「覚えとけ。この世界で生きていくには非情になることも必要だ。二人なら尚更な」
最初の頃に一度山賊に襲われた他は大きな問題もなく商人の護衛は進んで目的の地までたどり着いた。
商人から依頼完了の書類を受け取って解散となったところでカミンはエイルのことを呼び止めた。
「誰かを殺したくないって考えは嫌いじゃない。時にこの世界はあまりにも命が軽いからな。命を大切にするお前の考えも悪いもんじゃないさ」
カミンは山賊との戦い一度でエイルのことを見抜いていた。
エイルは山賊のリーダーにトドメを刺すことをためらった。
気絶させて倒すところまでは良くともその先に関してエイルにはまだ甘いところがあるのだ。
たまたま他に襲われることがなかったので完全にエイルのことを観察しきれなかった。
カミンとしてはまだもう少し様子を見たかったけれどここでお別れである。
エイルのことを思っての老婆心ながらのアドバイスを最後に送ることにした。
「だが相手を殺すことためらったときにツケの代償を払う時があるかもしれない。お前一人ならいい。けれど隣のお嬢さんにそのツケが回ってくるかもしれない。あるいはお前の知らないどこかで誰かが払わされてるかもしれない」
道中よく浮かべていた軽い笑みもなくカミンは続ける。
「お前の考えが何より大事なら俺は文句は言わん。けれどその考えよりも大事なものがあるなら守るべきものと奪うべきものをしっかりと区別するべきだ」
「…………分かりました」
重たい言葉だった。
けれど鋭くてエイルの胸に突き刺さるようである。
「俺は旅をしている。いつかまたどこか会うかもしれない。お前たちとはまた会いたいものだよ」
そう言ってカミンはエイルに背を向けて去っていった。
「……あのおっさんの言う通りだな」
宿でも探そうと歩き始めたエイルはポツリとつぶやいた。
「人を殺すのが怖いのか?」
ミツナにとってはあまり共感できない考えだなと思った。
やらなきゃやられる。
敵対して戦った以上は殺すべきだと考えている。
「人の命を奪うのは……あまり得意じゃないな」
エイルは曖昧に笑った。
昔師匠にも指摘されたと思いだしていた。
人を殺さねばならない時が絶対に来る。
そしてそんな時にエイルが思い悩む時が来ると言われていて、なんだか全ての未来を見透かされていたような気分になる。
「頭では分かってるんだ」
誰かを殺さなきゃいけない時がある。
しかしいざ人を目の前にして殺そうとすると体が動かなくなる。
これまではヒーラーなので前に出ることがなくて何も問題はなかった。
だがミツナと二人で旅をするならば自分で手を下さねばならない時がどこかであるはずなのだ。
「……その時にはちゃんとできると思うから」
エイルは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「……大丈夫だぞ」
「ミツナ?」
「私がやるから」
エイルが隣を歩くミツナに視線を向けるとミツナは優しく笑っていた。
きっと獣人の中にあったのならバカにされるだろう。
しかしミツナはそんなエイルの気性を好ましいと感じた。
すごく強い。
簡単に相手を制圧してみせたし治すこともできるのに他者を傷つけることに対して迷いがある。
ミツナの価値観からするととても変な人である。
でも嫌いじゃない。
相手を倒す力がありながらそうしないエイルはとても不思議であるのだが、そんな人がいてもいいじゃないかとミツナは思うのだ。
「必要なら私が倒す。エイルはエイルのままでも大丈夫だ」
「……ありがとうミツナ」
ミツナなりの思いやりを感じてエイルは微笑みを浮かべる。
「これからどうするんだ?」
「まずは宿を取って……それから冒険者ギルドに行ってウチガやイセキテという国について調べてみよう」
どんな国かは実際行ってみないと分からないことも多い。
ただ場所もわからなければ行くこともできない。
冒険者ギルドに行って地図を見せてもらい、ウチガやイセキテがどこにあるのか調べることから始めようとエイルは考えていた。
ついでにどんな国なのかざっくりとしたことでも分かればと思う。
エイルはひとまず手頃な宿を見つけて部屋を取った。
本当ならミツナと別部屋にすべきなのだが空きがなくて同部屋になってしまった。
「本当によかったのか?」
「エイルに普段はかけられないから。エイルなら……信頼してる」
宿代は部屋単位でかかるので一部屋なら節約になる。
エイルなら若い男女が同じ部屋でも襲いかかってこないだろうという小さい信頼はある。
「それに……」
「それに?」
「……なんでもない」
仮にエイルならば襲われてもいいかもしれないなんてちょっとだけ思ってしまってミツナは顔を赤くする。
なんだろうと思いながらも言わないのなら聞き出すことはしない。
エイルとミツナは町にある冒険者ギルドを訪れた。
壁には依頼が貼ってある。
そして酒場も併設されていて昼間から飲んでいる冒険者もいてミツナは酒の匂いに顔をしかめる。
冒険者ギルドまでついてこなくてもよかったのだけど仲間である以上エイルにばかり何もかもやらせるわけにはいかない。
同じ負担は同じく共有するのだとミツナは主張した。
ジロリと神迷の獣人であるミツナのことを一瞥する冒険者はいるけれど突っかかってくるような奴はいない。
「何のご用で?」
冒険者ギルドの受付が薄い営業スマイルでエイルに対応する。
「地図を閲覧したい」
「地図ですね? どのようなものを?」
「できるだけ広いものを。国を調べたくて」
「分かりました」
地図は本屋などにも売っているけれど決して安いものではない。
