コンコン。
ビクン!
「失礼します。お館様と奥様が参られます」
急にドアがノックされたから、ビックリして体がビクンってなっちゃったよ。
でも、使用人はお館様と奥様って言ったような……
という事は、もしかして。
僕は、慌ててスラちゃんを抱いてソファーから立ち上がりました。
ガチャ。
「おお、待たせてしまったな。楽にすると良い」
「そうですわよ。緊張しなくて良いですわよ」
応接室のドアが開くと、とても豪華な服とドレスに身を包んだ中年の男女が入ってきました。
品の良さも凄く感じるので、間違いなくナンシーさんの両親のオラクル公爵夫妻ですね。
夫妻がソファーについたら、僕は挨拶をしました。
「ぼ、僕はナオです。このスライムはスラちゃんです。あ、あの、ナンシーさんに助けて貰いました。ありがとうございます」
「いやいや、中々礼儀正しいな。聞いていた噂通りだ」
「ええ、そうですわね。まずは、座ってお話しましょう」
僕は夫妻に勧められてから、頭を上げてソファーに座りました。
ニコニコしていて、とっても感じの良い人たちですね。
「こちらも自己紹介をしないとならないな。ナンシーの父親のランディだ」
「ナンシーの母親のレガリアですわ。娘と仲良くしてくれているみたいね」
ランディさんは茶髪を短く刈り上げていてビシッと決めている、とってもダンディな人です。
レガリアさんはナンシーさんと同じ赤い髪をショートヘアにしているけど、なんというかお胸が凄いことになっています。
ドレスを、これでもかと持ち上げていました。
でも、話を聞くとお二人は僕の事を知っているみたいですね。
「あの、ランディ様、レガリア様……」
「おっと、堅苦しいのは避けてくれ。公式の場以外は、様をつけなくていいぞ」
「そうですわね。こんなに可愛くて小さな子に様をつけられると、何だか変な感じだわ」
この国の偉い人は堅苦しくなく、とっても気軽に接してくれますね。
ここは、お言葉に甘えましょう。
「ら、ランディさん、レガリアさん、僕の事を知っているんですね」
「ある意味情報収集の一環だ。王都にいる優秀な冒険者の情報を集めていて、どんな人物か、危険性はないかと判断していたのだよ。ナオ君については、パーティメンバーに問題があるから早く引き離さないという判断をしていたのだよ」
「私も娘から話を聞かされていたのだけど、ナオ君の前であれだけどあまり良い人達ではなかったと聞いたわ。無事にナオ君がパーティを抜けて、私もホッとしているのよ」
流石は上級貴族だけあって、僕だけでなく他の冒険者の情報も知っていたんだ。
でも、ここでも僕のことを心配してくれて、何だかとってもありがたいなあ。
そして、ランディさんとレガリアさんは、僕の荷物に気が付きました。
「ナオ君、随分と荷物が少なそうだけど他にはないのか?」
「あの、アイテムボックスを持っていますけど殆ど入っていません。その、荷物を持つための大きい中古のリュックサックがあったんですけど、宿に置いていたら三人に持っていかれました。この服やマントに杖も、冒険者ギルドでシンシアさんやナンシーさん、それに他の女性冒険者の皆さんに買って貰いました。その、お金も要求されて差し出しちゃったので……」
「何ということだ。小さい子にする仕打ちではないぞ。まるで強盗がする事ではないか。しかも、奴隷みたいな扱いもしていたのだな」
「本当に酷い話だわ。娘たちがナオ君を保護して、本当に良かったわ」
僕に加えてスラちゃんもしゅんとなりながら経緯を説明したけど、ランディさんもレガリアさんもまるで自分の事の様に反応してくれた。
とても偉い人なのに、とってもありがたいね。
「ナオ君がとんでもない魔法使いだと、私は見ただけで直ぐにわかった。それでいて、とても謙虚な性格だ。このままナオ君を失ったら、まさに国家の損害となるだろう」
「冒険者に限らず、どんな世界にも自信過剰になって傍若無人になる人がいるのよ。ナオ君には全く当てはまらないけど、きっとその三人はそんな性格だったのね」
僕は従属的な立場だったから威張ることなんてもちろんできなかったし、文句を言うこともできなかった。
逆に、そんな立場だったから良かったんだろうね。
「そうそう、ナオ君が泊まる部屋は用意させているから、準備ができたら案内させる」
「ふふ、もし寂しくなったら私の部屋に来ても良いのよ。一緒に寝てあげるわ。残念ながら、旦那様も一緒だけどね」
「おいおい、私は邪魔者扱いかね」
「あはは……」
な、何だかレガリアさんがウインクをしながら凄いことを言ってきたけど、僕は一人で寝れますから大丈夫ですよ。
レガリアさんから凄い視線の圧力をかけられているけど、大丈夫ですからね。
コンコン。
「失礼します。お嬢様が参られます」
あっ、ナンシーさんの着替えが終わったんだ。
自分のお家の中だから、いつまでも冒険者スタイルではないもんね。
ガチャ。
「お母様、何やら不穏な話が聞こえてきましたが……」
「あらあら、そんな事はないですわよ。可愛い子を見たら、当然の反応ですわ」
「とっても怪しいのですけど……」
応接室にドレスに着替えたナンシーさんが入ってきて、じとーっとレガリアさんを見ています。
ナンシーさんはポニーテールにしていた髪を下ろしていて、髪色と同じ鮮やかな赤いドレスを着ています。
まさに、貴族令嬢って感じでとっても似合っていますね。
「ナンシーさん、ドレスがとっても似合っていますね」
「ふふ、ナオ君ありがとうね」
ナンシーさんもちょっと頬を赤らめながらも、余裕な感じで僕に返事をしていました。
そしてナンシーさんは僕の隣に座ったけど、とある事を両親に提案しました。
「お父様、お母様、ナオ君の冒険者服は整えたのですが、その他の寝袋などの活動に必要な物一式を購入するのを失念しておりました。これから御用商会に連絡頂く事は可能でしょうか? あと、ナオ君はこの服以外何も着替えを持っていないので、代わりの服もあった方が良いかと」
あっ、そっか。
僕も、色々な事が起きていてすっかり忘れていたよ。
ショルダーバックにはお金とかしか入れてなかったし、大きなリュックサックは三人に持って行かれちゃったんだ。
スラちゃんもこの事を忘れてしまったみたいで、僕と同じく「はっ」って表情をしていました。
