血生臭い配信ばかりの中でのほほんと料理している配信があったらどうだろうか。
埋もれて消えるか、あるいは血生臭い配信に飽きた人が集まるかである。
埋もれる心配をしていたのだけどウイによって比較的注目されるように押し上げられた。
子供が料理を作るという心穏やかに見られる配信は今のところ人気を博している。
もっと続けてほしい。
もっと色々料理を作ってほしい。
そうした要望も兼ねてパトロンが贈られることも増えてきていたのである。
子供のお小遣いにも満たないようなポイントをもらった直後にこうして大きなポイントを見せられれば自ずと二人の目の色も変わる。
「やってきたこと無駄じゃなかっただろ?」
「う、うん!」
カメラアイで映されると結構恥ずかしかった。
けれどもこうして数字として頑張った結果が見えると嬉しいものであるとサシャも嬉しそうにしている。
「でもさ」
「なんだ?」
「これってどうやって使うんだ?」
ポイントを手に入れたのはいい。
しかし肝心なのはポイントで何ができるかということである。
「それも説明してやるよ」
スダッティランギルドでは配信について何も教えてくれなかった。
回帰前でもそれは同じでイースラも自分でいじったりスダッティランギルドが無くなった後に出会った人に教えてもらって色々と知った。
教えてもらったとて回帰前では何も変わらなかっただろうけど今回は知っておけば変わることは多い。
「メニュー画面開いて……これ」
画面を指差して操作を教える。
「ポイントでやれることは二つ。一つは俺やベロンがやったようにポイントを送るってこと。知り合いなら個人間でも送り合えるし、何かの配信を見て送ればそれはパトロンになるんだよ」
「ふぅーん」
「そしてもう一つできるのがポイントで色々なものを買うことができるんだ。こっちの方がメインだな」
ポイントを送り合ったってポイントが移動するだけである。
なので使い道としては買い物に使うのがほとんどだ。
「今開いてもらったのはショップ画面だ。色々なものが売っててポイントで購入することができるんだよ」
画面には色々なものが表示されている。
二人にはわからないだろうからイースラが適当に画面を動かしてみると水や食料、武器や防具、道具や魔道具など様々なものがある。
「これをこうして……」
イースラは試しにジュースを購入する。
「おわっ!?」
「なんか出てきたよ!」
購入のボタンを押した瞬間イースラの手に陶器で作られたボトルが現れた。
サシャとクラインはいきなり手の中にボトルが現れて驚いている。
イースラはちょっと笑いながらコップを取り出して中身を注ぐ。
オレンジ色の液体がコップに注がれてサシャとクラインは呆けたようにその様子を眺めている。
「ん、飲んでみ」
イースラが二人にコップを渡す。
サシャとクラインは一度顔を見合わせた後同時にジュースを飲んだ。
「ん! 美味しい!」
「うん! 甘くて……ちょっと酸っぱくてすごく美味しい!」
三等分したので一人当たりの量はそんなに多くない。
一気に飲み干してしまったのであっという間に空になったコップを見て目を輝かせている。
柑橘系の果物を絞ったジュースで回帰前人にオススメされたこともある甘味の強いものだった。
「まあこんな感じで買ったものが手元に届く。基本的にはなんでも売ってるけどやっぱり良いものは高い。ただ売ってるのはモノだけじゃないんだ」
「モノだけじゃない?」
「どういうことだよ?」
「最初の頃にステータスってもん見ただろ?」
「そういえばそんなのあったね」
「開き方覚えてるか?」
「もちろん!」
「えーとどうやんだっけ?」
サシャはサラッと、クラインは少し苦戦しつつステータス画面を開いた。
ステータス画面の左側に並んでいるのは能力値である。
力、素早さ、体力、器用さ、魔力、幸運という六つの値が数値化されて並んでいるのだ。
「あれ……?」
ステータスを眺めていてサシャはあることに気づいた。
「なんだちょっとだけ数字が上がってる?」
最初に見た時よりもステータスが上がっているように思えたのだ。
サラッと見ただけだったので細かい数字こそ覚えていないものの幸運以外の数値が違っている。
「うん、上がってると思うぞ。体を鍛えて強くなれば実際にステータスも強くなるんだ」
ステータスは変わらないものじゃない。
鍛錬して強くなればその分ステータスにも反映されて強くなれる。
大人になると能力の伸びは悪くなるが子供の今のうちはステータスを伸ばすのにも適した時期なのである。
だから周りの目を盗んで鍛錬していたのだ。
「それは今はいいとして買えるモノとしてステータスを買うことができるんだ」
「ステータスを?」
「そうだ。力とか素早さとかそんなモノやステータス画面の右側に入るスキルなんかも購入できるんだよ」
「じゃあ強くなり放題ってことか?」
ステータスを買えるなら買えるだけ買っておけば強くなれる。
クラインの考えは間違っていない。
ただし正しくもない。
「そう簡単にはいかないんだよ。ステータスはポイントで買えるけど買えば買うほど高くなってくんだ」
「高くなってく?」
「そうなんだよ。だから買い放題ってわけじゃない」
配信ショップで買えるものは需要と供給によって値段が変わる。
表示される値段はどの人でも一緒でたくさん買えば需要と供給の関係から少し値段が上がったりするけれど、基本的に値段の変動は少ない。
その一方でステータスの値段は個人で異なっていて、さらに買えば買うほど劇的に上がっていく。
