異世界ダンジョン配信~回帰した俺だけが配信のやり方を知っているので今度は上手く配信を活用して世界のことを救ってみせます~

「逃げられそうな感じはあるけど……」

 この部屋につながっている道は三本ある。
 イースラたちが来た方の囲みは薄く抜けていけそうな雰囲気はある。

 ただ問題がある。

「う……腕が……」

 デムソの状態が良くないと言うことである。
 熟練した冒険者なら腕がやられようと自ら止血ぐらいするものだけどデムソは腕がなくなったショックに何もできないままでいる。

 一般的な反応であり悪いと非難するつもりはない。
 けれども止血もしないでただ地面にうずくまっているだけでは足手纏いにしかならない。

 出血が多くてデムソの体力を奪い、すでに顔色が相当悪くなっていた。
 逃げられる状態かどうかかなり怪しいものである。

 見捨てるという選択肢もイースラの頭の中には浮かぶ。

「デムソさん、動けますか!」

「なんでこんなことに……」

「くそっ!」

 もはやイースラの言葉はデムソの耳に届いていない。

「こうなったら……」

「燃えなさい!」

 このままデムソにこだわれば全滅の可能性が出てくる。
 こうなったら引きずってでも連れて行こうかとイースラが考えていると後ろから炎が飛んできた。

 ケイブアントに炎が当たって炎上する。

「バルデダル、イースラ!」

「ベロンさん!」

 見るとベロンとスダーヌも来ていた。
 どうやら二人も意外と近くまで運ばれていたようだ。

「デムソ! 腕が……」

 ベロンはデムソの状態を見て顔をしかめる。
 腕を失ったデムソは自分の血で血まみれになっていた。

「……スダーヌ、腕を焼いてやれ!」

「…………そんな」

「放っておけば死んでしまう!」

「……分かったわ」

 一気にイースラたちのところまでベロンとスダーヌは駆け寄ってきた。

「ごめんなさいね」

「うわあああああっ!」

 スダーヌは手に炎をまとうとデムソの腕に押し当てる。
 治療の魔法を使える人がいない以上止血する方法は別の手段を使うしかない。

 悠長に包帯を巻いている暇もないのでサッと止血しなければデムソは失血で死んでしまう。
 スダーヌは炎でデムソの傷口を焼いて血を止めようとしている。

 傷口が焼ける嫌な臭いが辺りに広がる。
 スダーヌも言われて仕方なくやっているだけでかなり嫌そうだ。

「う……うぅ……」

「とりあえずこれで血は止まったはずよ」

 腕が焼かれてどうにか出血は止まった。
 しかし荒い止血方法にデムソはもう動けなくなっているようだった。

 ベロンのことだ、止血までしてデムソを見捨てるという選択はないだろうとイースラは思った。

「……ベロンさん、バルデダルさん、ボスを倒しましょう!」

 こうなったら生き延びるための選択は一つしかない。
 それはボスを倒すことだ。

 ボスを倒しても周りの魔物が消えることはない。
 しかしボスを倒せば統率が取れなくなり周りの魔物は弱体化したり逃げたりする。

 今この状況で全てを倒してからボスを狙うのはかなり厳しい。
 無理にでも突破してボスのみを先に狙う方がいいだろうとイースラは考えた。

「俺がボスをやります! 道を作ってください!」

「……バルデダル、スダーヌ、やるぞ!」

「もう私も若くないんですがね」

「子供に託すしかないのね……やってやるわ!」

「クライン、サシャ! 聞こえたな!」

「分かった!」

「怪我しないでよ!」

 スダーヌが魔法を使い、ベロンたちが一気にボスの方に駆け出す。
 行かせまいとする赤いケイブアントをベロン、バルデダル、クライン、サシャで攻撃して道を開けさせる。

「くふっ……!」

「バルデダル!」

 バルデダルが突如として血を吐いた。
 まとっていた茶色のオーラが不安定になって消え去った。

「大丈夫です……頼みましたよ」

「任せてください!」

 みんなが作ってくれた道を進んでイースラがボスケイブアントの前に飛び出した。
 ここまで誤魔化すように不安定にまとっていた白いオーラを今はぴたりと薄く体にまとっていた。

 剣にも同じように白いオーラをまとわせてボスケイブアントを切りつける。
 硬い顎を切り裂き、そのまま頭、体と切っていく。

「おりゃあーーーー!」

 ボスケイブアントの体液が噴き出してイースラにかかる。
 だけどイースラは止まらずボスケイブアントの全身を何度も切り付けた。

『あれほんとに子供かよ?』
『完全にオーラ操ってる』
『あんなのありえないだろ』
『どうなった? 配信の位置遠くてよく見えないよ』

 ボスケイブアントが大きく一鳴きした。
 その瞬間切りつけられたところから激しく体液が噴き出してゆっくりと地面に倒れた。

「回帰前なら細切れになってたのにな」

 まだまだ力も魔力も足りていない。
 無事もただの剣だし想像していたよりもボスケイブアントは硬かった。

 だけど倒した。
 ボスケイブアントが倒されて周りのケイブアントに動揺が走る。

 黒いケイブアントは逃げ出して赤いケイブアントは狂ったように暴れ出す。

「バルデダルさんは下がっていてください! やるぞ、二人とも!」

 残っている赤いケイブアントは多くない。
 限界を迎えたバルデダルには下がっていてもらいイースラはクラインとサシャと共に暴れる赤いケイブアントを倒しにかかる。

「あいつら……何者なんだ?」

「……分かりません。ただあの子たちを連れてきた選択は間違っていなかったようですね」
 ボスケイブアントを倒して攻略したダンジョンは消えてしまった。
 ダンジョンを攻略したということでスダッティランギルドは賞賛されることになったのだがギルドにおける雰囲気は非常に重たかった。

