森から馬車で十分進むと、ワークス子爵領の領都に到着しました。
街は沢山の人で賑わっていて、市場も活気に溢れています。
「このワークス子爵領は、王都にも近い好立地で産業も農業も盛んだ。子爵領の中では、かなり裕福な方と言えよう」
「人々はとっても良い笑顔ですね。幸せそうです」
「領主が代々良い統治をしている。そのおかげで、領民も裕福だ」
馬車の窓から見える光景も、とても良い感じです。
これから会うワークス子爵様も、きっと良い人なんですね。
そんな期待を胸に、僕たちを乗せた馬車は屋敷の中に入りました。
直ぐに出迎えの侍従がやって来て、僕たちを応接室ではなく食堂に案内しました。
確かにお腹ペコペコだけど、タイミングが良いですね。
ガチャ。
「皆さま、お待ちしておりました。どうぞお座り下さいませ」
「マーサ殿、お心遣い痛み入る」
「お昼の時間に来られましたので、まだお食事をとられていないかと思いまして」
あれ?
ピンク色のロングヘアの美人さんが、食堂の当主席で僕たちを待っていたよ。
てっきり男性の当主かと思っていたから、僕もスラちゃんもビックリしちゃったよ。
僕たちも、進められるがままに席にすわります。
「あら、とても可愛らしい男の子がおりますね」
「初めまして、僕はナオと言います。このスライムはスラちゃんです」
「ご丁寧にどうもね。私はマーサ、このワークス子爵家の当主代理をしておりますわ」
僕が席を立ってペコリと挨拶をすると、マーサさんもニコリとしながら挨拶をしてくれました。
でも、当主と当主代理ってどう違うんだろうか?
僕とスラちゃんがはてな顔をしていたら、マーサさん自身がその理由を教えてくれました。
「ふふ、不思議そうな表情をしているわね。実は、当主だった夫が半年前に病気で亡くなったのよ。息子が二人いるけどまだ未成年だから、私が代理となっているのよ」
「そ、そうだったんですね。その、ごめんなさい……」
「ナオ君、謝らなくて良いわ。ヘンリー殿下と共に行動するのなら、逆に知っておいた方が良いわ。それに、私も微力ながら統治のお手伝いをしているわ」
しゅんとしちゃった僕とスラちゃんを、マーサさんは優しく慰めてくれました。
とっても良い人だからこそ、旦那さんが亡くなっても統治できているんだね。
ここで、ヘンリーさんがマーサさんに調査報告をしました。
「マーサ殿、簡潔に報告する。森は異常な状態だったが、ナオ君の浄化魔法で解決できた。ただ、原因についてはまだ不明だ」
「ヘンリー殿下、恐れ入ります。しかし、浄化魔法が効くのは限られるはずです。何にせよ、対策は打てそうです」
「流石はマーサ殿、ご慧眼恐れ入る。何かあったら、連絡をお願いします」
ヘンリーさんの話を聞いたけど、マーサさんはとっても頭が良いんだ。
浄化魔法というキーワードで、直ぐに色々な事を考えていた。
それに、ヘンリーさんと話ができるだけでも、知識とかがないと駄目だよね。
シンシアさん、ナンシーさん、エミリーさんも、真剣な表情で二人のやりとりを見守っていました。
そして、ヘンリーさんとマーサさんの話が終わると、直ぐに食事が運ばれました。
「皆さまのお陰をもちまして、ワークス子爵領も平穏を取り戻しました。ささやかではございますが、お料理をご用意いたしました」
想像以上に豪華な料理が出てきたけど、僕は料理のマナーを知らないよ。
ど、どうしようか……
迷っていたら、救いの手が差し伸べられました。
「ふふ、ナオ君、好きなように食べて良いのよ。マナーとかは気にしないで良いわ」
「なら、私がマナーを教えてあげるわ。ナオなら、直ぐに覚えるはずよ」
マーサさんがニコリとしてマナーは関係ないと言ってくれるし、隣に座っているエミリーさんが嬉々として僕に簡単なマナーを教えてくれます。
お陰で、失敗することなく昼食を食べられました。
やっぱり、豪華な昼食はとっても緊張するね。
昼食後は、少し休んでから王都に向けて出発します。
「では、私たちはこれで失礼します」
「皆さま、どうか道中お気をつけて」
マーサさんに見送られて、僕たちは馬車に乗って王都に向けて出発しました。
早いうちに対応が完了して、僕も他の人もホッと一安心です。
すると、ヘンリーさんが明日以降について話しました。
「明日と明後日は、今日判明した事象の調査を行う。元々明後日は公務も予定していたから、私とシンシアは冒険者活動には参加できない」
「あっ、私も明日は礼儀作法の勉強があったんだ……」
ヘンリーさんの話を聞いて、エミリーさんも勉強を思い出してがっくりとしちゃいました。
となると、明日はナンシーさんと二人で冒険者活動をするのかな?
すると、ナンシーさんもあることを思い出しました。
「あっ、明日は私もブレアと会うことになっているんだ。私も王城にいかないと駄目ね」
「ブレアも、ナンシーの事を気にかけていた。会って安心させてやりな」
ナンシーさんの予定を聞いて、ヘンリーさんも是非にと言っていた。
となると、明日は冒険者活動はお休みですね。
せっかくだから本を読もうかなと思ったら、予想外の展開になってしまった。
「せっかくだから、ナオ君も王城に来ると良い。両親も兄夫婦も、ナオ君に会いたがっていたよ」
「あ、あの、ヘンリーさんのお父様とお母様って……」
「もちろん、この国の国王と王妃だ。だが、普通の家族として会うのだから気にしなくていいよ」
ヘンリーさんが勇者様スマイルで僕に話しかけたけど、僕とスラちゃんはガチガチに固まっちゃいました。
まさか、この国の国王陛下と王妃様に会うことになるなんて……
ヘンリーさんもエミリーさんもとても良い人だから、国王陛下と王妃様も良い人なはず。
失礼な事をしないかとか、どんな格好で会えば良いのかとか、帰りの馬車の中で色々と考えちゃいました。
馬車は順調に街道を進み、三時前には王都に到着しました。
まずは、完了手続きをする為に冒険者ギルドに向かいました。
「あっ、今は三人はいないんだ」
「ここ数日は、冒険者ギルドに行くたびにあの三人がトラブルを起こしていたもんなあ」
僕の呟きを聞いたヘンリーさんが、思わず苦笑していました。
ともあれ、平穏な冒険者ギルドが一番ですね。
買い取りブースで倒した動物や魔物を納品し、受付で完了手続きをしました。
うん、今日も渡された革袋の中に沢山のお金が入っているよ。
でも、あの子爵領の森の浄化作業はとても大変だったから、もしかしたらこのくらいは普通なのかもしれないね。
ギルドマスターも仕事で忙しそうなので、僕たちも馬車に乗って冒険者ギルドから帰ります。
「久々に、緊張しないで冒険者ギルドで過ごせました」
「ナオ君は、やっぱりかなり気を張っていたのよ。あの三人から、心理的にもかなり酷い事を受けていたからしょうがないのよ」
「ナオの心に、ここまでダメージを与えるとは。あの三人、今度見たらしめてあげないとね」
「同感ね」
いやいや、ナンシーさんもエミリーさんも不穏な事を言わないで下さいよ。
表情もマジになっているから、本当に騒ぎを起こさないで下さいね。
車内が賑やかでも、馬車は普通に進んで行きます。
そして、オラクル家に到着しました。
「では、明日はナンシーとともに馬車で王城に来ると良い。服装も、気にしなくていいよ」
「えっ、だ、大丈夫ですか?」
「心配はないよ。堅苦しい集まりではないからね」
ヘンリーさんは勇者様スマイルで問題ないと言っているけど、ちょっと心配です。
なので、ヘンリーさんたちを見送って、ナンシーさんとともに屋敷にいるレガリアさんに相談しました。
「ナオ君から相談してくれて、とっても嬉しいわ。ナオ君はとっても可愛いから、きっとナンシーが小さい頃のドレスも似合いそうだわ」
「うんうん、そうよね。きっと似合うわね」
あの、親子揃って何を言っているんですか?