ある程度ステータスを買ってあげてしまうともう手が届かなくなるので実質的には買い放題なんて買えることはないのだ。
「今はまだステータス買うなよ?」
「え、そうなのか?」
「今はまだ鍛えればステータスは上がる。でもそのうち頭打ちになる。その時に必要に応じてステータスを買って上げるんだ」
今から買ってステータスを上げてしまうと限界が早く訪れてしまい、値段が上がったステータスも買えなくなってしまう。
どうしても必要なら買うこともあるだろうけど今はまだステータスの購入に手を出すべきではない。
「だからポイントは取っとけ。そうだな……半分ぐらいは貯金だな。あとは好きに使え」
「分かった」
「ポイントの使い方で、買うっていうか……そんなのももう一個あるんだけどそれも教えておこうか。ついでに買い物もしてこよう」
ーーーーー
「冒険者ギルド? ここで何すんだ?」
備蓄はできてきたけど生物は溜めておけない。
だから割と高い頻度で買い物にはいくのだ。
ただ今日は買い物の前に冒険者ギルドにやってきた。
ベロンなんかは依頼を受けるのに冒険者ギルドにやってくるけれどイースラ達にとってはまだ少し縁遠いところである。
酒場を併設している冒険者ギルドの中は昼間なのにわずかにお酒の匂いがする。
「相変わらず変なの……」
受付の方に視線を向けると白いローブに奇妙な仮面の人が身じろぎもせずにただ座っている。
隣に座る冒険者ギルドの受付嬢もまるで置物であるかのように白いローブの配信者受付のことを気にしていない。
「あ、おい!」
ここで何をするんだと思っているとイースラが配信者受付の方に歩いていく。
「何か御用ですか?」
近づくイースラの方に顔を向けることもなく配信者受付が声をかける。
「ポイントを換金したい」
「どちらの貨幣で、何ポイントですか?」
「ソーダュシュ貨幣で1000ポイント」
「銅貨三枚で963ポイントになります」
「じゃあそれでお願いします」
イースラはサラサラと話を進めていくけれどサシャとクラインにはイースラが何をしようとしているのかわからない。
配信者受付が白い手袋をつけた手を空中で動かす。
配信画面を操作しているように見えた。
「それではこちらを」
配信者受付は受付の下から小袋を出して中から硬貨を三枚イースラの前に並べた。
「ありがとうございます」
「またぜひお越しください」
イースラは硬貨を受け取るとニッコリと笑顔を浮かべて受付から離れる。
「何をしてたの?」
「お金を交換してもらったんだ」
イースラは硬貨を見せる。
「ポイントを使ってお金を買う……こうして交換してもらえるんだ。どの国のどんなお金でも交換できる代わりにこうして直接受付に行かなきゃいけないんだよ」
配信者受付ではポイントを換金することができる。
換金だけは少し特殊で実際の受付に行かねばならないという変なルールがある。
その一方で物やお金をポイントに変換することもできて、これは受付に行かなくてもできた。
ともかく謎なルールなのである。
「とりあえずポイントで出来ることはこんぐらいだ」
回帰前はこんなことも教えてもらえなかった。
もしかしたらスダッティランギルドのみんなもちゃんと把握していない可能性すらある。
「色々なものがポイントで買えてステータスも買える。そしてお金だけはギルドに来なきゃいけない」
「その通りだ」
「そんでポイントは半分は取っとくって話だな」
「よくできました」
サシャとクラインで教えた内容を軽く復唱する。
難しい内容でもないので二人ともすぐに理解してくれた。
「んじゃついでに用事済ませて……買い物行くぞ」
ある日ポムが顔を腫らして帰ってきた。
左目のあたりが確証もないほどに赤紫色になっていたのだ。
イースラも含めギルドのみんなはポムに何かがあったのに興味を示さない。
唯一ベロンだけが何があったのだと聞いたけれどポムは何でもないと答えただけだった。
みんなはポムに何が起きているのか興味もないし知らないようであるがイースラは何が起きているのか知っていた。
数年後にスダッティランギルドは消滅する。
その時にようやくイースラは独り立ちすることになるのだが、スダッティランギルドが消滅する時にはすでにポムはいなかった。
ギルドにいないどころか死んでいるのだ。
ポムはスダッティランギルドが無くなるよりもだいぶ前に路上で刺されて人知れず死ぬことになる。
原因は金銭トラブル。
ポムは賭け事の常習者であった。
配信というやつは新たな闇も生んでいる。
国が管理できないような場所で違法に人を戦わせる闘技場なんてものも配信されている。
どちらの人が勝つのかということを賭けにして配信しているのである。
ポムは賭けに参加していて横領した食材費もここで使われていた。
だがそれだけでは足りない時にポムはお金を借りてまで賭けを行っていた。
回帰前においては食材費に手をつけることで何とかしていたようだが、今回は料理係はイースラたちに取られてしまった。
お金が無くなったポムがどうなるかなど想像するのは容易い。
回帰前よりも早めに破滅の時が迫っているのだ。
「いつも偉いね。ほら、これおまけだよ」
「ありがとうございます!」
ポムが破滅しようとイースラたちには関係ない。
回帰前ではポムが破滅した結果イースラに料理係が回ってきたなんてことはあったが今回はもう料理係なので受ける影響もない。
イースラたちはいつものように食料の買い出しを行なっていた。
頻繁に買い物に行くものだからお店の人とも顔見知りになった。
子供ながらによくやっていると評判も良くてみんな優しくしてくれる。
「……なんだか今日は色々ともらえるな」