その上売っているものは基本的に国内の地図で、せいぜい隣国までしか見られない。
ウガチやイセキテがどこにあるか分からない。
隣国までしか載っていない地図を買うなんてことはバカらしい。
なので買わずに見せてもらうのである。
冒険者ギルドには様々な地図があってお安い料金で見せてもらうことができる。
細かい地図から周辺国一帯が載った大きな地図まである。
「奥の部屋で閲覧していただきます」
何枚見ようとどれだけの時間見ようと一定の金額でいい。
事前にお金を払ってギルドの奥の部屋に入ると受付の男が地図を持ってきた。
「終わったら呼んでください」
奥の部屋には大きなテーブルが置いてあり、その上にいくつかの地図を置いて受付の男は部屋を出ていった。
「それじゃあ探そうか」
地図があるのはいいけれど実際どこに国があるのかは自分で探さねばならない。
エイルは地図を見てより縮尺の小さい地図を選んでひろげる。
まずは自分のいる国も探さねばならない。
エイルたちがいるのはメジハという国でそこそこ大きな国である。
「えーと……」
地図の中からメジハを探す。
こうして地図を見てみるといろいろな国があるのだなとエイルは思った。
いかに狭い世界で生きてきたのだとふと感じてしまう。
「これじゃないか?」
エイルがぼんやりとしている一方でミツナは真面目に地図を見つめてメジハの国を見つけた。
「おっ、さすがだな」
エイルは懐からコインを取り出すとメジハの国の上に置く。
他の国を探している間にメジハの場所を忘れては面倒なのでコインを置いて目印にしておく。
「次はウガチかイセキテを探そう」
次にカミンに教えてもらった国を探す。
どこにあるのかは予想はつかないけれどエイルも聞いたことがないので近隣の国ではないだろうと思う。
「これだな」
ミツナと分担して探していくとウガチの国を見つけた。
メジハの国から三つほど隣にある国だった。
地図で見ると遠くはないが実際に行ってみようと思うと距離があるなとエイルは目を細めながらコインを置く。
それほど時間もかからずイセキテも見つけた。
ウガチからさらに国二つほど離れたところだった。
「もう一個獣人の国って……」
「そこは嫌……」
「……そうか」
カミンは獣人の国も悪くはないといっていた。
探すために国名を思い出そうとしたのだけどミツナが表情を曇らせていたので獣人の国は考えないことにした。
とりあえず二つも候補の国があれば今のところは十分である。
「トチューとダイアの国を抜ける必要があるのか」
最初から遠い方の国を目指すことはない。
行くとしたらウガチの国に行ってからイセキテの国に行くべきである。
「まずはトチューの国だな」
ざっくりと国しか載っていないような地図なので細かな経路はわからない。
今から全部経路を組み立てていくのも面倒で時間もかかる。
ひとまず考えるべきは隣の国であるトチューの国への経路だろうとエイルは別の地図を取り出した。
メジハの国の地図で端の方にトチューの国も小さく載っている。
「トチューの国もちょっと遠いな……」
今いる場所を探してそこからトチューの国まで道を考える。
トチューの国に行くだけでもかなりの距離がある。
お金は十分に持っているが歩いていくには時間がかかるだろう。
「やはり護衛を受けつつ移動するのがいいのかな」
徒歩での移動をはじめとして移動方法はいくつか考えられる。
馬や馬車を買ったり借りたりするなんて方法もあれば乗合馬車や商人の馬車に同行させてもらうこともある。
この町に来た時のように護衛依頼として商人の馬車に乗ることあるのだ。
エイルとしてはあまり徒歩でとは考えていない。
徒歩でいうのは一番手軽な方法に見えて実は負担が大きい。
持てる荷物に限界があったり夜に番をするのも大変と二人だと徒歩では色々と足りないのである。
もっと仲間がいたなら徒歩でもいいのだけど、エイルは今仲間を増やすつもりはない。
しかし人を雇うのも大きなお金が必要だし信頼できる人ばかりではない。
やはりここは護衛依頼を受けてお金を稼ぎながら複数の人と移動するのが最もいい考えである。
「護衛依頼を探してトチューの国に行こう。そこからさらにダイア、ウガチの国に向かっていこうと思う。それでいいかな?」
「んあ……あ、ああいいぞ」
エイルが色々考えている間ミツナはぼんやりとしていた。
「私は考えることが苦手だ。エイルが行くって言うならなんでもいいぞ」
どうやってウガチの国まで行くのかエイルは頭を悩ませていたけれど、ミツナはそうしたことを考えるのが得意ではない。
エイルが行くなら一緒に行くし、歩くならそれでも全然構わない。
だから考える事をやめてボーッとしていたのである。
「二人のことなんだ、ちゃんと二人で考えないと」
「どうしたらいいとかあんまり分からない。エイルがいいというならそれでいい。嫌なら嫌と言う」
「……もう」
エイルは軽くため息をつく。
意見がぶつかり合ってケンカになるよりはいいけれど、あまり自分がないというのも困りものだ。
まだどこか信頼は完璧ではなく、遠慮しているところがあるのかもしれない。
「……まあとりあえずこれで行こうか」
獣人の国に行くことは嫌だと伝えてくれたので他のところはそんなに問題がないのだろうとエイルは思った。
旅をしながらもっと信頼関係を築いていければいい。
「地図の写しを作ってもらってトチューの国に向かう依頼を探してみよう」
地図を買うと高くつく。
どうせ離れる国だし地図を買ってもすぐに邪魔になる。
そこで安く簡単に済ませる方法としてギルドに頼んで写しを作ってもらうのだ。