 理由はデムソが片腕を失ったことにあった。
 仮に治療をできる人が同行していたら、あるいは高位の神官や治療魔法を使える人が町にいたならデムソの腕をくっつけられたかもしれない。

 しかしスダッティランギルドに治癒魔法を使える人はいない。
 ギルドがあるのも微妙な田舎町なので高位の神官も治癒魔法を使える人もいなかった。

 結果としてデムソは片腕を失ったままとなってしまった。
 一命は取り留めたものの腕はつなげることができなかったのだ。
 
 冒険者ではない一般の人だって片腕を失うことの意味は大きい。
 実力が高くもないデムソなら致命的な状態になってしまったと言えるだろう。
 
 ダンジョンの再構築に巻き込まれるなど突発的な事故、災害のようなものである。
 いくら気をつけていたとしても防ぎようのない出来事なのだ。
 
 嫌ならダンジョンに入らないより他にどうしようない。
 しかしそれでも大事な仲間が大怪我をしたことに変わりはない。

 さらに戦いの途中で血を吐いたバルデダルはダンジョンを倒れた。
 今は復活しているがかなり体調が悪そうだった。

「空気……重たいね」

 ギルドハウスのリビングスペースに集まったみんなの空気は非常に重たかった。
 ベロンは今回のことに責任を感じている。

 怪我をしたデムソや倒れたバルデダルは何を言ったらいいの分からず、スダーヌもなんと声をかけたらいいのか迷ったまま気まずそうにしている。
 イースラたちに守られたポムは言うまでもなく沈黙を貫いている。

 発言する権利がないことを心得ているのはいいことである。
 ベロンが悩んでいるのはデムソに怪我をさせたことやバルデダルに無理をさせたことだけではない。

 デムソはもう戦えない。
 盾を持ってタンクに徹するなら可能性はあるが冒険者として活動することは難しいだろう。

 バルデダルも体の調子が良くない。
 いつ完全に回復するのかも分からないのだ。

 つまり五人いたスダッティランギルドとして今動けるのは三人になってしまったのである。
 イースラたちがオーラを扱えるという事実はさておき今後の活動をどうするのか岐路に立たされている。

「もうやめませんか?」

「……イースラ?」

「ギルドごっこはやめにしませんか?」

 少し早いかもしれない。
 そう思いつつもいい機会だと思った。

「みんな分かってるでしょ? ここがみんなの限界だって。もうポイントで能力を買うことも難しいんですよね?」

 イースラたちを引き込んだ目的はもらえるパトロンを増やしてポイントをより多く得ることだった。
 ならばどうしてポイントが欲しかったか。

 お金のためではない。
 ベロンたちはポイントで能力値を買おうとしていたのである。

 力、素早さ、体力、器用さ、魔力、それに幸運という能力は元々持っているものに加えてポイントで買うことができる。
 しかしこうした能力は買うにつれて必要なポイントが高くなり、あっという間に手が届かないものとなる。

 ベロンたちは正直能力が高くなかった。
 高望みしなければ生きていけるがそこから伸びる可能性が低いのだ。

 だから少しでもとポイントで能力値を買った。
 幾らか能力値を買えば少し強くなったという実感もある。

 すると人間欲が出る。
 もっと強くなりたい。

 ポイントがあれば強くなって上を目指せるとしがみつき始めるのだ。
 だからイースラたちを入れてパトロンを増やそうとしたのである。

 だがベロンたちの能力値は簡単には買えないほど高くなっていた。
 もう頭打ちだといっていい。

 ここらがベロンたちの限界なのである。

「デムソさんは片腕を失いました。バルデダルさんは魔力障害ですね? ベロンさんもスダーヌさんももう限界まで能力値を買っているはずです」

「……でもお前たちがいるだろ? オーラを使える奴が三人もいるなら……」

「俺たちが強くなったら皆さんはどうするつもりですか?」

「それは……」

 イースラの言葉にベロンは返事を詰まらせる。
 確かにイースラたち三人がいればギルドは続けていけるだろう。

 しかしオーラユーザーであるイースラたちが真面目に鍛錬して強くなればベロンには手の届かない存在になる可能性も高い。
 いつしかベロンたちが足手纏いになる可能性も否定できないのだ。

「ベロンさんはなんでギルドを作ったんですか?」

「それは……自分でもやれると証明したくて……」

「もう十分じゃないですか?」

「ここでやめたらデムソはどうなる? ギルドがなくなったら……」

「そのまま連れて行ったらどうですか?」

「なに?」

「家に帰って頭下げるんです。片腕でも仕事はできます。むしろ冒険者でやってきたという実績があるなら喜んで受け入れてもらえるでしょう」

「…………お前、どこまで知っている?」

 サシャやクラインはイースラが何を言っているのか分からなかった。
 しかしベロンにはイースラが何を言いたいのか理解していた。
「ベロンさんの家、商人やってるんですよね?」

