「くっ!」
赤い羽が爆散し、ミツナが吹き飛ばされる。
走り出したエイルはスライディングしながら落ちてきたミツナをなんとか受け止めた。
「大丈夫か?」
「大丈夫……」
「大丈夫じゃなさそうだな」
小さいボムバードにしてはかなり大きな爆発だった。
どうにかガードはしたようでミツナの腕は赤い毛のところが痛々しく焼け焦げている。
「待ってろ」
「ん……」
エイルがミツナのことを治療する。
傷が治っていくムズムズとした感覚は慣れないものだとミツナは思う。
ただ治療は痛いというけれどミツナにとっては意外と心地の良いものだった。
不思議とエイルの治療からは優しさと温かさを感じる。
むしろもっとやってほしいぐらいである。
ヒールは痛いなんていうけれど痛みさえなければきっとヒールは慈愛に満ちたものになっていたはずだとミツナには思えて仕方ない。
「痛みを感じないというのも問題だな……」
エイルの腕に抱かれてミツナがポワンとなっている間にエイルは頭を悩ませていた。
痛みを感じないということは長所でもあるが短所にもなりうる。
ミツナの腕は爆発で痛々しい状態だったがミツナは平気な顔をしていた。
少しの傷でもあろうものならヒールするつもりであるが、己の状態に気づくことができないというのは非常にリスクが大きい。
どこが痛いということは的確なヒールをするためにも必要な情報だ。
ミツナが痛みを感じないので体全体をヒールしてしまえばいいが、やはりピンポイントで治療する方が早くて魔力の消耗も少なくて済む。
エイルがヒールしても大丈夫だという利点はあるが、痛みを感じないことでミツナが危機的な状況に陥ってしまうのではないかと不安にも思うのだ。
「…………これ治せない?」
「……ごめん」
「そっか……」
無事に治療は終えたのだがミツナはとても悲しそうな目をしていた。
失敗したからではない。
確かに失敗したことも落ち込む要因ではあるのだが今落ち込んでいるのは別の理由からだった。
「腕切り落とそうかな……」
「こらこらこらこら」
ミツナが落ち込んでいるのは腕の毛が燃えてチリチリになってしまったからだった。
エイルの治療によって怪我は治すことができる。
しかしすでに燃えてしまった毛は言うなれば死んでいるようなものでヒールしても再生しない。
腕ごと生やせば手や腕を覆う毛も再生するだろうが流石に毛のためにそこまですることはさせられない。
ミツナとしては肘から先を覆う赤い毛は神迷の獣人としての証でありつつも割とチャームポイントだとも思っていたりしていた。
腕の毛は結構目立つのでチリチリになってミツナはしょんぼりしてしまっている。
「どんなでもミツナはミツナだよ」
どうにか慰めたい。
エイルはミツナの手を取る。
ミツナの毛はふわふわとして柔らかく手触りがいい。
正直触っていたいぐらいの気持ちよさがあるとエイルは思う。
ミツナが嫌がるだろうから普段は触れないようにしているが、エイルとしては意外とミツナのケモな部分は好きだった。
チリチリになって残念に思うのはミツナだけでもないのだ。
チリチリになったところをエイルが優しく撫でてやるとミツナの顔が赤くなる。
「きっとすぐに生えてくるさ」
「……う、うん。また、私失敗しちゃった?」
ミツナからしてみればうまく攻撃したはずなのにという思いはあった。
「あれはまあ……俺が悪いんだ」
ミツナとボムバードが重なってしまった。
そのためにヒールが届かずボムバードが爆発してしまったのである。
「あっ、それは私が悪いかな?」
「いや俺が悪いんだ」
外から見ていたならミツナの動きもある程度予想できたはずである。
動かずにただ様子を眺めるなんて怠慢さがミスを呼び込んだのだ。
ミツナが攻撃を決めるタイミングを見計らってエイルも動いてボムバードにヒールの狙いを定めることもできたはずなのである。
「次は成功させよう」
生きていれば次がある。
何度失敗したって構わない。
仮に依頼そのものを失敗したっていいのだ。
今回はミツナがボムバードに攻撃することに成功した。
ならば次もきっと成功する。
「うん……次も攻撃してみせるから!」
「次こそはちゃんとヒールしてみせるよ」
「今度は失敗しないでよ?」
「ふっ、分かってるさ」
少しはミツナの機嫌も戻ったようでエイルは安心した。
失敗してもいい。
だけど今度はうまくいきそうな気がした。
「本当にありがとうございます! 納品されたボムバードの品質もかなり良く、想定以上でした」
最終的に12羽のボムバードを倒すことに成功した。
ミツナの動きも洗練されていってボムバードに確実に攻撃を当てられるようになった。
エイルもミツナに合わせて動線が重ならないように動いてボムバードの治療を持って気を失わせた。
上手くいってミツナが深く傷つけてエイルの治療によってそのまま死んでしまったボムバードまでいたぐらいである。
ミツナが攻撃したことで切れてしまった羽もあるけれど、そんなもの全体から見ればわずかであり損傷がないのと変わりない。
これまで納品されたどのボムバードよりも綺麗でどの人よりも数が多くてタチーノは満面の笑みを浮かべていた。
これでボムバードの羽を納品することができて胸のつかえがとれたようだった。