僕も流石にドレスは着ませんよ。
スラちゃんも、ふりふりと否定をしています。
「ふふ、冗談よ。息子の小さい時の服があるから、それを手直ししましょう」
「お母様、お兄様の服を沢山作っていましたよね?」
「可愛い子には、めいいっぱいおしゃれをさせてあげたいものよ」
どこまでが本気か冗談かは分からなかったけど、レガリアさんは直ぐに数着の服を持ってきてくれた。
サイズ合わせをしていて、衝撃的な事実が分かってしまった。
「うーん、ナオ君は息子が六歳の時の服でピッタリね。もっと食事を気をつけないとならないわ」
何と、八歳の僕と六歳のガイルさんの服のサイズが一緒でした。
僕も、思わずがっくりとしちゃいました。
靴だけは揃えないといけなかったのだけど、この前買って貰った服などの中に革靴も入っていました。
生活魔法で綺麗にして、軽く洗濯をするそうです。
服もこれでオッケーなので、僕も一安心です。
問題が片付いたので、僕を待っていた人が抱きついてきました。
「にーに、おふろはいろー!」
今朝僕とお風呂に入りたいと約束したセードルフちゃんが、思いっきり抱きついてきました。
イザベルさんは今忙しそうなので、僕はナンシーさんとセードルフちゃんと一緒にお風呂に入ることに。
もちろん、お世話をする侍従もついてきます。
ゴシゴシゴシ。
「セードルフちゃん、痛くない?」
「だいじょーぶ!」
「ふふ、良いお兄ちゃんをしているわね」
セードルフちゃんの体は、セードルフちゃんからのリクエストで僕が洗いました。
優しく洗うと、セードルフちゃんは気持ちいい表情をしています。
一足先に体を洗ったナンシーさんが、湯船の中で僕たちのことを微笑ましく見ていました。
「「ふいー」」
「ふふ。ふたりとも、おじいちゃんみたいな声を出しているよ」
そして僕たちが湯船に入って気持ちよくなっていると、湯船から出たナンシーさんがちょっと苦笑していました。
お湯が気持いいから、仕方ないよね。
「にーに、またおふろはいろーね!」
でも、何とかセードルフちゃんのお気に召してくれたみたいで、僕としてもとっても満足です。
心も体も、ぽかぽかと温まったね。
「ちくしょう、なんでうまくいかないんだ!」
「あいつを追い出してから、全く上手くいかねえぞ!」
「どうするんだよ。もう、手元に金がねえぞ」
一方で、ナオをパーティから追い出した三人は、かなりの窮地に追い込まれていた。
ナオの予想通りあの冒険者ギルドでの騒ぎの時点で三人の手元には殆ど金がなく、ナオから奪い取った金もわずか三日で殆ど使いきっていた。
身の丈に合わない宿に泊まり、酒を浴びるほど飲んでいれば結果はおのずと見えてくる。
しかも、彼らはまだ未成年で本来なら飲酒はできない。
しかし、そんなものは彼らには関係なかった。
地元の有力者の子どもとして、今まで好き勝手やってきた。
誰もが親の権力を恐れて、好き勝手する三人に注意しなかった。
注意するものは、あの小さな男の子のみだった。
とはいっても、三人がナオの注意を聞き入れるはずもなかった。
今も、何とか泊まれた宿の部屋で責任をナオに押しつけながら愚痴をこぼしていた。
「しかも、何で俺たちだけ前金を取るんだよ」
「宿じゃなく飲食店もだぞ。明らかにおかしいぞ」
「何がどうなっているんだよ! これじゃあ、あいつにツケをつけられないぞ」
三人は頭が良くなかったが、流石に自分たちだけ様々な店で前金を取られていた事に気がついた。
しかし、なぜ前金を取られているかまで自分で発言しているのに気がついていなかった。
宿屋組合の会長が流した情報が一気に広まり、食堂だけでなく他の店も三人が買い物をする時に前金を取っていた。
どの店も、料金を踏み倒される事を警戒したからだ。
白銀の髪の持ち主であるナオの存在によって、この大きな王都で三人の悪行が広まっているのもその一因だった。
当初の目算通りナオにツケをつける事は防がれていて、その事が三人の手持ちの金が減った原因にもなった。
そして、冒険者として一番大事な事も上手くいっていなかった。
「どうすんだよ。今日も依頼失敗だぞ」
「流石に、明日は失敗できないぞ」
「簡単で割りの良いものなんてないからな」
昨日は雑草を納品し、今日は魔物討伐で肝心の魔物を見つける事ができなかった。
冒険者としての収入が無くなったので、流石に三人も焦っている。
しかし、薬草採取も魔物討伐も今まで全部ナオに丸投げしていた。
なので、どうやって薬草や魔物を見つければ良いのか分からなかった。
荷物運びなどの肉体労働などもあるが、三人はその選択を選ばなかった。
というか、ダサい仕事だと思って選ぼうともしなかった。
そんな三人を追い詰めるある事が、ギルドマスターから言い渡されていた。
それは、今朝冒険者ギルドで騒いだ際に受付に駆けつけたギルドマスターが怒鳴った事だ。
「明後日、朝イチで冒険者ギルドに来いってよ」
「もしかしたら、俺たちに特別な依頼を頼むのかもな」
「あいつが勇者パーティに入ったんだ、俺たちならもっと凄い依頼が来るかもな」
三人は部屋に持ち込んだ酒を口にしながら、ありもしない妄想に笑みをこぼしていた。
もちろんギルドマスターはそんな大それた依頼を三人に頼むはずもなく、逆に冒険者としてはあってはいけない事だ。
しかも、三人はギルドマスターから怒鳴られたのに自分に良いように頭の中で変換していた。
しかし、三人はそんなことを知る由もなく夜更けまで誇大な妄想を語り合っていた。
僕が王城に行く朝、いつも通りに朝の訓練をして朝食を食べたら、屋敷の中にある衣装兼化粧部屋に連れて行かれました。
レガリアさん、イザベルさん、ナンシーさんに加えて、セードルフちゃんもついてきました。
「ナオ君は髪の毛もサラサラで、白銀の髪色と合わさって本当に綺麗だわ」
「女性として、少し羨ましいわ」
昨年からずっと切っていなくて少し長い髪だったので、僕は侍従に髪を切りそろえられています。
肩にかからない程度に切りそろえて貰い、昨日試着したガイルさんの小さい頃の服を着ます。
この服は青の生地に様々な刺繍が施されていて、とっても綺麗で豪華な服です。
「うん、白銀の髪に青の服が映えていてとっても可愛いわ」
「にーに、かわいー!」
あのイザベルさんもセードルフちゃんも、せめて可愛いじゃなくてかっこいいって言ってくれませんか?