「えっ、そうなの?」

「知らなかった……」

 スダーヌもデムソも知らなかったようで驚いている。

「どうやってそれを……」

 ベロンも別の意味で驚いていた。
 仲間であるスダーヌやデムソも知らないことをイースラがどうして知っているのか不思議でならない。

「全部聞いたんです。ある時ベロンさんの様子を教えてほしいって人が接触してきて……その人が教えてくれました」

 回帰前の記憶があるから知っているのだと言っても受け入れ難いだろう。
 だから言い訳は常に考えてあった。

 ベロンは実は大きな商家の息子として生まれた。
 ただし長男ではなく次男であった。

 兄は優秀でベロンが商会長として家を継ぐ可能性は低い。
 昔から冒険者としての活動にも憧れがあったベロンは家を飛び出して覚醒者として活動を始め、出会った仲間であるスダーヌやデムソとともにギルドを立ち上げた。

 ここまでなんとかやってきたスダッティランギルドではあるが、全て実力と運で成し得たものではなかった。
 実は裏でベロンの家が手助けしていたことがあったのだ。

 直接ではなくともベロンたちに仕事を優先的に回すようにしたり邪魔となる存在を排除したりと遠回しに助けていたのである。
 同時にベロンの様子もバレないようにうかがっていたのだ。

 ベロンにバレたくないから直接接触することはなかったのだけどギルドが大きな失敗をした時に一度だけ接触してきたことがあった。
 口止め料も支払ってもらったのでベロンのことを報告してイースラもそのことは秘密にしていたのである。
 
 後にベロンは実家が関わっていたことを知ってひどく怒ることになるのだが、回帰前よりも早めにそのことを伝えてしまう。

「これまでもベロンさんの家の手助けはあったはずです」

「バルデダル……」

「はい、知っておりました」

 バルデダルは全てを知っていた。
 スダーヌやデムソと出会う前からベロンと一緒にいるバルデダルも実は商家にいる時からの関係であったのだ。

 ベロンの護衛として付けられていたのがバルデダルで家を飛び出してもベロンについてきた。
 なんとなくそんな予感はしていたもののバルデダルの実力の高さはベロンも認めているところであり、完全に一人でやっていくことができなかったので疑いを持ちつつもバルデダルを利用していた。

 せいぜい監視だろうと感じていたが、まさか助けまであったとは考えていなかった。

「俺の家が商人をやっているとしてどうしろというのだ?」

「ベロンさんは十分自分の力を証明しました。人集めてギルドを起こし、ここまで戦い抜いてきました。普通の人にとってはかなり大変なことです。もう終わりにしましょう。そして帰るんです。本来あるべきところに」

「俺に! ……俺に冒険者を辞めろというのか!」

 ベロンはテーブルを殴りつけた。
 スダーヌやサシャがベロンの怒りにびくりとする。

「そうです」

「なっ……」

 けれどもイースラは怯えた様子もなくまっすぐにベロンの目を見て答えた。
 逆にベロンの方がイースラの態度に怯む。

「もうポイントで強くなることはできません。デムソさんは片腕を失いました。頭打ちどころかこれからやっていくことも厳しくなりました」

 誰にも怪我がなかったのならもう少し続けてもいいかもしれない。
 しかしタンクの役割を担うデムソが片腕を失って冒険者としての活動が厳しくなった。

 バルデダルも活動が難しい。
 イースラたちがその穴を埋めるとして、今後オーラユーザーとして成長すると今度はベロンたちが足手纏いになり不和が生まれる。

 オーラユーザーとしてやっていける実力があるなら田舎町で小さなギルドの中でやっていく必要もない。
 誤魔化して続けてもスダッティランギルドには崩壊する未来しかないのである。

