異世界ダンジョン配信~回帰した俺だけが配信のやり方を知っているので今度は上手く配信を活用して世界のことを救ってみせます~

「はははっ! 思っていたよりもガキだな!」

 女性はイースラたちを見て大笑いする。
 子供とは聞いていた。

 ただ想像していたものよりも一回り小さかった。
 剣すらまともに持てるのか怪しいぐらいの子供であって笑ってしまったのである。

 この豪快な女性こそルーダイであった。

「不合格。帰りな」

「ちょ……」

「そんなのありかよ!」

「ふん、なんと言われようと……」

 ルーダイはイースラたちの何も見ることもなくきびすを返して立ち去ろうとした。
 しかしその瞬間何かを感じ取って、振り返った。

「今やったのは……お前か?」

 ルーダイは笑顔を消し、少し怒りすら感じさせる顔でイースラの前に立った。
 イースラは涼しい表情をしているがクラインとサシャはなんだか上から押さえつけられるような息苦しさを感じている。

「不合格なんでしょ? そのまま行けばよかったじゃないですか」

「クソガキ……お前わざとやってんな?」

「オバさんが人の話聞かないからだよ」

「オバ……このガキ……!」

「じゃあなんて呼べば? 来て早々名乗りもせずにガキだ、不合格だなんて言ったのはそっちだよ」

 第一候補にこんな態度でいいのか!?
 そんなことをクラインとサシャは思うのだけどイースラはむしろ不愉快そうな顔をしているぐらいだった。

「やめろルーダイ。先に礼を失したのはお前の方だ」

「むっ……余計な口挟むな、ハルメード」

 階段の途中からずっと様子を眺めていた長髪の男性ハルメードが降りてきた。
 子供と睨み合いの喧嘩なんて情けないとため息をつく。

「君を指名した物好きがいるというから見ていたんだ。まともに一度も目を合わせないで不合格だなんて言い放ったのは君の方だ。チャンスの一度も与えないのは失礼というものだろう」

「全員にチャンスなんて与えてたら今頃ギルド前には行列ができるだろ」

「そこまで人は殺到しないさ。たった一度チャンスをあげるだけではね。それになぜ君は怒っているんだ? 不合格にしたのならさっさと立ち去ればよかっただろう」

 ハルメードには一度立ち去りかけたのにわざわざルーダイが戻ってきた理由が分からない。

「このガキ、私に魔力の殺気を飛ばしやがった」

「なに?」

「鋭くて……背筋の凍るやつだ。んなことされて黙ってられるか!」

「確かに……それは黙っていられませんね」

「だろ? だから……」

「そんな才能を逃しかけているなんであなたはなんと愚かなんですか?」

「はぁ?」

 同意してくれたと思ったのに急に愚かなどと言われてルーダイは顔をしかめた。

「急ぎ兵士師団長を呼んできます。あなたは大人しくしていてください」

 ハルメードは早足でその場を去っていった。
 ルーダイは呆けたような顔をしてハルメードが立ち去った方を見ている。

「……ちょっと失敗だったな」

 ルーダイを呼んだのは失敗だったなとイースラは思う。
 イースラが今頼りにしている記憶はスダッティランギルドが崩壊した後のものになる。

 そこまではスダッティランギルドでうだつの上がらない生活をしていたのだから仕方ない。
 だからどうしても先のことを今の時間軸に直すとズレが生じてしまう。

 これは一つ考えねばならないことであるなと思った。
 未来の知識を先借りするには今どんな状態であるのかも念頭に置かねばうまく活用できないこともあるのだ。

「お待たせいたしました。こちらが兵士師団長のムベアゾ団長です」

「急いで来いというから来てみれば……なんだこの状況は? 魔法使いの問題娘と見たこともない子供たち……子供の喧嘩の仲裁に俺を呼んだのか?」

 かなり体つきのいい威圧感のある男性がハルメードに連れられてやってきた。
 元は茶色なのだろうが髪はすでに白髪の方が多く、目元と眉間には深いシワが刻まれている。

 年齢だけでいうのならもうすでに引退すべき年を通り越しているぐらいだろうが、ムベアゾの威圧感をみればまだまだ現役である。

「わざわざ喧嘩の仲裁で団長殿を呼んだりはいたしません。あの子、もしかしたら逸材かもしれません」

「なんだと?」

「魔法の殺気を使ったらしいのです」

「ほぅ?」

 ムベアゾが驚いたようにイースラを見た。

「あっ、こいつ……」

 イースラはいつの間にか不貞腐れたような態度をやめていかにもやる気あります風な目をして真っ直ぐに立っていた。
 さっきまでとは大違いでルーダイは思わず舌打ちしそうになった。

「それは本当か?」

「んー、入団テスト受けさせてくれたらお答えします」

「入団テスト?」

「あの人には不合格だって言われたんですけど、何もしないで言われたから不満なんです」

 ムベアゾに視線を向けられてルーダイは気まずそうに目を逸らす。

「本当のことです。実力を確かめることも、チャンスを与えることもなく不合格だと」

「だ、だってこんな子供……」

「あとで魔法師団長には言っておこう」

「うっ……」

 ルーダイは諦めたようにガックリとうなだれる。
 大人しく入団テストぐらい受けさせてくれればよかったものをとイースラは思う。

「入団テストだ。実力を見てやろう。こちらにこい」

「二人ともいくぞ」

 ルーダイから感じていた動けないような圧力はハルメードが介入したあたりから感じなくなっていた。
 イースラの後を追ってクラインとサシャも慌ててついていく。
「訓練一時中断! 休憩だ!」

 建物の裏には広い訓練場がある。
 訓練をしている人たちがいてムベアゾが声をかけると訓練をやめて壁際のベンチ近くに置いてあるタオルで汗を拭いたり水を飲んだり思い思いに休憩する。