「確か、明日は近隣の村に行くのだろう? だったら、野営が出来る装備があった方が良いだろう。直ぐに御用商会を呼ぼう」
「服だけでなくて、下着もあった方が良いわね。ナオ君はアイテムボックスを使えるのだから、念の為に食料もあった方が良いわね」
「あの、その……」
「せっかくだから、室内着も買いましょう。リラックスできる服があった方がいいですわね」
「えーっと……」
オラクル家の皆さんがとっても盛り上がっていて、僕は全く意見を挟めないでいます。
そして、あっという間に色々な事が決まってしまいました。
ある意味、決断の早さが貴族らしいのかもしれません。
既に使用人に指示をしており、御用商会が来るのはもう確実です。
ここで、僕よりも小さな子が突入してきました。
トトト、ガチャ。
「おわったー?」
「セーちゃん、急に入ってきちゃ駄目でしょう?」
オレンジ色の髪の元気いっぱいな男の子が、応接室の扉を開けて入ってきました。
レガリアさんが注意するけど、男の子の視線は僕とスラちゃんに注がれていました。
スラちゃんも、男の子に触手をふりふりとしていますね。
「おおー! にーにと、チュライムがいるー!」
まだ舌足らずなところが可愛いし、僕とスラちゃんを見る目が熱視線に変わりました。
男の子はトトトとやって来て、ナンシーさんの膝の上にちょこんと乗りました。
「ふふふ、ナオ君、スラちゃん、セードルフちゃんですよ。はい、ご挨拶しましょうね」
「こんちゃ!」
セードルフちゃんは元気よく手を挙げて、ニコニコしながら挨拶をしています。
そして、このタイミングでセードルフちゃんの両親も応接室に入ってきました。
「セードルフ、いきなり走って何処に行ったのかと思ったよ。急に走っては駄目だよ」
「そうよ。応接室にいきなり入るのも駄目ですよ」
「はーい、ごめんちゃい」
セードルフちゃんも、素直に謝っていますね。
ついでと言うことで、セードルフちゃんのご両親にもご挨拶をする事になりました。
「初めまして、ナオと言います。このスライムはスラちゃんです、宜しくお願いします」
「これはご丁寧に。私はガイル、ナンシーの兄になる。ナンシーを宜しくね」
「私はイザベルよ。ナンシーからナオ君の事は聞いていたのよ。とても可愛らしい男の子ね」
「セードリュフーだよ!」
ガイルさんはランディさんと同じ茶髪だけど、少し長めにしているんだね。
イザベルさんは、緑色のセミロングでとっても優しそうです。
セードルフちゃんは、舌足らずな話し方がとっても可愛いです。
あと、イザベルさんにちょっとした特徴が。
「もしかして、イザベルさんのお腹に赤ちゃんがいるんですか?」
「ふふ、そうなのよ。あと三ヶ月で出産予定よ」
「おにーちゃんになるー!」
ドレスの上からでもお腹が目立っているけど、イザベルさんはそんなお腹を優しく撫でていました。
オラクル公爵家は、本当に明るい話題がいっぱいなんですね。
「おおー、ぷにぷにするー!」
そして、いつの間にかスラちゃんはセードルフちゃんの膝の上に乗って遊んであげていました。
触手をふりふりしたりぴょんぴょん跳ねたりと、中々良い感じに動いていていますね。
セードルフちゃんが応接室に乱入して一時間後、御用商会の人が屋敷にやってきました。
その間は、冒険者ギルドであった事や僕の身の上の話をガイルさんとイザベルさんに説明していた。
二人とも事前に話は聞いていたのだけど、改めて話を聞いて僕の事を慰めてくれました。
そして、応接室には三人が入ってきて、先頭の男性が責任者みたいです。
白髪交じりのグレーの髪をオールバックにして、ビシッとスーツを着こなしたカッコいい人です。
「あの、ナオと言います。宜しくお願いします」
「ナオ様、オラクル公爵家の御用商会をしておりますバイザー商会と申します。今後もご贔屓にお願いいたします」
おおー、僕も立ち上がって挨拶したけど、とっても綺麗な礼をしていて凄くカッコいいよ。
そして、ちょっとビックリする事を言われちゃいました。
「ナオ様が勇者様の御一行に参加されたと、街の方も噂しております。私どもも、そのような方に商品をお出しする事となり大変名誉だと思っております」
「えっ、僕の事が噂になっているんですか?」
「左様でございます。冒険者の方はもちろんの事、宿や食堂の組合からも噂が広がっております」
冒険者ギルド内にも沢山の冒険者がいたし、宿組合の会長さんも張り切っていたっけ。
うう、明日街の人に出会ったら、絶対に何か言われそうです。
そして、同じ冒険者としてナンシーさんが商会の人と話をしています。
「冒険者向けの基本的なセットが販売されておりますので、まずはこちらを購入するとよいかと。寝袋や調理道具も含まれております。毛布や外套などは、個別の物をお勧めいたします」
「そうね、この辺りがあれば野営も問題ないわね。まだナオ君は体が大きくなるから、確かに外套も個別に購入した方が良いでしょう」
「その他に、食料と調味料をお持ちいたしました。予備の服や下着などもございます」
いつの間にか女性陣が全員集まって、あーだこーだ熱い話を繰り広げていますね。
僕はもちろん、ランディさんとガイルさんも近づけない熱量で思わず苦笑しています。
「ねーねー、おかしおいしいね!」
「うん、そうだね。美味しいね」
僕は、黙ってセードルフちゃんの相手をするのに徹しよう。
時々採寸する為に呼ばれる事があるけど、殆ど何もしていません。
そうこうしているうちに、荷物を選ぶのが終わったみたいです。
うん、凄い量だけどお金大丈夫かな……
「じゃあ、いつも通りの請求でお願いね」
「畏まりました。ナオ様、今後も是非とも宜しくお願いいたします」
「よ、宜しくお願いします……」
御用商会の人の綺麗な礼に、僕もちょっと戸惑いながら返事をしました。
そして、御用商会の人が帰った後、僕はランディさんに申し訳ないないと思いながらとある事をお願いしました。
「ランディさん、その、色々とありがとうございます。お金は、後でキチンと支払います」
すると、僕の話を聞いたランディさんだけでなくオラクル家の他の人達も顔を見合わせて少し笑いました。
えっ、えっ。
僕は、何かおかしい事を言っちゃったかな?