タイミングが良いのか行く店行く店でおまけなんかをもらえる。
元々サシャも人当たりもいいので好かれる要素はある。
「あっ、あいつらです! あいつらが俺の仕事奪ったから……」
「ふん、あいつらなんだな? おい、逃すなよ!」
結構荷物も多くなったのでそろそろ帰ろうと思っていたら昼前の心地よい賑やかさにそぐわない大きな声が聞こえてきた。
なんだと思っていると数人の男がイースラたちの前に立ち塞がった。
「……なんだ?」
「よう、ちょっと話があるんだ」
後ろから声をかけられて振り向くとポムがいた。
萎縮したようなポム大柄の男に肩を組まれていて目のところがまたひどく腫れ上がっている。
声をかけてきたのは大柄の男の方だった。
「なんですか?」
「ちょっとここじゃなんだから場所を移そうぜ?」
ーーーーー
男たちに囲まれるようにして移動して人気のない路地裏に連れてこられた。
「それでなんの用ですか?」
「ふん、お前のいう通り生意気そうだな」
人気のないところに連れてくるぐらいなのだから良い用事でないことは間違いない。
荷物がたくさんあって腕が疲れるから早く帰りたいのにとイースラは軽くため息をついた。
大柄の男はイースラの態度が気に入らないように舌打ちする。
「まあいい。俺はジワラだ」
「そうですか」
別にジワラに自己紹介してやる必要はないとイースラは淡々と返事を返す。
「俺はこいつに金を貸しているんだが……少し前から返済が滞っていてな」
「そ、それが私たちとなんの関係があるんですか?」
ポムが借金していることはいい。
そんなもの個人の自由であるので口を出すことではない。
そして返済が滞っていることもイースラたちとは関係のないことである。
なのになぜイースラたちを呼び止め、人気のない路地裏に連れてきて、ポムの借金のことなど話すのか。
サシャもクラインも訳がわからない状況に怯えたような目をしている。
「あるさ。お前たちがこいつの仕事奪ったんだろ?」
「なに?」
「今までやっていた仕事ができなくなってそのせいで借金が払えなくなったんだよ」
これまでポムは食材費に手をつけることでなんとか借金を返済してきた。
しかし急に現れたイースラたちに料理番の役割を取られてしまったために借金返還のための当てがなくなった。
首が回らなくなって返済が滞り、早く借金を返せと時々殴られていたから顔を腫らすことがあったのだ。
自分の手持ちのお金を超えて借金をする許されない行いであるが金貸しにとっては金を借りて利子分まで返してくれるならどんな金でも構わない。
「全部お前らのせいだろ?」
そしてポムは自らの責任をイースラたちに押し付けたのである。
自らの至らなさで仕事を下されたというのにあたかもイースラたちが卑怯な手でも使ってポムから仕事を奪ったかのようにジワラに吹き込んでいた。
「こいつの借金……お前らに払ってもらおうか?」
ポムは完全に怯えた顔をしてイースラたちのことを見もしない。
「見たところ……金はありそうだしな」
イースラたちは両手に荷物を抱えている。
少なくとも無一文ではなさそうだとジワラは思った。
「なんでそいつの俺らが払わなきゃいけないんだよ?」
「あぁ?」
「硬貨一枚だって払うつもりはないね」
もう少し平穏な言い方はないのかとサシャとクラインはイースラのことを見る。
「払わなきゃコイツみたいになるぞ?」
「い、痛い……」
ジワラはポムの髪を掴んで顔を上げさせる。
そんなことしなくてもポムの顔が殴られて痛々しくなっていることは分かっていた。
「そのガキはまだガキだが……いい顔してやがる」
「キモッ……」
ジワラがサシャのことを見て舌なめずりする。
サシャはうっと顔をしかめてイースラの後ろに隠れるように移動する。
「そのガキ、こっちに来させろ」
「いやっ……」
「やめろ!」
ジワラの命令でサシャに伸ばされた手をイースラが掴む。
「あっ?」
「やめろって言ってんだ。サシャには手を出させないぞ」
「イースラ……」
サシャには手を出させない。
イースラの姿にサシャは思わずドキッとしてしまう。
「やっちまえ」
手を掴まれた男がジワラに視線を送る。
ジワラは不愉快そうに顔を歪めると舌打ちしながら頷いた。
「放せよ!」
「イースラ!」
「ぐえっ!?」
男がイースラを殴りつけようとした。
しかしイースラは拳をひょいとかわすと逆に男の顎を的確に殴った。
男はカクンと地面に膝をついて気を失って倒れた。
「なっ……」
「確かにそいつはギルドの先輩かもしれないけど俺はそいつの方が上だと思ったことは一度もない」
地面に荷物を置いたイースラの体に白い魔力がまとわれる。
「何もしないのなら放っておいたけど俺たちに害をなす気なら許さないからな」
「こいつ……やっちまえ!」
カッとなった男たちがイースラに殴りかかる。
男たちはイースラの体にまとわれたものがオーラであるということが分かっていない。
借金取りのゴロつきに戦いの心得などあるはずもなく乱雑な拳がイースラに向けられた。
大人と子供の体格差は埋められない。
力の差はどうしてもある。
まともに正面から受けることは難しい。
イースラは横から手を当てるようにしてパンチを受け流す。
そしてオーラを多めに込めた拳を男の腹に叩き込んだ。
「すごい……」
流れるような動きだった。
攻撃を受け流して反撃する。
たとえ子供の力でもオーラをまとった攻撃をまともに食らえば大人も悶絶するダメージがある。
「な、なんだコイツ……」
あっという間に男たちはイースラによって倒されてしまった。
「く、くそっ!」