「ネムジン」

「はいっ!」

 ムベアゾは休憩しているギルド員を見て一人の男性を呼んだ。
 若い人で特徴的なこともない普通の男性である。

 ただ細く見えても体はしっかりと鍛えられている。

「こいつと戦ってもらう。勝てなくとも力を見せれば入団を認める」

「もし勝ったら?」

「勝てたら最下級ではなくいくらか上から始めさせてやろう」

「んじゃこいつから始めてもいいですか?」

 イースラはニヤッと笑ってクラインの肩に腕を回す。

「……まあいいだろう」

 イースラの実力を見たかったところではあるが、チャンスを与えることにした以上クラインにも同じくチャンスを与えるべきだ。

「ネムジン、この子と戦え。治療の費用は俺が持つからそれなりに相手してやれ」

「はっ! 分かりました!」

 ネムジンとクラインは木剣を手に訓練場の真ん中で向かい合う。

「いいか、クライン。今回は最初から全力だ」

「いいのか?」

「もちろん。お前の力見せてやれ」

「よっしゃー! やってやる!」

 全力を出していいと言われてクラインはやる気を見せる。

「クライン、忘れてないよな?」

「忘れてないさ!」

 イースラの言葉にクラインは親指を立てて笑う。

「負けんなよー!」

「ガキに怪我させんじゃないぞ!」

 周りのギルド員たちも面白い見せ物だとヤジを飛ばす。
 誰一人としてクラインが勝つなどと思いもしてない。

「それでは……始め!」

 ムベアゾが上げた手をまっすぐに振り下ろした。

「はっ!」

 次の瞬間クラインがイナズマのように動いた。
 黄色いオーラを解放して一気にネムジンに迫った。

 斜めに振り上げられた剣にはしっかりとオーラが込められている。

「グッ!」

 不意をついた一撃をネムジンは受け止めきれなかった。
 木剣が半ばから切られ、ネムジンは距離を取ろうと飛び退いた。

「逃すか!」

 けれどクラインは隙を見逃さず食らいついて剣を振り下ろす。
 やられる。

 そう思ったネムジンが衝撃に備えて目をギュッと閉じた。

「そこまでだ」

「うえっ!?」

 振り下ろされたクラインの剣をムベアゾが掴んでいた。
 少し離れたところに突っ立っていたはずなのにいつの間に目の前に現れたのだとクラインが驚いた。

「オ、オーラだ……」

「しかもネムジンがやられてしまったな……」

「不意打ちに近かったけれども良い動きだった。油断したあいつも悪いな」

 周りはクラインがオーラを見せてネムジンを圧倒したことに驚いている。
 始まった瞬間にオーラを使って一気に攻め立てたのはほとんど不意打ちである。

 しかし余裕だろうと油断していたネムジンもしっかりと悪いのである。

「オーラはどうやって発現した?」

「師匠に教えてもらって」

「師匠だと? 剣も師匠に習ったのか?」

「うん」

「その師匠はどこにいる?」

「そこにいるよ」

 クラインはイースラのことを見る。
 どうやってオーラを最初に発現させたのか細かいやり方について教えちゃダメだと言ったが、イースラが教えたことであるというところまでは言っていいとクラインに伝えてある。

「だからあいつ、俺よりも強いですよ?」

「…………」

 ムベアゾはイースラに視線を向けた。
 正直ネムジンは危なかった。

 ムベアゾが止めなきゃオーラの込められた剣で頭をかち割られていたことだろう。
 目を閉じて攻撃を受けるなど後で叱責ものだがそうでなくともかなり危険な一撃なのは間違いない。

 それをイースラが教えたのだとすればクラインよりも強いというのは嘘じゃないだろう。

「次はこの子、いいですか?」

「わ、私?」

「なんだ? 最後がいいか?」

「あ、やだ。先に行く」

 このまま勢いに乗ってサシャにも頑張ってもらう。
 トリを務めるのは流石にはばかられるのでサシャも大人しくクラインと交代で前に出る。

「ユリシャス」

「は、はい!」

 次に名前を呼ばれたのはサシャに合わせて女性であった。
 暗い赤毛を一つに束ねていてネムジンよりも年上に見えた。

「油断するなよ」

「わ、分かりました!」

 ムベアゾに険しい目を向けられてユリシャスは背筋を伸ばした。

「サシャ、そんなに固くなるな」

「わ、分かった」

 クラインと違ってサシャは緊張で固くなっている。
 ユリシャスも緊張しているようだったが戦いが始まってみれば冷静だった。

 クラインのように先手必勝で攻撃を仕掛けたが、ネムジンの二の舞にならないようにと警戒していたユリシャスには通じなかった。
 最初こそサシャが優勢に進めていたけれど、戦いが進んでサシャがまだまだ未熟だとバレてしまうとあっという間にサシャは技術で追い詰められて負けることになった。