すると、ランディさんが僕に向き直って話し始めました。
「ナオ君は、本当に律儀な性格だ。これは貴族として一種の投資の意味合いもあるから、お金は気にしなくて良いんだよ」
「投資の意味合い、ですか?」
「貴族というのは、自分の利益になるかどうかを考える面倒くさい生き物だ。そして、ナオ君はヘンリー殿下も認めた冒険者だ。そんな未来のある冒険者に投資するのは、貴族として普通の事だよ」
僕が投資される程の冒険者なのかは分からないけど、今分かっているのはオラクル家の皆さんに期待されているという事です。
なら、ここは素直に好意に甘えた方が良さそうですね。
僕は、ソファーから立ち上がりました。
「色々とありがとうございます。本当に助かりました」
「ふふ、良いんだよ。私達も色々と思惑があった事だからね。さて、夕食にしようか」
「わーい! ごはん!」
話を打ち切るかの様にランディさんが夕食の話を切り出すと、セードルフちゃんがスラちゃんを抱いたまま元気よく声を上げていました。
元気いっぱいなセードルフちゃんに、僕もある意味救われているかもしれません。
そんな事を思いながら、僕はセードルフちゃんと手を繋ぎながら食堂に向かいました。
応接室から歩いて食堂に向かうが、やはり大貴族の屋敷は凄いなあ。
魔導具が照らす明かりが家の中を明るく見せていて、僕の感覚からするとまるで昼間の様だった。
魔法使いが多かったからか実家には明かりの魔導具が置かれていたけど、こんなに明るくはなかったよ。
ガチャ。
「ナオ君、ここが食堂よ」
「ふわああ……」
「ふふ、やっぱり初めて見るとビックリするよね」
食堂に着いたとナンシーさんが説明してくれたけど、僕とスラちゃんは目の前にドーンと置かれているながーいテーブルに目がいっていました。
そんなテーブルを見ながら進んでいき、僕はナンシーさんの隣に座りました。
目の前には、ガイルさんとイサベルさんに挟まれながら座る、ニコニコ顔のセードルフちゃんの姿がありました。
そして、目の前に豪華な料理が並びます。
うわあ、こんなすごい料理初めてみたよ。
そして、全員に飲み物が配られたところで、ランディさんが飲み物を手に持って立ち上がりました。
「今日は色々な経緯があったが、こうしてナオ君と知り合う事ができた。こういう小さな縁を、皆にも大切にして欲しい。では、乾杯する。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「かんぱーい!」
ひときわ元気なセードルフちゃんの声が、食堂に響きました。
そして僕も食事を食べ始めるけど、食べやすい様にお肉とかも小さく切ってくれていました。
パクリ。
「わあ、とっても美味しいです! こんなに美味しいお肉は、生まれて初めて食べました!」
「そうか、それは良かった。遠慮せずに食べてくれ」
僕とスラちゃんの食べっぷりに、ランディさんも目を細めていました。
最近あんまり食べていなかったから、どんどん食べられちゃいます。
ナンシーさんも、他の人たちも、僕とスラちゃんの事を微笑ましく見ていますね。
「にーに、おいちー?」
「うん、とっても美味しいよ」
「えへへ、おいちーね!」
時々目の前に座るセードルフちゃんが僕に話しかけてくるけど、セードルフちゃんはまだ三歳なのにもう気遣いができるんですね。
こうして僕とスラちゃんは、出された食事をぺろりと完食しました。
こんなに沢山食べたのは、本当に久しぶりです。
夕食を食べたらだいぶ時間が経ったので、そのまま僕は使用人さんの後をついて行って今日泊まる客室に移動します。
ガチャ。
「こちらが、本日ナオ様にお泊り頂く客室になります」
「ほわあ……」
使用人に案内された客室は、もう作りが凄かった。
寝室にはとても大きいベッドが置かれているし、応接室やトイレ、はたまたお風呂まであった。
この部屋だけで、実家よりも間違いなく広かった。
あまりの凄さに、僕とスラちゃんは全てを受け入れるのに時間がかかってしまった。
「ナオ様、本日はお風呂は如何されますか?」
「えーっと、どうしよう。直ぐに入れますか?」
「魔導具を使用しておりますので、二十分程で入浴可能となります」
うーん、そういえばお風呂って全然入っていないんだよね。
実家は魔法使いが多かったから湯船にお湯を溜めて入っていたけど、流石にここではその方法は使えないね。
「すみません、せっかくなのでお風呂に入ります」
「畏まりました。それではご用意しますので、少々お待ち下さいませ」
お風呂を溜めるのをお願いしている間に、買ってもらった下着と室内着を用意します。
もう冒険者服は必要ないから、室内着に着替えちゃおう。
そうこうしているうちに、お風呂のお湯が溜まりました。
「では、お体を洗うのをお手伝いしますので」
「えっ?」
「お体を洗うのをお手伝いします」
あの、もしかして使用人が僕の体を洗うの?
そんな事を一瞬考えたら、ぱぱぱっと服を脱がされちゃいました。
そのまま、体をごしごしと洗われちゃいました。
「少し、腰などに打ち身がありますね」
「あっ、突き飛ばされた時に床に打ち付けたのかもしれません。直ぐに治療します」
シュイーン、ぴかー!
