デムソ一人だとかなりギリギリであったが盾を使って防御に徹すればなんとか持ち堪えられていた。
回帰前もこんな感じだったはずだがこのままではデムソがやられてしまいそうな感じすらある。
どうやって乗り越えていたのか思い出せない。
「まあ少し助けてやるか」
怪我でもされたら面倒だ。
少し息をつく暇ぐらい与えてやろうとイースラ足元にあった石にオーラを込める。
カメラアイが揺れないように気をつけながら赤いケイブアントに向かって石を蹴り飛ばす。
魔力を帯びてほんのりと光る石が真っ直ぐに飛んでいく。
オーラを込めれば石でも立派な凶器になる。
石が赤いケイブアントに当たってほんのわずかだがひるむ。
ダメージはないだろう。
けれども息つく間もなく攻撃を受けていたデムソにとっては少しでも体勢を立て直す貴重な時間となった。
黒いケイブアントも減ってきている。
バルデダルが上手く立ち回ってポムのフォローを入れている。
「二人とも、俺から離れるなよ?」
「離れてないよ」
「もちろん勝手なことなんてしないぜ」
イースラはサシャとクラインの位置を確認する。
二人とも特に離れているわけではないが改めて近くにいるように言っておく。
そうしている間に黒いケイブアントの数が減ってベロンがデムソに加勢する。
「燃えてしまいなさい!」
黒いケイブアントが全て倒されて赤いケイブアントとの総力戦になる。
ベロンたちが攻撃を強めて赤いケイブアントを引き付けてスダーヌが全力で魔法を放つ。
赤いケイブアントに大きな火の玉が直撃した。
火の玉そのものでは大きなダメージがなかったけれど火の玉が爆発して赤いケイブアントが炎に包まれる。
表面が硬くとも炎に包まれて中に熱がこもればただでは済まない。
赤いケイブアントは激しく体を動かして炎を消そうとするが魔法の炎はそう簡単には消えない。
ベロンたちは暴れる赤いケイブアントから距離をとって様子をうかがう。
「……死んだか?」
だんだんと赤いケイブアントの動きが鈍くなっていき、最後にか細く鳴いて動かなくなった。
デムソが盾を構えて赤いケイブアントに近づいて剣でつつく。
炎も消えたが赤いケイブアントは動かず完全に死んでいた。
「ふう、これぐらいならなんとか行けそうな……」
「な、なんだ!?」
「揺れてる……!」
赤いケイブアントを倒してホッとしたのも束の間、急に地面が揺れ出した。
「サシャ、クライン、こっち来い!」
「えっ……」
「いいから! くっつくぐらいに近くに!」
来た! とイースラは思った。
揺れで倒れないようにやや体勢を低くしながらサシャとクラインのことを呼び寄せる。
二人はふらつきながらもなんとかイースラのそばに寄る。
「なんだこれは!」
地面が四角く迫り上がった。
壁がへこんだり迫り出してきたりダンジョン全体が動き始めた。
「みんな、近くに……」
何かは分からないが何かの異常が起きている。
ベロンがみんなを呼び寄せようとするけれど揺れが激しくて動くこともままならなくなる。
「イイイイ、イースラ!?」
「体を低く! 動かず離れるな!」
イースラたち三人は身を寄せ合って揺れに耐える。
「くっ!?」
イースラたちがいる床が急に下に動き始めた。
「イースラ!」
手が届く距離でもないのにベロンは手を伸ばした。
向かおうにも揺れていて足も踏み出せない。
イースラたちが下がっていった穴は迫り出してきた壁が塞いでしまい、助けに行くことも不可能になった。
「デムソ、バルデダル! くっ……スダーヌ、手を伸ばせ!」
天井が細長く降りてきて分断されてしまう。
なんとか近くにいるスダーヌだけはとベロンは揺れに耐えながら手を伸ばした。
「ベロン!」
スダーヌも必死に手を伸ばす。
「……届いた!」
ベロンの手がなんとかスダーヌに届き、抱き寄せるようにしてスダーヌを引っ張る。
「……これはなんなんだ!」
「……生きてる……」
上下に移動したり左右に揺られたり回転したり。
ドラゴンに掴まれて揺さぶられたのかと思った。
「あれ……なんだったの?」
「ダンジョンの再構築だ」
「再構築……?」
「ダンジョンっていうのは変わらないものも多いけど中の構造が変わってしまうということもあるんだ」
イースラは体を起こす。
サシャもクラインもイースラのそばで倒れている。
ただ二人とも生きていた。
それで今は十分である。
「たとえ中に人がいようとダンジョンにはそんなこと関係ない。たまたま再構築のタイミングでダンジョンに入っちゃったんだな」
「そんなことがあるんだ……」
ダンジョンの再構築が起こることは分かっていた。
だから実は一日攻略を遅らせてもらった。
日持ちする食料品がたまたま売っていなかったなんて苦しい言い訳をしてどうにかずらしてもらったのだ。
しかしそれでもダンジョンの再構築は起きた。
「時間じゃないな……」
先ほどイースラはたまたま再構築のタイミングに来てしまったと言ったがそうではないと考えていた。
本来なら一日前に再構築は怒っていたはずなのだが結果的に攻略中に再構築が起きてしまっている。
つまり再構築は時間的なタイミングで起きたものではなく攻略したから起きたものだったのだ。
ダンジョンがどうして攻略されると再構築し始めたのか知らないが、キーは攻略だったのである。
そうだと分かっていたらみんなで集まることができた可能性もあったのにと少し悔しい思いがある。
