「ここともお別れか……」
スダッティランギルドが解散することになったが、解散しますでただ終わりではない。
名前だけの集まりもあるが多くのギルドはちゃんと冒険者ギルドに登録をしてある。
解散の申請を出す必要がある。
今回は町を離れて商会に向かうので出立の準備も必要だ。
田舎の町なのでスダッティランギルドはそこそこ重宝されていた。
意外と上手く町に溶け込んでやっていたし挨拶回りなんてことも必要である。
イースラたちも食料を買ったりして色んな人と関係を深めた。
振り返ってみればそんなに長いこといたわけでもないのにみんなはイースラたちも去ることに残念がって、そして応援してくれた。
そして色々と準備をしてとうとう出発の日を迎えた。
ベロンはギルドハウスのドアを閉じてそっと手を当てる。
巡り合わせが良くていいギルドハウスを手に入れられた。
もしかしたら後ろに商会がいる可能性も考えたけれど考えるだけ無駄なので運が良かったとだけ思うことにした。
出発のはベロンたちだけではなくイースラたちも一緒だ。
「イースラ」
「これは……」
ギルドハウスの鍵を閉めたベロンは鍵をイースラに投げ渡した。
「もう戻ることはないかもしれないが何か役に立つことがあるかもしれない。どの道俺は使わないから好きにしろ。いつか使ってもいいし金が必要なら売ってもいい」
「……ありがとうございます」
「いいさ、感傷に浸っても仕方ないからな」
イースラもここに戻ってくるつもりはないけれど、貰えるものなら貰っておく。
どこかで使うこともあるかもしれない。
「それじゃあ行こう。次の町まで急げば日が落ちる頃には着くはずだ」
ほんのわずかの名残惜しさも残しつつスダッティランギルドはこれで完全に無くなることとなった。
「ベロンさん、今までありがとうな」
「あんたたちのおかげでしばらく安心して過ごせた。どっか行っても元気でやるんだぞ」
「……みんな」
町を出ようと歩いていると人が集まっていた。
それはベロンたちを見送ろうと集まってくれた町の人たちである。
感謝の言葉、見送りの言葉、応援の言葉。
これだけの人たちに囲まれていたのだなとベロンは改めて思い知る。
「泣いてるの?」
「ああ……冒険者を辞めることに変わりはないけど……やってきたことに間違いはなかったんだなって」
ベロンは涙を流していた。
隣を歩くスダーヌは優しく微笑みながらハンカチでベロンの涙を拭ってあげている。
「はぁーあ……羨ましいな……」
「デムソの兄貴にもきっと良い人見つかりますって」
「お世辞はいらん」
思いを打ち明けあってからベロンとスダーヌの距離はとても近くなった。
二人の熱い関係を見てデムソがため息をつく。
ポムが慰めるけれど片腕のない男を好きになってくれる人がいるもんかとデムソはまた深くため息をつくのだった。
ーーーーー
「そういえば、言っておかなきゃというか、やっておきかなきゃいけないことが一つあった」
予定ギリギリで町に着いた。
宿が閉まる直前だったけれどなんとか部屋を借りることができたので一安心である。
次の町までの時間の都合で早い時間にバタバタと出てきたが、改めて今後の予定についてベロンは確認しておくつもりだった。
部屋にみんなを集めて予定を確認する前にやっておかねばならないことがあることをベロンは思い出していた。
「やっておきかなきゃいけないこと?」
「俺たちはギルドを解散させたが冒険者であることに変わりはない。同時に配信者の身分もまだ維持したままだ」
「それはそうね」
「ダンジョン攻略の時に配信をつけたままになっていたんだけど、イースラたちがうまく回してくれていた。ダンジョンの再構築……だっけか。そんな珍しい窮地に視聴者がかなり多かった。パトロンも多くきていてな」
これまでにないほどのコメントやパトロンが来ていた。
視聴数によるポイントも入って意外と多くのポイントがそのままになっていたのである。
デムソのことやスダッティランギルドの解散などがあって後回しにされたままだった。
しかし冒険者を辞めると決めた今ベロンはポイントをどうするのか考えてある。
「ポイントだけど……イースラたち三人に全部送ろうと思う」
ベロンは得られたポイントを全部イースラに送るつもりだった。
冷静さを失うこともなく配信を回し続けたのはイースラであるし、最終的にみんなを助けたのもイースラである。
これから三人はベロンたちと別で活動していくようであるし餞別として贈ってもいいのではないかと思ったのだ。
「いいんじゃないか」
「私もいいと思うわ」
「もちろん異議なんてないです」
デムソ、スダーヌ、ポムも反対意見はなかった。
きっとイースラならポイントを無駄にすることなく使ってくれるだろうという思いもあった。
「それじゃあイースラに送ることにしよう。クラインとサシャにはお前が分配してやれ」
「分かりました」
ベロンからポイントが送られてくる。
それはダンジョンの分だけではなくベロン個人のポイントやここまで貯めてきたポイントも含まれていた。
「お前たちはまだ能力を買ってないのか?」
「はい。まだ自分たちで強くなれますから」
能力はポイントで買うこともできる。
ただ鍛えれば能力は伸びる。
イースラたちはまだまだ若いので鍛えれば強くなれるのだ。
回帰前の記憶があるイースラの頭の中には鍛える方法もあるし、それ以外で強くなる方法もあった。
「その方がいい……買って得た力も悪くはなかったが、いつしか俺たちは目先の能力値ばかり追いかけるようになってしまった。強くなれるなら自分で強くなった方がよかったよ」
「それにポイントで買える分ってすぐに高くなって少ししか買えなかったものね。期待しない方がいいわよ」