僕は使用人に指摘された所を直ぐに治療したけど、もしかしたら僕の体の悪いところとかをチェックしているのかもしれない。
いずれにせよ、怪我をしているのはそこだけだったので、直ぐにスラちゃんと一緒に湯船に入りました。
「はふー」
「ふふ、気持ちよさそうですね」
「はいー」
お湯の温度も丁度よく、スラちゃんも気持ちよさそうに湯船に浸かっていました。
久々に疲れが取れそうなくらい、とっても気持ちいいです。
「それでは、私はこれにて。何かありましたら、遠慮なくご連絡下さいませ」
こうして、ゆっくりと湯船に浸かった後、僕は使用人を見送ってからとても大きなベッドに潜り込みました。
今日一日色々な事がありすぎてとっても疲れたので、僕はスラちゃんと一緒に直ぐに眠りにつきました。
ちゅんちゅん。
「うーん、うん? ここはどこだ?」
ふかふかのベッドの中で、僕は目を覚ましました。
体を起こして眠い目をこすりながら、周囲を見回します。
えーっと、ここは確か……
あっ、思い出した。
僕は豪華な部屋を見て、昨日の激動の一日を思い出した。
夢のような出来事だったけど、僕はパーティを追放されて本当に勇者様に助けられたんだ。
そして、とっても豪華な屋敷に泊まったんだ。
枕元で寝ているスラちゃんをちょこんと突っついてから、僕はお手洗いに行きました。
今日からヘンリーさん達と一緒に行動するんだ、僕も頑張らないとね。
「よっと、じゃあ始めようと」
僕は気持ちを落ち着ける為に、ソファーに座って毎日やっている魔力制御の訓練を始めました。
実家は魔法使いが多いので、自然と両親に色々な魔法訓練の方法を教えて貰いました。
そして、今日は体の中の魔力をぐるぐると回す魔力循環を行います。
魔力循環なら危なくないし、どこにいてもできるもんね。
ぴょーん。
「わっと、スラちゃんおはよう」
魔力循環をしている間にスラちゃんが目を覚ましたみたいで、僕の膝の上に飛び込んできました。
スラちゃんと一緒に再び魔力循環を再開して、訓練後は冒険者服に着替えました。
「おはようございます」
「やあ、ナオ君おはよう」
部屋を綺麗にして荷物を持って食堂に行くと、ランディさんが朝食を食べていました。
ランディさんは、朝早くから王城に行ってお仕事をするそうです。
偉い人って、本当に大変なんですね。
「ナオ君は、起きるのが早いんだね」
「その、魔法の訓練をしていたのもあったんですけど、三人の道具を用意する必要もあったので……」
「はあ、朝早く起きざるを得なかったのか。それは失礼した」
ランディさんは僕が早く起きる理由を聞いて思わず謝っちゃったけど、実家でも魔法の訓練をしていたからどっちにしてもいつも早起きだったんだよね。
朝食をもしゃもしゃと食べながらそんな事を思っていたら、とっても眠そうなナンシーさんとそんな娘を心配するレガリアさんが食堂に入ってきました。
「おはよー、ござい、ますー」
「この子ったら、昨夜ナオ君と冒険できるとワクワクして寝不足になったそうよ」
「あふー」
大あくびをしているナンシーさんを他所に、レガリアさんはちょっと苦言を呈していました。
道中馬車で移動するから寝ても大丈夫だけど、ここまでフラフラになるまで夜更かしをするのは駄目だよね。
朝食を食べ終わったところで、食堂に元気の良い声が響きました。
「にーに、あそぼー!」
「もしゃもしゃ、ねむーい……」
ひと足先に朝食を食べ終えていたセードルフちゃんが食堂に入ってきたけど、ナンシーさんが朝食を食べ終えるのに時間がかかりそうです。
僕は食堂を後にして、セードルフちゃんと一緒に庭に移動しました。
「じゃあ、こっちまでおいで」
「いくよー!」
僕とスラちゃん、それにセードルフちゃんは、庭で追いかけっこをしています。
セードルフちゃんはとっても元気いっぱいで、一生懸命に庭を走り回っています。
ガイルさんは屋敷の執務室でお仕事をしていて、イザベルさんはレガリアさんと一緒に無理のない範囲で接客などの対応をしているそうです。
みんながお仕事の間はセードルフちゃん一人になっちゃうので、僕を遊びに誘ったみたいですね。
パカパカパカ。
「おー、ばしゃだー!」
「危なくないように、こっちに行こうね」
「はーい」
ここでオラクル公爵家の敷地内に、少し大きめの豪華な馬車が入ってきました。
騎馬隊の護衛もついていて馬も二頭で馬車を引いているし、幌馬車よりもずっと大きいかも。
セードルフちゃんと手を繋いで待っていると、馬車の扉が開いて昨日出会った人達が降りてきました。
「ヘンリーさん、シンシアさん、おはようございます」
「やあ、ナオ君おはよう。昨夜はゆっくりと寝れたかな?」
「セーちゃんも、朝から元気いっぱいね」
今朝も勇者様スマイルが眩しいヘンリーさんに、セードルフちゃんの頭を優しく撫でるシンシアさんの姿がありました。
二人とも、冒険者スタイルですね。
そして、もう一人女性がついてきていました。
金髪の髪をツインテールにして、騎士なのかナンシーさんとよく似たライトプレートを装備している元気いっぱいって感じの女性です。
髪の毛の色がヘンリーさんに凄く近いけど、もしかして……
すると、僕の視線に気がついたヘンリーさんがその女性を紹介しました。
「ナオ君、紹介しよう。私の妹で今年十歳になるエミリーだ」
「は、初めまして。僕はナオです、このスライムはスラちゃんです。宜しくお願いします」
「エミリーよ。ナオ、宜しくね」
エミリーさんはぺこりと頭を下げた僕にニコッと笑いかけると、僕に近づいてきました。
握手でもするのかなと思っていたら、僕も僕の頭の上に乗っているスラちゃんもビックリする行動をとってきました。
ぎゅっ。
「あれ? エミリーさん?」
「うーん、髪の色もとっても綺麗だし目の色も綺麗だし、女の子みたいに肌もスベスベね」
「えーっと……」
「ぼくもぎゅーする!」
エミリーさんはいきなり僕に抱きついてきて、色々なところを触ったり頬擦りしたりしてきました。
突然の事で、僕もスラちゃんも思わず固まっちゃいました。
セードルフちゃんがエミリーさんに対抗して僕の足に抱きついてきたけど、そんな事を気にする余裕はありませんでした。
「ふむ、好き嫌いがハッキリしているエミリーがあそこまで気にいるとは」
「私は、ナオ君なら当然だと思いますわよ。既に王都の女性冒険者を虜にしていますし」
ヘンリーさんとシンシアさんも、微笑ましいものを見ているという表情をしているだけで、僕の事を助けに来てくれません。
もちろん、セードルフちゃんを引き剥がす事もできません。
「ふわあ、おはよー。って、何が起きているの?」
「「ギュー」」
結局、騎士服に着替え終わったナンシーさんがやってきても、エミリーさんとセードルフちゃんは僕から離れてくれませんでした。
二人が僕から離れたのは、抱きついてたっぷり五分が経過してからでした。
「いやあ、思った以上に美少年だったわ。とっても性格も良さそうね」
「あら、エミリーもナオ君の可愛らしさに気がついたのね」
「本当にナオ君は可愛いよね。思わず食べちゃいたいくらいね」
「にーに、かわいーよ!」
ようやく離れたエミリーさんと共に、女性陣が不穏な話をしています。
セードルフちゃんも混ざって、何を話しているのやら。
それはさておき、王城に仕事にいくランディさんも出てきたので今のうちに挨拶をします。
「ランディさん、一晩泊めて頂きありがとうございました」
「「えっ?」」
あれれ?