特定の範囲の町や道などを簡易的に手書きで移してもらったり、中にはそんな魔法を使える人もいる。
ギルドに魔法が使える人がいればかなり運が良く、いない場合はギルド員の手先の器用さに地図の出来は左右される。
下手くそでも大体の町と道が分かれば旅はできるのですよほどでない限りは使えないものを寄越されることはない。
すぐに地図の写しもできはしない。
奥の部屋から出てきたエイルとミツナはいい依頼がないかと依頼掲示板を見る。
壁一面を広く使った依頼掲示板にはいろいろな依頼が貼ってある。
一見すると乱雑に依頼が貼ってあるのだけどよく見るとある程度のルールの下に依頼は分けられている。
まずは大きく分けて二つ。
町周辺の依頼と離れたところの依頼である。
三分の二ほどが町周辺のエリアで受けられる依頼で、残る三分の一が他の離れた土地で受ける依頼になる。
離れた土地のものは受ける人がいない、緊急に人を集めたいなどの理由から別の冒険者ギルドでも依頼を張り出しているのだ。
今は遠く離れた土地の依頼を受けに行くことなんてないのでそちらは無視する。
町周辺の依頼もちゃんと分類がある。
恒常依頼と突発依頼である。
通常の場合で依頼と呼ばれるのは突発依頼となっていて、脅威となる魔物の討伐や冒険者ギルドに人が出した依頼などが貼り出されていた。
恒常依頼は常に貼り出されているもので町周辺にいる魔物をこれだけ倒したら報酬が発生しますというものや急を要しない薬草採取のものなどゆるく遂行できる依頼なのである。
「んーと……いいのはないかな……」
今探しているのはトチューの国に向かう商人など護衛依頼だ。
それは突発依頼であるので端に貼られている恒常依頼は流し見して護衛依頼が無いかを探す。
他にももっと細かくルールを設けて依頼を貼り出しているところもあれば後は乱雑なところもある。
このギルドはやや乱雑な方だとエイルは依頼を眺めながら思った。
「これなんか良さそうだな」
エイルは一件の依頼に目をつけた。
サトルの町というところまでの護衛依頼で依頼主は商人のようである。
サトルの町はトチューとメジハの国境近くにある町だったと先ほど見た地図の場所を覚えていた。
「しかも片道……依頼料も悪くないし食事は向こう持ちか」
護衛依頼と一口に言っても色々と細かな条件がある。
往復で護衛するものもあれば片道だけというものもある。
依頼料も依頼主次第だし今回の場合は食料なんかも依頼主の方で用意してくれるというものだった。
ケチな依頼主になると依頼料が低かったり食べるものは自分で用意してこいなんて人も珍しくはない。
今回のものは依頼の条件としては非常に良い。
「ただ十日後か」
しかし護衛依頼は依頼主の都合に合わせなければいけない。
今すぐ出発したくとも護衛対象である依頼主が行かないのならばエイルは待つしかない。
護衛依頼の開始日は十日後になっている。
急ぐ旅ではないものの持て余すには少し日数がありすぎるなとエイルは思っていた。
宿に泊まるのもお金がかかる。
「何か別の仕事も受けようか」
護衛依頼は受ける。
依頼書を依頼掲示板から破り取ったエイルは他の依頼に目を向けていく。
何もただ暇を持て余している必要はなく護衛依頼が始まるまで他の依頼をしていてもいい。
「手軽にできる魔物討伐なんかがいいな」
十日という期間は長いようで短い。
あまり時間のかかりそうな依頼は受けることが出来ない。
ここは簡単にできるような依頼がいいだろうとエイルは思う。
魔物の討伐ならば長くても数日で終わるので二人でも倒せそうで割りの良いものがないかとチェックする。
「ショックシープの討伐か」
エイルは一枚の依頼書に目をつけた。
ショックシープという魔物の討伐で恒常依頼ではなく突発依頼であった。
依頼料は低めなもの倒したショックシープの状態によっては報酬の上乗せがあるといった依頼である。
「どう、ミツナ?」
「私とエイルなら余裕そうだな」
どんな魔物であれ倒せる、とまでは思わないけれどミツナはエイルとならば多くの魔物は倒せるだろうと思う。
「じゃあこれも受けよう」
ショックシープの依頼書も破り取ったエイルは依頼書を受付に持って行って正式に依頼を引き受けたのであった。
ーーーーー
「ひとまずこれまでと変わらない感じでやっていこう」
宿に荷物を置いて町の外にエイルたちはやってきていた。
魔物の討伐といってもこれまでと同じくミツナがメインで戦いつつエイルが状況を見ながらフォローして動いていくつもりだ。
依頼を受けた時に依頼の詳細な説明を受けた。
町から東にある平原にショックシープという魔物がいる。
普段は特に人を襲うようなこともない魔物なのであるが、戦う上では厄介な能力を持っている。
数が増えてきてしまい、不意に冒険者や商人が接触してしまう事故も増えてきた。
なので一度数を減らそうということで出された依頼である。
「私が戦えばいいんだな」
「二人で、戦うんだ」
「……そうだな」
別にミツナは戦う役目を押し付けられてもエイルならば文句は無い。
しかしエイルはミツナに任せるばかりではなく共に戦うのだと言ってくれる。
こうしたところもミツナには嬉しかった。
エイルの言い回しにミツナの尻尾もフリフリだ。
ただ顔は平静を保っているつもりなので尻尾が意思とは関係なく振られていることにミツナは気づいていなかった。
エイルの方はひっそりと尻尾の動きで感情が分かるようなことに気づいている。
「見晴らしはいいからすぐに見つけられそうだな」
東の平原は起伏が少なく生えているのも背の低い草で非常に視界が開けていた。