セードルフちゃんに抱かれているスラちゃんも、触手を叩いて拍手していました。
「私も準備できたわ」
「おー、ねーねかっこいい!」
「ふふ、セードルフちゃんありがとうね」
ナンシーさんは、ポニーテールではなく髪を下ろしています。
そして、髪色と同じ赤のドレスを着ていて、まさに貴族令嬢というべき姿ですね。
でも、セードルフちゃんにとってお姉ちゃんはドレス姿でもかっこいいみたいです。
冬で外は寒いので、きちんと上着を着てから馬車に乗り込みます。
「じゃあ、行ってくるわね」
「行ってきます」
「ええ、気をつけてね」
「いってらっしゃーい!」
レガリアさん、イザベルさん、それにセードルフちゃんとはこの衣装兼化粧部屋でお別れです。
僕とナンシーさんは、玄関に行って馬車に乗り込みました。
「すみません、お待たせしました」
「いやいや、大丈夫だよ。それにしても、髪を整えただけで随分と見違えたね」
お仕事で一緒に行くランディさんが乗っている馬車に合流して、王城に出発します。
王城はオラクル公爵家からすぐ近くなので、あっという間に到着しました。
馬車は王城の中庭を進んでいき、とても大きな玄関の前に到着しました。
僕は馬車から降りると、思わず上を見上げちゃいました。
「ほわー、凄い大きい! こんなにすごい建物だったんだ」
「ふふ、ナオ君はしゃいでいるわね」
「この国で一番大きな建物だからね。初めて見たものは圧倒されるだろう」
王城は遠くからでも大きいと思っていたけど、近くで見ると本当に大きかった。
オラクル公爵家の屋敷も大きかったけど、比べられない程大きいよ。
そんな王城の中に入ると、更に圧倒されました。
「ふわあ、中も凄い広いです!」
「沢山の人が働いているし、部屋も沢山ある。舞踏会専用の広間もあるくらいだ」
王城の中は煌びやかで、沢山の人と警備する兵やメイド服を着た侍従が忙しそうに働いていた。
玄関ホールだけで、僕の実家が何個入るんだろうかという広さだった。
僕は色々な凄さに、ただ圧倒されるばかりだった。
でも、ランディさんとナンシーさんは慣れているのか、平然としていますね。
「じゃあ、私たちはそろそろ行くね。帰りはお父様のところに寄るわ」
「ああ、分かったよ」
「お仕事、頑張って下さい」
僕は仕事場に向かうランディさんを見送ってから、ナンシーさんとともに王城内を進んで行きます。
王城内はとっても広いので、ナンシーさんがいないと絶対に迷子になっちゃいそうです。
更にどんどんと王城内を進んで行くと、とある部屋の前に着きました。
王城の中でも、かなり奥のところですね。
ナンシーさんは、慣れた感じで部屋のドアをノックした。
コンコン。
「ブレア、私よ。ナンシーよ」
ドタドタドタ。
あれ?
部屋の中から、とっても慌てている足音が聞こえてきたよ。
僕とスラちゃんは思わずナンシーさんの方を見ちゃったけど、ナンシーさんもはてな状態だった。
ガチャ。
おお、部屋のドアが勢いよく開いたと思ったら、ヘンリーさんと同じサラサラの金髪をミディアムにした背の高くて体格の良い男性が、かなり焦った表情で現れた。
僕もスラちゃんも、もちろんナンシーさんも慌てる男性を見て思わずキョトンとしちゃいました。
そして、男性はナンシーさんの両肩をガシッと掴みました。
えっ、えっ?
一体何が起きているの?
「ナンシー、ナオという冒険者と一緒にいたらしいが、何もなかったか?」
男性がナンシーさんの両肩を掴んだまま、必死に何かを確認していた。
ナンシーさんも何が何だか分からないみたいだけど、もしかして男性が言っているナオって僕のことかな?