「まあ……とりあえず無事でよかった」
少なくとも再構築中に死ぬことはなかった。
ダンジョンの再構築は非常に危険なもので巻き込まれて死ぬ可能性もある。
壁に挟まれたり天井が落ちてきたりと変動するダンジョンの中でどんな死を遂げてもおかしくない。
クラインは回帰前ダンジョンの再構築で一人はぐれて死んでしまった。
死体は見つからなかった。
ダンジョンの再構築で死んだのか、あるいは再構築を生き延びても魔物にやられて死んだのかそれすらも分からない。
死体も見つからなかったのでダンジョンの再構築に巻き込まれて死んだのだろう。
今は一緒に生きている。
とりあえず再構築で死ぬかもしれないというクラインの運命は変えられたのだと考えておくことにした。
「二人とも怪我はないか?」
「……配信続けるの?」
「不謹慎な話だがトラブルは視聴者の大好物だからな」
イースラは手に持ったままだったカメラアイをサシャとイースラに向けた。
配信の操作のメインはベロンが担っている。
イースラの方で勝手に切ることはできない。
加えて配信が続いているということはベロンは生きているということになる。
続いているなら続けておく。
当事者としては頭の痛い話であるが想定外のトラブルというのは見ている側にとってハラハラするもので視聴者や応援するパトロンの増加に繋がる。
ダンジョンの再構築についてちゃんと説明したのも見ている人のためというところもあった。
「とりあえずここは……密室ではなさそうだな」
話によるとダンジョンの再構築によってどことも繋がっていない部屋になることもあるらしい。
誰がそんなこと確かめられるのか知らないけれどひとまずどこにも繋がっていない部屋にはなっていないようで道がある。
「……何か音がするね」
複数道があるのだがどこからかカサカサと音が聞こえてくる。
どこかにケイブアントがいる。
「クライン、サシャ」
「これって……」
「剣だ。他にみんながいない以上自分で戦うしかない。オーラも解禁だ」
イースラは荷物の中から剣を取り出して二人に渡した。
こんなこともあるかもしれないとベロンに買ってもらったのである。
クラインとサシャもバルデダルから剣を習っているので二人の分までベロンは買ってくれた。
流石に未熟な技術、子供の力でケイブアントと戦うのは厳しい。
みんなにオーラがバレることよりも生き残ることの方が大事なので出し惜しみはしない。
「よっしゃ! やってやる!」
「き、緊張するね……」
初めての実戦だがクラインはやる気を見せている。
対してサシャの方は緊張しているのか少し顔色が悪い。
「まあ緊張するなとは言わないが怖がることはない。俺がお前のこと守るから」
「う、うん」
イースラの言葉にサシャは顔を赤くする。
「俺たちが無事ってことはベロンさんやバルデダルさんには分かってる可能性が高いしさ」
「えっ、どうして?」
「配信続いてるからさ」
イースラはカメラアイをサシャに向ける。
自分の配信は自分でも確認することができる。
カメラアイが損傷せず配信が続いているということはカメラアイに映っているサシャやクラインの姿が見られるということでもある。
ベロンやバルデダルが冷静で配信画面をチェックしているならイースラたちが無事でいることは確認できるのだ。
配信を切っていないということは配信が続いているということに気づいていない可能性ももちろんあるのだけど、配信を行っているのはベロンであるということになっているので少なくともベロンは生きている。
死んだら少し経って配信も止まってしまうのだ。
「ということでここから俺たち頑張ってみたいと思います」
配信画面を見てみると多くのパトロンが来ていた。
ダンジョンの再構成という不測の事態、今撮影で映っているのは子供だけという状況に応援するようなコメントが付いている。
ただみんながみんな応援してくれているわけじゃないこともイースラには分かっている。
どうやってこの状況を乗り越えるのかと期待している人もいれば、イースラたちが凄惨な最期を迎えればいいと考えている人もいる。
コメント付きパトロンで頑張って仲間を探すんだなんて言ってる奴は応援しているのではイースラたちが適当に動いて魔物と遭遇することを望んでいるのだ。
パトロンが嬉しいからと悪意に突き動かされて状況を見誤ってはいけない。
中にはただ画面の向こうをコントロールしてやろうとか破滅に導いてやろうというパトロンもあるのだ。
今はサシャもクラインも配信画面なんて見ている余裕はないので惑わされることはない。
もちろんイースラも惑わされることなどないが、奇しくも移動はするつもりだった。
回帰前のイースラとサシャは運が良かった。
二人は近くにいたので同じく再構築に巻き込まれて入り口近くに運ばれた。
クラインは少し離れていたから別の場所に運ばれて帰らぬ人となった。
だから中がどうなっているのかイースラにも分かっていない。
日をずらしても再構築が起きてしまったことを考えると回帰前と全く同じように再構築が起きたとも思えない。
ベロンは生きているとしても他の人が生きているのかは分からない。
悠長に助けを待っている余裕などないのだ。
「んじゃ行くぞ」
危なそうなら前に出るつもりだけど、ついでなら少しは二人にも経験を積ませたい。
イースラは片手に剣を持ちながらも逆の手でしっかりとカメラアイを持つ。