これならショックシープも簡単に見つけられそうである。
「適当に歩き回って探そう」
エイルとミツナは平原を横切るように歩き始めた。
「でもやっぱりもう一人ぐらい仲間は欲しいな……」
仲間を探すのは難しいことだとは分かっている。
けれども二人だけで活動するのにはどうしても限界がある。
荷物を分担して持ったり野営している時の焚き火や見張りの番、そして今現在の戦力を考えた時にももう一人や二人いてくれた方が楽に活動ができる。
「エイルが望むなら……いいけど」
「無理にとは言わないさ」
仲間が欲しいというエイルの言葉にミツナはいい顔をしない。
口ではエイルに従うといっているけれど感情が隠しきれなくてエイルは思わず笑ってしまう。
ミツナが嫌がることは分かっていた。
それに無理に誰かを仲間に引き入れようとはエイルも思っていない。
「誰かいい人がいればって話だよ」
エイルとミツナの特殊性もある上にどこかいい場所が見つかれば旅を辞めてしまうという事情もある。
全てを飲み込んでくれた上でミツナが気にいる人となると現実的に仲間を増やすことはできないだろう。
それでも全てを乗り越えて条件に合致する人がいたのなら捕まえるつもりである。
「大丈夫だって。ミツナの嫌がることはしない」
「ん……心配してないよ……」
エイルが笑顔を浮かべてミツナの頭を撫でてやる。
ミツナは頬を赤く染めて尻尾を振る。
今は二人きりがいいとミツナは思う。
「おっ、ショックシープがいる」
離れたところにショックシープが歩いている。
「ちょうどいいな」
普段は群れで動くはずのショックシープであるが見つけた個体は単体で動いていた。
試しに戦ってみるのにちょうどいいとエイルは思った。
白くてモコモコとした毛に覆われたショックシープの頭にはグルリとした巻角が生えている。
正直あまり強そうな見た目をしていないなとミツナは思った。
「あれを倒そう」
「わかった!」
エイルとミツナはショックシープを追いかける。
「……来るぞ!」
二人に気づいたショックシープは険しい目をして頭を下げて角の先をエイルの方に向けた。
人を襲うことが少ない魔物ではあるけれど何があっても逃げるような臆病な魔物ではなく向かってくる相手には容赦しない。
ある程度近づいたところでショックシープはエイルに向かって突撃し始めた。
地面を蹴って走り出したショックシープの速さは意外と侮れない。
「くらえ! ふぎゃっ!?」
エイルの方に行く前にとミツナはショックシープに剣を振り下ろした。
剣の刃がふわふわの毛に触れた瞬間これまでに経験したことのない衝撃がミツナの体を駆け抜けた。
全身が動かなくなって目がチカチカとする。
声すらも出せず何が起きているのか理解できない。
ミツナのスキルによってミツナは痛みは感じないけれどそれ以外の感覚はある。
「ミツナ! ……チッ!」
ショックシープは動けなくなったミツナを無視してそのままエイルに突撃を続けた。
エイルは腰からナイフを取り出すとショックシープに投げつけながら突撃を転がってかわす。
「ヒール」
とっさの投擲だったのでナイフはショックシープの額をかすめただけだった。
けれども小さい傷がついた。
地面を転がったエイルはショックシープに向かって手を伸ばす。
エイルの手が淡く光を放ち、ショックシープの額の傷が同じく淡く光った。
ものの一瞬で額の傷が治ったけれどショックシープは治療の痛みで気を失った。
勢いをまだ殺し切っていなかったので自分の突撃の勢いで地面に衝突して転がっていく。
「ミツナ、大丈夫?」
気絶したショックシープにトドメを刺すよりもエイルはまず動けなくなっているミツナに駆け寄った。
「なんか変な感じぃ……」
エイルが来た時にはだいぶ症状は治っていた。
しかしまだ全身がビリビリとしていて体が動かしにくい感じがある。
「ショックシープの能力さ」
エイルがミツナに手をかざして治療する。
治療を受けるとすぐに体に残っていた違和感が治っていく。
魔物の名付け方にも種類がある。
古代語に由来するものもあれば見た目や体の特徴からつけたものもある。
他には見つけられた場所や見つけた人、魔物そのものが持つ能力から名付けられたというモンスターも存在していた。
ショックシープはシープという見た目に加えてショックという能力の二つから名前が付けられている。
「ショックシープは雷属性の力を持つ魔物なんだ」
ショックというのはショックシープが持つ雷属性の能力に由来していた。
「あのモコモコの毛はただあったかそうに見えるけど、それだけじゃないんだ。あのモコモコの毛には常に雷属性の魔力がこもっていて電気が流れてるんだ」
触れるもの全てに電撃を返す。
電撃を食らうと衝撃を受けたようなショックがあるとしてショックシープなのである。
ミツナも冒険者として活動をしていた。
依頼を受けた時にもショックシープという魔物に対して特に疑問も持っていないようだった。
だからエイルもショックシープについて説明しなかった。
知っていて戦うことにも問題はないのたまろうと思っていたのである。
けれどミツナはショックシープについて知らずショックシープの能力はミツナのスキルでも無効化しきれなかったようだ。
「痛くはないけど……体変な感じ……」
電撃による痛みは感じないけれど電撃による体の痺れは防げない。
痺れてしまってミツナは動けなくなってしまっていたのである。
「ミツナならいけるかなと思ったけど流石に無理だったな」
痛みを感じない能力を過信しすぎてもいけない。
「だ、大丈夫! 私も戦える!」
失望されてしまったかもしれない。