ガキに負けたことなど噂になったら面目は丸潰れだ。
金を返せと言っても鼻で笑われるようになってしまう。
イースラが強いのではなく、イースラにやられた男たちが使えないのだとジワラは盛大に舌打ちする。
これ以上恥を晒すことはできない。
子供相手でももう容赦はしないと剣を抜く。
「いいのか?」
「何がだよ!」
「剣を抜いたらもう言い訳できないんだぞ?」
素手だから負けた。
油断していたから負けた。
イースラに倒された男たちはまだそんな言い訳もできるだろう。
だがしっかりと剣を抜いて戦ってしまうとイースラに負けたという事実はなんの言い訳もできなくなる。
「うるせぇ! ぶっ殺してやる!」
素手相手、しかも子供相手に剣を抜いて負けるはずがないとジワラは切りかかる。
「雑だな」
ジワラの剣をイースラは簡単にかわす。
駆け引きもなければ鋭さもない。
剣の振りは大きくてまともに剣の握り方すら学んだことがないのがよく分かる。
「な、なんで当たらないんだよ!」
「なんでか分かるか?」
剣が何度も空を切ってジワラの体力も底をつく。
一際大きな攻撃をギリギリでかわしたイースラはジワラと距離を詰める。
ギュッと握って真っ直ぐに突き出された拳をジワラはかわすことができなかった。
「お前が弱いからだ」
「ぐふっ!」
顔面を殴られたジワラは地面を転がる。
ポムの前に倒れたジワラは鼻から血を流して痛みに悶えている。
たとえ攻撃を受けても武器である剣を手放してはいけない。
そんなこと常識なのにジワラは簡単に剣を手放してしまった。
イースラはジワラが落とした剣を拾い上げる。
「おい」
「なっ……うっ……」
声をかけられてジワラが顔を上げると剣が突きつけられていた。
「俺たちはコイツとは関係ない」
「わ、分かったよ……」
「俺たちに手を出そうとすれば俺が許さない。今度は鼻だけじゃ済まないからな」
「そ、そうだな。も、もうお前らには手を出さない……」
「ただ借金はちゃんと返さなきゃいけないからな……いくらだ?」
「借金は銅貨百枚だ……」
結構借りてるなとイースラは思った。
先程1000ポイントで銅貨三枚と交換した。
銅貨百枚となるとポイントで考えると何万ポイントも必要となるような金額だ。
「半分の五十枚。俺が払ってやる」
「な、なに?」
「それでしばらく大人しくしといてもらえるか? あとはちゃんとコイツから返させるから」
「……まあ、半分払ってもらえんなら」
サシャとクラインは驚いた顔をしている。
銅貨五十枚でもかなり大きな金額だ。
ひょいと払える額じゃない。
「んじゃこれにサインしてもらおうか」
イースラが画面をいじると手の中に丸められた紙とペンが現れた。
それに何かを書き込むとポムに紙を突きつけた。
「こ、これは?」
「契約書だ。俺たちが半分払ってやるんだから半分俺たちに借金するようなもんだろ? なら借金の契約書が必要だ」
口約束で銅貨五十枚も払ってやるほどイースラもお人好しではない。
当然貸し借りの証拠は残しておく。
「嫌ならいい。俺たちはこのまま帰って、お前は全部ちゃんと借金を返して、ついでに俺たちに押し付けようとして殴られた分の利子も払うだろうな」
ポムは怪訝そうな顔をしたが、イースラとしては金貸しの連中をボコボコにした時点でもう終わっている話なので帰ってもいいのだ。
ただしイースラたちが帰った後でポムがどうなるのか想像することは難しくない。
返すあてもない大きな借金のみがただ残る。
それだけではなくイースラたちがお金も払わずぶん殴られたことに金貸したちはポムに当たることになるだろう。
少し目を腫らすだけじゃ済まない可能性すらある。
ジワラの視線に気がついてポムは顔を青くする。
イースラへの返事次第でイースラが言ったことが本当になると悟ったのだ。
「わ、分かった! だから半分頼むよ……ここに書けばいいんだな?」
もはやポムに断ることなどできなかった。
イースラから契約書とペンを受け取るとポムは慌てて名前を書く。
「これでいいのか……なんだこれ?」
名前を書いたポムが契約書を返そうとすると契約書から光が飛び出してイースラとポムの胸に吸い込まれていった。
「これは契約書だ。ただしただの契約書じゃなくて魔法のな」
「魔法の契約書?」
イースラは配信ショップにある中から契約書を購入した。
けれどもただの紙ではなく魔法によって契約の内容が保証される特殊な契約書であったのだ。
ポムが名前を書いたことによって魔法が発動した。
「そう、俺はお前に銅貨五十枚を貸す代わりにお前は俺の命令に従わなきゃいけなくなったんだ」
「はぁ!? なんだそりゃ!」
「なんの見返りもなく貸すわけないだろ。契約書はちゃんと読め」
言わなかったことはずるいけれど文字としては小さくもなくちゃんと書いてある。
読んだ場合だってポムに断る権利などないのは分かりきっているので堂々と条件として書き込んであったが、ポムはしっかり内容を読んでいなかったらしい。
「破棄もできるぞ。俺は構わない」
「うっ……」
イースラのはっきりとした物言いにポムはたじろぐ。
どうせ破棄などできない。
「よし、じゃあ五十枚払うから少しついてきてくれ」
「どこに行く?」
「買い物直後に銅貨五十枚なんか持ってない。だから換金してくるんだよ」
そもそも買い物にそんなに大金は持ち込まない。
買い物直後でお金もないのでどこからか持ってくる必要がある。
イースラはポムとジワラを連れて冒険者ギルドに向かった。
配信者受付でポイントをお金に交換する。
「ほらよ」
「確かに受け取った」