「ブレア、何かって?」
「どうもそいつは公爵家に滞在しているようだが、そいつから不埒な事はされなかったか?」
「ああ……」
ナンシーさんも男性が何を言いたいのか理解できて、男性をジト目で見ていた。
そしてナンシーさんは、顔を僕の方に向けて説明しだした。
「ブレア、私の横にいる子がナオ君よ」
「はっ?」
男性も、僕の方を向いてキョトンとなっちゃった。
挨拶しようとしたら、またもや男性が叫んでしまった。
「ナンシー、ナオは男って聞いたぞ。この子は、どう見たって女の子にしか見えない。こんな可愛い子が、男の子のはずがない!」
「「ええー!」」
僕もナンシーさんも、男性に叫び返してしまいました。
どうやら、完全に僕の事を女の子って思っているみたいです。
僕は、思わずガクリとしちゃいました。
「ブレア、正座!」
「なっ、何を言って……」
「正座しなさい!」
「はい……」
そして、ナンシーさんが怒って男性を無理やり正座させちゃいました。
うん、何だか凄い事になっているよ。
ガチャ。
「怒鳴り声が聞こえたが、って何だこれは?」
「うん、ちょっと何が起きているか分からないわね」
隣の部屋から貴族服を着たヘンリーさんとドレス姿のシンシアさんが慌てて飛び出してきたけど、項垂れている僕に正座させた男性を説教しているナンシーさんの構図に混乱していました。
そして、この状態が約五分間続きました。
「つまりブレアは、男性冒険者がオラクル公爵家に滞在したと聞いて、私がその男性冒険者にたぶらかされたのではと思ったと」
「はい……」
「そして、私と一緒に来た男性冒険者がどう見ても女の子にしか見えなかったと」
「その通りです……」
五分後、復活した僕はヘンリーさんとシンシアさんと一緒にナンシーさんが正座してしょぼーんとしている男性に腰に手を当てて説教してる様子を眺めていた。
何があったか、ヘンリーさんとシンシアさんは何となく理解してくれたみたいです。
「ナオ君、弟がすまん。あれがナンシーの婚約者でもあるブレアだ」
「ブレアは、その、心配性なのよ。ナンシーの事が大好きだから、余計に心配したみたいね」
今までの流れで何となく分かったけど、正座して項垂れている男性がブレアさんなんだ。
僕に紹介するヘンリーさんとシンシアさんも、思わず苦笑していますね。
「ブレア、ナオ君に謝りなさい。勝手に暴走したばかりか、女の子って言ったんだからね」
「はい……」
ナンシーさんに滅茶苦茶怒られたブレアさんは、正座をしたまま僕に頭をさげてた。
あ、あのあの、ブレアさんって第三王子様だよね?
「ナオ、色々誤解して悪かった」
「ぶ、ブレアさん、顔を上げてください。僕はもう大丈夫ですから」
ブレアさんに土下座に近い形で謝られたので、僕もスラちゃんも逆に慌てちゃいました。
色々とあったけど、取りあえずこの場は収まりました。
うん、王城に来ていきなりとっても疲れちゃったよ。
「しかし、ぱっと見は本当に女の子にしか見えんな。髪色といい、顔もどちらかというと女性顔だ」
「あー、うん。この前、村長もナオ君を女の子と間違えていたよね。髪を綺麗に切りそろえたら、余計に可愛くなったわ」
そして、立ち上がって僕のことをまじまじと見たブレアさんの意見に、ナンシーさんもうんうんと同意していた。
うう、女の子っぽいって言われるのは、僕の宿命なのかな。
そんな事を思っていたら、ヘンリーさん達の部屋の更に向こうの部屋のドアの隙間から、小さな金髪の顔が二つこちらをじっとみていた。
「ねー、おわったー?」
「アーサーか、終わったよ」
ヘンリーさんが小さな男の子に返答すると、更に小さな男の子と手を繋いでよちよちと歩いてきた。
何だか、とっても微笑ましい光景ですね。
すると、男の子たちは僕のところまでやってくると、ぽすっと抱きついてきた。
「にへー」
「あうー」
反射的に男の子たちの頭を撫でちゃったけど、二人ともニコリとしながら僕を見上げていた。
何だか、セードルフちゃんと同じ感じでとっても可愛いね。
「ナオ君、この子は兄上の息子のアーサーとエドガーだ」
「あっ、だから二人とも綺麗な金髪だったんですね」
「王家は金髪が生まれやすいらしいからね。でも、いきなり二人が気に入るとは、やっぱりナオ君らしいね」
ヘンリーさんがニコリとしながら答えてくれたけど、アーサーちゃんもエドガーちゃんもニコニコしているから全然気にしていないんだけどね。
さっそく挨拶をしないと。
「アーサーちゃん、エドガーちゃん、僕はナオです。このスライムは、スラちゃんです」
「アーサーだよ! エドちゃんなの」
「あー」
アーサーちゃんとエドガーちゃんに挨拶をすると、二人とも笑顔で更にぎゅっと抱きついてきました。
僕も、改めて二人の頭を撫でてあげました。
すると、二人の両親も笑顔で近づいてきました。
「いきなり二人に抱きつかれるとは、ナオはやるなあ」
「そうね、息子たちは気に入った人じゃないと抱きつかないのよ」
「あっ、おとーさまとおかーさま!」
「あー!」
アーサーちゃんとエドガーちゃんは、僕から両親のところにトコトコと歩いていきました。
ふふ、ここでも仲良く手を繋いでいますね。
「ナオ君、兄上のジョージと妻のマリアだ」
またもやヘンリーさんが二人の事を説明してくれるけど、とっても優しそうなお二人ですね。
ジョージさんはやっぱり金髪を短く切りそろえていて、背も高くスラッとしていてザ王子様って感じです。
マリアさんも、紫色のボブカットでとても優しそうな笑顔を見せていて、お胸がとっても大きいです。
「初めまして、ナオです。このスライムは、スラちゃんです」
「ジョージだ。弟と妹が世話になっている」
「マリアよ。とても可愛らしい男の子ね。息子と仲良くしてあげてね」
ジョージさんもマリアさんも、にこやかに握手をしてくれました。
スラちゃんとも握手をしてくれたし、本当に良い人ですね。
すると、ジョージさんが僕に話しかけてきました。
「ナオ、頼みがある。午前中マリアと子どもたちが軍の病院に行くのだが、一緒について行って欲しい。ヘンリーたちは仕事があるし、ブレアたちもそうだ。エミリーは勉強中だ。勇者パーティとして、護衛任務だ」
「あの、怪我人の治療はしなくて良いんですか?」
「無理のない範囲で行うなら構わない。だが、くれぐれも無理だけはしないでくれよ」
他の人はみんな仕事や勉強があるから、ここは僕も頑張らないと。
僕だけでなく、スラちゃんもふんすって気合を入れたよ。
「アーサーも頑張る!」
「あー!」
「ふふ、息子たちもやる気になっておりますわね」
僕につられてアーサーちゃんとエドガーちゃんも元気よく手を挙げていて、マリアさんは微笑ましく見ていました。
みんな出かける準備をするそうなので、ちょっと待つことになりました。
マリアさん、アーサーちゃん、エドガーちゃんの準備ができたところで、僕たちは護衛の近衛騎士とお世話係の侍従とともに王城内を歩いて行きます。