「今ならまだベロンさんの家もベロンさんのことを受け入れてくれると思います。冒険者としての経験や腕があればむしろ向こうとしてもありがたいでしょう」

「デムソはどうする……」

「そのまま雇ってあげたらどうですか? 片腕でも積み下ろしや荷物の護衛などできることはあります。力も強いので働けるはずです」

「わ、私はどうするのよ?」

 スダーヌが慌てたように立ち上がった。
 今の話でスダーヌのことには言及していない。

 ギルドが無くなったらスダーヌはどうすればいいのか。

「スダーヌさんは魔法が使えるので他でもやっていけるでしょう」

「そんな無責任な……」

「じゃあ、素直になったらどうですか?」

「えっ?」

「スダーヌさんがギルドに入った理由、ありますよね?」

 魔法が使えるということは大きな強みである。
 やっていけるかどうかも分からないギルドではなくもう少し安定しているところにだっていけた。

 なのにスダーヌはスダッティランギルドを選んだ。
 いや、選んだのはスダッティランギルドではなかった。

「なんで……」

「見ていれば分かりますよ。スダーヌさんはベロンさんのことが……」

「待って!」

 イースラの言葉の先が分かったスダーヌは顔を赤くして止める。
「……ベロンさんも実は分かってますよね? そしてそれに甘えている」

「…………今更俺に全てを捨てろというのか?」

「違いますよ」

「なら……何が言いたい?」

「今ならまだ持っているものを守れるといってるんです」

「なんだと?」

 ベロンが見たイースラは悲しげな目をしていた。

「いつまでこんなことを続けますか? 現状で満足して成長を望まないのならこのままいくらか続けられるでしょう。でもいつか全部失うかもしれませんよ」

 ベロンは憧れと自らが置かれていた境遇への反発から冒険者をしている。
 より強くなり実績を残すことが必要だとどこかに焦りがあるのだ。

 だがそれはスダッティランギルドを不幸な未来へと導く。
 回帰前ベロンは全てを失った。

 ポムは途中で死ぬ。
 そこで一度ギルドの雰囲気は暗くなり、さらにその先にデムソが死んでスダーヌも大怪我を負うような出来事が起こる。

 バルデダルも状況を打開しようとオーラを無理して使って体を壊し、顔を怪我したスダーヌはベロンの元を去った。
 その時にイースラもサシャを失った。

 返事もできないサシャの告白はいつまでも忘れられない。
 今ならまだベロンは全てを助けられる選択ができる。

 デムソの腕は失われたものの命はある。
 まだ若いし働くことはできるだろう。

「仮に俺が……家に戻るとして……デムソ、お前は働くつもりがあるか?」

 ベロンの言葉にバルデダルが驚いたような顔をする。
 ここまで頑なだったベロンが初めて別の道を考え始めていた。

 ベロンの頑固さを知っているバルデダルとしては驚かざるを得なかった。

「…………冒険者としてもう限界なのは感じていた。あんたがいるから続けてきたけど……確かに無理かもしれないとは思ってたんだ。商人に雇われるってことはどういうことなのかよく分かってないけど、俺でよかったら使ってくれ。ベロン、あんたの下でなら働いても悪くなさそうだ。腕も一本ないし……雇ってもらえるだけありがたいよ」

「デムソ……分かった」

 デムソ自身タンクとしてなんとかやってきたが自分の能力は感じていた。
 弱い魔物相手ならなんとかなっても少し強くなるともうギリギリだったのだ。

 商人の下で働くということがどんなものなのかデムソは分かっていないが、ベロンと共になら悪くないだろうと思えた。

「スダーヌ……実はお前の気持ちに気づいていた」

「えっ? ウソ……」

 ベロンの手は震えている。

「お前の気持ちって何?」

「うるさい、黙って見てれば分かる」

 こそっと話しかけてくるクラインにイースラは怪訝そうな視線を向けた。

「最初から気づいてたんだ……でも俺は何も持ってないし、お前の気持ちを知ってて無視していた。そしてそんな気持ちに甘えてたんだ」

 スダーヌが男をひっかえとっかえしていたのにはわけがあった。

「俺も……お前のことが好きなんだ……だから怖くて言い出せなかった……」

「ベロン……」

 スダーヌの顔が真っ赤になり目には涙をためている。
 実はスダーヌはベロンのことを愛していた。

 告白する勇気もない。
 だからと言って諦めることもできないスダーヌは当てつけのように他の男性と付き合っていたのである。

 回帰前は顔を怪我したためにベロンにそんな姿を見せられないと去ったのだった。

「今こんなことを聞くのはずるいかもしれないが……もし冒険者を辞めて、家に帰るとしたら……ついてきてくれるか?」

「……もちろんよ!」

「…………うわぉ」

 感極まったスダーヌはベロンに抱きつくとキスをした。
 みんなが見ているのにも関わらずちょっとばかり濃厚なやつだった。

 サシャは顔を赤くして顔を逸らし、クラインは逆に釘付けになっている。

「あなたとならどこにでもいくわ!」

「ありがとう、スダーヌ」

 二人はまたしても長くキスを交わす。
 ただここまで来るとベロンの考えも固まったようだなとイースラは感じた。

「ポム」

「……ベロンの兄貴! 俺も……俺も連れてってください!」

 忘れてはならないメンバーがもう一人いる。
 顔を青くしていたポムは名前を呼ばれると同時にベロンの前にひれ伏した。

「頑張りますから! 一生懸命働きますから見捨てないでください!」

 このままだと見捨てられるとポムは思った。
 イースラへの借金もあるし半分残っている借金も返さねばならない。

 この中で冒険者としての才能がもっともないのはポムである。
 ベロンに見捨てられたらポムは生きていけない。

「バカだな……見捨てるはずがないだろう? こんなところで見捨てるぐらいならとっくに追い出してる」

「兄貴……」

 ポムはブワッと涙を流す。
 ポムについてはどうでもいいけれどベロンの優しさを感じてちゃんと働いてくれればいいなと思う。

「イースラ……言われた通りスダッティランギルドは解散しよう。全部お前の言う通りだ。俺たちにはここが限界だった。今ならまだ別の道を進むこともできるんだな」

 仲間たちの意見を聞いてベロンの意思も固まった。
 回帰前ベロンはなんとしても冒険者として実績を残そうと無理をして全てを失った。

 少し無理矢理な誘導だったのかもしれないとは思いつつ実際こうして話してみるとみんなそれぞれ限界を感じていたのだ。
 ついでにスダーヌとベロンの間も取り持つことができた。
「みんな、スダッティランギルドは解散だ。俺は……家に帰って頭を下げるよ。家で働かせてくれてってな。そしてデムソもポムも……スダーヌも受け入れてくれってな」

 ベロンの顔は明るくなっていた。
 訪れた限界、見通せない未来に頭を悩ませていたけれど、どうするのかひとまず道が定まったのだ。

 いまだにベロンの双肩にはみんなの責任がのしかかっているが、今はただみんなをどうにかしなければならないという感情ではなく、みんなでどうにかしていこうと思えた。

「……お前たちはどうするつもりなんだ?」

 スダッティランギルドは解散することを決めてしまったがイースラたちはまだ子供である。
 引き取った以上最後まで責任は取るつもりがベロンにはあった。

「ダンジョンで見たと思いますが、俺たちはオーラが使えます」

「そういえば……! どうなってるんだ? オーラなんて……しかも三人ともって」

 思い出したようにデムソが驚く。
 腕を失った衝撃やスダッティランギルドの解散という話で触れられてこなかったけれど、イースラたちがオーラを扱えたというのは大きな話である。