どの道が帰るのに正しい道なのか分からないので適当な方に進んでいく。
「ひっ、ひいいい!」
「この声は……」
常にカサカサと音が聞こえてきてイラつくなと思っていたらよりイラつく声が聞こえてきた。
「アイツは……」
「チッ! 面倒ごとばかり持ってきやがるな!」
声の主はポムであった。
後ろからケイブアントに追いかけられていて泣きそうな顔をして逃げている。
面倒だと思ったけれど逃げられそうな道もなく、イースラたちの方に向かってくる。
たとえポムが転んで犠牲になったところでケイブアントには見つかってしまうだろう。
「やるぞ!」
「え、あ、うん!」
「よ、よし! やってやる!」
やる気満々だったクラインも流石に本当に魔物を目の前にすると緊張した顔をする。
「ポム!」
「イ、イースラ?」
もはや限界が近いポムはイースラたちにも気づいていなかった。
「これで俺たちのこと映しといてくれ」
イースラはポムにカメラアイを投げ渡す。
見殺しにするのも後味が悪い。
ちょうどいいタイミングで現れたのだしカメラアイでの配信を任せてイースラも戦いに加わることにした。
「いいか、焦ることはない。俺が教えた通りに戦えばいい。危なくなったら情けなくても逃げろ。怖いのは当たり前だ。だけどそれを乗り越えてまた成長できるんだ」
イースラの体が白いオーラに包まれる。
まずはイースラが一番手前を走ってくるケイブアントに切り掛かった。
『はっ、オーラ!?』
『あんなガキが?』
『光の加減だろ』
『才能発見』
『これは面白そうだ』
ポムが受け取ったカメラアイを慌ててアースラに向ける。
イースラがオーラを使ったことに対して一気にコメントが溢れた。
流石に完璧にオーラを使いすぎるとそれはそれで変な注目を浴びてしまう。
イースラはあえてオーラを乱してとりあえずまとってる感を演出してケイブアントを切り捨てる。
そこそこ硬いケイブアントもオーラを込めた剣ならスパッと切断することができた。
「や、やるぞ!」
「やあああっ!」
イースラに続けとクラインとサシャもケイブアントに切り掛かった。
黄色と青色のオーラをまとう二人の姿が配信画面に映るとコメントは追いきれないほどの速さで流れていく。
チラリと配信画面を確認したイースラはニヤリと笑う。
この状況を生き残ることができたなら配信で得られるものも大きそうだ。
「いい感じだぞ!」
ケイブアントに対する恐怖心があるのか二人とも攻撃は浅い。
だがケイブアントにダメージを与えるのには十分であった。
最初から100%の力を発揮できるなんてイースラも思っていない。
むしろちゃんと攻撃できただけ上出来だと嬉しいぐらいである。
自分たちの攻撃が通じる。
相手の攻撃もよく見ればかわせる。
つまり戦える相手だ。
このことが分かれば自然と自信もついてくる。
「つ、強え……」
ポムの口から感想が漏れる。
イースラだけだと思っていた。
クラインとサシャはイースラが守っているだけで何もできない奴らだろうとポムは考えていた。
しかしクラインもサシャも強かった。
ケイブアント一体にすら苦戦していたポムと違って二人はケイブアントを軽々と倒している。
イースラは無理でも二人にはいつか仕返ししていつか自分が上だと分からせてやるなんて思っていたのにポムは恥ずかしい気持ちになった。
「クライン、後ろだ!」
「おっと……悪い!」
クラインの後ろに迫ったケイブアントのことをイースラが切り裂く。
「ふぅ……なんとかなったな」
気づけばポムを追いかけてきていたケイブアントは全滅していた。
『つええ……なんだこいつら?』
『ガキに見えるけどガキじゃないのか?』
『三人もオーラユーザーが集まってるとか異常だろ』
イースラたちの戦いはバッチリ配信されていた。
誰にでもオーラユーザーになれる可能性はあるといっても実際誰でもオーラユーザーになれるわけじゃない。
持っている魔力の量や魔力量の拡張可能性、才能などいくつもの要素が絡む。
若いうちに魔力運用法を学んで魔力を扱い始める、他のオーラユーザーと切磋琢磨できる環境というのもまた大きな要素だった。
クラインもサシャもイースラが整えた環境に加えて才能があった。
サシャは魔法使いになったので魔力を扱う才能があったことは分かっていた。
ただクラインについては少し心配だったのだが、クラインも上手く才能を芽吹かせてくれている。
「二人とも怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
「お前が助けてくれたおかげでな」
初戦にしては大変かなと思っていたがサシャもクラインも怪我なく立ち回ってケイブアントを倒していた。
「クライン、魔物袋でケイブアントを回収しておいてくれ」
「ん、分かった」
こんな時でもお金のことは忘れず頭の片隅に置いてある。
魔物袋はクラインが持っている。
倒したケイブアントを放置していくのも勿体無いので一応持って帰る。
「ポム、状況は分かるか?」
一度戦ったことでサシャとクラインは比較的落ち着いている。
一方でポムの方はまだ動揺していて顔色が悪い。
「わ、分からない……気づいた目の前にアイツらがいて……」
ダンジョンに再構築があることはあまり有名ではない。
再構築そのものが一般に起こることではなく、人が入っている最中に起こることも滅多にない。