「うえん……」

 クラインは勝てたのにとサシャは落ち込んでいる。

「そう落ち込むな。クラインは相手も油断してたし運が良かった。サシャもよくやったよ。だいぶ強くなったな」

「ほ、本当? ならよかった」

 クラインのように相手が油断していればチャンスがあったかもしれない。
 しかしクラインのことがあって相手の油断がなかった。

 さらにムベアゾはネムジンよりも強い相手をサシャにぶつけてきた。
 勝つのは難しい戦いだったのである。

 それでも諦めずよく戦った方だ。
 イースラが頭を撫でて労いの言葉をかけてやるとサシャは頬を赤らめてフニャリと顔を緩める。
「んじゃ次は俺だな」

 サシャが使っていた木剣を受け取ってイースラが前に出る。

「俺の相手は誰ですか?」

 剣を軽く振りながらムベアゾのことを見る。
 実力を見せられればいいのでそんなに気負ってもいない。

「……ハルメード」

「私がいきましょうか?」

「いや、俺に剣を」

「まさか……」

「いいから早く」

 ハルメードが木剣を取ってきてムベアゾに渡す。

「俺が相手しよう」

「……それは厳しくないですか?」

「安心しろ、勝てなんて言わない。手加減もしてやる。もし仮に一撃でも攻撃を届かせることができたら上級扱いで入団を認めてやる」

「簡単に言ってくれますね」

 イースラは苦笑いを浮かべる。
 ゲウィル傭兵団はかなり大きな組織である。

 その中で兵士師団長という立場は団長、副団長に次ぐ役職である。
 決して政務能力だけでなれる役職じゃなく、高い実力がなければいけない。

 クラインの一撃を止めた時の動きといいムベアゾは只者ではない。
 イースラの記憶にある人ではないけれども強いことは確実だ。

「それではいつでもかかってくるがいい」

 剣を構えることもなくムベアゾは開始を言い渡す。
 他の人がやっているならナメているなと感じるところだが、イースラから見て剣を構えていなくともムベアゾに隙はない。

「仕方ないか……」

 わざと隙を作って引き込む気配もない。
 イースラから動き出すしかないのだ。

「……一撃くらわせてやる!」

 イースラは床を蹴って一気にムベアゾとの距離を詰めた。

「むっ!」

「これが見たかったんだろ!」

 剣が届くという距離に入ったイースラはオーラをまとった加速してムベアゾの後ろに回り込んで剣を振る。

「はははっ! 嘘ではなかったか! 魔法の殺気、思わず身がすくんだぞ」

「嘘つけ!」

 決まったと思ったのに気づいたら剣が弾き返されていた。
 ムベアゾの動きが速すぎる。

 それでも攻撃はしてこないので手は抜いてくれている。
 どうせ勝てはしない。

 ならば今の自分にどこまでできるのか確かめてやるとイースラは思った。

「三人ともオーラを使えるなんてどうなってるんだか……」

「それにあいつ強いぞ」

 周りで見学しているギルド員たちがざわつく。
 クラインもサシャもオーラを使った。

 さらにイースラまでオーラを使っている。
 その上にイースラの動きはクラインとサシャとは比べ物にならないぐらいである。

「後ろ……」

「こっちだ!」

 イースラが視界から消えてムベアゾは後ろを振り返った。
 後ろに気配を感じたのだがイースラは後ろまで回り込まずに横にいた。

「かすった!」

「あのガキやりやがったぞ!」

 コンパクトに突き上げられたイースラの剣はムベアゾの頬をわずかにかすめた。

「ヤバっ」

 茶色いオーラが込められた剣が迫ってイースラは自身の白いオーラを一気に剣にまとわせて防御した。
 力を受けきれなくてイースラが大きく吹き飛ばされる。

「危ねぇ……手加減するんじゃなかったんですか?」

 オーラを解放して防がなきゃ剣が折れていただろう。
 今の一撃は明らかにこれまでよりも加減のないものだった。

「手加減はしているさ。次で終わりにしよう」

 ムベアゾの体がオーラに包まれる。
 まるで大樹のような濃い茶色のオーラはとてもじゃないが手加減してくれているようには見えなかった。

「ルーダイ! シールドを張れ!」

 ハルメードがひっそりと見学していたルーダイに向かって叫ぶ。

「チッ! 分かった!」

 ルーダイが手を伸ばして魔力を集中させるとイースラとムベアゾを包み込むように半透明の魔力のシールドが展開される。

「これを受けられたらもっと良い待遇をしてやろう」

 グルンと剣を一回転させたムベアゾは体を捩じるようにして剣を引いて力を溜める。

「ここまでするのは望んでないんだけどな」

 イースラはため息をつく。
 別に良い待遇なんていらない。

 普通に入団できればそれでよかった。
 だがどうせならやるだけやってみる。

 向こうがその気ならこちらもやってやるとイースラも剣を構えて腰を落とす。
 薄くまとっていたオーラをより厚く解放してムベアゾの攻撃に備える。

「ふうううん!」

「オーラブラスト!」

 ムベアゾが剣を振ると茶色いオーラが四つの斬撃となってイースラに向かって飛んでいく。
 本来体から離れると消えてしまうオーラを固めて飛ばす上級技術がオーラブラストである。

 手加減も何もないなとイースラは驚く。
 全部撃ち落とすことなんて出来はしない。

「最小限……そして最大限!」

 少ない労力で大きな効果を生むことが戦いにおいても大事である。
 イースラはオーラブラストに突っ込む。

「イースラ!」

 全力でもオーラブラストを防げるのは一つだけ。
 イースラは高速で飛んでくるオーラブラストを見極めて斬撃のど真ん中を突き抜けようとする。

「おりゃああああっ!」

 一つ二つとオーラブラストを回避し、どうしてもかわせない一つをオーラを込めた剣で相殺する。
 オーラブラストを一個相殺するだけなのにイースラのオーラはほとんど持っていかれてしまう。

「見事……」

「まだ……終わりじゃないぞ!」

 イースラはオーラブラストを乗り越えた。
 オーラブラストがシールドに当たってルーダイは顔をしかめる。

 ムベアゾはオーラブラストを乗り越えたイースラを称賛しようとしたけれどイースラの目はまだ闘志に満ちていた。

「チッ……届かねえか……」

 真白なオーラに包まれたイースラの剣がムベアゾの目の前を通り過ぎた。
「……いや、届いたぞ」

 ピッとムベアゾの鼻先が切れて血が垂れた。
 かわされたと思っていたイースラの剣は僅かにムベアゾに届いていたのである。

「はははははっ! 名前は?」

「イースラ……」

「イースラ、上級で入団を認める! そっちの二人は?」

「クラインとサシャです」

「クライン、三級! サシャ、三級! 入団を認める!」

 ムベアゾが高らかに宣言する。

「上級!?」

「他の二人も飛び級かよ!」

 周りのギルド員に動揺が広がる。

「ちょっと待ってください」

「なんだ? 上級では不満か? まあ焦ることはない。実績を積めば……」

「そうじゃありません」

 イースラにストップをかけられてムベアゾが片眉を上げた。
 確かに二回も攻撃を届かせたのだから少し不満もあるかもしれないとは思ったが、イースラが言いたいのは待遇についてではなかった。