流石にエドガーちゃんはまだ赤ちゃんなので、お母さんのマリアさんに抱っこされています。
「マリアさん、軍の病院はどこにあるんですか?」
「軍の施設が王城に隣接していて、そこに病院もあるのよ。だから、慰問に行く際はいつも歩いて向かっているの」
王城だから、何かあった時のために軍の施設があるんだ。
王城の警備も厳重だし、それだけの兵がいるんだね。
僕はアーサーちゃんと手を繋ぎながら、そんな事を思っていました。
ちなみに、いつの間にかアーサーちゃんがスラちゃんを腕に抱いていました。
スラちゃんは強いから、護衛の代わりにもなるもんね。
ちなみに、近衛騎士の中には昨日一昨日の依頼で一緒だった人も含まれていました。
そして、軍の施設に着くとちょっとビックリする事が。
ザッ。
「マリア王太子妃殿下、並びにアーサー殿下、エドガー殿下に敬礼!」
「皆さま、お仕事お疲れ様です」
多くの軍人が施設入り口で待っていて、一斉に敬礼をしていました。
そんな軍人に対して、にこやかに挨拶を返すマリアさんの姿がありました。
やっぱり王族は特別な存在なんだと、改めて感じました。
ちなみに、アーサーちゃんとエドガーちゃんも可愛らしく敬礼のポーズをしていました。
更に軍人の案内がついて、僕たちが軍の病院の中に入って行きました。
僕がマリアさんたちと一緒にいていいのかなとちょっと不安になりつつ、病室に向かいます。
すると、病室には沢山の人がベッドに寝込んでいました。
「最近動物や魔物が急に暴れる事案が増えておりまして、兵の怪我が絶えない状況です」
「ヘンリーが色々と調査をしておりますが、こうして目の前に沢山の怪我人がいる状況を見ると申し訳ない気持ちでいっぱいです」
説明する兵が少し悔しそうにしているけど、きっと昨日子爵領の森で浄化したような謎のものが悪さをしているんだ。
僕も勇者パーティの一員なのだから、頑張って皆さんを治療しないと。
すると、スラちゃんを抱いたアーサーちゃんもエドガーちゃんと一緒に僕の後をついてきました。
怪我人は外傷が殆どで、骨折をしている人も多いよ。
僕は、治癒師のお母さんに習った治療方法で治療を開始します。
まずは、目の前の怪我人に軽く魔力を流してっと。
「腕の骨折だけじゃなくて、足も怪我していますね」
「えっ? そこまで分かるのか?」
僕がピタリと怪我をしたところを言い当てたので、怪我人はとってもビックリしちゃいました。
治療する前に軽く魔力を流すことで、悪いところが分かります。
そうすることで、治療の際に魔力消費を抑える事ができるそうです。
お母さんからも、余裕があるのなら必ずやりなさいと言われています。
怪我の場所が分かったので、僕は良くなって欲しいと思いながら治療を行います。
シュイン、ぴかー。
「す、凄い。骨折が治ったぞ!」
「上手く治療できて良かったです」
「ああ、君は凄腕の治癒師だな」
元気になったので、治療した人もニコニコしています。
こんな感じで、僕は次々と治療していきます。
そして、この場にいて治療できるのは僕だけではありません。
シュイン、ぴかー!
「どうかな? 痛いの良くなった?」
「殿下、良くなりましたよ。本当に凄いスライムだ」
「えへへ!」
「あうー」
スラちゃんも回復魔法が使えるので、アーサーちゃんとエドガーちゃんと一緒に治療していきます。
もちろん安全の為に、近衛騎士が二人の護衛についています。
そんな僕たちの事を、マリア様がにこやかに眺めていました。
「マリア殿下、お子様たちもとても元気よく兵に話しかけておりますな」
「ええ、ナオ君の存在がとても大きいように思えます。いつも元気いっぱいですけど、今日はいつも以上に張り切っておりますわ」
「ヘンリー殿下のパーティに加わったという、あの男の子のことですな。私から見ても、かなり優秀な治癒師だと感じております」
僕たちを見ている人が、そんな事を言っていたそうな。
こうして、三十分かけて一つ目の大部屋が終わりました。
大部屋は全部で四つあるそうなので、慰問中に十分終わりますね。
僕とスラちゃんの魔力も、まだまだたっぷりあります。
「よーし、次のお部屋に行くぞー!」
「あー!」
そして、何よりもアーサーちゃんとエドガーちゃんがやる気満々でいて、スラちゃんもアーサーちゃんに抱えられながら触手をあげていました。
こうして、午前中の間に四つの大部屋に入院していた全ての怪我人を治療する事ができました。
「皆さまのお陰をもちまして、沢山の兵が現場復帰することができます。感謝申し上げます」
「日々国のために働いている皆さまの苦労に比べたら、私たちがしたことはささやかなものです。それでも、皆さまのお役に立てれば幸いです」
軍の施設で見送りに来た兵に、マリアさんが威厳たっぷりで話をしていました。
僕もスラちゃんも、みんなの役に立ててホッと一安心です。
アーサーちゃんとマリア様に抱っこされているエドガーちゃんも、とっても良い笑顔をしていますね。
こうして僕たちは、王城に戻って行きました。
「いっぱい頑張ったから、昼食にデザートをつけて貰いましょうね」
「やったー!」
「あー!」
マリアさんからのご褒美の提案に、アーサーちゃんとエドガーちゃんは大喜びです。
でも、僕からみても二人はとっても頑張ったと思うよ。
こうして、みんなニコニコしながら朝の部屋まで戻って行きました。
「ナオ君、悪いけどちょっと待っていてね」
「まっててねー」
「あー」
部屋の前に着くと、マリアさんはアーサーちゃんとエドガーちゃんを連れて部屋の中に入りました。
エドガーちゃんはおむつを替えないと駄目だし、アーサーちゃんも着替えをするのかも。
廊下に椅子があるので座って待っていたら、廊下の奥から見知った人がヘロヘロな状態で現れた。
ツインテールにしていた金髪を下ろしていて淡いピンク色のドレスを着ていて、表情がどよーんとしているけど間違いなくエミリーさんです。
「え、エミリーさん、大丈夫ですか? だいぶ疲れていますよ」
「だ、大丈夫じゃない……」
エミリーさんは、確か今日は礼儀作法の勉強をするって聞いていたよ。
王家の礼儀作法の勉強って、エミリーさんが疲れちゃうほど大変なんだ。
いつもだったら元気補充で僕に抱きついてくるのかなと思ったけど、今のエミリーさんにはそんな余裕はないみたいです。
着替えをするのか、エミリーさんも部屋に入っていきました。
そういえば、僕が朝ここに来た時には既にエミリーさんの姿は無かった。
本当に大変なんだなと思いつつ、僕とスラちゃんはエミリーさんの入った部屋を眺めながら椅子に座って待っています。
「エミリーは、もう少し頑張っても良さそうだがのう。余が幼い頃は、一日十時間も礼儀作法の勉強をしておったぞ」
「でも、エミリーさんは頑張り屋さんなので集中し過ぎちゃったのかもしれないです」
「ふふ、エミリーのことを良く分かっていますわね」
あれ?