つまり知らなくても無理はないことなのだ。
再構築に巻き込まれても死ななかったのでポムも多少の運はあるようだ。
「他のみんながどうなったのか分かるか?」
「どうなったか……最後にベロンの兄貴とスダーヌさん、それとバルデダルさんとデムソさんがそれぞれ近かったのは見たぐらいだ」
「じゃあそれぞれ一緒にいる可能性が高いな」
一人ならともかく二人ならなんとか戦える可能性もある。
「早く他のみんなを探しに行こう」
人は多いほど良い。
配信はまだ止まっていないのでベロンは生きている。
近くにいたというのならそのままスダーヌも一緒にいるだろう。
再構築がどうとか説明するのも面倒なのでポムにはカメラアイを任せてダンジョンの中を進んでいく。
「うわああああっ!」
「悲鳴……これは!」
遠くに聞こえるカサカサ音に警戒しながら歩いていると悲鳴が響き渡ってきた。
男の声で、かなり切迫したように聞こえてイースラたちに緊張感が走る。
イースラたちは声の方に走り出す。
「デムソさん、大丈夫ですか!」
「腕……腕がぁ!」
走っていくと広い場所に出た。
そこにはケイブアントがいて、バルデダルとデムソもいた。
そしてデムソは左腕の肘から先がなくなっていた。
「離れなさい!」
バルデダルは茶色いオーラをまとっている。
周りには多くのケイブアントの死体が転がっていて、バルデダルはオーラをまとった剣で赤いケイブアントを牽制している。
「くっ……立ちなさい! 痛みに怯んでいる暇などありませんよ!」
バルデダルとデムソが協力してケイブアントを倒したようだが数が多すぎる。
赤いケイブアントもいて、どこかでデムソが遅れをとったようだった。
「チッ……いくぞ! お前はそのまま隠れて配信してろ!」
できれば怪我をする前に合流したかったが遅かった。
イースラたちはバルデダルを助けに走る。
ポムはいるだけ邪魔なので敵にバレないように隠れていてもらう。
「大丈夫ですか!」
「君たちは……それにオーラ?」
イースラだけではなくサシャとクラインもオーラを使っている。
思わず助けにバルデダルは目を見開いた。
「いいからまずはこの状況を乗り越えましょう!」
二人がオーラを使えることを説明している時間などない。
「あいつ……ボスですか?」
「おそらくそうですね」
赤いケイブアントの奥に赤黒いケイブアントの姿が見えた。
赤いケイブアントよりも一回り大きくて赤いケイブアントが守るように立ちはだかっている。
一体だけの異常な個体。
ダンジョンのボスだとイースラはすぐに察した。
バルデダルとデムソは再構築は生き延びたものの運悪くボスの近くに運ばれてしまったようである。
「このまま逃げましょう」
相手の数が多い。
バルデダルを含めてオーラユーザーが四人いるけれどサシャとクラインは経験が浅い。
「どれぐらい持ちそうですか?」
「なぜそれを……」
加えてバルデダルにもあまり戦い続けられない事情があった。
「いいから!」
「……もうあまり余裕はありません」
気になることは多いが疑問を解消している暇があるなら目の前の敵に集中すべき。
イースラは戦いながら周りの状況を確認する。
「逃げられそうな感じはあるけど……」
この部屋につながっている道は三本ある。
イースラたちが来た方の囲みは薄く抜けていけそうな雰囲気はある。
ただ問題がある。
「う……腕が……」
デムソの状態が良くないと言うことである。
熟練した冒険者なら腕がやられようと自ら止血ぐらいするものだけどデムソは腕がなくなったショックに何もできないままでいる。
一般的な反応であり悪いと非難するつもりはない。
けれども止血もしないでただ地面にうずくまっているだけでは足手纏いにしかならない。
出血が多くてデムソの体力を奪い、すでに顔色が相当悪くなっていた。
逃げられる状態かどうかかなり怪しいものである。
見捨てるという選択肢もイースラの頭の中には浮かぶ。
「デムソさん、動けますか!」
「なんでこんなことに……」
「くそっ!」
もはやイースラの言葉はデムソの耳に届いていない。
「こうなったら……」
「燃えなさい!」
このままデムソにこだわれば全滅の可能性が出てくる。
こうなったら引きずってでも連れて行こうかとイースラが考えていると後ろから炎が飛んできた。
ケイブアントに炎が当たって炎上する。
「バルデダル、イースラ!」
「ベロンさん!」
見るとベロンとスダーヌも来ていた。
どうやら二人も意外と近くまで運ばれていたようだ。
「デムソ! 腕が……」
ベロンはデムソの状態を見て顔をしかめる。
腕を失ったデムソは自分の血で血まみれになっていた。
「……スダーヌ、腕を焼いてやれ!」
「…………そんな」
「放っておけば死んでしまう!」
「……分かったわ」
一気にイースラたちのところまでベロンとスダーヌは駆け寄ってきた。
「ごめんなさいね」
「うわあああああっ!」
スダーヌは手に炎をまとうとデムソの腕に押し当てる。
治療の魔法を使える人がいない以上止血する方法は別の手段を使うしかない。
悠長に包帯を巻いている暇もないのでサッと止血しなければデムソは失血で死んでしまう。
スダーヌは炎でデムソの傷口を焼いて血を止めようとしている。
傷口が焼ける嫌な臭いが辺りに広がる。
スダーヌも言われて仕方なくやっているだけでかなり嫌そうだ。
「う……うぅ……」
「とりあえずこれで血は止まったはずよ」
