその建物に向かって走っていきました。
でも、何だか嫌な感じがするんだよね。
僕とスラちゃん、そしてドラちゃんは、走りながら魔力を溜め始めました。
そして、近衛騎士が怪しい建物の扉を開けた瞬間でした。
ズザザザザー!
「わっ、これは!」
「強烈な黒い霧だわ。ナオ君、浄化を!」
突然建物の中から濃密な黒い霧が溢れ出し、少し焦っているシンシアさんは僕に指示を出しました。
僕たちは、一斉に浄化魔法を建物の中めがけて放ちました。
シュイン、シュイン、シュイン、ゴアーーー!
ズガガガガ!
「ぐっ、ぐぐ……」
強烈な手応えと共に僕たちの放った浄化魔法と、濃密な黒い霧が激突します。
周囲は光の渦に包まれ、一進一退の攻防が続いています。
その間に、近衛騎士が周囲の住民を避難させます。
僕とスラちゃん、ドラちゃんは、周りを気にする余裕すらありません。
というのも、黒い霧の浄化は出来ているけど、もしかしたら僕たちの魔力が尽きるのが早いかもと思っていました。
「ぐぐぐ、こ、このままじゃ……」
「ナオ君、無理をしないで!」
シンシアさんの声が響き渡るけど、今更引くに引けない状況になっています。
ここで何とか黒い霧を抑え込まないと、もっと酷いことになると思いました。
そして、僕もスラちゃんも、魔力が尽きかけてもう駄目だと思った瞬間でした。
「キュー!」
キュイーン、ぴかー!
急に、眩い光がドラちゃんを包みました。
そして、ドンドンとドラちゃんの体が大きくなっていきます。
あまりの変化に、僕もスラちゃんもびっくり仰天です。
「グギャー!」
キュイーン、ズドドーーーン!
そして、ドラちゃんはなんと二メートル程の大きさまで大きくなりました。
更に、口から強烈な聖属性のブレスを放ちます。
すると、一気に黒い霧が浄化されていきました。
僕は助かったと思い、思わず地面にペタリと座り込みました。
ドラちゃんは念入りに聖属性のブレスを建物の中に吐いてから、いつもの大きさに戻りました。
因みに、聖属性のブレスは浄化だけなので建物が燃える事はありません。
本当に、ドラちゃんのファインプレーですね。
「ドラちゃん、助けてくれてありがとうね」
「キュー」
座り込んでいる僕のところにやってきたドラちゃんを、僕とスラちゃんで撫で撫でしてあげます。
ドラちゃんも、気持ちよさそうな声を出していますね。
その間に近衛騎士が先行して建物の中に入ったけど、直ぐに応援を呼ぶことになりました。
なんと、広い一室に三十人以上が倒れているそうです。
しかも、全員が黒いフードを深く被っているそうです。
もうそれだけでも、怪しさ満点ですね。
暫くすると、なんと追加の兵と共にヘンリーさんが馬に乗ってやってきました。
「全員捕縛するように。治療は、留置所に入れてからでよい」
「「「はっ」」」
そして、黒いフードを被って気を失っている人が、次々と拘束されて護送されていきます。
僕はてっきり全員を治療すると思っていたのですけど、どうも様子が違います。
しかも、ヘンリーさんは確信めいていたのか、即座に兵に指示を出していました。
そして、部屋の中に入ったら物凄い光景が広がっていました。
「こ、これは?」
「壁一面に貼られているのは、魔封じの札だ。魔力が外に漏れないように、こうして細工をしていたんだ」
壁一面に、何かの模様が描かれた紙が沢山貼られていました。
ヘンリーさんも、もちろん他の人も壁を見て驚いています。
しかし、何よりも異質だったのは、部屋の中でした。
炊事場みたいなところは別にあったけど、それ以外は壁が取り外されていて二階建てだと思ったのにもの凄く大きな部屋になっていました。
床には絨毯が敷かれていて、全ての窓に暗幕がしてあります。
そして、一番凄かったのが壁際に置かれた祭壇みたいなものでした。
「うっ、凄い生臭いです……」
「これは、まさかの暗黒杯だな。杯に入っているのは人の血だ。ナオ、中に入っている血を凍らせてくれ」
とても大きな杯で、魔石みたいなのが宝石として飾り付けられていて、並々と人の血が入っていました。
ヘンリーさんに言われて、僕は杯に入っていた血を凍らせます。
ちょっと生臭い臭いが、マシになりました。
すると、ヘンリーさんとシンシアさんが、杯に付いていた魔石をガチャガチャと外し始めました。
そして、大きな魔石を四つ外すと、急に周囲の空気が変わりました。
「あっ、何だか圧力みたいなのが無くなりました」
「ナオ、室内に充満していた黒い霧を発生させたのは、この暗黒杯だ。魔導具の性質を持っていて、魔石を外すと効果が無くなる」
ヘンリーさんがこの魔導具について色々と教えてくれたけど、何でここまで知っているのだろうか。
いずれにせよこれでもう大丈夫らしいので、僕も一安心です。
現場保護の兵を残して、僕たちは今後の事を話し合う為に王城に行くことになりました。