「魔法でも入団テストを受けさせてください」

「何だと?」

「とりあえずサシャは絶対です」

「えっ、私?」

 急に名前を出されてサシャが驚いた顔をする。
 元々ルーダイを呼んだのも魔法による入団テストを受けるつもりだったからだ。

 予定は狂ったものの結果オーライにはなった。
 ただサシャはについては剣ではなく魔法の道を進んでもらうつもりだった。

「ついでに俺たちも受けられれば」

「……いいだろう。ルーダイ、お前がやるんだ」

「はぁっ!? 何で私が……」

 ルーダイは肩で息をしていた。
 ムベアゾのオーラブラストで周りに影響が出ないようにと張ったシールドには大きくヒビが入っている。

 イースラが一つオーラブラストを相殺してくれなきゃシールドは叩き割られていたことだろう。

「ハルメード、クォンシーを呼んでくるんだ」

「はっ、分かりました!」

「あっ、ちょっ……待って!」

 ハルメードがどこかに走って行ってルーダイは顔を青くする。

「そりゃ……ないですよ……」

「魔法使いではどうか知らんがうちではさっさと動かないと相応の責任が発生するんだ」

 ルーダイのジトッとした抗議の視線もムベアゾは意に介さない。

「お連れいたしました!」

「何だか騒がしいね」

 ハルメードが連れてきたのは白髪の高齢女性であった。
 いかにも魔法使いといった大きな杖をついていて腰を曲げてゆっくりと歩いてきた。

「用件はまだ聞いとらん。何かな? またあのおてんば娘が何かしたのかな?」

 クォンシーという魔法使いの女性はルーダイに視線を向ける。
 ルーダイの方は何もしていませんというような顔をしながらあさっての方向を向いている。

「半分正解で、半分違います」

「ふぅむ? ならあの子たちに関係することかな?」

 クォンシーは次にイースラたちを見た。
 綺麗な緑色の瞳をしていて、とても優しい目をした人だった。

「それが半分です」

 ムベアゾは事情を説明した。

「指名されたのに何もせず突き返そうとするなんてね……あとでお仕置きだよ」

「そ、そんな!」

 逃げてしまおうかと考えていたルーダイだが逃げるとまた後が怖い。
 結局ムベアゾによってルーダイの所業は暴露されてしまうことになり、ルーダイはガックリと肩を落としてうなだれる。

「入団テストね。魔法は使えるのかい?」

「いいえ、なので適性才能検査を受けたいんです」

「ふふふ、それも承知かい。いいだろう。ルーダイ、私の部屋から適性才能検査用の魔法石を持ってきなさい」

「はぁーい……」

「早く!」

「はい!」

 ルーダイが走っていく。
 こんな人だったのかとイースラは少し呆れてしまう。

 イメージとはだいぶ違う人であった。
 戻ってきたルーダイは四角い水晶を持っていた。

 ハルメードが小さいテーブルを持ってきて水晶をその上に置いた。

「これに手を乗せてくれればいい」

「サシャ、お前からだ。大丈夫だから」

 イースラがサシャの背中をそっと押して促す。
 少し困惑しながらもサシャは水晶の上に手を乗せる。

「ほぅ……これはこれは」

 サシャが手を乗せると水晶が光を放ち始めた。
 水晶は真っ赤に染まり、眩しいほどの光にみんなが目を細めた。

「火に強い適性があるね。魔力も十分……魔法への才能もありそうだ。四級合格入団だよ」

「えっ!?」

「基礎さえ身につければすぐに三級にも上がれるだろうね」

 サシャは驚いた顔をした。
 そしてイースラのことを見る。

「言ったろ? 大丈夫だって」

「周りは何を驚いてるんだい?」

「そちらの子は剣の方でも三級で入団を認めたんです」

「おや? そうなのかい? 才能のある子なんだねぇ……ただ、こっちに譲ってくれはしないかい?」

「貴重な才能ですので」

 ムベアゾとクォンシーの間に火花が散る。

「話は後で。とりあえずその子たちもだったね」

「クラインもやってみろよ」

 サシャについては才能があることは分かりきっていた。
 けれどクラインについてはイースラも分からない。

 少し期待しながらクラインの入団テストの様子を見守る。

「ふむ……魔力はある……適性は土。だけど魔法の才能はあまりなさそうだね」

 水晶が明るい茶色に染まる。
 けれどサシャの時のような強い光は放たれない。

 全く適性がないわけではないものの魔法に関してクラインは強い才能がないようだった。

「こちらの子も三級です」

「ふむ、ならば剣の道の方がいいだろうね」

 サシャと違って取り合いにならない。
 ちょっと悔しいとクラインは思った。
「落ち込むことはないよ。二物持ち合わせる人間の方が少ないんだ。無いものを羨むよりも自分の持っているものに目を向けなさい」