僕とスラちゃんがペコリとお礼を言ったら、ランディさんとヘンリーさんが僕を見て固まっちゃいました。
ワイワイと話をしていた女性陣とセードルフちゃんも、話を止めて驚いた表情をしながら僕の方を向き直しました。
僕、何か変な事を言っちゃったかな?
そんな事を思っていたら、ヘンリーさんが何かに気がつきました。
「ナオ君、もしかして依頼料が入ったらオラクル公爵家から宿に移る気では?」
「はっ、はい。そのつもりです」
「ああ、うん。ナオ君の性格ならそう言うよね」
ヘンリーさんは、何かに納得したかの様にウンウンと頷いていました。
公爵家の屋敷だし、あまり長居してはいけないと思ったんだけど。
何か間違っちゃったのかな?
するとヘンリーさんは、表情を改めて僕の方を向きました。
「ナオ君、暫くオラクル公爵家に滞在して貰う。これは決定事項だ。あの三人か安宿から別の宿に泊まっているから、思いがけずはち合わせする可能性も否定できない」
「あっ、そうでした……」
「最低でも、あの三人の件が片付くまでは宿に泊まるのは禁止だ。冒険者ギルドにも、必ず誰かと一緒に行く事。誰も同行できない場合は、冒険者活動自体お休みだ」
昨日あの三人と別れたけど、まだ何かをしてくる可能性は否定できない。
だからこそ、ヘンリーさんは僕に制限事項を話したんだ。
他の人も、ヘンリーさんの話を聞いてウンウンと頷いています。
「ナオ君、我が家に泊まることは気にしなくてよい。勇者パーティに保護されたのに、またトラブルになるのは極力避けないとならない」
「分かりました。今夜も宜しくお願いします」
「わーい!」
ランディさんは、僕がペコリと頭を下げると満足そうに頷きました。
セードルフちゃんも、僕が泊まると分かって大喜びですね。
そろそろ時間なので、それぞれの馬車に乗り込みました。
「じゃあ、行ってくるぞ」
「行ってきます」
「いってらっしゃーい!」
元気なセードルフちゃんの声に見送られながら、ランディさんは王城に、僕達は冒険者ギルドに向かいます。
僕は、ナンシーさんとエミリーさんに挟まれる形で座りました。
パカパカパカ。
馬車に乗って直ぐに、エミリーさんが僕に話しかけてきました。
どうも、エミリーさんはスラちゃんにも興味があるみたいですね。
「ねえナオ、スラちゃんっていつから一緒なの?」
「僕がとっても小さい時からです。それこそ、セードルフちゃんよりも小さい時ですよ。スラちゃんは、僕よりもお兄さんです」
「そんなに昔から一緒だったのね。ふふ、それに、スラちゃんの方がナオよりもお兄ちゃんなんだ」
スラちゃんが僕の頭の上でドヤってしているけど、僕にとっては家族とは別のお兄ちゃんって感じなんだよね。
昨日もいっぱい助けてくれたし、本当に助かっています。
そして、あっという間に冒険者ギルドに到着しました。
僕たちは指名依頼なので、受付で手続きをしてそのまま現地に向かいます。
順番に並んでいると、前の方から罵声が聞こえてきました。
姿は見えないけど、この声は間違いなくあの三人でした。
「おい、何でこの魔物討伐の依頼が駄目なんだよ! いつも受付していただろうが!」
「この依頼は、四名からになります。ですので、三名では受けられません」
「くそっ」
えーっと、もしかしなくともあの三人は依頼票をよく確認しないで受付に持って行ったんじゃないかな?