能力値が買えるからといって強くなれるとも限らない。
それに能力値の数値にはちょっとした秘密もあるのだ。
「分かりました。頑張ります」
能力値の購入に重きを置かない方がいいということはイースラも同意である。
先輩たちの言葉は素直に受け取っておく。
「今日はもう休んで明日は朝食料品を買ってから出発だ」
ーーーーー
「イースラ君、少しいいですか?」
旅をすればどうしても次の町に間に合わないことなどある。
そうなると早めに移動を切り上げて夜を乗り越える準備をする必要がある。
枝を集めて、スダーヌとサシャのために小さいテントを張る。
早めに食事をとって交代で火の番を務めながら夜を過ごすのだ。
今回は二人ずつ起きて火の番をやることになっていたのだが、今後のためになるだろうとイースラたちも火の番をやっていた。
今はみんなが寝静まっている中で火の番として起きていたのはイースラとバルデダルだった。
元々バルデダルは寡黙な方であるがダンジョンの件以降もあまり多くのことを語らない。
「何ですか?」
「私のこと……どこまで知っているのですか?」
バルデダルが真っ直ぐにイースラのことを見つめる。
「どこまでとは?」
イースラは怖気付くこともなくニコリとバルデダルの目を見返す。
クラインとサシャは固い雰囲気のバルデダルが苦手であるが、イースラは特に何とも思っていない。
「私が魔力障害なこと知っておりますね?」
「はい、知ってます」
魔力障害とは魔力に関して何らかの障害を抱える人のことを言う。
体の不調を広く風邪と呼ぶように魔力障害も魔力に関しての不調があればそう呼ぶ。
なぜなら魔力の不調は何が原因で起きているのかも分からないことが多く、原因が分かっても治療できないこともあるので特定の病名をつけられず魔力障害とだけ言うのだ。
バルデダルはダンジョンでの戦いの時に突如として血を吐いた。
それは魔力障害によるものだった。
「たとえベロンのことを聞いても私の魔力障害にまで言及するとは思えない。どうやって知ったのですか?」
ベロンのが商人の息子なことは知り得るとしてもバルデダルが魔力障害なことまで他人がイースラに話すとは思えなかった。
だがダンジョンでの戦いの時にイースラはバルデダルの魔力障害について知っているようだった。
「バルデダル・ソーサンクラーン、今俺は二つの選択肢を提示する」
「なんですと……?」
突如笑顔を消したイースラは二本の指を立てた。
「全て話そう。あなたは疑問が解消してスッキリする」
子供っぽい雰囲気も消え去り、家名までイースラが口にしたことなどもはや気にしている余裕がなかった。
「もう一つ……疑問なんて忘れることです。その代わりあなたの魔力障害を解決して差し上げましょう」
「それは、本当なのか?」
「今も時々胸が痛むでしょう? 俺ならそれを解決してまたオーラを自由に扱えるようにしてあげます」
「…………何も聞かない代わり、か」
イースラが提示した選択肢にバルデダルは揺れていた。
疑問がさらに増えた。
なぜ魔力障害を治せるなどと言えるのか。
しかし疑問を解決すればバルデダルは魔力障害とこれからも一生付き合っていかねばならない。
バルデダルの抱える魔力障害は普段は何ともないのだが戦いでオーラを使おうとすると胸に痛みが走り、限界を超えるとオーラを扱えなくなる。
体に負担がかかるのかしばらく胸が痛むようになって死の不安が常に後ろにいるような気分にさせられるのだ。
オーラを再び自由に扱えることもまたバルデダルの望みであるが、胸の痛みがなくなるだけでも日常の苦痛から解放される。
「選べるのは一度だけ。選んだら後戻りはできません」
バルデダルの鼓動が速くなる。
イースラには何か大きな秘密がある。
それを知りたいと思うのだけど、魔力障害を解消してくれるという提案はあまりにも捨て難い。
「今すぐ選んでください。選べないのなら……全部無しです」
自分の年齢の半分にもいかないだろう子に手のひらの上で転がされている。
初めての経験にバルデダルもすぐには言葉が出てこない。
「三……」
イースラは指を三本立てた。
「二……」
そして一本折りたたむ。
「一……」
最後に残されたのは指一本。
「魔力障害を……治してくれ」
バルデダルは選択した。
全ての疑問なんかよりも忌々しい魔力障害を治すことの方がバルデダルにとっては重要だった。
「分かりました。魔力障害を治す方法を教えてあげます。その代わり疑問は忘れてくださいね」
「誓おう。ただ一つだけ聞かせてほしい」
「何ですか?」
「イースラ君、君がやろうとしていることは……私たちを害するためのことはないのですね?」
全ての疑問は忘れよう。
そうバルデダルは心に誓った。
しかし不安はある。
イースラが何の目的でこんなことをしているのか分からないのだ。
なんとなくだがイースラが望んだように進んでいるような気がする。
肩の重荷を下ろして平穏な道を進み始めたが、その先にイースラが何を見つめているのか。
それだけは気になった。
「もちろんじゃないですか。俺は……みんなに良い道を歩んでほしいんです」
少なくともイースラが何もしなければベロンもみんなも破滅に向かう悲しい道を歩むことになっていた。
「これから進む道が良い道なのかは分からないけど……少なくとも最悪じゃないとは思います。まあ悪い道だったとしても害する目的があるわけじゃないことだけは確かです」
「……君のことを信じよう」
確かにあのまま冒険者を続けていると良くない結末に辿り着いた可能性は高いとバルデダルも思った。
「イースラ君、これを」
「これ……? えっ?」