「は、はい……」

 不満げなクラインはクォンシーに優しくさとされる。
 オーラを扱えるだけ十分すごいのだから落ち込むことはないぞとイースラは思う。

「最後は君だね」

 またしても最後はイースラである。
 ムベアゾはひっそりとイースラにも魔法の才能がなければいいのにと思っていた。

「ほほぅ……」

 イースラが水晶に触れた。
 その瞬間サシャにも負けないぐらいの光が水晶から放たれた。

「光属性……珍しい適性を持っているね。少し青もあるということは水属性にも適性がありそうだ」

 水晶の中には白い光が満ちている。
 しかしただ真っ白なわけではなく白い中に青い筋が流れるように見えていた。

「魔法の才能もあり。四級合格」

「うわっ、マジかよ……」

「魔法でも二人が合格?」

 もはや驚きすら小さい。
 イースラたちが規格外すぎて周りのギルド員たちも今見ているものが現実なのか怪しく思えてくるようだった。

「その顔……この子も三級かい?」

「上級合格です」

「おやおや、上級かい?」

 クォンシーが驚いた顔をした。
 ムベアゾがこの場にいるということは少なくとも入団テストを見ていたはずである。

 決して手を抜くことのないムベアゾが上級と認めることはかなり例外中の例外と言ってよかった。
 クォンシーは改めてイースラのことを見る。

 年の割に落ち着いた目をしている少年はクォンシーの目をまっすぐに見返して微笑んだ。
 どんな才能を秘めているかは分からないが、大物になるという確かな予感がクォンシーの中に芽生えていた。

「ともあれ団長と副団長に報告して正式に入団を承認してもらった方がいいね」

 イースラたちを逃してはならない。
 クォンシーはそう考えた。

「そうしよう。ハルメード、三人にうちのことを説明してやれ」

「はっ、分かりました」

 ムベアゾとクォンシーは二人でどこかに行ってしまった。
 イースラたちは机が並べられている部屋に連れてこられた。

「君たちは師団長から入団の合格をもらった。だから何事もなければこのまま我々のギルドに入団することになるだろう。元々うちのギルドは傭兵団だった。そのために他とは少し違うシステムがあるから説明する」

 ハルメードは壁の一面にかけられている黒い板に白い石で図を描き始めた。

「うちのギルドは階級に分かれている。一番下が五級で、そこから四級、三級、二級、一級と上がってその上が上級。さらに小隊長補佐、小隊長、大隊長補佐、大隊長と上がって師団長、副団長、団長となっている」

 ハルメードが図を描きながら説明してくれるので分かりやすい。

「五級と四級は仮入団扱いで三級からが正式入団だ。君たちは剣の方で三級だからもう正式入団だね」

 周りがざわついていたのにもこうしたところが理由となっている。
 いきなり現れた子供たちが仮入団を飛ばして正式に入団する三級で合格したのだから当然驚くのも無理はないのだ。

「そして内部も二つに分かれている。剣……兵士と魔法使いでね。イースラ君とサシャ君は魔法でも四級合格しているね。両方合格したらどうなるのかは……ちょっと分からない。えーとあとは……」

 三級からはちゃんとした給料がもらえるとか上級以上になれば個人で部屋がもらえるとか細々としたことの説明をハルメードはしてくれた。
 クラインは理解しているのか怪しいところであるが細かく理解せずとも大きな問題はない。

「僕は小隊長だ。困ったことがあったら僕に相談してくれていい。他に何か言うことはあったかな……」

「ハルメード、ご苦労だったな」

「師団長」

 ムベアゾがいつの間にか部屋の中に入ってきていた。
 決して存在感がないような人ではないのにイースラも入ってきたことに気づかなかった。

「説明は終わったか?」

「一通り説明いたしました」

「ではこの子たちを連れていく。団長がお呼びだ」

 今度はムベアゾに連れられてギルドの中を移動する。
 上の階の一番奥の部屋をムベアゾがノックする。

「入れ」

「失礼します」

 部屋の中にいたのは大男であった。
 ムベアゾも身長が高い方だが、それよりもさらに大きい。

 鼻を通り両眼の下を走る大きな傷があり真っ白な髪をしていて獣のような荒々しい魔力を感じさせた。
 クラインとサシャは魔力に当てられて無意識に一歩下がるがイースラは負けじと大男の顔をまっすぐに見つめる。

 呼吸が苦しくなるような魔力だが、イースラは体にオーラをまとわせて対抗する。

「ふ……ふはははっ! 良い気概を持っている! お前が上級にしたのも頷けるな!」

 全く引かないイースラを見て大男が笑う。
 手を伸ばしイースラの頭を鷲掴みにするようにしてワシャワシャと撫でる。

 いつの間にか押しつぶすような魔力は感じられなくなっていた。

「俺はグレイゾン・ゲウィル。このゲウィル傭兵団の団長だ。少し下が騒がしいと思っていたが……面白いことになっていたようだな」

 グレイゾンはソファーにどかりと座った。
 二人がけのソファーであるがグレイゾン一人が座ればいっぱいになっている。
「最後に聞こう。なぜ入団したい? お前からだ」

「お、俺?」

 グレイゾンはクラインを指差した。

「俺は……強くなりたい、から。わかんないけど……強くなりたいんだ。強くなればきっと色んなことができるから」

 なぜ入団したいと言われてもイースラに連れてこられたからではあるけれど、クラインはなんとなく質問の意図を汲み取って答えた。

「強さか。もっともな理由だな」

 グレイゾンは大きく頷く。

「君は?」

 グレイゾンが次に視線を向けたのはサシャだった。

「私は……分からない」

 なんでと聞かれても答えられない。
 強くなりたいけどそこまで強い欲求もない。

 イースラに流されるままにここにきてしまった感じはどうでも否めないのである。

「でも私にできることがあるなら頑張りたい。私たちは孤児だからあのままだったらどうなってたか分からない。でもそんなところからイースラが引っ張ってくれた。だからイースラのために何かできるなら……私もやるんだ」