イースラに殴られたところが痛んでジワラは顔をしかめる。
しかし半分でも金は回収できた。
「残りの金は俺が返させる。もし逃げたりしたらこいつのこと捕まえて売り払って構わない」
「……分かった、お前に任せる」
お金を払わずに他人に押し付けようとしたポムよりも腕が立ってちゃんとお金を渡してきたイースラの方が信頼できる。
ジワラはひとまずイースラにポムを任せることにした。
「お、俺はどうなるんだ……」
「もう賭け事はやめろ。真面目に金を返すんだ。まずは金貸し、それから俺に金を返せ。そしたらお前は自由だ」
「そんな……」
「もし逃げたりまた賭け事に手を出したらベロンさんに言いつけるからな」
「そ、それだけは……!」
いかにもクズなポムであるがベロンに対しては弱い。
ポムはフラフラとしていたところを拾われてもらった恩があってベロンのことは本気で尊敬していた。
ベロンにだけは賭け事に手を出して借金までしているとバレたくないのだ。
だから殴られてもベロンに強く金の無心ができないのである。
「心を入れ替えろ。今からだ」
「…………はい」
ポムは泣きそうな顔をして項垂れた。
どうしてこんなことになったのか。
ポムにはそれが分かっていなかった。
魔法の契約書によって借金を返すまでポムはイースラの命令を聞かねばならなくなった。
しかし命令を聞かせられるといってもポムの能力以上のことはできない。
いきなりポムが変わりすぎても疑問に思われてしまうので基本的にはいつも通り過ごしてもらうことにした。
「良い感じだ……」
だけども利用できるところではポムを利用する。
朝の掃除をポムにやらせてその時間でアルジャイード式で魔力を運用することにした。
魔力の量や使い方は後々重要になっていく。
受け入れる土台の柔らかい子供のうちに魔力を鍛えておけば将来できることの幅は広がる。
サシャもクラインもかなり体の中で魔力を動かすことに慣れてきている。
やはり未来において優秀な魔法使いになるサシャの方が魔力が多くて扱いが上手い。
ただクラインも筋は悪くなかった。
「……もし生きていたらオーラユーザーになっていたのかもしれないな」
なんの教えもなく魔力を扱えるようになるのは稀な例でありオーラユーザーになることは難しい。
しかし一度オーラユーザーとなって色々と知っているイースラと違って何も知らないのによくやっている。
「はーい」
部屋のドアが控えめにノックされた。
「あの……掃除終わりました……」
ポムの声だった。
言いつけてあった朝の掃除が終わったらしい。
「二人とも終わりだ」
「うん」
「分かった」
イースラが声をかけるとサシャとクラインは魔力運用をやめる。
アルジャイード式で魔力運用をすると気分が良くなるのでサシャは好きだった。
終わってしまうのがもったいないと思うほどである。
「お疲れ様」
「いえ……」
イースラがドアを開けるとホウキとバケツを持ったポムが立っていた。
上下関係を教えた日からポムはすっかりしおらしくなった。
魔法による契約もあるしジワラたちをイースラは一人倒してしまったのだ。
とてもじゃないがポムが太刀打ちできる相手ではなかった。
さらに最近イースラに対するベロンの態度が柔らかくなったことも感じている。
逆らえるような要素がない。
「俺たちは朝食の準備をするからあとは自由にしてて大丈夫だぞ」
「分かりました」
食事係は大事な仕事なのでポムにやらせるつもりはない。
イースラたちは台所に向かう。
「これはチャンスだ。挑戦してみるべきだ」
「でもダンジョンなんてクリアできるのかしら?」
「……なんか騒がしいな」
下の階に降りてくるとリビングスペースにギルドのみんなが集まっていた。
いつもならいない人がいたり朝食ができるギリギリに起きてくるのに珍しいなとクラインは思った。
「もうそんな時期か……」
どうやら何かを話し合っているようで、イースラはみんなの様子を見て誰にも聞こえないように一人呟いた。
ーーーーー
イースラはクラインがどうなるのか知らない。
なぜならクラインはどうなるのか分かる前に死んでしまったから。
回帰前でもイースラたち三人はスダッティランギルドに引き取られた。
希望もないような環境の中で日々必死に生きていた。
そんな時にクラインは死んだのだ。
まだ子供だった。
無限の可能性を秘めていたのになんの明るい未来も見ることはなくクラインはイースラとサシャのところから旅立ったのである。
その原因はダンジョンだった。
もちろん要素としてギルドの力が足りないとか計画が甘かったとか、運も悪かったということはある。
だがダンジョンがクラインの命を奪ったのだ。
「スダッティランギルドは新しく発生したダンジョンの攻略を行う」
夕食後リビングスペースにみんなが集められた。
そこでベロンは今後の方針を伝えた。
町の近くに新しくダンジョンが出来た。
その攻略をするとベロンは言うのである。
時が来たとイースラは思った。
クラインの命を飲み込み、奪って行ったダンジョンを攻略する時が再び訪れたのだ。
今回は攻略しないという可能性もあると思っていたがやはりベロンはダンジョンに挑むようである。
「今回はイースラたち三人も連れていく」
「なっ……それはまだ危ないのでは?」
ベロンの言葉に驚いたデムソが驚いて立ち上がる。
イースラたちは連れていかないだろうと思っていたのにベロンはなんの躊躇いもなく連れていくつもりであった。
「危険は重々承知だ。しかし今回は連れていく」
「なんで……」
「不安は分かるが三人にはサポートに徹してもらう」
「…………」