受付できるレベル云々じゃなくて、そもそも募集要項にあっていないのはまずい気がしますよ。
「はあ、依頼票も確認しない程度のレベルだったとは。相手にするのも馬鹿馬鹿しいわね」
エミリーさんが、嫌そうな顔を隠さずあの三人に思いっきり毒を吐いていますね。
というか、他の冒険者も口々に「何をやっている!」とか「さっさとどけ!」ってあの三人に思いっきり怒鳴っています。
結局、三人はこの人数で受付可能な依頼を探しに行ったので僕たちははち合わせする事なく受付を済ませる事ができました。
そして、余計なトラブルを避けるためにささっと馬車に乗り込んで目的地に向かいました。
パカパカパカ。
「あの、すみません。ヘンリーさんが言った意味が良く分かりました。まさか、ここまで酷いとは思いませんでした」
「分かってくれればいいよ。それに、トラブルが重なるたびに奴らはナオ君に恨みを募らせるだろう。自分勝手な理論だがな」
「何となく分かるわ。今までナオ君が色々やっていたのを、あの三人は自分たちでやらないとならない。自分たちがナオ君を追い出したのに、更に自分勝手に色々と思うわよ」
あの三人が僕を追放してたった一日で依頼の受付トラブルまで起こすとは思ってもいなく、僕も考えが甘かったと反省しました。
ヘンリーさんとシンシアさんが、ショボーンと項垂れている僕の頭を優しく撫でてくれました。
「あの三人はナオ君に何も言うなって強要していたんだから、ナオ君がいくら良いことを言っても無駄よ」
「それに、今はナオには私達がついているから。安心してね」
ナンシーさんとエミリーさんも、僕に優しく話しかけてくれました。
何だか、心がとっても軽くなったよ。
スラちゃんも大丈夫って慰めてくれるし、心配してくれる人がいるって心強いね。
王都を出発して一時間後、僕達を乗せた馬車は予定通りに王都近隣の村に到着しました。
村といってもそこそこ大きなところで、食堂兼宿もありました。
まずは、村長さんのところにご挨拶に向かいます。
何回か来たことがあるらしく、ヘンリーさん達は普通に村長さんの家に入っていきました。
村長さんは、頭は髪の毛がないけどとっても立派なアゴヒゲを生やしています。
「ヘンリー殿下、こんな小さな村に来て頂き真に申し訳ない」
「村長、この村は王国直轄の村になる。私達が対応しないとならないので、お気になさらず」
第二王子が直々に小さな村に来ているので、村長としては心苦しいのでしょう。
でも、ヘンリーさんとしては謎の調査を兼ねてやってきているので、全く気にしていません。
すると、村長さんはエミリーさんの隣にいる僕の存在に気が付きました。
というか、爆弾を投げ込んできました。
「ヘンリー殿下、こちらの可愛らしい少女はどなたでしょうか?」
「ナオと言いまして、とても優秀な魔法使いです。あと、その、ナオは男の子です……」
「これは大変失礼しました。とても可愛らしいので、てっきり……」
あの、女性陣に限らず護衛の近衛騎士も村長さんの発言を聞いて肩を震わせています。
ヘンリーさんも苦笑いしているし、僕も苦笑しかできないです。
取り敢えず話は終わったので、目的の森の近くまで馬車で移動します。
「ぷぷぷ、村長さんはナオ君を女の子と本気で勘違いしていたわね」
「お、お腹痛い。悪気も全く感じなかったわ」
「ふふ、ナオはとっても可愛いから仕方ないわね」
馬車に乗って少し進んだところで、シンシアさん、ナンシーさん、エミリーさんが大爆笑していました。
うう、今までもたまに女の子に間違われる事があったけど、こうも面を向かって言われるとショックです。
「流石に私も対応に困ったよ。村長も悪気はないから許してやってくれ」
「はい、もう、それは……」
「ナオ君が女の子みたいに綺麗な顔なのは、私も同意するがね」
ヘンリーさんも、思い出し笑いしながら僕に話しかけてきました。
はあ、帰りに村長さんと会うからどうやって顔を合わせればいいんだろうか……
どよーんとした気持ちのまま、目的の森の前に到着しました。
馬車から降りると、直ぐにヘンリーさんが僕に話しかけてきました。
「ナオ君、大体でいいから感じる範囲でどのくらい動物がいるか確認してくれ。あと、何か感じる事があったらそれも教えてくれ」
さっそく初めてのお仕事ですね。
僕は買ってもらった杖を構えて、魔力を溜め始めました。
シュイン、シュイン、シュイン、ぴかー!
「ナオ君、いきなり凄いところを見せてくれたわね」
「ええ、この規模の探索魔法を使えるなんて、本当に凄いわ」
「もうこの時点で、ナオが凄腕の魔法使いだと分かったわ」
僕の後ろで女性陣が何か言っているけど、まずは感じ取った事を伝えないと。
僕は、探索魔法の結果をヘンリーさんに伝えました。
「大体周囲五キロほど探索をしましたが、右手側一キロほどに沢山の動物の反応がありました。多分シカだと思います。その先に、とても大きな反応が一つありました。大型のイノシシかなと。あと、特に悪意とかは感じません」
「分かった。シカは二十頭は間引いてもいいから、そこから使おう。イノシシはビッグボアの可能性もあるな」
ヘンリーさんは、僕の探索結果を聞いて直ぐにこの後の作戦を立てていました。
調査もあるけどあくまでも害獣駆除の依頼だから、村人の為に頑張らないと。
「よし。では、行くぞ」
「「「「おー!」」」」
僕達は、ヘンリーさんの掛け声に合わせて一気に動き始めました。
シンシアさんもシカの大体の場所を把握していて、ヘンリーさんに軽く頷いていました。
そして、森の中に入りました。
ガサガサガサ。
森の中を進むこと二十分、僕達の少し先にシカの群れが見えてきました。
とはいえ、僕達のところから少し距離があるし、これ以上近づくと逆に臭いで気づかれます。
「さて、エリアスタンで纏めて倒しても良いが、ナオ君ならどうする?」
ヘンリーさんが真剣な表情で僕に聞いてきたけど、もしかしたら僕の実力を試そうとしているのかも。
この位置からだと拘束魔法は決まり難いので、確実に広範囲で痺れさせるエリアスタンは第一候補になります。
ただ、魔力消費も激しいので、出来れば避けたいところです。
ですので、僕は別の魔法を使います。
「僕は、闇魔法のスリープを使います」
「ほう。なるほど、その手もあるのか。では、ナオ君にやってもらおう」
ヘンリーさんの指示も出たので、僕はシカに気づかれないようにこっそりと魔力を溜め始めました。
距離はあるけど、ここからなら大丈夫です。
シュイーン、もわーん。
「ピッ、ピィ……」
バタンバタンバタン。