「他者のため……か。それもまた一つ。最後に君は?」

「俺は守りたいものがたくさんあるんです。それら全てを守る。そのために力が必要で、利用できるものも必要です」

「俺のギルドを利用するつもりか?」

「はい! 守るもののためならなんだって利用します。それがあなたでも」

「ふふふ……守るもののため、か。そのためには俺すら利用するか。いいだろう。利用してみろ! お前にその価値があると俺に証明し続ける限り利用されてやる!」

 グレイゾンが勢いよく立ち上がった。

「守るための力を証明し、何を守るのか見せてみろ。必要なら力を貸してやる。そして俺もお前を利用させてもらおう!」

 魔力も何も使っていないのに空気がビリビリと振動するような威圧感がある。

「ムベアゾ師団長とクォンシー師団長の申し入れを受け入れる。イースラ、クライン、サシャ、お前たちは今日から我々の家族だ! たとえ道を違え、異なる方に進むことになろうとも敵対しない限りこの絆無くなることはない!」

 ちょっと暑苦しいなとイースラは思った。
 だけど嫌いじゃない。

「三人ともそれでいいな?」

「はい、よろしくお願いします」

「「よろしくお願いします!」」

 イースラたちは頭を下げて入団を受け入れた。
 本来想定したような感じではなかったけれども見事第一候補に入ることができた。

 これからどうなっていくのか。
 それにはイースラにもわからないことが多い。

 けれども確実に前には進んでいる。
 少しずつでもいい。

 前に進むのだ。
 足掻いて、前に進んで、諦めずにいることできっと今回は全てを守ってみせる。

 世界を救う英雄イースラは小さくも、大きな一歩を踏み出したのであった。

 ーーー第一章完結ーーー
 ゲウィル傭兵団に正式に所属することになったイースラたちであるがこれで全てうまくいくかと言えばそうでもない。
 まだ子供のイースラたちが飛び級で入団したことをよく思わない人もいれば、イースラたちの実力を疑う人もいる。

 飛び級で入団したけれどギルドに慣れていくために下働きのようなものから始めていくことはどうしても必要だ。
 立場上でもスタートは他の新人たちと一緒である。

「おら! そんなもんか!」

「くっ!」

 ゲウィル傭兵団は傭兵団なんて雑そうな名前がついているけれど中は思いの外しっかりとシステムが出来上がっている。
 新人には基本的な戦い方から叩き込んでくれる。

 ギルドに来る段階で自分の戦い方を確立させてから来ている人もいれば、基礎的なことがまだまだな人もいる。
 クラインはイースラやバルデダルに教えてもらっていたとはいえまだまだ歴が浅く素人に近い。

 ちゃんとした基礎を叩き込んでくれるのだからありがたいなとイースラは思った。

「そんなんじゃ魔物も倒せないぞ!」

 ちょっとばかりキツく指導されている感じがあるような気はするが、いきなり仮入団を飛び越えてしまったのだから多少は仕方ない。
 正式な団員としての実力がないと困るのはクラインの方である。

「よそ見している暇があるのか!」

 一方でイースラとサシャも基礎訓練は受けている。
 クラインとサシャよりも上の上級で入団を認められたイースラはクラインよりもさらに激しい指導が待っていた。

 しかしイースラはクラインと違って素人ではない。
 むしろ基礎から教えてもらえることを楽しんですらいる。

 能力も上がっていくしキツい鍛錬も望むところだった。
 魔法使いとしても受かったサシャも必死に訓練に食らいついている。

 ちなみに訓練の様子はカメラアイによって配信されていた。
 給料に加えて配信によるパトロンや視聴数のポイントもいくらかもらえるのだ。

「この後に勉強なんかしても頭に入んねぇよ……」

 訓練が終わってもまだやることはある。
 次は基礎的な勉強がある。

 具体的には文字や計算といったものである。
 クラインはいまだにそこらへん苦手なのでしっかりと学んでおかねばならない。
 
 イースラとサシャはできることをテストで証明したので魔法使いとしての座学が待っている。

「頑張れよ」

「うぉん……」

 クラインと別れて魔法使いの基礎を学びにいく。

「それじゃあ始めようか」

 クォンシーが先生となって魔法について教えてくれる。

「魔力の扱い方については一般的にオーラと魔法がある。オーラは留める才能、そして魔法は放出する才能が必要だね」

 オーラも魔法も魔力を使うという点では同じである。
 しかし世の中一般的にこれらは違う力として認識されている。

 オーラは留める力である。
 体から解放されて拡散してしまう魔力を体のそばに押し留めて体を強化する。

 対して魔法は魔力を放出するものだ。
 体から魔力を出して拡散しないようにコントロールするのが魔法の基礎となっている。

 入団テストで使った水晶は手を触れると触れた相手の魔力を強制的に引き出す力があった。
 これによって魔力を放出しやすい体質であるかどうかを判別するのだ。

 イースラもサシャも魔力を放出しやすい体質で魔法を扱う才能がある。
 一方でクラインは魔力を放出しにくい体質で魔法を扱うには不向きなのであった。

 一見すると魔法とオーラの性質は反するようにも思えるが、もっと細かく違いはあって完全に反するものでもないのだ。
 オーラが扱えるからと魔法が扱えるわけでもなく、魔法が扱えるからとオーラが扱えるわけでもない。

 けれどもオーラが扱えるから魔法が扱えないわけでもなく、魔法が扱えるからとオーラが扱えないわけでもないのである。

「魔法には属性というものがある。それぞれ得意な属性があって、得意なものほど扱いやすくなる。属性は火、水、風、土、光、闇がある。そしてそれぞれから派生した属性もある」

 魔法使いの新人はイースラたちの他に二人いて、サシャを含めて真剣な顔をしてクォンシーの授業を聞いている。

「体は衰えていくけれど魔法は一生磨くことができる。決して弛まず修練を続けていくことだね」

 クォンシーぐらいの人が言うと説得力があるものだとイースラも思う。
 剣の道はどこかで体に限界がきやすい。

 魔法も体に限界が来ることもあるけれど、上手く付き合って修練を続ければどこまでも成長できる可能性がある。

「魔法には魔力も大事だが魔法をイメージする力も大事だ。日常から火なら火、水なら水を見て魔法を使う時にそのものをイメージしておけるようにしておきなさい」

 イースラは魔法についても知っているので真剣に聞いているふりをしながら今後のことを考えていた。
 ゲウィル傭兵団に入ったはいいけれど今後どうするかについては少ない情報を必死に思い出して組み立てねばならない。