「ご依頼金、私のポケットマネーから上乗せいたします。ボムバードの羽の清算はもう少しだけお待ちください。全体的に綺麗なので多くの量が取れるでしょう」
「分かりました。どれぐらいかかりますか?」
「いつまでご滞在なされるつもりで?」
「明後日の護衛依頼で出発する予定でした」
気づけば護衛の依頼も間近に迫っていた。
明日準備をして明後日には護衛依頼で町を離れるつもりである。
「そうですか……でしたら作業を急がせて明日にはご清算できるようにいたします」
「すいません、急がせて」
「いえ、こちらがお願いしたことですから」
「それでは失礼します」
なんとか依頼を成功させることができた。
依頼の報酬はボムバードの素材の精算金とまとめて受け取ることにして冒険者ギルドを出た。
「機嫌良さそうだな」
エイルの横を歩くミツナの尻尾はゆらゆらと揺られている。
尻尾の様子を見てエイルはミツナの機嫌が良さそうだと感じていた。
「ふふん、今回のことは私がいなきゃあ厳しかったな、と思ってね!」
爆発に巻き込まれてからのミツナはすごかった。
コツを掴んだようにボムバードが気づくギリギリまで近寄って一気に攻撃を決めていた。
それまでの失敗がウソのように次々とボムバードへの攻撃を成功させて投げナイフはどうだろうかと考えていたのも必要なくなったぐらいだった。
成功するに連れてミツナも自信を取り戻したように元気になった。
「エイルには私が必要ってことなんだよね〜」
「ふふっ」
「なに!」
「いや、別にバカにしたわけじゃなくて、確かにミツナがいてくれて良かったなって思ってさ」
一人旅だったらどうだろうか。
気楽で、さっさと移動できて、でもきっと寂しさを抱えて、クビになったことを思い出しながら旅をしていたことだろう。
ミツナと二人だと二人なりの大変さはあるけれど今のところクビになったことをあまり思い出したりしない。
遠慮なくビールをして治してあげられることもエイルの心を軽くしていた。
怪我はしてほしくないけど怪我をしても治せる、治してあげられることはヒーラーとしての本分を満たしてくれる。
「いてくれてありがとう」
「……ん、私こそありがと」
大きく揺られていた尻尾が細かく揺れに変わる。
「あとはどっか良い場所見つかればいいな」
「そうだね」
ーーーーー
「実はご報告しなければならないことが」
「……何かあったんですか?」
護衛依頼のために色々と買い込んで、その後冒険者ギルドを訪れた。
会議室に通されてタチーノが対応してくれたのだけど少し顔色が暗い。
「まずはお金の精算から始めましょう。羽は綺麗で品質も良く、結構な数が取れました。加えて尾羽や冠羽などの希少な羽も全てのボムバードから回収できました。当然肉も綺麗に取れましてボムバードの半分は羽を所望していた貴族が買い取ってくれることになりました」
ボムバードはほとんど損傷なく全身を利用することができた。
綺麗な品質のボムバードは食べる上でも評価が高く、羽が手に入ったことを報告するとそのまま肉としても買ってくれることになった。
「羽や肉などすぐに買取先が見つかるでしょう。解体や販売の手数料を差し引かせていただきましてこちらの金額となります」
タチーノはテーブルに置いてあった二つの袋のうち一つを手に取ると中身を取り出した。
袋の中身はお金で、十枚ずつ重ねて四つの山をエイルの前に置く。
「そしてこちらが今回のご依頼の報酬です」
次はもう一つの袋から十枚の山を二つ取り出す。
ミツナが首を半開きにした驚きの顔でお金を見つめている。
最低金額の少額貨幣ではなくそれよりも一つ上の貨幣が並んでいる。
冒険者として活動して一度にこんな金額をもらったことなど初めてであった。
エイルも多少内心では驚いていた。
成功すれば割りがいい仕事になるだろうと予想はしていたが想像を結構上回っていい金額となっている。
エイルがタチーノのことを見るとニコリと笑顔を返してきた。
かなり金額面で優遇してくれたことは間違いない。
「こちらギルド預かりで、こちらは持って帰ります」
全ての硬貨を持っていくのはじゃらじゃらして重たい。
だからエイルは四十枚をギルドに預けて残り二十枚を持っていくとにした。
ギルドに預けておけば他の冒険者ギルドの支部でもお金を引き出すことができるのだ。
大きな金額を持って歩くのは狙われるリスクにもなるしある程度の金額だけ持って預けておくのが正しい判断である。
「分かりました。では責任を持ってこちらで預からせていただきます」
「こちらの袋もらってもいいですか?」
「どうぞお持ちください」
エイルは二枚の袋を両方とももらうと持ち帰ることにした硬貨を半分ずつ分けて袋に入れた。
「これがミツナの分」
エイルはお金を半分入れた袋をミツナに渡した。
「あっ、うん……」
ミツナは袋を受け取ると愛おしいものかのようにギュッと袋を抱きしめた。
目の前でお金を平等に分けてすぐさま渡す。
それも第三者の前で。
あとで分けるなどと言ってお金を中抜きしたりする輩もいる。
そんな人とは違っていて良いリーダーの気質を持っているとタチーノは思った。
「嬉しそうだな」
「うん、すごく嬉しい……」
ミツナの尻尾が激しく振られている。