急にバルデダルが配信メニューを操作し始めた。
するとイースラにポイントが送られてきた。
結構多めのポイントである。
「これは……一体」
「私はポイントで能力を買わなかった。それどころかこれまでもらったポイントもほとんど使っていない。それを君にあげよう」
「どうして……」
「年寄りが少し能力を上げようと何も変わらないさ」
バルデダルはまだ年寄りというほどの歳でもないだろうとイースラは思う。
「それに魔力障害でオーラも上手く扱えなかった。治すために他の手段があるんじゃないかと取ってあったんだ。だがもう必要なくなった。若い世代に託すのも悪くはないだろう。まあ負担に思わず治療代だとでも思ってくれ」
「……分かりました」
もらえるものならもらっておく。
配信におけるポイントはいくらあっても困ったものじゃない。
頼りすぎてもいけないが頼れるところは頼っていくのがいいのである。
「それじゃあ早速始めましょうか」
「今からできるのか?」
「治療といっても一発で治せるような手段はありませんよ。ここからはバルデダルさんの努力になります」
「この歳で努力させられるのか」
「口で言うほど歳でもないでしょ?」
ーーーーー
「バルデダル、なんだか気分良さそうだな?」
「ええ、長年の胸のつかえが取れました」
ベロンはバルデダルの表情が柔らかいなと感じた。
元々無表情なことが多くて表情が分かりにくいが今日は明らかに機嫌が良さそうだ。
イースラはバルデダルにアルジャイード式魔力運用方法を教えた。
アルジャイード式は外の魔力を取り込んで自分のものとする効果があるけれど、その過程で他にも色々とプラスの効果もある。
バルデダルの魔力障害は昔魔物と戦った時に無理をして魔力経路と呼ばれる魔力を流すためのものがねじれてしまったことが原因だった。
そのためにオーラを使おうと体力の魔力を体に流すとねじれた部分に負担がかかって最終的に反動として体がダメージを受ける。
アルジャイード式は体に魔力を流して循環させるが、オーラを使うような大量の魔力を一気に使うものとは違う。
ゆっくりと確かに力強く体の中で魔力を循環させるのだ。
アルジャイード式で流れた魔力はねじれた魔力経路を少しずつ元に戻してくれる。
ついでに魔力経路の強化にもなる。
一回のアルジャイード式で魔力障害が治りはしないがねじれて流れが悪くなっていた魔力が流れるようになってバルデダルの胸の痛みはかなり軽減されていた。
機嫌も良くなるはずである。
「そうか。ならよかったよ」
滅多にないバルデダルの上機嫌を邪魔してはいけない。
ベロンはそれ以上追及することをやめた。
「予定ではもう数日もすればカルネイルに着くはずだ」
「カルネイルってのが首都……だっけ?」
「おっ、よく覚えてるね」
「俺だって多少はな」
これから行こうとしているのはカルネイルという都市だった。
イースラたちがいるブリッケンシュトという国の首都になる大都市だ。
そんなところで商人やっているのだからベロンの家も実はそれなりにすごい商家なのである。
「はぁ……でもカルネイルが近づくと気が重いよ」
ベロンはため息をつく。
まだ家に戻れると決まったわけでもない。
デムソやスダーヌのこともある。
これからのことを考えると気が重いのは仕方がない。
「イースラたちもカルネイルで活動するのか?」
「そのつもりです」
「まああそこなら大きなギルドもあるしなオーラが使えるならどこでもいけるか」
旅の中でもイースラがしっかりしていることが再確認できた。
サシャもそれなりにしっかりしているし三人ならばどこへいっても心配ないだろうとベロンも思えた。
「ただ……今日も野宿だ」
「えー……」
「しょうがないだろ、スダーヌ」
ベロンが不満そうな顔をするスダーヌの腰を抱き寄せる。
「そうねぇ……」
「次の町についたらいい宿に泊まろう」
「……あなたと一緒ならどこでもいいわよ」
「……早くカルネイルに着かないかね」
「仲が良いのは良いことだろ」
「どうだかな……」
仲が良いのは良いけれどやるなら二人きりの時にやってくれとみんなは思うのだった。
「うわ〜!」
「人いっぱい……」
カルネイルに着いた。
これまでとは規模の違う街並みにクラインとサシャは驚いている。
こうしてみるとこれまでギルドがあった町は小さかったのだなとイースラも思う。
人も多くて二人は驚いている。
こうしたところを見るとまだまだ子供だなと少し笑ってしまった。
「ふっ……こうしてみると可愛いものだな」
イースラと同じようにデムソも微笑んでいる。
腕を失って落ち込んでいたデムソも日が経って落ち着いてきた。
うなされたりすることもあったけれど、カルネイルが近づくにつれて将来の心配が勝るようになったのか腕の喪失にうなされることも減った。
手足を失って精神的に参ってしまう人もいる。
そんな中でも立ち直りつつあるデムソは意外と強いのかもしれない。
「俺たちはこのまま商会に向かう……お前たちはどうする?」
ベロンたちの目的はハッキリとしている。
しかしイースラの目的はベロンも把握していない。
これからベロンは家に帰って今一度最初からやり直すつもりである。
一方でイースラたちは商家に下るつもりはなく、どうするつもりなのかとベロンは尋ねた。
「アテ……ってほどじゃないですけどいくつか考えているところはあります」
「そうか。本来子供だけなら心配するんだが……お前たちなら大丈夫だろう」
ついていってやるよりも知らぬ顔してほっといてやる方がイースラのためになるとベロンは感じた。
「アテが外れたうちの商会に来るといい。上手く戻ることができてれば歓迎する。ナーボリア商会ってところだ」
「分かりました」
