月の帝国ものがたり

「じいさま!」
村の長老である彼の周りにはいつも子供たちが集まっていた。
「月の国のお話、またしてよぉ」
きゃあきゃあとはしゃぐ子供たちに柔らかい笑みを送り、うなずく。
「むかしむかし、月の国にはある若者がいました_」
これは帝国を築き上げた男たちの話。
「この国をぶっこわしてやる」
「…いやいや、なぜ?馬鹿なの?」
蝉の声、差し込む日差し。そして思い切りカッコつける青銅色の髪を持つ男。一言でいうと、カオスだ。
(ええと、なんでこうなったんだっけ?)

「~であるからして、ここは~になる。よし、今日の授業はここまで」
「起立、気を付け、礼」
ありがとうございました、と合唱のように聞こえる挨拶の声。ここからは昼休みだ。図書館にいって本でも読もうか。そんな俺ーリョーベの計画はすぐに崩れた。
「お~い!リョーベ!」
いきなり現れた男に教室中の視線が集中する。仕方のないことだ。彼はこの国で一番尊いお方である国王の五番目の息子、つまり第五王子なのだから。いろいろあって王族ではないが。
「緊急招集!ついてきて!」
やたらとテンションが高い彼ーラルフはそんな目を気にすることなく、俺の腕をつかんで引っ張った。親友であるトールが憐れむような顔をしている。教室から引きずりだされ、しばらく歩いて、人の目線がないような校舎の端に着いたことを確かめると、グイっと肩をつかんだ。
「もう少し平和に連れてけ!自分の立場わかってるの?」
朗らかに笑ってごめんごめん、と中身のない謝罪を繰り返すラルフを睨みつける。
「気を付けてよ、貴族院付属軍学校(この学校)で変なことしたら、俺の将来が破綻する」
この学校は少し特殊だ。まず10歳から15歳までは全ての貴族の子供が集まり、学ぶ。そして15歳以上になると3年間いくつかの付属学校に分かれて、それぞれ将来行う仕事について学ぶのだ。ここでのイメージや成績はここを卒業し、それぞれ卒業しても付きまとう。おかしなことをされると、困るのだ。
「大丈夫!そうなったら、俺のコネを使ってなんとかするから」
そういう問題じゃない!と心の中で叫びながら、彼の自室になりつつある空き教室に入り、後は冒頭の通りだ。
「おい、話を聞けよ!あの身分制度のせいで、貧民にしわ寄せが全部行くんだぞ?」
ラルフの話す身分制度をもう少し詳しくすると、この国には主に4つの身分がある。一番上が王の一族である王族、その次が王の家臣の一族である貴族や、貴族と同等の扱いを受ける名誉貴族、そのまた次が平民、そして一番下が貧民と呼ばれる被差別身分だ。
「だから仲間になってくれと?」
「そう!」
「いやだ」
そんなことしたら、大変なことになる。勘弁してほしい。
「具体的な計画があるわけでもないのに。昼休みもう終わるよ?帰るね」
秘密にしておくから、と付け加えてくるりと彼に背を向けた。
がやがやと騒がしい放課後の教室。結局、俺は昼休みを棒に振り、しかもあの爆弾発言に気を取られ、授業にも集中できなかった。
「リョーベ、珍しいな。そんな不機嫌になんの」
「たまにはいいでしょ?あ、トール、図書館いかない?」
「乗った!」
快諾してくれたトールとともに図書館に向かう。他愛のない話が弾む。日差しが強い。きゅっと目を細めた。
ぐらり、いきなり足元が小さく揺れた。バランスを崩した俺の体はトールにしっかりと支えられた。がっちりとした腕に少しどきっとする。
「ありがと、最近地震多いねぇ」
「うん、そういえばこの前もリョーベふらけて、おわっ⁉」
急に聞こえた悲鳴に横を向くと、トールが大柄な男たちに抑えられていた。
「え、は?」
急に先ほどまでの光が無くなったような錯覚に陥る。何も分からない。ただこれが悪いことであることを除いて。先生の声が耳に押し入ってくる。
「トール!お前が貧民の血を継いでいることは分かっているぞ!この学校をよくも穢してくれたな!だがそれも今日で終わりだ。リョーベは離れておけ」
男の一人が刀を抜く。ギラリと光を跳ね返すそれをトールの首筋に当てた。
「やめろっ!」
駆け寄ろうとした体は何者かに止められる。
(なんでっ)
今日も先生はトールのことを褒めちぎっていたではないか。有望株だとにこやかに笑って。なのに、貧民だと分かった瞬間手のひらを返して殺すのか。こんなに優しい人を、悪人とは程遠い人を。
「いやだっ!なんで、おかしいだろっ」
こぼれた声がみっともなく掠れていて、ようやく自分の体の震えに気付いた。俺の声にトールが反応して顔をこちらに向ける。口を開ける。
「死ね」
頸がころりと落ちた。最期の声を出す間もなく。ようやく体を押さえつけていた何かが離れる。立てなくて血の海に座り込む。俺は先生たちに引き剝がされるまでトールにしがみついて、慟哭した。

思い切りドアを開く。かなりの大きい音にベッドに座り込んでいた彼が顔を上げた。
「リョーべ」
涙の跡で顔がひきつれて、緑色の瞳はこちらを見つめているようだが、焦点が合っていない。痛々しい様子に思わず駆け寄る。そして隣に座る。ぽんぽんとふわふわした栗色の髪をなでてやると、ぎゅっと俺の胸に顔を押し付けてきた。小さな嗚咽とともに冷たい何かがしみ込んでいく。しばらく頭をなで続けるとぽつりぽつりと事件の詳しい内容を教えてくれた。あまりにも悲惨で、残虐で、絶句してしまう。ゆっくりとリョーベの顔が上がる。まっすぐに俺の目を見つめた。
「かたき、とる」
子供のように拙く、でもまっすぐな言葉。
「トールが害なんかじゃなかったって、あいつらに教えてやる。ラルフと一緒にこの国を壊して、後悔させてやる」
悲しすぎる決意にずきんと胸が痛んだ。傷ついている彼をこんな道に連れて行ってもいいのか、ためらう。でも、拒んだらもっと傷つくから、リョーベが壊れてしまうから。
「もっといっぱい人数を集めよう?そうしたほうがきっといい」
彼ほどの知恵は俺にはないけど、少しでも気力を見つけて欲しかった。
「うん。俺は戦略たてるから」
そう言ってリョーベはようやく笑った。

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