これまでは騙されたようにはした金しかもらえなかったのにこんなに大きなお金をエイルはさっと分配してくれた。
初めてではないけれど初めてまともに自分で働いてお金を稼いだような気になった。
「それで話とはなんですか?」
お金を精算するだけならわざわざこうして会議室で行うこともない。
受付で支払ってしまえばそれで終わりである。
「二つお話がありまして。まず一つはエイル様とミツナさまがお受けになれる予定だった商人の護衛依頼なのですが取り下げになりまして」
「本当ですか?」
「商人の方で何か問題が起きたようです。次に依頼を出す予定も分からないようで」
「まあこうしたことはありますからね」
事情が変わって依頼を取り下げることなどよくある事である。
特に商人の依頼は商売の都合でよく行動が変わる。
特別にボーナスも出ることもあるので好む人もいれば予想外の出来事を嫌って商人の依頼は受けないという人もいる。
依頼が飛んでしまっても受け入れるしかないのだ。
「直前のキャンセルでしたのでキャンセル料がいくらか出ています」
流石に前の日に依頼取り消しでは冒険者も準備などをして待っているために多少負担しているものもある。
前払いで受け取った金額のいくらかをキャンセル料として返還しないで冒険者ギルドが徴収する。
直前キャンセルでも冒険者も少しは利益があるのだ。
「あまり多くはありませんがお受け取りください」
「ありがとうございます」
タチーノは先ほどの袋よりも小さい袋をテーブルに置いた。
「……ミツナが好きに使いなよ」
「え、いいの?」
「女の子は色々身だしなみにもお金がかかるんだろ?」
「……じゃあもらう」
「ああ、受け取ってくれ」
きっちり分けることもできるけれどこれぐらいならいいだろうとエイルはミツナに小袋も渡した。
本当なら依頼の報酬もミツナに多く渡したいぐらいだったのだけどミツナが遠慮しそうだからやめておいたのだ。
あまり大きくない金額なら理由をつければ受け取ってくれるだろうと思った。
「もう一つお話ししたいことは?」
一つ目は依頼がなくなったという報告だった。
これもわざわざ呼び出して話すような内容ではない。
「領主様がエイル様とミツナ様をご招待したいと」
「領主が?」
予想外の話にエイルは驚いた。
「依頼を受けてこうしてボムバードを持って帰ってきてくださいました。そのお礼がしたいと」
「そこまでのことですか?」
「私にはどうにも事情は分かりかねます。ですがお断りしたいというのでしたら私の方から連絡を入れておきます。もしかしたら良くない目で見られることもあるかもしれません」
タチーノはチラリとミツナを見た。
神迷の獣人に対する偏見は自由に生きて色々な人と出会う冒険者よりも貴族なんかの方が根強い。
もしかしたら招待を受けることでミツナが不快な思いをするかもとタチーノは危惧している。
タチーノは偏見が少ない人でミツナのことを心配しているのである。
「この地の領主であるイクレイ様は悪い人ではないので大丈夫だと思いますが……」
「じゃあこの話はお断り……」
「行こう、エイル」
「ミツナ?」
断ろう。
エイルはそう思っていたがミツナは真逆のことを考えていた。
「いいのかい? 貴族の招待なんて大体つまらないものだよ?」
基本的には当たり障りのない挨拶でもして、冒険者だと普段食べないような高い料理を食べながら当たり障りのない会話をして、当たり障りのない感謝の言葉を述べて解散する。
食事がちょっと楽しみなだけであまり楽しい場ではないのがほとんどなのである。
偉い人に招待されて楽しかったのはエイルの記憶ではデルカンぐらいだった。
「いつまでも私は私を嫌いでいたくない」
神迷の獣人だからと何もかもを避けていてはそのうち神迷の獣人であることを誇れなくなってしまう。
少しは変わろうと決意したのだ、たとえ不快な場になろうとも神迷の獣人として堂々としていたいと思った。
一人なら嫌だけど一緒にエイルがいてくれるならきっと嫌でも大丈夫。
どうせもう二度と会うことのない人なら最後に睨みつけるぐらい許されるだろうとも考えた。
「……分かった。やっぱり受けようと思います」
「分かりました。そのように伝えておきます」
「……少しぐらいまともな服買わなきゃいけないかな?」
「そう堅苦しい人でもないので小綺麗に大丈夫だと思いますよ」
「次の依頼も探さなきゃいけないしな。そろそろ失礼します」
「ええ、今回は本当にありがとうございました」
ーーーーー
「うーむ……ちょうど良い依頼もないしこのままなら依頼なしで次の町まで移動しようか」
辺りの土地を治めている領主の名前はブラチアーノ・イクレイという人である。
お呼ばれすることになって町で軽くブラチアーノのことを調べてみたけれど評判は悪くなかった。
名君ではないしろ領地、領民のことをよく考えている良い領主である。
元冒険者として旅をしていた時期もあるようで腕も立ち、顔も比較的美形らしい。
息子が二人と娘が一人いて、特に娘の方は整った顔立ちをしていて近隣領地でも有名な美人であるという話はよく聞こえてきた。
今のところミツナを不快にしそうな人物ではないとエイルは感じている。