そんな風に思ったミツナは慌てる。
「うん、そうだね。戦える方法を探していこう」
別にこんなことぐらいでエイルはミツナに失望したり見捨てることはない。
「とりあえずあいつにトドメを刺そう」
「……あれはどうやって倒したの?」
「投げナイフさ」
エイルの腰には簡単に抜けるようになっている小型のナイフが数本差してある。
接近戦闘に使うのにも少し厳しいぐらいのサイズの小さいナイフは投擲用のものであった。
「投げナイフもできるんだ……」
なんでもできるのだなと感心してしまう。
「狙ったところに百発百中の一流とはいかないけど相手に当てるぐらいならできるんだ」
投げナイフもヒーラーの師匠である人から叩き込まれた技術の一つであった。
ショックシープはエイルのヒールを受けて激痛に気絶していた。
ナイフがかすめたようなダメージでは死ぬまでは至らなかったようである。
近づいてみるとモコモコの白い毛からバチバチと音が鳴っているのが聞こえる。
気を失っていても毛の中にある雷属性の力は無くなっていないようであった。
「よいしょ」
雷属性の力によって痺れてしまうのは毛の部分だけとなる。
つまり毛を避ければショックシープに触れても問題ないのだ。
エイルはショックシープの首にナイフを突き立ててトドメを刺す。
ショックシープは一度カッと目を見開いたが首から血が大量に流れ出てそのまま死んでしまった。
「とりあえずこれで一体だな」
「それは何?」
「これか? これは魔物を収納する袋だよ」
死んだら毛の電気も無くなった。
エイルが荷物から袋を取り出すとミツナは何をするのかと首を傾げた。
エイルが取り出したのは魔物を持ち帰るための収納袋である。
ショックシープも大型の魔物とはいえないがそれでも簡単に持っていけないような大きさである。
討伐依頼では複数倒して持っていかねばならないが、倒すたびに町に魔物を持っていくなど面倒である。
そこで魔物を収納しておくための袋があった。
空間魔法という特殊な魔法によって袋は見た目よりも中がはるかに大きくなっている。
収納袋の中に魔物を入れておけば一々町に持ち帰らずともよいのだ。
「……使ったことない?」
「……うん」
「うーん、最初に説明されると思うんだけどな。まあ……雑な仕事するギルドの人もいるからな」
収納袋は買うこともできる。
しかし空間魔法を扱える人は特殊なスキルを必要とするために収納袋は貴重な品物となっているために買おうと思うと非常に高価なのだ。
普通には買えないぐらいの値段である。
ただやはり収納袋がないと討伐などがとても不便。
なので冒険者ギルドでは収納袋のレンタルを行っていた。
無くしたら奴隷行きぐらいのすごい金額を取られることになるが比較的安価で収納袋を利用することができるのだ。
エイルも討伐を行うので収納袋をレンタルしてきていた。
こうしたシステムは冒険者として登録する時に説明されるのであるがミツナはそうした説明を受けた記憶がなかった。
神迷の獣人が故に軽んじられたのだがエイルはそういうこともあるよねと困ったような笑顔を浮かべた。
「知らないことはこれから知っていけばいい。分かんないことがあったらなんでも聞いてよ」
「……ありがとう」
「なかなか上手いじゃないか」
「ホント?」
「ああ、筋がいい」
ショックシープの攻撃がミツナに効いてしまうことが分かった。
痺れることを織り込み済みで攻撃してもいいとミツナは思っていたが、エイルはそうした戦い方を頑なに許さなかった。
帯電しているのはショックシープの毛の部分であるので毛を避けて攻撃すれば痺れることがない。
ただ毛がない部分というのはかなり限られていてほとんど顔周りのみが痺れず攻撃できるところになる。
現れるショックシープが一体だけなら問題ないだろう。
しかし二体、三体と複数で現れた時に顔のみを狙うというのはなかなか難しい。
痺れている間にショックシープの突進を食らえばダメージは避けられない。
もっと簡単で安全な方法として遠距離から攻撃してしまうという方法がある。
エイルがやった投げナイフを始めとして弓矢や魔法といったもので直接触れることなく倒してしまうのだ。
ただエイルもミツナも魔法は使えない。
そこでエイルはミツナに投げナイフを教えることにした。
投げナイフは練習やセンスは必要であるけれどお手軽な遠距離攻撃である。
ナイフなら大概どこでも売っているし矢に比べてナイフは壊れにくい。
持っていられる数が矢より少ないとか素手での投擲なので距離が短いとか弓矢と比べた時のデメリットはある。
ただエイルは弓矢を教えられないので投げナイフぐらいしか選択肢がないのだ。
ダメなら別の方法を考えようと思っていたが、ミツナは投げナイフのセンスがあった。
「俺よりも上手くなりそうだ」
神迷の獣人は身体能力が高い。
ミツナは戦闘におけるセンスも高くて能力を十分に活かすことができる。
教え始めるとあっという間にナイフをまっすぐ投げられるようになった。
「へへっ……役に立てるなら嬉しいな」
ナイフを持ってミツナは笑顔を浮かべる。
「もっと上手くなれそうだけど……今回これぐらいで実戦にいってみようか」
練習すればするほどミツナは上手くなりそうであったが護衛依頼までの時間もない。
エイルの能力を発揮するためには少しの傷でもあればいい。
基本的にはナイフさえ当てられれば構わない。
今のミツナなら百発百中ではなくとも高い確率で当てられる。
ショックシープには毛に含まれる電撃と突進の他に攻撃の方法はない。
しっかりと距離をとって突進をかわせば何度でも投げナイフで攻撃する機会がある。