「まあ上手くいってもそのうち遊びに来い。口聞いて少しぐらい安くしてやるからさ」
「期待してますよ」
「その言葉、そのまま返すよ。お前たちはきっと俺たちにできなかった冒険の先を行くことができる。俺たちが見ることができなかった世界を見ることができる」
ベロンは冒険者としての成功を夢見ていた。
何もベロンだけではない若い冒険者のほとんどは物語になるような偉大な冒険者だったり自分が伝説を残したりすることを胸に夢見て冒険者をやるのだ。
「俺の夢はここまでだ。あとはしっかりと責任を果たす。……だがお前はきっとすごいやつになる。いつか俺に話させてくれ。あの有名なイースラと俺は活動したことあるんだってな。お前の冒険の始まりは今はないスダッティランギルドだったってな」
ベロンの声がわずかに震えている。
「じゃあ、期待しててください。一応配信もするつもりなので俺たちの勇姿届けますから」
イースラはニカッと笑った。
今回は世界を救ってやるんだとイースラは思っている。
期待してくれていい。
きっとベロンは酒の席で語るだろう。
世界を救った冒険者と知り合いだったと。
その冒険者の始まりは自分の作ったギルドであったのだと。
そうさせてやろうとイースラは思う。
「情けない姿見せたら許さないからな」
「ベロンさんこそ、気を付けてくださいね。商会の仕事も楽じゃないでしょうから」
「まあそうだな。死なない程度には頑張るよ」
「それじゃあ行きましょうか」
「ああ、お別れだな」
ベロンが手を差し出してイースラはそれに応じる。
「あなたも気をつけなさいよ? あの子モテそうだから」
「あ、うん、はい……頑張ります」
「あと言わなきゃダメなこともあるから。どっかの人みたいに」
スダーヌがサシャにウインクする。
最後は少し言葉少なにイースラたちはベロンたちと別れたのであった。
「んで、どこ行くんだ?」
餞別としていくらかお金も貰った。
活力でもつけようと食事を取りながら今後について話す。
子供だけでの来店でお店の人も少し怪訝そうな顔をしていたけれど、面倒なのでいくらか先払いしてやるとニコニコとして料理を出してくれた。
こういう時はお金を出すに限る。
イースラの中で計画はありそうだけどクラインとサシャはまだ何も聞いていない。
信じてついていくつもりだけどそろそろ教えてほしいものだと二人は思った。
「そうだな。とりあえず新しいギルドに入ろうと思う」
イースラは自由に活動することも考えた。
しかし子供三人で自由にするのは難しい。
できないことはないだろうが基盤が整うまで時間がかかる。
ここはどこかのギルドに身を寄せるのが正しいだろう。
ギルドに入れば行動に制限は受けるがその分恩恵も大きい。
オーラユーザーの子供は貴重なので保護と恩恵をギルドから受けて経験を積むのが今のところ強くなるのに一番いい方法である。
「どこにいくのかは考えてるの?」
「ああ、今のところは……」
「なに?」
イースラはサシャのことを見た。
「第三候補ぐらいまで考えてる」
もっと遠く足を伸ばせるのならもっと候補もあるのだけど今はこの町で活動することを念頭にイースラも考えていた。
基本的には第一候補で行くつもりだけど万が一を考えて第三候補まで絞り出した。
この時期の記憶はまだまだスダッティランギルドでくすぶっていたものなのであまり役には立ちそうにない。
「とりま、飯食ったら早速行こうか。上手くいけば今日から家の心配はしなくていい」
「もう一皿……食べてもいい?」
「好きにしろ」
「えへへ、ありがとう、イースラ」
「クラインは?」
「んじゃ俺も」
ーーーーー
「ゲウィル傭兵団……?」
「おっ、クラインも読めるようになってきたじゃないか」
冒険者として活躍するなら読み書きや数字はどうしても必要になる。
学がないなんて言われるがそこらの一般人よりも冒険者の方が文字を書けたりする。
契約に必要だったり報酬を誤魔化されないようにするためには多少の知識も必要なのである。
イースラが教えてあげるとサシャはあっという間に文字数字をある程度マスターしたが、問題はクラインの方だった。
ついでに文字の覚え方なんて配信しながらクラインに根気強く教えてやっていたらそれなりに読めるようにはなってきた。
数字はもうちょっと時間が必要そうだ。
文字の覚え方配信は視聴者の数こそ少ないものの覚えやすいと好評だった。
貴族が子供に見せているのか意外とパトロンもあったりする。
家庭教師に欲しいとか別のものもやってほしいとか要望もあるぐらいであった。
そのうち数字編もやろうと思っている。
「傭兵団って……なに?」
サシャは首を傾げる。
「何って言われると難しいけど人に雇われて仕事をする人たちかな。冒険者も人と戦ったりするけれど傭兵の方が戦争に参加したりと人と戦うことが多いんだ」
「……私これから傭兵になるの?」
「ここは傭兵団を名乗ってるけど冒険者ギルドだよ。まあ……元傭兵団だったってだけ」
「ふーん……」
ギルドの名前は自由である。
ゲウィル傭兵団は元々傭兵団であったのだが、今は冒険者のギルドとして活動している。
「とりあえず、ここが第一候補なのか?」
「そうだ。ここはな……」
「ん? 何かあるの?」
「いや……ひとまず訪ねてみよう」
イースラは言葉を続けず微笑むとゲウィル傭兵団のギルドハウスに入る。
スダッティランギルドとは比べ物にならない大きな建物の一階は冒険者ギルドのように受付があった。
「あら、子供がどうかしたのかしら?」
イースラたちが入ると暇そうにしていた受付のお姉さんが視線を向ける。
冒険者のギルドも子供の来るような場所ではないが傭兵団なんて掲げられた建物は余計に子供が寄りつかない。