 しかもイースラ一人でもなくクラインやサシャを含めた三人ともオーラを使えるのだから実際一番大きな話題だったのかもしれない。
 イースラたちがオーラユーザーだったからダンジョンでは助かった。

「隠していてごめんなさい。でも騒ぎになるのも怖かったので」

「ベロンは知っていたのか?」

「イースラは、な。クラインとサシャがオーラを使えたなんて知らなかった。バルデダル、お前は?」

「私も知りませんでした。よほどのことがない限り勝手にオーラも出てきませんから見ているだけでなかなか気づけません」

 ベロンとバルデダルはイースラがオーラユーザーであることは知っていた。
 けれどもクラインとサシャまでオーラを使えることは知らなかった。

「……俺たちはとんでもない子を引き取ったのかもしれないな」

 本当なら追及すべきことなのかもしれない。
 しかし大きくため息をついたベロンは笑った。

 どうでもいいと思ったのだ。
 大切なのは今生きていること。

 そしてこれから。
 イースラたちはダンジョンにおける命の恩人であり、これからの方針を導いてくれた恩人でもある。

 気にならないといえば嘘になる。
 しかしもしかしたら神が遣わした何かの道標だったのかもしれないとベロンは考えた。

「俺は何も聞かない。イースラ、お前は初めて会った時から何か考えを持っているようだった。これからのことも考えてるんだろう。なんであれ、応援するよ」

「ベロンさん……」

「君たちがどう成長するか楽しみだ。ありがとう、イースラ」

 回帰前はクラインもサシャも死に、絶望の中でスダッティランギルドまで無くなった。
 今回ベロンは回帰前と異なった選択をした。

 このことがどんな結果を生むのかイースラには分からない。
 けれどもスダッティランギルドとして共に歩んできた仲間たちがベロンのそばにはいる。

 どんなことがあっても乗り越えられるだろう。

「こちらこそあの孤児院から連れ出してくれたことは感謝してます」

 スダッティランギルドがなかったら孤児院から飛び出して活動することは難しかったかもしれない。
 そのことは回帰前も今も感謝している。

「でももうちょっとだけお世話になりますよ」

 イースラはニヤッと笑った。
 計画はまだ続いている。
「ここともお別れか……」

 スダッティランギルドが解散することになったが、解散しますでただ終わりではない。
 名前だけの集まりもあるが多くのギルドはちゃんと冒険者ギルドに登録をしてある。

 解散の申請を出す必要がある。
 今回は町を離れて商会に向かうので出立の準備も必要だ。

 田舎の町なのでスダッティランギルドはそこそこ重宝されていた。
 意外と上手く町に溶け込んでやっていたし挨拶回りなんてことも必要である。

 イースラたちも食料を買ったりして色んな人と関係を深めた。
 振り返ってみればそんなに長いこといたわけでもないのにみんなはイースラたちも去ることに残念がって、そして応援してくれた。

 そして色々と準備をしてとうとう出発の日を迎えた。
 ベロンはギルドハウスのドアを閉じてそっと手を当てる。

 巡り合わせが良くていいギルドハウスを手に入れられた。
 もしかしたら後ろに商会がいる可能性も考えたけれど考えるだけ無駄なので運が良かったとだけ思うことにした。

 出発のはベロンたちだけではなくイースラたちも一緒だ。

「イースラ」

「これは……」

 ギルドハウスの鍵を閉めたベロンは鍵をイースラに投げ渡した。

「もう戻ることはないかもしれないが何か役に立つことがあるかもしれない。どの道俺は使わないから好きにしろ。いつか使ってもいいし金が必要なら売ってもいい」

「……ありがとうございます」

「いいさ、感傷に浸っても仕方ないからな」

 イースラもここに戻ってくるつもりはないけれど、貰えるものなら貰っておく。
 どこかで使うこともあるかもしれない。

「それじゃあ行こう。次の町まで急げば日が落ちる頃には着くはずだ」

 ほんのわずかの名残惜しさも残しつつスダッティランギルドはこれで完全に無くなることとなった。

「ベロンさん、今までありがとうな」

「あんたたちのおかげでしばらく安心して過ごせた。どっか行っても元気でやるんだぞ」

「……みんな」

 町を出ようと歩いていると人が集まっていた。
 それはベロンたちを見送ろうと集まってくれた町の人たちである。

 感謝の言葉、見送りの言葉、応援の言葉。
 これだけの人たちに囲まれていたのだなとベロンは改めて思い知る。

「泣いてるの?」

「ああ……冒険者を辞めることに変わりはないけど……やってきたことに間違いはなかったんだなって」

 ベロンは涙を流していた。
 隣を歩くスダーヌは優しく微笑みながらハンカチでベロンの涙を拭ってあげている。

「はぁーあ……羨ましいな……」

「デムソの兄貴にもきっと良い人見つかりますって」

「お世辞はいらん」

 思いを打ち明けあってからベロンとスダーヌの距離はとても近くなった。
 二人の熱い関係を見てデムソがため息をつく。

 ポムが慰めるけれど片腕のない男を好きになってくれる人がいるもんかとデムソはまた深くため息をつくのだった。

 ーーーーー

「そういえば、言っておかなきゃというか、やっておきかなきゃいけないことが一つあった」

 予定ギリギリで町に着いた。
 宿が閉まる直前だったけれどなんとか部屋を借りることができたので一安心である。

 次の町までの時間の都合で早い時間にバタバタと出てきたが、改めて今後の予定についてベロンは確認しておくつもりだった。
 部屋にみんなを集めて予定を確認する前にやっておかねばならないことがあることをベロンは思い出していた。