デムソは他の人を見る。
文句を言いそうなポムはもちろんイースラの支配下にあるので文句など言えない。
バルデダルは興味なさそうにお茶を飲んでいるしスダーヌは肩をすくめている。
「三人は納得してるのか?」
「イースラたちもそれでいいな?」
「俺たちも邪魔にならないように頑張ります」
分かっていたかのようにイースラが頷いてデムソは顔をしかめる。
実はこの話は事前にイースラは知っていたものだった。
回帰前にダンジョンを攻略する時もイースラたち三人は連れていかれた。
今と同じくサポートという名目で、長引くこともあるダンジョン攻略のために荷物持ちとして後ろからついていっていた。
その時はデムソも特にイースラたちがいくことに反対はしなかったのだが、今回はイースラたちが真面目に働くので少しは気にかけてくれているようだ。
「……まあみんなや当人が反対しないなら」
デムソはため息をついて席に座る。
誰も反対しないし当人も嫌がっていないのならデムソ一人が反対しても仕方ない。
「本人も納得しているから今回は連れていく。邪魔になるようなら仕切り直して置いていく」
「ベロンの判断に文句はつけないよ」
戦闘が起こるたびに荷物を置いたり持ったりするのは面倒だ。
イースラたちがある程度の荷物を担当してくれて身軽になるのならメリットはある。
ベロンもイースラたちが荷物を持つことのメリットが大きいと判断したのだろうとデムソは引き下がった。
「この場にいる全員でダンジョンで攻略する。今日明日で準備を整えて二日後にダンジョンに向かうぞ」
ーーーーー
十分な食料品や替えの服、包帯などの医療品といったものを主にイースラたち三人が分担して背負う。
ダンジョンは町から南に二日ほど行った場所にあって移動は魔物に会うこともなかった。
森の中にふさわしくない不自然な小山がある。
ぽっかりと大きな穴が空いていて奇妙なことに明かりを近づけても中を見通すことはできない。
「これがダンジョン……」
入るまで中がどうなっているのか分からない。
いきなり生まれ、どうやって生まれるのかも誰にも分からないのがダンジョンである。
ダンジョンは昔から存在しているもので、地形が変わったりして突然出現する。
ゲートダンジョンと呼ばれるダンジョンもあるのだけどゲートダンジョンは攻略してしまうと確実に消える一方で、ただのダンジョンは攻略しても消えないことがあるという違いがあった。
「二人ともダンジョンに入ったら俺から離れるなよ」
「うん」
「ああ、分かった」
ダンジョン前で早めに休んで朝から攻略を開始することになっていた。
イースラたち三人は荷物持ちとしてみんなの後ろからついていくのが仕事になるが、今日はカメラアイも持たされている。
一人でも戦力がいた方がいいだろうといつもカメラアイ係のポムも戦闘要員として投入されているのだ。
少しでもお金を稼ぐ機会なのでポムもやる気を出している。
「イースラ」
「なんですか?」
攻略開始前に装備などの最終点検をしているとベロンがこっそりとイースラに声をかけてきた。
「いざとなればお前の力を借りることもあるかもしれない」
「剣も買ってもらいましたしね」
ダンジョンではどんな危険があるか分からない。
だから今回イースラたちにも武器が与えられている。
荷物持ちと言っているがベロンはイースラがオーラを扱えることを知っている。
まだバルデダルに教えてもらって日が浅いので経験も技量も追いついていないだろうが、オーラが扱えることで打開できるような場面もあるかもしれない。
ベロンは正直ポムにあまり期待していない。
基本的に不真面目でベロンが剣を教えてやってもあまり成長が見込めない。
オーラがなくともイースラの方がすぐに強くなるだろうとベロンは思っている。
もしかしたらもう力は逆転しているかもしれない可能性すらあると感じる。
いざという時ポムの動きよりもイースラの方が期待できた。
「なんであいつのことそのままにしてるんですか?」
「……どうしたらいいか分からないんだ」
ベロンは困ったように笑った。
「あいつを最初に助けようとしたのは俺だ。死にそうな顔してそこらに座り込んでいるのがほっとけなくてな」
ベロンがポムを見つけたのは偶然だった。
仲間を集めてギルドを立てて活動している中でたまたまポムが目についた。
使いっ走りのようなことをして小銭を稼いでその日をなんとか乗り切るような生活をしていたポムのことを無視することができなくてベロンは手を差し伸べた。
雑用などの人手も欲しかったところなのでちょうど良かったのである。
ポムには何もなかった。
能力もやる気もなく、ただベロンのことをアニキと呼んで擦り寄ってくるだけだった。
だがここまできてポムを見捨てることもできない。
もっと厳しい態度で接すればいいのかもしれないが、いつかはポムもまともになると期待してなあなあにしてしまっている自分がいることはベロンも自覚している。
「でも最近少し真面目になっただろ?」
「それもどうなんでしょうね」
ポムが掃除したり賭け事をやめたりしていることはベロンも分かっていた。
しかしベロンはそれがイースラに命令されてのことであることを知らない。
ポムが心を入れ替えて真面目になったのではなく言われて仕方なくやっているだけに過ぎないのだ。
「まあ今は目の前のダンジョンに集中しよう」
「……わかりました」
「みんな、用意はいいな! ダンジョンに入るぞ! 撮影開始だ」
今ポムのことをとやかく言っても仕方ない。
朝日が顔を覗かせ始める中でイースラたちはダンジョン前でカメラアイを作動させて配信を始めた。