エイルは自分のナイフを数本ミツナに渡す。
町から近いところにある木立で投げナイフを練習していたエイルとミツナは再びショックシープを探し始めた。
「二体いるぞ! 俺が引きつけるからミツナは右のやつを頼む!」
「わ、分かった!」
ショックシープを見つけた。
二体で地面の草を食べていて視界を遮るものがない平原なのですぐにエイルとミツナも見つかってしまった。
グッと睨みつけるような目をしてツノを前に出すように頭を下げる。
エイルが前に出るとショックシープは二体ともエイルの方を向いた。
完全に近づかずに自分に注意が向いたところでエイルは止まる。
その間にミツナは投擲用の小さめのナイフを取り出して構えて隙をうかがう。
「いいか、狙うのは突撃のタイミングだ」
「う、うん!」
理想としては攻撃される前に倒してしまえればリスクもなくいいのだけどエイルは突撃、つまり攻撃中にナイフを投げるようにミツナに指示を出した。
ショックシープもバカではない。
何もない時にナイフを投げたってかわされてしまう。
投げナイフの技量が高いならともかくミツナはまだまだ動かない的に当てるぐらいのことしかできない。
だが都合よく相手が動かない時なんてものも寝ている時ぐらいだ。
夜になって寝るのを待ってなんてことはやっていられない。
そうなると次に良いのは狙いやすいタイミングで狙うのである。
「今だ!」
ショックシープが突撃を始めて、ミツナはそれに合わせてナイフを投げる。
狙いやすいタイミングとは相手の動きが予想できることや簡単に動きをコントロールできるようなタイミングのことをいう。
突撃にも色々と種類はある。
早いもの遅いもの、よく追いかけてくるものただまっすぐに突っ込むもの、ツノを使うもの爪や牙を使うものと一口に突撃といってもどんな突撃なのかモンスターによってさまざまである。
ショックシープの突撃は非常にシンプルで、ツノでまっすぐに向かってくる。
回避しやすい突撃であるが当たるとダメージは大きい上に毛に触れると二回目、三回目をかわすことすら難しくなる。
厄介さはあるものの、軌道は直線的で追いかけて曲がってくることも少ないのでかなり読みやすい攻撃といっていいのだ。
エイルに向かって突撃している。
エイルの斜め後ろにいるミツナから見てもショックシープがどう突撃するのか予想するのは容易かった。
「やっ!」
軌道を先読みしてナイフを投げる。
何もない時に投げればかわされてしまうだろうけど突撃をしている最中ショックシープはエイルに集中しているし気づいても急には止まれない。
「やった!」
投げたナイフがショックシープの顔の横に当たった。
やや深めにざっくりと切り裂けて血が飛ぶ。
痛みはあるのだろうけどショックシープは突撃をやめない。
「治してやるよ」
エイルはニヤリと笑うとショックシープに向かって手を伸ばした。
次の瞬間ショックシープが白目を剥いて気を失った。
気を失っても突撃の勢いは無くならない。
足がもつれてショックシープは頭を地面にめり込ませるようにして倒れ、エイルはもう一体の突撃も含めて横に転がって回避した。
「もう一体いくぞ!」
「うん!」
エイルが治したショックシープは気を失って動かない。
残るはあと一体。
気絶したショックシープにとどめを刺すのは後回しにしてエイルは再びショックシープと睨み合う。
「来るぞ!」
二回足を地面に打ち鳴らしショックシープはエイルに向かって突撃した。
「ここ!」
エイルの斜め後ろに陣取ったミツナがナイフを投げる。
「上手いぞ!」
真っ直ぐに飛んでいったナイフはショックシープの目に刺さった。
普通に大きなダメージとなる一投であった。
「痛いだろ?」
これならばとエイルは回避もしないでショックシープの治療を始める。
治療したといえばカンタンなのだがミツナは不思議なものを見たような気分になった。
ショックシープの目から一人でにナイフが抜けて飛んだ。
深々とナイフが刺さったはずなのに白目を剥いた無事な眼球が一瞬で戻ってきた。
そのままショックシープは地面を転がってエイルの前で止まって動かなくなった。
「し、死んでる……」
トドメを刺すのだろうとショックシープに近づいてミツナは驚く。
目にナイフを刺されたショックシープは死んでいたのだ。
目を治してもらったはずなのにむしろ死を迎えた。
「死ぬほど痛いなんて言うだろ? 本当に痛すぎれば本当に死に至るんだ」
ショックシープに対して痛みというショックで攻撃した。
痛みというものがわからないミツナであったけれど痛みだけで相手を殺すことができるなんて恐ろしいと今初めて思った。
「な、何するんですか?」
エイルは死んだショックシープの首にナイフを突き立て首を切り裂く。
「この倒し方はいいんだけど……傷もない死体っていうのは側から見たら奇妙だろ?」
どうやって倒したのだと聞かれて治して倒したのだと説明するのも面倒だ。
だからあたかも首を切り裂いて倒したかのように偽装しておく。
「あっちをお願いしていいかな?」
「あ、うん」
ミツナは気を失っているショックシープの方に走る。
首を切ってトドメを刺し、エイルの方に引きずっていく。
「投げナイフももっと買っておけばよかったね」
「これまで爪と牙ばっかで戦ってたから……」
「これから学んでいけばいいさ。色々な戦い方がある。僕も色々と叩き込まれたものだ」
他にもどんなことができるのだろう。
色々なことを知っているエイルのことを一つ知るたびに胸がドキドキするとミツナは思った。
もっと知りたい。