良くない噂が聞こえてくるようなら返事が来るまでに断ろうと考えていたが結局招待された日を迎えてしまった。
度々冒険者ギルドに寄って依頼はないかと確認してみたがピッタリな依頼は見つからなかった。
領主との食事を乗り切ったら依頼がなくても次に移動しようと考えていた。
ボムバードの件でお金には余裕ができたので金銭的な問題はない。
「ここがイクレイの家か」
領主といえば自分の権力を誇示するような大きな邸宅に住んでいるものがほとんどである。
イクレイの家もそれなりに大きい。
けれども過度な装飾や目立つ置物なんかはなく、非常に落ち着いた雰囲気がある家だった。
「なんのご用ですか?」
「本日食事に招待されています、エイルとミツナです」
「……お入りください。」
門の前にはしっかりと直立不動で立っている門番がいる。
エイルがタチーノから受け取った招待状を見せると門番は内容を確認して門を開けてくれた。
エイルとミツナはいつもよりも小綺麗な格好をしている。
本当ならもっと礼服やドレスなどで来るべきかもしれないが冒険者がそんなもの持っていたって邪魔になるだけだ。
物々しい装備をしては相手も警戒してしまうので綺麗な服に冒険者らしい剣を一本持っただけの簡素な格好である。
ミツナも小綺麗な格好をしていて腕や足の毛、ミミや尻尾は隠さず堂々としている。
ただ少し緊張はしているのかミミは垂れ気味、尻尾も元気がない。
「ようこそいらっしゃいました。執事長のディルアーと申します。お武器、こちらでお預かりいたします」
「お願いします」
流石に保安上の都合があるので室内にまで武器は持ち込めない。
玄関で警備の兵に武器を預けてディルアーに案内されて部屋に向かう。
「どうも。今回はご依頼を受けてくださってありがとうございました。ブラチアーノ・イクレイです」
「初めまして。ご招待ありがとうございます。エイル・クルイロウです」
「ミ、ミツナです」
ブラチアーノはニコリと笑うとエイルとミツナと握手を交わした。
ミツナが神迷の獣人であることは事前に知っていたようで態度も普通であった。
かつて冒険者であったらしいのでブラチアーノも偏見が少ないのかもしれない。
「こちらが私の娘です」
「イルージュ・イクレイです。よろしくお願いいたします」
ブラチアーノの隣にいた女性が頭を下げた。
娘と紹介された女性の顔を見て噂とは誇張されたものではなかったのだなとエイルは思った。
聞きしに勝る美貌を誇っている。
ブラチアーノは貴族らしく金髪碧眼の見た目をしていて年齢の割に若く見えるような容姿をしているが、イルージュと見比べるとくすんでいるようにすら見えてしまう。
「立ち話もなんです。席についてください」
「それでは失礼します」
ほんの少しのムッとした気持ちを頑張って抑えてミツナはエイルの隣に座った。
「今回ボムバードの羽が欲しいと依頼したのにはワケがあったのです」
料理が運ばれてくるまでまだ少し時間があるとブラチアーノが話し始めた。
「ワケですか?」
理由もなく高い金を出してボムバードを取ってこいなど言うはずもない。
だけどエイルは軽く相槌を入れて話を引き出そうとする。
「イルージュは結婚することになっているのです」
「そうなのですか。それはおめでとうございます」
「結婚するんだ……ん?」
イルージュが結婚する。
それを聞いてミツナはどこかホッとした。
だけどなんでホッとしたのか分からなくて思わず胸に手を当てた。
「ボムバードの羽はこの子が結婚する時の衣装に使う予定だったのです」
だからせっついていたのかとエイルは思った。
ボムバードの羽で作ったドレスなら綺麗だろうことは見なくても分かる。
それがイルージュが着るのなら余計に映えるだろう。
ボムバードの羽がなくてドレスができないからと婚姻の日を延ばすことはできない。
そのために期限もあったのだ。
「必要な最低限集まればよいと思っておりましたがそれを超える量を納品してくださいまして感謝しております」
エイルとミツナに対しても物腰が柔らかい。
見た目だけでなく気質としても優れている人だ。
「仕事でしたので」
「依頼料も増額しましたがお気に召してくださいましたか?」
「もちろんです。しばらく旅が楽になります」
ミツナはエイルがスラスラと返事をすることに感心してしまった。
堂々としながらも丁寧でこうした場にも慣れていそうだった。
「食事が来たようだ」
メイド服の女性がカートで料理を運んできた。
「マナーは気にしなくても構いません。お好きに食べてください」
おしゃれな肉料理にミツナはゴクリと唾を飲み込む。
ミツナはお肉が好きである。
エイルの目から見ても美味しそうな料理であった。
マナーは気にしなくてもいいと言われているけれど無礼講というわけでもない。
ミツナは最低限無礼にならないようにチラチラとエイルの所作を確認して真似しながら食べている。
「おかわりがいかがかな?」
「ぜひ! ……あっ」
「ふふふ、構いませんよ」
料理が美味しくてミツナは飛びつくように返事をしてしまった。
返事をした後に失礼だっただろうかとミツナは思ったけれどブラチアーノは優しく微笑んだ。
顔には出さなくとも神迷の獣人に対して嫌悪感を抱いている人は多くいるがブラチアーノは本当にミツナに対して偏見も何もないようだとエイルは感じた。