「やっておきかなきゃいけないこと?」

「俺たちはギルドを解散させたが冒険者であることに変わりはない。同時に配信者の身分もまだ維持したままだ」

「それはそうね」

「ダンジョン攻略の時に配信をつけたままになっていたんだけど、イースラたちがうまく回してくれていた。ダンジョンの再構築……だっけか。そんな珍しい窮地に視聴者がかなり多かった。パトロンも多くきていてな」

 これまでにないほどのコメントやパトロンが来ていた。
 視聴数によるポイントも入って意外と多くのポイントがそのままになっていたのである。

 デムソのことやスダッティランギルドの解散などがあって後回しにされたままだった。
 しかし冒険者を辞めると決めた今ベロンはポイントをどうするのか考えてある。

「ポイントだけど……イースラたち三人に全部送ろうと思う」

 ベロンは得られたポイントを全部イースラに送るつもりだった。
 冷静さを失うこともなく配信を回し続けたのはイースラであるし、最終的にみんなを助けたのもイースラである。

 これから三人はベロンたちと別で活動していくようであるし餞別として贈ってもいいのではないかと思ったのだ。

「いいんじゃないか」

「私もいいと思うわ」

「もちろん異議なんてないです」

 デムソ、スダーヌ、ポムも反対意見はなかった。
 きっとイースラならポイントを無駄にすることなく使ってくれるだろうという思いもあった。

「それじゃあイースラに送ることにしよう。クラインとサシャにはお前が分配してやれ」

「分かりました」

 ベロンからポイントが送られてくる。
 それはダンジョンの分だけではなくベロン個人のポイントやここまで貯めてきたポイントも含まれていた。
「お前たちはまだ能力を買ってないのか?」

「はい。まだ自分たちで強くなれますから」

 能力はポイントで買うこともできる。
 ただ鍛えれば能力は伸びる。

 イースラたちはまだまだ若いので鍛えれば強くなれるのだ。
 回帰前の記憶があるイースラの頭の中には鍛える方法もあるし、それ以外で強くなる方法もあった。

「その方がいい……買って得た力も悪くはなかったが、いつしか俺たちは目先の能力値ばかり追いかけるようになってしまった。強くなれるなら自分で強くなった方がよかったよ」

「それにポイントで買える分ってすぐに高くなって少ししか買えなかったものね。期待しない方がいいわよ」

 能力値が買えるからといって強くなれるとも限らない。
 それに能力値の数値にはちょっとした秘密もあるのだ。

「分かりました。頑張ります」

 能力値の購入に重きを置かない方がいいということはイースラも同意である。
 先輩たちの言葉は素直に受け取っておく。

「今日はもう休んで明日は朝食料品を買ってから出発だ」

 ーーーーー

「イースラ君、少しいいですか?」

 旅をすればどうしても次の町に間に合わないことなどある。
 そうなると早めに移動を切り上げて夜を乗り越える準備をする必要がある。

 枝を集めて、スダーヌとサシャのために小さいテントを張る。
 早めに食事をとって交代で火の番を務めながら夜を過ごすのだ。

 今回は二人ずつ起きて火の番をやることになっていたのだが、今後のためになるだろうとイースラたちも火の番をやっていた。
 今はみんなが寝静まっている中で火の番として起きていたのはイースラとバルデダルだった。

 元々バルデダルは寡黙な方であるがダンジョンの件以降もあまり多くのことを語らない。

「何ですか?」

「私のこと……どこまで知っているのですか?」

 バルデダルが真っ直ぐにイースラのことを見つめる。

「どこまでとは?」

 イースラは怖気付くこともなくニコリとバルデダルの目を見返す。
 クラインとサシャは固い雰囲気のバルデダルが苦手であるが、イースラは特に何とも思っていない。

「私が魔力障害なこと知っておりますね?」

「はい、知ってます」

 魔力障害とは魔力に関して何らかの障害を抱える人のことを言う。
 体の不調を広く風邪と呼ぶように魔力障害も魔力に関しての不調があればそう呼ぶ。

 なぜなら魔力の不調は何が原因で起きているのかも分からないことが多く、原因が分かっても治療できないこともあるので特定の病名をつけられず魔力障害とだけ言うのだ。
 バルデダルはダンジョンでの戦いの時に突如として血を吐いた。

 それは魔力障害によるものだった。

「たとえベロンのことを聞いても私の魔力障害にまで言及するとは思えない。どうやって知ったのですか?」

 ベロンのが商人の息子なことは知り得るとしてもバルデダルが魔力障害なことまで他人がイースラに話すとは思えなかった。
 だがダンジョンでの戦いの時にイースラはバルデダルの魔力障害について知っているようだった。