そのためにはミツナももっと努力して、エイルのそばにいられるようにならなきゃいけないと感じていたのだった。
ーーーーー
「うーん、なんだろな?」
依頼に記載されていた規定数のショックシープを倒した。
エイルが引きつけつつミツナが投げナイフで傷つけたり、あるいはその逆でミツナが引きつけてエイルがナイフで傷をつけたりとリスクを分担しながら依頼をこなした。
依頼料そのものは倒したショックシープを引き渡した時点で受け取れるのだけどショックシープの買い取りのお金というものももらえる。
買い取りについては実際に納品された魔物の状態を見て算出されるので次の日に依頼料と合わせて受け取ることにした。
ゆっくりと休んで次の日にお金を受け取りに来たのだけどエイルとミツナは何故か受付でお金はもらえず奥の会議室に通された。
紅茶を出されてゆっくりと飲みながら会議室に通された理由を考えるが思い当たる節がない。
「ふーふー……熱い……」
ミツナは紅茶をよく冷まして飲んでいる。
熱いものが苦手なようでずっと息を吹きかけて温度を下げようとしていた。
両手でカップを持ってふーふーする姿はちょっとかわいいなとエイルは思った。
「お待たせすいません。仕事が立て込んでいまして」
倒したショックシープに何か不備でもあったのだろうかとドキドキして待っていると三十代ぐらいの男性が会議室に入ってきた。
短く顎髭を伸ばしていて鋭い目つきをしている。
「私はこのギルドのギルド長をやっているタチーノと申します。今回このようにお呼び立てして申し訳ありません」
エイルはタチーノの握手の求めに応じるけれどミツナはカップの紅茶を見つめたまま動かない。
やはり他人は苦手なようだ。
タチーノも特に気を悪くした様子もなく手を引っ込めて座る。
「何かお話でもあるのですか?」
普通なら受付で依頼料と納品したショックシープの精算金を受け取って終わりだ。
わざわざ会議室に呼び出されることなんてない。
「一つご相談したいことがあるのです」
「相談?」
エイルたちは旅の途中でたまたまこの町に立ち寄ったに過ぎない。
よそ者であり、特に功績を上げた冒険者でもない。
ギルド長から何かをお願いされる要素などないのだ。
「こちらを。モンスターの討伐をお願いしたいのです」
「モンスターの討伐? なんでまた……」
タチーノは一枚の依頼書をテーブルに置いた。
お願いの内容を聞いてもなんでそんなお願いするのか分からない。
見た感じここらで冒険者が足りていないような様子もない。
こんな旅の途中に立ち寄ったエイルたちではなく、近くで活動していて何かを依頼しようと思えばできる冒険者はいるだろう。
なのになぜこんなふうに呼び出してエイルたちにお願いする必要があるのだろうかと疑問に思う。
「昨日ショックシープを納品なさいましたね?」
「ええ、それがどうかしましたか?」
問題でもあったのかと一瞬身構えかけたけれど呼び出されてお願いをされるのだ、悪いことではないだろうと思い直す。
「解体を担当しているものに聞きました。納品されたショックシープがあまりにも見事だと」
「見事……?」
「ショックシープは意外と価値の高い魔物です。もこもこの毛、それに硬いツノ、肉に至るまで利用できます。ですがその性質から無事に難しい魔物でもあります」
ショックシープの性質とは毛が常に帯電していることを指している。
なので接近戦闘で戦うのが非常に難しい魔物である。
安全に倒すためには遠距離攻撃が一番いいのだけどそれもまた難しさがある。
単純な遠距離攻撃方法として弓矢が思いつくけれどもこもことして強い帯電状態にある毛は金属に対してわずかな反発力も持っている。
だから毛に向かって矢を放っても思ったほど大きなダメージを与えられないのだ。
そうなると破壊力があって遠距離からできる攻撃は魔法になる。
多くの人が扱う魔法は火属性が多い。
肉はともかく火属性で攻撃なんてされてしまうともこもこの毛はダメになってしまう。
他の属性で攻撃しても血で毛が濡れたりと面倒は多い。
一方でエイルとミツナは投げナイフで顔を狙った。
少しでも傷つけることができればいいが故の作戦で、さらにショックシープにつけられた傷はエイルによって治されてしまった。
治した後に気を失ったショックシープの首を切り裂いたのでショックシープの死体はかなり綺麗な状態でギルドに引き渡されたのである。
「私も実際見て驚きました。あそこまで綺麗にショックシープを倒した冒険者の方は見たことがありません」
「ふふ……」
ミツナの尻尾が揺れている。
ショックシープを綺麗に倒したことを褒められて嬉しいようだ。
ここまで手際を褒められたことが少ないので鼻が高い気分であった。
「その手際を見込んで魔物の討伐をお願いしたいのです」
「……詳しく聞かせてもらいましょうか」
まだ護衛依頼まで時間はある。
他の依頼を引き受けようかと悩んでいたところであるし話ぐらいは聞いてもいい。
「ここから一日ほど移動したところにある森にある魔物がいる。その魔物を倒して納品して欲しいのだ」
「ある魔物とは?」
ただの魔物ならエイルたちに頼む必要はない。
エイルたちに頼む何かの理由があるのだろうと思った。
「ボムバードという魔物がいる。赤く透き通るような美しい羽を持っているのですが……厄介な性質も持っていて大変なのです」
タチーノはため息をついて首を振る。
「ボムバードはダメージを受けると魔力を暴走させて自爆してしまうのです。その際に美しい羽はボロボロになって……綺麗に倒すことがとても難しいのです。一撃で倒すことができればいいのですが非常に素早くてそれも難しいのですよ」