僕のスリープの魔法が上手く効いたのか、シカの群れは一斉に地面に倒れました。
近衛騎士が先行して、僕たちもシカの群れに近づきます。
「す、凄い。全て寝ております」
「後は、トドメを刺すだけです」
近衛騎士の報告を聞いて、ヘンリーさんが僕達にコクリと頷きました。
そして、キラリと剣を抜きました。
あっ、この方法を提案してみよう。
「ヘンリーさん、スラちゃんはスライムの特性を生かして綺麗に血抜きができますよ」
「それは助かる。オオカミなどに気づかれない為にも、素早い血抜きは必要だ」
こうして僕も手伝う中、あっという間に必要な分のシカの間引きと血抜きが完了しました。
スラちゃんも、とっても張り切って血抜きをしています。
血抜きが終わったシカは、僕のアイテムボックスに収納します。
「本当に楽に倒し終わったわね。エリアスタンは結構激しい光が出るから、他の動物や魔物が逃げたり逆に興奮して襲ってくるんだよね」
「そうそう。それに、スラちゃんが完璧な血抜きをしてくれたから、買取価格もアップするわ」
「ナオもスラちゃんも、本当に凄いわ。しかも、余裕でこの数のシカをアイテムボックスにしまっているわ」
シンシアさん、ナンシーさん、エミリーさんにも高評価を貰って、僕もスラちゃんもホッと一安心です。
次は、大きな反応のあったところに向かいました。
実は時々探索魔法を使っていて、その結果をヘンリーさんに共有していました。
大きい反応は段々と僕たちに近づいてきていて、もしかしたら僕たちをテリトリーに入ってきた邪魔者だと思っているのかもしれません。
そして、数分もしないうちに大きい反応と接触しました。
「ブブー!」
「やっぱりビッグボアか。それにしても、丸々と太っているな」
とても大きなビッグボアが、僕たちの少し前に姿を現しました。
鼻息も荒く、僕達と戦闘する気満々ですね。
でも、実際に戦闘は起きませんでした。
シュイーン、もわーん。
「ブ、ブ、ブ……」
ドシーン。
今度は、スラちゃんが闇魔法のスリープを使ってビッグボアを眠らせました。
ビッグボアは大きな音を立てて地面に倒れたけど、全く起きる気配がありません。
またまた近衛騎士が近づいて、ビッグボアの状態を確認します。
「で、殿下、ビッグボアはぐっすりと眠っております」
「全く起きる気配がありません」
「じゃあ、トドメを刺してスラちゃんに血抜きして貰おう。これだけ大きいと、取引価格もかなりのものになるな」
ビッグボアも、あっさりとトドメを刺してスラちゃんに血抜きをしてもらいます。
血抜きもササッとしてくれるので、とても助かります。
その後もイノシシやオオカミなどと遭遇したのですが、スリープや拘束魔法で動けなくしてから安全にトドメを刺します。
こうして、誰一人怪我をする事なく昼食前に必要な分の害獣駆除が終わりました。
馬車に乗り込んで、村長さんの村に向かいました。
「ナオ君は、動物討伐にも慣れているのね。とても感心したわ」
「その、たまに僕とスラちゃんだけで討伐をさせられたので、安全対策をして倒していました」
「うん、訂正するわ。ナオ君は、安全な討伐に慣れざるを得なかったのね」
シンシアさんが僕の話を聞いて微妙な表情をしているけど、あの三人は面倒くさいって言って全く動かなかった事もあったんだよね。
でも、その経験が今回生きたのかもしれません。
そして、村長さんのうちの前に今日の成果をどーんとお披露目しました。
「こ、こりゃ凄い。時間をかけずにこんな量を狩るとは……」
「すげー、ビッグボアだぞ。こんな大きいのは見たことがない」
「血抜きも完璧だ。いったい、どうやったらこんな血抜きができるのだろうか?」
村人も沢山集まってきて、今日の成果を見てビックリしていました。
村には必要な分を卸して、残りは冒険者ギルドに卸します。
うーん、予定よりもかなり早く終わっちゃったけど、この後どうするのだろうか?
すると、僕たちのところに一人の女性が赤ちゃんを抱いてやってきました。
赤ちゃんは、熱があるのか苦しそうにしています。
「あの、殿下、大変申し訳ありません。どうか、この子を治療してくれませんか?」
女性は、涙を浮かべながらヘンリーさんに懇願しています。
僕はヘンリーさんの方を向くと、ヘンリーさんもコクリと頷きました。
「直ぐに治療しますね。えーっと、熱だけでなく胸にも悪いのがあります」
「なっ、そこまで分かるのですね」
赤ちゃんに軽く魔力を流したけど、あまり具合が良くなさそうです。
僕は赤ちゃんが元気になるようにと、魔力を溜め始めました。
シュイン、ぴかー!
「ああ、この子の顔色が良くなりました」
「ふう、これで大丈夫ですよ。ゆっくりと寝かせてあげて下さいね」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
女性は涙をこぼしながら、何回も僕にお礼を言ってきました。
僕としても、赤ちゃんを無事に治療できてホッとしています。
そんな僕を見て、ヘンリーさんがとある提案をしてきました。
「ナオ君、まだ魔力は残っているか?」
「全然大丈夫です。スラちゃんも、沢山魔力が残っています」
「なら、昼食後に奉仕で治療を行おう。村長、村の教会を借りるぞ」
「大変ありがたい申し出です。本当に助かります」
こうして、昼食後に村の教会で治療をする事になりました。
村人が元気になるのなら、僕も頑張って対応するよ。
「私も回復魔法が使えるから、治療の手伝いをするわ」
「私もよ。ナオばかりに、負担はかけさせないわ」
シンシアさんとエミリーさんも回復魔法が使えるそうなので、僕とスラちゃんと一緒に治療を手伝ってくれます。
回復魔法が使えないナンシーさんが、僕達の事を羨ましそうに見ています。
ま、まずはお腹をいっぱいにしましょう。
みんなで、村の食堂に移動しました。
「はい、焼き肉定食です」
「久しぶりね。ここの焼き肉定食は、とても美味しいのよ」
みんなで焼き肉定食を頼んだけど、いの一番にナンシーさんがお肉を食べ始めました。
僕も焼き肉を食べるけど、焼き加減が絶妙でとっても美味しいです。
「ヘンリーは、こういった肩肘張らないでいい食事は好きよね」
「やっぱりマナーを守って静かに食べる食事は、私でも肩が凝るよ」
「お兄様の肩が凝るなら、私なら余計に肩が凝るわ。やっぱりお肉にかぶりつくのって、とても良いわね」
ロイヤルな方々も、焼き肉定食を楽しみにしていたみたいですね。
思い思いに、お肉を食べていました。
そして、僕もスラちゃんも焼き肉定食を完食しました。
昼食後は、村の教会に移動します。