ほんの少し前まで、この廊下には護衛任務の近衛騎士とお世話の侍従しかいなかったはず。
しかも、僕のすぐ隣で男性と女性の声がしたような。
僕とスラちゃんは、恐る恐る声がした方を向きました。
そこには、中年の男女がニコリとしながら立っていました。
しかも、ただの中年の男女ではありません。
男性は、背が高くて中年なのに渋くて良い顔です。
何よりも王族の皆さんと同じミディアムの金髪だし、白地に金の刺繍がされている豪華な服を着ています。
女性も背が高くて、濃い紫色のロングヘアです。
青色で沢山の刺繍がほどこされたドレスを身に着けていて、大きな宝石が付いているネックレスを首から下げています。
あと、とてもお胸が大きいです。
この二人って、もしかして……
僕は、反射的に椅子から立ち上がりました。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、もしかしてヘンリーさんとエミリーさんのご両親ですか?」
「うむ、そうだ。余は、シーザーだ」
「私はヴィクトリアよ。本当に可愛らしい男の子ね」
はわわわ……
国王陛下と王妃様です!
お二人は、この国で一番偉い人じゃないですか。
全く気づかずに、普通に何気なくお話しちゃいました。
あっ、そうだ、挨拶をしないと。
「あの、その、な、ナオです。す、スライムはスラちゃんです。は、初めまして!」
わわわ!
ビックリした衝撃で、変な挨拶をしちゃったよ。
しかも、椅子の上に乗っているスラちゃんと一緒に、ペコペコと何回もお辞儀しちゃいました。
えっ、その、えーっと。
ど、どうすれば良いんだろうか?
すると、タイミング良く救世主が部屋から飛び出してきました。
ガチャ。
「着替えたよ!」
「あー」
アーサーちゃんとエドガーちゃんが、部屋から勢いよく飛び出してきて僕に抱きついてきました。
そして、僕の側にいる国王陛下と王妃様を不思議そうに見上げました。
「おじーさま、おばーさま、何しているの?」
「なに、ナオがいたから挨拶したんだ」
「初めて会う人とは、挨拶しないとね」
「そうなんだ、僕も挨拶したよ!」
「あー!」
良かった、何とか上手い感じに状況が変わったよ。
僕もスラちゃんも、ホッと胸を撫で下ろしました。
「アーサーちゃんもエドガーちゃんも、ナオ君の事が気に入ったのかしら?」
「うん!」
「あう」
「あら、そうなのね。二人は、良い人じゃないと気に入らないもんね」
王妃様が二人の頭を撫でながら優しそうな表情で話しかけているけど、二人もそうだしセードルフちゃんも感受性が強そうだから悪意に直ぐに気が付きそうだ。
すると、各部屋のドアが良いタイミングで開きました。
ガチャ。
「おや? 父上と母上も、これからは昼食ですか?」
「ふふ、そうよ。なんと言っても、沢山の兵を治療した凄腕の治癒師と話がしたいのよ」
「ナオにーに、凄かったよ!」
「あー!」
「それは、私も聞きたいな」
ヘンリーさんの質問に、王妃様、アーサーちゃん、エドガーちゃんが笑顔で答えていて、更にジョージさんも食いついてきました。
えっと、このままだと僕は王家の人たちと一緒に昼食を食べる流れになるのでは?
すると、陛下が更に凄いことを言ってきた。
「ふむ、ちょうど大食堂で他の貴族と一緒に昼食を食べる事になっている。オラクル卿もいるから、ナオも気楽に昼食を食べられるだろう」
えっ、ランディさん以外の貴族も一緒に食べるの?
な、何だか凄いことになってきているよ。
僕、そんな人たちの中に入っていいのかな?
ガシッ。
「ほら、ナオ行くわよ。礼儀作法の勉強で、お腹ペコペコなのよ」
「あー、ずるーい!」
「ぶー!」
そして、僕に考える暇も与えずにエミリーさんが僕の手を引っ張っていきました。
アーサーちゃんが、スラちゃんを抱いてエドガーちゃんと手をつないで一緒についてきました。
「あらあら、とても楽しそうね」
「本当に賑やかね」
「仲が良いのは、とても良いことだわ」
そして、僕たちの後ろからマリアさん、シンシアさん、ナンシーさんの楽しそうな声が聞こえてきました。
個人的には、僕の取り合いになっていてちょっと戸惑ってます。
エミリーさんに手を引かれながら暫く歩くと、とっても大きな食堂に出ました。
ここが、話に出た大食堂なんだね。
オラクル公爵家の食堂よりも、何倍も大きいです。
大きいテーブルの他に幾つかのテーブルがあり、そのテーブルに座っている四人の中にランディさんがいました。
僕の手を引くエミリーさんは、そのランディさんたちのいる隣のテーブルに座りました。
エミリーさん以外の王家の方も来ているので、ランディさんたちは席から立ち上がっていました。
陛下たちも、僕が案内されたテーブルにつきます。
「皆、楽にしてくれ。ちょうど面白い人材が現れたから、話を聞こうと思ってな」
陛下がそんな事を言ったので、貴族の方々は一斉に僕の方を見ました。
ランディさんだけ、うんうんと頷いているみたいですね。
そして、ランディさんはマリアさんに話しかけました。
「マリア殿下、お子様が大活躍とお聞きしましたぞ」
「ええ、とっても張り切っておりましたわ。スラちゃんを抱いて、ナオ君と一緒に兵の治療のお手伝いをしましたわよ」
「頑張ったー!」
「たー!」
僕たちが兵の病院に行くのは事前に分かっていたので、ランディさんはマリアさんに話しかけたんだ。
ニコニコなアーサーちゃんとエドガーちゃんを見れば、充実した慰問だと分かりますね。
そして、この場にいる人は、僕とスラちゃんで大部屋に入院している兵を全員治療したのも知っていそうです。
陛下がランディさんに向かって顔で指示をしたので、ランディさんがこの場にいる貴族を紹介してくれるそうです。
でも、その前に僕から挨拶しないと。
「初めまして、僕はナオです。スライムはスラちゃんです。宜しくお願いします」
僕とスラちゃんがペコリと挨拶をすると、貴族の方もうんうんと頷いていました。
そして、ランディさんがとある事を教えてくれました。
「ここにいる貴族は、全員ナオ君の境遇を知っている。元々優秀な魔法使いだと我々がナオ君に目をつけていて、冒険者ギルドで三人からパーティを追放されて、ヘンリー殿下のパーティに入ったこともだ」