そこで、色々な事を教えてくれるそうです。
僕の知らない何かが、この王国で動いているのは間違いなさそうです。
王城に着くと、なんと陛下やランディさんたちも会議室にいました。
更に、大教会から教皇猊下もやってきました。
それほど、先程の件が重要ってことなんですね。
そして、ヘンリーさんがおもむろに報告を始めました。
「あまり良くない知らせとなります。暗黒魔法と邪神教の件についてになります」
この言葉を聞いた瞬間、特に陛下と教皇猊下の顔が歪んだ。
でも、僕とエミリーさんはなんのことだか分からないので、まずシンシアさんが暗黒魔法について教えてくれた。
「暗黒魔法は、闇魔法とは全然違うものよ。人の心の奥底にある欲望や願望を、魔法の発生源にしているの。そして、人や動物、それに魔物を操ったり攻撃的にしたりできるわ」
「えっ、それってまさか」
「そう、黒い霧の正体でもあるの。この辺はもう少し詳しく話をするけど、恐らく動物や魔物が攻撃的になったのは暗黒魔法によって生み出された黒い霧のせいだわ」
闇魔法には色々な魔法があるけど、心を操る魔法は存在しない。
阻害魔法とは、また違った魔法なんだ。
しかも、浄化魔法がよく効くということは、明らかに普通の魔法と違った特性を持っているようだ。
そんな魔法を何で使っているのかを、教皇猊下が教えてくれた。
「王国は、別に宗教を制限しておらん。その土地に根付いた宗教や信仰もあり、教会も無理に信仰させようとはしておらん。しかし、邪神教だけは駄目だ。人の欲望や願望を集め、破壊的な行動を引き起こす」
「もしかして、あの血が溜まっていた真っ黒な杯の事ですか?」
「暗黒杯は、欲望を持った者の血を集める事により、暗黒魔法をより強める効果を持っている。また、あの血を地面に振りかける事により、周辺に黒い霧を発生させることもできる。今から二百年以上前、邪神教を利用した貴族による大混乱があったのじゃ」
王国を巻き込む大事件が、過去に起きていたなんて。
これには、僕もエミリーさんもビックリです。
そのため、邪神教は王国唯一の禁教になっているそうです。
これを聞いただけでも、既に大事になっていると分かりました。
「元々何らかの原因で淀みがあるところは、暗黒魔法の影響を受けて黒い霧が発生する可能性がある。あれだけ大掛かりな暗黒杯があれば、王都周辺で黒い霧が発生するのも納得できる。更に、暗黒杯に注がれた血を撒けば、淀みがなくても黒い霧が発生する」
「もしかしたら、王都周辺で現れた黒い霧は、意図的に発生させたものかもしれませんね」
「その可能性は高い。そして、地方でも邪神教が広まっていると思った方が良いだろう」
ヘンリーさんの推測に、僕だけでなく他の人も頷いていました。
もちろん、王都にもまだまだ邪神教が潜んでいる可能性が高いそうです。
「いずれにせよ、私たちがやる事は変わりない。捕まえたものの尋問を続けつつ、王都周辺の黒い霧を浄化していく」
ヘンリーさんの方針に、勇者パーティはこくりと頷きました。
捕まえた人はまだ気絶しているそうなので、尋問は明日からの予定だそうです。
「キュー」
ここで、僕の横で丸くなっていたドラちゃんが、あることを提案してきました。
えっと、これは大丈夫なのかな?
「あの、ドラちゃんがもう少ししたら力を全部取り戻すので、そうしたらみんなを乗せて飛べるそうです」
「それはありがたい。この件を調べている際に、昔ドラゴンに乗っていた記録も見つけた。それを参考に、鞍を作らせよう」
あらら、ヘンリーさんはあっさりとドラちゃんの提案を受け入れちゃった。
どのくらいの大きさになるかがポイントらしいけど、少なくともスラム街の時よりももっと大きくなりそうです。
そして、ナンシーさんとエミリーさんは、ドラちゃんに乗れると知ってワクワクしていました。
僕はこれで席を外す事になり、残った人で細かい調整をするそうです。
どうしようかなと思ったので、スラちゃんとドラちゃんとともにシャーロットさんのお部屋に行くことになりました。
「ギュー」
「おー! おっきいー!」
「おおー!」
ちょうどアーサーちゃんとエドガーちゃんもシャーロットさんのお部屋に遊びに来ていて、ドラちゃんがいつもよりも少し大きい姿を見せていました。
もうアーサーちゃんとエドガーちゃんは大興奮で、大きくなったドラちゃんに抱きついていました。
「今日はドラちゃんが大活躍したらしいし、昼食はご褒美をあげないといけないわね」
「ギュー!」
大きくなっても、ドラちゃんはドラちゃんです。
シャーロットさんの提案に大喜びで、笑顔で頬ずりをしていました。
シャーロットさんも、ドラちゃんを優しく撫でていますね。
もっとも、いつもシャーロットさんのお世話をしている侍従は、ハラハラドキドキしながら一人と一匹のやりとりを見守っていたそうです。