「バルデダル・ソーサンクラーン、今俺は二つの選択肢を提示する」

「なんですと……?」

 突如笑顔を消したイースラは二本の指を立てた。

「全て話そう。あなたは疑問が解消してスッキリする」

 子供っぽい雰囲気も消え去り、家名までイースラが口にしたことなどもはや気にしている余裕がなかった。

「もう一つ……疑問なんて忘れることです。その代わりあなたの魔力障害を解決して差し上げましょう」

「それは、本当なのか?」

「今も時々胸が痛むでしょう? 俺ならそれを解決してまたオーラを自由に扱えるようにしてあげます」

「…………何も聞かない代わり、か」

 イースラが提示した選択肢にバルデダルは揺れていた。
 疑問がさらに増えた。

 なぜ魔力障害を治せるなどと言えるのか。
 しかし疑問を解決すればバルデダルは魔力障害とこれからも一生付き合っていかねばならない。

 バルデダルの抱える魔力障害は普段は何ともないのだが戦いでオーラを使おうとすると胸に痛みが走り、限界を超えるとオーラを扱えなくなる。
 体に負担がかかるのかしばらく胸が痛むようになって死の不安が常に後ろにいるような気分にさせられるのだ。

 オーラを再び自由に扱えることもまたバルデダルの望みであるが、胸の痛みがなくなるだけでも日常の苦痛から解放される。

「選べるのは一度だけ。選んだら後戻りはできません」

 バルデダルの鼓動が速くなる。
 イースラには何か大きな秘密がある。

 それを知りたいと思うのだけど、魔力障害を解消してくれるという提案はあまりにも捨て難い。

「今すぐ選んでください。選べないのなら……全部無しです」

 自分の年齢の半分にもいかないだろう子に手のひらの上で転がされている。
 初めての経験にバルデダルもすぐには言葉が出てこない。

「三……」

 イースラは指を三本立てた。

「二……」

 そして一本折りたたむ。

「一……」

 最後に残されたのは指一本。

「魔力障害を……治してくれ」

 バルデダルは選択した。
 全ての疑問なんかよりも忌々しい魔力障害を治すことの方がバルデダルにとっては重要だった。
「分かりました。魔力障害を治す方法を教えてあげます。その代わり疑問は忘れてくださいね」

「誓おう。ただ一つだけ聞かせてほしい」

「何ですか?」

「イースラ君、君がやろうとしていることは……私たちを害するためのことはないのですね?」

 全ての疑問は忘れよう。
 そうバルデダルは心に誓った。

 しかし不安はある。
 イースラが何の目的でこんなことをしているのか分からないのだ。

 なんとなくだがイースラが望んだように進んでいるような気がする。
 肩の重荷を下ろして平穏な道を進み始めたが、その先にイースラが何を見つめているのか。

 それだけは気になった。

「もちろんじゃないですか。俺は……みんなに良い道を歩んでほしいんです」

 少なくともイースラが何もしなければベロンもみんなも破滅に向かう悲しい道を歩むことになっていた。

「これから進む道が良い道なのかは分からないけど……少なくとも最悪じゃないとは思います。まあ悪い道だったとしても害する目的があるわけじゃないことだけは確かです」

「……君のことを信じよう」

 確かにあのまま冒険者を続けていると良くない結末に辿り着いた可能性は高いとバルデダルも思った。

「イースラ君、これを」

「これ……? えっ?」

 急にバルデダルが配信メニューを操作し始めた。
 するとイースラにポイントが送られてきた。

 結構多めのポイントである。

「これは……一体」

「私はポイントで能力を買わなかった。それどころかこれまでもらったポイントもほとんど使っていない。それを君にあげよう」

「どうして……」

「年寄りが少し能力を上げようと何も変わらないさ」

 バルデダルはまだ年寄りというほどの歳でもないだろうとイースラは思う。

「それに魔力障害でオーラも上手く扱えなかった。治すために他の手段があるんじゃないかと取ってあったんだ。だがもう必要なくなった。若い世代に託すのも悪くはないだろう。まあ負担に思わず治療代だとでも思ってくれ」

「……分かりました」

 もらえるものならもらっておく。
 配信におけるポイントはいくらあっても困ったものじゃない。

 頼りすぎてもいけないが頼れるところは頼っていくのがいいのである。

「それじゃあ早速始めましょうか」

「今からできるのか?」

「治療といっても一発で治せるような手段はありませんよ。ここからはバルデダルさんの努力になります」

「この歳で努力させられるのか」

「口で言うほど歳でもないでしょ?」

 ーーーーー

「バルデダル、なんだか気分良さそうだな?」

「ええ、長年の胸のつかえが取れました」

 ベロンはバルデダルの表情が柔らかいなと感じた。
 元々無表情なことが多くて表情が分かりにくいが今日は明らかに機嫌が良さそうだ。

 イースラはバルデダルにアルジャイード式魔力運用方法を教えた。
 アルジャイード式は外の魔力を取り込んで自分のものとする効果があるけれど、その過程で他にも色々とプラスの効果もある。

 バルデダルの魔力障害は昔魔物と戦った時に無理をして魔力経路と呼ばれる魔力を流すためのものがねじれてしまったことが原因だった。
 そのためにオーラを使おうと体力の魔力を体に流すとねじれた部分に負担がかかって最終的に反動として体がダメージを受ける。

 アルジャイード式は体に魔力を流して循環させるが、オーラを使うような大量の魔力を一気に使うものとは違う。
 ゆっくりと確かに力強く体の中で魔力を循環させるのだ。

 アルジャイード式で流れた魔力はねじれた魔力経路を少しずつ元に戻してくれる。
 ついでに魔力経路の強化にもなる。

 一回のアルジャイード式で魔力障害が治りはしないがねじれて流れが悪くなっていた魔力が流れるようになってバルデダルの胸の痛みはかなり軽減されていた。
 機嫌も良くなるはずである。