腕が焼かれてどうにか出血は止まった。
しかし荒い止血方法にデムソはもう動けなくなっているようだった。
ベロンのことだ、止血までしてデムソを見捨てるという選択はないだろうとイースラは思った。
「……ベロンさん、バルデダルさん、ボスを倒しましょう!」
こうなったら生き延びるための選択は一つしかない。
それはボスを倒すことだ。
ボスを倒しても周りの魔物が消えることはない。
しかしボスを倒せば統率が取れなくなり周りの魔物は弱体化したり逃げたりする。
今この状況で全てを倒してからボスを狙うのはかなり厳しい。
無理にでも突破してボスのみを先に狙う方がいいだろうとイースラは考えた。
「俺がボスをやります! 道を作ってください!」
「……バルデダル、スダーヌ、やるぞ!」
「もう私も若くないんですがね」
「子供に託すしかないのね……やってやるわ!」
「クライン、サシャ! 聞こえたな!」
「分かった!」
「怪我しないでよ!」
スダーヌが魔法を使い、ベロンたちが一気にボスの方に駆け出す。
行かせまいとする赤いケイブアントをベロン、バルデダル、クライン、サシャで攻撃して道を開けさせる。
「くふっ……!」
「バルデダル!」
バルデダルが突如として血を吐いた。
まとっていた茶色のオーラが不安定になって消え去った。
「大丈夫です……頼みましたよ」
「任せてください!」
みんなが作ってくれた道を進んでイースラがボスケイブアントの前に飛び出した。
ここまで誤魔化すように不安定にまとっていた白いオーラを今はぴたりと薄く体にまとっていた。
剣にも同じように白いオーラをまとわせてボスケイブアントを切りつける。
硬い顎を切り裂き、そのまま頭、体と切っていく。
「おりゃあーーーー!」
ボスケイブアントの体液が噴き出してイースラにかかる。
だけどイースラは止まらずボスケイブアントの全身を何度も切り付けた。
『あれほんとに子供かよ?』
『完全にオーラ操ってる』
『あんなのありえないだろ』
『どうなった? 配信の位置遠くてよく見えないよ』
ボスケイブアントが大きく一鳴きした。
その瞬間切りつけられたところから激しく体液が噴き出してゆっくりと地面に倒れた。
「回帰前なら細切れになってたのにな」
まだまだ力も魔力も足りていない。
無事もただの剣だし想像していたよりもボスケイブアントは硬かった。
だけど倒した。
ボスケイブアントが倒されて周りのケイブアントに動揺が走る。
黒いケイブアントは逃げ出して赤いケイブアントは狂ったように暴れ出す。
「バルデダルさんは下がっていてください! やるぞ、二人とも!」
残っている赤いケイブアントは多くない。
限界を迎えたバルデダルには下がっていてもらいイースラはクラインとサシャと共に暴れる赤いケイブアントを倒しにかかる。
「あいつら……何者なんだ?」
「……分かりません。ただあの子たちを連れてきた選択は間違っていなかったようですね」
ボスケイブアントを倒して攻略したダンジョンは消えてしまった。
ダンジョンを攻略したということでスダッティランギルドは賞賛されることになったのだがギルドにおける雰囲気は非常に重たかった。
理由はデムソが片腕を失ったことにあった。
仮に治療をできる人が同行していたら、あるいは高位の神官や治療魔法を使える人が町にいたならデムソの腕をくっつけられたかもしれない。
しかしスダッティランギルドに治癒魔法を使える人はいない。
ギルドがあるのも微妙な田舎町なので高位の神官も治癒魔法を使える人もいなかった。
結果としてデムソは片腕を失ったままとなってしまった。
一命は取り留めたものの腕はつなげることができなかったのだ。
冒険者ではない一般の人だって片腕を失うことの意味は大きい。
実力が高くもないデムソなら致命的な状態になってしまったと言えるだろう。
ダンジョンの再構築に巻き込まれるなど突発的な事故、災害のようなものである。
いくら気をつけていたとしても防ぎようのない出来事なのだ。
嫌ならダンジョンに入らないより他にどうしようない。
しかしそれでも大事な仲間が大怪我をしたことに変わりはない。
さらに戦いの途中で血を吐いたバルデダルはダンジョンを倒れた。
今は復活しているがかなり体調が悪そうだった。
「空気……重たいね」
ギルドハウスのリビングスペースに集まったみんなの空気は非常に重たかった。
ベロンは今回のことに責任を感じている。
怪我をしたデムソや倒れたバルデダルは何を言ったらいいの分からず、スダーヌもなんと声をかけたらいいのか迷ったまま気まずそうにしている。
イースラたちに守られたポムは言うまでもなく沈黙を貫いている。
発言する権利がないことを心得ているのはいいことである。
ベロンが悩んでいるのはデムソに怪我をさせたことやバルデダルに無理をさせたことだけではない。
デムソはもう戦えない。
盾を持ってタンクに徹するなら可能性はあるが冒険者として活動することは難しいだろう。
バルデダルも体の調子が良くない。
いつ完全に回復するのかも分からないのだ。
つまり五人いたスダッティランギルドとして今動けるのは三人になってしまったのである。
イースラたちがオーラを扱えるという事実はさておき今後の活動をどうするのか岐路に立たされている。
「もうやめませんか?」
「……イースラ?」
「ギルドごっこはやめにしませんか?」
少し早いかもしれない。