「さて……今日君たちを招いた理由を話そう」
恩はあれど家に招くほどではない。
しっかりと報酬は払っているのでわざわざ招いてまでお礼の言葉を述べる物好きはいないだろう。
なのにこうして招くのにまだ理由があるはずだとエイルは思っていた。
「先日領内で魔物の対処に困っていると報告が上がってきた。冒険者ギルドもなく冒険者もほとんどいない地域だ」
「……僕たちに魔物の討伐に行ってほしいと?」
「いや、そうではない」
こんな話をするということは魔物を倒しに行ってほしいのだなとエイルは理解したけれど、ブラチアーノはわずかに微笑んで首を横に振った。
「すでに兵は派遣してあります。解決も時間の問題でしょう」
「では……?」
「実は娘の婚約相手なのですが隣国の者なのです。そして相手のところに行かねばならないのですが……人手が足りないのです。本来ならばもう討伐を終えて帰還し始めていてもおかしくないのですが思ったよりも時間がかかっていまして」
魔物の討伐に不測の事態はつきものだ。
魔物が逃げた、強かった、狡猾だったなどの理由から想定していたよりも時間がかかってしまうことも度々起こりうる。
「ドレス完成のために日程はギリギリとなっていてもう出発の時が迫っています。ちょうど隣国へ向かう護衛依頼を受けようとしていたこともお聞きしました。タチーノがボムバードを完璧に倒してみせた手腕も褒めておりました。そのお力貸してはいただけないでしょうか?」
「つまり僕たちに護衛をお願いしたいということですか?」
「その通りだ。報酬も支払うし道中の食事などもこちらで持とう。食事や会話を見ていれば君たちの人となりも悪くなさそうなことは分かる。少し考えてみてくれはしないか?」
エイルからしてみれば渡りに船な提案だ。
ちょうどいい護衛依頼は探していたし、無くてもどの道出発しようと考えていた。
隣国へ行く護衛の依頼はあるならとてもありがたい。
報酬の他に食事などを持ってくれるなら護衛依頼の中でもさらに良い依頼に入ってくる。
「私はいいと思うぞ」
エイルが隣を見る。
ミツナは最後の一口をモグモグとしながらエイルのことを見ていた。
ミツナ自身もブラチアーノから嫌な感じを受けなかった。
イルージュはあまり気に食わないけど嫌いというほどでもない。
今の目的に合致した依頼ならば受けてもよさそうだとちゃんと話を聞いていた。
「今お答えを出すこともないのですが」
「いえ、お引き受けします」
「……分かりました。では詳細についてはディルアーから説明をさせます」
ミツナが嫌がらないのなら引き受けない理由はない。
もともと引き受けようと思っていた護衛依頼はなくなってしまった。
しかしタチーノから受けたボムバードの依頼が都合の良い方向に転がったのだった。
「何事もなければこれも割の良い仕事になりそうだな」
数日が過ぎ、エイルとミツナはイクレイ家の護衛として帯同する依頼を遂行することになった。
ブラチアーノとイルージュだけではなくブラチアーノの妻であるエリオーラも含めた三人を護衛する。
ただエイルとミツナだけではなくイクレイ家で雇っている兵士もいるので二人がやることは少ない。
食事の準備はしてくれるし夜の見張りも基本的に兵士が行う。
楽なのは楽なのだが、あまり信頼されていないといえばそうとも言える。
「あの女嫌い……」
「まあ、向こうの態度が悪いもんな」
ブラチアーノとイルージュはミツナに対してあまり偏見を出した態度を取らないのだが、エリオーラは違っていた。
初見で神迷の獣人であるミツナのことをジロジロと見たと思ったら本当に大丈夫なのかとエイルとミツナの前でブラチアーノに聞く始末だった。
ブラチアーノは苦笑いを浮かべて後にこっそりと謝罪してきたのだが、当人が謝ることはない。
ブラチアーノの態度の方が良いもので、エリオーラの態度の方が普通のなのかもしれない。
拗ねて嫌いだと口にするだけミツナも強くなっている。
ブラチアーノは他にも信頼できる冒険者を雇って護衛の人数を増やしているが、やはり神迷の獣人だからだろうかエイルとミツナは少し他の人たちからも浮いた存在になっていた。
最後尾からゆったりと歩いてついていけばいいのでエイルとしてはかなり気が楽だった。
「しかし少しおかしいな……」
「何が?」
「護衛が多いと思ってな」
パッと見た感じでは兵士でも十分な数がいるようにエイルには思えていた。
魔物の討伐に実力者が出て、護衛についた兵士に不安があるとしても少し心配性な気がしてならない。
大事な娘を守るためなら金も惜しまないというのは理解できる。
それでもエイルを含めた冒険者も数に入れると十分すぎるぐらいの護衛がいる。
護衛依頼を提案してくれたことはありがたいがエリオーラのミツナに対する態度だって予見できただろう。
わざわざエイルたちに依頼することもなかったはずだ。
「なんだか嫌な予感がするってこと?」
「そこまでじゃないけどな」
嫌な予感と言われればそうかもしれないが、今は単に違和感のようなものを感じるというぐらいである。
「本当にヤバいことになったら……」
「なったら?」
「逃げちゃおう」
エイルはイタズラっぽく笑った。
「い、いいのか?」