迷子だろうかと受付のお姉さんは柔らかい笑みを浮かべる。
「入団したくてきました」
「入団? それがどういうことか分かってるのかしら?」
「もちろんです。とりあえず……ルーダイ・ノーリアスを監督官としてお願いします」
「…………意味が分かっているのか分かっていないのか分からないわね」
受付のお姉さんは目を細めた。
確かに入団するということについて理解しているような言葉ではあった。
しかし口にした名前を聞いて本当に理解してるのか疑わしく思えた。
「まあいいわ。自分の言葉に責任は持ちなさいよ、坊や」
受付のお姉さんはため息をつくと席を立ち上がった。
「なななな、綺麗なお姉さんだな!」
「まあそうだな」
「胸がドキドキする……これが愛か」
「いや、違うだろ」
クラインは少し興奮したようにイースラに耳打ちしてきた。
そう言われてみれば受付のお姉さんは確かに美人だった。
親友の好みというものをこれまで知らなかったけれど、年上の感じが好きなのかと今になって初めて知ることになった。
「私を呼んでるガキがいるって?」
待っていると大柄の女性がギルドハウスの上から降りてきた。
左目に眼帯をつけて毛量の多い栗毛の女性の袖から覗く腕は筋肉で太い。
「はははっ! 思っていたよりもガキだな!」
女性はイースラたちを見て大笑いする。
子供とは聞いていた。
ただ想像していたものよりも一回り小さかった。
剣すらまともに持てるのか怪しいぐらいの子供であって笑ってしまったのである。
この豪快な女性こそルーダイであった。
「不合格。帰りな」
「ちょ……」
「そんなのありかよ!」
「ふん、なんと言われようと……」
ルーダイはイースラたちの何も見ることもなくきびすを返して立ち去ろうとした。
しかしその瞬間何かを感じ取って、振り返った。
「今やったのは……お前か?」
ルーダイは笑顔を消し、少し怒りすら感じさせる顔でイースラの前に立った。
イースラは涼しい表情をしているがクラインとサシャはなんだか上から押さえつけられるような息苦しさを感じている。
「不合格なんでしょ? そのまま行けばよかったじゃないですか」
「クソガキ……お前わざとやってんな?」
「オバさんが人の話聞かないからだよ」
「オバ……このガキ……!」
「じゃあなんて呼べば? 来て早々名乗りもせずにガキだ、不合格だなんて言ったのはそっちだよ」
第一候補にこんな態度でいいのか!?
そんなことをクラインとサシャは思うのだけどイースラはむしろ不愉快そうな顔をしているぐらいだった。
「やめろルーダイ。先に礼を失したのはお前の方だ」
「むっ……余計な口挟むな、ハルメード」
階段の途中からずっと様子を眺めていた長髪の男性ハルメードが降りてきた。
子供と睨み合いの喧嘩なんて情けないとため息をつく。
「君を指名した物好きがいるというから見ていたんだ。まともに一度も目を合わせないで不合格だなんて言い放ったのは君の方だ。チャンスの一度も与えないのは失礼というものだろう」
「全員にチャンスなんて与えてたら今頃ギルド前には行列ができるだろ」
「そこまで人は殺到しないさ。たった一度チャンスをあげるだけではね。それになぜ君は怒っているんだ? 不合格にしたのならさっさと立ち去ればよかっただろう」
ハルメードには一度立ち去りかけたのにわざわざルーダイが戻ってきた理由が分からない。
「このガキ、私に魔力の殺気を飛ばしやがった」
「なに?」
「鋭くて……背筋の凍るやつだ。んなことされて黙ってられるか!」
「確かに……それは黙っていられませんね」
「だろ? だから……」
「そんな才能を逃しかけているなんであなたはなんと愚かなんですか?」
「はぁ?」
同意してくれたと思ったのに急に愚かなどと言われてルーダイは顔をしかめた。
「急ぎ兵士師団長を呼んできます。あなたは大人しくしていてください」
ハルメードは早足でその場を去っていった。
ルーダイは呆けたような顔をしてハルメードが立ち去った方を見ている。
「……ちょっと失敗だったな」
ルーダイを呼んだのは失敗だったなとイースラは思う。
イースラが今頼りにしている記憶はスダッティランギルドが崩壊した後のものになる。
そこまではスダッティランギルドでうだつの上がらない生活をしていたのだから仕方ない。
だからどうしても先のことを今の時間軸に直すとズレが生じてしまう。
これは一つ考えねばならないことであるなと思った。
未来の知識を先借りするには今どんな状態であるのかも念頭に置かねばうまく活用できないこともあるのだ。
「お待たせいたしました。こちらが兵士師団長のムベアゾ団長です」
「急いで来いというから来てみれば……なんだこの状況は? 魔法使いの問題娘と見たこともない子供たち……子供の喧嘩の仲裁に俺を呼んだのか?」
かなり体つきのいい威圧感のある男性がハルメードに連れられてやってきた。
元は茶色なのだろうが髪はすでに白髪の方が多く、目元と眉間には深いシワが刻まれている。
年齢だけでいうのならもうすでに引退すべき年を通り越しているぐらいだろうが、ムベアゾの威圧感をみればまだまだ現役である。
「わざわざ喧嘩の仲裁で団長殿を呼んだりはいたしません。あの子、もしかしたら逸材かもしれません」
「なんだと?」
「魔法の殺気を使ったらしいのです」
「ほぅ?」
ムベアゾが驚いたようにイースラを見た。
「あっ、こいつ……」
イースラはいつの間にか不貞腐れたような態度をやめていかにもやる気あります風な目をして真っ直ぐに立っていた。
さっきまでとは大違いでルーダイは思わず舌打ちしそうになった。
「それは本当か?」