そう思いつつもいい機会だと思った。
「みんな分かってるでしょ? ここがみんなの限界だって。もうポイントで能力を買うことも難しいんですよね?」
イースラたちを引き込んだ目的はもらえるパトロンを増やしてポイントをより多く得ることだった。
ならばどうしてポイントが欲しかったか。
お金のためではない。
ベロンたちはポイントで能力値を買おうとしていたのである。
力、素早さ、体力、器用さ、魔力、それに幸運という能力は元々持っているものに加えてポイントで買うことができる。
しかしこうした能力は買うにつれて必要なポイントが高くなり、あっという間に手が届かないものとなる。
ベロンたちは正直能力が高くなかった。
高望みしなければ生きていけるがそこから伸びる可能性が低いのだ。
だから少しでもとポイントで能力値を買った。
幾らか能力値を買えば少し強くなったという実感もある。
すると人間欲が出る。
もっと強くなりたい。
ポイントがあれば強くなって上を目指せるとしがみつき始めるのだ。
だからイースラたちを入れてパトロンを増やそうとしたのである。
だがベロンたちの能力値は簡単には買えないほど高くなっていた。
もう頭打ちだといっていい。
ここらがベロンたちの限界なのである。
「デムソさんは片腕を失いました。バルデダルさんは魔力障害ですね? ベロンさんもスダーヌさんももう限界まで能力値を買っているはずです」
「……でもお前たちがいるだろ? オーラを使える奴が三人もいるなら……」
「俺たちが強くなったら皆さんはどうするつもりですか?」
「それは……」
イースラの言葉にベロンは返事を詰まらせる。
確かにイースラたち三人がいればギルドは続けていけるだろう。
しかしオーラユーザーであるイースラたちが真面目に鍛錬して強くなればベロンには手の届かない存在になる可能性も高い。
いつしかベロンたちが足手纏いになる可能性も否定できないのだ。
「ベロンさんはなんでギルドを作ったんですか?」
「それは……自分でもやれると証明したくて……」
「もう十分じゃないですか?」
「ここでやめたらデムソはどうなる? ギルドがなくなったら……」
「そのまま連れて行ったらどうですか?」
「なに?」
「家に帰って頭下げるんです。片腕でも仕事はできます。むしろ冒険者でやってきたという実績があるなら喜んで受け入れてもらえるでしょう」
「…………お前、どこまで知っている?」
サシャやクラインはイースラが何を言っているのか分からなかった。
しかしベロンにはイースラが何を言いたいのか理解していた。
「ベロンさんの家、商人やってるんですよね?」
「えっ、そうなの?」
「知らなかった……」
スダーヌもデムソも知らなかったようで驚いている。
「どうやってそれを……」
ベロンも別の意味で驚いていた。
仲間であるスダーヌやデムソも知らないことをイースラがどうして知っているのか不思議でならない。
「全部聞いたんです。ある時ベロンさんの様子を教えてほしいって人が接触してきて……その人が教えてくれました」
回帰前の記憶があるから知っているのだと言っても受け入れ難いだろう。
だから言い訳は常に考えてあった。
ベロンは実は大きな商家の息子として生まれた。
ただし長男ではなく次男であった。
兄は優秀でベロンが商会長として家を継ぐ可能性は低い。
昔から冒険者としての活動にも憧れがあったベロンは家を飛び出して覚醒者として活動を始め、出会った仲間であるスダーヌやデムソとともにギルドを立ち上げた。
ここまでなんとかやってきたスダッティランギルドではあるが、全て実力と運で成し得たものではなかった。
実は裏でベロンの家が手助けしていたことがあったのだ。
直接ではなくともベロンたちに仕事を優先的に回すようにしたり邪魔となる存在を排除したりと遠回しに助けていたのである。
同時にベロンの様子もバレないようにうかがっていたのだ。
ベロンにバレたくないから直接接触することはなかったのだけどギルドが大きな失敗をした時に一度だけ接触してきたことがあった。
口止め料も支払ってもらったのでベロンのことを報告してイースラもそのことは秘密にしていたのである。
後にベロンは実家が関わっていたことを知ってひどく怒ることになるのだが、回帰前よりも早めにそのことを伝えてしまう。
「これまでもベロンさんの家の手助けはあったはずです」
「バルデダル……」
「はい、知っておりました」
バルデダルは全てを知っていた。
スダーヌやデムソと出会う前からベロンと一緒にいるバルデダルも実は商家にいる時からの関係であったのだ。
ベロンの護衛として付けられていたのがバルデダルで家を飛び出してもベロンについてきた。
なんとなくそんな予感はしていたもののバルデダルの実力の高さはベロンも認めているところであり、完全に一人でやっていくことができなかったので疑いを持ちつつもバルデダルを利用していた。
せいぜい監視だろうと感じていたが、まさか助けまであったとは考えていなかった。
「俺の家が商人をやっているとしてどうしろというのだ?」
「ベロンさんは十分自分の力を証明しました。人集めてギルドを起こし、ここまで戦い抜いてきました。普通の人にとってはかなり大変なことです。もう終わりにしましょう。そして帰るんです。本来あるべきところに」
「俺に! ……俺に冒険者を辞めろというのか!」