「急に場所を借りて申し訳ない」
「いえいえ、こうして皆さんに治療をして頂けるのなら、きっと神もお喜びになると思います」
ヘンリーさんが教会の人と話をしている間に、僕達は治療の準備を進めます。
既に教会内に沢山の人が集まっていたので、直ぐに治療を始めました。
何故か、僕の前には男性が沢山並んでいました。
何でだろうって思っていたら、並んでいた人が理由を教えてくれました。
「やっぱり若い女性に治療を受けるのって、気が引けるんだよな。あんちゃんとスライムがいてくれて助かったぞ」
うーん、僕は気にしないけど他の男性はシンシアさんとエミリーさんが偉い人ってのもあって気が引けるそうです。
因みに、スラちゃんは子ども達にも大人気でした。
スライムが魔法を使うのが、とっても珍しくて面白いそうです。
こうして昼食後の一時間を治療に費やし、僕たちは村から王都への帰路につきました。
僕としても、みんなの力になれてとっても嬉しかったです。
パカパカパカ。
馬車に乗っている最中、ヘンリーさんが僕に申し訳ないように話してきました。
「ナオ君、今日はナオ君を試すようにして済まなかった」
「いえ、僕もどれだけ皆さんの力になれるか分からなかったので、とっても助かりました」
「そう言って貰えると助かる。シンシアも、ナオ君は魔法使いとして良い素質を持っていると褒めていたよ」
シンシアさんに顔をむけると、僕にニコリとしてくれました。
今日は合格点を貰えたみたいで、僕としてもホッとしています。
「ナオ君が安全を考えて対処してくれるので、我々もとてもやりやすかった。如何に効率良く依頼をこなせるかが、冒険者として必要だと私は考えている」
「僕も、確実性は必要だと思っています。派手に戦っても、成果が得られなければ意味はないので」
「冒険者は、報酬を貰って生活する。ナオ君の考え方は、正しいと考えているよ」
あの三人は派手に戦うことしか考えていなかったから、獲物がズタボロになる事が度々あった。
もちろん買取価格も悪かったけど、三人はおかしいってギルドの職員に食って掛かったよなあ。
僕が三人を止めても突き飛ばされたし、結局ギルドマスターが出て来て三人を叱っていたっけ。
そんな事を思いながら、僕達は冒険者ギルドに到着。
すると、僕が馬車の中で思っていた事が繰り広げられていました。
「お前ら、薬草じゃなくて雑草を採ってくるとはどういう事だ! こんな適当な仕事をして全部買い取れだと? ふざけた事をぬかすな!」
「「「ヒィィィ……」」」
買い取りブースで、ギルドマスターが三人に説教をしていました。
どうも朝受けようとした依頼は諦めて、誰にでもできる薬草採取を選んだみたいです。
雑草を集めてきて、とんでもないトラブルになっているみたいですが。
流石にこの状態では今日捕まえた獲物を卸す事が出来ないので、僕達は受付の後ろを通って買い取りブース裏手にある倉庫に案内されました。
ドサドサ。
「よーし、これで全部だな。ナオがいると、血抜きも完璧だ」
僕とスラちゃんの事を知っている職員が、今日みんなで倒した獲物を見て上機嫌になっていました。
査定をしてくれる事になったのですが、どうもこの職員があの三人の対応をしたみたいです。
「あいつら、いつもナオ一人で薬草採取に行かせていただろう。ナオができるなら俺たちもできるって言って、採ってきたのは全部雑草だ。ナオを馬鹿にするにも程があるぞ」
「あ、あはは……」
「ナオはいつも完璧に薬草を集めるから、薬草採取と言えども良い金額になったがな。何であいつらが、ナオの薬草採取の成果を知っているかは知らねーが」
あっ、職員が余計な事を言っちゃったから、全員が僕の方を向いちゃった。
えーっと、これは素直に話さないと駄目なケースですね。
「あの、その、三人がお酒を飲んで翌日動けなくなる時があります。そんな時は、僕とスラちゃんで薬草採取をしてお金を稼ぎました。その、殆どお金を取られましたけど……」
「うん、分かったわ。あの三人がクズって事ね」
エミリーさんが短く纏めて、他の全員が頷きました。
というか、呆れを通り越して溜息をついていました。
しかし、職員は別の意味で呆れていました。
「幾らパーティを組んでいたとはいえ、薬草採取はナオ個人が受けた依頼だ。それを、他の連中が受け取るのはあってはならない事だ。薬草採取の件は、ギルドマスターに報告しよう」
腕を組みながらうーんと考えちゃっていたけど、ギルドマスターまで話がいくとなるとかなり大変な事になる気がするよ。
でも事実だし、報酬の件は既にギルドマスターが動いているんだよね。
取り敢えず倒した獲物の卸は終わったけど、まだ買い取りブースでのギルドマスターの怒鳴り声が聞こえてくるので僕たちは個室で待機する事になりました。
「あの三人のことは置いておいて、明日の話をしよう。明日は、王都に隣接する子爵領での調査だ。怪しいものが報告されているので、気を抜かないように。なお、調査の進展によっては一泊する可能性もある」
どうやら、明日の調査がヘンリーさん達の本命みたいです。
危険も伴う可能性があるから、僕もスラちゃんも気をつけないと駄目だね。
そして、ヘンリーさんがエミリーさんにとある事を告げました。
「エミリーは、勉強がある日だからそっちを優先だ。明後日は礼儀作法の勉強だったな」
「そ、そうだった……」
エミリーさんは、この世の終わりみたいな表情をして落ち込んでいました。
王族だから、色々な勉強があって大変そうですね。
シンシアさんもナンシーさんも、こればっかりは仕方ないという表情をしていました。
すると、このタイミングでギルドマスターが個室にやってきました。
どうも、説教タイムは終わったみたいです。
喋って喉が渇いたのか、僕の紅茶を一気飲みしました。
「馬鹿だとは分かっていたが、ありゃ超弩級の馬鹿だな。あのメンツで、よくナオがやってくれたと思うぞ」
僕以外全員が、ギルドマスターの発言にウンウンと同意していました。
若干、スラちゃんの同意の仕方が激しい様に思えたけど。
「重大な事態を二回引き起こすと、冒険者ライセンスは停止になって懲罰対象となる。既にナオへの不当な対応を調べているから、奴らは近日中に今日の大騒ぎと併せてライセンス停止になるだろう。ナオをパーティから追放して、僅か一日でこうなるとは流石に思わなかったぞ」
冒険者ライセンス停止のルールも、確か登録時に受け取った冊子に書いてあったっけ。
いずれにしても、あの三人は近い内に冒険者として活動できなくなるんだ。
そう思ったら、何だか少し気持ちが軽くなりました。