「んー、入団テスト受けさせてくれたらお答えします」
「入団テスト?」
「あの人には不合格だって言われたんですけど、何もしないで言われたから不満なんです」
ムベアゾに視線を向けられてルーダイは気まずそうに目を逸らす。
「本当のことです。実力を確かめることも、チャンスを与えることもなく不合格だと」
「だ、だってこんな子供……」
「あとで魔法師団長には言っておこう」
「うっ……」
ルーダイは諦めたようにガックリとうなだれる。
大人しく入団テストぐらい受けさせてくれればよかったものをとイースラは思う。
「入団テストだ。実力を見てやろう。こちらにこい」
「二人ともいくぞ」
ルーダイから感じていた動けないような圧力はハルメードが介入したあたりから感じなくなっていた。
イースラの後を追ってクラインとサシャも慌ててついていく。
「訓練一時中断! 休憩だ!」
建物の裏には広い訓練場がある。
訓練をしている人たちがいてムベアゾが声をかけると訓練をやめて壁際のベンチ近くに置いてあるタオルで汗を拭いたり水を飲んだり思い思いに休憩する。
「ネムジン」
「はいっ!」
ムベアゾは休憩しているギルド員を見て一人の男性を呼んだ。
若い人で特徴的なこともない普通の男性である。
ただ細く見えても体はしっかりと鍛えられている。
「こいつと戦ってもらう。勝てなくとも力を見せれば入団を認める」
「もし勝ったら?」
「勝てたら最下級ではなくいくらか上から始めさせてやろう」
「んじゃこいつから始めてもいいですか?」
イースラはニヤッと笑ってクラインの肩に腕を回す。
「……まあいいだろう」
イースラの実力を見たかったところではあるが、チャンスを与えることにした以上クラインにも同じくチャンスを与えるべきだ。
「ネムジン、この子と戦え。治療の費用は俺が持つからそれなりに相手してやれ」
「はっ! 分かりました!」
ネムジンとクラインは木剣を手に訓練場の真ん中で向かい合う。
「いいか、クライン。今回は最初から全力だ」
「いいのか?」
「もちろん。お前の力見せてやれ」
「よっしゃー! やってやる!」
全力を出していいと言われてクラインはやる気を見せる。
「クライン、忘れてないよな?」
「忘れてないさ!」
イースラの言葉にクラインは親指を立てて笑う。
「負けんなよー!」
「ガキに怪我させんじゃないぞ!」
周りのギルド員たちも面白い見せ物だとヤジを飛ばす。
誰一人としてクラインが勝つなどと思いもしてない。
「それでは……始め!」
ムベアゾが上げた手をまっすぐに振り下ろした。
「はっ!」
次の瞬間クラインがイナズマのように動いた。
黄色いオーラを解放して一気にネムジンに迫った。
斜めに振り上げられた剣にはしっかりとオーラが込められている。
「グッ!」
不意をついた一撃をネムジンは受け止めきれなかった。
木剣が半ばから切られ、ネムジンは距離を取ろうと飛び退いた。
「逃すか!」
けれどクラインは隙を見逃さず食らいついて剣を振り下ろす。
やられる。
そう思ったネムジンが衝撃に備えて目をギュッと閉じた。
「そこまでだ」
「うえっ!?」
振り下ろされたクラインの剣をムベアゾが掴んでいた。
少し離れたところに突っ立っていたはずなのにいつの間に目の前に現れたのだとクラインが驚いた。
「オ、オーラだ……」
「しかもネムジンがやられてしまったな……」
「不意打ちに近かったけれども良い動きだった。油断したあいつも悪いな」
周りはクラインがオーラを見せてネムジンを圧倒したことに驚いている。
始まった瞬間にオーラを使って一気に攻め立てたのはほとんど不意打ちである。
しかし余裕だろうと油断していたネムジンもしっかりと悪いのである。
「オーラはどうやって発現した?」
「師匠に教えてもらって」
「師匠だと? 剣も師匠に習ったのか?」
「うん」
「その師匠はどこにいる?」
「そこにいるよ」
クラインはイースラのことを見る。
どうやってオーラを最初に発現させたのか細かいやり方について教えちゃダメだと言ったが、イースラが教えたことであるというところまでは言っていいとクラインに伝えてある。
「だからあいつ、俺よりも強いですよ?」
「…………」
ムベアゾはイースラに視線を向けた。
正直ネムジンは危なかった。
ムベアゾが止めなきゃオーラの込められた剣で頭をかち割られていたことだろう。
目を閉じて攻撃を受けるなど後で叱責ものだがそうでなくともかなり危険な一撃なのは間違いない。
それをイースラが教えたのだとすればクラインよりも強いというのは嘘じゃないだろう。
「次はこの子、いいですか?」
「わ、私?」
「なんだ? 最後がいいか?」
「あ、やだ。先に行く」
このまま勢いに乗ってサシャにも頑張ってもらう。
トリを務めるのは流石にはばかられるのでサシャも大人しくクラインと交代で前に出る。
「ユリシャス」
「は、はい!」
次に名前を呼ばれたのはサシャに合わせて女性であった。
暗い赤毛を一つに束ねていてネムジンよりも年上に見えた。
「油断するなよ」
「わ、分かりました!」
ムベアゾに険しい目を向けられてユリシャスは背筋を伸ばした。
「サシャ、そんなに固くなるな」
「わ、分かった」
クラインと違ってサシャは緊張で固くなっている。
ユリシャスも緊張しているようだったが戦いが始まってみれば冷静だった。
クラインのように先手必勝で攻撃を仕掛けたが、ネムジンの二の舞にならないようにと警戒していたユリシャスには通じなかった。
最初こそサシャが優勢に進めていたけれど、戦いが進んでサシャがまだまだ未熟だとバレてしまうとあっという間にサシャは技術で追い詰められて負けることになった。
「うえん……」