 ひとまず自分の能力向上とクラインとサシャにも強くなってもらわねばならない。
 活動するならもう一人ぐらい仲間に引き入れたいなとも思う。

 ぜひ引き入れたい人は何人かいるけれど、それは回帰前に出会った人たちで今どうしているのかは確実なことは言えない。
 確実な人もいるけれど今の状況で会いにいくのは現実的じゃない。

 やはり地道に戦力アップしてもうちょっと階級上げて自由度を上げるしかないなとイースラは思っていた。

「イースラ、聞いてるかい?」

「もちろん聞いてます」

 ーーーーー
 訓練でもある程度強くはなれるだろうけどどうしても限界はある。
 やはり必要なのは実戦経験だ。

「これから魔物の討伐訓練を開始する!」

 実戦とは魔物と戦うことである。
 今回イースラたちは五級、四級のギルド員と共にモンスターの討伐のためにカルネイルの南側に広がる森に来ていた。

 こうした訓練は実戦経験を積むためでもあるが、町近くの魔物を倒すことで町の安全にも寄与している。

「五人一組となって時間まで魔物を倒してくるんだ。一番数の少ない組は一月掃除当番だ」

「……なんか避けられてる?」

「まあいつものことだろ」

 組み合わせは自由である。
 もちろんイースラとサシャとクラインは一緒に動くつもりなのだけどイースラたちと組もうとする人はいない。

 そもそもイースラたちは五級、四級の人たちによく思われていない。
 ゲウィル傭兵団にとっての五級、四級とは仮入団のギルド員となる。

 基本的には五級から始めて昇級を重ねて四級、そして三級になって初めて正式な入団である。
 イースラたちはそんな仮入団を飛び越えて正式入団となった。

 五級、四級は訓練に加えて色々と雑用もこなす。
 大変なことも多く、こうしたことを乗り越えねばならないのだ。

 それはイースラたちが嫌われるのも無理はないのである。
 一応イースラたちも雑用をこなして馴染もうとはしているもののいまだに認めてもらっていない。

 加えてイースラたちが入団テストを受けた時周りにいたのは三級以上の人たちであった。
 イースラたちの実力を目の当たりにしておらず、訓練での様子しか知らないのだ。

 イースラはともかくとしてクラインとサシャの二人は基礎もまだまだの子供にしか見えていない。
 ビリになったら掃除当番という罰もあるのにわざわざ実力も分からず良くも思っていないイースラたちと組む理由がないのである。

「このままあぶれりゃ三人だけでいいんじゃねーの?」

 サシャは周りの目を気にしているようだがクラインはあまり気にしていなかった。
 周りは周り、自分は自分だと思っている。

 戦い方が下手くそだと思われているなら努力して上手くなればいい。
 まだまだ自分は伸びることができるのだから周りのことなんか気にしている暇などないと前向きである。

 それにイースラに以前に言われた言葉もクラインの中では印象も強かった。

“相手の実力も分からない奴らを気にすることはない。俺たちが飛び級になったのは実力があるからで、まだまだ将来性もあるのに嫉妬で無視するような目の曇った奴はこちらから願い下げだ”

 イースラたちが偉くなるかはまだわからないが、その可能性は高い。
 強くなる可能性も高くて、切磋琢磨したり吸収したりすることもあるかもしれない。

 それなのに飛び級で入団したからと嫉妬して関係を築かないような人は心も狭いし、成長するためのあるべき姿を見失っているといえる。

「サシャも気にしすぎるなよ。最悪三人でもお前らとなら問題ないだろ」

「んー、まあそうだね」

 イースラもクラインも余裕の態度なものだからサシャもちょっと落ち着いた。
 そうしている間になんとなくグループも出来上がっている。

 あとはイースラたちのように他に声をかけもせずかけられていないで距離をとって見ている人か、どこにも相手にされなかったような人しかいない。
 イースラたちは疎まれているし三人と仲間に引き入れるのには数も多い。

 だから近づいてくる人もいなかった。

「あ、あの……」

「なんですか?」

 あぶれたらどうするんだろうなと思っていたらイースラたちに声をかけてくる人がいた。

「組む人がいないなら……僕たちと組まない?」

 声をかけてきたのは男女のペアだった。
 気弱そうな男子と明るそうな女子といった真逆の性格をしていそうな二人組である。

「そっちは三人、こっちは二人。ちょうどいいでしょ?」

「ええと……」

「ああ、ちゃんと自己紹介したことなかったね。僕はムジオ」

「私はコルティーよ」

「僕たち二人とも四級で……あっ、そうなると君たちの方が階級が上になるね。ちゃんと敬語使わなきゃ……」

「別にいいですよ。今はまだ五級や四級と変わりないですから」

 ムジオもコルティーも兵士の方で四級の仮団員であった。
 入団する前からの知り合いの二人は今回も組んで動くつもり他の人を探していた。
 
 そこでイースラたちのことが目に止まった。
 ちょうど三人。

 しかもムジオもコルティーもイースラたちに嫉妬心は抱いておらず、三級に合格する実力の持ち主であるなら今回の訓練も楽に進むかもしれないと考えた。
 コルティーに背中を押されてムジオはイースラに声をかけたのである。