ボムバードはまるで燃える炎のように赤い羽を持っている。
その様子からリトルフェニックスなんて呼び方すらされることもあるほどに綺麗である。
ただボムバードは厄介な能力を持っていた。
まず非常に速度が速い。
臆病な性格もしていて近づこうものなら高速で飛んで逃げてしまうのだ。
そして最も厄介な能力として自爆することもあるのである。
攻撃を受けると体の中にある魔力を暴走させて小規模の爆発を起こす。
仲間であるボムバードを逃すためにそんなことをするのだという学者もいるが、ボムバードを狙う冒険者からしてみればただただ厄介な能力である。
「ショックシープを綺麗に倒したお力でボムバードも倒して納品していただけませんか?」
エイルとミツナはショックシープを綺麗に倒してみせた。
どのような方法を使ったのかタチーノには分からないけれど手練れであるのだろうと思った。
「よほど焦っているのですね」
時間をかければボムバードを上手く倒して持って帰れる人も出てくるだろうと思うのだが、わざわざタチーノの方からお願いするぐらいまで焦る事情があるのだろう。
「……この依頼は領主からのものなんだ。娘のドレスを作るのにボムバード……リトルフェニックスの羽を使いたいと。少し前から依頼を出しているのだけど上手く討伐できる人がいなくて……困っているんだ」
タチーノはガックリと肩を落とす。
普段なら少しずつ集まるものだが今回はある程度の量が必要であり、いつものペースに任せていたら間に合わない。
領主からせっつかれてもいてタチーノも正直困っていたのである。
「この辺りで活動なされている方でないことは理解しております。ですがもしスケジュールに余裕があるようでしたらお願いしたいのです」
「お話は分かりました」
スケジュールにまだもう少し余裕はある。
多少ギリギリな感じはあるもののやってできないことではないとエイルは頭の中で考える。
「どうする?」
エイルはミツナにも意見を求める。
二人で動くのだからミツナの意見も当然大事である。
「うーん……やってもいいしやらなくてもいいって感じかな?」
積極的に引き受けたい仕事でもないが引き受けるのが嫌だという仕事でもない。
ようするにあまり興味はないということである。
「まあそうだよな」
あっけらかんと答えるミツナにもエイルも苦笑してしまうが正直な話エイルも同じような感想である。
受けても受けなくてもいい依頼。
国を離れるつもりなのだからここで冒険者ギルドや依頼主である貴族に恩を売ってもあまり利益はない。
護衛依頼までの時間を埋めるのにはちょうどいいかもしれないが、時間的に余裕が少ないことも気になる。
「でも困ってるなら受けてもいいんじゃない? ……なに、その顔?」
ミツナの言葉にエイルは驚いたように目を見開いた。
そんな意見が出てくるなんて少し意外であった。
「ミツナがそんなふうに言うとは思わなかったから」
「べ、別にそんな……エイルならそういうかなって……」
ミツナは頬を赤らめてそっぽを向いてしまう。
最終的に困っているのならとエイルは依頼を引き受けてしまいそうだとミツナは思った。
誰かが困ってるなら助ける。
悪くない考えであるとミツナも思う。
面倒だし神迷の獣人だからと煙たがれるから自ら誰かを助けることはあまりないだろうけど、エイルと一緒ならそれもいいかもしれないと少しだけ考えた。
「依頼、お引き受けします」
「よろしいのですか?」
「ただあまり期待しないでください。ボムバードと戦うのは初めてなので上手くいくか分かりません」
ミツナも少し変わろうとしている。
それならこの依頼は受けてみようとエイルは思った。
ボムバードという魔物を相手にしたことがなくタチーノが期待するような成果が得られるかは自信がない。
それでもエイルとミツナの能力を持ってすれば可能性はある。
「構いません。上手くいけばありがたい……上手くいかなきゃ頭を下げることにします」
タチーノは苦々しく笑う。
もっと早くから依頼を出してくれればとか思わなくないが、無理な依頼でもないので依頼主に文句は言えない。
依頼が失敗するなんてこともよくある事なのでダメでもエイルたちに責任を負わせるつもりはなかった。
「よければボムバードの詳細な情報をお願いします。生態、生息域、必要な羽の数なんかを」
「分かりました。情報はまとめてあるので持ってきます」
タチーノが部屋を出ていく。
「……ほんとによかったのか?」
やってみればいいと言ったことが結局決め手になった。
ワガママな意見に聞こえてしまったのではないかとミツナは不安になった。
「いいさ。失敗してもここは離れるし、上手くいけば時間を潰しつつ割りの良い仕事になりそうだ」
エイルはテーブルに置かれた依頼書を手に取った。
綺麗なボムバードの羽が必要ということで依頼料は割と高めに設定されている。
上手くボムバードを倒すことができるのなら報酬として考えれば割りのいい仕事ではあった。
「これは二人で決めたことだ。そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ」
ミツナの考えていた通り、このまま意見がないようならエイルは依頼を引き受けていた。
ミツナの意見がやりたくもない依頼を引き受けさせたのではない。
ふと不安げにしているミツナをどうにかしたくてエイルは頭を撫でてみた。
「あっ、ごめん……」
「ううん、あまり嫌じゃないから大丈夫」
ほとんど無意識に手を伸ばしていてエイルは嫌だっただろうかとすぐにやめてしまったが、ミツナはほんの少し名残惜しそうに思っていたのであった。