じゃあ、この場にいる貴族は全員凄い人なんだ。
ちょっとドキドキしていたら、次々とビックリする事が判明しました。
「まず私の前に座っているのが、マリア殿下の父君でもあるベイズ公爵だ」
青髪に白髪の混じったオールバックの少し痩せ気味の男性が、マリアさんのお父さんなんだ。
優しそうなところは、父娘そっくりなんだね。
「ベイズ公爵の隣の司祭服を着ているのが、シンシア殿下の父君でもあるブレイズ候爵だ。教会の枢機卿でもあるぞ」
殆ど白髪で一部緑色の髪が混ざっているのが、シンシアさんのお父さんなんだ。
教会の大幹部でも、優しそうな人だね。
そして、次の人が一番の衝撃だった。
「そして、私の隣にいるのがバース公爵で、あの王都ギルドマスターの父君だ」
ランディさんの隣に座っているのは、茶髪を短く刈り上げた小柄な男性だった。
ギルドマスターと身長や体格とかが全く違うので、ランディさんの説明を聞いてスラちゃんと一緒に「えっ?」てなっちゃいました。
というか、ギルドマスターは公爵家のご子息だったんだ。
他の人もこのことを分かっているのか、思わず苦笑しちゃいました。
挨拶はこれで終わったので、昼食を食べながら話をします。
「ナオにーに、美味しいね!」
「うん、とっても美味しいよ。アーサーちゃんも、いっぱい食べようね」
「いーっぱい食べるよ!」
隣に座っているアーサーちゃんが僕に積極的に話しかけてくるけど、本当に美味しい料理です。
お肉も食べやすいように切り分けられていて、一口で食べられます。
そんな中、ランディさんが僕に話しかけてきました。
「ナオ君、慰問でスラちゃんと一緒に負傷した兵の治療をしたというけど、魔力は大丈夫なのかい?」
「全然大丈夫です。僕もスラちゃんも、同じくらいの怪我人の治療ができます」
「そ、そうか……」
あれ?
普通に話したら、何故かランディさんだけでなく他の人も考え込んじゃったよ。
僕、何か変な事を言ったかな?
その答えは、シンシアさんが教えてくれました。
「みんな、ナオ君の魔力量に驚いちゃったのよ。私もエミリーも回復魔法は使えるけど、骨折を含む怪我人となると午前中で魔力が尽きるわ」
「えっ、そうなのですか?」
「これでも、私もエミリーも普通の魔法使いよりもずっと魔力量は多いわ。きっと、ナオ君が特別に魔力量が多いのよ」
衝撃的な事実です。
僕としては、シンシアさんやエミリーさんの方がずっと魔力量が多いと思っていました。
僕もスラちゃんも、魔法使いとしてまだまだだと思っていました。
僕とスラちゃんが戸惑っていると、シンシアさんがくすくすとしながら話を続けました。
「ナオ君、あくまでも魔力量ってだけよ。流石に魔力制御は、私もエミリーもナオ君とスラちゃんよりも上よ。魔力を適切に扱えてこそ、優秀な魔法使いよ」
「僕もスラちゃんもまだ細かい魔力制御ができないので、もっともっと訓練します!」
「ふふ、その意気よ。ナオ君なら、間違いなく私よりも凄い魔法使いになれるわ」
シンシアさんに言われると、僕もスラちゃんもヤル気が出るよね。
その一方で、ランディさんがしみじみと話をしていました。
「ナオ君があの三人から離れて、本当に良かった。あのまま三人と居たら、ナオ君は間違いなく潰れていただろう。前にも話したが、優秀な魔法使いを失うのは国家の損失だ。特にナオ君クラスの魔法使いは、数十年に一人の逸材だ」
「うむ、それは余も思った。タイミングよくギルドにヘンリーがいたし、他の冒険者もナオを助けようとしていた。周りにそれだけ思われる冒険者は、稀有な存在だ」
ランディさんの言葉に、陛下は腕を組みながら話を続けました。
他の人たちも、うんうんと頷いていました。
既にあの三人が冒険者ギルドにとても迷惑をかけているのは実際に僕も見たし、僕がパーティから追放されるのが数日遅かったら様々なトラブルに巻き込まれていたのは間違いない。
本当にギリギリのタイミングで、僕はあの三人から離れる事が出来たんだ。
くいくい。
「ねーねー、お話まだー?」
ここで、ずっと放置されていたアーサーちゃんが不満そうな表情で僕の服を引っ張っていた。
取りあえず、難しいお話はこれで終わりですね。
お肉が冷めないうちに、昼食を再開しましょう。
そして、マリアさんが僕に話しかけてきたけど、エドガーちゃんが静かだなと思っていたら、お腹いっぱいになってマリアさんに抱かれてスヤスヤと眠っていました。
「ナオ君はとても丁寧な話し方をするけど、誰かに教わったのかしら?」
「お母さんに教わりました。お父さんとお母さんはペアで冒険者を組んでいたんですけど、その、お父さんの話し方は駄目だと言われまして……」
「ふふ、そんな事があったのね。でも、お母様の教育は間違ってはなかったのね」
お父さんは今でも冒険者をしているけど、昔に比べると大分言葉使いが良くなったんだって。
お母さんは普段は優しいのに怒ると物凄く怖いから、兄弟全員いい勉強になったっけ。
すると、今度はアーサーちゃんが眠くなったみたいです。
さっきから言葉少なくなって、しきりに目を擦っています。
「アーサー、眠いのか?」
「うん……」
「午前中はいっぱい頑張ったからな。ほら、お父さんのところに来なさい」
「うん……」
アーサーちゃんもエドガーちゃんも、午前中は沢山動いたから疲れちゃったね。
アーサーちゃんもジョージさんに抱っこされると、直ぐに胸に顔をうずめて眠り始めました。
昼食もこれで終わりなんだけど、今度はヘンリーさんが話し始めた。
「ナオ君、明日明後日は兄上と共に父上の仕事を手伝うのが前々から決まっていたんだ。明日は、シンシア、ナンシー、エミリーと一緒に活動してくれ。教会の治療施設で治療をする事になっている」
「明後日も、ナオ君には一緒にいてもらった方が良いわね。明日行く教会前で、炊き出しをするのよ。無料治療もする予定だから、ナオ君とスラちゃんがいるととても助かるわ」
「両方とも参加します。治療なら任せて下さい」
「うんうん、良いお返事ね。明後日の炊き出しには、お義母様とお義姉様も参加するわ」
ヘンリーさんは王子様だから、お仕事も忙しいんですね。
二日間の日程も決まったし、僕もスラちゃんも治療を頑張らないとね。
あと、今日の午後の予定は何があるんだろう?