「あんまり良くはないけど大事なのは自分の命、だからな」
ブラチアーノからの依頼はあくまでも個人からの依頼である。
冒険者ギルドを通した公式なものではなく、依頼失敗でもブラチアーノからの評価が下がるに過ぎない。
イクレイ家が支配する領地周辺で活動することは難しくなるだろうが、そもそもそんなところで活動するつもりはないのだから失敗してもエイルたちに痛手なことはないである。
実際何もないのに仕事を放棄することはない。
ただ何かが起きて最悪の事態になりそうなら逃げることも考えておくべきである。
どんな不名誉を被ろうとも命があることに代えられないとというのがエイルの信条だ。
「まあ何もなければ美味しい仕事……」
「山賊だ!」
「守備陣形を取るんだ!」
何事もないようなら逃げることもない。
そんなことを考えていたら前の方が騒がしくなった。
一番後ろのエイルとミツナまで情報は回ってこないが漏れ聞こえてくる声からすると山賊が現れたようである。
兵士や冒険者が護衛する馬車を狙うことは珍しい話ではない。
それだけの人が守っているということは裏を返せばお金を持っている可能性があるということだからだ。
「……どうやら戦いが始まったようだな」
戦わないだろうと思っていたのに案外あっさりと戦い始める声が聞こえてきてエイルは驚いた。
以前護衛で出会った山賊もそうだが幾らかの金を要求して戦わずに済ますことがほとんどである。
無駄に抵抗しない限り金を払えば安全に話は終わるので今回もそうだろうと思っていた。
冒険者まで雇うのだ、無駄な戦いは避けて安全にお金を渡すはずなのにどうして戦いになっているのかエイルには不思議でしょうがなかった。
「エイル!」
「おっと?」
どこかに隠れていたのか後ろの方からも山賊が迫っていた。
「割と綺麗な身なり……顔も隠してるな」
山賊を見てエイルはまた違和感を感じた。
全ての山賊がそうであるわけじゃないけれど、山賊という奴はあまり綺麗な格好をしていないことが多い。
何日も着古したようなヨレヨレの服を着て髭が伸び放題の顔を堂々と晒していたりする。
しかしこっそりと近づいてきた連中は黒っぽい小綺麗な服装に顔も黒い布で目から下を隠している。
山賊というより暗殺者のようだとエイルには感じられた。
「皆さん敵です!」
エイルが後方を守る冒険者たちに声をかける。
何かを考えるのは後回しだ。
山賊たちは殺気を放ってエイルたちに向かってきているので今は身を守らねばならない。
戦いとなれば神迷の獣人がとは言ってられない。
後方に配置されているのは冒険者が多く、みんなで固まるようにして山賊の動きを警戒する。
「問答無用か……」
山賊たちは何も言わずにただ襲いかかってきた。
降伏を促すこともなければ金銭を要求することもない。
ただ殺すという目をしている。
「ミツナ、やるぞ!」
共闘はするけれど他の冒険者との連携はあまり期待していない。
他の人の邪魔にならないようにしつつミツナと連携をとって戦う。
「はっ!」
「いいぞ! くらえ!」
ミツナが相手を傷つければエイルがそれをヒールする。
ヒール効果を最大限に引き出したエイルのヒールは小さい傷なら一瞬で治してしまう。
しかしその代わり激痛を伴う。
ミツナも攻撃して終わりではない。
攻撃してエイルがヒールしても傷が浅かったり相手が痛みに強かったりすると気絶しないこともある。
たとえ気絶しなくとも痛みに相手は怯む。
ちゃんと相手のことを見て気絶していないようならミツナはしっかりトドメを刺す。
エイルも当然戦う。
ミツナのフォローをするように立ち回りながらも山賊と戦って切りつけヒールする。
「な、なんだ!?」
ついでに他の人が傷つけた山賊もヒールして倒しておく。
目の前で急に人が倒れるものだからみんな困惑したが、エイルがやっているのだと分かると切り替えてそのまま戦いに集中する。
流石貴族が信頼した冒険者だけあって動きがいい。
山賊たちが次々と倒されていく。
「うっ!」
「ミツナ! 大丈夫か!」
「大丈夫!」
山賊の鋭い一撃がミツナに迫った。
なんとかガードが間に合ったけれど意外と危ないところであった。
乱雑に剣を振り回している山賊たちの中でしっかりとした剣術である。
何かが違うとエイルは感じた。
他の山賊と同じく黒い布で顔を隠していて分かりにくいが、小柄な体格と剣を持つ手から女の可能性があると見ていた。
「ミツナ、そいつ強いぞ!」
「ほん、と、だね!」
ミツナは山賊の攻撃をギリギリで防ぐ。
技術的には未熟でも動体視力が良くて相手の攻撃も容易く防いでしまうミツナが防戦を強いられている。
「チッ……他にも何人かいるな」
戦いを見ていてエイルは気がついた。
ミツナが戦っている山賊のように強いやつか何人かいることに。
弱い山賊が倒れて人数優位の状況なのでまだ大丈夫そうだが油断はできない。
「うっ!」
「危ない!」
エイルの優先はミツナである。
ガードが間に合わずミツナが切られかけたところをエイルが横から山賊に切りかかる。
練度の低い山賊ならそのまま切られていただろうが、ミツナが戦う女の山賊は周りのことがよく見えている。
エイルの攻撃をかわして素早く距離を取られてしまった。