「はーい、どうも。スダッティランギルドのスダーヌです!」
まずはスダーヌにカメラアイを向ける。
さっきまでつまらそうな顔をしていたのに配信が始まるとパッと笑顔を浮かべるのは流石である。
「今日は朝早くからですけどダンジョン攻略を配信していきたいと思いまーす! よければご視聴いただいて応援にパトロンくだされば嬉しいです」
配信画面を覗いてみると物好きな貴族が何かから頑張れと少しのパトロンがいくらか届いている。
普段の魔物討伐よりもダンジョンなどの方が配信として人気なので期待している人もいるのだろう。
「それじゃあ入るぞ」
カメラを持ったイースラはみんなの後ろからついていくようにダンジョンに入っていく。
見ている人が画面酔いをしないようにできるだけカメラアイを揺らさないようにするのも一つの技術である。
もっとお金があれば撮影の揺れも抑制してくれるカメラアイなんてものがあるのだけど今は手元でなんとかするしかない。
「なんか……変な感じだな」
穴の中に入っていくと肌に感じる空気感が変わってクラインはキョロキョロと周りを見る。
「洞窟型か」
ダンジョンの中はゲートダンジョンと同じくどうなっているのか分からない。
穴の中に入ってきたのに外のような光景が広がっていることもあるのだけど、このダンジョンの中は洞窟の中のような光景が広がっていた。
「比較的明るいな」
洞窟の天井に光る石が一定間隔で露出していて意外と中は明るい。
「道がいくつか分岐しているな。印をつけながら進んでいこう」
全く何もせずに適当に進んでいくなんて人たちもいる中でベロンは意外としっかりしている。
ベロンはベテラン冒険者ではないにしても基礎的な冒険者の知識としてはちゃんと身につけて冷静に活かしていた。
入り口横の壁にナイフで縦の傷をつけ、これから進む道の横に横の傷をつけておく。
「こっちに進むぞ」
どの道がいいかなんて見ても分からない。
ベロンは適当に端の道を選んだ。
「音がいたしますね」
慎重に進んでいると道の先の方からカサカサという音が聞こえてきた。
人が立てる音ではない。
一気に空気に緊張感が走り、各々武器を構える。
盾を持ったデムソが前に出て、後ろにベロン、バルデダル、ポムが横に並び、三人の後ろにスダーヌが杖を手に警戒する。
イースラたちはスダーヌのさらに後ろで待機して、カメラアイをしっかり構えて攻略の様子を配信する。
「来るぞ!」
カサカサとした音が近づいてくる。
黒い何かが見えてデムソはその正体を確認しようと目を細めた。
「ケイブアントだ!」
走ってきた魔物はケイブアントと呼ばれる昆虫型の魔物であった。
鈍い黒色の外骨格に覆われていて頭と腹にくびれがある。
六本の足を使ってカサカサとイースラたちの方に向かってきていた。
「スダーヌ!」
「任せて!」
スダーヌが意識を集中させると杖の周りに細く炎が渦巻き始める。
杖の先に炎が集まって人の頭ほどの大きさの火の玉を作り出す。
「燃えなさい!」
スダーヌも普段は何をしているのか分からないような人であるが魔法の実力はそんなに低くない。
回帰前色々な人を見てきたイースラからすればまだまだな魔法使いであり、サシャが本格的に魔法を学び始めれば簡単に超えてしまえるような実力ではある。
しかし片田舎の小さいギルドにいるにしてはそこそこ優秀だ。
「ポム、無理はするな!」
スダーヌが火の玉を放ち、先頭を走るケイブアントに見事にヒットする。
燃え上がるケイブアントを避けて他のケイブアントが後ろから飛び出してくる。
人ほどの大きさもあるケイブアントの攻撃をデムソが盾で防ぎ、隙をつくようにベロンたちが前に出て攻撃を仕掛ける。
それぞれの実力は高くはないけれどスダッティランギルドの連携は悪くない。
ただその中でポムは少し浮いた存在となっている。
動きも良くなきゃ連携としても邪魔になっているぐらいにイースラには見えた。
普段はカメラアイ係で戦うことも少ないポムは明らかに連携が分かっていなかった。
必死に剣を振って戦っているが正直酷いものである。
「ふぅ……みんな、怪我はないか?」
五体のケイブアントを倒してベロンはみんなの様子を確かめる。
みんな、というよりもポムの様子である。
これぐらいの相手ならベロンもデムソも大きく問題なく戦えていたが、ポムはたった一回戦っただけで汗だくになっていた。
張り切って全部空回りしている。
体力も少なければ動きに無駄も多いからこんなことになるのだとイースラはカメラアイにポムが映らないように気をつけながら撮影していた。
ポムのことを撮影してしまえば動きが悪くて苛立つ人も出てきてしまう。
顔が良いやつの汗だくの姿なら需要もあるが、汗だくのポムを映しても視聴者の気分は良くないだろうと上手く外して映している。
「デムソ、魔物を回収するんだ」
「はいよ」
ベロンはポムのことを見て軽くため息をついた。
汗だくで疲れているポムに雑用をさせるのは酷だろうとデムソにお願いする。
「クライン、荷物の中に小さい袋があるだろ? それをくれ」
「えっと……これですか?」
「それだ」
デムソはクラインが荷物から取り出した袋を受け取った。
大人の手のひらぐらいの大きさがある袋で、そんなもので何をするのだろうかとクラインは不思議そうにデムソの行動を見ている。
「あれなに?」
配信に声が入らないようにサシャがこっそりとイースラに聞く。
「あれは魔物袋さ」
これぐらいならいいだろうとイースラは普通に答える。
「魔物……袋?」
「そうだよ。魔物を入れておくための袋さ」