「ナンシーさん、午後の予定はありますか?」
「うーん、どうしようか。顔合わせは終わったんだよね」
あら、ナンシーさんも悩んじゃったよ。
となると、オラクル公爵家に戻るのかな?
そんな事を思っていたら、陛下が少し考えてから僕に話しかけてきた。
「それなら、余からナオに冒険者として依頼を出そう。余の母上の治療して欲しいのだ」
「陛下のお母様、ですか?」
「ここ二年調子が良くない。宮廷医に診せているのだが、鑑定では毒と出ているが何の毒か分からないそうだ。毒消しポーションも効果がなかった」
陛下の表情が曇っちゃったけど、お母さんの調子が悪ければとっても心配するよね。
頑張って治療しよう!
「陛下、僕がどこまでできるか分からないけど、頑張って治療します!」
「ナオ、治せる範囲で良いぞ」
こうして、午後の予定も決まりました。
まだまだ魔力はあるし、頑張ろう。
大食堂から先程の部屋のあるところに行って、そのうちの一室に向かいます。
ちなみに王族は全員少し時間があるので、そのまま一緒に行きます。
コンコン。
「はい、どうぞ」
部屋の中から女性の声がしたので、全員で部屋の中に入ります。
すると、茶髪に白髪の混じった年配の女性がベッドから僕たちを出迎えました。
小柄で痩せているけど、とても優しそうな女性です。
「あらあら、みんな揃ってどうしたの?」
「ヘンリーのパーティに新しい男の子が入ったので、紹介しにきました」
「その白銀の髪の子かしら。可愛らしいから、女の子かと思ったわ」
陛下が僕を紹介すると、女性は口に手を当てて朗らかに笑っていた。
でも、ニコリとしているけど顔色はあまり良くなさそうです。
「えっと、初めまして。僕はナオです。このスライムは、スラちゃんです」
「ご丁寧にありがとうね。私はシャーロット、見ての通りおばあちゃんよ」
僕とスラちゃんがペコリとしながら挨拶をすると、シャーロットさんもニコリとしながら挨拶をしてくれました。
すると、マリアさんが午前中の事を説明してくれました。
「おばあ様、ナオ君とスラちゃんは午前中軍の病院の大部屋に入院していたもの全てを治療した治癒師です」
「あら、それは凄いわね。一部屋には十人以上入院しているはずよね」
「その、ナオ君とスラちゃんは四つある大部屋全てに入院していた怪我人を治療しました」
「まあ!」
シャーロットさんは、僕とスラちゃんが治療した範囲を聞いてとっても驚いていた。
そして僕とスラちゃんは、シャーロットさんが寝ているベッドに近づきました。
「シャーロットさん、これから治療をしますね」
「ええ、どうぞ」
僕は、シャーロットさんに軽く魔力を流しました。
すると、全身から悪いものを感じました。
スラちゃんが確かめても、全く同じ結果です。
うーん、予想以上に体調が悪そうだ。
あっ、許可を取ってあれを試してみよう。
「シャーロットさん、その、確認をしたいので鑑定魔法を使っても良いですか?」
「ええ、良いわよ。隠すことなんて、全く無いわ」
僕は、シャーロットさんの許可を取って鑑定魔法を使いました。
全身がこれほど悪いのは、何か原因がありそうです。
シュイーン、ぴかー。
すると、鑑定結果にとある中毒と表示されました。
念の為にスラちゃんが鑑定魔法を使っても、僕と全く同じ結果でした。
「陛下、シャーロットさんは鉛中毒と水銀中毒と出てきました」
「「なっ!」」
僕とスラちゃんの鑑定結果を告げると、陛下はもちろん王妃様もかなり驚いた表情になりました。
でも、二人とも何か心当たりがあるみたいです。
「昔、化粧品に鉛や水銀を使ったものが使われていて、健康被害が出て大問題になったのよ。だから、相当前に使用禁止になったの」
王妃様が心当たりがある事を教えてくれたけど、昔にそんな事が起きていたんですね。
まずは、解毒魔法を使った方が良さそうです。
ここは、スラちゃんと協力して行いましょう。
「スラちゃんは回復魔法系の解毒魔法で、僕が聖魔法の解毒魔法を使うよ」
スラちゃんも了解と触手を上げたので、僕たちは魔力を溜め始めました。
今回は、全力で解毒魔法を使います。
シュイン、シュイン、シュイン、ぴかー!
僕とスラちゃんが同時に解毒魔法を使ったので、シャーロットさんの周りに沢山の魔法陣が現れて光り輝きました。
中々中毒症状が強かったけど、頑張って魔力を決めると段々と治っていく手応えがありました。
そして、魔力が空っぽになる寸前で、シャーロットさんの解毒が完了しました。
スラちゃんも、魔力が底をつきそうです。
「はあはあはあ、な、何とか解毒できました。でも、僕もスラちゃんも、魔力が空っぽです……」
「ナオ、スラちゃん、大丈夫?」
汗だくになりながら治療結果を伝えると、エミリーさんが僕の体を支えてくれました。
スラちゃんも疲れて、へんにゃりとしています。
でも、治療効果は抜群でした。
「まあ、凄いわ。体がとても軽いの。今までの苦しみが、嘘のようだわ。ナオ君、スラちゃん、本当にありがとうね」
ベッドサイドでヘロヘロになっている僕とスラちゃんの事を、シャーロットさんがニコリとしながら撫でてくれました。
顔色もとても良くなっていて、調子は良さそうですね。
あっ、でももう駄目っぽいです。
ひょい。
すると、ヘンリーさんが僕の事をお姫様抱っこしました。
スラちゃんは、シンシアさんが抱いていました。
「ナオ君、少し休みな。魔力を沢山使ったのだから」
「ここまで分かれば、後は私たちが原因を突き止めるわ」
ヘンリーさんとシンシアさんがニコリとしたのを見たら、僕は意識を失ってしまいました。
でも、シャーロットさんの治療が上手くいって本当に良かった。