「あんた何者だ? ただの山賊じゃないな?」
「…………チッ」
「逃すか!」
エイルの質問にも答えず目だけを動かして周りの状況を確認した女の山賊は軽く舌打ちすると背を向けて逃げ始めた。
ミツナがそれを見て素早く女の山賊を追いかける。
ボムバードとの戦いで培った瞬間的なダッシュを見せて女の山賊に迫る。
「はあっ!」
ミツナが剣を振る。
剣先が女の山賊に届いた。
エイルは手を伸ばしてヒールをかける。
「…………ダメか」
ヒールは発動しなかった。
確かに女の山賊に向けてヒールを飛ばしたはずなのに何も治せなかった。
「ダメだった?」
女の山賊はそのまま走り去ってしまい、悔しそうな顔をしたミツナが戻ってきた。
「どうやら掠めたのは服だけのようだ」
ミツナが間に挟まったとかでヒールできなかったわけでもなければヒールしたけど効かなかったわけでもない。
ヒールが発動しなかったのだ。
つまり女の山賊は怪我をしていなかったということになる。
ミツナの剣は相手に届いたけれども切先が服を僅かにかすめただけだったのである。
「ミツナはよく戦ったよ」
ミツナがぺたりと耳をたたんで撫でろ言わんばかりのスペースができている。
最後こそ逃してしまったが戦いに関してはミツナもよくやった。
無意識に耳をたたむミツナの頭を撫でてやる。
一瞬驚き、そして照れたように笑う。
「まあ無事でよかったと考えることにしようか」
「失礼します。少しお時間よろしいですか?」
まだ待ち受けている相手がいたり、戦いの血の匂いを嗅ぎつけて魔物が集まってくるかもしれない。
襲撃された場所からだいぶ移動して野営をすることになった。
エリオーラが馬車で就寝したタイミングを狙ってエイルはブラチアーノを訪ねた。
ミツナもエリオーラがいないならと静かにエイルの隣にいる。
「なんでしょうか?」
焚き火からエイルに視線を移してブラチアーノはにっこりと笑顔を浮かべる。
すでにイルージュも馬車で寝ていて周りには警戒のための兵士が数人いる。
「今回の依頼について私たちが聞いておくべきことはありませんか?」
少し遠回しにエイルは質問をぶつけた。
ずっと感じていた違和感が襲撃によってさらに深くなった。
依頼というのは金銭も大事だが信頼関係もまた大事である。
信頼できない人のために命を投げ出すような真似はできないのである。
仮にブラチアーノが何かを隠しているのならエイルはこの仕事を途中で降りることも考えていた。
「聞いておくべきこととは?」
「あの山賊たち、ただの山賊ではない……いや、山賊に山賊じゃない人たちが混ざっていました」
どう言うのが正しいのかエイルにもわからない。
「どういうことですか?」
「山賊にしては剣術をしっかり学んだような実力のある人たちがいました。それだけなら特に疑問にも思いませんが実力のある人たちは綺麗だったんです」
「綺麗?」
「全部がです」
戦いが終わったあとエイルは死体を確認した。
顔を覆っていた布を剥ぎ取ってどんな状態なのかを観察しておいたのである。
「一般論でいえば山賊はあまり身なりに気を使いません。髭をあまり剃らず体を洗うことも少ない。先に倒された弱い人たちはそんな感じの身なりをしていました」
先に倒れた弱い連中は髭が伸び放題だったり肌がガサガサとしていた。
近づけば少し臭っているような人までいた。
「対して強い人たちは綺麗だったんです。髭は生えていないし肌もツヤツヤとしていた。体は臭っていないし……特に歯が綺麗だったんです」
最後まで残っていた強い山賊は弱い山賊に比べて身なりが綺麗だった。
しっかり髭を剃っているし肌の手入れもされている。
臭い人はいなかったし、何より歯が綺麗だった。
ミツナは何をしているんだと顔をしかめて見ていたがエイルはわざわざ死体の歯も確認していた。
弱い山賊たちの歯はボロボロだった。
きっと手入れなどしないで好きに酒を飲んだりしているせいだろう。
それなのに強い山賊は歯も綺麗だった。
あくまでも一般論に過ぎないがよくいる山賊の姿とは大きく異なっていた。
「剣術も上手いものでした。どこかで学んだようなしっかりしたもの……それこそ訓練を受けた兵士のようにも思えます」
エイルはじっとブラチアーノのことを見つめる。
返答次第ではこの仕事はここまでである。
たとえ報酬が良くとも信頼できないのならエイルは仕事をしない。
「……君は頭も良いのだね。冒険者にしておくにはもったいないぐらいだ」
ブラチアーノは寂しげに微笑んだ。
「……隣に座るといい」
「失礼します」
エイルがブラチアーノの隣に座り、エイルの隣にミツナが座る。
「君のいう通りあの山賊には山賊ではない者が混じっていた」
焚き火に視線を向けたブラチアーノはゆっくりと口を開いた。
「何者なんですか?」
「確実なことは言えないが……おそらくギャルチビーの連中だろう」
「ギャルチビー?」
「隣国の連中だ」
「隣国……ってこれから行く?」
「いいや違う」
ミツナの言葉にブラチアーノは首を横に振って否定した。
これから嫁に行くところが襲いかかってくるなど酷い話だと思ったが違うようである。