「じゃあイースラ、クライン、サシャ、ね」

「コルティー……」

「相手がいいって言ってるんだから」

 敬語じゃなくてもいいというイースラの言葉を受けてコルティーはにっこりと笑った。
 見た目通りのサッパリさがある人だなとイースラは思った。

「じゃあ組みましょうか。どうせ他に声をかけてくる人もいなさそうですし」

「そっちも気を遣った話し方じゃなくてもいいよ」

 ムジオとコルティーはイースラたちより年上である。
 だからイースラは丁寧な話し方をしていたのだけどコルティーもそんなにかしこまる必要はないと思っていた。

 そもそもギルドの中でイースラたちは最年少である。
 イースラたちの年齢で入団したのも異例中の異例の出来事だったのだ。

 立場が上のイースラたちに敬語を使わないのにイースラたちが敬語なのもまたおかしい。
 だから互いに砕けて話すことにした。
「全員グループができたようだな」

 そうこうしている間に他のグループも固まっていた。
 上手いことイースラたちもグループになれたのでそのまま訓練に挑む。

 訓練は説明された通りに魔物の討伐である。

「さて、同じことは説明しない。魔物を倒してこい。以上だ」
 
 自由に散らばって自由に魔物を倒してくるだけであるが言葉通りに受け取ってもいけない。
 魔物は倒して終わりではない。

 素材として買い取ってもらえるなら持って帰る必要があるし、死体が必要ないなら魔物の中にある魔力の塊である魔石というものを取り出して死体は処理する。
 言葉通りに受け取ってただモンスターを倒すだけでは多分後々怒られることになるだろう。

「みんなにはこれも連れて行ってもらう」

「それはなんですか?」

「カメラアイというものだ。今や配信が一般的なことは君たちも理解しているだろう。これは配信のために必要なものだ」

「ということは俺たちも配信されるということですか?」

「その通りだ。これは高いし壊さないように気をつけろ。魔物ではないからな」

 ちなみに訓練で不正はできない。
 なぜならそれぞれのグループの様子は自動追尾型のカメラアイによって配信されているからである。

 イースラたちがこれまで扱ってきたカメラアイはただの四角い箱に目についているようなもので、それに棒がついているぐらいがせいぜいであった。
 しかしここで使われるカメラアイはそれよりも上のグレードのものである。

 四角い箱に目がついていることは変わりないのだが、翼が生えていて対象を指定すると自動である程度の距離をとって自動で撮影してくれるのだ。
 撮影係を必要とせず手ぶらでも配信できるのである程度以上になれば手持ちのカメラアイから切り替える人も多くいる。

 各グループに一匹のカメラアイをつけられるなんてさすが大型ギルドは金を持っているなとイースラも思う。
 配信は他の人が見られるだけでなく、訓練を監督するギルド員も見られる。

 カメラアイを通してみているのだから不正などできないのだ。

「よし、いけ! 時間は夕刻まで。遅れれば減点だ」

 他のグループは一斉に走り出す。
 その後を追いかけてカメラアイも飛んでいく。

「行かなくていいのか?」

「行くさ。ただ俺たちはここらの出身じゃないから地理に聡くないんだ。どこに行ったらいいと思う?」

 スタートダッシュが大事な事は分かるけれど、闇雲にどこかに走り出したとしてもうまく行かないことの方が多い。
 イースラたちはまだまだ町に来たばかりである。

 基本的にはギルドの中で訓練して過ごしているのだから町の外はおろか町のこともまだあまり分かっていない。
 魔物の討伐としてどこに向かえばいいのかをムジオとコルティーに尋ねる。

 行くべきところや行っちゃいけないところなど事前に作戦や計画を立てるのも魔物討伐としては大切なのだ。

「えっと、ここは町の南側だから……」

 ムジオが腕を組んで考える。

「行ける距離ならシノシの森、ダンカデン平原、シノゴの森……かな?」

 今イースラたちがいるのは町から少し南に来たところである。
 町の南側には広い平原を挟み込むようにして二つの森が存在している。

 森はそれぞれシノシの森とシノゴの森と呼ばれていて、間に挟まれる平原はダンカデン平原と名付けられていた。

「多分みんなはダンカデン平原で魔物を探すと思う。あそこには倒しやすい弱い魔物が多いから」

「私たちもダンカデン平原に行く?」

「うーん……」

 安全に狩りをするならダンカデン平原なのかもしれない。
 ただイースラはあまり乗り気ではなかった。

「森の方は?」

「んーと……行くならシノシの森の方が魔物が弱いかな?」

「あんまり大きな違いはないと思うけどシノゴの方が奥に行くと強い魔物がいるはずだよ」

「じゃあ今回はシノシの森に行こう」

「平原じゃないの?」

 なんで簡単な平原じゃないのかとサシャが不思議そうな顔をする。

「訓練なのに簡単なもんばかりやっても楽しかないだろ。それに弱い魔物ってのは意外と厄介だ」

「厄介? 何がだよ?」

「お前が平原に住んでる弱い魔物だとする。いきなりなんか知らないけどたくさん冒険者がきて追いかけましたらどうする?」

「どうするったって……」

 クラインは考える。

「逃げるぐらいしかないかな?」

 どう考えたって答えは逃げるしかない。
 戦って華々しく散るなんてのも悪くはないかもしれないと思いつつも弱い魔物がそんなことするとも思えない。

「その通りだよ。弱い魔物は逃げるんだ。脅威を察知すれば隠れるし、普段から色んな人が出入りするだろうから魔物の数もそんなに多くはないだろう」

「なるほどね。みんな向かえば魔物は少ないし取り合いになるってことだね」

「正解だ、サシャ」

 弱い魔物は逃げる。
 初心者の練習にはいいのかもしれないがイースラたちはもはや初心者を脱している。

 さらに訓練は魔物を倒した数を見られている。
 逃げ回る魔物を追いかけて倒しても時間はかかるし、見ている監督官も多分いい顔はしないだろう。

 逃げる魔物相手では数も伸びないし倒した内容も評価されない。