クラインは勝てたのにとサシャは落ち込んでいる。
「そう落ち込むな。クラインは相手も油断してたし運が良かった。サシャもよくやったよ。だいぶ強くなったな」
「ほ、本当? ならよかった」
クラインのように相手が油断していればチャンスがあったかもしれない。
しかしクラインのことがあって相手の油断がなかった。
さらにムベアゾはネムジンよりも強い相手をサシャにぶつけてきた。
勝つのは難しい戦いだったのである。
それでも諦めずよく戦った方だ。
イースラが頭を撫でて労いの言葉をかけてやるとサシャは頬を赤らめてフニャリと顔を緩める。
「んじゃ次は俺だな」
サシャが使っていた木剣を受け取ってイースラが前に出る。
「俺の相手は誰ですか?」
剣を軽く振りながらムベアゾのことを見る。
実力を見せられればいいのでそんなに気負ってもいない。
「……ハルメード」
「私がいきましょうか?」
「いや、俺に剣を」
「まさか……」
「いいから早く」
ハルメードが木剣を取ってきてムベアゾに渡す。
「俺が相手しよう」
「……それは厳しくないですか?」
「安心しろ、勝てなんて言わない。手加減もしてやる。もし仮に一撃でも攻撃を届かせることができたら上級扱いで入団を認めてやる」
「簡単に言ってくれますね」
イースラは苦笑いを浮かべる。
ゲウィル傭兵団はかなり大きな組織である。
その中で兵士師団長という立場は団長、副団長に次ぐ役職である。
決して政務能力だけでなれる役職じゃなく、高い実力がなければいけない。
クラインの一撃を止めた時の動きといいムベアゾは只者ではない。
イースラの記憶にある人ではないけれども強いことは確実だ。
「それではいつでもかかってくるがいい」
剣を構えることもなくムベアゾは開始を言い渡す。
他の人がやっているならナメているなと感じるところだが、イースラから見て剣を構えていなくともムベアゾに隙はない。
「仕方ないか……」
わざと隙を作って引き込む気配もない。
イースラから動き出すしかないのだ。
「……一撃くらわせてやる!」
イースラは床を蹴って一気にムベアゾとの距離を詰めた。
「むっ!」
「これが見たかったんだろ!」
剣が届くという距離に入ったイースラはオーラをまとった加速してムベアゾの後ろに回り込んで剣を振る。
「はははっ! 嘘ではなかったか! 魔法の殺気、思わず身がすくんだぞ」
「嘘つけ!」
決まったと思ったのに気づいたら剣が弾き返されていた。
ムベアゾの動きが速すぎる。
それでも攻撃はしてこないので手は抜いてくれている。
どうせ勝てはしない。
ならば今の自分にどこまでできるのか確かめてやるとイースラは思った。
「三人ともオーラを使えるなんてどうなってるんだか……」
「それにあいつ強いぞ」
周りで見学しているギルド員たちがざわつく。
クラインもサシャもオーラを使った。
さらにイースラまでオーラを使っている。
その上にイースラの動きはクラインとサシャとは比べ物にならないぐらいである。
「後ろ……」
「こっちだ!」
イースラが視界から消えてムベアゾは後ろを振り返った。
後ろに気配を感じたのだがイースラは後ろまで回り込まずに横にいた。
「かすった!」
「あのガキやりやがったぞ!」
コンパクトに突き上げられたイースラの剣はムベアゾの頬をわずかにかすめた。
「ヤバっ」
茶色いオーラが込められた剣が迫ってイースラは自身の白いオーラを一気に剣にまとわせて防御した。
力を受けきれなくてイースラが大きく吹き飛ばされる。
「危ねぇ……手加減するんじゃなかったんですか?」
オーラを解放して防がなきゃ剣が折れていただろう。
今の一撃は明らかにこれまでよりも加減のないものだった。
「手加減はしているさ。次で終わりにしよう」
ムベアゾの体がオーラに包まれる。
まるで大樹のような濃い茶色のオーラはとてもじゃないが手加減してくれているようには見えなかった。
「ルーダイ! シールドを張れ!」
ハルメードがひっそりと見学していたルーダイに向かって叫ぶ。
「チッ! 分かった!」
ルーダイが手を伸ばして魔力を集中させるとイースラとムベアゾを包み込むように半透明の魔力のシールドが展開される。
「これを受けられたらもっと良い待遇をしてやろう」
グルンと剣を一回転させたムベアゾは体を捩じるようにして剣を引いて力を溜める。
「ここまでするのは望んでないんだけどな」
イースラはため息をつく。
別に良い待遇なんていらない。
普通に入団できればそれでよかった。
だがどうせならやるだけやってみる。
向こうがその気ならこちらもやってやるとイースラも剣を構えて腰を落とす。
薄くまとっていたオーラをより厚く解放してムベアゾの攻撃に備える。
「ふうううん!」
「オーラブラスト!」
ムベアゾが剣を振ると茶色いオーラが四つの斬撃となってイースラに向かって飛んでいく。
本来体から離れると消えてしまうオーラを固めて飛ばす上級技術がオーラブラストである。
手加減も何もないなとイースラは驚く。
全部撃ち落とすことなんて出来はしない。
「最小限……そして最大限!」
少ない労力で大きな効果を生むことが戦いにおいても大事である。
イースラはオーラブラストに突っ込む。
「イースラ!」
全力でもオーラブラストを防げるのは一つだけ。
イースラは高速で飛んでくるオーラブラストを見極めて斬撃のど真ん中を突き抜けようとする。
「おりゃああああっ!」
一つ二つとオーラブラストを回避し、どうしてもかわせない一つをオーラを込めた剣で相殺する。
オーラブラストを一個相殺するだけなのにイースラのオーラはほとんど持っていかれてしまう。
「見事……」
「まだ……終わりじゃないぞ!」