「イクレイ領は二つの国と国境を接している。ノリナトのシュダルツ領、それにワルキロウのギャルチビー領だ。昔から私たちイクレイを含めてこの三つの領地は仲が悪かった。兵力による小競り合いも絶えず、互いに睨み合っている状態が続いているのだ」
イクレイ、シュダルツ、ギャルチビーは国境を接していてそれぞれ仲が悪い。
これまで戦争にこそならなかったが小さな衝突は何度も起こっていた。
仲の悪さはその時によってまちまちであるが基本的に悪いことに変わりはない。
「今現在はシュダルツとギャルチビーが非常に仲が悪い。そしてイクレイは二つの睨み合いに干渉することなく傍観している立場だった。だがそんな三つ巴の関係に大きな変化が起きようとしている」
「イルージュ嬢の結婚ですね?」
「その通りだ」
今エイルたちが向かっているのはシュダルツ領であった。
つまりイルージュはシュダルツに嫁入りするのだ。
となると話は見えてきた。
「イクレイとシュダルツが婚姻で結ばれればギャルチビーは窮地に追いやられるのですね」
娘が結婚した相手なのだから敵対するわけにはいかない。
普通に考えればイクレイとシュダルツはこれから手を組むことになる。
そうなってしまうとイクレイはシュダルツ側に肩入れするだろう。
ギャルチビーはこれまで保ってきた微妙なバランスが崩れてしまうことを危惧しているのだ。
「ギャルチビーは結婚を邪魔しようとしているのですか?」
「そういうことになるな。今はまだ証拠がないから確実なことは言えないが……おそらく君が見た綺麗な身なりの山賊はギャルチビーから送り込まれた連中だろう」
ブラチアーノは深いため息をついた。
ギャルチビーが山賊に少し兵を混ぜただけの手駒に任せるはずがない。
本隊がどこかに隠れているかもしれない。
だから早めに移動した。
さらには他の人にギャルチビーから狙われているということを隠す意図もあった。
もし知られてしまえば冒険者が途中で仕事を投げ出したり士気に関わる可能性もあったからだ。
「他の者は?」
「多分気づいてないでしょう」
エイルだって疑いを持つに留まったぐらいである。
他に死体を漁っていたような物好きはいなかったしエイルの周りで気づいたような人はいない。
「シュダルツは何もしないのですか?」
こんな状況ならシュダルツ側から動きがあってもいいのにとエイルは思った。
シュダルツ側から兵を送ってくれてもいいだろう。
「もちろん婿殿の方もギャルチビーのことは警戒している。向こうからも助けを送ってくれる予定だったのだがギャルチビーがそれを許さなかった」
「どういうことですか?」
「表向きは魔物の討伐ということにして国境近くに兵を駐屯させているのだ。だがシュダルツの側では兵を出して討伐が必要なほどの魔物は確認されていない」
「圧力ですね……」
おそらくだがギャルチビーは魔物を討伐する気などない。
目的はシュダルツに対して圧力をかけることである。
なんの理由もなくいきなり戦争を仕掛けるような真似はしないだろうが、これまでの関係を考えるとギャルチビーが攻め込んできてもおかしくない。
シュダルツはギャルチビーの兵を警戒するために動けず手助けできずにいるのだ。
「卑怯な真似を……事情を隠していたことは謝罪しよう。だが仕事を降りないでほしい。どうか娘を無事に送り届けてやってほしいのだ」
ブラチアーノは父親の顔をしていた。
危険を承知で人をかき集めてこうしてシュダルツに向かっている。
襲撃される恐れがあってもブラチアーノが同行しているのは娘の晴れ舞台を見たいためだけでなく自分が同行することで少しでも多くの護衛を連れて行こうとしたのだ。
「……どうして敵同士だったのに結婚することになったの?」
「ミツナ……」
「いいんだよ」
気になったことをミツナはそのまま口に出してしまった。
失礼になるんじゃないかとエイルは焦ったけれどブラチアーノは優しく微笑んだ。
「婿殿の一目惚れだそうだ」
ブラチアーノは枝を折って焚き火に放り込む。
「おかしいと思ったのだよ。向こうから急に近づいてきた。こちらに有利になるような提案をしてきたり……最初は疑ったものだ。イルージュも何かの裏があるのだと警戒していたものだ」
そう昔のことでもないがブラチアーノは懐かしさを覚えて笑う。
「結局婿殿の一目惚れで動いていたと聞いた時には拍子抜けするほど驚いたよ」
イルージュも相手の誠実さに心動かされた。
ブラチアーノも最終的には相手のことを認めて、二人は結ばれることとなったのである。
「見た目が良いから色々な男性に言い寄られてイルージュは少し人に対して心を閉ざしているところがあった。それを溶かしてくれたのが婿殿なのだ」
「素敵な話ですね」
「うん」
「たとえ何があろうと娘を幸せにしてやりたいのだ。頼む……」
ブラチアーノは頭を下げた。
娘のためでも冒険者にも頭を下げられる貴族はそう多くはないのではないかとエイルは思う。
エイルがミツナを見るとミツナは強く頷いた。
「最後までやり遂げます。僕たちの全力をあげてお守りします」
「ありがとう……感謝する」
なんとなく感じていた違和感の正体は分かった。
エイルたちを騙す意図ではなく理由があったものだった。
ならば最後まで仕事はやり遂げる。
ミツナもそのつもりであるようだしエイルはできる限りのことをしようと思ったのであった。