ベロンはテーブルを殴りつけた。
スダーヌやサシャがベロンの怒りにびくりとする。
「そうです」
「なっ……」
けれどもイースラは怯えた様子もなくまっすぐにベロンの目を見て答えた。
逆にベロンの方がイースラの態度に怯む。
「もうポイントで強くなることはできません。デムソさんは片腕を失いました。頭打ちどころかこれからやっていくことも厳しくなりました」
誰にも怪我がなかったのならもう少し続けてもいいかもしれない。
しかしタンクの役割を担うデムソが片腕を失って冒険者としての活動が厳しくなった。
バルデダルも活動が難しい。
イースラたちがその穴を埋めるとして、今後オーラユーザーとして成長すると今度はベロンたちが足手纏いになり不和が生まれる。
オーラユーザーとしてやっていける実力があるなら田舎町で小さなギルドの中でやっていく必要もない。
誤魔化して続けてもスダッティランギルドには崩壊する未来しかないのである。
「今ならまだベロンさんの家もベロンさんのことを受け入れてくれると思います。冒険者としての経験や腕があればむしろ向こうとしてもありがたいでしょう」
「デムソはどうする……」
「そのまま雇ってあげたらどうですか? 片腕でも積み下ろしや荷物の護衛などできることはあります。力も強いので働けるはずです」
「わ、私はどうするのよ?」
スダーヌが慌てたように立ち上がった。
今の話でスダーヌのことには言及していない。
ギルドが無くなったらスダーヌはどうすればいいのか。
「スダーヌさんは魔法が使えるので他でもやっていけるでしょう」
「そんな無責任な……」
「じゃあ、素直になったらどうですか?」
「えっ?」
「スダーヌさんがギルドに入った理由、ありますよね?」
魔法が使えるということは大きな強みである。
やっていけるかどうかも分からないギルドではなくもう少し安定しているところにだっていけた。
なのにスダーヌはスダッティランギルドを選んだ。
いや、選んだのはスダッティランギルドではなかった。
「なんで……」
「見ていれば分かりますよ。スダーヌさんはベロンさんのことが……」
「待って!」
イースラの言葉の先が分かったスダーヌは顔を赤くして止める。
「……ベロンさんも実は分かってますよね? そしてそれに甘えている」
「…………今更俺に全てを捨てろというのか?」
「違いますよ」
「なら……何が言いたい?」
「今ならまだ持っているものを守れるといってるんです」
「なんだと?」
ベロンが見たイースラは悲しげな目をしていた。
「いつまでこんなことを続けますか? 現状で満足して成長を望まないのならこのままいくらか続けられるでしょう。でもいつか全部失うかもしれませんよ」
ベロンは憧れと自らが置かれていた境遇への反発から冒険者をしている。
より強くなり実績を残すことが必要だとどこかに焦りがあるのだ。
だがそれはスダッティランギルドを不幸な未来へと導く。
回帰前ベロンは全てを失った。
ポムは途中で死ぬ。
そこで一度ギルドの雰囲気は暗くなり、さらにその先にデムソが死んでスダーヌも大怪我を負うような出来事が起こる。
バルデダルも状況を打開しようとオーラを無理して使って体を壊し、顔を怪我したスダーヌはベロンの元を去った。
その時にイースラもサシャを失った。
返事もできないサシャの告白はいつまでも忘れられない。
今ならまだベロンは全てを助けられる選択ができる。
デムソの腕は失われたものの命はある。
まだ若いし働くことはできるだろう。
「仮に俺が……家に戻るとして……デムソ、お前は働くつもりがあるか?」
ベロンの言葉にバルデダルが驚いたような顔をする。
ここまで頑なだったベロンが初めて別の道を考え始めていた。
ベロンの頑固さを知っているバルデダルとしては驚かざるを得なかった。
「…………冒険者としてもう限界なのは感じていた。あんたがいるから続けてきたけど……確かに無理かもしれないとは思ってたんだ。商人に雇われるってことはどういうことなのかよく分かってないけど、俺でよかったら使ってくれ。ベロン、あんたの下でなら働いても悪くなさそうだ。腕も一本ないし……雇ってもらえるだけありがたいよ」
「デムソ……分かった」
デムソ自身タンクとしてなんとかやってきたが自分の能力は感じていた。
弱い魔物相手ならなんとかなっても少し強くなるともうギリギリだったのだ。
商人の下で働くということがどんなものなのかデムソは分かっていないが、ベロンと共になら悪くないだろうと思えた。
「スダーヌ……実はお前の気持ちに気づいていた」
「えっ? ウソ……」
ベロンの手は震えている。
「お前の気持ちって何?」
「うるさい、黙って見てれば分かる」
こそっと話しかけてくるクラインにイースラは怪訝そうな視線を向けた。
「最初から気づいてたんだ……でも俺は何も持ってないし、お前の気持ちを知ってて無視していた。そしてそんな気持ちに甘えてたんだ」
スダーヌが男をひっかえとっかえしていたのにはわけがあった。
「俺も……お前のことが好きなんだ……だから怖くて言い出せなかった……」
「ベロン……」
スダーヌの顔が真っ赤になり目には涙をためている。
実はスダーヌはベロンのことを愛していた。
告白する勇気もない。
だからと言って諦めることもできないスダーヌは当てつけのように他の男性と付き合っていたのである。