イースラはオーラブラストを乗り越えた。
オーラブラストがシールドに当たってルーダイは顔をしかめる。
ムベアゾはオーラブラストを乗り越えたイースラを称賛しようとしたけれどイースラの目はまだ闘志に満ちていた。
「チッ……届かねえか……」
真白なオーラに包まれたイースラの剣がムベアゾの目の前を通り過ぎた。
「……いや、届いたぞ」
ピッとムベアゾの鼻先が切れて血が垂れた。
かわされたと思っていたイースラの剣は僅かにムベアゾに届いていたのである。
「はははははっ! 名前は?」
「イースラ……」
「イースラ、上級で入団を認める! そっちの二人は?」
「クラインとサシャです」
「クライン、三級! サシャ、三級! 入団を認める!」
ムベアゾが高らかに宣言する。
「上級!?」
「他の二人も飛び級かよ!」
周りのギルド員に動揺が広がる。
「ちょっと待ってください」
「なんだ? 上級では不満か? まあ焦ることはない。実績を積めば……」
「そうじゃありません」
イースラにストップをかけられてムベアゾが片眉を上げた。
確かに二回も攻撃を届かせたのだから少し不満もあるかもしれないとは思ったが、イースラが言いたいのは待遇についてではなかった。
「魔法でも入団テストを受けさせてください」
「何だと?」
「とりあえずサシャは絶対です」
「えっ、私?」
急に名前を出されてサシャが驚いた顔をする。
元々ルーダイを呼んだのも魔法による入団テストを受けるつもりだったからだ。
予定は狂ったものの結果オーライにはなった。
ただサシャはについては剣ではなく魔法の道を進んでもらうつもりだった。
「ついでに俺たちも受けられれば」
「……いいだろう。ルーダイ、お前がやるんだ」
「はぁっ!? 何で私が……」
ルーダイは肩で息をしていた。
ムベアゾのオーラブラストで周りに影響が出ないようにと張ったシールドには大きくヒビが入っている。
イースラが一つオーラブラストを相殺してくれなきゃシールドは叩き割られていたことだろう。
「ハルメード、クォンシーを呼んでくるんだ」
「はっ、分かりました!」
「あっ、ちょっ……待って!」
ハルメードがどこかに走って行ってルーダイは顔を青くする。
「そりゃ……ないですよ……」
「魔法使いではどうか知らんがうちではさっさと動かないと相応の責任が発生するんだ」
ルーダイのジトッとした抗議の視線もムベアゾは意に介さない。
「お連れいたしました!」
「何だか騒がしいね」
ハルメードが連れてきたのは白髪の高齢女性であった。
いかにも魔法使いといった大きな杖をついていて腰を曲げてゆっくりと歩いてきた。
「用件はまだ聞いとらん。何かな? またあのおてんば娘が何かしたのかな?」
クォンシーという魔法使いの女性はルーダイに視線を向ける。
ルーダイの方は何もしていませんというような顔をしながらあさっての方向を向いている。
「半分正解で、半分違います」
「ふぅむ? ならあの子たちに関係することかな?」
クォンシーは次にイースラたちを見た。
綺麗な緑色の瞳をしていて、とても優しい目をした人だった。
「それが半分です」
ムベアゾは事情を説明した。
「指名されたのに何もせず突き返そうとするなんてね……あとでお仕置きだよ」
「そ、そんな!」
逃げてしまおうかと考えていたルーダイだが逃げるとまた後が怖い。
結局ムベアゾによってルーダイの所業は暴露されてしまうことになり、ルーダイはガックリと肩を落としてうなだれる。
「入団テストね。魔法は使えるのかい?」
「いいえ、なので適性才能検査を受けたいんです」
「ふふふ、それも承知かい。いいだろう。ルーダイ、私の部屋から適性才能検査用の魔法石を持ってきなさい」
「はぁーい……」
「早く!」
「はい!」
ルーダイが走っていく。
こんな人だったのかとイースラは少し呆れてしまう。
イメージとはだいぶ違う人であった。
戻ってきたルーダイは四角い水晶を持っていた。
ハルメードが小さいテーブルを持ってきて水晶をその上に置いた。
「これに手を乗せてくれればいい」
「サシャ、お前からだ。大丈夫だから」
イースラがサシャの背中をそっと押して促す。
少し困惑しながらもサシャは水晶の上に手を乗せる。
「ほぅ……これはこれは」
サシャが手を乗せると水晶が光を放ち始めた。
水晶は真っ赤に染まり、眩しいほどの光にみんなが目を細めた。
「火に強い適性があるね。魔力も十分……魔法への才能もありそうだ。四級合格入団だよ」
「えっ!?」
「基礎さえ身につければすぐに三級にも上がれるだろうね」
サシャは驚いた顔をした。
そしてイースラのことを見る。
「言ったろ? 大丈夫だって」
「周りは何を驚いてるんだい?」
「そちらの子は剣の方でも三級で入団を認めたんです」
「おや? そうなのかい? 才能のある子なんだねぇ……ただ、こっちに譲ってくれはしないかい?」
「貴重な才能ですので」
ムベアゾとクォンシーの間に火花が散る。
「話は後で。とりあえずその子たちもだったね」
「クラインもやってみろよ」
サシャについては才能があることは分かりきっていた。
けれどクラインについてはイースラも分からない。
少し期待しながらクラインの入団テストの様子を見守る。
「ふむ……魔力はある……適性は土。だけど魔法の才能はあまりなさそうだね」
水晶が明るい茶色に染まる。
けれどサシャの時のような強い光は放たれない。
全く適性がないわけではないものの魔法に関してクラインは強い才能がないようだった。
「こちらの子も三級です」
「ふむ、ならば剣の道の方がいいだろうね」
サシャと違って取り合いにならない。
ちょっと悔しいとクラインは思った。