「あんなのに……あっ、吸い込まれた!」
魔物を入れておくためなんていうけどあんな袋じゃ足の先っちょしか入らない。
そんなことを思いながらサシャがデムソを見ていた。
デムソが倒したケイブアントに袋の口を近づけるとケイブアントの死体が袋の中に吸い込まれていったのである。
「昔は魔物を討伐しても運ぶのが大変だったらしいけど今は魔物袋っていう便利なもんがあるんだよ」
魔物の死体は皮や牙、肉として利用価値があるのでギルドなどで引き取ってくれる。
しかし魔物も小柄なものばかりではなく大きなもの、重たいもの、持ちにくいものなど様々存在している。
そのため倒して持ち運ぶことも簡単ではなく色々な方法を工夫して魔物の死体を持ち帰っていた。
持てる量だけ倒してその都度持ち帰る人、自分で魔物を解体して高く売れるところだけを持ち帰る人、馬車を持っていく人、一度魔物の死体を集めて持ち帰る時だけ人を雇う人など方法も多くある。
魔物持ち帰り方法の中でも冒険者の憧れの方法が一つある。
それは魔物袋と呼ばれる道具を使って魔物を運ぶ方法である。
「魔物袋っていうのは空間魔法っていうすごい魔法があって、空間魔法によってただの袋に見えるあの袋にはすごい大きな空間が広がってるんだ。そしてその中魔物を収納しているってわけさ」
空間魔法というかなり特殊で習得が難しい魔法がある。
そして空間魔法の一つに空間を作り出すという魔法があって袋の中に目には見えないような広い空間を作り出すことができる。
空間魔法によって作り出された空間に魔物を収納しておけば袋の分のスペースで多くの魔物を持ち運ぶことが可能になるのだ。
不思議なことに魔物分のも重さも感じることはなく、多くの魔物を簡単に持ち運べるので魔物袋はみんなの憧れなのである。
特殊な魔法を必要とする魔物袋はありふれたものではない。
手に入れようと思えばかなりのお金と運が必要になり、魔物袋そのものに大きな価値がある。
「今は魔物袋のレンタルがあるんだよ」
魔物袋は冒険者憧れのアイテムの一つであったのだが大きな変化が起きた。
魔物袋が比較的安くレンタルできるようになったのだ。
どこから借りられるかというと配信者受付から借りられるのである。
配信者受付まで行って保証金とレンタル料を払えば誰でも借りられるようになった。
このおかげで魔物の討伐もより捗るようになった。
配信という文化が現れてからの大きな変化の一つといってもよかった。
「へぇ〜」
「よく学んでいるな」
「ええと……バルデダルさんに教えていただきました」
「バルデダルさんが……」
デムソはバルデダルのことを見る。
バルデダルはベロンが連れてきた人なのだがベロン、デムソ、スダーヌの比較的年齢が近いのに対してバルデダルだけは明らかに年上の存在である。
色々なことをできて実力も高い不思議な人というのがデムソの感想だ。
ただあまり馴れ合いをする人ではなく、少しだけ苦手意識もあった。
講釈を垂れるような人でもないのでイースラにそのようなことを教えているのは珍しいと感じた。
「気に入られてるんだな」
デムソはチラリとポムを見た。
ようやく息が整ってきたぐらいのポムを見るとため息をつきたくなる。
それに比べたら素直で働き者のイースラたちのことを気にいる気持ちもよく分かる。
なんだかんだでデムソもイースラたちのことは悪く思っていない。
最初は配信の足しになるのか不安なものだったが今の働きぶりを見れば配信での足しにならなくとも十分に価値があったと感じている。
「クライン」
デムソは魔物袋をクラインに手渡した。
「次魔物倒したら回収係はお前がやれ」
「あっ、はい!」
レンタルできるといっても魔物袋が高価なものであることに変わりはない。
失くしたら保証金を没収される上に魔物袋をレンタルしてもらえなくなる。
基本的に赤の他人には触らせすらしないものであるのだがデムソはそれをクラインに任せることにした。
持ち逃げしたりしないで真面目に仕事をするだろうと信頼してくれたのだ。
最初に選んだ道は行き止まりだったので戻って別の道を行く。
しっかりと進んだ道に目印をつけて進んでいくと同じようにケイブアントが現れて戦いになった。
危なげなくとはいかないけれどしっかりとケイブアントを倒して今度はクラインがせっせとケイブアントの死体を回収する。
疲れたのかやや下がり気味になったポムは逆にいい感じの位置どりになっていたのは不幸中の幸いだった。
「ここも行き止まりか」
二本目の道も着いた先は少し広めな部屋で行き止まりであった。
「次に行こう」
割と勢いはいい。
この勢いのまま行こうと次の道に行く。
「なんか色が違うのいるね」
三本目にしてようやく変化が訪れた。
一度ケイブアントと戦って進んでいくとまたしても小部屋のような場所にたどり着いた。
しかしそこは行き止まりではなく奥に道が続いていて、さらには魔物も待ち構えていた。
ただのケイブアントではなく体が赤っぽく顎が大きい。
「あれは兵隊アリですね」
バルデダルが赤いケイブアントの正体を呟く。
「何か違うのか?」
「これまで相手してきたケイブアントはいわば下っ端……あの赤い個体はリーダー的な戦闘向きの個体です」
「じゃあ警戒して戦わないとな。デムソ、あの赤いのを引き付けてくれ。その間に周りにいる黒いのを倒す」
「わかったが早くしてくれよ?」
「努力はする」
ベロンたちが一気に部屋の中に飛び込んでいってケイブアントに襲いかかる。
デムソは盾を構えて赤いケイブアントの前に立って引き付け、その間にベロンたちが周りにいる黒いケイブアントを倒していく。