回帰前は顔を怪我したためにベロンにそんな姿を見せられないと去ったのだった。
「今こんなことを聞くのはずるいかもしれないが……もし冒険者を辞めて、家に帰るとしたら……ついてきてくれるか?」
「……もちろんよ!」
「…………うわぉ」
感極まったスダーヌはベロンに抱きつくとキスをした。
みんなが見ているのにも関わらずちょっとばかり濃厚なやつだった。
サシャは顔を赤くして顔を逸らし、クラインは逆に釘付けになっている。
「あなたとならどこにでもいくわ!」
「ありがとう、スダーヌ」
二人はまたしても長くキスを交わす。
ただここまで来るとベロンの考えも固まったようだなとイースラは感じた。
「ポム」
「……ベロンの兄貴! 俺も……俺も連れてってください!」
忘れてはならないメンバーがもう一人いる。
顔を青くしていたポムは名前を呼ばれると同時にベロンの前にひれ伏した。
「頑張りますから! 一生懸命働きますから見捨てないでください!」
このままだと見捨てられるとポムは思った。
イースラへの借金もあるし半分残っている借金も返さねばならない。
この中で冒険者としての才能がもっともないのはポムである。
ベロンに見捨てられたらポムは生きていけない。
「バカだな……見捨てるはずがないだろう? こんなところで見捨てるぐらいならとっくに追い出してる」
「兄貴……」
ポムはブワッと涙を流す。
ポムについてはどうでもいいけれどベロンの優しさを感じてちゃんと働いてくれればいいなと思う。
「イースラ……言われた通りスダッティランギルドは解散しよう。全部お前の言う通りだ。俺たちにはここが限界だった。今ならまだ別の道を進むこともできるんだな」
仲間たちの意見を聞いてベロンの意思も固まった。
回帰前ベロンはなんとしても冒険者として実績を残そうと無理をして全てを失った。
少し無理矢理な誘導だったのかもしれないとは思いつつ実際こうして話してみるとみんなそれぞれ限界を感じていたのだ。
ついでにスダーヌとベロンの間も取り持つことができた。
「みんな、スダッティランギルドは解散だ。俺は……家に帰って頭を下げるよ。家で働かせてくれてってな。そしてデムソもポムも……スダーヌも受け入れてくれってな」
ベロンの顔は明るくなっていた。
訪れた限界、見通せない未来に頭を悩ませていたけれど、どうするのかひとまず道が定まったのだ。
いまだにベロンの双肩にはみんなの責任がのしかかっているが、今はただみんなをどうにかしなければならないという感情ではなく、みんなでどうにかしていこうと思えた。
「……お前たちはどうするつもりなんだ?」
スダッティランギルドは解散することを決めてしまったがイースラたちはまだ子供である。
引き取った以上最後まで責任は取るつもりがベロンにはあった。
「ダンジョンで見たと思いますが、俺たちはオーラが使えます」
「そういえば……! どうなってるんだ? オーラなんて……しかも三人ともって」
思い出したようにデムソが驚く。
腕を失った衝撃やスダッティランギルドの解散という話で触れられてこなかったけれど、イースラたちがオーラを扱えたというのは大きな話である。
しかもイースラ一人でもなくクラインやサシャを含めた三人ともオーラを使えるのだから実際一番大きな話題だったのかもしれない。
イースラたちがオーラユーザーだったからダンジョンでは助かった。
「隠していてごめんなさい。でも騒ぎになるのも怖かったので」
「ベロンは知っていたのか?」
「イースラは、な。クラインとサシャがオーラを使えたなんて知らなかった。バルデダル、お前は?」
「私も知りませんでした。よほどのことがない限り勝手にオーラも出てきませんから見ているだけでなかなか気づけません」
ベロンとバルデダルはイースラがオーラユーザーであることは知っていた。
けれどもクラインとサシャまでオーラを使えることは知らなかった。
「……俺たちはとんでもない子を引き取ったのかもしれないな」
本当なら追及すべきことなのかもしれない。
しかし大きくため息をついたベロンは笑った。
どうでもいいと思ったのだ。
大切なのは今生きていること。
そしてこれから。
イースラたちはダンジョンにおける命の恩人であり、これからの方針を導いてくれた恩人でもある。
気にならないといえば嘘になる。
しかしもしかしたら神が遣わした何かの道標だったのかもしれないとベロンは考えた。
「俺は何も聞かない。イースラ、お前は初めて会った時から何か考えを持っているようだった。これからのことも考えてるんだろう。なんであれ、応援するよ」
「ベロンさん……」
「君たちがどう成長するか楽しみだ。ありがとう、イースラ」
回帰前はクラインもサシャも死に、絶望の中でスダッティランギルドまで無くなった。
今回ベロンは回帰前と異なった選択をした。
このことがどんな結果を生むのかイースラには分からない。
けれどもスダッティランギルドとして共に歩んできた仲間たちがベロンのそばにはいる。
どんなことがあっても乗り越えられるだろう。
「こちらこそあの孤児院から連れ出してくれたことは感謝してます」
スダッティランギルドがなかったら孤児院から飛び出して活動することは難しかったかもしれない。
そのことは回帰前も今も感謝している。
「でももうちょっとだけお世話になりますよ」
イースラはニヤッと笑った。
計画はまだ続いている。