「そうか。ならよかったよ」

 滅多にないバルデダルの上機嫌を邪魔してはいけない。
 ベロンはそれ以上追及することをやめた。

「予定ではもう数日もすればカルネイルに着くはずだ」

「カルネイルってのが首都……だっけ?」

「おっ、よく覚えてるね」

「俺だって多少はな」

 これから行こうとしているのはカルネイルという都市だった。
 イースラたちがいるブリッケンシュトという国の首都になる大都市だ。

 そんなところで商人やっているのだからベロンの家も実はそれなりにすごい商家なのである。

「はぁ……でもカルネイルが近づくと気が重いよ」

 ベロンはため息をつく。
 まだ家に戻れると決まったわけでもない。

 デムソやスダーヌのこともある。
 これからのことを考えると気が重いのは仕方がない。

「イースラたちもカルネイルで活動するのか?」

「そのつもりです」

「まああそこなら大きなギルドもあるしなオーラが使えるならどこでもいけるか」

 旅の中でもイースラがしっかりしていることが再確認できた。
 サシャもそれなりにしっかりしているし三人ならばどこへいっても心配ないだろうとベロンも思えた。

「ただ……今日も野宿だ」

「えー……」

「しょうがないだろ、スダーヌ」

 ベロンが不満そうな顔をするスダーヌの腰を抱き寄せる。

「そうねぇ……」

「次の町についたらいい宿に泊まろう」

「……あなたと一緒ならどこでもいいわよ」

「……早くカルネイルに着かないかね」

「仲が良いのは良いことだろ」

「どうだかな……」

 仲が良いのは良いけれどやるなら二人きりの時にやってくれとみんなは思うのだった。
「うわ〜!」

「人いっぱい……」

 カルネイルに着いた。
 これまでとは規模の違う街並みにクラインとサシャは驚いている。

 こうしてみるとこれまでギルドがあった町は小さかったのだなとイースラも思う。
 人も多くて二人は驚いている。

 こうしたところを見るとまだまだ子供だなと少し笑ってしまった。

「ふっ……こうしてみると可愛いものだな」

 イースラと同じようにデムソも微笑んでいる。
 腕を失って落ち込んでいたデムソも日が経って落ち着いてきた。

 うなされたりすることもあったけれど、カルネイルが近づくにつれて将来の心配が勝るようになったのか腕の喪失にうなされることも減った。
 手足を失って精神的に参ってしまう人もいる。

 そんな中でも立ち直りつつあるデムソは意外と強いのかもしれない。

「俺たちはこのまま商会に向かう……お前たちはどうする?」

 ベロンたちの目的はハッキリとしている。
 しかしイースラの目的はベロンも把握していない。

 これからベロンは家に帰って今一度最初からやり直すつもりである。
 一方でイースラたちは商家に下るつもりはなく、どうするつもりなのかとベロンは尋ねた。

「アテ……ってほどじゃないですけどいくつか考えているところはあります」

「そうか。本来子供だけなら心配するんだが……お前たちなら大丈夫だろう」

 ついていってやるよりも知らぬ顔してほっといてやる方がイースラのためになるとベロンは感じた。

「アテが外れたうちの商会に来るといい。上手く戻ることができてれば歓迎する。ナーボリア商会ってところだ」

「分かりました」

「まあ上手くいってもそのうち遊びに来い。口聞いて少しぐらい安くしてやるからさ」

「期待してますよ」

「その言葉、そのまま返すよ。お前たちはきっと俺たちにできなかった冒険の先を行くことができる。俺たちが見ることができなかった世界を見ることができる」

 ベロンは冒険者としての成功を夢見ていた。
 何もベロンだけではない若い冒険者のほとんどは物語になるような偉大な冒険者だったり自分が伝説を残したりすることを胸に夢見て冒険者をやるのだ。

「俺の夢はここまでだ。あとはしっかりと責任を果たす。……だがお前はきっとすごいやつになる。いつか俺に話させてくれ。あの有名なイースラと俺は活動したことあるんだってな。お前の冒険の始まりは今はないスダッティランギルドだったってな」

 ベロンの声がわずかに震えている。

「じゃあ、期待しててください。一応配信もするつもりなので俺たちの勇姿届けますから」

 イースラはニカッと笑った。
 今回は世界を救ってやるんだとイースラは思っている。

 期待してくれていい。
 きっとベロンは酒の席で語るだろう。

 世界を救った冒険者と知り合いだったと。
 その冒険者の始まりは自分の作ったギルドであったのだと。

 そうさせてやろうとイースラは思う。

「情けない姿見せたら許さないからな」

「ベロンさんこそ、気を付けてくださいね。商会の仕事も楽じゃないでしょうから」

「まあそうだな。死なない程度には頑張るよ」

「それじゃあ行きましょうか」

「ああ、お別れだな」

 ベロンが手を差し出してイースラはそれに応じる。

「あなたも気をつけなさいよ? あの子モテそうだから」

「あ、うん、はい……頑張ります」

「あと言わなきゃダメなこともあるから。どっかの人みたいに」

 スダーヌがサシャにウインクする。
 最後は少し言葉少なにイースラたちはベロンたちと別れたのであった。